『つーはんせーかつ』
「あら、琴音。なにしてるの? インターネット?」
「……また、いかがわしいサイトでも見ているのですか?」
居間でノートパソコンに向かっている琴音に対し、来栖川姉妹は室内に入ってくるや否やそう尋ねた。
「はい、そうです。ちょっと通販のサイトを。っていうか、芹香さん。『また』ってどういう意味ですか、『また』って?」
「言葉通りです」
ジトッとした半眼を芹香に向けて問う琴音。それに、芹香はしれっとした顔でアッサリと返す。
「失礼ですね。いかがわしいサイトなんて見ません。……たまにしか」
口を尖らせて琴音が抗議する。
「たまには見るんかい」
おいおい、とツッコミを入れつつ、綾香が琴音のノートパソコンを覗き込んだ。
「ところで、通販のサイトってどんな感じ……って……こ、これは……」
画面を見た瞬間、綾香の頬が微妙に引き攣った。
そこには、女性物の下着が羅列されていた。それも、いわゆる『過激系』なランジェリーばかりが。
紐だったり透けていたり、何故か肝心な部分に穴が開いていたり。
「あー、え、えっと……琴音って、通販とかよく利用してるの?」
強引に気持ちを切り替え、綾香が当たり障りの無い質問をする。
「ときどき、ですね。お店で買うのが恥ずかしい物とかは通販で購入したりしてます」
「ふーん、そうなんだ」
琴音の答えを聞いて、ふむふむと首肯する綾香。
――確かにこれはお店で買うのは抵抗あるかもねぇ。
琴音が所有している何着かの『とんでもない下着』。サイトを眺めつつ、「なるほど、こういう所で買ってるのね」と妙に納得してしまった綾香だった。
「最近は通販専門のサイトとかありますし。頻繁に使ってるワケじゃないですけど、それでも結構重宝してますよ」
そう言うと、琴音は『お気に入り』からとあるサイトを開いた。
「例えば、ここですとか」
「ん? なになに? AMAZO……。なんか、ヒーローにでも変身しそうな名前ね」
サイトを見ての綾香の第一声。
それを耳にして、
「綾香ちゃん……発想がセリオちゃんみたいです」
「染められちゃってますねぇ」
芹香と琴音が呆れと痛ましさの入り混じった嘆息を零した。
「うぐっ!」
胸元を押さえ、綾香が体をよろめかせる。痛恨のダメージを受けた模様。さもありなん。
「ま、まあ、それはさておき……綾香さんたちは通販とかしたりしないんですか?」
同情の籠った目で綾香を眺めつつ、取り繕うように琴音が話題を転換させた。
「え? あ、あたし? あたしはそういうのは使ったこと無いわ。で、でも、便利そうだから、これからは利用してみようかしら♪」
ことさら明るい声を出して綾香がその話に乗る。
あたかも辛い現実から目を逸らすように。
「は、はい、それがいいですよ。わたしがオススメのサイトとか教えちゃいますから」
「う、うん。お願いね。あ、あはは」
どことなく白々しさの漂うぎこちない会話が展開される。
笑っているにも関わらず、明らかに空気が重い。
「……わたしは使いますよ、通販サイト」
そんなムードを払拭したのは、芹香のこの一言だった。
「え? 姉さんが?」
「へぇ。ちょっと意外ですね」
思わぬ人物からの思わぬセリフ。
綾香と琴音は言葉通りに『意外』という表情を浮かべ、まじまじと芹香を見つめる。
「どんなサイトを使ってるんですか?」
「それは……ちょっといいですか?」
断りを入れて琴音のノートパソコンを借りると、芹香は手馴れた様子でアドレスを打ち込んでいった。
「こことか、です」
「どれどれ……って、うわぁ」
「……な、なんと言いますか……濃いですね」
芹香が呼び出したのは、一見して『アレ系』だと分かるサイトだった。
大きく表示された五芒星が目に眩しい。
「つーか、これって何語よ?」
「アラビア語です」
羅列されている見慣れない言語。それを問うてくる綾香に、芹香は淡々と答える。
「アラビア語? そんなのまで読めちゃうんですか? 芹香さん、凄いですね」
賞賛しつつ、『好きこそ物の上手なれ』という格言が脳裏に浮かんでくる琴音だった。
「で? 姉さんはこの妖しげなサイトでいったいどんな物を買ってるのよ?」
「それはですね……」
怖いもの見たさ、といった顔で訊いてくるに綾香に芹香が答えようと、
――ピンポーン♪
した瞬間、玄関からチャイムの音が響いてきた。
「あ、わたし、ちょっと出てきますね」
言って、琴音がトテトテと走っていく。
それから待つこと暫し。
琴音が何やら小荷物を手にして居間へと戻ってきた。
「芹香さん宛てです。外国からですね」
そう口にして、その荷物を芹香へと手渡す。
「姉さん、それってもしかして……」
小包とノートパソコンに表示されているサイトを交互に目にして綾香が尋ねた。
「はい。ここで買った物です」
送り先を確認して芹香が返す。その声には明らかな喜色が混じっていた。
「あの……いったい何を買ったんです?」
恐る恐る琴音が問う。
「お薬の材料です」
「く、薬、ですか」
あからさまに顔に縦線を入れる琴音。
「ね、姉さん? 一応訊いておくけど、どんな薬を作るつもりなのよ?」
琴音と同様の表情をした綾香が、若干腰を引かせながら質問する。
「元気になる入浴剤です。綾香ちゃんも琴音ちゃんも楽しみにしていて下さいね」
そう言うと、芹香は(芹香的の)満面の笑顔を浮かべて、荷物を手に部屋を出て行った。
「元気になる入浴剤、か。ねえ、琴音。あたし、なんとなーくこの先の展開が読めちゃったんだけど」
「綾香さんもですか? 奇遇ですね、わたしもです」
顔を見合わせて、綾香と琴音が『あはは』と笑いあう。
何とも表現しがたい乾いた声で。未だに縦線を纏わせたままで。
○ ○ ○
「あ、綾香さん綾香さん!」
その日の夜。
居間で雑誌を読んでいた綾香の許に、琴音が血相を変えて飛び込んできた。
「ん? どうしたの、そんなに慌てて?」
「た、大変なんですよ。お、お風呂が、お風呂が!」
琴音の放った『お風呂』の一語で綾香はピンと来た。芹香が作った入浴剤とやらが何か騒動を起こしたのだと。
「なに? ひょっとして、誰か被害者でも出ちゃったの?」
みんなにはそれとなく注意しておいたから、そんなはずはないと思うんだけどなぁ。
――などと疑問を抱きつつ琴音に尋ねる。
「被害者とかは別に。と、とにかく来てください。百聞は一見に如かず、です」
「な、なんなのよ?」
琴音に腕を引かれるままに、怪訝な顔をして綾香が付いていく。
「いったいなんだって言うの……げっ」
風呂場に到着して、中を覗いた瞬間、綾香は言葉を詰まらせた。
「……元気になってる」
綾香の口からそんな一言が呆然と紡がれた。
「なるほど、こういうオチで来たか。ちょーっと予想の斜め上を行ってたわね、これは」
そう、元気になっていたのだ。
――お湯が。
「あそこなんか渦を巻いちゃってるし、あっちでは威勢良く跳ねてるし。……なんか夢に見そうな情景ね。きしょくわる」
風呂場には綾香と琴音だけでなく全員が勢揃いしていたが、皆一様にポカーンとした顔をしている。
否、ただ一人だけ例外がいた。
「若干予定とは違っちゃいましたけど……まあ、これはこれで大成功ということで。元気になってることには違いありませんし」
などと宣い、小さくブイサインなんかを作っておられる人物が。
「……姉さん」
「……芹香さん」
大人しそうな顔をしているくせに、その実、ある意味では藤田家で一番のトラブルメーカーである芹香。
本人に少しもこれっぽっちも微塵も悪意や悪気が無いのが却って性質が悪い。
芹香の全く邪気の無い表情と言葉に、どう対処していいか判断に苦しみ、思わず頭を抱えてしまう綾香と琴音だった。
「あうあうあう」
取り敢えず、お仕置きとして『元気なお風呂』に放り込んでみたりしたが、
「うわ、凄い。見て下さいよ、綾香さん。全身に絡み付いちゃってますよ。なんか、触手物の18禁アニメみたいな光景ですね♪」
「『♪』はやめなさい、『♪』は。つーか、琴音。あんた、そんなアニメを観た事あるんかい」
これに懲りて、芹香が怪しげで妖しげな通販を止めたかどうかは……言うまでも無い。
< おわり >
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