ムードメーカーでありトラブルメーカーでもある琴音、天然ボケのマルチ、良識派で一応ツッコミ側に属する葵。

 藤田家の下級生トリオである琴音・マルチ・葵。
 その三人に対するクラスメイトの認識は概ね上記の様な感じである。
 あるのだが……




『三者三様』




 それは体育の授業中、走り幅跳びが行われている時の事。

「姫川、いっきまーす♪」

 大声で宣言すると共にスタートラインよりダッシュする琴音。
 髪をなびかせて、グングンとスピードを上げていく。

「やっ!」

 気合の声を発しつつ、琴音は踏み切りのラインを力いっぱい蹴った。
 刹那、琴音の身体が勢いよく宙に放たれる。
 砂場に影を作りながらの跳躍……もとい飛行。
 フワフワといった感じで文字通り琴音が飛んでいく。
 他の生徒達がポカンとした顔で眺める中、暫し空中遊泳を堪能した後、琴音は踏み切りのラインから10メートル程の地点でスタッと着地。

「文句なしの世界記録達成です。ぶい☆」

 地に降りると、琴音は腰に左手を当てて、右手で作ったブイサインを空へと突き出した。
 ――と同時に、彼女の後頭部辺りから『スパーン!』という小気味の良い音がグラウンド中に響き渡る。

「ふぅ。『こんなこともあろうかと』ツッコミ用に智子さんに借りておいて正解だったね、これ」

 手にした智子謹製の携帯用ハリセンに目を落として、葵は「やれやれ」とばかりに肩を竦めた。
 それに、僅かに引き攣った苦笑を浮かべて「そ、そうですねぇ」と応えつつ、マルチは、屈みこんでしまった琴音の許へとトテトテと歩み寄る。

「大丈夫ですか、琴音さん?」

「……うん。なんとか。……すっごくいたひけど」

 言いながら、琴音は葵に非難するような上目遣い。

「自業自得、でしょ。まったくもう。ダメだよ、琴音ちゃん。ズルなんてしちゃ」

「むむっ。ズルとは聞き捨てならないなぁ」

 マルチに「痛いの痛いの飛んでけぇ」と頭をさすられながら、蹲って「あうあう」と呻いていた琴音だが、徐に立ち上がると葵へとプクッと頬を膨らませた顔をグッと突きつけた。若干涙目で。

「だってズルじゃない。超能力を使うなんて反則だよ」

「何を言ってるの、葵ちゃん。スポーツは全力で、『己の力の全て』を使うのが正しい姿だよ。そして、超能力は間違いなくわたしの力。己の力。つまり、超能力を駆使することは、わたしにとっては至極真っ当な正しい事。寧ろ、使わない方が間違ってると言えるんじゃないかな?」

 人差し指を立てて、諭すように琴音が言う。至って真面目な表情で。

「なるほど。確かに琴音さんの仰るとおりですね」

 琴音の意見に納得し、パンと手を打ち合わせてマルチが感心した声を上げた。

「でしょでしょ。やっぱりマルチちゃんもそう思うよね♪」

「はい、思いますぅ♪」

「……ダメだよ、マルチちゃん。アッサリと丸め込まれちゃ。琴音ちゃんの言ってる事は正論ではあるんだけど、この場合に限っては根本の部分で激しく何かが間違ってるんだから」

 舌先三寸で強引に自分の行為を正当化して押し切ってしまう親友と、いとも容易く篭絡されてしまう可愛い妹的存在。
 そんな二人の姿を見て、葵の脳裏に思わず「詐欺の現場ってこんな感じかなぁ?」などという失礼な感想が過ぎってしまう。

「……ハァ。ああもう、なんだかなぁ」

 こめかみを押さえつつ、ついつい深い深いため息を零してしまう葵であった。




「では、次はマルチさん」

「はい!」

 琴音たちの授業を受け持っている若い女性教諭に呼ばれ、マルチが元気よく返事をする。

「ふふふ。見ていて下さいね、琴音さん、葵さん。わたし、ビューンって飛んじゃいますから。さっきの琴音さんの距離だって越えちゃいますよぉ」

 頑張ってね、と激励する琴音と葵に、マルチが自信満々に言い切った。
 マルチらしからぬそのセリフに、言われた二人はキョトンとしてしまう。

「実はわたし、今日は主任から頂いたスペシャル装備を履いているんですよ」

 ニッコリ笑って嬉しそうに種明かしをするマルチに、琴音と葵は「え? スペシャル装備?」と綺麗に声をハモらせて返した。

「はいです。何を隠そう、今わたしが履いているこの靴にはすっごい秘密があるんです」

「秘密?」

 首を傾げて葵が、

「バネでも仕込んであるの?」

 興味津々な顔で琴音が尋ねる。

「いいえ。超小型のロケットエンジンです」

 マルチ、事も無げにサラッと返答。

「……はい? ろ、ロケット?」

「な、何て言うか……す、凄いね。さすがは来栖川製」

 予想もしていなかった返答を受け、目が点になる葵と琴音。

「はい、凄いんです。尤も、正確には『長瀬製』ですけどね。『役に立たない無駄な技術では世界一を誇る』と主任が豪語していました」

 ニコニコと罪の無い笑顔でマルチが言う。主任に対して何の疑いも持っていない無邪気な笑顔で。

「では、わたし、そろそろ行きますね。派手に飛んじゃうから見てて下さい♪」

 二人に小さく手を振ると、マルチは意気揚々とスタートラインへと歩いていった。
 徐々に遠ざかっていく後ろ姿。それをどことなく虚ろな目でボンヤリと眺めつつ、葵がボソッと漏らす。

「ねえ、琴音ちゃん。わたし、なんとなーくこの後の展開が読めちゃった」

「……やっぱり? 実はわたしも」

 何とも表現し難い表情で顔を見合わせ、胸の内を不安で一杯にする二人であった。


 結論から言えば、スペシャル装備はシッカリと飛んだ。予想以上に飛んだ。
 生徒達から「おおーっ」という感嘆の声が上がる程の大飛行を披露してみせた。

「で? 結局何メートルかしら?」

「正確な距離は計測不能です。ただ、ハッキリ言える事は……」

 教師の問いに、メジャーを手にした記録係の生徒が答える。

「マイナスです、圧倒的に」

 そう言って、チラリと目を向けた。
 本来飛ぶべき砂場とは正反対の方向にある、現在の地点から辛うじて目視出来る場所に作られた墜落跡……もとい、着地跡へと。
 踏み切ると同時にスイッチオンで着火された靴は、ゴゴゴという爆音を轟かせると共にマルチの身体を地上から押し上げた。
 怪しげな物体の割には意外にも順調に作動している、誰もがそう思った。このままなら問題なく平和に終わりそうだ、とも。だが、そこはマルチである。自分の想像以上の高さ――地上2メートル程――へと急激に舞い上がった事で「は、はわわっ!? こんなに上昇するんですか!?」と動揺したマルチは、ものの見事に空中にてバランスを崩してしまい……あとは靴に振り回されるがまま四方八方へ。挙句の果てに、グルグルグルグルと『一人地獄車』状態になるオマケ付き。

「は、はうぅぅぅ。世界がぐるんぐるん回ってますぅ」

「大丈夫、マルチちゃん?」

 ガックリと蹲り、葵に背中をさすってもらっているマルチ。

「大丈夫……ですけど……えうっ、ちょっぴし……ぎぼちわるいですぅ……」

 吐き気を堪えるロボットという世にも珍しい光景。
 それを横目にしながら記録係の生徒は教師に尋ねた。

「マルチちゃんの記録、どうします?」

「……そうねぇ。距離は0にしておいて。あと、備考欄に芸術点9.45って書いておいてくれる?」

「分かりました」

 特に狼狽も見せずに淡々と対処する両名。
 この程度でアタフタしていてはこのクラスではやっていけないのである。
 良くも悪くも、思いっきり毒されている二人であった。



「次! 松原さん!」

「はい!」

 教師に名を呼ばれ、葵が気合のこもった声で返答する。

「頑張ってくださいね、葵さん」

「真打登場って感じだね。しっかり決めてきてよ。期待してるからね」

 マルチと琴音が口々に激励してくる。
 その応援に満面の笑みで「うん!」と応じる葵。
 ――が、琴音の言葉に些か引っ掛かりを覚え、葵は『念のため』といった風情で問うた。

「あのさ、琴音ちゃん。一応確認しておきたいんだけど……期待って、いったいどんなことを期待してるのかな?」

「オチ」

 琴音、超・即答。

「やっぱり。そんなことじゃないかと思ったんだ」

 カクッと肩を落として葵が零す。

「悪いけど、わたしにはオチなんて出来ないって。琴音ちゃんとは違うんだから」

「なにそれ。わたしとは違うってどういう意味?」

「わたしは琴音ちゃんみたいなお笑い系じゃないってこと。わたし、芸人じゃないもん」

「お、お笑い系って……失礼だなぁ」

 口を尖らせて琴音が抗議をする。
 その様を見て、葵が微かに驚いた様子を見せて一言ボソッと。

「……自覚、無かったんだ」

「あ、あのねぇ」

 思いっきりジトーッとした半眼になる琴音。視線に僅かに剣呑な色が帯びる。

「あう。え、えっと……その……それじゃ、わたし行くね、呼ばれてるし」

 それに気付き、葵は早口でそう捲くし立てると、逃げるようにそそくさと場を後にした。

「……ねぇ、マルチちゃん」

「は、はい? なんですか?」

 下手にとばっちりを受けないように静かにしていたマルチに、琴音は腑に落ちないといった顔で尋ねた。

「わたし、お笑い系?」

「ふぇ!? そ、それは……あ、あの……え、えへへ」

 マルチ、言葉を濁しまくり。完全な肯定状態。

「……むぅ。みんな、わたしを誤解してるなぁ。わたしは清純派乙女なのに」

 納得いかない顔で、ブツブツと琴音が零す。

「あ、あはは……はは……」

 そんな琴音の自己批評を耳にして、ただただ乾いた笑いを漏らす事しか出来ないマルチであった。


「松原、行きます!」

 右手を大きく挙げて宣すると、葵は勢いよく走り出した。
 スピードに乗った助走。見ている誰しもに大跳躍を期待させずにはいられない美しいフォームのダッシュ。
 そして……
 全身に蓄えたパワーを一気に解放させようと踏み切りに足を掛けたその瞬間。
 そう、まさにその瞬間。
 葵の耳に、琴音がポソリと口にした声が届けられた。
 さほど大きくはない声だったのだが、葵には妙にハッキリと鮮明に聞こえた。聞こえてしまった。

「葵ちゃん、ブルマに危険な染み」

「ふえっ!? わっ!? と、とっとっと! う、うわわっ!?」

 琴音の声に大袈裟なまでに反応を示し、滑稽なほどに狼狽してバランスを崩した葵は、砂場に見事なまでに頭から突っ込んでしまう。

「う、うううっ。ぺっ! ぺっ!」

 口の中に入った砂を懸命に吐き出す葵。
 そんな彼女の許へ、血相を変えてマルチと琴音が駆け寄ってきた。

「だ、大丈夫ですか、葵さん!?」

「ご、ごめん、葵ちゃん。平気? 痛いとこない?」

 体操着に付いた砂をポンポンと叩き落としながら、二人が心配そうに尋ねてくる。

「う、うん。大丈夫だよ。ちょっと口の中に入っちゃった砂が気持ち悪いけど」

 立ち上がりつつ、微かに顔を顰めて葵が答えた。

「本当にごめんね、葵ちゃん。冗談半分のちょっとした軽い仕返しのつもりだったんだけど、まさかこんなに動揺するなんて思わなかったから」

 神妙な表情で琴音が謝罪してくる。

「ううん、気にしないで。わたしも、さっき色々と言っちゃったし、これでお相子だよ。ねっ?」

 そう言って笑顔を浮かべる葵に、琴音もはにかんで「……うん」と返す。
 穏やかに微笑みあう葵と琴音。その様を嬉しそうに眺めるマルチ。

 ――と、ここで終われば綺麗な光景なのだが、そうは問屋が卸さなかった。

「ところで、葵ちゃん。さっきのセリフなんだけどさ……露骨に反応を示してたけど……やっぱし、思い当たる節があるのかな?」

 先程までの優しげな表情から、イタズラっぽいニヤニヤ笑いに一転させて琴音が尋ねる。

「え? え? ええっ!?」

 とっくに通り過ぎたと思っていた話を蒸し返されて葵が動揺の声を上げた。

「ま、それはそうだよねぇ。思い当たる節、無い訳がないよねぇ。浩之さんと葵ちゃん、昨夜はきっとそのブルマでお楽しみだったんだろうなぁ」

「や、や、やだなぁ。変な事を言わないでよ。し、してないよ! 何もしてないよ! ブルマの上から触られたり擦られたりしまくったとか、ブルマを履いたまま最後までとか、そんなことは全然ないんだから! っていうか、そもそも、昨日使ったのはこれとは違うブルマだし……」

 耳まで真っ赤に染めて潔白を訴える葵。
 その葵の目に、「あらら。何もそこまで言わなくても」という顔をした琴音と、頬を赤く色付かせたマルチ、興味津々に聞き耳を立てている級友達――及び教師――の姿が映った。

「……? な、なに? なんなの? みんな、いったいどうし……あっ」

 面々の態度を不思議そうに見ていた葵だったが、唐突に自分が口にした発言が脳裏に蘇り、瞬く間に全身を真っ赤に染め上げていく。

「あ、あ、あああ、あの、その、こ、こ、こここれは……だ、だだ、だから、えっと……あ、あうあう」

 なんか、以前にも似たような事があったよね。
 頭の片隅で冷静にそんなことを思いつつ、どうにもこうにもならない追い詰められた状況で、ただただオロオロするしか出来ない葵であった。

 この授業のカリキュラムがこの時点で完全崩壊したのは言うまでもない。



 ムードメーカーでありトラブルメーカーでもある琴音、天然ボケのマルチ、良識派で一応ツッコミ側に属する葵。

 藤田家の下級生トリオである琴音・マルチ・葵。
 その三人に対するクラスメイトの認識は概ね上記の様な感じである。
 あるのだが……

 葵の部分には次の一文が加わりつつある。

『但し、頻繁に自爆』

 いろんな意味で、一番厄介なのは葵かもしれない。
 今更ながら、そう認識し始めたクラスメイト一同であった。



「あううっ。穴が欲しいよぉ。穴があったら入りたいよぉ」

「……あの、葵さん。穴なら、もうあると思いますよ」

「そうそう。葵ちゃんが掘った、おっきなおーーーっきな墓穴がね♪」

「はうっ!?」









< おわり >


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