「なにか希望ある? なんでもいいから、どんどん言うてや」

 煩わしい期末試験を終え、夏休みまであと僅かとなったこの日。有意義な長期休暇を過ごす為にと、リビングにて家族会議が開かれていた。

「やっぱり夏といったら海でしょ、海! せっかくの夏なんだからバーッと泳ぎに行きましょうよ!」

「アタシは山が良いネ。キャンプなんかしたら楽しそうヨ」

でしたら、隆山へ遊びに行くというのはどうでしょう? これなら海で泳げますし、キャンプだって出来ます

「うーん。俺としては、一夏中、家でゴロゴロと……」

「それは却下や」

 うわ、早っ。
 俺的には、なかなかに良い考えだと思ったのだが。……残念至極也。






『赤の衝撃』





 ――などと、みんなでワイワイと盛り上がっていると……

「はう〜〜〜」

 部屋の隅っこの方から……

「はう〜〜〜〜〜〜」

 聞いているだけで力が抜けそうになる、脱力しきった声が響いてきた。

「……マルチ? なにやってるんだ、そんなとこで? こっち来いよ」

「ううっ。いいんです。わたしのことは放って置いて下さいですぅ〜。わたしはダメダメちゃんなんですぅ〜」

「はあ?」

「希望を抱いてその気になっても駄目な時ゃダメよ〜♪ ですぅ〜♪」

 ……………………。
 誰だ、マルチに美○憲一なんて教えたヤツは?

「おいおい、どうしたって言うんだよ?」

 なんか、えらく沈んでないか? 何かあったのか?

 ルルルーと涙を流してバックに縦線を背負っているマルチ。
 そんなマルチを半ば呆気に取られながら眺めている俺の元に、琴音ちゃんと葵ちゃんが近付いてきた。

「あの……藤田さん」

「藤田先輩」

「ん? なに?」

「えっと……その……わたしたち……マルチちゃんの落ち込んでいる理由に……」

「思い当たる節があるんです」

「え? マジで?」

「「はい」」

 俺の問いかけに二人がコクンとうなずいた。

「その理由って?」

「あのですね……。今日、先日のテストの答案が返ってきたんです」

「答案か。そう言や、俺たちも今日返してもらったな。で? それが何か?」

「えと……それでですね、その時くらいからマルチちゃんの様子が急におかしくなったんです」

「何て言うか……目に見えて元気が無くなっていったんですよ」

「ですから……わたしと葵ちゃんが思うに……思うに……」

「いや、そこから先は口にしなくていいよ。もう分かった。見当付いた。皆まで言うな」

 俺は、左右に軽く手を振って、心底言い辛そうにしている琴音ちゃんにストップを掛けた。

 つまり……まあ……その……なんだ。
 返ってきた答案を見て落ち込むってことは……いわゆる……アレだったわけだ。

 俺も琴音ちゃんも葵ちゃんも、近くにいるマルチの心情を想って口には出さないが……早い話が……

「マルチってば、アカテンでツイシなのネ!」

 そうそう、それそれ。

「……って……こら、レミィ! どストレートに言うなっ!」

「ホエ? なにかまずかった?」

「『まずかった?』じゃないっつーの!」

「ううっ。ううーーーーーーっ。どうせわたしは赤点ですぅ。追試クイーンですぅ。ちゃん様ですぅ〜〜〜」

「ほら見ろ。一段と暗くなっちまったじゃねーか」

 縦線に加えて、おどろ線までもを背負っちまってるぞ、おい。

「アラ、本当ネ。どうしちゃったんだろ?」

「……何割かはズバッと容赦なく指摘したお前の所為だって」

「エ? そなの?」

 キョトンとした顔で訊いてきたレミィに、

「「「…………」」」

 俺たちは、無言の首肯で応えてやった。

「アウ。それは悪いことをしちゃったネ」

 それを見て、レミィの顔がちょっと曇る。
 ――が、すぐに気を取り戻したらしく笑顔になると、

「あ、そうだ! だったら、アタシが責任を持ってマルチを慰めるヨ!」

 ポンと手を打ちながら、そう宣った。

「ネッ! いいでしょ?」

「…………ま、任せる」

 やる気になっている所に水を差すのも何なので、俺たちはマルチのケアーをレミィに託した。また何か余計なことを言うんじゃないかと一抹の不安は感じたが……。

「オーケーオーケー! それじゃ……ヘイ、マルチ!」

「はい〜。なんですかぁ〜〜〜?」

「なーに不景気な顔をしてるのヨ? クヨクヨするんじゃないわヨ、アカテンの一つや二つで……」

「三つですぅ〜」

「……………………」

 あ。いきなり出鼻を挫かれてやんの。

「…………えっと…………その…………」

「……………………」

「だ、だから……」

「はい?」

「……………………」

「……………………」

「ドンマイ!」

 うわ。なんにもフォローになってねーし。

「…………いいんですよぉ、無理に慰めて下さらなくたって。どうせわたしなんて……わたしなんて……わ〜た〜し〜な〜ん〜て〜〜〜」

 ああっ。マルチがどんどんやさぐれモードに。

「るーるーるるるー♪」

 ……な、何故に『夜○けのスキャット』? 確かに暗〜いイメージはこれでもかってばかりに伝わってはくるが……。
 つーか、誰だ、マルチに由紀さ○りなんか教えたヤツは?

 まあ、なんにしても、やはりレミィに任せたのは失敗だったか。

「……ったく。……それにしてもさ、マルチが赤点だなんて珍しいよな。いつもギリギリだけど、なんとか追試は免れていたのに」

「そうですね」

「そう言われてみれば……確かに」

 ポツリと零した言葉に、琴音ちゃんと葵ちゃんが同意する。

「ううっ。それにはですね〜。聞くも涙、語るも涙のお話が〜」

「…………な、なにがあったんだ?」

「あのですねぇ〜。わたしは普段から数学,国語,グラマーの三教科を苦手にしていまして……」

 ああ、よく知ってる。

「それでですね。……そんなわたしに……その三教科の出題予想箇所を志保さんが教えて下さいまして……」

 ……………………をい。よりにもよって志保ちゃん情報かよ。

「それを参考に勉強したら……したら……あう〜〜〜」

「あのなぁ。志保の情報を信じるなんて愚の骨頂だぞ」

 ヤツの持ってくる情報が正しいんだったら、アイツ自身の赤点も少しは減ってるって。

「ううっ。そうかもしれませんが……でも……普通に勉強しても、なかなか頭に入らなかったもので……」

「……もので?」

「それこそ、清水の舞台から飛び降りる気持ちでその情報に縋ってしまったんですぅ〜。
 …………あれ? みなさんどうしたんですか? 変な顔して」

「い、いや……なんでもない」

 なんつーか……マルチが国語で赤点を取ったのは、志保の所為ばかりじゃないような気がしてきた。
 言うまでもないが、正しくは『藁をも掴む思い』な。

「ま、まあ……それはともかく……」

 俺はコホンと一つ咳払いをすると、場の重い空気を振り払うように明るい口調で言った。

「なんにしても、過ぎたことで何時までもクヨクヨしててもしょーがねーよ。落ち込んだって、赤点を取っちまった事実は変わらねーんだからさ」

「そうヨ。ヒロユキの言うとおりネ」

 俺の言葉にレミィが満面の笑顔で賛同する。

「アカテンなんかでブルーになっちゃダメだヨ。もっと明るく前向きにならなくちゃ♪」

「うんうん。そのとおりだ」

「アタシだってアカテンたくさん取ったけど、ちーーーっとも気にしてないヨ」

「そうだそうだ。……って……は? 赤点たくさん?」

「ウン! アカテンいーーーっぱいネ♪」

 いや……そんなに嬉しそうに言われましても……。

「そ、そうか。それで? どの科目が赤点だったんだ?」

「えっとネ…………英語はバッチリだったヨ」

 ……………………。
 会話になってない気がするのは俺だけか?

「そ、そうじゃなくて……。俺はどの科目が赤点だったのか訊いたんだが……」

「……英語『は』完璧だったヨ」

 ……………………。
 英語『は』? あの……それって……もしかして……。

「他は全滅だったのか?」

「ウン♪ ゼンメツだったヨ。アハハ〜☆」

 だから、何故にそんなに楽しそうに言う?

「れ、レミィさん。わたしよりもたくさん赤点を取ってるのにそんなに明るく……。す、凄いです素敵です素晴らしいです。わたし、尊敬しちゃいますぅ」

 マルチ、それは誉めすぎだ。

「いや〜、それほどでも〜」

 お前も照れるな、レミィ。

「そうですよね! 赤点なんかでクヨクヨしてちゃいけないですよね!」

「そうだヨ! そのとおりだヨ!」

「ううっ、目からウロコがボロボロですぅ。生まれ変わったような気がしますぅ〜〜〜」

「やったネ、マルチ! これで一つレベルアップだヨ♪」

 な、なんかよく分からん。……が……まあ、いっか。マルチも復活したみたいだしな。
 まだ追試という大問題が残ってるけど……ひとまずはめでたしめでたし、かな。





 だが、それですんなりと終わるほど、現実は甘くはなかった。

「マルチ。あんた赤点取ったんやて? それから宮内さん。あんたは『また』かい」

「藤田家の者として、それは許されないことよ」

浩之さんに恥を掻かせるような真似は……ダメです

「これは……追試では是非とも満点を取って、汚名を返上してもらいませんと……」

 気が付くと、マルチとレミィの背後に、藤田家四賢者である委員長,綾香,芹香,セリオが勢揃いしていた。

「はわわっ」

「アウッ」

 四人の放つ異様な気に押されて、マルチとレミィが顔を引き攣らせまくる。

「スペシャルメニュー、やな」

「スペシャルメニュー、よね」

「……………………」(こくこく)

「当然です」

「はわわわわわ」

「アウアウアウ」

 マルチとレミィが助けを求めるように視線を向けてくる。
 だが、俺は敢えて気付かなかったフリをした。琴音ちゃんと葵ちゃんも目を逸らしている。
 当然だ。ここで下手なフォローをしたら、こっちにまでとばっちりが来るかもしれないからな。
 可哀想だが……二人には素直に『スペシャルメニュー』を受けてもらおう。……自業自得でもあるし。

「はう〜〜〜」

「アウ〜〜〜」

 助けがないことを悟って、ガックリと肩を落とす二人。
 そんな二人に、四賢者が追い打ちを掛ける。

「ほな、今からさっそく始めようか」

「当分は自由時間なんか無いと思ってね」

「……………………」(こくん)

「覚悟して下さい」

「はわはわはわはわ」

「アウアウアウアウ」

「……ま、仕方ないよな。……頑張れ」

 今の俺に出来ることは……恐怖で青くなっている二人にエールを送ることだけだった。

 二人が生きて夏休みを迎えられるように願いながら。





 ちなみに、その頃あかりと理緒ちゃんは……

「海外旅行なんかも捨てがたいよね」

「温泉巡りなんかも渋くてなかなか……」

 二人だけで家族会議を継続させていた。

「楽しみだね〜」

「楽しみだよね〜」

 もっとも、どういうわけか、その顔には冷や汗がダラダラと流れていたが。










 この日から数日間、藤田邸のリビングから明かりが消されることはなかった。

 時折、悲鳴や呻き声などが聞こえてきたりしたが……

 中で何が行われていたのかは、一切が謎に包まれていた。










 余談だが、マルチに情報を教えた志保はと言うと……

「な、な、な、なんで!? なんでよ!? どうして!? WHY!? あたしの情報は完璧なはずなのに!? どうしてこうなるのよーーーーーーっ!?」

 世の中の不条理を呪っていた。
 彼女の身になにがあったのかは不明だが。










< おわり >







 ☆ あとがき ☆

 通勤電車内執筆にも慣れてしまったなぁ( ̄▽ ̄;

 それはさておき。

 このSS内には、歌手名や歌のタイトルなんかが出てきますが気にしないで下さい(;^_^A

 どうしても知りたい方は、お父さんかお母さん(下手したら、おじいちゃん,おばあちゃんかも)に聞いてみて下さい(^ ^;





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