『うそかまことか』



「なにやってんだ、おまえら?」

 浩之が居間を覗き込むと、あかりたちが車座になって楽しそうにお喋りしていた。
 それは良い。いつもの光景である。
 しかし、気になる点が一つ。
 ――皆の中心に置かれている見慣れない怪しげな機械。
 大きさは家庭用ゲーム機ほど。何らかのスイッチらしきボタンが幾つか付いているだけの至ってシンプルな外観。但し、本体から伸びているコードに取り付けられた血圧計を連想させるカフ(腕帯)が、どうにもこうにも何とも表現しがたいアレな雰囲気を醸し出している。
 そこはかとない嫌な予感と好奇心とを抱きつつ、浩之は女性陣の輪へと近付いていった。

「なんだ、それ?」

 浩之が指を指して尋ねる。
 その問いに、

「嘘発見器だって。凄いよね」

 皆を代表してあかりが答えた。心底感心した様な一片の疑念も持ち合わせていない無垢な表情で。

「うちの新製品なのよ。尤も、まだ試作品の段階だけど」

 引き継ぐように綾香が付け足す。

「来栖川の?」

「そうよ。玩具開発の部署が作った新しい商品。ま、いわゆるパーティーグッズね」

「ふーん、なるほどねぇ」

 納得顔で浩之が頷く。脳裏で『来栖川製ってことは、また無駄に性能が高かったりするんだろうな。あそこって良い意味でも悪い意味でも凝り性な人が多そうだし。つーか、マッドの巣窟?』などと思いつつ。

「で? その試作品とやらがどうして此処に?」

「決まってるじゃない。試しに遊んでみて下さいってことよ」

 綾香が笑顔で当たり障りの無い模範的回答を示し、

「早い話がモルモットです」

 セリオが身も蓋も無くぶっちゃけた。

「……そっか」

 予想通りの答えを貰い、浩之が素っ気無く首肯した。
 すぐ傍で展開され始めた『あたしがせっかくオブラートに包んだのに、あんたって娘はぁ!』『あうあうあう〜っ』といった惨劇からは敢えて目を逸らして。

「まあまあ、綾香さんもセリオさんも。――ところで、この機械ですけど、せっかくですから少し使ってみませんか? 別に人体に悪影響が出るような物でもないでしょうしね。正直、興味ありますし」

 苦笑を浮かべつつ、取り成す様に琴音が提案する。

「そうだネ。ウン、ちょっと試してみようヨ!」

 それに好奇心旺盛なレミィが賛同した。新しいオモチャを与えられた子供のように目がキラキラ輝いている。
 期待に満ちたワクワク顔で面と向かってそう言われ、否と返せる剛の者などこの場に居るはずもなく。寧ろ、皆も気持ちは同じなわけで。

「じゃ、ちょっくら使ってみるか」

 結果、極々すんなりとそのように話は纏まった。

「ということで、だ。まず決めなきゃいけないのは、誰がこいつの被験者一号になるかってことなんだけど……」

 そこまで口にしたところで浩之の言葉が止まった。

「何故に俺に視線が集中してますか?」

 目は口ほどに物を言う。昔の人は上手い事を言ったもんだ。ちょっぴり現実逃避っぽくそんな事を考えてみたりする浩之だった。

「はいはい。分かった、分かりましたよ。俺がやればいいんだろ」

 観念してガックリと肩を落としつつ、無条件降伏と言いたげに自分の腕にカフを巻いていく。

「うしっ、装着完了。いいぜ、なんでも訊いてくれ」

 嫌々っぽかった割には満更でもない表情を浮かべている浩之。何気にノリノリ。
 そんな様に思わず顔を見合わせて苦笑いを零してしまう女性陣だった。

「では……そうですね。こちらの質問には全て『イエス』と答えてください」

「分かった。了解」

 定番とも言える芹香の言葉に浩之はコクンと頷いて返す。

「ほな、まずは手始めに軽いとこから……藤田浩之は女性である」

「イエス」

 智子からの問いに浩之が答えた瞬間、機械本体から『ブーッ』というブザーが響き渡った。
 全員の口から「おおーっ」という感嘆の声が上がる。

「ではでは……浩之さんは高校生です」

「イエス」

 次いでのマルチと浩之の遣り取り。それに対し、来栖川製嘘発見器は無音という反応を返した。
 再度発せられる感嘆。

「うわぁ。凄いですね、これ」

 いささか興奮気味なセリフが葵の口から衝いて出る。

「本当に嘘が分かっちゃうんだぁ」

 理緒も驚きの混じった顔で目をパチクリさせていた。
 そんな二人の素直で純真な仕草に浩之は微笑ましさを覚える。
 ――と同時に、今の少ない質疑応答だけからも眼前の嘘発見器の反応の良さ――性能の良さ――が感じ取れ、たかがパーティー用アトラクショングッズに最先端の技術を惜しみなくこれでもかと注ぎ込んだであろう来栖川に対して、感心するべきか呆れるべきか激しく判断に苦しむ浩之だった。


○   ○   ○



 その後も嘘発見器で遊び続けた浩之たち。
 途中『実は買い物に行った時にお釣りをちょろまかした事がある→イエス→機械無反応』のコンボが発生した為に理緒からジト目&お説教を頂いてしまうといった小さなアクシデントもあった物の、概ね楽しんで遊んでいた。
 そんな最中、芹香が綾香の耳元で何事かを囁いた。

「なに、姉さん? え? ええっ? それをあたしに訊けって言うの? 自分で尋ねればいいじゃない。え? 恥ずかしいです? あたしだって恥ずかしいわよ。……う゛っ。その縋るような目は反則だってば。……ああ、もう! 分かったわよ。訊けばいいんでしょ、訊けば。……え、えっと、あ、あのさ、浩之」

 ほんのりと頬を染めてモジモジしながら視線を向けてくる綾香。
 浩之はその姿を見て可愛らしいと思うと共に、果てしなく嫌な予感も覚えた。

「その、さ……ひ、浩之はあたしたちとの……え、えっちに満足してる!?」

 始めはモゴモゴと、最後は思い切るように一気に。
 それを耳にして瞬時に赤面する女性陣。けれども目には隠そうとしても隠し切れない興味津々の色。
 今までは当たり障りのない質問ばかりが重ねられていた。だが、この場に居るのは――そういうことが気になって仕方が無い――思春期真っ只中の少女たちばかり。しかも遠慮を必要としない気心の知れた、知れまくった者たちである。更に、ある意味で現在浩之は拒否権を持ち合わせていない『まな板の上の鯉』状態。遅かれ早かれこの手の際どい質問が出てくる事は必然とも言えた。

「ほ、ほら、なにしてるのよ。さっさと答えなさいよ」

 綾香が照れ隠しで浩之の回答を急かす。

「あ、ああ。わりぃ」

 余りにもストレート過ぎる質問内容と周囲からの妙に熱っぽい視線を受けてちょっぴりだけ――予感的中か、と――呆けていた浩之。
 綾香からのせっつきで我に返ると、自信を持って言い切った。

「イエス」

 結果。鳴り響くブザー音。

「……あり?」

 顔を見合わせる女性陣。浩之から少し離れ、皆でなにやらゴニョゴニョと内緒話をスタート。

「あ、あの、みなさん? なにをしてらっしゃるのでしょうか?」

 恐々とした、異様にへりくだった態度で浩之が尋ねる。
 それへと応えるように――再度顔を見合わせ、皆で頷きあった後――代表して琴音が口を開いた。

「質問です。浩之さんはわたしたちとの……え、えっちで……き、き、気持ちよいと思ってくれてますか?」

「も、もちろん。イエス。イエスです」

 先ほどよりも更に際どい突っ込んだ問いに、今度は間を置くことなく何度も首をコクコクさせて力一杯答える。
 ――今回は機械は無音。
 心の底から正直に回答しているのだから当然といえば当然であるのだが、その結果に浩之は全身から力が抜けるほどの安堵感を覚えてしまう。
 その浩之に対し、琴音は容赦なく追い討ちを掛ける。

「で、では……回数的には満足してますか? お腹一杯になってますか?」

「……え?」

「答えてください」

 有無を言わさぬ琴音の態度&女性陣から注がれる視線。
 抵抗できるはずも無く、浩之は諦めたように口を開く。そして、自分的には正直な、一片の嘘偽りも無い答を返す。

「イエス!」

 しかし、現実は無情で非情。
 ――ブーッ!
 鳴り響くブザー音が耳に痛い。

「な、なんで!?」

 信じられないとばかりに目を剥く浩之。
 対照的に、実に対照的に、あかりたちの表情は妙に穏やかだった。清々しかった。

「なるほど。心は満たされていても体は満たされていないということでしょうか。まあ、予測範囲内の結果ですね」

 さもありなんといった顔でセリオがウンウンと頷く。

「予想はしとったけど、あれだけやってまだ足らんのか。さすがやな」

 智子が呆れ混じりに感嘆した。

「やっぱりまだ足りてなかったんだね。ごめんね、浩之ちゃん。わたし、もっと頑張るよ」

 あかりがなにやら決意を固めている。

「もっとスタミナを付けないとダメだね。わたし、また新聞配達のバイトでも始めようかな?」

 理緒は仕事の再開を真剣に検討していた。

「ヒロユキ、実はヨッキューフマンだったのネ」

 腕を組み、そっかそっかと納得するレミィ。

「え? 一対一じゃ無理そうだからあたしと一緒に? そうね、タッグというのも一つの手かしら」

「……一つ一つは小さな火でも、二つ集まれば炎になるんです」

 共闘を考慮する来栖川姉妹。

「葵ちゃん、マルチちゃん。では、わたしたちは三人です。三本の矢作戦です」

「そ、そうだね。一本一本は弱くても三本だったら折れないよね」

「いくら浩之さんでも三本なら……三本なら……あうぅ、全然大丈夫じゃない気がするのはどうしてでしょう?」

 毛利元就の訓えに縋る下級生トリオ。

「……いや、ちょっと待て、おまえら」

 戦々恐々としているような、それでいてどことなくワクワク感が漂っているような、そんな少女たちの姿に浩之は思わず頭を抱えてしまう。

「どうしてそんな、さも当然のように受け入れてるんだよ。こいつは所詮オモチャなんだから信用しすぎるのも問題有りだぞ。現に俺は欲求不満なんかちっとも感じてな……」

 ――ブーッ!

 浩之の言葉を遮ってブザー音が響いた。浩之の顔が微かに引き攣る。

「あ、あのなぁ。俺は嘘なんか吐いてないっつーの!」

 ――ブーッ!

「だーっ! 俺は現状で充分満足してる……」

 ――ブーッ!

「せめて最後まで言わせろやぁ!」

 嘘発見器相手に真剣に訴える浩之。
 玩具対人間の仁義なき争い。己の尊厳を懸けた攻防。
 そして、それを『うんうん、言い繕わなくても全部分かっているよ』と言わんばかりの優しげな笑みを浮かべて、生温い視線を向けて楽しげに観戦している少女たち。

「お・れ・は! 嘘なんか、ついてねぇ!」

 ――ブーッ!

 そんな一種異様な光景は明け方近くまで続いたとか。



 後日、この嘘発見器はパーティーグッズとして製品化され店頭に出回る事になるのだが……。
 それらを目にする度に――あの日の人機を越えた死闘・激闘と、それ以来の女性陣の『頑張り』が思い起こされ――腹立たしい様な嬉しい様な、何とも表現し難い複雑な表情を浮かべてしまう浩之だった。









< おわり >


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