「ホントに……飲むの?」
「ああ、頼むよ」

 薄暗い部屋。
 一組の男女の会話。

「でも……苦いんでしょ?」
「そうみたいだな。でも、俺は飲んだことねーからなぁ。何とも言えねーや」

 どうやら、男が女に何かを飲ませようとしているらしい。

「どうしても、飲まなきゃダメ?」
「無理強いはしねーよ。でも、出来ればレミィに飲んで欲しい」
「ずるいなぁ。アタシがヒロユキの頼みを断れないの知ってて言うんだもん」

 女…レミィが男…浩之を非難した。
 しかし、その声には、どこか甘える様な、媚びた様な響きが含まれていた。

「ずるいのは承知の上さ。な、頼むよレミィ。飲んでくれよ」
「……仕方ないなぁ。うん、わかったヨ」

 諦めた様に答えると、レミィは浩之に近づいて……

「ちょうだい。ヒロユキ」

 言いながら、浩之の差し出した『モノ』に手を添え……意を決した様に口を付けた。
 そして数瞬の後…………

 こくん

 口の中に入り込んできたドロッとした液体を一気に飲み込んだ。





ふたつ
〜第4回特別投票1位記念SS〜






「苦〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!」

 口に手を当ててジタバタと暴れだすレミィ。

「だーーーっ!! 狭い部室の中で暴れるんじゃねー!! そもそも、苦いのは覚悟してたろ? 『良薬は口に苦し』だぜ。そうだろ、先輩?」
「(こくん)」
「ほらな」
「ウーーーーーー。でも、苦いヨーーー」

 レミィの文句は取り敢えず無視しておくとして……
 えっと、俺たちが今いる場所はオカルト研の部室。そして、レミィが飲んだのは、先輩お手製の薬だ。

 誰だ? エッチな展開を期待した奴は?
 まあ、それはさておき―――

 その薬の効用は……レミィのハンターモードの抑制。
 レミィのもうひとつの人格(?)であり、非常にはた迷惑なハンターモード。それが出現しないように薬の力で押さえつけてしまおう、というわけだ。
 もちろん、市販の薬でそんなことが出来るはずも無い。そこで、先輩の出番だ。

「なあ、先輩。あの薬って効くのか?」
「…………」
「えっ? 効きますって?」
「…………」
「バッチリだって? へ〜、よっぽどの自信作なんだな」
「(こくこく)」

 いつも控えめな先輩にしては異常なまでの自信。おおっ、これは効き目が期待出来そうだぜ。

「…………!!」

 その時、先輩がある一点を見つめたまま固まってしまった。

「ん? どうしたの?」

 先輩の視線の先には、植物の根っこの様な物が置いてあった。

「あの根っこがどうかしたの?」
「…………」
「えっ? 入れ忘れましたって?」
「(こくん)」
「入れ忘れたって、まさか、薬に!?」
「(こくこく)」

 おいおい。って云う事は……

「あの薬は失敗作だってこと!?」
「(こくこくこく)」

  申し訳なさそうな顔でうなずく先輩。
 う〜〜〜ん、先輩って、困った顔も可愛いなぁ。

 ―――じゃなくて!!
 レミィは大丈夫なのか!?
 その事を確かめようとした瞬間……

 ヒュン!!

 俺と先輩の間を何かが飛んでいった。
 い、今のって、もしかして……矢……か?

「ヘイ!! フリーズ!!」

 げっ!! この声はもしかして……
 恐る恐る振り向いてみるとそこには……
 あうっ、やっぱり。
 ハンターモードと化したレミィが弓矢を構えて立っていた。
 しかし、どこから出したんだ、その弓矢!?
 ―――って、んなことを気にしてる場合じゃねーな。

「フッフッフ。狩りの時間よ。英語に訳せば『ハンティングタイム』ネ!!」
「直訳かい!! 第一、勝手にそんな時間にするんじゃねー!!」
「ノープロブレム!! アタシは気にしないネ!!」
「頼む!! 気にしてくれ!!」

 まあ、今のレミィに何を言っても無駄だっていうのは、経験上よく分かっている。
 こういう時は、とにかく逃げるに限る!!
 そして、レミィを欺くためには……

「あっ!! ウォーターバード!!」

 俺はあらぬ方向を指さし、思いっ切り叫んでやった。

「エッ!? ウォーターバード!? どこ!? どこヨ!?」

 案の定、レミィの意識は『そっち』に集中した。
 よし!! この隙に……

「逃げるぞ、先輩!!」
「(こくこく)」

 俺は先輩の手を取り走り出した。

「どこ!? どこーーーっ!?」

 レミィの奴は、まだキョロキョロしていた。



○   ○   ○



「どこ? ネー、どこヨ!? どこ……って」

 ア、アレ? 誰もいない……
 おのれ!! 逃げたわネーーーーーー!!
 エモノのくせにコシャクな!!

 ……フッフッフ。まあ、いいわ。それでこそ“狩りがい”があるというものネ。
 地の果てまでも追いかけて、絶対にハントしてみせるヨ!!

 そうと決まれば、レッツゴー!!

 ―――待って!!

「ナ、ナニ!?」

 ―――アナタ、ナニを考えているノ!?

「ヘッ? ナニって?」

 ―――誰をハントしようとしているのかわかってるノ!? あの人たちは……

「シャラーップ!! 誰だろうと関係無いネ!! エモノはエモノ。それ以上でも以下でも無いワ!!」

 ……まったく、くだらないことを言って邪魔しないでよネ!!
 ま、いいわ。それじゃあ、気を取り直して、今度こそ……レッツゴーーー!!

 ―――ア!? コラ!! ゴーじゃないわヨ!! 待って!! 待ちなさーーーい!!



○   ○   ○



 はあはあぜいぜい。
 な、なんとか逃げ切ったみたいだな。

「先輩、大丈夫?」
「(こくん)」

 すげー。先輩ってば、息ひとつ切らしてねー。
 見かけに寄らず、意外とタフなんだな。

「しっかし、なんなんだレミィの奴。いきなりハンターモードになりやがって」
「…………」
「えっ? 恐らくは薬のせいです、だって?」
「…………」
「抑制じゃなくて解放してしまった? マジかよ!?」
「(こくこく)」

 それってやっぱり、あの根っこを入れ忘れたせいだよな。
 うーん、あんなもんを入れるか入れないかで、こうも違いが出るんだなぁ。
 ―――って、感心してる場合じゃねーな。

「……で、レミィを元に戻す方法はねーのか? いつまでも、このままってわけにはいかねーだろ」
「…………」
「たぶん解毒剤で直せます? 解毒剤? 先輩が作るの?」
「…………」
「部室でなら作れます? あそこにだったら材料が揃ってるから?」
「(こくこくこく)」

 そっか。だとしたら、当面の目標は、レミィを上手くまいてオカルト研の部室に戻ることだな。

 そうと決まれば……

「藤田!!」

 うわっ!!
 走り出そうとした瞬間、大声で名前を呼ばれた。
 はっきり言って、出鼻をくじかれたってところだ。

 ―――ったく、どこのどいつだ!?

「ここであったが百年目!! 今日こそ、お前の魔の手から神岸さんを救ってみせる!!」

 ……や、矢島〜〜〜。
 この忙しい時に、またややこしい奴が……
 それにしても、『魔の手』ってどういう意味だ!? 人聞きの悪いことを言いやがって。

「神岸さんには、俺の様な『好青年』が相応しいのだ!!」

 『好青年』って……自分で言うか、普通?

「今日こそ、今日こそお前を……って、うおーーー!! 藤田!! なんだ、その手は!!」

 はっ? 手?
 そういえば、まだ先輩と手をつないだままだったな。でも、それがどうかしたのか?

「き、き、貴様ーーー!! 神岸さんというものがありながら、そ、そ、それも白昼堂々、その様な不純異性交遊をーーー!!」

 …………おいおい。

「許さん!! PTAの奥様方に代わって成敗してくれる!!」

 何者だ、お前?
 ―――ったく、こっちには、お前なんかにかまってる暇は……

「見つけたーーー!!」

 げげっ。もう来やがった!!

「先輩、逃げるぞ!!」
「(こくこく)」

 しかし、再び走り出そうとした俺たちを、矢島が遮った。

「待て、藤田!! 絶対に逃がさんぞ!!」

 だーーーっ!! うざってーーーーーー!!
 まったく、このバカどうしてくれようか。

 ……あ、そうだ。へっへっへ、いいこと思い付いたぜ。

「レミィ!!」
「ハイ!?」

 俺は矢島を指差して、一言叫んだ。

「こいつは『鴨』だ!!」

 キョトンとする矢島。あからさまに『何言ってるんだ、このバカ』といった顔をしてやがる。
 そんな顔をしていられるのも今のうちさ。

 3……2……1……

「ヘイ!! フリーズ!!」

 ほらきた!!

「み、宮内さん!?」
「カモ……カモ……フッフッフ、エモノとしてベリーグッドネ!!」

 やった!! レミィの意識が完全に矢島の方に向いた!!
 この隙を見逃す手は無い!!

「先輩、ごめん!!」
「…………あっ」

 俺は先輩の体を抱きかかえると、その場から脱兎のごとく走り出した。

「あ!? 待て、藤田!! お前、またそんなふしだらな真似を!! それに、まだ話は終わって……」
「フッフッフ。狩りの時間ネ!!」
「えっ?…………あ、あの……宮内……さん?」
「カクゴ!!」
「ち、ちょっと待った!! ストップ!!」
「問答無用!!」
「あの……その…………ぎええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 さらば矢島。お前の尊い犠牲は忘れないぜ。



○   ○   ○



 ハンティング終了。ウーーーン、気分爽快ネ!!
 ……アレ? なにか大事なことを忘れてるような……

 ハッ!! し、しまったーーー!!
 雑魚に気を取られて、またまた大きなエモノを逃してしまった!!

 ―――ざ、雑魚って……。あう〜〜〜。ごめんネ、ヤジマ。

 NO! これはヤジマじゃないネ!!

 ―――エッ!?

 矢が刺さってるからヤヤジマが正解ネ!! アハハー!!

 ―――笑い事じゃないって……

 そんなことより、追跡追跡っと!!

 ―――ちょっと!! まだ、満足できないノ!?

 当然!!

 ―――もうやめて!! やめなさい!!

 ウルサイ!! アタシに指図するな!!

 頭の中の声を振り切って、アタシは追跡を始めた。

 満足? そんなの永遠にしないわヨ!! だって、アタシはハンターなんだから……



○   ○   ○



「ど、どうやら、だいぶ距離が稼げたようだな」

 俺はうしろを振り返りながら呟いた。

「さてと、それじゃ、もう一踏ん張りするか。先輩、居心地が悪いかもしれねーけど、もう少し我慢しててくれよな」
「…………」
「えっ? 居心地悪くないです?」
「(こくん)」
「そっか。それなら良かった」

 俺が笑いかけると、先輩は頬を染めて俯いてしまった。
 うっ。か、可愛い。
 非常時だっていうのに、思わず見とれてしまった。

「…………」
「ん? でも、重くないですか、だって? なーに言ってるんだか。無茶苦茶軽いよ。いつまでも抱いていたいくらいさ」

 俺の言葉に、さらに顔を赤くする先輩。
 やっぱり可愛いなぁ。卑怯なくらいだぜ。

 ―――って、いけねーいけねー。また、見とれちまった。

 さーって、気を取り直してっと。ここから一気に部室まで…………

「ヒ〜〜〜ロ!!」

 ―――ったく、まーた邪魔が入りやがった。
 しっかも、よりによって……

 『志保があらわれた!!』
 『どうする? >コマンド』

 どうするって、この場合は当然……

 『≫にげる』

 これだな。

「ちょっと!! なに、無視してるのよ!!」

 『志保に回り込まれた!!』

「って、あたしは『ドラ○エ』のモンスターかい!?」
「似たようなもんだろうが」
「あんたに言われたくないわよ!! この、『恐怖!! 色ボケ魔人』が!!」
「なんだそりゃ!? 誰が色ボケだ!?」
「あ・ん・た・よ」
「このやろ〜〜〜。俺のどこが色ボケしてるって言うんだよ!!」

 俺の反論に、志保はやれやれといった顔をすると……

「全部よ」

 さも当然のような口振りで、とんでもねー答えを返してきやがった。
 こ、こいつは……

「な〜によ、その顔は? 明るいうちから女の子を抱きしめて、ラブラブな空気を発散してるような奴に否定されたくないわね」

 ぐっ。そういう言い方をされると……反論……できない。

「ま、それでも言いたいことがあるっていうんなら聞いてあげるわよ。心の広ーーーい、天使の様な……ううん、“女神”の様な志保ちゃんに感謝するならね」

 てめーーー。言うに事欠いて、女神だとーーー!? 身の程知らずも大概にしやがれって言うんだ。

 くいっくいっ

「ん? どうしたの、先輩?」
「…………」
「えっ? 急がないと追いつかれます?」
「(こくこく)」

 そ、そうだった!! “志保のバカ”に気を取られて、レミィのこと、すっかり忘れてた!!
 こんな所で、“志保のバカ”と遊んでる場合じゃねーんだ、“志保のバカ”と……

「理由はわからないんだけど……何故か、すっごくむかつく……」
「気のせいだ。……というわけだから、あばよ、志保!! 俺たちは急ぐから!!」
「なにが『……というわけ』なのよ!? そんなんじゃ、ぜんっぜんわからないでしょーが!! ―――って、ははーん、そうかそうか。さてはあんた、敵わないと悟って逃げる気ね」

 なにーーーっ!?
 ―――って、ダメだダメだ。こいつの挑発に乗っちゃ。
 俺たちには、そんな暇はねーんだ。早くしねーと、レミィが……

「ヘイ!! フリーーーズ!!」

 ……お、遅かった。

「フッフッフ。今度こそ決着をつけるネ!!」
「決着? レミィもなの? 実は、あたしもヒロと決着をつけようとしていたところなのよー」

 まてこら!! 話を作るな!!

「そうナノ? もしかして、アナタもハンター?」
「イエース!! 志保ちゃんは生粋のハンターよん」

 志保!! てめー、いい加減なことをぬかすんじゃねー!!

「だったら、共同戦線をハリましょう!!」
「オッケー。志保ちゃんにまっかせなさーーーい」

 ……やばい!! この状況はやばすぎる!!
 くっ、どうする!?
 前門の志保、後門のレミィ。

 ……仕方がない。この手は二度と使いたくなかったが……
 そう!! もはや、お約束ともなった、この手!!

「だまされるな、レミィ!!」
「エッ!?」
「こいつはハンターなんかじゃねー!!」

 俺は、志保の方を、ビシッと指差し……

「こいつはれっきとした獲物。『アホウドリ』だ!!」

 そう言い切った。

「ちょっと!! 誰が『アホウドリ』よ!!」

 この際、志保はシカト。

 さーーーて、レミィの奴、どう動く?

「アホウドリ……トリ……エモノ……」

 レミィは志保の方に視線を向けると……

「フッフッフ。エモノの分際で、よくもだましてくれたわネ!!」
「……へっ? ち、ちょっと待って!! 落ち着いて、レミィ!!」
「聞く耳持たないネ!!」

 よっしゃ!! 作戦成功!!
 レミィの意識が完璧に志保に向いた!!

 もちろん、この隙を逃す俺じゃない!!
 清水選手も真っ青のスタートダッシュを決めて、その場から逃げだした。


葵のスポーツ一言メモ(出張版)

 清水選手は、長野五輪スピードスケート500Mのゴールドメダリストです。
 スタートダッシュの素晴らしさには定評があるんですよ。


「そんなの、どうでもいいわよーーー!! 誰か助けてーーー!!」
「フッフッフ。カクゴ!!」
「レミィ、待って!! 待…………むひょおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 志保よ、成仏してくれ……合掌。



○   ○   ○



 ハンティング終了!! アー、スッキリした!!
 …………って、アアッ!! また、大きなエモノを逃してしまったーーー!!

 ―――ウウッ、ゴメンね、ゴメンね。シホ、ホントにゴメンね。

 ノープロブレム!! 気にすること無いネ!!

 ―――なんでヨ!!

 エモノに謝罪する必要なんか無いワ。エモノはハンティングされるのが幸せなのヨ。

 ―――勝手なことを言わないで!! シホはエモノじゃないワ!! フレンドヨ!!

 フレンド〜〜〜? フン!! ばかばかしい!!
 そんなことより、追跡を再開しないと。フッフッフ。ハンターの嗅覚からは逃げられないわヨ!!

 ―――やめて!! お願いだから、もうやめてヨ!! じゃないと、きっと後悔することになるわヨ!!

 後悔? そんなのするわけないじゃない。くだらないこと言うんじゃないわヨ。

 ―――くだらなくない!! アタシは大切な人を失いたくないもの!! アナタだってそうでしょ!?

 ……大切な……人? 失いたく……ない?
 ウ、ウルサイウルサイ!! 大切な人? そんなの、アタシには関係無い!!

 アタシはハンター。エモノを狩るのが一番の幸せなんだから…………



○   ○   ○



「到着っと!!」

 あれから、延々走り回り、なんとかレミィをまくことに成功。
 やっとこさ、オカルト研の部室に戻ってくることが出来た。

「先輩、解毒剤はどれくらいの時間で出来る?」
「…………」
「2時間くらい? 厳しいなぁ。もう少し早く作れない?」
「…………」
「無理です、ごめんなさい? あ、いや、無理なら仕方無いさ」

 しかし、2時間か。長いな。それまで、レミィに見つからずに済むかどうか……

 バタン!!

 ―――と思った瞬間、勢い良くドアが開けられた。

「フッフッフ。見ーつけた!!」

 なんでやーーー!?
 おいおい!! いくらなんでも早すぎるだろ!! 2時間どころか、2分も経ってないぜ。

「よくも逃げ回ってくれたわネ!! でも、それも終わりヨ。ここでゲームセットネ!!」

 ……まずい。本気でまずい。

 こうなったら、またあの手段で……

「あっ!! あんな所にキジが!!」
「フ〜〜〜ン。それは良かったわネ」

 ダ、ダメだ!! さすがに4回も同じ手は効かないらしい。

「往生際が悪いわヨ。もう、諦めなさい」
「ふざけるな。そう簡単に諦めてたまるかよ」
「あっそ。まあ、どっちでもイイワ。アナタたちがアタシに狩られることには変わりないんだから……ネっと!!」

 言いながら、レミィは矢を1本放った!!

「先輩、危ない!!」

 俺は、反射的に先輩の体を突き飛ばしていた。
 そして次の瞬間その場所を、ほんの数瞬前まで先輩がいたところを、矢が通過して……
 うしろに置いてあった薬瓶を粉々に砕いた。

 ……背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。体中から血の気が引く思いがした。
 レミィの奴、マジだ!! 本気で俺たちを“狩る”つもりだ!!

「うまく避けたわネ。でも、そのラッキーがいつまで続くかしら?」

 やばい!! やばすぎる!! どうにかしないと……って、どうすればいいんだ!?

 …………クラッ。

 あ、あれ?
 な、なんだ?
 急に……ね、眠気が。

 なんだっていうんだ!? どうしてこんな時に……

 ま、まさか!?
 俺はレミィに砕かれた瓶を見つめた。

「せ、先輩……この瓶の中に入ってたのって……もしかして……」
「…………」
「即効性の……超強力睡眠薬です? なんで……そんなもんが置いてあるんだよ!? それより……先輩や……レミィには……効いてない……みたいだけど?」
「…………」
「男性……専用……です? なんじゃ……そりゃ!?」

 いかん。意識が……朦朧と……してきた。
 そのせいで……ツッコミに……切れがない。
 ―――って……そうじゃ……ないだろ!!

 それにしても……眠い……

「…………」
「えっ? 効いて……ますか? ……だって?」
「(こくん)」
「ああ……すげーよ。……もの凄い……効き目だぜ」
「…………やった

 小さくVサインをする先輩。
 ……あの……もしもし? 喜んでる場合じゃ……ないでしょうが!!

 と、とにかく!!
 ここで……寝るわけには……いかない!!
 俺が……寝ちまったら……誰が……先輩を守るんだ!!
 それに……レミィも元に……戻してやらないと……いけねーのに……

「随分辛そうネ。待ってなさい。今、楽にしてあげるワ!!」

 冗談じゃねー。こんなところで……くたばってたまるか!!
 俺が……いなくなったら……みんなが……寂しい思いを……するじゃねーか。
 そんなことだけは……絶対に……させねー!!
 みんなには……いつも笑っていて……欲しいんだ。
 俺は…………俺は…………

「大切な人を……悲しませるわけにはいかねーんだよ!!」



○   ○   ○



 アラアラ、フラフラになっちゃって。
 どうやら勝負あったわネ。

「随分辛そうネ。待ってなさい。今、楽にしてあげるワ!!」

 フフフ。これで、チェックメイトヨ!!

 ―――ダメ!! 絶対にダメヨ!!

 また、アンタなの!? もう、いい加減にして!!

 ―――いい加減にするにはアナタヨ!! こんなこと、もうやめて!!

 少し、黙っててヨ。
 今……いいとこなんだから。

 ―――やめて!! やめて!!

 ウルサイ!! 黙れって言ったデショ!!

 ―――やめてヨ……お願いだから、やめてヨ……

 だ、黙れ!!

 ―――お願いだから……アタシから奪わないで……

 うば……う?

 ―――アタシから、大切な人を奪わないで……お願い……だから

 大切な……人?

 ―――アタシの、そして、アナタにとっても一番大切な人。

 アタシにとって……大切……

 アタシにとって……

 アタシ……

 ……………………

「大切な人を……悲しませるわけにはいかねーんだよ!!」

 エッ!? ヒロユキ!?
 ……ヒロ……ユキ?
 ……………………!!

 そうだ。あの人はエモノなんかじゃない。ヒロユキだ。アタシにとって、世界中で一番大切な人だ。
 それなのに……それなのに……
 ア、アタシ……いったい、なにを……
 アタシは……アタシは……

 カラーーーン!!

 アタシの手から、弓と矢が滑り落ちていった。
 狭い室内に響いた音は、ゲームの終了を告げるホイッスルの様だった。

 そして、“アタシ”は戻ってきた。



○   ○   ○



 カラーーーン!!

 レミィが弓矢を落とした。
 ……? どうしたんだ?
 あれ? そういえば、なんか雰囲気が変わったような……殺気も消えてるし……

 もしかして……元に戻ったのか!?

「……ヒロユキ」
「お前……レミィ……か?」
「うん。ホントの……アタシだよ」

 そっか。戻ったのか。良かった良かった。

 よか…………ふあああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜。

 どうやら、安心したせいで、一気に気が抜けたらしい。

 俺はその場に崩れ落ち……
 アッという間に眠りの世界に旅だっていった。



○   ○   ○



 気がつくと、俺はとても暖かい場所にいた。
 どこかはわからないが、とにかく暖かい場所だった。
 そして、そこで俺は、レミィに膝枕をされていた。
 うーーーん、極楽極楽。

「ヒロユキ」
「ん? なんだ?」
「さっきは……悪かったわネ」
「気にするなって。俺は何とも思ってねーからさ」
「そういうわけにはいかないわヨ。なんたって、アタシは張本人なんだから」
「はっ?」
「まだわからない? アタシヨ。“ハンター”ヨ」

 なっ!?
 ハンターだと!?
 思わず、俺は勢いよく立ち上がった。

「フフフ、信じられない? ま、どう思おうとアナタの勝手だけどネ」
「……で? ハンターが俺になんの用だ?」
「大したことじゃないワ。ただ、一応謝っておこうと思ってネ。それに、言っておきたいこともあったし……」
「言っておきたいこと? なんだよ?」
「アナタやセリカたちをエモノにするのはやめた。……それだけヨ」
「そりゃ結構なことだ。けど、どういう風の吹き回しだ?」
「べつに。“あのコ”の大切な人を傷つけるのはアタシも良い気分がしないからネ。それに……」
「それに?」
「それに……こういうことヨ!!」

 そう言うと、ハンターレミィは俺に抱き付き、唇を合わせてきた。

「…………!!」
「アタシにとっても、アナタは大切な人なのヨ」
「は、はあ」

 呆気に取られて、間抜けな返事しか出来なかった。

「フフフ。じゃーネー。また会いましょう!!」
「お、おい!! どこ行くんだよ!? 待てよ!! おい!!」



○   ○   ○



「待て!!」

 ―――って、あれ?
 ……………………え〜〜〜っと。

「ど、どうしたの、ヒロユキ? 急に大声出して」
「……お前……ハンターレミィか?」
「ハ? アタシは普通のレミィだよ」

 …………わけわからん。

「夢でも見たノ?」

 夢?
 そういえば、俺、あのまま寝ちまって……
 そうか、夢だったのか。
 しっかし、生々しい夢だったなぁ。唇の感触にしても妙にリアルだったし。
 それに、膝枕の感触なんて、いまだに残ってるもんなぁ。
 ―――って、そんなわけねーだろ!!

「なあ、レミィ?」
「なに?」
「俺、もしかして、お前に膝枕してもらってるのか?」
「うん、そうだよ。エヘヘ。気持ちいい?」
「ああ、すっごく気持ちいいぜ。ありがとうな」
「エヘヘ〜〜〜」

 俺の言葉に、心底幸せそうな笑顔を浮かべるレミィ。
 そして、その隣では、先輩がもの凄く優しい眼差しで俺たちを見つめていた。

「セリカ、交代しよ!! アタシだけがヒロユキを独占しちゃ悪いヨ」

 レミィの言葉に、先輩は顔を真っ赤に染めながらもうなずいた。

「おっ!! 先輩も膝枕してくれるのか?」

 くーーーっ、俺って幸せ者ーーー!!
 ……まてよ。でもなぁ、そうすると、レミィの膝枕は堪能出来なくなっちまうんだよなー。それも惜しい気がするぞ。

 ―――あっ!! そうだ!!

「レミィと先輩、ちょっと、並んで座ってみてくれよ」

 俺は起き上がりながら、そう言った。
 キョトンとするふたり。

「ほらほら、早く早く」

 不思議そうな顔をしながらも、俺の言う通りにするふたり。

「もうちょっと、足をくっつけて。……そう、それぐらい。よし、OK!! それじゃ、失礼しまーーーす!!」

 俺はレミィの右足と先輩の左足に頭を乗せて寝転がった。

「これなら、ふたりの膝枕を同時に堪能出来るってわけだ。うーーーん、俺って頭良いーーー!!」
「ヒロユキ凄い!! こういう頭の使い方させたら天下一品だネ!!」

 ……な、なんか、引っかかる言い方だな。
 ま、あんまり否定できないけど。

「……ヒロユキ」
「ん?」
「ゴメンね。アタシのせいで迷惑かけちゃって。アタシ……」
「ストップ!!」

 手を挙げて、レミィの言葉を遮った。

「謝罪ならいらねーよ。もう、“あいつ”にしてもらったからな」
「はい?」

 ポカンとした顔で俺を見つめるレミィと先輩。

「気にするな。そういうことなんだよ」
「そういうことなの?」
「そ。そういうこと」

 そこで会話を打ち切り、俺は目を閉じた。

 ふたりの温もりを感じながら、再び眠りに落ちていった。

 また“あいつ”に会えるかもな。微かな期待を抱きながら…………



○   ○   ○



 アレ? ヒロユキ、また寝ちゃったノ?
 もう、仕方ないなぁ。

 フフ。ヒロユキの重み、凄く気持ちいいヨ。

 アタシ、いつまでも、この重みを感じていていいんだよネ。

 ヒロユキの温もりを感じていていいんだよネ。

 言いたいこと、伝えたいことはいっぱいあるけど……

 上手く言えないから……だから……

 このひとことだけ、アナタに贈ります。


 ヒロユキ……

 I Love You Forever…………



○   ○   ○



    ――― 後日談 ―――

 “あいつ”の言った通り、あれ以来、ハンターレミィが俺たちを標的にすることは無くなった。

 だけど……

「どわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 藤田!! なんとかしろーーー!!」
「ヒローーーーーー!! 黙って見てないで助けなさいよーーーーーー!!」
「フッフッフ。狩りの時間ネ!!」

 相変わらず、『藤田家』以外の人間には容赦が無かったが……

 ま、いっか!!
 気にしない気にしないっと。


 こうして、今日も一日、平和に過ぎていくのでありましたとさ。

 めでたしめでたし。





「「めでたくなーーーーーーーーーーーーい!!」」









Hiro



戻る