オレは、暗闇の中を進んでいた。

 その方向は、前なのか。後ろなのか。

 右なのか。左なのか。

 上なのか。下なのか。

 それさえ分からない。

 だがオレは、確実に進んでいた。



 はるか向こうに、光が見えた。

 いや、意外と近くにあるのかもしれない。

 オレの、戻るべき所。

 『えいえん』に旅立つ前に残してきた、『絆』と言う名の灯台。

 オレは、その光に導かれた。



(……じゃあ、さよならだね、お兄ちゃん)

 少女の声が聞こえた。それは、オレの中から生まれた物かも知れない。

「さよならじゃないぞ、みさお」

(どうして?)

 みさおは、不思議そうに言う。

「みさおは、これからずっとオレの中で生きていくんだ。だから、さよならなんかじゃない。

いつでも、会えるんだからな」

(そう……そうだよね)

 みさおが、笑ったような気がした。

「じゃあな、みさお」

(うん。じゃあね、お兄ちゃん)

 それっきり、みさおの声は聞こえなくなった。

 オレはこぼれそうになった涙を拭った。みさおとは、いつも思い出の中で会える。

泣き虫のみさおが笑っていたのに、オレが泣くわけにはいかない。

「帰ったら、あいつの墓参りだな……」

 だから、無理矢理笑った。



 光が、大きくなってきた。

 これから向かう先に、オレがいるべき世界がある。

 繰り返される日常の中にある、変わらないものが。

 いつでもそこにある見慣れた風景が。

 時には笑い、時には泣き、時には怒り、時には喧嘩する、

 そんな、かけがえのない人たちと過ごす時間が。

 輝く季節が、オレを待っている。

「オレの手を握ってくれるヤツは、誰なんだろうな……」

 そんな事が、頭に浮かんだ。

 オレは消える少し前に、全ての人間との接触を絶った。

 もう学校に行っても俺を覚えているヤツはいなかったし、

なにより、長森や七瀬達に忘れられている事を確かめるのが恐かったからだ。

 今、オレを導いてくれている『絆』は、誰の物なのだろう?

「行けば分かるか……」

 そう、行けば分かる。それも、もうすぐだ。





 まばゆいばかりの光に包まれていく。

 目を閉じて、その感触を味わう。

 それはまるで、柔らかなクッションに全身が埋もれていくような、そんな感覚だった。

 それは、この世界から去る事への、やんわりとした拒絶にも思えた。





 ……遠くから、街の喧騒が聞こえてきた。

 靴が土にめり込んだ感触があった。

 緑の香る、夏の風が頬をなでた。

 オレを包む光は、陽光に変わっていた。

 どれも、『えいえんの世界』には無かったものだ。

 一度、深く呼吸をする。

 蒸すような植物の匂いが、肺を満たした。

 消える寸前まで、かいでいた匂いだ。

 それがオレに、帰ってきた事を実感させる。



 オレは目を開こうとして……押し倒された。







『藤田家のたさい』番外 『たさいの始まり』

『えいえん』からの帰還


「浩平っ!」 「みゅーっ!」 「……!」 「ぐあっ!」  オレは三人の少女に飛びつかれたのだ。 「いきなり何だよ、長森、椎名、澪!」 「わぁ、浩平だよ。本物の浩平なんだよっ!」  ……首、苦しいぞ、長森。 「みゅー、みゅー、みゅー、みゅぅぅぅぅぅっ!」  ……椎名、俺の腕で鼻を拭くなよ。 「(えぐっえぐっ)」  ……お前も同じだ、澪。 「会いたかった、会いたかったんだよ、浩平……」  腕に、より一層力をこめる長森。それは長森の想いの強さだろう。  これだけの想いがあったから、オレは戻ってこられたんだ。しかし…… 「く、首をしめるな……」  い、いかん、意識が……。  フッ、短い帰還だったぜ……。 「……長森さん、それ以上力を入れると、浩平が死んでしまいます」  繊手が、長森の肩に置かれた。長森ははっとした様に力を緩めると、 照れたような涙目でオレを見る。オレは優しく笑いかけてやった。 「お帰りなさい、浩平。……あなたは、帰ってきてくれたのですね」  優しく微笑む茜。その瞳からは、涙があふれていた。 「お帰り、浩平くん。女の子を待たせちゃダメなんだよ」  茜に手を引かれた先輩も、指で涙を拭っていた。 「……でも、許してあげるわ。 『たった一人の男を待ち続ける』……乙女にしか、出来ない、技よ……」  七瀬はうつむいている。言動こそ自己陶酔に浸っている様だが、肩が震えていた。  ……乙女は、こんな時は泣いていいんだぞ。 「みんな、オレの事を覚えていてくれたのか……?」  驚き、そして喜び。オレはまた、涙を流しかける。 「そうだよ。これが君の残した『絆』さ」 「氷上……」  相変わらず飄々とした様子で、唐突に氷上が現れた。 「僕は始めからいたよ。……立てるかい?」  氷上が手を差し伸べる。オレはまた、思った事を口に出していたらしい。 「こいつらがどいてくれればな」  苦笑しつつ、オレにすがりつく少女たちを見る。どの顔も、涙と鼻水でくしゃくしゃだった。 「あ、ご、ごめんね。こんな事してたら、立てないよね」 「みゅー……」 『ごめんなさいなの』  慌てて離れる三人。オレは氷上の手を借りて立ち上がった。  回りを見渡す。  俺と長森が近道に使っていた、学校裏の森。  椎名と出会った所より奥にある、少しだけ開けた場所。  隔離された様な、人目につかない空間。  そこに、オレとの『絆』を捨てずにいてくれた、大切な人たちがいる。  目頭が熱くなり、堪えたはずの液体が、視界を曇らせた。 「ありがとう、みんな」  最初に、礼を言いたかった。 「……それから、ただいまっ!」 「『お帰りなさい!」なの』  笑顔の洪水に、オレは包まれた。 「……なんでオレはこんな所にいるんだ?」  気が付くと、オレは巨大なベッドの上にいた。スプリングのよく利いた、寝心地のよいベッドだ。  サイズは恐らくキングサイズ。大人が四・五人は寝られそうな大きさだ。  まわりを見まわしてみる。  この巨大なベッドが普通の大きさに見えてしまうほど、広い部屋だ。オレ以外、誰もいない。  天井も高い。南向きの大きな窓からの強い日差しを、レースのカーテンが 柔らかく受け止めていた。  家具も一通りの物が揃っている。この部屋から考えて、きっと高級品だろう。  ひとまず布団から這い出ると、ベッドの縁に腰を下ろした。 「いったい、なにが起きたんだ?」  そうつぶやいてみる。……なぜか頭が痛い。 「覚えていませんか?」  すぐ真横から声がした。 「うおっ!」  突然の事に、オレはベッドから転げ落ちる。 「……大丈夫ですか?」  オレを驚かせた張本人は、ベッドの上から心配そうに聞いてきた。 「なんでここにいるんだ、茜っ! この部屋にはオレ以外、誰もいなかったはずだ!!」 「……詩子に、教えてもらいました」  頬を染めて、そう答える茜。……いや、柚木ならこの程度はやってのけるか……。 「浩平」  狼狽するオレに近づく茜。正面にしゃがみ込むと、右手を伸ばしてきた。  ほっそりとした指先が、オレの耳をかすめる。  茜の端正な顔が、次第に視界を埋め尽くしていく。 「あ、茜……?」  オレは彼女の透き通った瞳を見つめていた。目が、離せない。  ……そうか、分かったぞ。そうならそうと言えばいいのに。  茜はオレとキスをしたがっているんだ。  どれだけ向こうにいたかは知らないが、こっちではかなりの時間が経っているはずだ。  その間に、茜の想いは大きく膨らんで、今、オレがいる事で押さえられなくなったのだろう。  そうに違いない。ならば、する事は一つ! 「……たんこぶ」 「……へ?」  茜は奇妙な事を言う。キスの前に、何が「……たんこぶ」だ?  行動に移ろうとしたオレは、しばし、あっけに取られる。 「おっきなたんこぶが出来ています」  言いながら、俺の後頭部をさする茜。……確かに、ちょっと痛い。 「頭痛の原因はこれだったのか……」  オレも自分でさする。……でかい。 「立てますか、浩平」  手を差し出す茜。 「自分で立てるさ。……それより、ここはどこなんだ? どうしてオレはここにいる?」 「追々、話します」 『笑顔の洪水に、オレは包まれた』  この表現はひどく適切だとオレは思う。  あの時、オレは氷上を除く全員に抱きしめられた。  ……いや、もっと正確に、『飛びつかれた』と言った方が正しい。  茜曰く「嬉しさがあふれて止まらなくなった」らしいのだが、オレはその勢いを止められず、 転んで気絶したのだ。……情けない。 「しかし、広い屋敷だな」  オレはあちこちに視線を走らせる。  部屋を出て、真っ先に目にとまったのが長い廊下だ。長さは数十メートルほどもあり、 毛足の長い絨毯が敷き詰められている。  そこにドアが並んでいる様は、さながら巨大ホテルのようだった。  部屋がそうであったように、天井も高い。オレの家の、倍近い高さがある。  庭は校庭ほどの広さがあった。中央には噴水が設けてあり、 キラキラと宝石のような飛沫を吹き上げている。芝生やその他の植込みも、 しっかりと手入れされている様だ。  時折、本物のメイドさんともすれ違った。オレや茜を見ると、品のよい礼をしてくる。 オレはせいぜい、ぎこちない会釈を返す事しかできなかった。  この富豪の屋敷は、なんと氷上の私物らしい。  なんでも、『氷上』は天下の『来栖川』『妹之山』と並ぶ、日本の大財閥の一つなのだそうだ。 「……金って、ある所にはあるんだな」  それが、オレの正直な感想だった。 「ところで、茜。これからどこに行くんだ?」  隣りで微笑んでいる少女に尋ねる。……以前なら、こんな表情をする事も無かったな、こいつは。 「大広間です。もう、パーティーの準備が出来ています」  オレと目が合うと、恥ずかしそうに顔を伏せる。可愛いぞ、茜。 「パーティー? オレの帰還を祝ってくれるのか」 「はい。それと……」  茜は、耳の先まで真っ赤になって、オレをチラチラと見上げる。  心なしか、目が潤んでいる気がする。  こんな茜は、いまだかつて見た事がないぞ? 「それと、なんだ?」  先をせかす。茜は可愛い舌で唇を湿らせた。 「私たちの……です」 「なんだって?」  茜が立ち止まった。オレをジッと見つめている。 「私たちの、……こ……」 「こ?」  茜の瞳を見つめる。茜の呼吸が、少しだが荒くなっている。 「……少し、待ってください」  視線を外し、茜は何度か深い呼吸を繰り返した。  そして、なにかを決意したような顔で、一息に、こう言った。 「私たちの、婚約パーティーですっ!」  オーク材の重厚な扉を開けた途端、「パンパン」という音が鳴り響いた。 「こっ、ここはカンボジアかっ!」 「違うよ、浩平」  長森が、呆れたような、でも嬉しそうな声で言ってくる。 「いや、冗談だが」 「分かってるんだもん。浩平のその冗談、久しぶりに聞いたんだよ」 「ほんと。その殺人的につまらない冗談をこれからずっと聞く事になるのかと思うと、 悲しくて涙が出てくるわ」  満面の笑みを浮かべ、泣き真似をする七瀬。その手には、数個のクラッカーが握られている。 「毎日が楽しくなるね」  いつでも食事ができるように、箸と大盛りの皿を持ったままの先輩。 『ずっと一緒なの』 「みゅー、ここにいる」  澪と椎名に抱きつかれ、オレは少しふらつく。 「折原くん、この状況はどうだい?」  氷上が両手にグラスを持って現れた。顔には相変わらず薄笑いが浮かんでいる。 「茜に聞いた時には、さすがに驚いたがな。正直、悩んでもいたし」  『一夫多妻制』の導入――それがオレが『えいえん』に行っている半年間に起きた、 こちらの大きな変化だった。  こっちに戻る前、オレは、オレを導いてくれた人と、一生を過ごそうと決めていた。  オレとの『絆』の持ち主が一人だけなら、旧来の法律でも構わなかった。  しかし、実際にはこんなに沢山の『絆』がオレを繋いでいてくれた。  誰か一人を選ぶ事なんて、到底、できるわけがなかった。  だからこの法案は、渡りに船だった。 「そうだね。こんないい法律ができたんだもん、利用しなくちゃね」 「長森、オレの心を読んだのか!?」  こいつ、まさかオレがいない間に超能力でも身につけたかっ! 「ちがうよ。浩平、『悩んでる』って言ったでしょ? それから予想したんだよ」  そうだったのか……オレはてっきりテレパシーでも使えるのかと。  さすが、幼馴染だな。 「それに、力強いパトロンもいる事だしね」 「自分で言うなよな、氷上」 「あはっ……それもそうだね」  テレたように笑う氷上。 「ねぇ〜、はやく食べようよ〜」  みさき先輩が痺れを切らした様に言った。……先輩の事だ、もうお腹の鳴る寸前なんだろう。 「そうだったね。はい、折原くん」  氷上がグラスの片方を差し出した。 「おう。……お前らも、いつまでもしがみつくな。グラスを持て」  腰に抱きついている椎名と、首にしがみついている澪を離して、それを受け取る。  二人とも長森からグラスを渡された。先輩には茜が渡しているのが見えた。 「では長森さん、乾杯の音頭をとってもらえるかな?」 「うん、分かったよ」  頷くと、こほん、とセキをする長森。  場が、水を打ったようにシン、となる。 「……わぁ、なんだか緊張してきちゃったよぉ〜」  開いている手で胸を押さえる長森。 「……いいから早くしろ」  オレは苦笑してしまう。こいつのこんな所は、昔から変わっていない。 「え〜、それでは、浩平の帰還と、わたしたちのこ、こ、婚約を祝って……かんぱ〜い!」 「『かんぱ〜い!」なの』  グラスを合わせる高い音がして、パーティーは始まりを告げた。  そしてそれは、オレの新しい季節の、始まりの音色だった。 <終わり>
後書き  ふぅー、なんとか書けました、『ONE〜輝く季節へ〜』の『たさい』! Hiroさんの『藤田家のたさい』を読んでから、ずっと書きたいと思っていたんです。  ……しかし、今回も妙に長ったらしい文章になってしまいました。オリジナルの文章を 書いている時から、文章が長くなるクセみたいなものは気付いていましたが、まさか、 こうなるとは……。  ひょっとしたら、私の書いた物の中で、一番の駄文かも。精進しなければ。                     読んで下さった『あなた』に、多謝                                        天城風雅

 当HP初の『ONE』SSです\(^▽^)/

 なるほど、『ONE』のキャラクター達もなかなかに魅力的ですね。
 とっても良い感じです(^0^)

 ……すみません、これ以上コメントが書けないです。
 『ONE』未PLAYなもので(^ ^;(H12/4/29現在)

 これを機に、PLAYしてみようかと思います(^ ^ゞ


 天城風雅さん、ありがとうございました\(>w<)/



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