『73』



「やたっ! 身長伸びてる!」

「うげげっ。3キロも太ってる〜」

 現在、浩之たちの通う高校では身体測定が行われていた。
 数値の増減に一喜一憂する声があちらこちらから上がっている。
 もっとも、ため息混じりのぼやきの方が圧倒的に数が多かったが。

 そして、この女生徒もそんな一人だった。

「あああああ、ぜんっぜん増えてないし」

 示された数値を見ながらサメザメと泣いている女生徒。

「岡田ぁ、そんなに落ち込まないでよ」

「そ〜そ〜。こんなの気にしない気にしな〜い」

 これ以上の不幸はないと言わんばかりに大袈裟に肩をガックリと落としている生徒――岡田――を、友人である吉井と松本が必死に宥め、智子・綾香・芹香・レミィ・セリオといった面々が呆れが混じった微妙な顔で眺めていた。
 ただ、あかりと理緒だけは同情と理解の入り混じった複雑な表情をしていたが。

「うっさい。あんたらにあたしの気持ちが分かるもんですか!」

 吉井と松本の声を岡田が邪険に振り払う。

「あんたらなんかに、あんたらなんかに……ううっ」

 そして、再び涙に暮れた。

 彼女が落ち込んでいる理由。
 それは、胸囲の欄に書き込まれている数字にあった。
 そこに記入されている数値は……73。
 小さいということは自覚していたが、数字としてハッキリと明示されるとショックもひとしお。
 ちなみに、去年と全く変わっていなかった。見事なまでのキープぶりである。

「「岡田ぁ〜」」

 暗くなっている岡田に、吉井と松本は困ったような視線を向ける。
 何とか慰めようと言葉を紡ごうとするが、

「うるさい。何も言うな。あんたらは敵だ。みんな敵だ」

 据わった目をした岡田に一刀両断され、何も口に出来なくなってしまう。

 敵。確かに今の岡田にしてみたら『敵』かもしれない。
 吉井のバストサイズは84、松本に至っては89もある。さぞや疎ましいことだろう。
 加えて、レミィ・智子・芹香・綾香・セリオはプロポーション抜群。あかりの体型にしても岡田と比べれば十二分に肉感的魅力を誇っている。
 岡田にしてみたら、恨み言の一つも言いたくなるだろう。

「岡田ってばぁ〜。そんなにブルーにならないでよ〜。良いじゃない、別に一番下ってわけじゃないんだし〜」

 松本が、岡田の肩をポンポンと叩きながら、なんとも後ろ向きっぽいフォローを入れる。

「雛山さんなんて〜70くらいしか無いんだよ〜。それに比べれば〜、岡田はまだマシだよ〜」

 すぐそばに当人がいるのも関わらず具体的に名前を挙げるという暴挙を行いつつ。

「こ、こら、松本!」

 サラッとナチュラルに身も蓋もないことを言い出す松本に、吉井が慌ててツッコミを入れる。
 次いで、理緒の方に顔を向けて、両手を合わせて『ごめんね』という意思を表明。
 対して理緒は『気にしないで』と口を動かしながら手を振るが……目からは滝のような涙が流れていた。

「うっさいわね! そんなの全然慰めなんかにならないわよ!」

 周囲のやり取りなど目に入っていないという風情で、岡田が松本に応えて叫んだ。

「雛山さんの胸は確かに小さいわ! あたしなんかよりも断然小さいわよ! ええ、それはもう、可哀想なくらい小さいわね! 小ぶりでコンパクトでぺったんこよ!」

 マシンガンの如く発せられた言葉の弾丸を受けて、理緒、ただただ滂沱。
 岡田に剣呑な視線を向ける智子と綾香、セリオ。理緒の頭を優しく撫でて慰める芹香。どうすればいいのか分からずにオロオロするあかりとレミィ。
 そして、ペコペコと頭を下げ続ける吉井。

 そんな友人達の様子に構わずに、

「でもね! 雛山さんのは、毎日毎日毎日毎日濃厚に愛されちゃってるような恵まれた胸なのよ!」

 岡田は更に言葉を続けた。―――で、さりげなく爆弾投下。

 涙顔だった理緒、それを聞いてたちまち表情を変えた。面白いくらいに耳まで真っ赤になってしまっている。
 あかりや芹香、吉井たちも同様に頬を染める。

「な〜る〜ほ〜ど〜。そう言われればそうだね〜。雛山さんのおっぱいは藤田くんに毎日可愛がられてる幸せなおっぱいだもんね〜。そんなのと比べられても、それは確かに慰めにならないかもね〜」

 うんうんと頷いて松本が納得する。
 あまりにも露骨すぎる表現に、周りで岡田たちの話を聞くとはなしに聞いていた女生徒たちが一様に赤面しているのはご愛嬌か。

「ま、毎日じゃないよぉ」

 ボソボソと小声で否定する理緒。
 その言葉に、彼女以外の藤田家女性陣も首肯する。

「……濃厚に愛されちゃってるっていうのは……当たってるけど……」

 更に声を小さくして理緒が零す。既に首筋まで真っ赤だ。
 こちらに関しても頷く藤田家女性陣。顔色は、言わずもがな。

 恥ずかしげで、それでいて嬉しげで、どことなく誇らしさすらも感じられる面々の表情。

 それを見て、

「むっきー! 満たされたような幸せそうな顔してくれちゃって! 羨ましいったらないわね! とってもとってもじぇらし〜わ〜!」

 岡田が切れた。プチッと。

「どうせあたしの胸は不幸ぜよ! 藤田くんみたいに揉んでくれる恋人なんていないし、おまけに真っ平らよ! 悪かったわねっ!」

「うわ〜、岡田プッツンしちゃってる〜。すごい迫力ぅ〜」

 何気に楽しそうな顔をして松本が言う。ちょっとやそっとの事では動じないのは彼女の美点か。

 その間も岡田はヒートアップ。彼女の興奮ゲージはグングン上昇していた。

「あーもう! あんたたち! 誰のでもいいからあたしのと交換しなさい! 今すぐに! さあさあ!」

 ちょっぴり目を血走らせて岡田が一同に迫る。デンジャーな雰囲気がプンプンと漂っていた。
 思わず引いてしまうあかりたち。完全に逃げ腰になっている。

「ま〜ま〜。岡田ぁ〜、落ち着こうよ〜。殿中でござる〜殿中でござる〜」

「やっかましい! あたしは吉良こうすけかい!」

「……岡田、それって襲われる方。しかも、名前間違ってる」

 深いため息を吐きながら吉井が冷静に突っ込む。

「うっさい! どうだっていいわよ、そんなもん! 『こうすけ』でも『こうずのすけ』でも大差ないでしょうが!」

「上野介(こうずけのすけ)だってば」

 疲れたような顔をしながらも律儀に訂正する吉井。

「だーから、そんなのどうだっていいのよ! それよりも、あんたらはさっさと胸を出しなさい! 献上しなさい! あたしに渡しなさーい!」

 暴走岡田、全く聞く耳持たず。天晴れなくらいの壊れっぷり。

 その様を見ながら藤田家女性陣は、

『今後、岡田さんの近くでは、何が有ろうとも絶対に胸の話題は出さないようにしよう』

 と、堅く堅く心に誓うのであった。










 ―――岡田たちが大騒ぎしている頃、そのすぐそばでは、

「あのー、先生?」

「なにかしら?」

「岡田さんたち、放っておいていいんですか?」

「……いいのよ。何を言っても多分無駄でしょうしね。というか、見ちゃいけません。目が合ったらとばっちりを喰らうわよ」

「……は、はい。分かりました」

 額に大汗を浮かべながら測定を続ける校医と女生徒達の間で、そんな身も蓋もない会話が繰り広げられていたとかいないとか。



 触らぬ暴走に祟り無し。










「むねーっ! むねよこせーっ! よーこーせーっ!」








< おわり >






 ☆ あとがき ☆

 岡田たちのバストサイズはイメージ(想像)です。

 岡田は貧乳、松本は巨乳というのはお約束だと思うんですがどうでしょう?

 吉井は……どうなんでしょ? 美乳?

 どうでもいいですが、吉井がどんどん美味しい役を持っていってるような気がする今日この頃。

 三人組一の常識人ゆえにメインネタにしにくいのが難点ですが。




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