『お悩み琴音ちゃん』



「ねえ、松原さん。やっぱり姫川さんって美人よね」

 休み時間、クラスメイトの一人がヒソヒソ声でそう話しかけてきた。
 その彼女の視線の先には琴音ちゃんの姿。
 琴音ちゃんは時折ため息を零しつつ、何事かを思い悩んでいるかのような顔でボンヤリと外を眺めていた。

「なんか、『絵になる』っていうか。……深窓の令嬢って感じ」

 それにはわたしも同意見。確かに琴音ちゃんには『令嬢』という言葉が合っている。
 口を開かなければ、という注釈は付くが。

「な、なあ。今日の姫川、その、なんつーか、綺麗、じゃね?」

「そ、そうね」

 いつもは元気爆発な琴音ちゃん。そんな彼女がアンニュイな雰囲気を醸し出しているのだから注目されてしまうのは至極当然かもしれない。気が付けば、クラス中の者が琴音ちゃんを遠巻きにして視線を送っていた。「やっぱ、姫川って可愛いよなぁ」などという言葉がそこかしこから聞こえてくる。
 そう。今更言うのも何だが、琴音ちゃんは美少女なのだ。それも『超』が付くほどの。
 普段は爆弾娘な行動によって隠されてしまっているが、今日のように静かにしていればその事実はアッサリと白日の下に曝け出される。
 男の子も女の子も、琴音ちゃんが本来持っている美しさを再認識させられ、揃って――多少動揺も混じった――感嘆の声を漏らした。

「……はぁ」

 皆が注視してる中、琴音ちゃんが小さな吐息をまた一つ。
 憂いを帯びた表情には、女のわたしが見てもドキッとしてしまうほどの艶が漂っている。

「い、色っぽい」

 男子の一人が呆けた顔で呟いた。
 それに呼応するように、クラスのあちらこちらから同様の声が上がる。

「ひ、姫川ってこんなに色気があったんだな」

「やだ、ドキドキしちゃう。私、女なのに」

「姫川さん、私のお姉様になってください」

「じゃあ、わたしは妹に……」

「愛があれば性別なんて」

 なにやら不穏当な発言が飛び交っている気がするが……敢えてそれらは無視するということで。
 何と言いますか、非常に濃いです。さすがは我がクラス。
 誰ですか、「毒された」だなんて言う人は。
 違いますよ。このクラスは元々こうだったんです。別にわたしやマルチちゃんの所為じゃありません。ええ、『わたしとマルチちゃん』は無実です。無実ですとも。
 琴音ちゃんに関しては……まあ、一概に否定も出来ない気がしなくもないですが。

 閑話休題。
 クラス全体がいろんな意味で騒々しくなっている中、相変わらず物思いに耽った顔をしている琴音ちゃん。
 こちらのことが全く耳に入らないほどに思考に没頭しているその様子を見て、綺麗だと思う反面さすがに心配にもなってくる。
 後で話を聞くだけでも聞いてみよう。もしかしたら何か力になれるかもしれない。
 小さなため息を吐く琴音ちゃんを見ながら、わたしはそう心に決めた。






「ねえ、琴音ちゃん」

「ん? なに、葵ちゃん」

 その日の夜、わたしは琴音ちゃんの部屋へと足を運んだ。
 無論、彼女の話を聞くために。

「今日、学校で随分と考え事をしていたみたいだけど……もし、なにか悩みがあるのなら話してくれないかな。頼りないとは思うけど、わたしだって少しは力になれるかもしれないし」

「え? そう? うーん。なら、ちょっと相談に乗ってもらっちゃおうかな」

「うん」

「あのね、ずーっと悩んでたことがあるの」

 琴音ちゃんが真剣な顔で切り出した。
 思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

「猫耳なんだけどね」

「……は?」

 ねこみみ? ネコミミ?

「ブルマとスク水、どっちと合わせた方が萌えるかな?」

「え、えっと……」

「浩之さんを悩殺しちゃう為にいろいろ考えてたんだけど、どっちも捨てがたくて迷ってたんだよね。ねえねえ、葵ちゃんはどう思う?」

「どう思う、と言われましても。っていうか、何故に選択肢がブルマとスクール水着?」

「へ? なに言ってるのよ。ブルマとスク水は基本だよ、き・ほ・ん♪」

 嫌な基本だ。

「あ、そうだ。ワンポイントとして首輪なんか付けてみちゃうのも倒錯的で良いかも。もしくは、スク水の上からセーラー服を着るってのもフェチっぽくてなかなか。ああ、この場合、もちろんスカートは無しだからね。……待てよ、セーラーとブルマの組み合わせっていうのも意外といけてるかも。あまりにも基本すぎて却って見落としていたわ。くっ、わたしとしたことが……」

 何と言いますか。
 うん。ちょっとでも本気で心配したわたしがバカでした。

 取り敢えず、この琴音ちゃんの『悩み』はわたしの心の中だけに仕舞っておこう。
 少なくともクラスの皆には絶対に内緒。
 一時の夢とはいえ、木っ端微塵に破壊するのはあまりにも不憫だから。

 世の中、『知らない方がよかった』と思えることは身近に幾らでも転がっているものである。

 そんなことをシミジミと実感したわたしだった。