「長瀬よ」
「はい、大旦那様」
「例のデータは届いているか?」
「はい。こちらで御座います」
来栖川翁の問いに答えながら、セバスが懐から1枚のDVDを取り出す。
「そうか。では、早速見せてもらおうか」
「かしこまりました」
一礼してから、プレーヤーにDVDをセットするセバス。
しかし、再生ボタンを押す寸前、セバスの指が止まる。
「どうした?」
「……大旦那様」
「なんだ?」
「失礼を承知で言わせていただきます。このようなこと、もうおやめ下さい」
やや緊張感を漂わせた声色でセバスが訴える。
「やめろと?」
「はい。もし、このようなことが露見したら……」
「露見したら何だと言うのだ? 臆したか、長瀬」
嘲るような口調で言う来栖川翁。
「いえ。ですが……」
「言うな、長瀬。お前の言いたいことは解るつもりだ。だがな、世の中は綺麗事だけでは済まんのだよ」
幾分遠い目をして来栖川翁がつぶやく。
「それに、他人にどんなに後ろ指をさされようと……こればかりは、な」
「……さようですか。やむを得ませんな」
諦めたように言葉を零すと、小さくため息を吐きながらセバスが再生ボタンを押した。
「業とは……罪深いものですな」
「ふっ。問題ない」
セバスの声に簡潔に応えると、来栖川翁はモニターに意識を集中させた。
『浩之さん(すりすり)』
『こ、こら芹香! やめろって』
『……いやです(ふにふに)』
『くすぐったいってば。やめれー』
『あら。姉さんってば楽しそうなことしてるじゃない。えへへ、あたしもあたしもー(ごろごろ)』
『うわっ! 綾香、お前まで!』
『うふふー(はむはむ)』
『だー! こそばゆい! 二人ともやめんかーーーっ!』
『……やーです(すりすり)』
『やーだもん♪(ごろごろ)』
「うむ。画質良し音質良しアングル良し。さすがは来栖川諜報部だ。いい仕事をしておる。これは次回のデータも楽しみだな」
期待通りの出来にご満悦の来栖川翁。
「ううっ。結局、今回も大旦那様を説得できなかった。諜報部の皆よ、許せ。他部署からの『でばがめ部隊』呼ばわりに今暫く耐えてくれ」
その後ろで、セバスは、滝のような涙をダバダバと流すのであった。
「しかし……いまいち物足りんな」
「は? 物足りないとは?」
「何と言うか……同棲当初に比べてイチャイチャ度が落ち着いてきたようだ」
来栖川翁が、どことなく不満げに言う。
「以前は学校だろうが何だろうが、所構わず抱き付いたり、場合によっては接吻していたりと甘い空気を振りまいていたものだが、最近は自宅以外では自粛してしまっている。実にけしからん」
「け、けしからん……ですか?」
来栖川翁の言葉にセバスが冷や汗を浮かべる。
「うーむ。これはテコ入れが必要かもしれんな」
「テコ入れでございますか?」
「そうだ。彼らに新たな刺激を与えて、再度イチャイチャを活性化させるのだ」
「は、はあ」
力を込めて言う来栖川翁に、セバスは曖昧な返事を返すことしか出来なかった。
「うーむむ。やはり、テコ入れと言えば新たなライバルの登場だな。それが血の繋がっていない妹だったら完璧だ。もしくは、大きなハプニングを起こすという意味で、現在の藤田邸を旅館に改装してしまうというのも一案か。それとも……」
ブツブツと意味不明なことを呟く来栖川翁。
そんな翁の姿に、
(……お、大旦那様が壊れた。……く、来栖川グループ……大丈夫か?)
会社の未来を本気で心配してしまうセバスであった。
来栖川翁の現在の愛読書が『ラブとま』である事が判明したのは、この3日後のことである。