『お届け物』



「浩之ちゃん、はいこれ」

「わりぃな。手間かけさせちまって」

 この日、浩之は弁当を家に忘れてきてしまっていた。
 浩之はそのことを激しく悔いた。
 社員食堂のメニューの数々は決して不味くない。それどころかかなりの高レベルである。さすがは天下の来栖川グループといったところか。
 しかし、あかりたちの愛情料理に慣れた舌には味気なく感じてしまうのも事実。
 その為、弁当を忘れたことに気が付いた時には、浩之は大きなショックを受け、また落胆した。
 ところが、そんな浩之の元へ救いの女神が現れた。
 彼の愛妻であるあかりが、わざわざ会社にまで弁当を持ってきてくれたのだ。
 同僚達から「愛妻弁当ですか?」「あやかりたいですねぇ」等といった冷やかしの声が飛んでくるのはやむを得ないところか。

「サンキュ。助かったぜ」

 言いながら、浩之があかりの頭を軽く撫でる。雑音に対しては無視を決め込んだようだ。

「えへへ」

 それを受け、あかりは満面の笑み。体中から『浩之ちゃんに喜んでもらえて嬉しい』というオーラを発散させていた。もしも尻尾があったなら勢い良く振っているに違いない。

「お礼に、帰ったらたっぷりと『サービス』してやるな」

 浩之があかりの耳元でそっと囁いた。

「え? え?」

 きょとんとした顔になるあかり。
 だが、次の瞬間、耳まで真っ赤にして俯いてしまう。

「浩之ちゃん、エッチ」

 そして、ポソッと呟いた。

「エッチだぁ? それは聞き捨てならないなぁ。俺はサービスするとしか言ってないんだぞ。なのに、なんでそれがエッチになるんだよ。変な想像をするあかりの方が余程エッチッチだと思うけどな」

 ニヤニヤとした笑いを浮かべて浩之があかりに言い返す。

「そ、それは……うう、浩之ちゃんのイジワル」

 プクッと頬を膨らませてあかりが拗ねた。上目遣いで浩之を非難してくる。
 その様を面白そうに眺めながら、

「うそうそ、冗談だって」

 浩之が宣った。

「知らない!」

 プイとそっぽを向くあかり。どうやらへそを曲げてしまったようだ。

「悪かった悪かった。あかりが余りにも可愛いから、ついからかっちまったんだよ」

 可愛いと言われ、あかりの肩がピクッと反応を示した。
 早くも顔がにやけてきている。

「ほら、機嫌直せよ」

 言いながら、浩之はあかりの首筋をコショコショを擽る。

「や〜ん。もう、浩之ちゃ〜ん」

 身をよじらせて逃れようとするあかり。
 しかし、本気で抵抗をするつもりは無いようで、端から見ればじゃれ合っているようにしか思えない。

「あん。ダメだってば〜♪」

 声もどことなく楽しげ……というか、甘い。極甘。
 このまま大人の遊技に発展しかねない雰囲気だ。

 当初は冷やかしていた同僚達。
 しかし、既に彼らの口からは言葉が出ていない。
 今の彼らの思いはただ一つ。

『くっそー、見せ付けやがって。良いなぁ。羨ましいなぁ。俺もイチャイチャしてーなぁ』

 この日、浩之の所属する部署は、珍しく殆どの者が定時上がりをした。
 妻帯者は脇目を振らずに帰宅。奥さんへのサービスに勤しんだとか。
 独身者は連れだって近くの居酒屋へ行き、独り身の寂しさを大騒ぎすることで発散させたらしい。

 ちなみに、定時で帰らなかった……もとい、帰れなかったのは、

「だーっ! 俺だけに仕事を押し付けて帰りやがって! 俺が何をしたっていうんだよ!」

 藤田浩之ただ一人であった。
 ある意味自業自得とは言え哀れである。

 尤も、

「浩之ちゃーん、晩御飯作ってきたよぉ」

「パパー、わたしが『あーん』して食べさせてあげるぅ♪」

 同情の必要は皆無の気もするが。





< おわり >



( おまけ:マルチの場合 )

「浩之さん。お弁当をお届けに来ましたぁ」

「おお、サンキュ。わざわざ済まないな。……って、マルチ?」

「はい、なんですか?」

「お前、何で手ぶら?」

「……へ?」

「弁当は?」

「……あれ?」

「もしかして、忘れてきた?」

「は、はうっ!?」

「……お前、何しに来たんだよ?」

「ず、ずびばせ〜〜〜ん」


 以上のやり取りを聞いていた長瀬主任がポツリと一言。

「うんうん。今日もマルチは絶好調だね、良きかな良きかな」

 ……いいのか、それで?





 ☆ あとがき ☆

 なんか、『たさい』本編よりも『外伝』の方が浩之とあかりのラブラブ度が高いような( ̄▽ ̄;



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