『おくりもの』



 2月20日。神岸あかりの誕生日。

「ありがとう。とっても嬉しいよ」

 家族の皆から贈られたプレゼントの山々。それにチラと視線を送りつつ、あかりは満面の笑みで感謝を述べた。
 あかりへと手渡された贈り物は――敢えて言うまでも無い事だが――申し合わせたかの如く、揃いも揃ってクマグッズ。クマのぬいぐるみ、クマのイラストがプリントされた腕時計、可愛いクマが主人公の絵本等々。まさにクマ商品の見本市状態。
 更に、あかりの為に用意された物がもう一点。葵、琴音の手による大きなケーキ。もちろん表面にはチョコレートクリームで描かれたクマの顔。そして、その上にはセリオが作ったクマを模った砂糖菓子。藤田家料理人衆による渾身の一品にして逸品。世界でただ一つのあかりの為のケーキ。
 流石のあかりでさえ苦笑してしまうほどに、クマクマクマのオンパレード。その状況に、プレゼントの贈り主である浩之たちもあかり同様に苦笑いを浮かべてしまう。

「まさか、ここまでクマ大行進になるとは思わなかったな」

 浩之の漏らした言葉に、周囲の面々が揃って首肯する。

「ま、仕方ないか。あかりとクマはイコールで結ばれてるからな」

 あかりの頭にポンと手を置いて、浩之が楽しげに声を上げて笑う。

「イコールって、それじゃまるでわたし自身がクマちゃんみたいに聞こえるよぉ」

 頭の中で『新種あかり熊』などという、ちょっぴり怪しい珍生物を想像しながらあかりが返した。

「いいじゃんか、あかりとしては本望だろ。いっそのこと、犬チックあかりからクマチックあかりに改名したらどうだ?」

「……もう」

 からかいの色が混じった目をして尋ねてくる浩之に、あかりは軽く頬を膨らませて拗ねたような声を出す。尤も、浩之に頭をポンポンと優しく撫でられているが故に、表情にも声色にも多分に甘さが含まれていたが。

「あ、そうそう」

 毎度の如くの浩之とあかりの遣り取りを微笑ましげに眺めていた理緒だったが、不意にパンと手を打つと、徐に座っていたソファーから立ち上がった。

「リオ? どうしたの?」

「今日ね、宅配便で荷物が届いてたんだよ。あかりさん宛に」

 キョトンとした顔で問うてくるレミィにそう答えると、理緒はパーティが催されている居間から小走りで出て行く。
 そして、待つこと暫し。
 大小二つの箱を抱えて理緒が帰ってきた。

「はい、これ。あかりさんのご両親からだよ」

 そう言いつつ、あかりの傍らにそっと箱を置く。

「お父さんとお母さんから?」

「うん。大きい方がおばさ……お義母さんで、小さい方がお義父さんからみたい」

 未だに『義母、義父』と呼ぶのが照れくさいのか、理緒が若干頬を染めて説明する。

「きっと誕生日プレゼントだろうな。ほら、あかり、早く開けてみろよ」

「う、うん」

 興味津々の顔で急かしてくる浩之。その声に押されるように、あかりが箱へと手を伸ばす。
 ――が、箱に触れる寸前であかりの手が止まった。唐突に、脳裏にとある言葉が鳴り響いたが為に。つまり『大きい葛籠と小さい葛籠』。小さな葛籠には財宝が、大きな葛籠には……。しかも、贈り主が小さい箱が父、大きい箱が母。あかりの額に冷たい汗が一筋流れた。

「あかり? どうかしたか?」

「え? う、ううん。なんでもないよ」

 気遣わしげな声を掛けてくる浩之に、あかりは首を左右に振って微笑を返す。
 ――まさか、ね。考えすぎだよ、考えすぎ。
 気を取り直して再度箱へと手を伸ばす。まずは小さい方から。
 ――これは小さい箱の方が近くにあっただけ。決して他意はないよ。ないからね。
 なにやら自分に必死に言い聞かせつつ、あかりが父親から送られてきた箱を開ける。

「うわぁ」

 中に入っていた物を目にした瞬間、あかりの口から思わず感嘆の声が漏れた。
 優しく取り出し、テーブルの上にそれを置く。すると、他の面々からもあかりと同じ種類の声や吐息が零れ出た。
 ガラスで作られたクマの置物。蛍光灯からの光を受けて虹色に美しく輝く様は、見る者の心を強烈に惹きつけた。

『誕生日おめでとう、あかり』

 添えられていたカードに記されている短いメッセージ。簡潔ではあるものの、深い愛情を感じさせる手書きの一文。
 愛されているという実感に、あかりは胸を熱くしてしまう。
 周囲からの「よかったね」という言葉に、微かに瞳を潤ませてコクコクと何度も頷くあかりだった。

「さて、それじゃ、次はそっちだな」

「うん、そうだね」

 余韻の覚めやらぬまま、浩之の言葉に誘われる様にひかりから送られてきた箱を手にして、何の躊躇も無くあかりが開ける。

「……うっ」

 そして、開けてから悔やんだ。父からの想いに感動する余り、母への危機感や警戒感を喪失させてしまった事を。まさに『油断』の一言。痛恨の極み。

「どした? いったい何が入って……」

 絶句してしまったあかりを不思議に思い、箱の中を覗き込んだ浩之。その彼もあかりと同様に声を失くしてしまう。

「あかり? 浩之? どうしたのよ、あなたたち? 中に何が……」

 眉を顰めて、心配そうな顔をして綾香が尋ねてきた。
 それを手で制し、浩之が箱に入っている物を一つずつ取り出して皆の目に晒していく。
 一つ、また一つと表に出されていくブツ。それらを目の当たりにし、綾香たちは納得した。心から。これを見たら、確かに言葉を失っても致し方ないと。

 ――哺乳瓶・おしゃぶり・ガラガラ・おしめetcetc

 赤ちゃん用の品が次から次へと出てくる出てくる。

「え、えっと……これって、つまり……その……」

「アレ、ですよね」

 微妙に引き攣った顔で葵と琴音がモゴモゴと零す。

「まあ、ぶっちゃけ、はやいとこ赤ちゃんを作れってことやな」

「ヒカリママ、痺れを切らしてきたのかもネ」

 もはや笑うしかないといった風情で、智子とレミィが顔を見合わせて肩を竦めた。

「おばさ……もとい、お義母さん、無茶苦茶ストレートだな。嫌な方向に。……あれ?」

「どうしたの、浩之ちゃん?」

「手紙が入ってた」

 そう言いつつ、浩之があかりに手渡す。それを受け取り、あかりは幾分おそるおそるといった面持ちで文面に目を通していった。なにかとんでもない事でも書いてあるのではないかと恐々としつつ。しかし、読み進めていくうちに、あかりの表情からは警戒の色は消えていった。
 手紙に書かれていたのは、あかりの健康とこれからの幸せを願う、大いなる母親の愛情を感じさせる温かな文章だった。荷物に入っていた母流の『お茶目』を笑って流せると思える程に、穏やかな気持ちにさせてくれるモノだった。

 ――だが。

「あかり?」

「……あかりさん?」

 今まで幸せそうな顔をして手紙を読んでいたあかりがいきなり眉を顰めたのを見て、浩之たちは何事かと思い尋ねた。
 その彼らに、あかりは無言で手紙を差し出す。

「読んでいいのか?」

 やるせない表情を浮かべてあかりは黙ってコクンと頷いた。
 あかりの態度に怪訝なモノを感じつつも、興味を駆られて浩之たちは手紙へと目を通していく。

『あかり、お誕生日おめでとう』

 最後にそう締められていたひかりからの手紙。
 別におかしな所なんて無いじゃないか、などと首を傾げながら『追伸』部分に視線を移し……

『タイムリミットまで、あと……日』

 全員、そこで一気に脱力感を覚えた。

「ひかりお義母さん……オチを用意しないと気が済まないのかよ」

 ここに記されているリミットは十中八九『アレ』を示していた。
 アレとはつまり……

「この数字、これに十月十日を足しますと、ひかりお義母さんの○○歳の誕生日になりますね」

 そういうことである。
 セリオの声に、一同は揃って盛大なため息を吐き出した。

「……お母さん、どこまで本気なんだろ?」

 こめかみを揉みほぐしつつ、疲れた様な呆れた様などことなく諦観している様な、なんとも表現しがたい表情を浮かべるあかり。

「百パーセント、大マジだと思うぞ」

 間髪を入れずに返された浩之からの回答。同意するように一斉に頷く家族たち。

「や、やっぱり? あ、あはは、はは、は」

 それを受け、あかりは乾いた笑いを零し、

「……ハァ」

 やがて、ガックリと肩を落とした。
 同情の視線が痛かった、あかりのそんな誕生日。





 ――余談

 あかりに同情しながらも、どことなく『対岸の火事』のように感じている節のある面々。
 しかし、彼女たちは知らない。
 自分たちの与り知らぬ所で、

「さすがですね、ひかりさん」(ま○ばら母)

「うふふ。わたし、目的の為には手段を選びませんのよ」

「私も、もっと娘をせっついてみようかしら」(ひめ○わ母)

「あらあら。では、私も」(み○うち母)

「うちは……まあ、放っておいてもお父様が何かちょっかいを出すでしょうね」(くる○がわ母)

 などという暗躍が成されている事を。

 明日は我が身、である。





 ――余談2

「哺乳瓶やら乳児服やら、果てにはベビーカーまで。長瀬主任、こんな物を送ってきてわたしたちにどうしろと言うのでしょう」

「……皆さんのお子さんの為に、じゃないんですか?」

「普通に考えればそうなのでしょうけど……でも、このマタニティドレスなんて、どう見てもわたしとマルチさんのサイズに合わせてありますよ」

「…………」

 創造主からもロボットであることを忘れられかけているっぽい某姉妹がいたりいなかったり。