『じぇらしー鏡花ちゃん』






「ねぇ、鏡花」

「なによ、ヨク」

「凄く不機嫌そうな顔をしているように見えるよ」

「気のせい」

 あたしは、ヨクの方を見もしないで簡潔に答える。

「ふーん。気のせい、ねぇ」

 あたしの方にニヤニヤとした顔を向けながら、含んだ物言いをするヨク。

「何が言いたいのよ!?」

 あたしは、そんなヨクを睨み付けて問いただした。

「べつに。ただ……」

「ただ?」

「鏡花って、意外に嫉妬深いんだと思ってね」

 ヨクはあたしから目を離すと、ある人物の方に視線を傾けた。

「そんなんじゃ……ないわよ」

 答えながら、ヨクの視線を追うように、あたしもその人物に目を向ける。

 その人物とは、羽村亮。

 あたしの彼氏であり、誰よりも好きだと胸を張って言える人。

 そいつは今……あたし以外の女の子に囲まれて、にやけきっただらしない顔をしていた。

 ……はっきり言って面白くない。

 むかむかする。





「ねぇ、亮くん。新しいメニューに挑戦してみたんだけど、どうかな?」

「……はむっ。むぐむぐ。……うん。美味しいですよ、いずみさん。ただ、美味しいですけど……どうして全部激辛なんです?」

 むかむかむかむか。

「セーンパイ。訓練の後でいいですから、今日も演技の練習に付き合ってほしいんですけど」

「ああ、いいよ真言美ちゃん。俺でよかったらいくらでも付き合うよ」

 むかむかむかむかむかむか。

「羽村。今日の特訓だが、私と一緒にやらないか?」

「そうだな。たまには祁答院に鍛えられるのもいいかもな」

 むかむかむかむかむかむかむかむか。



 …………………………………………ぶちっ!



「きょ、鏡花? いま、何かが切れた音がした気がするんだけど……」

「ふっふっふっ。あたしという彼女をほったらかしにしておいて、他の女と楽しげにしてるとは良い度胸じゃない」

 亮に鋭い視線を向けながら低い声でつぶやく。隣でヨクが何かを言ってるみたいだけど、あたしの耳には届いていなかった。

「あ、あの……鏡花?」

「これは『教育』が必要よねぇ。たっぷりと思い知らせてあげるわ。うふふ。うっふっふっふっふっ」

 ほーんのちょっっっぴり怖いセリフを口にすると、あたしは“優しげ”な笑みを浮かべて亮の方へ歩いていった。





「ちょっと! 亮!」

「おわっ! な、なんだよ鏡花。怖い顔して」

「失礼ね。そんな顔してないわよ。それより……来なさい!」

 亮の腕を掴むと、グイグイ引っ張りながら言った。

「ちょ、ちょっと待てよ。まだいずみさんのメシが残ってる。それに、これから祁答院と特訓する約束してるし、そのあとは真言美ちゃんの演技の練習に……」

「い・い・か・ら・来・な・さ・い!」

 戯けたことを宣う亮の腕を、あたしは思いっ切り引いてやった。

「だーっ! そんなに引っ張るなって! おい!」

「うるさい!」

 亮の訴えを一刀両断すると、さらに強く腕を引いて無理矢理歩かせる。

「あっ、そうそう」

 あたしは唐突に歩を止めると、ポカンとした顔であたしたちを見ているいずみたちに振り返った。

「悪いけど“コレ”はあたし専用なの。そのことは絶対に忘れないでね。それじゃ♪」

 笑顔で宣言すると、あたしは亮を連れてその場を後にした。





「亮のばか!!」

 亮を連れて屋上にやって来たあたしは、開口一番叫んだ。

「へ?」

「ばかばかばかばか!」

 力一杯感情をぶつけるあたし。

「ば、ばかって……。ひでーなぁ」

「ひどくない! ばかにばかって言って何が悪いのよ、大ばか!!」

「……お、お前なぁ」

「あたしっていう彼女がいながら他の女の子ばっかり構って。こーの浮気者!!」

 亮の襟首を掴んで叫ぶ。

「な、なんだよそれ? もしかして鏡花。お前、やきもち妬いてたのか?」

「そうよ! やきもち妬いたわよ! 悪い!?」

「え?」

「好きな人が他の娘と仲良くしていたら不安になるに決まってるじゃない」

「おいおい。ちょっと待てよ。なんで不安になんかなるんだ。お前は『サトリ』だろ。俺の気持ちなんか……」

「それでもよ」

 人差し指を亮の口に当てて、言葉を遮りながら言う。

「『サトリ』でも……いえ、『サトリ』だからこそ、尚更に……ね」

「どういうことだ?」

「アナタといずみ達はお互いに好意を感じているでしょ。あたしには、その気持ちが常に伝わってくるのよ。不安にもなるわ」

「なに言ってるんだよ。俺は確かにいずみさんや祁答院、真言美ちゃんのこと好きだけど、それはあくまでも仲間として好きなのであって……」

「分かってる。そんなこと分かってるの。でも……でもね……それでも……怖いのよ。あなたのいずみ達への『友情』が、いつか『愛情』に変わってしまうんじゃないかって。あたしよりも、好きになってしまうんじゃないかって。そして……あたしから……離れてしまうんじゃないかって。……怖くて……怖くて……怖くて仕方ないのよ」

 小声でボソボソと言うあたし。
 そんなあたしを見て、亮が苦笑を浮かべる。

「まったく。なんでそんなに弱気になるかなぁ。俺の心は感じ取れているんだろ。俺がどれだけ鏡花のこと好きか分かってるだろ」

「う、うん」

「それでも不安になるっていうのなら、何度でも『好き』だって言ってやるよ。態度でも示してやる」

 あたしの身体に腕を回しながら、亮が優しくささやく。

「……うん」

「それにさ、俺のこと、もう少し信用してくれないか。鏡花を悲しませるような事は絶対にしないから」

「……うん。そうだね。信じる」

「そして、もっと自分に自信を持てよ。俺にとっては、お前以上に魅力的な女なんていないんだから」

「……うん」

「いつもは無駄なくらい自信過剰なんだからさ」

「……うん。……って、悪かったわね! 無駄に自信過剰で」

「悪いなんて言ってないぜ。それが鏡花の良いとこでもあるしな」

 拗ねたように言うあたしに、亮が優しく微笑む。

「むー。なーんかはぐらかされてる気がする」

「そうか? 気のせいだろ」

「…………ま、いいわ。そんなことより……ありがとね。これからは、今まで程は不安を感じなくなるんじゃないかな。亮のおかげよ」

「今まで程は、かよ」

「完全に消すなんて無理よ。あたしが亮のことを好きでいる限りは、どうしても付いて回るわ。ということは、一生消えないのかな♪」

「……そ、そうか」

 あたしがイタズラっぽく言った言葉に照れて、亮が顔を赤くしてそっぽを向く。

「うん! だから、亮はずっとずっとずーっと大いなる愛情であたしを安心させ続けてね♪」

「……それって、結構とんでもなく物凄いワガママだよな」

「い、いいじゃない別に……! で? どうなの?」

「言わなくても分かってるだろ? そもそも、お前のワガママに付き合えるヤツなんて俺ぐらいしかいないんだから」

「ダメよ。ちゃんと言葉にして」

「……………………」

「……………………」

「約束するよ。鏡花の不安は俺が全部消し去ってやる。それは、俺だけに許された特権だしな」

 力強く宣言すると、亮はあたしを抱いている腕に力を込め、顔を近づけてきた。

「亮……ありがとう。……大好きよ」

 あたしは、亮に応えるように目を閉じて、かかとを上げる。



 そして……



 あたしたちは、くちびるでお互いの温もりを伝えあった。










 ―――次の日

「ねぇねぇ、亮くん。今日も新しいメニューに挑戦してみたんだけど、どうかな?」

「……はむっ。むぐむぐ。……うん。美味しいですよ、いずみさん。ただ、どうして今日のも全部激辛なんです?」

 むかむか。

「セーンパイ。訓練の後でいいですから、今日こそ演技の練習に付き合ってほしいんですけど」

「ああ、いいよ真言美ちゃん。昨日の分の埋め合わせの意味も込めて頑張らせてもらうよ」

 むかむかむかむか。

「羽村。今日の特訓だが、私とやらないか?」

「そうだな。一緒にやろう」

 むかむかむかむかむかむか。

 ……………………ぶちっ!

「アンタたち! 人の彼氏にちょっかい出すんじゃなーーーい!!」

 あたしは亮に近付くと、彼の首に腕を回して、周りの女達を威嚇する。

「何度も言うけど“コレ”はあたしのなの! あたし以外の女には指一本触れさせないんだから!」

「もう。鏡花ちゃんのけちぃ」

「鏡花さん、嫉妬深すぎですよ〜」

「……七荻」

「何と言われようとダメなものはダメーーー!」

 亮をギューッと抱き締めて、あたしは占有権を主張する。

「おいおい鏡花。浮気するわけじゃないんだから、少しくらいみんなの相手をしたっていいじゃないか。お前、俺のこと信用してるんだろ」

 呆れたような……それでいて嬉しいような、照れたような複雑な表情になる亮。

「信じてるわよ。でもダメ」

「なんでだよ?」

「だって……」

 満面の笑みを浮かべてあたしは言い切った。

「亮にはやっぱりあたしだけを見ていてほしいからね♪」







< おわり >








 ☆ あとがき ☆  唐突に書き上げました『夜が来る!』SSです(^^)  ゲームクリア記念ってことで(^ ^;  このSSでお分かり頂けるかもしれませんが、一押しは鏡花です。  どうも、この手の『気さくな強気キャラ』にはとことん弱いみたいです、私は。  綾香とか(;^_^A




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