「どこにも異常無しだよ。至って健康体だね」

「ありがとうございます」

 月一の定期メンテナンスを終えたわたしを、長瀬主任が笑顔で出迎えてくれました。

「全ての部位に全く問題が見受けられない。ほんの小さなトラブルすら発生していない。これはある意味驚愕ものだね」

 心底感心したように言う主任。

「先日のマルチもそうだったけど、よっぽど大事にされているんだね。可愛がられているのがよく分かるよ。本当にセリオは、そしてマルチは世界一幸せなメイドロボだねぇ」

「え? か、可愛がられ……ですか?
 そ、それはもう。あーんな事やこーんな事、あまつさえそーんな事をされちゃったりなんかしちゃったりして、たっぷりと可愛がられちゃってますぅ

 頬に手を添えて、わたしは琴音さんの様に身をくねらせました。

「なーんちゃってなーんちゃって♪ やんやん。主任ってばエッチですよぉ〜」

「……………………。
 いや、あのね、可愛がられているっていうのは別にそういう意味じゃ……。
 ま、いっけどね、それでも」

 こめかみに指を当てて、呆れたように主任。

「しっかしまあ、どうしてここまで変でボケた娘になっちゃったのかねぇ。
 愛嬌があっていいとも思えるけど」

 ……むかっ。

「いやですねぇ、主任ったら。わたしはボケボケなんかじゃありませんよ」

 どげしっ!

「ぬをっ!」

 反射的に、軽〜く裏拳ツッコミ。
 思いの外いい音がしたように感じましたが……おそらく気の所為でしょう。

「あらやだ、わたしってばはしたない。もう、主任があんまりにも巫山戯た事を言うからですよ。反省して下さいね。おほほほほ」

 自分の行動を恥じ入って上品な笑いを零すわたし。

 その足下では、主任がピクピクと小刻みに痙攣しながら「ふっ、いいもん持ってんじゃねーか」とか「アシモフ先生万歳」などと呟いていました。
 虚ろな目をしているのが何気にイヤすぎる雰囲気を漂わせています。
 ちょっぴり危険がデンジャーな感じです。

「あ、あれ? しゅ、主任?」

「……………………」

「しゅーにーんー。なーがせさーん」

「……………………」

「反応がありません。どうやら、ただの馬のようです」

「それを言うなら屍だろうが! し・か・ば・ね!」

 ガバッと身を起こしてツッコミを入れてくる馬……じゃなくて屍……もとい長瀬主任。

「なんだ、元気じゃないですか。心配して損しました。いやマジで」

 そう言って嘆息。

「…………良い性格してるね、きみは」

 やや引き攣った笑みを浮かべて主任が言いました。

「そうですか? ありがとうございます」

「褒めてないって」

 疲れたようにガックリと肩を落とす主任。

 どうしたのでしょう? わたし、なにか変な事を言いましたっけ?

 …………不思議です。






『世界一幸せな』





「それでは、次はまた来月の末に」

「はい」

「詳しい日時はおって連絡するから」

「はい、お願いします」

 メンテルームから出て、エレベーターに乗り込んだわたしと主任。
 扉が閉まると同時に『降』のボタンを押すと、階の表示が『45』からどんどんと下になっていきます。

「なにか困った事が起きたらすぐに言ってくるんだよ。出来うる限りで力になってあげるからね」

「はい、ありがとうございます」

 中でいろいろと会話をしているうちに一階に到着。『チンッ』という軽快な音が鳴り響いたかと思うと、エレベーターの扉が静かに開きました。
 途端に目に飛び込んでくる綺麗なエントランスフロア。
 そして……何体ものメイドロボが展示されているショールーム。

 どうしてでしょうか?

 普段見慣れているショールームなのに、わたしはその場から目を離す事が出来ませんでした。
 唐突に、脳裏に先程の主任の言葉が蘇ってきました。



『本当にセリオは、そしてマルチは世界一幸せなメイドロボだねぇ』



「……………………」

「ん? どうした?」

「……すみません。少しいいですか」

「セリオ? どうかしたのかい?」

 戸惑った様な声を上げる主任を後に残し、わたしはショールームに入っていきました。

「「イラッシャイマセ」」

 無機質な声でわたしを出迎えるHM−12型とHM−13型。わたしとマルチさんの同型機。

 わたしたちの妹。

「ゴユックリ、ゴランクダサイマセ」

 ショールームには、ガラスケースの中に入れられたHMシリーズが複数展示されていました。
 感情も持ち合わせておらず、機能も大幅に制限された量産機たちが。

 まるで、綺麗にパッケージングされたお人形のように。



『本当にセリオは、そしてマルチは世界一幸せなメイドロボだねぇ』



「どうしたんだいセリオ?」

 わたしの後からやってきた長瀬主任が、そう問い掛けてきました。

「主任……あの……」

 口にしていいものか判断が付かずに言い淀むわたし。

「いいよ。言ってごらん。耳に痛い意見を聞くのも仕事だからね」

 その逡巡を察した主任が、わたしの頭を軽く撫でて促します。

「……はい」

 伝わってくる温もりを心地よく感じながら、わたしは重い口を開きました。

「ここにいる子たちには、感情を組み込む事は出来ないのですか? わたしやマルチさんの様にはなれないのですか?」

「セリオ……それは……」

「分かっています。無茶な事を言ってるのは分かっているんです。でも……でも……」

 わたしはケースにそっと手を添えると、中にいる娘に視線を向けたまま、

「主任は仰いましたよね。わたしたちの事を世界で一番幸せなメイドロボだと。その幸せを……この子たちにも感じて欲しいと思うのは……わたしのエゴでしょうか?」

 ポツリと、そう呟きました。

「…………いや、エゴなんかじゃないよ。それは姉として当然抱く気持ちだからね。セリオの言いたいことはよく分かる。それに、メイドロボ全てに心を与えたいと願っているのは私だって同じだしね。だけど……」

「だけど?」

「いろいろと制約が大きくてねぇ。私程度の権限じゃどうにも……」

 淡々と言う主任。でも、その言葉の裏側に、どうしようもない哀しみや悔しさが含まれているのが感じ取れた気がしました。

「……それは……そうでしょうが……」

「ところでさ、ちょーっと訊きたいんだけど、セリオが幸せなのって感情があるからだけなのかい? 感情が無かった時は幸せじゃなかったかい?」

 重くなった雰囲気を吹き払う様に、主任がお気楽な口調で尋ねてきました。

「え?」

「確かにね、感情があるってことは幸せだと思うよ。もっとも、私には感情を失った経験が無いからね。実際のところはどうだか分からないけど」

 頭を掻いて、そう言う主任。

「えっと、結局何が言いたいのかっていうと、心があるってのは、幸せである理由の一つに過ぎないんじゃないかって事さ」

「理由の一つ?」

 いまいち意図が掴めずに、わたしは問いを返しました。

「そうだよ。セリオとマルチが幸せな最も大きな理由。それは、あたたかで優しい家族に囲まれているって事じゃないのかい?
 自分の事を心底愛してくれる人たちがいる。柔らかな笑顔で包み込んでくれる人たちがいる。その事が、セリオにとっての一番の幸せなんじゃないのかい? 違う?」

「…………。
 いえ……違わないと思います」

「心の存在が二の次だなんて事は絶対に思わないし言わないよ。口が裂けてもね。でもさ、それと同等、もしくはそれ以上に大事な物もあるんじゃないかな」

「…………」

「そして、セリオはそれを持っている。だからセリオは幸せなんじゃないかな。感情を持っていなかった頃から幸せだったんじゃないのかな」

「そう……ですね」

 感情が組み込まれていなかった頃の自分を思い返してみました。
 確かに、あの時からわたしは幸せだったと思います。
 幸せの意味を理解してはいませんでしたが、それでも幸福だったと思います。

 それは……あたたかな家族に恵まれていたからでしょう。

「この子たちも同じだよ。
 愛してくれて、大事にしてくれて、可愛がってくれる。
 そんな人たちに囲まれる事が一番の幸せなんだよ」

 ケースの中で眠る子たちを、愛情に満ちた視線で見つめる主任。

「大丈夫。心配しなくても、この子たちはみんな幸せになれるさ。セリオとマルチと同じ様にね。その為に、スタッフ一同もいろいろと頑張ってるんだし」

「……はい」

「もちろん、何時の日にかは……」

 そこから先は言葉に出さずに、ただ、長瀬主任はジッとケースの中の娘たちを眺めていました。

 慈愛と……決意に満ちた瞳で。

「そうですね。何時の日にかは……きっと……」





○   ○   ○





 家に帰ったわたしを出迎えてくれたのは、

「お帰りセリオ。どうだった?」

 待ち人来るといった風情で走り寄ってきた綾香さんと、

「お帰りなさい」

 柔らかな笑みを浮かべた芹香さんと、

「お帰りなさいですぅ♪」

「お帰りなさーい☆」

 明るい声のマルチさんと理緒さんと、

「お帰り。お疲れさん」

「オカエリ。ノド渇いてない? なにかジュース持ってこようか?」

 気遣ってくれる智子さんとレミィさんと、

「あ、お帰りぃ。今日の晩御飯のおかずはセリオちゃんの好きなクリームコロッケだよ」

「いっぱい作ったから、たくさん食べて下さいね」

「えへへ、今日のは自信作なんですよ」

 エプロンを着けたあかりさんと琴音さんと葵さんと、

「お帰り。疲れてねーか? ほら、そんなとこにいつまでもボーッと突っ立ってねぇで座れ座れ」

 優しい眼差しの浩之さんでした。



 不意に、瞳から涙がこぼれ落ちそうになりました。

 お帰りとあたたかく迎えてもらえる事が嬉しくて……みなさんに愛されていることが感じられて……
 幸せという言葉の意味を強く実感できて……。



 わたしは、涙を必死に堪えると、わたしに出来うる中で最高の笑顔を浮かべて応えました。



「はい。ただいま……です」





 家族の輪の中に加わりながら思いました。

 願わくば……こんな幸せが、妹たちにも訪れますように。










< おわり >





 ☆ あとがき ☆

 まあ、たまにはこんな話も……。

 何気に洒落にならないテーマですので、アッサリと短めに。

 長々と書くと、かなり哲学的な方向に発展しそうですし。





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