俺たちが『こみパ』に参加するようになってから、2年の月日が流れていた。

 その間、いろいろなことがあった。俺がプロデビューしたり、瑞希と結ばれたり……。

 『こみパ』参加前とは、何もかもが変わっていた。

 しかし、何と言っても一番変わったのは…………。





あやまち
〜第5回特別投票1位記念SS〜






 それは、瑞希のコスプレ熱だ。
 はっきり言って、泥沼状態。まさか、そこまでハマるとは思わなかった。
 最初はあんなに毛嫌いしていたのに……。
 それが今では、『こみパ』のアイドルとまで呼ばれる程になっているんだからなぁ。
 衣装を作る時も心底楽しそうな顔をするし……。
 ホント、変われば変わるもんだよな。

 そういえば、今回の衣装もかなり気合いを入れて作っていたっけ。
 ついさっき、「出来たー!!」って叫んでいたからな。そろそろ着て見せに…………

「見て見て、和樹!! この衣装、どう? 今まではアニメ系ばかりだったから、今回はゲーム系にしてみたの」

 ……来た。

 ―――って、その衣装は!!

 大人気剣術格闘ゲーム『さすらいすぴりっつ』の『なこりゅん』じゃないか!!

 うーむ、見事に俺的ツボを突いた衣装選択だ。

 それにしても似合っている。とにかく似合っている。殺人的に似合っている。

 今の感動を英語で表現するなら…………

 グッド!! マーベラス!! ファンタスティック!! デリシャス!! デンジャラス!!

 ―――といったところだろうか。……ちょっと違うか?

 ……それはさておき、これだったら、次の『こみパ』の主役は瑞希に決まりかな?

 男共の視線が瑞希に集中するのはちょっと面白くないけど、それもまた良し。
 かなりの優越感に浸れるのも事実だしな。

 さてさて、今回の『こみパ』はどうなることやら。
 楽しいイベントになればいいな。



○   ○   ○



 てなわけで『こみパ』当日。
 そんでもって、コスプレスペース

 サークルの方が一段落ついた俺は、迷わずここに足を運んでいた。
 目的は、もちろん瑞希だ。

 さってと、あいつはどこにいるのかな?

 瑞希の姿を探してキョロキョロしていると……

 ポンポン

 誰かに肩を叩かれた。

「ん? 瑞希か?」
「はっずれ〜♪ あたしだよ」

 振り返った視線の先には、自他共に認めるコスプレクイーン、芳賀玲子ちゃんの姿があった。

「やっほー、千堂くん」
「よっ、玲子ちゃん。……おぉっ、今回もかっこいいね」

 玲子ちゃんは『ファーストファンタジー[』の主人公キャラ『スモール』の衣装を着ていた。
 うーん、こういうのを『男装の麗人』って言うのかな?

「凄く良いよ。似合ってる」
「そう? ありがとう」

 俺の言葉に、ウインクをしながら返す玲子ちゃん。
 こういった仕草がバッチリ決まっている。やっぱり、かっこいいな。

「本当によく似合ってる。あ〜ぁ、カメラを持ってこなかったのが惜しまれるなぁ」
「こらこら、お世辞を言っても何も出ないわよ」
「お世辞じゃないって。他の奴らだって、そう思ってるはずだよ。現にカメラ小僧が群がってくるだろ?」
「来ないわよ」

 ……………………は?
 来ない? そんなわけないだろ?

「信じてないでしょ?」
「それは……まぁ」

 信じられるわけが無いよな。
 今の玲子ちゃんの姿を写真に撮りたいと思わないようなら、カメラ小僧なんてやめるべきだ。
 そんなことを本気で思えるぐらい、今日の玲子ちゃんのコスプレは絶品なんだからさ。

「あはは。でも、本当なのよ」
「わかんねーなー。みんな、見る目が無いんじゃないか?」

 俺の言葉に苦笑を浮かべる玲子ちゃん。

「ありがと。そう言ってくれるのは嬉しいよ。だけどね、今日は仕方ないの。相手が悪かったのよねぇ」

 そう言うと、玲子ちゃんは、ある方向を指差した。
 そこには…………

「な、なんじゃありゃ!?」

 カメラ小僧の群れ・群れ・群れ……。

 なんだ? 誰か有名人でも来てるのか?

「瑞希ちゃんよ」

 俺の疑問に玲子ちゃんが答えてくれた。

 ―――って、ちょっと待て。

「瑞希〜〜〜!?」
「そうよ。……それにしても、さすがは『こみパ』のアイドルよね。あ〜ぁ、今回は完敗だわ」

 はぁ〜。瑞希がねぇ。凄いもんだ。
 『アイドル』なんて、冗談で言われているんだと思っていたけど、どうやら、その認識は間違いだったみたいだな。
 あいつ、マジで『アイドル』なんだなぁ。
 ……ふぅ〜ん、たいしたもんだねぇ。

「ちょっと。なにを呆けているのよ?」
「ほえ?」
「『ほえ?』じゃないわよ。瑞希ちゃんの所に行かないの?」

 えっ!? 『行かないの?』って言われても。
 あの……何と言うか……。

「行って良いのかな?」
「……へ?」

 俺の言葉に、キョトンとする玲子ちゃん。
 暫し、呆気に取られていたが、やがて「プッ」と吹き出すと……

「ばっかねぇー。なにを遠慮してるのよ。あなた、瑞希ちゃんの『彼氏』でしょ?」
「いや、そうなんだけど……」
「くだらないこと気にしないの。ほらっ!! 自分の彼女の晴れ姿。しっかりと目に焼き付けて来なさいって!!」

 そう言うと、玲子ちゃんは俺の背中をポンッと叩いた。

 ……それもそうか。なにを気圧されているんだか、俺は。

 よしっ!!
 気合い一発、俺はカメラ小僧の群れに近付いていった。



○   ○   ○



「高瀬さん。なんで千堂なんかと付き合ってるんですか?」

 瑞希に声をかけようとした瞬間、そんな言葉が耳に入ってきた。

「そうですよ!! 千堂なんかの、どこが良いんですか!?」

 おいおい、いきなりこれかよ。
 なんか……来るタイミングが悪かったみたいだな。

「どこがって言われても。…………どこだろうね?」

 連中のセリフに苦笑を浮かべる瑞希。

 あのなぁ。どうでもいいけど、『どこだろうね?』はないと思うぞ。

「うーん。和樹って、バカだし、ずぼらだし、いい加減だし、だらしないし、スケベだし……」

 えらい言われようだな、おい。

「良いとこ無いじゃないですか?」
「そ、そうだね。あはは」

 納得するなって。

「高瀬さんには、千堂なんか相応しくないですよ!!」
「そうですよ!! その通りです!!」
「あんな奴には、高瀬さんは勿体ないですって!!」

 ほっとけ。『相応しくない』だの『勿体ない』だの、お前らが決めるなよな。

「そ、そうかな〜。そ、そうかもしれないね。あ、あはは……」

 瑞希、お前まで。
 はぁ〜。ああ、そうですかい。それはわるーござんしたね。

「そうですって」
「いっそのこと、あいつとは別れちゃった方がいいんじゃないですか?」
「そうそう。高瀬さんなら、もっといい人が見付かりますって!!」

 こいつら、言わせておけば。調子に乗るのも大概にしろよな。

 さすがに我慢が出来なくなり、怒鳴りつけてやろうとしたとき…………

「そ、そうよね。もっとかっこいい人が見付かるかもしれないもんね。か、考えておこうかな?」

 …………なっ!?

 俺の動きを凍り付かせるのに充分な言葉が、瑞希の口から発せられた。

 あっそ。そうかよ。そういうことかよ。

「まあでも、そんなことは…………あっ!!」

 瑞希の顔が強張った。俺と視線がぶつかったためだ。

「か、和樹……」

 その言葉に、取り巻き連中がざわめく。
 奴らも揃って、ばつの悪そうな顔をしていたようが、そんなのは眼中に無かった。

「あ、あのね。…………その……これは…………」

 別に言い訳なんか、して欲しくないね。
 俺は瑞希の言葉を無視して背を向けた。

「悪かったな。邪魔して」

 そして、一声残し、その場を後にした。

「待って!! 和樹、待ってよ!!」

 後ろから、瑞希の声が聞こえてきたが、俺はそのまま歩き続けた。

 待ってやる義理も必要も無かったから…………。



○   ○   ○



 追えなかった。
 和樹の背中があたしの全てを拒絶しているように見えたから。

「あたし……あたし、何てことを…………」

 ただ、俯いて、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。

「あたし…………バカだ…………」
「ホントね。あなたって、救いようのないバカだわ」

 えっ?

「れ、玲子さん」
「調子に乗ってとんでもないことを言うわ、千堂くんのことを追わないわ。まったく、脳味噌腐ってるんじゃないの?」

 反論出来なかった。今のあたしには、何を言われても、反論出来る資格なんか無いから……。
 そんなあたしの様子に、玲子さんはため息をひとつ。

「本当にバカなんだから。ほらっ、早く千堂くんを追いかけなさいよ。今ならまだ、きっと許してくれるから」
「…………ダメだよ。…………和樹、許してなんてくれな……」

 パーンッ!!

 突然、あたしの左頬に衝撃が走った。

「……えっ!? 玲子……さん?」

 戸惑いの表情を浮かべるあたしに、玲子さんは厳しい顔つきで詰め寄ってきた。

「甘ったれるんじゃないわよ。自分でまいた種でしょ。だったら、自分で刈り取りなさいよね」
「だけど……だけど……」

 なおも躊躇するあたしに、玲子さんは今度は冷笑を浮かべた。

「別に行きたくないのならそれでもいいわ。それなら、その役目はあたしがもらうから」
「……!? 玲子さん、あなたまさか……和樹のことを……」
「さあね。そんなこと、あなたには関係ないでしょ。それよりどうするの? 行くの? 行かないの?」

 あたしは、しばらく無言で玲子さんの顔を見つめていたが……

「行くわ」

 迷うことなく、キッパリと言い切った。

「だったら、早く行きなさい。ほらほらっ!!」

 今までとは、うって変わった笑顔で、あたしの背中を押す玲子さん。

「玲子さん…………ありがとう」
「礼を言うのは、仲直りしてからにしなさいって。ねっ♪」
「うん!! 行って来る!!」

 あたしは、玲子さんに手を挙げて応えると、わき目もふらずに走り出した。




 やれやれ。まったくもう。世話が焼けるんだから。
 悪役演じるのだって、楽じゃないんだからね。
 それにしても、『ライバル』の背中を押してあげるなんて、あたしも甘いなぁ。
 ま、いっか。それがあたしの良いとこだよね。
 頑張れ、瑞希!! 今日だけは応援してあげるからね。



○   ○   ○



 和樹はたぶん、自分のスペースに戻っているんじゃないかな?
 そう思いながら、あたしは走り続けた。

 そして、その思いの通りに和樹は……いた。
 本は既に完売しているみたい。大志とふたりで談笑なんかしていた。

 一瞬、声をかけるのを躊躇ったが、ここまできて臆病になっても仕方がない。
 あたしは意を決すると、和樹に話しかけた。

「……あの……和樹」
「……なんだ……瑞希かよ」

 彼は、あたしの方をチラリと見ると、つまらなそうに呟いた。

「あのね……。話があるの」
「俺には無いよ」

 和樹からの冷たい言葉。振り絞った勇気がかき消えてしまいそうな……。

 でも、しょうがないよね。全部、あたしのせいなんだから。

「少しでいいの。……少しでいいから話を聞いて欲しい」

 あたしの言葉に和樹はひとつため息を吐く。

「わかったよ。……で? なんなんだよ?」

 あの……ここではちょっと。大志だっているし、周りにはたくさんの人が。
 だから…………

「場所、変えない? できれば、ふたりっきりで…………お願い」
「なんだよ。注文の多い奴だな」
「…………ごめん」

 先程よりも、さらに深いため息を吐く和樹。

「わりぃ、大志。ちょっとの間、席を外すわ」
「構わん。行って来い」
「ごめんね、大志」
「気にするな、同志瑞希。思いっ切り語り合ってこい」

 いつもは邪魔なくらい騒々しいのに、こういう時は変な詮索を一切しない。それが大志という奴だ。
 そんな大志の性格が、今は凄く有り難かった。

 あたしは、大志にもう一度謝罪を言うと、和樹と共に歩き出した。



○   ○   ○



「ここならいいだろ?」

 少し歩き、比較的人気の少ない所まで来ると、和樹は足を止めた。

「……うん」

 もちろん、あたしは拒否しない。…………そんな権利も無い。

「それで? 話っていうのは?」

 和樹がいつもの調子で訊いてきた。それが無性に悲しかった。
 あたしの言いたいことなんて分かっているはずなのに。それなのに。

 お前のことなんか、どうだっていいよ。興味無いよ。

 ―――そう、言われている様な気がした。
 ふいに、涙がこぼれそうになったが、なんとかそれを堪えて、あたしは言葉を紡いだ。

「さっきのこと。…………コスプレスペースでの……こと」
「なんだ、くっだらねーの」
「えっ!?」
「気にするなよ。お前は事実しか言ってないんだからさ」
「そんなことない!! あれは……あれは全部……」
「事実だよ」

 あたしの言葉を冷徹に遮る和樹。

「実際に俺は、バカだし、ずぼらだし、いい加減だし、だらしないし、スケベだし」
「……やめて」

 やめてよ。お願いだから……それ以上言わないで。

「お前がその気になれば、俺なんかよりも、もっともっとかっこいい奴を見付けることが出来るのも事実だ」
「やめて!!」

 だけど、和樹の口は動くことをやめなかった。

 そして…………

「いいんだぜ、別に。お前が望むんだったら、今すぐ別れてやっても、な」

 一番、聞きたくなかった言葉が発せられた。

 『別れる』

 その言葉を聞いた瞬間、あたしの頭の中は真っ白になってしまった。
 体中から力が抜けていくのが感じられた。

 気が付くと、あたしは地面にペタリと座り込んでいた。

 何も見えない。何も聞こえない。
 でも、頬を何かが流れる感触だけは、イヤと言うほど感じられた。

 熱くて…………、そして、冷たかった



○   ○   ○



「いいんだぜ、別に。お前が望むんだったら、今すぐ別れてやっても、な」

 その言葉に、口にした俺自身が驚いていた。打ちのめされていた。

 なに言ってるんだ俺は!? そこまで言う必要があるのか!?

 確かにあいつの発言は頭に来た。いい気はしなかったさ。
 でも、だからって、そんな酷いことを言っても良いのか? 良いわけないだろ!?

 コスプレスペースでの発言だって、あいつ流の照れ隠しに決まってるじゃないか!!
 そんなの、分かり切っているのに。いつまでも腹を立てて、冷たい態度をとって、酷いことを言って……。

 バカだ、俺は。
 ―――ったく。もう少し大人になれよ、千堂和樹!!



 どれだけ、そんな思考に沈んでいたのだろう?
 気が付くと、瑞希は真っ青な顔をして、地面にへたり込んでいた。

 お、おいっ。大丈夫か!?

 助け起こそうと手を伸ばした時、その声は聞こえてきた。

「…………ひっく、ぐすっ。……ごめ……ごめんなさ…………。和樹…………ごめ……なさい」

 ……………………!!

 ただひたすら、俺への謝罪の言葉。

「ごめんな……い。ひっく。……別れ……なんて……イヤ。……許し……許して……ぐすっ。ごめ……」

 か細い声だった。今にも消えてしまいそうな。
 だけど、俺の心には、とてつもなく大きく響く声だった。

 俺は、本当にバカだ。いったい、なにをやってるんだ。
 最愛の人を悲しませて、苦しめて……、そんなのが、俺の望みなのか!?

 先程まで瑞希に向いていた怒りは、今や完全に俺自身に向けられていた。

 自己嫌悪……いや、そんな甘いもんじゃない。自己憎悪だ。
 いっそのこと、俺という存在を消してしまいたかった。粉々に砕いてしまいたかった。

 でも、俺は無理矢理その気持ちを押さえ込んだ。
 俺が自分を傷付けても、瑞希はけっして喜ばない。

 それに、そんなことよりも、俺には最優先でしなければいけないことがあった。

 それは…………

「ごめん、瑞希」

 瑞希を包み込むこと。不安を消してやること。そして……心からの謝罪。

「ごめん。本当にごめん」

 俺は、瑞希の体を強く抱きしめながら『ごめん』と繰り返した。
 気の利いた言葉なんか浮かばなかった。陳腐だとは思ったが、今の俺には『ごめん』が精一杯だった。
 それ以上は、胸が詰まって何も言えなかった

「なんで……和樹が謝るの? 悪いのは……全部あたしなのに……」
「そんなこと……ねーよ」

 瑞希を抱く腕にさらに力を加えて、俺は言葉を続けた。

「コスプレスペースでの瑞希の言葉。『かっこいい人が見付かるかもしれない』とか『考えておこうかな』とかさ。あれって、本心じゃないんだろ?」
「うん。もちろんよ」

 即答する瑞希。
 その言葉に、態度に、愛おしさがこみ上げてくる。

「そうだよな。そんなの、始めっから分かっていたのにな。それなのに、ガキみたいに腹立てて。瑞希に辛い思いをさせて」
「いいの、気にしないで。辛い思いをさせたのはお互い様なんだから」
「俺のこと……許してくれるのか?」
「それは、あたしのセリフよ」

 くすっ、と小さな笑みを浮かべて言う瑞希。

「あたしのこと、許してくれる?」
「訊くまでもないだろ」

 俺は気持ちを、言葉ではなく行動で示した。
 腕に、さらに力を込めたのだ。

「痛いよ、和樹」
「あっ、わりぃ」

 俺は慌てて腕の力を抜いた。

「ダメ」

 えっ?

「力を抜いちゃダメ。そのまま強く抱きしめて」
「でも、痛いんだろ?」
「痛いよ。痛いけど……和樹の想いが伝わってきて……嬉しいの」
「……瑞希」

 さらに愛おしさがこみ上げてきた。瑞希への想いで、胸が破裂しそうだった。
 だから……強く抱きしめた。さっきよりも、もっと強く強く抱きしめた。




 それから、どれだけの時間が経っただろうか。
 依然、俺たちは抱き合ったままだった。

「ねぇ、和樹」
「ん?」
「あたし、これからも和樹のそばにいて良いんだよね。あなたと共に歩んで良いんだよね」

 俺の腕の中から、瑞希が少し不安そうな声で訊いてきた。

 答えるまでも無いんだけど、ここはやっぱり、ちゃんと言葉にした方が良いよな。

「当たり前だろ。良いに決まってるじゃないか」
「ホント?」

 あのなー。ウソ吐いてどうするんだよ。

「ホントだって。第一、俺、瑞希がいないと生きていけないぜ」
「生活力ゼロだもんね」
「いや、まったく」
「自覚はしてるのね」
「残念なことにな」

 クスクスと笑いながら突っ込む瑞希に、おどけて答える俺。
 どうやら、いつものペースが戻ってきたみたいだ。

「しょうがないわねー。あたしがいないとダメなんだから」
「どうせ俺は、バカで、ずぼらで、いい加減で、だらしなくて、スケベだからな」
「そうね」

 まてこら。

「否定しろよ」
「イヤよ。だって、その部分だけは100パーセント本音だもん」
「お前な〜〜〜」

 そういうことを言うか!?

「あら? だったら反論出来るの?」

 うぐっ!! そ、それは……。

「すみません。私が悪かったです」

 な……情けない。我ながら悲しいもんがあるぞ、これは。
 瑞希も同じ気持ちだったらしい。ジトーっとした目で、俺を見ている。

「まったくもう。ほんっと〜〜〜にしょうがないわねぇ」

 そんなに強調しなくても……。

「だから…………」

 ん? どうしたんだ、赤い顔して。

「これからも、あたしが付きっきりで世話を焼いてあげるからね」

 あ、なるほど。そういうこと。
 でもなぁ、どうせだったら……。
 ここで、俺は、あるセリフを言うことに決めた。
 本当は、大学を卒業してから言うつもりだったけど……。まあ、いいか。

「瑞希」
「うん?」
「これからも頼むな。俺って、こんなだからさ、たくさん苦労をかけると思うけど」
「なーにを今更。そんなの、とっくに覚悟出来てるって」
「そっか。じゃあ、よろしくな」
「うん!! まかせといて!!」
「…………一生、な」
「うん、一生!! ……………………へっ? 一生?」

 しばらく、キョトンとしていた瑞希だが、やがて、言葉の意味に気付いたのか、先程よりも真っ赤になってしまった。

「そ、それって…………まさか……プ、プロ……」
「さ、さぁ〜ね〜。なんのことかな?」

 だーーーっ!! 何を誤魔化しているんだ、俺は!!

「…………違うの?」

 うっ、そんな悲しそうな顔をするなって。

「違わねーよ!! 第一、さっきの言葉がプロポーズ以外の何に聞こえるんだよ、お前は!?」
「そ、そうだよね。えへへ」

 まったく、コロコロと表情のよく変わる奴。まあ、それが可愛いとこなんだけど

 でも、これからは、ずっと笑顔でいて欲しいな。

 少なくとも、二度と悲しい顔なんかさせない。

 俺は、そう心に誓っていた。



○   ○   ○



 ――― 1ヶ月後 ―――


 サークルの方が一段落ついた俺は、迷わずコスプレスペースに足を運んでいた。
 目的は、もちろん瑞希だ。

 さってと、あいつはどこにいるのかな?

 瑞希の姿を探してキョロキョロしていると……

 ポンポン

 誰かに肩を叩かれた。

「ん? 瑞希か?」
「はっずれ〜♪ あたしだよ」

 振り返った視線の先には、自他共に認めるコスプレクイーン、芳賀玲子ちゃんの姿があった。

「やっほー、千堂くん」
「よっ、玲子ちゃん。……おぉっ、今回もかっこいいね」

 ―――って、あれ?

「今のやり取り、先月もやらなかったっけ?」
「気のせいじゃない?」

 そうかな〜? そんなことない気がするけどなぁ。

「そんなことより、千堂くんが探してるのは瑞希ちゃんでしょ? 彼女だったら、ほら、あそこよ」

 玲子ちゃんが指差した先には…………カメラ小僧の群れ。

 ……おいおい、またかよ。

「あーぁ、今回も惨敗。悔しいなぁ。―――って、どうしたの? 複雑な顔して?」
「あ、いや。何でもないよ」

 言えないよなぁ。先月のことを思い出していた、なんて……。

「心配?」
「え?」
「心配なんでしょ? 先月の二の舞にならないかって?」
「そんなことは…………ほんのちょっとだけ」

 瑞希のことは信じてる。だけど、それとこれとは別問題だ。
 もう、あんな思いはしたくないし、何より、瑞希にさせたくないからな。
 先月と全く同じ状況を見せられて、不安にならないと言えばウソになる。
 そこまで人間が出来てないし、達観もしてないよ。

「そんな深刻な顔をしないの。今回は大丈夫だから」
「なぜ、そんなことが分かるのさ」
「千堂くんもすぐに分かるわよ。ほら、行きましょ」

 玲子ちゃんに背を押されて、俺は瑞希たちに近付いていった。


「高瀬さん。なんで千堂なんかと付き合ってるんですか?」
「そうですよ!! 千堂なんかの、どこが良いんですか!?」

 げっ!! 先月と全く同じじゃないか。

 しかし、同じなのはここまでだった。

「どこがって言われても。…………ぜ、全部かな

 はにかんで答える瑞希。

 ……か、可愛い。

「高瀬さんには、千堂なんか相応しくないですよ!!」
「そうですよ!! その通りです!!」
「あんな奴には、高瀬さんは勿体ないですって!!」
「いっそのこと、あいつとは別れちゃった方がいいんじゃないですか?」
「そうそう。高瀬さんなら、もっといい人が見付かりますって!!」

 ―――お前らも、いい加減しつこいな。

「別れるなんて絶対にイヤよ。和樹以上に素敵な人なんていないもの

 だけど、そのしつこい奴らを瑞希は絶句させてしまった。
 ……俺も例外じゃ無かったけど。

「ねっ? 大丈夫だったでしょ?」
「大丈夫……だけど……。もしかして、今日はずっとこの調子だったのか!?」
「そうよ」

 さらっと答える玲子ちゃん。

 ちょっと待て。それって、ひたすら恥ずかしいぞ。

 俺が先月とは違う意味で頭を抱えていると……

「あっ、和樹!!」

 俺のことを見つけた瑞希に大声で名前を呼ばれた。

 当然、その声は周りの連中にも聞こえるわけで……。
 ああっ、殺気のこもった視線が痛い。

 だが、当の瑞希はそんなのお構いなし。もの凄く嬉しそうな顔をすると……

 とててて……ぴょん……ぽふっ……すりすり

「えへへ、和樹〜

 ―――と、さらに連中の神経を逆なでするような行為を行ってくれたりする。

 なんとかフォローしてもらおうと、玲子ちゃんに視線を向けると……

「はいはい。ご馳走様」

 やれやれ、といった顔でため息なんか吐いて下さって……、はっきり言って逆効果。

 ああっ、視線が!! 視線がーーーっ!!


 ……でも、まあ、いっか。
 瑞希が笑顔でいてくれるなら、なんでもいいや。それが、俺の幸せでもあるし、な。

 俺の胸に頬をすり寄せて、至福の笑みを浮かべている瑞希を眺めながら、そんなことを考えていた。


 だけど…………『こみパ』では背中には充分気を付けておこう。






  ――― 補足 ―――
 これ以降、俺と瑞希のラブラブぶりが『こみパ』の新たな名物(見せ物)となったことは言うまでもなかった(汗)









Hiro



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