『朝から元気』



「よし! 今日こそ」

 私は、ぐっすりと気持ちよさそうに眠っている兄さんの横で気合いを入れた。

 数日前から、私は兄さんを起こす役目を担っている。
 渋る翡翠に必死に頼み込んで代わってもらったのだ。
 やはり、恋人(ポッ)を優しく起こすという行為は、ある意味女にとっての浪漫であるとも言えるし。

 とは言え、最初は一回限りのつもりだった。
 いくら相手が愛する人(ポポッ)ではあっても、他者に朝の到来を告げて目覚めさせるという行為は遠野家当主として相応しいものではない。

 しかし、私は今日も兄さんの部屋に向かう。これで4日連続だ。

 私は、連日見事なまでに玉砕していた。おかげで、笑ってしまうくらいに遅刻まみれ。
 はっきり言って、恥さらしもいいところ。

 おとなしく諦めて翡翠に任せればいいのかもしれないが、それでは納得がいかない。
 こうなってしまうと私にも意地がある。このままでは引き下がれない。
 何が何でも、私だけで時間までに兄さんを起こして、余裕を持って登校したかった。
 その為だったら、例え当主として相応しくない行為だとしても、私は何日だって兄さんを起こし続ける。

 でも、さすがにこれ以上の連続遅刻はマズい。
 そろそろ不名誉な記録をストップさせないと、それこそ『遠野』の名折れだ。
 従って、私は今まで以上に気合いを込めて兄さんを起こしにかかった。

「兄さん。朝ですよ。起きて下さい」

「…………」

 全く効果無し。
 まあ、これは予想内。兄さんが声だけで目を覚ますわけがないのだから。

「兄さん。兄さんってば」

 今度は、ユサユサと身体を揺する。

「……ぅん」

 あ、ちょっと反応あり。

「起きて下さい。今日も遅刻しちゃいますよ。兄さん、ほら早く」

 ユサユサユサユサ。
 更に何度も何度も振動を与える。

「……んんっ……あふぅ」

 に、兄さん。なんか声が艶めかしいです。
 ちょぴりドキドキする私。

「に、兄さん。朝ですよ。兄さん」

 頬を染めつつも、私は兄さんの身体を揺すり続けた。

「…………あ…………あき、は?」

 その甲斐あって、兄さんがうっすらと目を開けた。

「はい、秋葉です。おはようございます、兄さん」

「……うん、おはよう。……そんじゃ、おやすみ」

 戯けたことを宣いつつ再び目を閉じる兄さん。

「兄さん! バカなことを言ってないでさっさと起きて下さい!
 もう私は遅刻なんて御免ですよ!」

 布団を引き剥がそうとしながら私が怒鳴る。

「……むぅ〜。あと5分〜」

 しかし、兄さんは布団をしっかりと掴んで抵抗する。

「ダメです!」

「じゃあ、あと1分」

「ダメですってば!」

 往生際悪く訴える兄さん。
 だが、私はそれをアッサリと却下する。
 私だって本当はこのまま寝かせておいてあげたい。気持ちよく寝ているのを邪魔したくない。
 でも、いつまでもグズグズしていたら『また』遅刻をしてしまう。
 だから、私は心を鬼にして、最終手段を取ることに決めた。

「兄さん……早く起きて下さいね」

 私は兄さんの顔に自分の顔を寄せると……

 ちゅ♪

「……え? あ、秋葉?」

 そっと口付けた。触れ合うだけのフレンチキス。

 けれども、兄さんから眠気を奪うには十分過ぎる程の威力を持っていたようだ。
 目をパッチリと開け、驚いたような呆けたような、何とも言えない表情になる兄さん。
 唐突に施されたキスに気を取られ、布団を掴んでいた手の力が緩む。

 私はその隙を逃さずに、

「えい!」

 今朝の勝利を確信しながら、布団を剥ぎ取った。

「さあ兄さん! 観念して、いい加減に起きて……」

 そこまで言って、私の口が止まる。
 ある物を凝視してしまったから。
 パジャマのズボンをグーンと押し上げて大きく大きくそそり立っているある物を。

「…………あ…………えっと…………」

「なーにじっくりと見てるんだよ。秋葉のエッチ」

「……っ!!」

 兄さんの言葉にハッと我に返った。
 頬が瞬時に染まっていく。

「ご、ご、ご、ごめんなさい。あ、あの……その……」

 何と言っていいのか分からずに言葉に詰まらせる。

「い、居間で待ってますから、着替えてすぐに降りてきて下さいね」

 真っ赤に色付いた顔を隠すようにして兄さんに背を向けると、私は早口でそれだけ言った。

「そ、それじゃ……」

 そそくさと出ていこうとする私。
 その私の手を、兄さんがしっかりと掴んだ。

「え? に、兄さん?」

「なあ、秋葉。人間はさ、自分のした行為には責任を持たなければいけないと思うんだ。もちろん秋葉だって例外じゃない」

「? まあ、それはそうでしょうけど」

 兄さんの言いたいことが分からず、私は首を傾げながら返した。

「だからさ、ちゃーんと責任をとってくれよ。……これの」

 言いながら、兄さんは自分の下半身を指差した。

「なっ!? そ、それは別に私の所為では……。
 そ、その……男性は誰でも朝は……そうなると聞きました……けど……」

 しどろもどろになりながらも反論する。

「違うぞ秋葉。確かに朝は『元気』になってしまうものだが、それでも、普通はここまでにはならない。
 これは、秋葉がキスした所為だ。あのキスで、俺の身体がその気になってしまったんだから。
 好きな娘にそんなことをされたら興奮してしまうのは当然だろ」

「そ、そんな、言い掛かりです!」

 兄さんの言った『好きな娘』という言葉に舞い上がりそうなほどの嬉しさを感じつつも、その気持ちを無理矢理に抑えつけて必死に言い返す私。
 でも、そんなのを聞き入れてくれる兄さんではない。

「てなわけだから、『コイツ』を鎮めるのを協力してくれよな。こうなったのは秋葉の所為なんだから」

 グイッと、繋いだ手を力強く引っ張る兄さん。

「あっ!」

 勢いに負け、私は兄さんの上に倒れ込んでしまう。

 そして、その私に、

「んん……ぅむ……んっ」

 兄さんが、有無を言わさずにくちびるを重ねてきた。

「……ぅん……っ……」

 私の口内で、兄さんの舌が縦横無尽に動き回る。
 情熱的で巧みな愛戯に、私の身体から徐々に力が抜けていく。
 ―――と同時に、全身が熱を帯びていく。燃え盛っていく。

「んむ……ぁん……っ……ふはっ。
 ハァ……ハァ……ハァ……。
 ……に、兄さん」

 こうなってしまっては、私に抗う術はない。抵抗しようとする意思も失せ、兄さんに身を委ねてしまう。

 気が付いた時には、私の服は脱がされ始めていて……

「秋葉。いいかい?」

 今更そんな事を訊かれても『NO』と言えるわけもなく……

「…………はい

 完全に兄さんのペースにはまっていた。

「……ふあっ…………あ、んあ…………」

 眩しい朝の光が溢れる兄さんの部屋で、

「ああっ……そ、そん、な……ぅくっ……」

 私は兄さんの温もりに包まれて、

「に、にいさ……ひあっ……あ、あふぅ……」

 甘い嬌声を零し続けるのであった。









 ―――その頃、居間では、

「姉さん、どうしましょうか? そろそろ時間が……」

「そうですねー。悪いですけど、後で学校に連絡を入れておいて下さい。
 志貴さんと秋葉さまは今日『も』遅刻しますって」

「はい」

 琥珀と翡翠が、壁に掛けられた時計を見ながら『またか』といったような表情を浮かべていた。

「それにしても、秋葉さまってば、絵に描いたような『ミイラ取りがミイラ』ですねー。
 まったく困ったものです」

 琥珀の洩らした呟きを聞いて、翡翠がコクンとうなずく。 

「志貴さんもパワフルですし」

 呆れたように言う琥珀。
 翡翠も、同感と言わんばかりに、再度コクコクと深く首肯する。

「……ハァ。朝からこんなに体力を浪費されてしまっては、せっかくの気遣いも無駄になってしまいますねー」

「気遣い?」

「はい。
 ほら、志貴さんってば、秋葉さまと結ばれてからというもの、一日に何度も何度も何度も何度も発情して暴走するようになっちゃったじゃないですか。身体弱いのに。
 ですから、志貴さんの体力保持の為に、最近の食事には常に『精力剤』を入れてあるんですよ」

「……………………」

 サラッと爆弾を投下する琥珀。
 それを聞いて、翡翠の顔が目に見えて引き攣った。

(ここ数日の志貴さまが朝から異様にパワフルなのって……ひょっとして姉さんの所為?
 てか、ただでさえ絶倫な方にそんなものを飲ませては『火に油』では?)

 そう思いつつも、表だってツッコミを入れられない翡翠だった。

「これじゃ、また今日のお食事にも精力剤を入れないとダメですねー」

 にこやかな邪気のない笑顔を浮かべて宣う琥珀を見ながら、

(……ハァ。志貴さまと秋葉さまの遅刻、まだまだ当分は続きそうです)

 そんな事を強く強く確信する翡翠であった。





 ちなみに、この日、志貴と秋葉が学校に到着したのは、

「こんな時間まで何をしてたんだ? 不良」

「これはまた、今日は随分と豪快な大遅刻ですね。ホントにどうしたんです?」

 有彦とシエルが中庭でお昼ご飯を頬張っている時だった。

 二人からの問いに、志貴と秋葉が何も答えられなかったのは言うまでもない。

 余談である。








< おわり >





 ☆ あとがき ☆

 アレの時の志貴って、浩之に負けず劣らずで『元気』だと思います。

 そんな志貴に精力剤なんて……。

 琥珀さん、ひょっとして確信犯だろうか?( ̄▽ ̄;



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