「あ〜ん、もう。わたしってドジ。
 体操着に着替える為に更衣室に行ったのに、なんでその肝心の体操着を忘れるかな〜」

 全ては偶然だった。
 わたしが体操着を忘れて教室にまで取りに戻ったのも。
 その教室に、まだ何人かの男子が残っていたことも。
 そして……彼らの話を聞いてしまったことも……。




『わたしはわたしらしく』






「藤田の奴、いいよなぁ。あんな可愛い娘たちに囲まれてさぁ」 「ああ、まったくだ」  急いで教室に戻ったわたしを出迎えてくれたのは、未だに残っていた数人の男子の会話だった。 「俺もたくさんの女の子と一緒に暮らしてみたいよ」 「ほんと、あやかりたいものだぜ」  …………困ったなぁ。  さっさと体操着を持って更衣室に行かないといけないんだけど……。  でも、わたしたちの話題で盛り上がっているところに乱入するのも気が引けるし。  う〜〜〜ん。これじゃあ、入るに入れないよ。  わたしは、どうしていいか分からずに、廊下で途方に暮れていた。 「それにしても、マジで可愛い娘ばかりだよな」 「我が校の綺麗どころを独占してるもんなぁ」 「うんうん」  ――そこで、ふいに彼らの会話が途切れた。  数秒の沈黙。  あれ? どうしたんだろう?  わたしがそんなことを思った時、男の子たちの会話が再開された。 「前言撤回。  そういえば一人いたな。たいして可愛くもない地味なのが」  えっ!?  思わず声を上げてしまいそうになったが、わたしはそれを必死に抑える。  すぐに分かった。分かってしまった。  『たいして可愛くもない地味なの』  十中八九。いや、間違いなくわたしのことだ。 「ああ。雛山だろ」  ……ほら、やっぱり。  分かってはいたけど……だけど……はっきり言われると、やっぱりちょっと堪えちゃう……かな。 「どうして、あんなやつが含まれてるんだろうな?」 「さあ?」 「まったくもって謎だよな」 「な〜に言ってんだ。雛山の様なやつも必要なんだよ。引き立て役としてさ」  ……………………。 「なるほど、引き立て役か」 「ハハハ、納得」  キーンコーンカーンコーン♪ 「あ、やば。チャイム鳴っちまったぜ」 「急ごう。遅れるとうるせーぞ、あいつ」 「そうだな」  ドタドタドタ  けたたましい足音を立てて、男子たちは教室から走り去っていった。  その様子を、わたしは廊下に立ち尽くしたままで見送るのだった。  頭の中で『地味』『引き立て役』という言葉をリピートさせながら。

○   ○   ○

「はぁ」  体育の授業を終え、更衣室で制服に着替えながら、わたしはため息をこぼしてしまった。  今、わたしの視線の先には下着姿の芹香さんや綾香さん、保科さんたちがいる。  みんな、スタイル良いし、凄く綺麗。  女のわたしから見ても本当に魅力的だと思う。  それに比べて……。 「はぁ」  ついつい再びため息。 「どうしたの、雛山さん? さっきからため息ばかり」  そんなわたしの様子を気にして、神岸さんが心配そうな顔をして尋ねてくる。  その声が聞こえたのか、みんなもわたしの周りに集まってきた。 「え? あ、その……べ、別になんでもないよ。あ、あはは」 「うそだよ。授業中もなんか変だったし。なにか悩み事でもあるんじゃないの?」 「そうやな。今日の雛山さん、妙にポカが多かったし」 「いつも以上に派手に転んでいましたしね」 「…………う゛」  今日の授業内容はバスケだったのだが、そこでわたしはイージーミスを連発してしまったのだ。  普段からそれほど運動を得意とはしていないのだが、それにしても今日は酷すぎた。  みんなが訝しく思うのも当然だろう。 「よかったら話してくれませんか。わたしたちでは、お力になれないかもしれませんけど、  でも、誰かに話すだけでも気持ちが楽になるかもしれませんよ」 「そうそう。『溺れる者は藁をも掴む』ヨ」 「レミィ……それ、ちょっと違う。でもまあ、ニュアンスは伝わるからいっか。  つまりはそういうことよ♪」 「……大雑把ですね、綾香さん」 「そこ! 余計なツッコミはしない!」  …………くすっ…………みんな…………ありがとうね。 「……それじゃ……あの……お言葉に甘えて、聞いてもらっちゃおうかな。  あのね……そんなたいしたことじゃないんだけど……じ、実は……」  わたしは、顔を伏せてポツリポツリと話し始めた。

○   ○   ○

「――と、いうことなんだ」  先程の出来事を話し終えると、わたしは『ふぅ』と小さく息を吐きながら顔を上げた。  ――と同時に少し引いてしまった。  だって、わたしの目の前で、みんなが怒りの表情を浮かべていたのだから。 「酷いよ。そんな事を言うなんて酷いよ」  あの温厚な神岸さんが本気で怒ってる。  目に涙までためて。 「……まったく……見る目のない方たちですね」  芹香さんも静か〜に怒りを燃やしていた。 「カリンに頼んでハントしてもらおうかな」  わー。そんな危険なことをボソッと言わないでよ。 「軍事衛星にハッキングして、全てを灰にしてさしあげましょうか」  そ、それはダメだって。  いろんな意味でやばすぎるよ。 「来栖川重工特製ハリセンと鞄の角。どっちがええかくらいは選ばせたるか」  わーわー。どっちでも死んじゃうってば。 「ストーップ。みんなして物騒な発言しないの。そんなのじゃ根本的な解決にならないでしょ。  こういうのは自主的に後悔・反省させなきゃ」  過激な発言をするみんなを、綾香さんが苦笑を浮かべながら宥める。 「この手の輩は力で訴えてもダメよ。反発心を煽るだけだわ。  だ・か・ら。  ……………………ごにょごにょごにょごにょ。  ねっ。こういう手はどう?」 「うん。いいんじゃないかな」 「賛成です」 「ナイスアイデア! さすがはアヤカ。冴えてるネ」 「なるほどな。うん。ええんとちゃう」 「異議無し。……しかし、綾香さんが腕力以外での解決法を言い出すなんて。明日はきっと豪雪ですね」 「そこ! いらんツッコミを入れない!  ……まあいいわ。それじゃあ、この方法で決定ね」  いや……あの……決定って……。 「えっと……そんなことでどうにかなるの? いまいち分からないんだけど」 「大丈夫大丈夫。すぐにイヤって程分かるわよ。  うふふ。つまらないことを言ったおバカな男たち。きっと猛省するわよぉ〜♪」  戸惑うように尋ねるわたしに、綾香さんがお気楽な感じで返してくる。  それにしても……猛省だなんて大袈裟だと思うなぁ。  わたしが……を……くらいで何が変わるっていうんだろう?  う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

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『俺だったら綾香さんとか芹香さんがいいなぁ』 『俺は神岸かな。家庭的だし』 『まあ、どっちにしろ雛山はパスだよな。地味だし』 『同感。ハハハハハ』  わたしたちが教室に到着した途端、そんな会話が耳に飛び込んできた。 「……ったく、バカばっかりね」  吐き捨てるように言う綾香さん。  他のみんなも、声にこそ出していないものの、同じ様なことを考えているのは明白だった。 「思いっ切り目を覚まさせてやるわ。それじゃ……行くわよ、理緒」  綾香さんの言葉に、わたしは小さくうなずく。  なんかよく分からないけど……よしっ!  心の中で自分に気合いを入れると、わたしは教室のドアに手を掛けた。  ――その時だった。 『大概にしとけよ、お前ら。なに好き勝手なこと言ってやがるんだ』  あまりにも聞き慣れた声が教室の中から聞こえてきた。 『誰が好みだって程度の話までは聞かなかったことにしてやってもいいが、  くだらねぇ個人攻撃は放っておけねぇな』 『な、なんだよ藤田。言論の自由を奪う気か? お、横暴だぞ』 『アホ。自由の意味をはき違えてるんじゃねーよ。それに俺にはあいつらを守る義務があるからな。  横暴と言われようが何と言われようが、そんなの知ったことか』 『…………』 「藤田くん。……タイミング良すぎだよ」  わたしはドアから手を離して苦笑する。 『なんだよ。それじゃあ、お前は雛山のことを地味だって思わないのか?』 『どうなんだよ藤田!?』 『…………お前らなぁ』  藤田くんが心底呆れたような声をあげる。  もっとも、呆れているのは綾香さんたちも同様みたいだけど。 『雛山さんって地味かなぁ? 僕はそうは思わないけど』 「……雅史ちゃん」 『彼女って何事にも一生懸命だし、何て言うか、もの凄く輝いてる女の子だと思うけどな』  輝いてるだなんて……や、やだ、照れちゃう。 『うんうん。さすがは雅史だ。よく見てるぜ』 『輝いてるぅ〜? どの辺がぁ〜?』 『見てわかんねー奴には口で言ってもわかんねーよ』 『…………』 『まあ、お前らの目が節穴だったってことで今回だけは見逃してやる。  でも、次にまたくだらねぇことを言ったら……その時は容赦しないぜ』 「心配しなくても二度と言わなくなるわよ、地味だなんてね。  さて! それじゃ、理緒。行きましょ」 「うん」  綾香さんの言葉に応えながら、わたしは再びドアに手を掛ける。  そして……。

○   ○   ○

「あはははは。あいつらの顔ったら。おっかしかったわねぇ〜〜〜」  帰り道。  あの時のことを思い出して大笑いする綾香さん。  保科さんや宮内さんも『してやったり』といった表情をしている。 「あ、あはは」  わたしは、そんなみんなの様子を見て苦笑いすることしか出来なかった。 「だ、誰だよあの娘?」 「さ、さあ?」 「あんな可愛い娘、うちのクラスにいたか?」 「なに言ってるんだ、お前ら。あれは理緒ちゃんじゃねーか」 『な、なんだとーーーーーーーーっ!?』  別に特別なことをしたわけじゃない。  ただ、いつも束ねている髪をほどいただけ。  髪をほどいて……丁寧にブラッシングして……それだけ。  でも、クラスの男子は大騒ぎしてた。  藤田くんの『誰が地味だって?』という質問には一人も言葉を返すことが出来なかった。  本当に、なにも特別なことはしていないのに。 「ねぇ、藤田くん?」 「ん?」 「髪をほどいただけなのに、そんなに印象が変わった?」 「ああ。やっぱり、女の子って髪型を変えるとガラッとイメージが変わるからな。  なっ、あかり」  藤田くんは、意味ありげな視線を神岸さんに送る。 「えへへ」  それを受けて、神岸さんも意味ありげな笑みを浮かべるのだった。 「ところでリオは明日からどうするの?」 「え? なにが?」 「髪型ヨ。もう束ねるのやめる? そうすればニンキモノ街道一直線ヨ」 「人気者、か。  ねぇ、藤田くん? 藤田くんはどっちの髪型が好き?」 「俺? そうだなぁ。俺は……どっちかって言うと……」

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 クラスの男の子たちの人気になど正直言って興味はない。  異性の視線で気になるのはただ一つ。藤田くんの物だけ。  昨日、そのことを強く再認識した。  大勢の男の子に『綺麗』とか『可愛い』とか言われても、ちっとも嬉しくなかったし。  今になって思えば、『地味』『引き立て役』という言葉にショックを受けたのも、  無意識のうちに、『藤田くんも同じように感じているかもしれない』と考えてしまったからだろう。  ありもしない事実に勝手に怯えて不安になっていただけなのだろう。  わたしってバカだね、ほんと。  藤田くんが、そんなことを思うわけないのに。  みんなにも心配させて迷惑かけちゃったし……。  クラスの男の子たちも猛省していたけど……わたしも猛省しなくちゃね。  猛省。  猛省終わり。  よしっ! 気持ちを切り替えて、今日も一日頑張ろう!! 「おはよう、神岸さん。セリオちゃん」 「うん。おはよう、雛山さん……って、あれ?」 「髪型……以前のものですね」 「うん。やっぱり、こっちの髪型の方が落ち着くしね。それに……」 「それに?」 「……聞かなくても分かってるくせに〜」 「えへへ」  それに……藤田くんが、こっちの髪型の方が好きだと言ってくれたから。  それに……こっちの髪型の方がわたしらしいから。  それに……誰に何と言われようと……  やっぱり、わたしはわたしらしく、が一番だからね。







 ☆ あとがき ☆ 言い訳はしません。 ごめんなさい m(_ _)m

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