藤田邸のバスルームに置いてある女性の敵、体重計。

 なんとなく気が向いて、久方ぶりにその上に乗った瞬間、

「……………………へ?」

 わたしは、愕然としてしまった。

「…………ふ、増えてる。…………しかも…………3キロも!?」

 う、うそ。

 目の前に突き付けられた数値を受け入れられずに何度も目を擦る。
 だが、もちろん数字は変わらない。

「え、えっと……。こ、これはもしかして太ったのではなくて成長したのでは? そ、そうだよ。きっとそうに違いないよね」

 乾いた笑いを浮かべながら自分に言い聞かせるように呟くと、一縷の望みをかけて、身長やその他諸々を備え付けの器具で測定していった。

 しかし、現実は残酷だった。



 身長 ――― 伸びてない

 バスト ――― 現状維持

 ヒップ ――― 変動無し

 ウエスト ――― …………………………



 頭の中で『ガーーーーーーン!』という効果音が派手に鳴り響いた。

「み、見事なまでにお腹にだけお肉が……」

 思わず盛大によろめいてしまう。

「……まあ、確かに思い当たることはあるけど。
 何と言っても、以前に比べて食レベルは格段に向上してるし、新聞配達とかぬいぐるみに入ったりとかの肉体労働はしなくなっちゃったし……」

 そこまで言って、わたしは『ふぅ』と小さくため息を洩らした。

「太っても……不思議じゃないよね」

 ガックリと頭が落ちる。

 ―――が、すぐに体勢を立て直すと、ググッと拳を握りしめて、

「ダメ。これじゃダメよ。
 ……決めた。わたし、痩せる。絶対に痩せるわ!」

 と、決意を込めた声で宣言した。

 1キロくらいなら誤差として自分に言い訳ができるかもしれない。だけど、3キロじゃとても言い逃れはできない。

 だから……

「ダイエットよ。ダイエットを敢行するわ!」






『たいじゅ〜』





「なるほど。それで、わたしに相談を持ち掛けてきたわけですか」

「うん。やっぱり、こういう時に一番頼りになるのはセリオちゃんだしね」

 善は急げ。思い立ったが吉日。

 古来からの格言に倣って、わたしは即刻行動に移そうとした。
 しかし、具体的にどのような事をすれば効果が出るのかよく分からなかった。

 そこで、藤田家一の知恵袋であり、多分野に於いてのスペシャリストになれるセリオちゃんに助力を請うたのだった。

「セリオちゃんはどんな方法が効果的だと思う? やっぱり、食事量を減らす事かな?」

「いえ、その方法はお薦めしません」

 わたしの出した一般的な案を、セリオちゃんはあっさりと否定した。

「なんで?」

「それですと、逆効果になる場合があるのです。実は『太りやすい体質』を作りやすい方法なんですよ」

「え!? そうなの!?」

 驚きのあまり、必要以上に大声を上げてしまった。

「はい。そして、その体質になってしまいますと、ダイエット食の代表格と言われているコンニャクなどを食べても太ってしまう様になります。
 これは、体中の細胞が飢えた状態に陥り、僅かな栄養分でも貪欲に蓄えようとするからです。
 その為、この方法はリバウンド率も高いのです」

「な、なるほど」

 呆けた様な声でそれだけを返す。

「ですから、単純に摂取カロリーを減らすだけのやり方は避けた方がいいと思いますよ」

「そ、そうだね。だったら、スポーツは? 痩せる為には汗を出すのが効果的だって言うけど」

 わたしの脳裏に、綾香さんのナイスプロポーションと、葵ちゃんのスレンダーなボディが浮かび上がった。

「仰る通りです。ですが、スポーツをしたからと言って必ずしも痩せるとは限りません。それどころか、過度な鍛錬は逆効果ですよ」

「へ?」

「スポーツで体を鍛えれば、確かに体脂肪率は下がります。ですが、筋肉が付くことで、体重はかえって重くなる可能性もあります」

 筋肉は脂肪よりも重いですからね。

 さらに、セリオちゃんはそう付け加えた。

「うぐっ。そ、それなら、いったいどんな方法がいいのかな?」

「そうですねぇ」

 わたしの問いに、セリオちゃんは『やはり……』と前置きしてから、

「余剰カロリーの摂取……つまりは間食を抑え、尚かつ適度な運動をしてカロリーを消費させる事が一番効果的だと思います」

 そう答えた。

「そっか。そうだよね。無難な方法だけど、それが一番だよね」

「はい。千里の道も一歩から、ですよ。
 まあ、手段を選ばなくてもいいのでしたら、いくつか方法がないわけではありませんが……」

「そなの? 例えば?」

「一週間の間、パイナップルだけを食べ続けるという味気ない方法ですとか……唐辛子を大量摂取して代謝を強引に高め、無理矢理に汗を噴き出させるという非常に体に悪い方法ですとか……遠赤外線により、脂肪を文字通り燃焼させる方法ですとか……」

「あ、ありがとう。もういいよ」

 いろいろな意味でデンジャラスな物を感じ、わたしは軽く手を挙げてセリオちゃんの話をストップさせた。

「やっぱり、わたしは地道に気長にいくよ。痩せるという事に意識を傾けさせすぎて、体を壊しちゃったりしたら元も子もないし」

「ですね。同感です」

 セリオちゃんが優しい笑みを浮かべて肯定する。

「うんっ」

 わたしも、セリオちゃんに笑顔を返す。

 ―――が、

「あ。そ、そういえば……」

 次の瞬間その表情が凍り付いた。

「? どうかしましたか?」

「え、えと……あの……何と言うか……今、唐突に思い出したんだけど……」

「はい?」

「太る時はお腹から太るって言うけど……痩せる時は胸から痩せるって言うよね」

 自分の薄い胸に手を添えながらポツリとつぶやく。

 これ以上は流石に減らないとは思うけど……万が一って事もあるし。
 もしもそんな事になったら……わたし、ショックで寝込んじゃうかも。

「ど、どうしようセリオちゃん! 体重が減らせて胸が減らない、そんな都合のいい方法はないかな!?」

 わたしは必死の形相でセリオちゃんに尋ねた。

「……ない事は……ないです」

 そんなわたしに多少気圧されながらもセリオちゃんが答える。

「ホント!? ホントなの!?」

 セリオちゃんの両肩を掴んで、ガックンガックン揺らしながら問い掛ける。

「ほ、ほ、ほ、本当で、で、で、すすす。ですががが、こ、この方法には、一つ大きななな問題があるんですすすすす」

「問題? なにそれ?」

「は、はいいいい。そ、そ、それはですねねね。……って、そ、そ、その前ににに、そろそろ解放してほしいのですががががが」

「へ?
 ……あっ、ごめんね!」

 セリオちゃんの指摘を受け、わたしは慌てて振動を止めた。

「あう〜〜〜」

 その後も、セリオちゃんは暫くフラフラと前後に揺れていたが、なんとかそれが治まると、先程のわたしの問いに答え始めた。

「この方法には致命的な問題が存在します。それはですね、理緒さんが耐えきれない可能性が非常に高いということです」

「た、耐えきれない? そんなに厳しいの?」

 真剣な目で言うセリオちゃんの言葉に、わたしはちょっと不安を感じてしまう。

「はい。ですが、効果は覿面だと思います。
 ……どうします? チャレンジしますか?」

「わ、わたしは……」

 少しの間熟考した。体重の事、胸の事、その他諸々のいろいろな事を。

 そして……その結果、

「する。チャレンジするよ」

 わたしは、そう答えを出した。

「分かりました」

 深くうなずくセリオちゃん。

「……でしたらお教えします」

「うん。お願い」

 姿勢を正してセリオちゃんの言葉を待つ。

「大量の汗をかいて、カロリーを消化出来て、尚かつ胸も薄くならない方法。それは……」

「そ、それは?」

「それは……」





○   ○   ○





「……と、いうわけなの。お願いね、藤田くん」

「な、なにが『と、いうわけ』なんだよ?」

「まあまあ。細かい事は気にしないで。とにかく、藤田くんは『本気』を出してくれればいいの」

「へっ? ほ、本気? いいの? マジで?」

「うん。大マジ」

「そ、そっか。それじゃ、ホントに容赦しないからな。いいんだな?」

「うん♪」





○   ○   ○





 セリオちゃんの言う事は正しかった。

 これでもかって位に汗を流した。はっきり言って、体中からあらゆる水分を絞り尽くしたと思う。

 カロリーだってたくさん消費したはず。

 胸だって、いっぱい刺激してもらったから、大きくなる事はあっても薄くなる事はないと思う。



 でも……



 代償として、わたしは次の日から二日間起きあがる事が出来なかった。



 毎回こんな事をされたら、確かに体重は減るだろう。確実に。

 だけど……こんなの、耐えきれるわけないよ。わたし以外の人も絶対に無理!

 痩せる云々の前に死んじゃうってば。



 わたしは、このダイエット法だけは、二度と使うまいと堅く心に誓うのだった。



 ちなみに、藤田くんがわたしにどの様な事を施したかは……絶対に内緒である。



 …………ポッ






< 終わり >





 < おまけ >

「浩之ちゃんって……やっぱり……」

「まったく、浩之って……」

「はぁ。やれやれ、やな」

「まさか、ここまで人間離れしているとは……」

「ま、ヒロユキだしネェ」

「そうですね。藤田さんですしね」

「しょうがないですよ。藤田先輩ですから」

「…………」(こくこく)

「わたしも同感ですぅ」










「うがーーーっ! 見るなーーーっ! 俺をそんな目で見ないでくれーーーーーーーーーーーーっ!!」





< おまけおわり >





 ☆ あとがき ☆

 教訓:疲れ切っている時に、電車内執筆はやめよう。絶対に乗り物酔いするから(;;)>我








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