「琴音ちゃんって……」
「ん? なに? 葵ちゃん」
「けっこう……妄想癖があるよね」
「え!? う、うそだよ。そんなことないよ」
「そうですね。琴音さんって、少しそういうとこがありますよね」
「ま、マルチちゃんまで……。そんなことないってば」
「……………………」
「……………………」
「そんなこと、ないもーーーん!!」





YanYanYan






 < 姫川琴音 (朝) >

「浩之ちゃん。朝〜。朝だよ〜」

 神岸さんが、藤田さんの体をユサユサと揺すりながら声をかけています。
 でも、藤田さんには一向に起きる気配がありません。
 当然です。だって、藤田さんは『おはようのキス』をするまでは絶対に目を覚ましてくれないのですから。

「もう、しょうがないなぁ」

 神岸さんは、苦笑いを浮かべると、わたしに視線を向けてきました。
 わたしは、うなずいてその視線に応えると、そっと藤田さんのもとへ近付きました。






「藤田さん、朝ですよ。起きて下さいね」

 ちゅっ

 藤田さんのくちびるに、わたしは、自分のくちびるを軽く重ねました。
 軽く……。そう、わたしは軽くのつもりでした。
 だけど、藤田さんは『軽く』では許してくれませんでした。
 いつの間にか、わたしの頭は藤田さんにしっかりと抱えられてしまい、動かそうにも動かせない状態になっていたのです。

「んん!? んーっ!!」

 や、やだ! 藤田さんの舌が……。
 ちょっと……そんな……だ、ダメですよ。そんなことされたら……わたし……。

「ん…………んん…………」

 体中から……力が抜けて……抗えなくなって……。
 あっ!
 ふ、藤田さんの手が……わたしの背中を通って……お、お尻の方に……。
 これ以上は……これ以上は本当にダメです。
 神岸さんだって見てるのに……。
 わたし……わたし……困ります!!






「なんちゃってなんちゃって。やんやんやん。藤田さんってば藤田さんってば。そんなことされたら困っちゃいます〜」

 ベッドのすぐ横で、顔を真っ赤に染めて、ひとりで悶える琴音。
 そんな琴音を見て、

「あの〜。こ、琴音ちゃん?」
(ど、どうしよう。このままじゃ、起きるに起きれねーぜ。なんとかしてくれよ、あかり)
「そ、そんなこと言われたってぇ〜〜〜」

 あかりと浩之は、琴音の言うとおり、本気で困っていた。






「やんやんやん





○   ○   ○





 < 姫川琴音 (授業中) >

 先生が黒板に書いていく数式を、わたしは一生懸命ノートに書き写します。
 この時間の授業は数学。
 正直言って……ちょっぴり苦手にしている科目です。
 嫌いという程ではないのですが、どうしても好きにはなれません。
 う〜ん。やっぱり、わたしって文系みたいです。

「ふぅ」

 ノートを取りながら、思わず小さくため息。
 苦手な教科は、どうしても苦痛に感じてしまいます。ついつい、『早く終わらないかなぁ』なんてことを考えてしまいます。
 でも……もし、藤田さんが同じ学年だったら、一緒のクラスだったら。しかも、隣の席だったりしたら……。
 きっと、数学の授業も楽しいものになるのかもしれないな。






「あっ、いけない!」
「ん? どうした、琴音ちゃん?」
「教科書……忘れてしまいました」
「え? そうなのか?」
「…………はい」

 どうしよう。他のクラスのお友達に借りてこようかな?
 それにしても、教科書を忘れるなんて……わたしのドジドジ!!

「なあ、琴音ちゃん。よかったら、俺の教科書を一緒に見ようぜ」

 自己嫌悪に陥っていたわたしに、藤田さんが助け船を出してくれました。

「いいんですか?」
「もちろんだよ。俺と琴音ちゃんの仲じゃねーか」

 そ、そんな……『俺と琴音ちゃんの仲』だなんて……ポッ。

「あ、あの……それじゃあ、お願いします」
「オッケーオッケー。……では」

 そう言うと、藤田さんはわたしの肩をグッと抱き寄せました。

「くっつかねーと、見難いからな」

 そして、わたしに向かって優しく笑いかけてきました。

「ふ、ふ、ふ、藤田さん!?」

 な、な、なんて嬉しいことを!!
 …………じゃなくて。

「き、き、き、教室でなんてことをするんですか!? み、みんなが見てるじゃないですか」
「いいじゃん。見たいヤツには見せとけば」

 なるほど。それもそうですね。
 …………って……だから、そうじゃないってば。

「でもでもでも……」
「琴音ちゃんは、俺とこうするのイヤか?」

 う゛っ。藤田さんってばズルい。
 …………イヤなわけないじゃないですか。
 そんなこと……わかってるはずなのに。

「…………藤田さん…………いじわるです」
「なんだ。今頃気付いたのか?」

 ちょっぴり拗ねたように言うわたしに、藤田さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべて応えました。

「俺はいじわるだぜ」
「むー」
「だから……」
「『だから』?」
「こんなこともしちゃったりして」
「え? え? え? きゃっ!?」

 藤田さんの手が、わたしの首筋をくすぐってきました。

「ちょ……ふ、藤田さん……やめてください」

 あうあう。くすぐったいような……き、気持ちいいような……。

「だーめ。何と言っても、俺はいじわるだからな」
「やーん」

 ふえーん、みんなが見てますよーっ。やめてくださーい。
 家でだったら、いくらでもオーケーですからっ!!

「ほーれ。こしょこしょこしょ」
「やーーーーーーん」






「……………………あー。松原。マルチ。…………姫川のこと…………どうにかならんのか?」
「すみません、先生。こうなった琴音ちゃんは……」
「もう、誰にも止められないです」
「そ、そうなのか?」
「そうなんです」
「あう〜。ごめんなさいですぅ〜」

 その頃、その話題の琴音は……、

「やんやん。藤田さんってば〜〜〜」

 頬を朱に染めて、体をクネクネとくねらせていた。






『はぁ〜〜〜〜〜〜』






「やんやんやん





○   ○   ○





 < 姫川琴音 (入浴中) >

 ごしごしごし。
 ごしごしごし。
 ごしごしごし。

「ほえ〜。気合い入ってるネ、コトネ」

 丹念に丹念に体中を磨き上げるわたしに、レミィさんが感心したような声をあげました。

「そうですか?」
「そうだヨ。何て言うか……『妥協を許さない』って感じかな」
「う〜ん、そうかもしれませんね」

 確かに、レミィさんの言う通りだと思います。でも、それは仕方ないことなんです。
 だって、今晩は……なんですもの。
 藤田さんに見せることになるんですから、気合いだって入ります。

「やっぱり、好きなひとには、少しでも綺麗な姿を見せたいじゃないですか。
 ……って、レミィさん、どこを見てるんです!?」

 ふと気が付くと、レミィさんは、視線をずっと一カ所に向けていました。
 その視線の先は……わたしの胸。
 思わず、両手で隠してしまいます。

「な、な、何をそんなに凝視してるんです!?」
「コトネ……成長したネ」

 詰問口調のわたしに対して、レミィさんは笑みを含んだ声で応えてきました。

「…………へっ!?」
「うんうん。ヒロユキに愛された成果ネ」
「え……あ……う……」

 サラリと発せられたレミィさんの爆弾発言に、わたしの全身が真っ赤に染まっていきました。
 何か言葉を返そうにも、頭の中が混乱していて、上手く紡ぐことができません。
 ま、まったく、なんてことを言うんですか!!
 『藤田さんに愛された成果』だなんて……。
 そんな……そんな……。






「琴音ちゃんの……可愛いよ」
「本当ですか? 藤田さん」
「ああ、もちろんだよ」
「……嬉しいです」

 わたしは、今、藤田さんに抱かれています。
 ……一糸纏わぬ姿で。

「でも……あまり、見ないで下さい」
「どうして?」
「だって……小さい……ですから」
「俺は、そんなの気にしないけどなぁ」

 羞恥を含んだわたしの訴えを、藤田さんは笑って受け流します。

「わたしは……気にするんです」

 さらに、声に羞恥を込め、わたしは訴えました。

「そっか」

 ようやく、わたしの気持ちが理解できたのでしょうか。藤田さんが神妙な顔になりました。

「そんなに気になるんだ」
「……はい。やっぱり、胸が小さいというのはコンプレックスですから」
「そうかそうか」

 腕を組んで、『うんうん』と何度もうなずく藤田さん。
 その様子を見て、わたしは何故かイヤ〜な予感がしました。
 ……いわゆる『不幸の予知』です。
 そして、こういう場合の『予知』は……残念ながら(嬉しいことに?)外したことがないんです。
 今回も、例外ではありませんでした。

「なあ、琴音ちゃん?」
「な、なんですか?」
「コンプレックス……取り除きたいと思うか?」
「それは、まあ」

 自分のコンプレックスを無くしたいというのは、全人類共通の願いだと思いますし。

「だったら……努力しないとな」
「そう、ですね」
「そこでだ。俺も微力ながら、琴音ちゃんの努力に協力したいと思う」
「協力……ですか?」
「そう。協力」

 胸を大きくする為の努力の協力? う〜ん、なんだろう?
 昔からよく言われているのは、胸を大きくする為には男の人に……。
 ……男の……人に……。…………人…………に…………。
 …………………………………………。

「…………あの…………えっと…………それって…………もしかすると…………もしかします?」

 恐る恐る尋ねるわたしに、藤田さんはニヤリという笑みを返してくれました。
 その笑顔を見た瞬間、わたしは自分の予知が的中したことを確信しました。

「うにゅ〜。藤田さんのえっちぃ〜〜〜」
「失礼な。これは協力だぞ」
「うにゅ〜〜〜〜〜〜」
「というわけだから……頑張らせていただきます!!」
「うにゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」






「えっと……さ、先にあがるネ。コトネも、のぼせないように気を付けなヨ」

 レミィは、そう声をかけて、風呂場から出ていった。
 相手に、聞こえていないであろうことを確信しながら。

 その、当の相手である琴音は……、

「ふ、藤田さんってば……ダメですよ。そんなにしちゃ……」

 湯につかりながら、体をぐりゅんぐりゅんと悶えさせていた。






「な、何て言うか……ある意味、幸せな娘だよネ」






「やんやんやん





○   ○   ○





 < 姫川琴音 (就寝) >

「藤田さん……あたたかいです」
「琴音ちゃんも、あたたかいよ」
「わたし……藤田さんとこうしている時が……いちばん……幸せです」

 藤田さんの胸に頬を寄せ、わたしはうっとりとした声でつぶやきました。
 そんなわたしの言葉に、藤田さんはからかいを多分に含んだ口調で応えました。

「へ〜。琴音ちゃんって、けっこうエッチなんだな」
「ち、違います! わたしが言いたいのはそういうことではなくて……」

 必死に弁解するわたしの態度を見て、藤田さんがプッと吹き出しました。
 ……むっ。藤田さん、いじわるです。
 自分でも、わたしの顔が拗ねた物に変わっていくのが分かりました。

「あはは、琴音ちゃんって可愛いよなぁ」
「むー。藤田さん、ヒドイです」
「ごめんごめん」
「イヤです。許してあげません。誠意が感じられませんもの」
「誠意?」
「はい。誠意です」
「誠意、かぁ」

 そう言って、藤田さんは考え込んでしまいました。
 な、なんか……このパターンって……も、もしかして……。

「よし! では、俺の誠意を示す為に、いつもよりも3割増で頑張ることにしよう」

 うにゅ〜〜〜。やっぱり、こうなるんですね〜〜〜。

「それじゃあ……藤田浩之、誠意を見せまーーーっす!!」

 え!? え!? ち、ちょっと、そんないきなりーーー!?

「ふ、ふ、藤田さ……ん! あっ! ちょ……んんっ!!」






「やーん。エッチなのは、藤田さんの方じゃないですかーーーっ!」

 ベッドの中でうにょうにょ蠢く琴音。
 そんな琴音を眺めながら浩之は……、

「初っ端から妄想モードに入っちゃってるよ。…………俺、いったいどうすりゃいいんだ?」

 完璧に途方に暮れていた。






「……………………寝よ」






「やんやんやん





○   ○   ○





「琴音ちゃんって……」
「ん? なに? 葵ちゃん」
「『かなり』……妄想癖があるよね」
「え!? う、うそだよ。そんなことないよ」
「そうですね。琴音さんって、『すっごく』そういうとこがありますよね」
「ま、マルチちゃんまで……。そんなことないってば」
「……………………」
「……………………」
「そんなこと、ないもーーーん!!」









 ☆ あとがき ☆

 琴音ちゃんのファンのみなさん、ごめんなさい。

 どうして、こんな危ない娘になってしまったんだろう?(;^_^A

 書いてて楽しいからいいけど(をい

 きっと、『マルチの話』に出てくる琴音ちゃんに影響を受けたせいだな。うん(笑

 と、ひとのせいにしたところで、唐突にあとがきを終わります(^ ^;

 ではでは、また、次の作品でお会いしましょう\(>w<)/


 追記

 あとがきを書いている途中で、今回の話が『矢島SS』と被っていることに気付いたのは君と僕だけの秘密だ!(泣

 さらに、『ま、いっか』などと思ってしまったことは、もっと秘密だ!!



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