『惹かれた理由』



 休み時間のこと。

「ねえ、綾香さん?」

「ん?」

「綾香さんは、なんで藤田くんを選んだの?」

「へ?」

 友人からの質問に、あたしは間抜けな声を発してしまった。

「なんでって……あたしと浩之が付き合ってるのって変? おかしい?」

 問いの意図が掴めずに逆に尋ね返す。

「ううん。そんなことないよ」

「とってもお似合いだと思うし」

「そ、そう。あ、ありがと」

 ちょっと照れてしまった。頬が色付いていくのが自分でも分かる。

「でもさ、綾香さんだったら、交際を申し込んでくる人は多かったんじゃない? それこそ、選り取りみどりな感じで」

「なのに、どうして藤田くんを選んだのかなぁと思って。こう言っちゃ悪いけど、藤田くんって見事なまでに庶民じゃない」

「どこに惹かれたの?」

「どこって言われても……」

 ……どこだろ?

 浩之のいったいどんな所にあたしは惹かれたのだろう?

 あたしは腕を組んで真剣に考え込んだ。

 ルックスが好みだったから?

 明るい性格?

 さりげなく見せる優しさ?

 どれも正解ではある。それは間違いない。ただ、正解ではあるけど……一番でもない。

「たぶん……あたしが浩之に惹かれた最大の理由は……」





○   ○   ○





 それは、河原での試合から数日が過ぎた頃の事だった。



「そういやさ、お前ってエクストリームのチャンピオンなんだってな」

「まあね」

「この間、クラスのダチに雑誌を見せてもらってさ。驚いたぜ、綾香って格闘技界のアイドルだったんだな」

「……まあ、ね」

 不意に、あたしの心に一抹の不安が生じた。

 周りの人たちの殆どは、あたしのことを『来栖川の御令嬢』『エクストリームの女王』といった肩書でしか見てくれない。『来栖川綾香』というあたし自身を見てくれる人は非常に少ない。

 もしかしたら、浩之もそうなってしまうかも。

 胸に怖さが沸き上がってくる。

「なーに? 憧れちゃった? なんならサインでもしてあげようか? 今ならサービスであたしとの握手付きよ♪」

 その恐怖心を無理矢理に抑えこんで、あたしはわざと戯けた口調で訊いた。

「はぁ? なーに調子に乗ってんだ。いらんいらん。なんでお前のサインなんか貰わなきゃいけねーんだ」

 あたしの申し出を、浩之は手をパタパタと振ってあっさりと断った。

 そして、心底呆れたように、

「世間の奴らにとっては綾香はアイドルかもしれねーけど、俺にしてみたらお前は単なる変な奴でしかないんだぜ。そんなののサインなんかいるかよ」

 そう言葉を続けた。

「なによぉ。ひっどい言い草ねぇ」

「仕方ないだろ、事実なんだから」

 少しくちびるを尖らせて怒ったように言うあたしに、浩之は顔色一つ変えずにきっぱりと言い切った。

「ふーんだ! あとで欲しくなっても絶対にあげないからね! 後悔しないでよ!」

 不機嫌そうに声を荒げるあたし。でも、本心は全くの逆だった。

 浩之の変わらない相変わらずさを見て、あたしは心から安堵していた。抱いていた不安が綺麗に霧散していく。

 やっぱり浩之は浩之だった。

 あたしの好きな、くだらない肩書なんかには目もくれない、いつもの飄々とした浩之だった。

「まあ、握手はちょっと魅力だけどな。でも、サインはマジでいらねーって。つーか、どっちかと言ったら、俺がお前にサインしたいくらいだし」

「は? 浩之があたしに?」

「ああ」

 そう言うと、浩之はニヤリとしたエッチ笑みを浮かべて、

「首筋とか胸元とかその他諸々いろんな所とかに。それはもう思いっ切り」

 ―――と、宣った。

「はい?
 …………………………………………。
 ……っ!?」

 思わず絶句するあたし。顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

 それは……つまり……あたしと……あ、あれを……し、したいってこと?

「だはは。なーんてな。
 ……って……お、おい」

「あんたってヤツは……い、いきなり何を言い出すかと思えば……」

「ち、ちょっと待て! なんで拳を堅く握りしめてるんだよ!?
 落ち着け! ただの冗談なんだから落ち着けって!!」

 後ずさりしながら、浩之は必死にあたしを宥めようとする。
 だけど、頭に血の昇ったあたしの耳には、浩之の言葉など入ってこなかった。

「浩之のどスケベ! そもそも、そういうのはサインじゃなくてマーキングって言うのよ!
 この……大ばかーーーーーーっ!!」

「わー、待て待て! タンマ! ロープロープ!」

「問答無用! エクストリームにはロープブレイクなんか存在しないのよーーーっ!!」

「あべしっ!」

 気が付いた時には、あたしの黄金の右が浩之のボディーにめり込んでいた。



 まったくもう。そ、そういうことは……もっとムードとかTPOとかを考えて言いなさいよね。

 そしたら……。

 崩れ落ちていく浩之を眺めながら、あたしはそんな事を考えていた。

「ホントに……しょうがないヤツねぇ」

 浩之は、どこまでいってもとことん『浩之』だった。



 でも、あたしには、それが途轍もなく嬉しかった。



 あたしはそんな浩之のことが……





○   ○   ○





「たぶん……あたしが浩之に惹かれた最大の理由は……」

「「「理由は?」」」

「あいつが、これでもかってくらいに『浩之』だからよ」

「「「はぁ? なにそれ?」」」

 不思議そうな顔をする友人たちに、あたしは満面の笑顔で再度繰り返した。

 溢れんばかりの想いをこめて。





「『浩之』だから、よ」















「つまり……それって、藤田くんみたいな絶倫な人が好きって事?」

「そ、そうなの!?
 キャー。綾香さんって意外とエッチなんだ〜♪」

「なるほどなるほど。底なしな所に惹かれたのね」

「ちっがーーーう!!
 ……あ、あんたらねぇ、どうしてそういう解釈をするのよ!?」

「え? だって……藤田くんだし」

「藤田くんと言えば……やっぱり……ねぇ」

「うんうん。うちの学校では『藤田浩之』って名前は『性欲魔人』『絶倫』『馬並み』の代名詞だし」

「……………………」



 この後、どれだけ説明しても誤解は解けなかった。



 浩之の所為で、あたしにまで『えっちっちぃ』のレッテルが貼られてしまった。



 違うのに。あたしは違うのに。



 浩之のばか。



 …………くすん。










< おわり >




 ☆ あとがき ☆

 回想シーンは、綾香EDから数日後の出来事だと思って下さい。

 あー、それにしても、最近の『たさい』は綾香率と理緒率が異様に高いなぁ( ̄▽ ̄;

 そろそろあかりとかレミィとか芹香の話を書かないと(−−ゞ








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