「ふふふ」

 理緒の口から思わず笑いが零れる。

「最近はすっかり言うことを聞くようになって……」

 言いながら、理緒は指を滑らせた。
 その指を受けた相手が、理緒の望み通りの反応を示す。
 理緒にはそれがたまらなく心地良い。
 支配する快感。そう表現してもいいかもしれない。

 一時は、現在向かい合っている相手のことを疎ましく思ったりもした。
 だが、今では可愛くて仕方がない。

 この子に触れたい、この子で楽しみたい、この子を愛でたい。

 理緒はそんな欲求を抑えられなくなっている。

 はっきり言ってハマってしまっていた。
 もうこの子無しの生活など考えられない、とまで思ってしまうほどに。

「わたしの事を完全に魅了してくれちゃって。悪い子なんだから……うふふ」





『手の平の上』




「……おや?」

 それは唐突だった。
 相手が、いきなり理緒の望みとは違う反応を返し始めるようになってしまったのだ。

「ど、どうしたって言うの? いったいなんで?」

 動揺しながらも指を動かし続ける理緒。
 しかし、相手からのリアクションは変わらない。完全に理緒の意図を無視している。

「なんなの?」

 理緒は、愕然としながら相手に視線を向けた。

「……って、あれ?」

 そこでやっと理緒は気付いた。相手が何を求めているのかを。自分に何をして欲しいのかを。

 理緒の視線の先には……








『メモリが不足しています』








 の文字がモニターに表示されていた。

「なーんだ、そういうことか。ビックリしちゃったよ」

 理由が分かって、理緒はホッと一息。

「そっかそっか、なるほどなるほど。それじゃ……」








「ねえ、セリオちゃん。ちょっと手伝ってもらえないかな?」

「ええ、構いませんよ。何をすればいいんです?」

 笑顔で応えるセリオ。

「これをパソコンに入れようと思って」

 そのセリオに、理緒が買ってきたばかりのメモリを見せる。

「増設ですか。分かりました。それにしても急にどうしたんです? なにか不都合でも?」

 そう訊きながらセリオは『あれ?』と思った。

(確か、メモリは結構積んであったような気が……)

「実はね……」

 指を顎に添えて考えるセリオに、理緒が先程起こった事を『かくかくしかじか』と説明した。

「だからね、今後そういうことが起こらないようにメモリを増やそうと思って」

「あの……理緒さん」

 笑みを浮かべる理緒に、セリオが心底言い辛そうにしながら言葉を紡いだ。

「それってメモリはメモリでもリソースが不足したのでは?」

「……へ? り、りそーす?」

 聞き慣れない単語を耳にして、理緒の目が点になる。

「はい」

「りそーすって……なに?」

「えっとですね……リソースとは、SYSTEMリソース・USERリソース・GDIリソースとありまして……」

 請われるままにリソースの説明を始めるセリオ。

「……は、はぁ」

「SYSTEMリソースとは、搭載してある物理メモリとハードディスクの仮想記憶領域を加算した物でして……」

「……ふ、ふーん」

「……で、USER及びGDIリソースは領域が限られていまして……」

「…………」

「リソース不足を解消する為にはですね、物理的に増設しても仕方ないんです。なぜなら……」

「…………」

 延々と続けられるセリオの説明。

「……って、理緒さん聞いてます? 理緒さん?」

「…………」

 それを聞いていた理緒は……

「…………」

「あ、あれ? 理緒さん?」

「…………」

「理緒さん?」

「…………」

「りーおさーん」

「…………」

「ふ、フリーズしてる」

 何時の間にやら見事に凍り付いていた。

「ど、どうやら、メモリが不足してしまったみたいですね。情報量の多さに耐えられなかったみたいです」

 額におっきな汗を貼り付けてセリオがポツリ。

「……め、メモリ? 
 はっ!? そ、そうよ! メモリ!」

 セリオの発した『メモリ』という単語に反応して理緒が再起動。

「ど、どうしたんですか?」

「セリオちゃんの説明通りなら、リソース不足を解消させる為にはこれを増設しても仕方がないんだよね!?」

 買ってきたメモリを指差して理緒が尋ねる。

「え、ええ。そうです」

「それじゃ……これを買ってきたのって……無意味なの!?」

「まあ、有り体に言ってしまえば……」

 理緒の迫力に押され、後ずさりながらセリオが答える。

「そ、そんな……」

 背後に『ガーン』という文字を浮かべながら理緒がヘナヘナと崩れ落ちた。

「てことは……無駄遣い……無駄遣い……む、無駄……」

 半ば虚ろな目をしてブツブツと呟く。

「り、理緒さん! 大丈夫ですか!?」

「ぱ、パソコンのことは一通り極めたと思ったのに……なのに……こんな間違いを……その所為で無駄遣いを……無駄遣いを……はうぅ……」

「理緒さん! 気をしっかりと持って下さい! 理緒さん!」





 相手を支配しているつもりが、実は手の平で踊らされていただけというのはよくある話。

 今回もそれに相応してしまったようだ。



 とにもかくにも……


「む、無駄……浪費……意味無し……あ、あうあう……」

「あーん、理緒さーーーん! しっかり! しっかりして下さーい!」



 理緒対パソコンの勝負はまだ決着を見ていなかったようだ。

 熱いバトルはこれからも当分は続きそうである。

 しばらくは、パソコン側が圧倒的に有利なようではあるが。



 パソコンマスターの道は一日にして成らず。








< おわり >






 ☆ あとがき ☆

『強敵』の続編です。

 今回の理緒ちゃんの敵はお馴染みのリソース不足(^ ^;

 取り敢えず、今回のことを教訓に、理緒ちゃんのPCレベルはまたちょっとだけアップしたことでしょう。

 …………たぶん、ね(^ ^;




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