「あかり、あとは何を買えばいいんだ?」
「えーっとね、キャンドルは買ったし、クラッカーも買ったし……。うん、あとはシャンパンを買えば完璧だよ」
「そっか。それだったら、もう終わったも同然だな」
「ふふ、そうだね」

 今日は12月24日。
 12月24日といえばクリスマスイブ。
 クリスマスイブといえばパーティー。
 ―――ということで、わたしと浩之ちゃんは、パーティー用グッズ及びドリンク類の買い出しに来ていた。

「浩之ちゃん」
「ん?」
「お買い物、付き合ってくれてありがとう」
「少しは役に立ったか? って言っても、荷物持ちくらいしかできねーけどさ」
「なに言ってるの。充分すぎるぐらいだよ」
「そうか?」
「うん」
「そうか、良かった」

 そう言うと、浩之ちゃんはわたしに、とびきりの笑顔を向けてきた。
 わたしの一番好きな表情を。

 しかし、すぐに真顔に戻ると(うーん、残念)、わたしに訊いてきた。

「そういえばさ、良かったのか? お前が買い出しなんかに来てて。料理、あかりがいなくても大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、セリオちゃんがいるもん。それに葵ちゃんと琴音ちゃんだって、すっごく上達してるし」
「なるほど。ま、それもそうだな。他の奴らがちょっかい出さない限り問題ないか」

 言いながら、うんうんとうなずく浩之ちゃん。

 もう、またそんなこと言って〜。

「ちょっかいなんか出せないと思うよ。他のみんなだって、ツリーの準備やお部屋の飾り付けで忙しいんだから」
「……もしかして、一番楽してるのって、俺たちか?」
「もしかしなくてもそうだよ」

 あ、浩之ちゃんってば、少しばつが悪そうな顔してる。
 ふふふ。しょーがない旦那様



 ……旦那様…………旦那様かぁ。
 近い将来、正式に結婚したら、浩之ちゃんは正真正銘、わたしたちの旦那様になるんだよね。
 そうしたら……浩之ちゃん、って呼ぶのは変かな?
 だけど、だったら、なんて呼ぼう?
 ……あっ、そうだ。ここはやっぱり、あ・な・た、かな。

 なんちゃってなんちゃって。きゃーきゃー。

 ―――って、いけないいけない、舞い上がっちゃった。
 ま、まあ、呼び名はさておき、とにかく仲の良い夫婦になりたいな。
 例えば、うちのお父さんとお母さんみたいな…………





Holy Day






 トゥルルル……トゥルルル……

 はいはーい。今、出まーーーす。

 トゥルルル……トゥルルル……

 カチャ

「はい。藤田です」
「もしもし。神岸と申しますが……って、あかり?」
「えっ? お母さん!?」
「ピンポーン☆」

 …………ピ、ピンポーン、って。

「ど、どうしたの? 何かあったの?」
「ううん。たいした事じゃないんだけどね。ちょっと、確認」

 確認?

「なに?」
「もうすぐ、クリスマスよね」
「うん、そうだね」
「あかり、その日は家に帰ってくるの?」

 えっ?
 いや、あの、その日は……。

「…………帰ってこないのね」

 わたしの無言を否定と解釈したのだろう。
 お母さんはため息混じりに呟いた。

「あなたねぇ。少しは顔を見せに帰ってきなさいよ」
「か、帰ってるじゃない」

 月に1〜2日だけど……。

「浩之くんといっしょにいたいのは分かるけど……ホント、よっぽど好きなのねぇ」

 あうっ。あ、当たってるだけに反論できないのが悔しいやら恥ずかしいやら。

「…………ふぅ。今年は寂しいクリスマスになるわねぇ」

 そ、そんな悲しそうな声を出さないでよ〜。

「たったひとりの娘に見捨てられて…………シクシク」

 人聞きの悪いことを言わないでよ〜。それに、なにも泣かなくても……。

「ご、ごめんね、お母さん。あの、わたし……」
「なんてねー♪」

 ……………………は?
 なんて……ね?
 なんてね!?

「ちょっと、お母さん!! 『なんてねー』って、どういうこと!? もしかして、わたしのこと、からかってたの!?」
「あ・た・り

 …………こ、この親は。

「あかりがクリスマスに帰ってくるなんて、誰も思ってないわよ。何と言ってもその日は、『恋人達の大切な日』だもんね」
「あう〜。だったら、確認なんかしないでよ〜。意味無いじゃない」
「万が一、ってこともあるでしょ。でも良かった。これで気兼ねなくデート出来るわ」

 でーーーとーーーーーーっ!?

「デートって、お父さんと?」
「当然!! 他に誰がいるのよ?」

 それはそうだけど……。

「お芝居観て……ホテルでディナー食べて……それからそれから…………

 …………あの〜。お願いだから、電話で話している時に自分の世界に入らないでよ。
 それにしても、クリスマスの確認をしたのって、わたしに帰ってきて欲しいからじゃなくて、帰ってこられたら困るからなのね。
 それはそれで、ちょっと悲しいかも……。

「はいはい、分かりました!! その日はラブラブで幸せなのね。こっちはこっちで楽しむから、お母さんたちも思いっ切り楽しんで来てね」
「もちろん!! 言われなくても、最初っからそのつもりよ」

 あーもー、なんだかなぁ。

「良かったね、お邪魔虫がいなくて」
「ホントね」

 …………少しは否定してよ。

「イヤよ」
「何も言ってないでしょ!?」
「あなたの考えることくらい分かるわよ」

 うーーーーーーっ。

「でもね」

 …………?

「それ以外の日は別。少しは顔を見せに帰ってきなさい、って言ったのは本心よ。私もお父さんも寂しい思いをしてるのは本当なんだからね」

 そ、そんな、急に真面目に……。
 でも…………

「うん、分かったよ」
「よろしい。―――っと、さて、あんまり長電話しても悪いわね。それじゃあ、今日はこのへんで」
「うん。それじゃあね」
「あ、そうそう」

 ……ん?

「クリスマス、浩之くんに“たーーーーーーーーーっぷり”可愛がってもらうのよ
「なっ!?」
「じゃーーーねーーー♪」

 カチャ、ツーツーツー

「もしもし!? お母さん!? もしもーし!?」

 ち、ちょっと!! 言いたいことだけ言って切らないでよーーー!!
 それも、最後にとんでもないことを!!
 もう!! お母さんのバカーーーーーー!!



○   ○   ○



 …………あうっ、余計なことまで思い出しちゃった。

「…………り」

 それにしても、仲が良いのは結構なことなんだけど……。
 ときどき、見てて恥ずかしくなるのよねぇ。

「…………かり」

 でも、やっぱり羨ましいな。憧れちゃう。
 わたしも、浩之ちゃんと…………

「あかり!!」
「わきゃ!!」

 び、び、びっくりした〜〜〜。

「浩之ちゃん!? もう、驚かさないでよ〜」

 うー、心臓がバクバク言ってる。

「あのなぁ。なーにが『驚かさないでよ〜』だ。ボーーーーーーーーーーーーーーーっとしやがって」
「そ、そんなに伸ばさなくても……。ほんのちょっと考え事しちゃっただけなのに……」
「ほ〜〜〜っ。『ほんのちょっと』ねぇ」

 あうっ、浩之ちゃんの目が冷たい。
 もしかして、わたしって、そんなに長い時間ぼんやりしてたの?
 ここは…………誤魔化すべきだよね、うん。

「そ、そ、それよりさ。早くシャンパンを買って帰ろ。みんな、待ってるよ」
「…………お前、それ、マジに言ってるのか?」
「えっ? わたし、なにか変なこと言った?」

 わたしのその言葉を聞くと、浩之ちゃんはガックリと肩を落とし、深ーいため息を吐いてしまった。

 …………へ? なんで? わけ分からないよ。
 わたしの頭の中では『?』が飛び交っていた。

 それからしばらくして、なんとか立ち直った浩之ちゃんが、手に持っていた荷物をわたしの目の前に突き出してきた。

「なに? ―――って、あれ? これって、まさか……」
「シャンパンだ」
「えーーーっ!! どうして!? いつの間に!?」

 あ、浩之ちゃんってば、あからさまに『なに言ってるんだ、こいつ』って顔をしてる。

「『あかりギャグ』はもういいって。疲れるから、これ以上は勘弁してくれ」

 ほえ? 浩之ちゃんってば何を言ってるの?

「わたし、ギャグなんか言ってないよ」
「…………ウソだろ?」
「大マジ」

 キッパリと言い切ったわたしの言葉に、再び肩を落として、さっきよりも深ーーーいため息を吐く浩之ちゃん。

「お前なぁ。余計にたちが悪いぞ、それは」
「えっ? えっ? えっ?」

 わたしはわたしで、頭の中が再パニック状態。
 いったい、何がどうなってるの!?

「あかり、いくつか訊いていいか?」
「う、うん」
「ここ、どこだか分かるか?」
「いつも使ってるスーパーマーケット……だね」
「ここに、到着した時のことは覚えてるか?」
「……全然」
「『俺がひとりで買ってくるから、おまえはここで待ってろ』って言われたことは?」
「…………全く」
「『うん、待ってるよ』って答えたことは?」
「………………これっぽっちも」
「……………………」
「……………………」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 浩之ちゃん、今日3回目のため息。しかも、最長記録。

「前々から呆けた奴だとは思ってたけど、まさかここまでとは…………。ま、いっか、それでこそあかりだしな」

 ……浩之ちゃん、声に脱力感が漂ってるよ。

「そ、そ、そんなことより、早く帰ろうよ。ねっ? 浩之ちゃん、なんか疲れてるみたいだし……」
「ほとんど、お前のせいだけどな」

 あうっ。

「あの、その。……ああっ!! よく見たら、浩之ちゃんったら両手に荷物がいっぱい!!」
「わざとらし過ぎるぞ、それ。第一、よく見なくても気付くだろ? 普通は」

 あう〜っ。

「も、もう!! こんなにたくさん持つから疲れるんだよ。はい、貸して!! わたしも持つよ」
「お前って……。話を誤魔化すの下手だなぁ」

 あう〜〜〜っ。

「ご、ご、ご、誤魔化してなんかないよ〜。ただ純粋に重そうだなぁと思って……」
「はいはい」

 あう〜〜〜〜〜〜っ。

「でもまあ、重いのは確かだしな。その好意には素直に甘えておくか」
「う、うんうん」
「ほら、これ頼むわ」

 そう言って荷物を差し出す浩之ちゃん。
 わたしは、それを受け取って…………あれ?

「浩之ちゃん、これ、もの凄く軽いよ」
「そりゃそうだ。軽いのを渡したからな」
「それじゃあ、あまり意味が無いんじゃ……」
「気分の問題だな。片手が空いただけで、かなり楽になった気が…………って、片手?」

 ……? どうかしたの?

「なるほどなぁ、そういうことか。あかり、お前って、なかなかの策士だな」

 ……はい? 策士? わたしが?

「ついさっきまでは、俺の両手が塞がっていて、あかりの両手が空いていた」
「うん」
「だけど、今は俺もあかりも片手が空いている状態だ」
「そうだね」
「なら、することはひとつだよな」

 そう言うやいなや、浩之ちゃんはわたしの手を握ってきた。

「ひ、浩之ちゃん!?」
「ごくごく自然に“こういう動作”に持っていくように仕向けるとは……。いやー、お前もやるもんだなぁ」

 えーーーーーーーーーっ!?

「ち、違うよー。わたし、そんなこと…………」
「なんだ。じゃあ、さっきのは、やっぱり単なる誤魔化しだったのか」

 うっ!!

「誤魔化し……じゃないもん」
「じゃあ、何なんだ?」

 浩之ちゃんがニヤニヤした顔で訊いてくる。
 うーーー、意地悪だよーーー。

「あの……その……」
「策なんだろ?」
「……………………うん」
「ほーらな。そうじゃないかと思ったんだ。ったく、手を繋ぎたいなら素直に言えば良いものを……。ふぅ、やれやれ」

 なによー。手を繋ぎたかったのはそっちでしょ!?
 素直じゃないのは浩之ちゃんの方じゃない。こんなまわりくどいことしちゃってさ。
 それなのに、わたしのせいにして…………もう、ホントに卑怯なんだから。

 だから……余りにも卑怯だからお仕置き。

 この繋いだ手、ずっと離してあげないんだから。
 何があっても、絶対に離してあげないんだから。



○   ○   ○



 浩之ちゃんと手を繋ぎ、尚かつ、ピッタリと体を寄せ合いながら歩いていると、前方から可愛いカップルが近づいてきた。
 ふたりとも、幼稚園児くらいかな。
 まるで今のわたしたちのミニチュア版みたい。
 しっかりと手を繋いで、体を寄せ合って、そして……

「「き〜よ〜し〜♪ こ〜のよ〜る〜♪」」

 ちょっと音程が外れているけど、とっても楽しそうに歌ってる。
 なんか、微笑ましいな。

 『いつまでも仲良くね』

 思わず、心の中で、そんなエールを送っちゃったりして……。




 その子たちとすれ違った後で、浩之ちゃんがポツリとひとこと。

「あいつらも、将来、愛し合うようになったりするのかな?」

 そんなの決まってるじゃない。

「なるよ、絶対」
「今の俺たちみたいにか?」
「うん!!」

 そうだよね、小さな恋人たちさん。


「Silent night♪ Holy night♪」
「おっ、さっきの奴らに対抗か?」

 ふふふ、かもね。

「All is calm♪ All is bright♪ …………あれ?」

 この次、なんだっけ?
 えっと……えっと……

「Round yon virgin♪ Mother and child♪」

 あっ、浩之ちゃん。

「Holy infant so tender and mild♪」

 くすっ。さすが、浩之ちゃんだね。

「「Sleep in heavenly peace♪ Sleep in heavenly peace♪」」

「メリークリスマス、浩之ちゃん」
「メリークリスマス、あかり」


 浩之ちゃん、来年もメリークリスマスって言おうね。

 再来年も言おうね。

 ずっとずっと言おうね。


 わたしたち、いつまでもいっしょだよね。



 大好きだよ、浩之ちゃん。





Silent night, holy night
All is calm, all is bright.
Round yon Virgin, Mother and Child.
Holy infant so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.



世界中の人が幸せになれますように…………



メリークリスマス









Hiro



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