『雨の日の王子様』






 それは、とある夜のちょっとしたエピソード。




「あ、雨が降っとる」

 塾での講義が終わり、体の緊張感を解きながら何気なく窓の外を見たわたしはそう呟いた。

「うっわー、ホントだ。さいて〜」

「どうしよう。わたし、傘を持ってきてないよ」

 わたしの言葉が聞こえたらしく、周りにいた娘たちも一斉に外に目を向ける。

「家に電話して迎えに来てもらおうかな」

「わたしもそうしようっと」

 周囲で友人たちがワイワイと騒いでいる中、わたしも『どうしたものか』と思案に暮れていた。

 やっぱり、誰かに傘を持って迎えに来てもらったほうがええかな。でも、家からここまでは結構距離あるしなぁ。なのに、わざわざ呼び出すのは悪い気がするし……。確か、近くにコンビニがあったから、そこでビニール傘でも買って急場をしのげば……。

「それにしてもさぁ、迎えに来るのが家族じゃなくて素敵な彼とかだったら、この雨もナイスなシチュエーションになるのにねぇ。あーあ、その点、保科さんは羨ましいわ」

「……へっ?」

 考え事をしている最中にいきなり話を振られ、わたしはマヌケな声で応えてしまった。

「保科さんにはさ、きっと王子様のお迎えがあるんじゃないの?」

「は? 王子様?」

「そうそう」

「王子様って誰のことや?」

「またまた〜、とぼけちゃって〜」

「藤田くんって言ったっけ? 彼のことに決まってるじゃない」

「なっ!?」

 藤田くんが王子様!?
 ……に、似合わん。はっきり言って似合わな過ぎる。

「あれが『王子様』って柄かい」

「そう? けっこうイケてると思うけど?」

「うーん」

 イケてるかイケてないかはともかく……藤田くんを王子様に例えるなんて、それは『王子様』という言葉に対する冒涜やろ。
 そんなの、天が認めてもわたしは認めん。絶対に認めん。

 我ながら、ほんのちょっぴりひどいことを考えているとは思うが、本心なのだから仕方がない。

 まあ、それはさておき。

「それにしても、なんであんたらが藤田くんのことを知っとるん? 面識あったっけ?」

「面識なんかなくたって知ってるわよ。彼って、この辺じゃ有名人だし」

 彼女の言葉に、周りの娘たちも『うんうん』とうなずく。

「そ、そうなんか」

 有名人って……どんなことで有名なのやら。
 非常に興味はあったが……怖くて尋ねることは出来なかった。何て言うか、思いっ切り予想通りの答えが返ってきそうだったので。

「ま、まあでも……藤田くんが迎えに来るようなことはないと思うわ。彼、けっこう不精者だから」

「ふーん。そうなの?」

「まあな」

「へぇ〜。さっすがは保科さん。藤田くんのことなら何でも分かってるのね」

「別になんでもってわけじゃあらへんよ。だけど、わたしも一応は彼の……って、なんやねん、その顔は?」

 ふと気が付くと、友人たちの顔にはニヤニヤとしたイヤらしいとも言える笑みが貼り付いていた。

「『一応は』だってさ〜」

「クールぶっちゃってるよねぇ。家に帰ったら、無茶苦茶ラブラブしてるくせに」

「まあまあ。それは保科さん流の照れ隠しだってば。察してあげようよ」

「あ、あんたらなぁ。……まったく」

 好き勝手に言ってる友人たちに対して深いため息をつくと、わたしは鞄を手に取り椅子から立ち上がった。

「わたし、もう帰るわ。あんまり遅くなるとみんなが心配するからな。あんたらもバカなこと言ってないでさっさと帰り」

「はいはい、了解でーす。またね、保科さん」

『バイバ〜イ』

「うん、またな」

 別れの言葉をかけてくる友人たちに、わたしは軽く手を振り返してからその場を後にした。





「うわ。けっこう強くなっとるし」

 勢いを増している雨足に、わたしは玄関口で少し途方に暮れてしまった。

「これじゃ、コンビニに着くまでにずぶ濡れになってまうなぁ」

 仕方ない。悪いけど、誰かに傘を持って迎えに来てもらおう。

 そう思い、備え付けの公衆電話の方に足を向けた。

 その瞬間、

「よっ! 委員長。待ってたぜ」

 背後から、声をかけられた。

「えっ?」

 驚きながら振り返ると、そこには、あまりにも見慣れた顔があった。

「ふ、藤田くん。ど、どうしてここに?」

「どうしてって……。迎えに来たに決まってるじゃねーか」

 わたしの問いに、藤田くんは『ほら』と傘を差し出しながらにこやかに答える。
 
「そ、そう。あ、ありがと」

 傘を受け取りながら、わたしは、思わず先程の会話を頭の中でリフレインさせていた。

『保科さんにはさ、きっと王子様のお迎えがあるんじゃないの?』

『は? 王子様?』

『そうそう』

『王子様って誰のことや?』

『またまた〜、とぼけちゃって〜』

『藤田くんって言ったっけ? 彼のことに決まってるじゃない』

 なんか……さっきは絶対に認めないなんて思っとったけど……

「んじゃ、早く帰ろうぜ。みんなも待ってる」

 現金なもので、実際に迎えに来てもらっちゃったりすると、それも有りかな、なんて思ってしまう。

 それもこれも、これ以上はないというくらいのベストなタイミングで登場する藤田くんが全部悪いんや。
 『こうだったらええのに』と望むことを、いつもいつもいっつもサラッと叶えてしまう藤田くんがいけないんや。

「そやね。帰ろっか」

 ……いや……やっぱり、わたしも心のどこかで思っていたのかもしれんな。

 わたしに……わたしたちにとって藤田くんは……





「なっ、王子様♪」










< おわり >






 ☆ あとがき ☆

 浩之が王子様。

 自分で書いていても、少しイメージが違うなぁとか思ったり(^ ^;

 雅史とかなら似合うかもしれませんけどね。





戻る