『り〜ぽん』



「ねえねえ、『り〜ぽん』やらない?」

 遊びに来た綾香が、居間のソファーに腰掛けるや否やそう提案してきた。
 『り〜ぽん』というのは、来栖川の玩具担当の部署が最近発売した卓上ゲーム――ポンジャンやドンジャラの類の簡易麻雀――である。
 役の上がりやすさ、得点計算の単純さ等の利点を気に入り、俺と綾香は近頃これにハマりまくっていた。事ある毎にこいつで対局している。
 ……牌の絵柄が『どこかで見たことある様な人物』ばかりなのは敢えて気にしないという事で。

「『り〜ぽん』? ああ、いいぜ。胸を貸してやるから掛かってきな」

「あら、言うわねぇ。胸を貸すのはあたしの方だと思うけどなぁ」

 俺が鷹揚に頷いて答えると、綾香はクスクスと楽しげな笑みを浮かべた。
 次いで、当然のように「ところで、今日は何を賭ける?」と尋ねてくる。
 既に『勝負』と『賭け』が完璧にワンセットになっている思考が素敵過ぎですよ、綾香さん――と心の中だけで今更ながらに思ってみたり。

「服。脱衣ルール」

 尤も、こんな答を即座に返している時点で俺も相当に『素敵』な気もするが。

「OK、いいわよ。身ぐるみ剥いであげるから覚悟しなさい♪」

 結論、どっちもどっちの五十歩百歩。



○   ○   ○


「よっしゃ、ロン!」

 今日の俺は絶好調だった。世界は俺を中心に回っていると本気で思えるほどに。
 各々が500点を持ち、その点数が0になった時点で一枚脱衣というルールを設定した今回の対局。
 1点のダメージすら受けずに、文字通り綾香に何もさせずに服を一枚剥ぎ取る事に成功した俺は、思わずグッと派手なガッツポーズ。

「うっわぁ。なによ、浩之。今日、つきまくってるじゃない」

 瞬殺された綾香が呆然とした顔で零す。
 そんな綾香に至極真面目な顔で述べた。

「さあ、綾香君。ルールなのだから一枚脱ぎたまえ」

「……鼻の下、伸びまくってるわよ」

 言いつつ、綾香が豪快なため息を一つ。

「なんとでも言え。ほれ、早く早く」

「分かってるわよ」

 もう一回嘆息すると、綾香はやれやれといった表情でソックスに手を掛けた。
 ちなみに、綾香が着ているのはタンクトップにホットパンツ、ブラとショーツとソックス。俺はTシャツとジーパン、トランクスと靴下だったりする。枚数的な不公平は、綾香はソックスを左右同時に、俺は一枚ずつ脱ぐという事で調整してある。

「あ、ちょい待ち」

「……なによ?」

「靴下は最後まで残すべし」

「は? なんでよ?」

 俺の言葉に、綾香は眉を顰めて怪訝な顔をする。

「靴下は残すのが決まりなんだよ。靴下のみを身に付けた裸身。それは男のロマンなんだぞ」

「……相変わらずくだんないロマンに拘ってるのねぇ」

 呆れた風に漏らしつつも、綾香は靴下を脱ぐのをやめ、代わりにタンクトップに手を伸ばした。
 なんのかんのと言いながらも素直に従ってくれるのが実に愛い。

「んしょ、っと。はい、これでいいでしょ」

 タンクトップの下から出てきたのは薄いブルーのスポーツブラ。
 色気が皆無なのが若干悲しいが、でもこれはこれで眼福。

「こらっ! スケベな目で見るんじゃないの!」

 無茶言うな。

「ったく。ほら、さっさと次行くわよ。今度はあたしが勝たせてもらうんだから!」



「ツモ! 『瑞希』が3の『あさひ』が3の『南』が3。『ピーチとピーチ』『こみパスタッフ』で計300点だ!」

「っ! う、うそでしょ!?」

 先程の綾香の叫びも虚しく、またも一方的な瞬殺劇。今ので綾香の持ち点はマイナス。当然、脱衣モード再びである。

「ふっふっふ。悪いね、綾香君。さあ、一枚脱いでもらおうか。ホットパンツか? それともいきなりブラか? 言うまでもないがソックスはまだな」

 俺の言葉に悔しげな表情を浮かべる綾香。『お、おのれー』と言わんばかりの顔をしてホットパンツに手を掛け……一瞬の躊躇の後、勢いよく足から抜き去った。
 ふむふむ、下もブラと同様に薄い青か。健康的な色気が醸し出されていて実の良いな。これまた眼福である。

「つ、次よ、次! も、もう絶対に負けないからね!」

 頬をほんのりと朱に染めて綾香が吠える。
 甘いな、綾香君。二度ある事は三度あるのだよ。申し訳ないがまた瞬殺させてもらうよ。くっくっく。



 ――で、3戦目。
 俺が予想したとおり、今回も瞬殺っぽい雰囲気が漂っていた。
 既に軽く2回上がり、綾香の持ち点は残り70点。俺があと一回上がれば終わり。まさに崖っぷち。

「ま、負けない。負けないんだから」

 しかし、綾香はまだ勝負を捨てていない。闘志は全く衰えていない。
 敵ながら天晴れ。その意気や良し、である。
 けれども、現実は非情。
 俺は次の局の配牌を見てそう思った。
 『すばる』が2、『瑞希』『南』『由宇』『玲子』『あさひ』『千紗』が各1。しかも、一発目に来たツモが『彩』。ここで『すばる』を一枚捨ててリーチ、『詠美』が来れば『オールスターズ』で80点。勝負あり。
 そう、それで勝負あり。またまた脱衣モード突入となる。
 ――だが、俺はその『彩』を敢えて流した。普通では考えられない事だが、俺は迷い無く流した。
 綾香に情けを掛けたわけではない。無論、決して手を抜いたわけでもない。
 むしろ逆。
 俺は、ここで相手を徹底的に叩き潰す事を選んだのである。
 『オールスター』80点ではなく、『すばる』『由宇』『千紗』を3枚ずつ集める『「貧しい乳」と書いて…』――同一牌を9枚集める役である『り〜ぽん』3000点を除けば最高点の――360点を目指したのだ。
 俺の判断は常識では考えられない。まさに無理無茶無謀。
 でも、俺には自信があった。上がれるという確信があった。
 今の卓は俺が支配していると言っても過言じゃない。流れは完全にこちらに向かっている。
 言うなれば、今日は『俺の日』だった。
 だから、信じて疑わなかった。絶対に上がれる、と。
 そして、それはほぼ現実となりつつあった。
 『彩』を流した後、続けざまに『由宇』『由宇』『すばる』と来た。
 行ける。これは行ける。俺は今、勝利の女神の抱擁を受けている。上がれないはずがない。
 『千紗』も来た。あと一枚。ますます膨れ上がる勝利の予感。

 ハッハッハ。これから君に完全なる敗北というものを見せてあげるでおじゃるぞよ。

 気分がハイになり、すっかり頭の中が悪役になってる俺。しかもネジが何本か抜けてる風味。

 さあ、我輩の前で跪くがいいわ! 泣け、喚け、そして脱げ!

 胸の内で暴走チックに絶叫すると、牌の山から一枚を掴んだ。



○   ○   ○


 うむ。やはり裸に靴下だけという姿は良いな。実に良い。
 男のロマンが炸裂である。
 漢の魂にピンポイント爆撃、超弩級の萌え姿が……

「あのさ、一人でブツブツ言うのやめてくれない。なんか薄気味悪いから」

「失礼な」

「つーかさ、現実逃避はやめたら? 言ってて悲しくならない?」

「……うっさいやい」

 裸にソックスのみ。何度も言うようにその格好は男のロマンである。
 でも、だからって……自分でこんな格好したくはなかったが。

「うっ、ううっ。な、何故だ!? 何故、俺は負けたんだ!?」

 今でも耳にこびりついている。
 綾香の嬉しそうな「ロン」の声。
 俺の『「貧しい乳」と書いて…』360点を、綾香の『アガリ』10点で潰されて以降、俺は一度も上がる事が出来なかった。
 それまでの流れ・勢いが全て消え去った。勝利の女神にもソッポを向かれた。
 そんな俺の辿り着いた先が裸ソックス。
 ……いやすぎる。
 やはり、欲を出しすぎたのがいけなかったのか? 調子に乗りすぎたのがまずかったのか?
 賭け事に限らず何事も、堅実にコツコツ行くのが結局は近道、急がば回れってことか。
 導き出された、当然といえば当然の答え。
 そいつを心の中で反芻し、思わず深い深いため息を吐き零してしまう俺であった。

「どうでもいいけどさ。ソレ、いい加減にしまいなさいよ。目障りだから」

 微かに頬を色付かせつつ、微妙に嫌そうな顔をして綾香が一物を指差してくる。

「目障りとは失敬な。そういう言い方は無いんじゃないか。綾香の大好きな物だぞ。昨夜だってこれにいぢめられて可愛く鳴いて……なんて事は言いませんから握るのはやめて下さい、潰れるから勘弁、いやほんとまじで。こいつが使い物にならなくなったら綾香だって困るだろ。何せ、昨夜だってこれにいぢめられて可愛く鳴いて……なんて事は言いませんから握るのはやめて下さい。痛いって、本当に痛いって。やめてやめてやめて。そんなに力を込めて、こいつが勃たなくなったりしたらどうするんだよ? そうなったら綾香だって困るだろ? 昨夜だって……」









< おわっとく >


戻る