「なーにが悲しくて、新年早々汗まみれにならなきゃいけねーんだよ」

 今年最初の格闘技同好会。その練習からの帰り道、浩之さんの口から、そんな愚痴が飛んできた。

「いいじゃない、別に」
「そうですよ。家の中でダラダラしているよりは、よっぽど建設的ですよ」

 その愚痴に律儀に応える綾香さんと葵さん。

「そうかもしれねーけどさぁ。でもなぁ」
「でも、なによ?」
「家にもトレーニングルームがあるんだからさ。なにも、いつもの神社に来なくっても……」
「気分の問題ですよ。ここの方が気合いが入りますから」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんよ」

 この会話、昨年末の12月31日にも行われていました。
 まあ、一種の定例行事のようなモノですね。

「こらこらセリオ、なにが定例行事だ」
「……えっ?」

 いきなりの浩之さんからのツッコミ。

 もしかして……わたし……

「声に出してました?」
「はい。それはもう……」
「バッチリとね」

 わたしの問いに、苦笑を浮かべる葵さんと、ジトーっとした視線を向ける綾香さん。

 や、やば。

「申し訳ありません。つい本音が出てしまいまして」

 わたしは直ぐさま謝罪の言葉を述べた。

 述べたのですが…………なぜか、みなさん固まってしまいました。

 あ、あれ?

「どうかしましたか?」
「…………いや、なんでもないよ」
「えっと……その……な、なんでもありません」
「なんでもないわよ。もっとも、セリオじゃなかったら、はったおしているけどね」

 ……???

 みなさん、一様に疲れたようなお顔をなさっています。
 どうしたのでしょう? よっぽど、今日の練習がきつかったのでしょうか?

 それなら……

「今日の晩御飯はスタミナが付くモノにしましょう」

 わたしは、ポンッと手を叩いて、そう言った。

「なぜそうなる!?」
「か、会話に脈絡が……」
「あたし、時々セリオのことが分からなくなるわ」

 3人とも、先程よりも、さらに疲れたようなお顔になってしまいました。
 だいぶ疲労が蓄積しているようです。

「大丈夫です!! わたしにお任せ下さい!!」

「「「だから、なにが!?」」」





Friend
〜セリオと圭子〜






「ま、それはさておき……」
「……マイペースだな、セリオ」
「今晩の献立に、なにかリクエストはありますか?」
「ほんっとーにマイペースだな」
「ありがとうございます」

 (((褒めてないって)))

 なぜか、そんな心の声が聞こえたような気がしましたが……まあ、気のせいでしょう。

「それで、リクエストは?」
「おいおい、今晩はスタミナ料理を作るんじゃなかったのかよ? それなのに、リクエストなんか受けていいのか?」
「はい。どんなモノでもスタミナ料理にアレンジしてみせますから」

 わたしに作れない料理なんかありません。アレンジもまた然り!!

「どんなモノでも?」
「どんなモノでもです。シチューでも、カレーでも、お寿司でも。お望みとあらばチョコレートサンデーだってスタミナ料理にしてみせます!!」

 自信たっぷりに言い切るわたし。
 その言葉を聞いた綾香さんと葵さんが、心底イヤそうな顔をしたのは……この際、無視しておこう。

「よし。だったら、俺からのリクエストだ」
「はい!!」
「今晩のメニューは……」
「今晩のメニューは?」

 ゴクリ
 思わず、唾を飲み込むわたし。

 うーん、こんなところまで、人間そっくり。
 ―――って、わたしってば、こんな時になにを考えているのかしら。

「今晩のメニューは、綾香と葵ちゃんとセリオだ!!」
「はい!! 今晩のメニューは綾香さんと葵さんとわたしですね!!」

 …………………………………………
 …………………………
 …………は?

 綾香さんと……葵さんと……わたし?

 えーーーーーーっと。

「それって……もしかして……」

 夜……食べる……わたしたち……
 ―――と、いうことは…………

 ボッ!!

 顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。

 あうあう。浩之さんってば、いきなり何てことを。

「藤田先輩……エッチ」
「まったくもう。本当に性欲魔人なんだから」
「そこまで言うか? ひっでーなー。ちょっとした冗談じゃねーか」

 冗談?
 そ、そうですよね? 冗談ですよね? ああ、ビックリした。

「いくら何でも3人同時は無理だって。そこまで絶倫じゃねーよ」

「「「大うそつき!!」」」

 わたしたちは、ついつい声を合わせて、思いっ切り突っ込んでしまいました。

 その、情け容赦ない攻撃に、浩之さんが凍り付いたのは言うまでもありません。

 ま、自業自得ですね。





 ―――などと、第三者が聞いたら呆れ返りそうな会話を交わしながら歩いていると……

「あれ? あそこにいるの、佐藤先輩じゃないですか?」

 よく見知ったお顔を見付けました。
 葵さんのご指摘通り、佐藤雅史さんです。

「あ、ホントだ。おーーーい、まさ…………」

 呼び掛けようとした、浩之さんの言葉が途中で止まりました。
 なぜなら、雅史さんはひとりではなかったからです。

 いっしょにいるのは……

「あっ!! あの娘」

 綾香さんは気付いたようですね。
 そうです。雅史さんといっしょにいるのは田沢さん。
 わたしの寺女時代のクラスメイト、田沢圭子さんです。

 雅史さんと田沢さんは、穏やかな笑顔を浮かべ、楽しそうにお喋りをしていました。

「へぇ〜。なんか、良い雰囲気ねぇ」
「ホントですね。見ているだけで幸せな気持ちになっちゃいますね」
「雅史の奴、上手くやってるみたいじゃねーか。それにしても、にやけちゃって、まあ」
「良かったですね、田沢さん。夢が叶ったのですね。おめでとうございます」

 気が付くと、綾香さんも葵さんも、もちろんわたしも、浩之さんの体に身をすり寄せていました。
 どうやら、お二人の姿にあてられてしまったようです。わたしたちの周りにも甘い空気が流れていました。

 “良い雰囲気”
 その言葉は、今のわたしたちにも当てはまるかもしれないですね。

 そんな、ちょっと気恥ずかしいことを考えながら、雅史さんたちの姿を見つめ続けていました。

 いつまでもいつまでも。



○   ○   ○



 ――― 次の日 ―――

「セ〜〜〜リオ♪」

 ひとりで、ブラブラと街を歩いていると、聞き覚えのある女性の声に呼び止められた。

 振り返ると、そこには……

「えっと、どちら様でしたっけ?」
「こらーーー!! なによ、それ!?」
「冗談ですよ……………………田沢さん」
「今の“間”はなに?」
「冗談ですってば」

 笑顔を浮かべるわたし。

「セリオ。あなた、変わったわね〜」

 田沢さんは、しばらくジト目をしていましたが、やがて『プッ』と吹き出すと、そう言いました。

「……? そうですか?」
「うん、変わった。なんて言ったらいいのかな? とにかく、すっごく人間くさくなった気がする」

 あ、なるほど。

「それには理由があるんですよ」
「え? どんな?」

 田沢さんが、興味津々の顔で訊いてきた。

「それはですね」
「うんうん」
「実は」
「ふんふん」
「浩之さんへの“愛”が生み出した奇跡なんです

 ……………………。

 一瞬の沈黙。

「はいはい。それで、本当は?」

 くすん。田沢さん、冷たい。


 ―――まあ、それはさておき。

 説明するにしても、手っ取り早く、短めに…………というわけにはいかないので、取り敢えずは手近な喫茶店に入り、腰を落ち着かせた。
 そして、そこで、今までのことを田沢さんに全てお話しした。
 感情のこと、浩之さんのこと、あかりさんたちのことを……。

「ふーん、そうなんだ。いろいろなことがあったんだね」
「あったんです」

 本当にいろいろなことがあった。
 笑ったり、泣いたり、甘えたり、怒ったり。
 どれも、とっても大切な記憶。わたしの宝物。

「ねぇ、セリオ?」
「なんですか?」
「幾つか、質問してもいいかな?」
「どうぞ」
「……あのさ。セリオって、藤田さんのこと好きなんだよね?」

 田沢さんは、少し顔を赤らめ、そう訊いてきた。

「もちろんです」
「どれくらい?」
「もの凄く」
「誰よりも?」
「誰よりもです」
「愛しているの?」
「愛しています」

 田沢さんの質問責めに平然と答えるわたし。
 ……しかし、心の中は、乱れまくっていた。

 ふぇぇぇん、恥ずかしいぃぃぃ!! 田沢さんのバカバカ!! なんてことを訊くんですか!!

「じゃあさ……」

 ま、まだ続くんですかー!? もう勘弁して下さいよー!!

「独占したい、とか思う?」
「えっ? 独占ですか?」
「そう」

 独占……浩之さんを独占……。
 わたしと浩之さん。ずっと、ふたりっきりの生活。
 ふたりっきり、ということは、夜のお相手も当然わたしひとり。
 ひとりで毎日浩之さんのお相手。
 毎日…………毎日…………あんなことや……こんなこと……あまつさえ……。

「独占なんて無理です!! 絶対にダメです!!」
「なんで?」
「そんなことをしたら、壊れちゃいます!!」
「……はぁ?」
「壊れちゃうんです」
「あ、そう」

 田沢さんってば、頭に大きな汗を浮かべてる。
 ううっ、そんな呆れたような反応をしなくても……。

「で、でもさ、藤田さんの周りにはセリオ以外にも9人もの女の子がいるんだよね?」
「はい」
「その娘たちに対してさ、やきもちを妬いたりしないの?」
「やきもち?」

 やきもち。
 うーん。やきもちやきもちやきもちやきもち。

 あ、そういえば、まだお餅が残ってました。
 お雑煮にしようかな? 磯辺なんかも良いですね。そうそう、安倍川にするという手も……。

「セ〜リ〜オ〜〜〜。あなた、他のこと考えてるでしょ?」

 ギクッ!!

「そ、そ、そ、そんなことないですよ」
「ふーーーん」
「ま、まあ、冗談はさておき」
「冗談はさておき、ということは、やっぱり他のことを……」
「さておき!!」
「はいはい」

 えっと、何の話でしたっけ?
 あ、そうそう。やきもちについてでしたよね。

「わたし、あかりさんたちに対して、やきもちなんか妬かないですよ」
「そうなの?」
「はい。わたしたちは全員、浩之さんに等しく愛されている、という自信を持っていますからね。やきもちなんか妬く必要が無いんですよ」
「……そうなんだ」

 わたしの答えを聞いた田沢さんは、少し沈んだ表情になってしまった。

「? どうかしましたか?」
「わたし……変なのかな?」
「は?」
「ちょっとしたことで、すぐにやきもち妬いちゃうの」
「えっ?」
「実はね。わたし、今、佐藤さんと付き合ってるの」

 思わず、『やっぱり』と言いそうになり、慌てて押さえる。
 『昨日覗いていました』なんてことは……とても言えない。

「それでね。佐藤さんは、わたしのことをとても大事にしてくれるんだけど……。でも、でも、佐藤さんが他の女の子と話をしているのを見ただけで……それだけで……怖くなって、イライラして……。こんなの変だよね。こんな嫉妬深いのって異常だよね」
「そうですか? わたしは、そうは思わないですけど。それは『恋する女の子』にとっては、ごくごく普通の反応ですよ」
「……セリオ?」
「わたしも田沢さんと同じです。わたしだって、その様な感情を抱くことがありますから」

 わたしは、笑顔を浮かべ、そう言った。
 田沢さんの不安を打ち消すように。

「うそ!!」
「うそじゃないです」
「セリオ、さっき言ったじゃない!! やきもちなんか妬かないって!!」
「妬きませんよ。『藤田家』の人たちには、ね」
「……………………は?」

 キョトンとした表情になる田沢さん。
 わたしは言葉を続けた。

「先程の田沢さんの質問はあくまでも『他の藤田家の人たちに対してやきもちを妬くか?』というモノでした。それに対しての答えは『否』です。ですが……」

 そこで一旦言葉を切り、たっぷりと間を空けてから……

「それ以外の人に関しては知りません」

 ―――と言った。悪戯っぽく笑いながら。

「な、な、な、なによそれーーー!? じゃあ、セリオもやきもち妬くわけ!? 嫉妬するの!?」
「もちろんです。わたしだって、『恋する女の子』ですよ
「うーーー!! 納得いかない納得いかない納得いかなーーーーーーい!!」

 ジタジタと暴れる田沢さん。

「世の中とは、そういうモノですよ」
「冷静に言うなーーー!!」
「うふふ」
「……でもまあ、セリオに話したらスッキリしたわ。心にわだかまっていたモヤモヤが綺麗さっぱり無くなった感じ」
「おやおや。それはお役に立ててなによりですわ」
「感謝してますわよ、セリオさん」

 そして、わたしたちは、声をあげて笑い合った。

 屈託無く笑う田沢さんは、とても可愛らしく、魅力的だった。

 

○   ○   ○



「……なんてことがあったんですよ」
「そうなんだ」

 その日の夜。
 浩之さんの腕に抱かれながら、わたしは昼間のことを話していた。

「あ、そうだ。そう言えば、田沢さんに『藤田さんって、どんな人?』って訊かれたんですよ」
「へぇ〜。で? セリオは何て答えたんだ?」
「知りたいですか?」
「知りたい」
「分かりました。お教えします」
「ああ」
「わたしは、こう答えました。浩之さんは『エッチでスケベな性欲魔人』だって」
「…………もう1回、言ってくれないか?」

 あ、なんかイヤな予感。

「で、ですから……『エッチでスケベな性欲魔人』だって……」
「ほー、そうかそうか」

 浩之さんの目が獲物を狙う目に変わった…………のは、気のせいですよね。
 ううっ、気のせいであって欲しい。

「な、なんちゃってー。も、もちろん冗談ですよ、冗談」
「冗談、ねぇ」
「そ、そうなんです。冗談なんです」
「その冗談を……」
「冗談を?」
「ホントにしてやるーーーーーーーーーーーー!!」
「あーーーーーーん!! ごめんなさーーーーーーーーーい!!」



 『口は災いの元』……そんな格言を、イヤというほど思い知らされたセリオであった。



















ねぇ、セリオ。藤田さんって、どんな人?







浩之さんは……



優しくて……



格好良くて……



あたたかくて……



わたしの全てを託せる人です。






心から、愛しています。









Hiro



戻る