「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

 体育の授業を終えて、更衣室で着替える生徒達。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

 そんな中で、芹香がゆっくりゆっくりと体操着を脱いでいた。

「ン? どしたのセリカ?」

 レミィが、いつも以上にボンヤリしている芹香を心配して声を掛ける。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

 しかし、芹香は全く反応を示さずに、黙々と体操着と格闘していた。

「あらら。姉さんってば完全に呆けちゃってるわね。ま、無理もないか」

「無理もナイ? WHY?」

「だって、昨日の夜は姉さんの番だったでしょ。その所為でただでさえ疲れてるのに、追い打ちを掛ける様に1時間目から体育だもん。元々体力の無い姉さんには辛いと思うわ。疲労でボンヤリしちゃっても仕方ないわね」

「ナルホド」

 綾香の説明に、レミィが心底納得したような顔をする。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

「しっかし、ホンマにボーッとしとるな」

「これは、次の時間辛そうだね」

 智子とあかりの言葉にみんながうなずく。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

 全員が注目している中で、のんびりのんびりと着替えが進む。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

 のんびりのんびりマイペースで。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

「だーーーっ! 体操着を脱ぐだけで5分も掛けてるんじゃないわよ! 次の授業が始まっちゃうじゃないの!」

「ぽ〜〜〜〜〜〜」

 もたもたもた。

 綾香の怒声が響いてものんびりのんびりと。





○   ○   ○





 ――で、次の時間。

 最初は頑張って眠気と戦っていた芹香だったが、授業開始から5分ほど経ったところで力尽きた。
 ポテッと机に突っ伏すと、穏やかな寝息を立て始める。

 教卓で授業を進めていた教師は、当然芹香の様子に気付いていた。だが、敢えて注意するような事もせずに、そのまま見て見ぬ振りをする。
 真面目で学業優秀で品行方正。普段だったら授業中に居眠りすることなど絶対にありえない芹香。
 そんな芹香だからこそ、教師も『疲れているようだし、まあ、たまにはいいか』と寛大な措置を取ることに決めたようだ。
 これが浩之だったら、間違いなく即座にチョークが飛んできたことだろう。



 ――それから10分が過ぎ、授業も滞りなく進んでいた。

 そんな時、不意に、

「…………浩之さん♪」

 という楽しげな芹香の声が教室に響き渡った。

 いつもの芹香の物とは思えない程に大きく、しかも感情の込められた声に、周りの生徒と教師は何事かと思い芹香の方に視線を向けた。

「……すー……すー……」

 そこには、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る芹香の姿が。

「なんだ、寝言か?」

 苦笑しながら教師が言う。
 さらに、その声に呼応するように、生徒達からもガヤガヤと声があがる。

「随分と楽しげな声だったよな」

「どんな夢を見てるんだろう?」

「決まってるじゃない。藤田くんとイチャイチャしてる夢よ」

「それもそうか」

「どうやら、藤田と来栖川は夢の中でもラブラブらしいぞ」

「いいなぁ。俺もあやかりたいぜ」

「……う゛ぐっ」

 沸き上がる冷やかしに、浩之が苦々しい顔をする。
 しかし、『異性から寝言で名前を嬉しげに呼ばれる』というこっぱずかしい姿を晒してしまっている為、何も言い返す事が出来ないでいた。心持ち、頬も赤く染まっていたりする。

 そんな浩之の様子に、さらに冷やかしの声が激しくなった。

 だが、それは悪意のある物ではなかった。例えるならば、仲睦まじい新婚カップルを祝福しながらもからかう様な、そんな微笑ましさを感じさせる物だった。

 教室中にどことなくほのぼのとした暖かい空気が広がる。

 しかし、その瞬間、

「……あふっ。…………ひ、ひろゆ……さん。そ、そこはダメです

 芹香の口から“砂糖の上に、生クリームとコンデンスミルク、尚かつ練乳をかけた”かの様な甘ったるい声が零れた。



「「「「「「「……………………………………………………………………………………」」」」」」」



 後に、とある生徒は語る。『あの時はピシッて空気が割れた音が聞こえた』と。

 別の生徒はこうも語る。『教室中の温度が一気に5度は下がった』と。


 とにもかくにも、芹香の一言が、教室にいた全員を石化させた事だけは間違いなかった。



 ――芹香の問題発言から15分後。

「…………ふに?

 うにゅうにゅと目を擦りながら体を起こした芹香。

 その眼前には

「?」

 未だに

「? ? ?」

 彫刻と化しているクラスメートの姿があった。


 結局、彼らの硬直は、次の授業の担当講師がやって来るまで続いたという。





 これもやっぱりおやくそく。





< おわり >








 ☆ あとがき ☆

 今はこの長さの作品が限界っす。…………ぐふっ =□○_バタリ




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