『八月下旬』





『残暑お見舞い申し上げます。

 まだまだ暑い日が続きそうですので、お体にはどうかお気を付けて。

 また今度、どこかへ遊びに行きましょう。

                 長瀬祐介 』


 最後の一枚を書き上げて、僕は「ふぅ」と息を零した。
 肩の凝りを軽くトントンと叩いてほぐしながら、僕は重ねられたハガキの束に視線を送る。

 いやはや、何とも大量に書いたものだ。

 書きも書いたり数十枚。正確な数なんか、既に把握していない。
 浩之の所、耕一さんの所、冬弥さんに和樹さん、健太郎さんに芳晴さんに月島さん。エトセトラエトセトラ。
 各家庭に一通でいいのに、ご丁寧に全員宛に書いてしまった。しかも、内容も全部変えて。

 自分の律儀さに呆れ返る。

 だけど、悪い気はしなかった。便りを送ることの出来る友がいる。それは、とても喜ばしいことだと思うから。

 ……にしても、友達、か。短期間の間に随分と増えたよなぁ。

 何気なく、ハガキの束から無造作に一枚引き抜く。宛名は『藤田浩之様』。

 浩之。

 同い年という事もあって、男友達の中で一番バカ話をしやすい相手、羽目を外せる相手である。

 それを証明するかのように、ついこの間も電話で非常に盛り上がった。
 その時の話題は……体操服はブルマの中に入れるべきか入れざるべきか。
 いやぁ、あれは白熱した。熱くなりすぎて、思わず3時間もバトルを繰り広げてしまったくらいだ。
 ちなみに、次回のテーマは『めがねっ娘がエッチの時にメガネを外すのは是か非か』に決まっている。この議題も実に萌え……もとい燃えそうだ。非常に楽しみである。

 …………一応断っておくが、僕はめがねっ娘――つまりは瑞穂ちゃん――には一切手を出していない。誤解の無きようお願いしたい。……いや、マジで。

 まあ、それはさておき。

 とにもかくにも、僕にとって浩之とは、肩の力を全部抜いて、飾り気無しで付き合える相手なのである。
 こんなのは滅多にいない。他には、沙織ちゃんと瑠璃子さんくらいだ。

「……って、そう言えば……」

 瑠璃子さんの名前が頭に浮かんだ瞬間、不意に思い出した。

 僕と浩之が出会ったのは、瑠璃子さんが原因だったんだよな、と。



 ――ある日の事だった。

 瑠璃子さんは、いつもの様に学校の屋上で電波を集めていた。というよりは、精神を飛ばして、電波の海を漂っていた。
 その日は調子が良かったのか、普段に比べて意識をかなり遠方にまで飛ばしていたらしい。

 そんな時だった。

 瑠璃子さんの意識と誰かの意識が、唐突に完全に繋がったのである。触れ合ったなんて生易しいものではなく、瑠璃子さん曰く、文字通り『繋がった』とのことだ。
 ラジオのチューニングがピタッと合った時のことを想像してもらえば分かりやすいだろう。雑多のノイズの中を彷徨っていたと思ったら、急にクリアな音声が聞こえてきた。そんな感じだ。
 尤も、限りなく広大な電波の世界で他者の意識と綺麗に『繋がる』なんて可能性はラジオの比じゃないけど。



「……あれ? ぶつかっちゃったみたいだね。ねぇ、わたしの声、聞こえる?」

……はい

「そう。……あ、わたしは月島瑠璃子って言うの。あなたは?」

来栖川……芹香です

「へぇ。良い名前だね」

ありがとうございます



 とにかく、偶然が重なり合った結果の衝突事故みたいな出会い以来、瑠璃子さんとその相手――来栖川芹香さん――は友人として親交を深めていった。
 メールフレンドならぬ電波フレンドとして。
 まあ、相手からは送ってこれないらしいので、多少の不便はあるみたいだが。

 ともあれ、瑠璃子さんと芹香さんが知り合った以上、僕と浩之が知り合いになるのは必然だったのだろう。
 実際、程なく僕らは出会う事になった。
 そして、家族絡み・友人絡みの交友関係がスタートしたのである。



 ――で、今に至るというわけだ。



 それにしても……。

 僕は思う。

『人が人を招き、縁が縁を呼ぶ』

 誰が言ったかは忘れたが、その言葉は本当だな、と。

 そして、こうも思った。

『友達の友達は皆友達だ』

 むかし流行ったこの言葉も満更ウソじゃないな、と。

 浩之たちに出会ったことで耕一さんたちと知り合いになった。
 耕一さんたちと知り合ったことで冬弥さんたちと友達になった。
 冬弥さんたちと友達になったことで和樹さんと……。

 それはもう、面白いように縁が結ばれていく。積み重なっていく。

 僕は、それを好ましいと思っている。次は、どんな出会いがあるのだろうと期待すらしている。友達が増えるのが楽しくてしかたないと感じている。

「変われば変わるものだね」

 そんな言葉が思わず口を突く。顔に苦笑を貼り付けて。

 以前の僕は、友人など不必要だと思っていた。
 そして、実際その通りだった。

 最低限の『知人』がいれば十分。それ以上に踏み込んだ存在など、僕にとっては不要だった。意味のないものだった。

 なぜなら……

 僕にとって、この世界は、出来の悪いモノクロ無声映画みたいな物だった。
 色も無く、匂いも無く、音すら無く。にも関わらず、延々と繰り返される三文映像。
 故に、そこに存在する人々など、僕にとっては無機質なフィルムに焼き付けられただけの影法師でしかない。
 決められた道程をなぞるだけの哀れな哀れな道化たち。誰にも操ってもらえない糸の切れたマリオネット。一人芝居に一人芝居で返す、独りだということが分かっていないパントマイマー。

 映画に入り込めない――観客にすらなれない――僕とは違う世界で蠢く滑稽な主人公たち。

 とてもじゃないが、好んで近付こうなんて思わない。
 近付いたところで、何のメリットも生じない。

 当然だろう。彼らは映画が続く事を望み、僕は終幕を望んでいたのだから。



 それなのに……



「変われば変わるものだね」

 僕は、再度口にした。
 と同時に、ハガキを一枚手に取る。



『残暑お見舞い申し上げます。

 暦ではもう秋……のはずなんだけど、まだまだ暑いね。

 ホント、イヤになっちゃうよ。

 ……って、もしかして、今は暑さどころじゃないかな?

 たぶん、それ以上に大きな問題を抱えてそうだもんね。

 ま、頑張って8月31日までには終わらせてよ。

 僕もあたたか〜い目で見守っててあげるから。

 それじゃ、『宿題』との格闘、しっかりね。なんとか勝ち抜くことを祈ってるよ。

                       長瀬祐介



 P.S.

 どうしてもダメだったら連絡してよ。すぐにヘルプに駆けつけるからね』



 明らかに、他の人へのハガキよりもくだけた内容。
 宛名には『新城沙織様』と書かれていた。

 僕の前にいきなり現れた、明るくて愛嬌のある女の子。
 元気でしっかり者、それでいて寂しがりやで恐がりの女の子。



 僕に、世の中って意外と楽しいんだよ、と教えてくれた天使の様な女の子。



 そんな彼女、沙織ちゃんとの出会いによって僕は変わった。変えられた。根底から創造し直された。

 知らぬ間に。否応もなく。

 結果……

 モノクロだった画面が色付き、人の声や鳥の囀りなども聞こえるようになった。花の香りや頬に触れる風の流れを感じられるようになった。
 この『世界』もそんなに悪いもんじゃないな、なんて思うようになった。

「ホント。変われば変わるものだよ」

 この世の事をずっと下らないと感じていた僕が、今では『好ましい』なんて思っているのだから。

 それは、精神的孤高からの堕落と言えるかもしれない。

 以前の僕と今の僕。
 どちらが『ヒト』という種としての正しい姿なのか。
 どちらが『ヒト』として望ましい存在なのか。
 そして……どちらが『幸福』であるのか。

 正直言って分からない。

 だけど。

 これだけは言える。

 以前の僕には戻る気はない。

 ……それだけで……それだけで、僕自身への解答としては十分だった。





「さってと。それじゃ、投函してこようかな」

 僕は、ハガキの束――積み重ねた絆の証――を持って立ち上がった。

 ――その瞬間、

 Rururururu♪ Rururururu♪

 僕の携帯が鳴り響いた。

「はい。もしもし。長瀬です」

「祐くん? あたしあたし。沙織だよ」

 ……あ……なんか猛烈にイヤな予感がする。

「あのさぁ……。今日、ヒマ?」

「……ヒマと言えばヒマだけど……何か用?」

 イヤな予感倍増。

「お願ーーーい。助けに来てーーーっ! このままじゃ1日までに間に合わないよーーーっ!」

 …………予感、ものの見事に的中。

「はいはい。分かったよ。すぐに行くから待っててね」

 苦笑しながら僕は応える。

「ありがとーーーっ。恩に着るね。あとでうーんとサービスしちゃうから。それじゃ!」

 やれやれ。何のサービスをするつもりなんだか。
 僕は沙織ちゃんのハイテンションさに多少呆れながら携帯を切った。

「相変わらず元気が有り余ってるなぁ。……沙織ちゃんらしいけど」

 ……にしても、

「さっそくヘルプに呼ばれちゃったよ。無駄になっちゃったなぁ、この残暑見舞い」

 沙織ちゃん宛てのハガキを見ながら苦笑いを浮かべる。

「ま、いっか。これはこれで楽しい反応が見られそうだしね。直接手渡してやろうっと」

 イタズラを企む子供の様な表情で言う。

「……うんうん。やっぱり些細な事で笑えたり、沙織ちゃんを思い切りからかえる『今』の方が……」

 そして、僕は強く、

「断然良いな」

 再認識した。



 夏休みも残りわずかとなった八月下旬。



 今日のこの日も『世界』は面白かった。










< 了 >






 ☆ あとがき ☆

 今回のSSは祐介がメイン。『たさい』の世界に於ける祐介の話という、普段とはちょっと趣の異なる作品です。

 最初はもっと長かったのですが……くどくなってしまったのでバッサリとカットです(;^_^A

 閑話休題。

 祐介というキャラはポジティブ思考もネガティブ思考もこなせるので良いですね。

 書いていて楽しかったです(^^)

 また何時か、祐介(及び『雫』キャラ)の話を書いてみたいと思います。

 その前に、『たさい』世界での耕一や和樹たちの話を書くかもしれませんけど(^ ^;

 …………まだ、あくまでも……書いて『みたい』とか書く『かも』ですが( ̄▽ ̄;







戻る