突然だけど、

「ゆかりのお母さんって良いよねぇ」

 わたしの母親である藤田あかりは妙に友人達からの人気が高い。
 それに関しては悪い気はしないのだけど……同時に、知らないというのは幸せなことだな、とも思う。

「優しいし……綺麗だし……」

「若々しいし……お料理も上手だし……」

 まあ、ここまではいいよ。
 わたしも同感だし。

「落ち着きがあって……しっとりとした色気があって……」

「憧れちゃうよねぇ」

 問題はそこ。
 誰が落ち着きがあるって? 色気があるって?
 確かにお母さんはみんなの前ではっちゃけたりしない。綾香お母さんやセリオお母さんみたいにみんなの前でどつき漫才を展開したりしない。琴音お母さんみたいに『やんやんやん』したりしない。レミィお母さんみたいに反転したりもしない。
 でも……でもね……それは絶対に認識を誤ってる。間違ってる。誤解してる。

「ハァ。あんまりお母さんに幻想を抱かない方がいいよ」

「え? 幻想?」

「どういうこと?」

「どういうことも何も……言葉通りの意味だけど」

 わたしは、疑問の声を上げる友人たちの方に顔を向けて言った。

「お母さんってばみんなの前では猫被ってるんだから。実体はね……」





『だいにんき』




「はい、浩之ちゃん。あーんして♪」

 満面の笑顔でお母さんがお父さんにハンバーグを差し出す。
 無論、使っているのは自分の箸だったりする。間接キス前提。
 もっとも、この二人にとっては関節キスなんか今更って感じだけど。

 ちなみに、今お母さんがいるのはお父さんの膝の上。
 いい年して何をしてるんだろうとは思うけど、その姿が妙にハマってたりするからイマイチ突っ込む気にはなれなかったりする。
 突っ込まないだけで、呆れていることには変わりはないけど。

「お、おい。いいって。自分で食うってば」

「ダーメ。わたしが食べさせてあげたいの」

「で、でもよぉ」

 無駄な抵抗を続けるお父さん。どうせすぐに陥落することになるんだから最初から素直に食べればいいのに、と思う。

「ひょっとして……浩之ちゃん、わたしに食べさせてもらうの……イヤ?」

 胸の前で手を組んで、ちょっぴり瞳をウルウルさせてお母さんが訊く。お母さんの必殺技だ。

「べ、別にイヤってわけじゃねーけど……」

 それを受けたお父さん、早くも敗北寸前。

「……ホントに?」

 お母さん、少し小首を傾げて、プラス上目遣い。

 娘のわたしから見ても卑怯なくらい可愛らしい姿だと思う。……年齢を考えてほしいとも思うけど。

「ほ、ホントだって」

 お母さんの攻撃、お父さんにはやっぱり効果絶大みたい。お父さん、狼狽えてる。というかドギマギしてる。

「ホントにホント?」

「ああ。ホントにホント」

「だったら、『あーん』してくれる? イヤじゃないんだからOKってことだよね?」

「ちょっと待て、あかり。そういう短絡思考はいけないと思うぞ。何事も結論を急いではいけないんだ」

「いいじゃない。ねっ?」

「……で、でもな……みんなだって見てるし……」

「ねっ、浩之ちゃん。いいでしょ?」

「…………」

「ねっ?」

 子犬の様な目で、縋るように『お願い』するお母さん。
 それにお父さんが耐えられるわけがなく、

「……ハァ。
 分かった分かった。するよ、すればいいんだろ。……ったく、しょーがねーなぁ」

 見事に陥落。勝負あり。
 お父さんって、結局はお母さんには勝てないんだよね。

「えへへ。
 それじゃ……はい、あーん」

「あ、あーん。
 ……むぐむぐ……。
 ん、うまい」

「ホント? 良かった。
 じゃあね、次はこれを……」

 嬉しそうなお母さんと、なんのかんのと言いながらも満更でも無さそうなお父さん。

 そんな二人を、他のお母さんたちは微笑ましそうな表情で見つめていた。

 一応説明しておくと、これは別にお母さんだけの特権じゃない。
 昨日は理緒お母さんだったし、明日は芹香お母さんの予定。
 毎日毎日、交代でお父さんといちゃついているのである。
 お父さんの抵抗は……一種のお約束。セリオお母さん曰く『場を盛り上げる為の演出』なのだそうな。
 その辺の機微は、子供のわたしにはまだよく理解できない。大人の世界って深いと思う。

 なんにせよ、そんなのを食事時に毎回見せられるわたしたち娘一同はたまったものではない。
 ……さすがにもう慣れたけど。

「羨ましいなぁ。ああ、わたしも何時かはパパと……そして……

『はい、パパ。あーんして』
『あーん』
『どう? 美味しい?』
『うん、美味しいよ。琴美も料理が上手になったな』
『うふふ。一生懸命頑張ったんだよ(パパの為にね)』
『そっか。偉いな琴美は。それじゃ、何かご褒美をあげようかな』
『え? ご褒美?』
『ああ。なにかリクエストはあるか? なんでもいいぞ』
『な、なんでも? そ、それだったら……

 そしてそして……パパはわたしのリクエスト通りに……あーんなことやこーんなことをしたりして……
 ……って、なーんちゃってなーんちゃって。キャッ、わたしってばわたしってば〜」

 訂正。一部、未だに興味津々の者もいたりする。

 とにもかくにも、

「じゃ、今度はこっち。はい、浩之ちゃん。あーんして」

「あーん」

 わたしたちの呆れきった視線を物ともしないで、今日もお母さんとお父さんはイチャイチャ街道をばく進するのであった。

「美味しい?」

「ああ、美味いぜ。マジで俺にとっては世界一の料理だな」

「えへへ










「―――てな具合なの。お母さんって、みんなが思ってるような大人っぽい女性ってわけじゃないんだよ」

「そうなんだ。あかりさんがそんな事を……」

「あ、あかりさんって……」

 ちょっと呆けたような顔をしている友人たち。それを見て、『憧れを壊しちゃったかなぁ? 余計なこと言わない方が良かったかな?』と、今になってわたしは少し後悔した。

 だけど、そんな考えは友人たちの次の言葉で吹き飛んだ。

「「可愛い〜〜〜っ!」」

「……へ?」

「あかりさんって結構甘えん坊なとこあるんだ〜」

「優しくって綺麗で若々しくて、それでいて甘え上手で……も、萌えちゃいそう」

「……も、萌えって……」

「「やっぱり、あかりさんって良いよね♪」」

「……………………」

 なんだかよく分からないけど、お母さんの人気は更に上昇したみたい。

「「あ〜ん。あかりさん、わたしのお母さんになって下さ〜〜〜い」」

「……………………」








 ちなみに、わたしたちの周りでは、

「「きゃー、葵さんってば素敵ーっ☆」」

「「マルチさんって、ラブリー♪」」

「「智子さんにだったら抱かれてもいいわ」」

 等々といった声も上がっていた。



 ……お母さんたち、大人気。



 何というか、あまりの人気振りに、何時か襲われるんじゃないかとちょっとだけ心配になってみたり……。


「「あかりさん、抱き締めた〜〜〜い」」

 …………。

 ……と、取り敢えず、念のために今日学校から帰ったらそれとなく注意しておこう。うん。








< おわり >






 ☆ あとがき ☆

 ゆかりのクラス、別にレズばっかりとか熟女スキーが集まってるとか、そういうことはないです。

 ……おそらく( ̄▽ ̄;




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