『E・SA』



 ああ、綺麗な星空だなぁ。
 ――なんて現実逃避をしてみたり。

 学校が終わって、有彦と一緒に屋台のラーメン屋に寄って、しばらくバカ話をした後に別れて。
 うん、ここまでは何てこと無い日常だった。
 ――で、その後。
 屋敷に帰る途中、不意に背後に気配を感じて。首筋辺りに強い衝撃を受けたっぽい気がして。
 目が覚めたらこんな事になってました、ハイ。
 手。縛られてます。
 足。グルグルです。
 おまけに、ご丁寧に胴体まで梱包済み。
 見事なまでにミイラパッケージ。ぶっちゃけ、ストローで吸われる3秒前って感じです。

「あのー、これはいったいどういうことなんでしょうか?」

 地面に寝転がって芋虫状態になっている俺のすぐ傍で、優雅にお茶なんぞを嗜んでいらっしゃる――十中八九張本人であると思われる――人物に問い掛けた。

「志貴。細かい事は気にしちゃダメよ」

 その人物――蒼崎青子さんは実に晴れやかな笑顔なんぞを浮かべて宣ってくれやがりました。
 ちなみにこの人、若々しい外見をしてたりしますが、何気に結構いい年したおばさ……
 おおうっ。
 近くに、顔の近くになんか刃物がサクッと刺さりましたよ? しかも、かなり深くにまでズボッと行ってる模様。マジ投げですか? マジ投げしましたね?

「志貴? 今、なんかつまんないこと考えなかったぁ?」

「何も考えておりませんです、sir」

 即降伏、及び無抵抗主義。
 世の中平和が一番です。情けないとか言うな。

「まあ、それはさておき」

 やばい話題は即刻変える。これが長生きの秘訣です。

「先生は細かい事は気にするなと仰いますけど、それはさすがに無理というものです。いくらなんでも、こんな不条理をスンナリと受け入れられるほど悟りを開けてませんよ。つーか、普通の人間は絶対に気にします」

「なーに言ってるのよ。志貴は普通の人間じゃないっしょ」

 暴言炸裂。とんでもないことをサラッと言い切りましたよ、このおば……お姉様。
 ごめんなさい、ボクが悪かったです。だから、そのお手々の中の怖い凶器はしまって下さい。

「ものすっごくナチュラルに酷い事を言いますね」

「事実でしょ?」

 事実じゃないやい。そりゃ、確かに、ほんのちょっぴりだけ特殊な能力を持ってたりするけど。
 でも、どんなに必死に主張してもアッサリと流されそうな気配がビンビン漂ってます。
 なので、少しだけ譲歩。ボク、分別のある大人ですから。

「仮に普通の人間じゃなくても、真っ当な性格をしている者なら気になります」

「志貴。あなた、ひょっとして、自分が真っ当な性格をしているとでも思ってるの?」

 暴言再び。つーか、さっきより痛い。
 笑顔で言われたのならまだシャレで済みますが、今の先生は完璧に素。言うなれば『THE真顔』。
 プラス、気遣わしげな、「大丈夫?」とでも言いたげな表情。雨の中で鳴いている捨て猫を見る目。
 ……泣いてもいいですか?

「人外だろうが人非人だろうが気になるものは気になるんですよ。どうでもいいからさっさと答えやがれ、どちくしょう」

 どんなに心に傷を負っても疑問を投げたりしない。まさに男の子。日本男児の鑑。後半やさぐれてますが。

「ったく、ワガママなんだから。しょうがないわねぇ。じゃあ、教えてあげるわ」

 やれやれ、といった風に肩を竦める先生。無性にむかつくのは気の所為でしょうか。

「えっと、遠回し、且つ難解に答えると……」

「ストレートに、簡潔に答えて下さい」

 俺に遮られて、先生が微かに唇を尖らせる。
 その仕草にちょっとだけ『可愛い』だなんて血迷った事を思ってしまったのはここだけの秘密。

「なによぉ。こういうのって、大した意味も無いのに小難しく答えたりするのがお約束じゃない」

「いりませんよ、そんなお約束」

「……志貴のいけずぅ、いじわるぅ、甲斐性なしぃ」

 なんか、すっげー理不尽な事を言われてる気がしますよ? しかも、なんか余計なのまで混じってる様な……。

「で? 結局どういうことなんですか?」

 強引に話を進める。
 じゃないと、変なところでグルグル堂々巡りして、終いにはバターにでもなってしまいそうだ。

「うーん、まあ、何て言うか……ぶっちゃると、景品」

「け、景品? ど、どういう意味ですか、それは?」

「景品。1、サービスとして渡す品。おまけ 2、懸賞等に当たった者や遊技の得点者に与える品物 3、会合等で参加者に贈る品物
 こんなところかしら」

「ああ、なーるほど。よく分かりました。……って、ちゃうわぁ! 誰も言葉の意味なんか聞いてません!」

「おおっ、見事なノリツッコミ。志貴、成長したわね」

「そんなところで成長を実感しないで下さい。つーか、目頭押さえるな」

 あー、なんかもうどうでもよくなってきた。お家に帰りたい。

「なによぉ。そんな疲れた顔しないでよ」

「誰の所為ですか、誰の」

「それはもちろん私なんだけどね」

 自覚がある分尚更タチが悪いです。

「まあ、あんまり引っ張ると志貴が本気で怒り出しそうだから真面目に答えるけど……一言で言うなら、志貴は餌なのよ」

「え、餌?」

 なんか、すっごく不穏な雰囲気が漂う単語なんですが。

「ほら、ちょっと前にさ、使い魔の騒動があったじゃない?」

「それって、もう一人のレンが――白いレンが――現れた時のことですか?」

「そう、それそれ」

 楽しげな笑みを浮かべて先生がコクコクと首肯する。

「でさ、その時に、志貴に縁の有る何人かの女の子と手合わせしたんだけどね」

 ……嫌な予感がしますよ?

「それがもう楽しくってさぁ。だから、もう一度、今度は本気で戦ってみたいなぁとか思っちゃって。でさ、あの娘たちを本気にさせるには……ねぇ。こうするのが一番手っ取り早いでしょ」

「つまり、アルクェイドや秋葉とガチンコで戦ってみたいから、俺を拉致って餌にしたと?」

「ぴんぽーん♪」

 嫌な予感的中。
 勘弁してよ。こういう場合、痛い目に遭うのは俺だって相場が決まってるんだから。
 嗚咽して慟哭して号泣したい。いやマジで。

「それに、さ」

「え?」

 俺が顔を向けると、先生は目を逸らして小声でポツリと零した。

「すんなりとあの娘たちにあげちゃうのも悔しいじゃない。志貴の眼中に私が入ってないのは分かってるけど……でも、私だって昔から志貴のこと気に入って……」

「先生? ごめんなさい、よく聞こえなかったんですけど。なんて言ったんですか?」

「……恋には障害が付き物だって言ったのよ。欲しい物は力ずくで奪い取る。それが世の真理。愛を取り戻せ」

「そんな世紀末救世主伝説みたいな真理は嫌です」

 先生の顔がちょっとだけ寂しそうに見えたけど……たぶん、気の所為。

「つーか、こんなことやめましょうよ。世の中はラブとピースです。暴力反対、ビバ平和」

「ラブとピース? うーん、まあ、確かにそれも一理あるわねぇ」

「でしょ? でしょでしょ?」

「でも、多分もう手遅れよ。ほら」

「……へ?」

 それはもう楽しそうに微笑む先生。指差す先には、何時の間にやって来たのか、ズラリと揃ったオールスター。
 真祖の姫君に埋葬機関の代行者、遠野家御一行に路地裏同盟の皆々様。
 全員、顔がマジです。やる気満々です。というか、殺る気?

「意外ねぇ。ここに来るまでに少しは潰しあうかと思ったのに。あなたたち、何時の間にそんな仲良しさんになったの?」

「単に利害が一致しただけです。まずは貴女を倒すのが最優先事項であると、皆がそう理解しているに過ぎません」

 感心したように発せられた先生の言葉に、眼鏡を外しながら先輩が答える。
 どうやら、皆の殺る気は先生だけに向けられているワケじゃなさそうだ。
 アルクェイドたちの今の状態は完璧に呉越同舟。
 左手で握手、右手にはナイフ。はっきり言って、『冷戦時代の米ソの方が遥かにマシ』といった雰囲気が充満していた。
 ぶっちゃけ、怖い。

「兄さんの所有権は、貴女にお仕置きした後で『はなしあい』で決めます。ですから、後の事は何も心配せずに、安心してお逝きくださいな」

 秋葉が髪を赤く染めながら物騒な事を口走る。
 どうでもいいけど――よくないけど――所有権って何さ? 俺の意思は?
 あと、『はなしあい』がどうしても脳内で『話死合』に変換されてしまうのですが。デンジャラスな香りがプンプンしてますよ。
 ――などと、俺がバカな事を考えている間にも、皆さんの戦闘準備が整いました。人外組は目の色だの髪の色だのの変貌終了。人間組は得意の獲物を手にして臨戦態勢ばっちり。覚悟完了しちゃってるっぽいです。
 そんな皆さんに対して、先生はとってもお上品に中指をおっ立てていたり。
 いやぁ、辺りに漂う殺気が実に心地好いですね、あははは。
 ――って、現実逃避してる場合じゃないし!
 え? ちょっと? いきなり今ここで始めるつもりですか?
 あのー、みんな、何気に俺のこと忘れてませんか? 俺、手も足も縛られてて動けないんですけど。ここでこのメンツにバトルなんて始められても逃げられないんですけど。シャレになってないんですけど!
 ちょ、ちょっと、待っ……ねえってば! せめて解いて! 誰でもいいから!
 あっ、やばい。やばいって。そんな、これはマジでやば……

 爆発、爆音、爆風。

 ああっ、こんなにも空が近い。

 キラキラ輝くお星様。
 もうすぐ……ボクも、そこに……行く、よ。









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