体育館に洪水の様な歓声が溢れている。
その中で俺は……
「うらっ!」
空を駆けるかの如くジャンプして、豪快にダンクシュートを決めた。
その瞬間、ピピーッと甲高い笛の音が響き渡り、試合終了が告げられた。
「ナイスシュート! 浩之!」
俺へのラストパスを出した雅史が走り寄ってきた。
「ナイスアシストだったぜ、雅史」
俺は雅史に親指を立てて応える。
『Ballspiel』
スポーツの秋。
俺たちの学校では、球技大会が大々的に開催されていた。
通常の体育祭とは異なり、これは完全にクラス対抗となっているので毎回異様なまでに盛り上がる。ある種、我が校の一大イベントと言えた。
種目は男子がバスケとサッカー。女子がバスケとソフトボールとなっている。
各競技毎に二試合ずつ行い、総合勝利数の一番多いクラスが優勝となるルールだ。
ちなみに、最高勝利数である8勝を複数のクラスが挙げた場合は同時優勝となる。決定戦等は行われない。
この辺は時間の都合だろう。
―――で、俺と雅史はバスケ組だった。
「68対40と59対32か。二試合とも意外と楽勝だったな」
自販機で買ったカフェオレにストローを刺しながら、俺が試合の感想を口にする。
「……うん。正直言って、もうちょっと苦戦するかと思ったけどね。みんな、バスケに関しては素人だし」
同じく自販機で購入したスポーツドリンクを一口含んでから雅史が応えた。
「だな」
「でも、けっこう良いメンバーを揃えたからね。それを考えれば、この結果も不思議ではないかも」
バスケチームは完全に勝利最優先の編成だった。
各運動部のレギュラーだけを集めて作られたチームなのだ。
このチームが編成された時に、こんなことを言ったヤツがいた。
『これだけのメンバーを集めたんだから、絶対に勝ちなさいよ。もし、負けたりなんかしたら許さないから。そんなことになったらお仕置きだからね』
……誰かは……一応伏せておく。
「まあ、何にしてもきっちり2勝を挙げたんだ。取り敢えず、これで怖い怖いお仕置きは避けられたな」
「そうだね。ホッとしてるよ」
俺が冗談めかして言うと、雅史が軽く笑みを浮かべた。
「甘ーい! この程度で満足しているとは大甘だぞ!」
その時、俺たちの後ろから、そんな叫び声が聞こえてきた。
何事かと思って振り返ると、そこには……
「こんなしょっぱい試合をしているようではダメだ! ダメだ! ダメなんだーーーっ!」
一人でいい具合にヒートアップしている矢島がいた。
「なんだよ。なにがダメなんだよ? 俺らはちゃんと勝っただろうが」
「勝ち方に問題があるんだ。揃いも揃ってみっともないプレーをしおって。お兄さんは悲しいぞ」
そう言うと、矢島はわざとらしく目元に手を添えた。
「誰がお兄さんだ。つーか、みっともないプレーで悪かったな。仕方ねーだろ、俺たちは全員素人なんだから。バスケ部エースのお前と一緒にするなよ」
「くっ。この俺がいれば、こんな無様な姿は見せないものを……。やはり、俺が出場するべきだったか」
「……人の話を聞けよ、こら。会話が噛み合ってねーだろうが。
てか、『俺が出場するべきだったか』じゃねーっての!」
不公平を無くす為に、バスケ部の人間はバスケに、サッカー部の人間はサッカーに出られない決まりになっていた。
そのルールが無かったら、雅史は間違いなくサッカーに出場していただろう。
そんなことは矢島も理解しているはずだが……。
「気にするな、藤田。ルールは破る為にある。それに、『無理を通せば道理が引っ込む』『天上天下唯我独尊』と言うじゃないか。はっはっはっ」
「待てこら。とんでもない事を宣っておきながら、なにを爽やかに笑ってやがるんだ、お前は」
一瞬。ほんの一瞬だが……本気ではっ倒してやろうかと思った。
「まあまあ」
危険な空気を察知したのか、それまで会話に加わらずにおとなしくしていた雅史が間に入ってきた。
「ところでさ、矢島たちサッカー組も一試合終えてたよね」
フォローのつもりか、雅史が話題を変える。
「ああ」
「どうだった? 勝った?」
期待を込めた眼差しを向けて雅史が尋ねた。
それに対して矢島は……露骨に顔を逸らして答えた。
「やっぱり、ボールっていうのは手で扱う物だよな」
……負けやがったな。
矢島のセリフからそれを察した。
「ふっ。俺にはバスケが似合ってるのさ。俺みたいなビッグな男には、ワールドワイドなスポーツが相応しいのさ!」
矢島は、まるで自分に言い聞かせるかのように熱弁を振るう。
なんか……ちょっとだけ不憫だった。
何気に負けた事がショックだったのかもしれない。
こういう時は下手な慰めは逆効果。だから、俺はそっとしておいてやろうと決めた。
だが、そういう事に気付かない者もいる。
本人には悪気がなくても、見事なまでに追い打ちをかけてしまう者もいる。
この時の雅史が、まさにそれだった。
「サッカー以上にワールドワイドな球技はないと思うけど……」
「……………………」
「……………………」
「サッカーに比べたら、バスケって結構マイナースポーツだし」
しかも、ご丁寧にトドメまで。
「うわーーーーーーっ! バスケはマイナーじゃねーや! どちくしょーーーーーーっ!! 」
そう絶叫すると、矢島は太陽に向かって走っていった。
「……あーあ。行っちまったよ」
うんうん。気持ちは分かるぞ、矢島。
「? どうしたんだろうね?」
「……………………お前って」
意外と残酷なヤツかもしれないな。
俺は、雅史に対する評価をちょっとだけ改めることにした。
―――ちなみに、それから数十分後、
雅史の言葉で受けたショックを晴らすかの様に、矢島は試合で暴れまくる事となる。
3得点2アシストの大活躍で勝利の立て役者となるのであった。
「ふっ。ふっふっふっ。サッカーでも大活躍をしてしまう。やはり、俺は天才だな。これだったら、セリエAでも通用するぜ。いっそのこと、サッカーに転向するのもいいかもな。
……い、いやいや、ちょっと待て。俺の事を心待ちにしているNBAの各チームを見捨てる気か? 多くのファンだって俺の事を待ってるんだぞ。
……う、うむむ、困った。本当に困ったぞ。俺はいったいどうすればいいんだーーーっ!? 天才は辛いぜ、辛すぎるぜーーーーーーっ!!」
まあ、まったくの余談だが。
閑話休題。
「しっかし、妙に早く終わっちまったな、俺たち。なんか、試合の組み方にすげー偏りがある気がするぞ」
「まったくだね。まだ一試合もこなしていないクラスだってあるのに」
「やれやれ。おかげで、いきなりどヒマになっちまったな。これからどうする?」
途方に暮れた様な顔をして雅史に問い掛ける。
「どうするって……訊くまでもないんじゃないの?」
すると、雅史はすぐさまそう返してきた。
「あかりちゃんたちの応援。浩之だって、最初からそのつもりだったんでしょ?」
「まあ、な。……って、お見通しですかい」
「うん。だって、僕は藤田浩之研究家だからね」
至極真面目な顔で雅史が宣う。
ちょっとだけ……背筋がゾッとした。
「…………おい。マジで言ってるのか?」
「もちろん冗談だよ」
「…………。
す、するとなにか? 今のはいわゆる『雅史ギャグ』だったわけか?」
「そうだよ。……あれ? 面白くなかった?」
「……………………」
俺は軽い頭痛を覚えた。
まさか、『あかりギャグ』に匹敵する物がこの世に存在しているとは思わなかった。
「……いや……まあ……何と言うか……。
と、とにかく……んなことより、応援に行くんならさっさと行こうぜ」
予想外の寒い『ギャグ』の直撃を受けて激しい脱力感に襲われたが、それでも何とか気力を振り絞って、俺は雅史を促した。
「そうだね。行こうか」
「ああ」
さってと、誰の所に行こうかなっと。
よし、葵ちゃんたちの所に行こう
綾香たちの所にでも行くか