「マルチの話」・「了承学園」   外伝                 「マルチの話」   in    「了承学園」                                      くのうなおき                    --------------------------------------------------------------------------------            第二話        水瀬秋子    「・・・・・で、ガディムさん・・・・、あんたその格好で理事長室へ行くんですか? 」  ようやく立ちあがった浩之が呆れた顔でガディムを見た。まさか、あんな下らない冗談 をするとは、浩之達にはあまりにも予想外のことであった。浩之達の「常識」をあまりに 逸脱した行為であればこそ、ガディムの冗談に引っかかったといえよう。  しかし、ガディムは何を思ったのか、浩之達が自分の冗談に引っかかった事を  『この芸はまだまだ使えるぞ!!』  などと、心躍らせていた。  それが、とんでもない思い違いである事には、後の授業で嫌と言うほど思い知らされるのだが、 それはまた後程の話・・・・・・。  浩之の問いに、ガディムはぶんぶんと思いっきり首を横に振り、顔を強張らせながら言った。  「とんでもない!!秋子理事長の前にこんな格好で出たら、ジャムを何十キロ・・・・・・・、 い、いえ・・・・なんでもありません。と、とにかく秋子理事長の前にこんな格好で出られません。」  ジャム・・・・、と言った途端、ガディムの顔が浩之達にもはっきりわかるくらいに、恐怖に歪んでいた、 ガディムがこれほどまでに恐れる「ジャム・・・・」とは一体何なのか?疑問はあったが、それについて 何も言いたくない態度のガディムに、それを聞くのは止めた。    それにしても、秋子さんには尻は出せなくても、他の人間には平気で尻をだせるのか?ガディム よ・・・・・・・・。  「では、理事長室に参ります。」  そう言うと、ガディムはポケットから小さな箱のような物を取り出すと、それに付いているスイッチ を押した。すると、一瞬の間に浩之達とガディムは理事長室の前に立っていた。  「な・・・?ここは・・・・」  「浩之ちゃん・・・、ここ、理事長室って書いてあるよ・・・・。」  「うわあ〜〜、あっという間です。」  「いかがですかな?物体転送機の能力は。ここは第一校舎の八階、先程我々の正面に あった建物です。」  と言うガディムの格好は前後共々きちんとした背広姿だった。  コンコン  「秋子理事長、ガディムです。」  「どうぞお入り下さい。」  扉の向こうから返ってきた声は、とても優しげな女性の声だった。  『この声の主が秋子理事長・・・・・・・・・・!!』  この巨大な学園都市の頂点にあって魔物をも恐怖させる存在、優しい女性の声をしているのだが、 果たして実態は如何なる者なのだろうか・・・?  あかりとマルチが、浩之のジャケットの袖をぎゅっと握った。浩之は二人を安心させるように笑顔 で言った。  「大丈夫だ、何も危険なことはないぜ。」    自分達を殺すなり捕らえるなりするのなら、先程いくらでも機会はあったはずである。  ラルヴァ達だけなら、まだ逃げる可能性はあったはずだが、この目の前にいるガディム も加わっては浩之達に打つ手はまったくない。それ程このガディムという魔物の力 は圧倒的だ・・・・・、抑えているようだが、時々表に発せられる「気」から、浩之はこの 魔物の強さを察した。  機会はいくらでもありながら、浩之達に一切危害を加えなかったということは、この魔物 、そして「了承学園」には自分達に敵意は無い、と信じても良いのかもしれない。  あかりとマルチは浩之の言葉を信じてこくんと頷いた。  ガチャリと扉を開けられ、「どうぞお入りください」とガディムに言われ、浩之達は理事長室 に入った。  「秋子理事長、藤田浩之様、あかり様、マルチ様をお連れして参りました。」    「どうもありがとうございます。」  目の前でぺこりと頭を下げ、ガディムに礼を言う秋子理事長なる人物は若い女性であった。 しかし、その風貌はこの強大な魔物を従える、巨大学園都市の支配者というイメージから はほど遠かった。どう見ても普通の女性、若奥様という雰囲気だった。  『ひかり母さんに似ているな・・・・』浩之はふとそう思った、隣のあかりとマルチもそう思った ようで、秋子を茫然として見ていた。    「わたしは、この了承学園の理事長をしております、水瀬秋子です。今回は私共の不手際で あなた方に多大なご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません・・・・・・。」  秋子はそう言うと、浩之達に深深と頭を下げた。  「あっ、ぼ、僕は藤田浩之と言います・・・・。」  「わ・・・、わたしは妻の・・・・・(ぽっ)藤田あかりです・・・・・。」  「わたしはメイドロボットの藤田マルチです〜」    「あの・・・・・、今、あなた達が一体どのようにしてここに来てしまったのか、現在、分かる範囲でご説明 致します。どうぞお掛けになって下さい。」  と秋子は応接席の椅子に座るよう3人に薦めた。  「失礼します」と言って椅子に座った浩之達に、秋子はどうやらここに来る前に淹れておいたであろう 紅茶を「どうぞ」といって浩之達に差し出した。その動作に不自然さは無く、「偉い人」という感じ はなかった。    「あ、あの〜・・・・、すみません、わたしは物が食べられないんです・・・・。」  自分の前に置かれたティーカップを見てマルチはすまなさそうに言った。  「あ・・・・・、ご、ごめんなさい。ここのマルチちゃんと一緒だと思っちゃって。」  秋子は慌てて、マルチに謝った。  「い、いえ!謝ってくださるほどの事ではありませんから」  マルチも、頭を下げる秋子にあわてた。  秋子は苦笑すると  「この学校にいるマルチちゃんは物を食べることができるんです、そっくりだからつい・・・・、あなたも そうだと思っちゃって・・・・、ごめんなさいね。」  「『この世界』の『マルチ』ですね?」  浩之が秋子を、じっと見て聞いた。  「そう、あなた達が住んでいる世界とは別の『この世界』のマルチちゃんです。」  「『この世界』は、『別の』オレ達のいる世界・・・・、『平行世界』なんですか・・・・・・・?」  「はい、本来なら交わる事の無い世界、ガディム教頭やラルヴァさん達はあくまでも異世界の方々、わたし たちの世界と本来時空を同一としている世界の方々なんです。」  「本質的に同じ『世界』を共有しているから、交流ができるというわけですね?」  「そうです、あくまでも同じ『世界』の中に住んでいる方々だけです。」  「同じ『世界』に、同じ人間が存在するわけはない、だからオレ達は『平行世界』という別世界から来た人間 ・・・・・・、強引な考えだけど、そう考えないとこれから先へ進めそうもないな・・・・。」  浩之は苦笑しながら、あかりとマルチを見た。二人共浩之の言葉に頷いた。  まず、自分達が「平行世界」に来てしまったと思う事、それを前提にして今後の事を考えるということだった。 後で、違う結果がでたとしても、まずは自分達が推測しうる範囲から物事を考えはじめなければならなかった。  「わたし達も、『平行世界』から藤田さん達が来てしまったと言う事を平静に受け止めてるわけじゃないんですよ、 でも、現実に藤田さん達は目の前にこうして存在してるんです、それを認めなければいけないんです。」  秋子もまた苦笑しながら浩之に言った。  「それで・・・・、先程『私共の不手際』と仰ってましたけど、一体何が原因なんですか?」  「ここの学園都市の敷地はディバイディングフィールドと言って、空間湾曲装置によって人工的に発生させた ものなんです、既に存在している空間に穴をあけ押し広げるようにする・・・・、簡単に言うとそういうことなんです、 むろん、本来の空間を壊さないようにする事を前提としてこのような事をして、敷地を確保しているんです。」  「空間湾曲、ですか・・・・・」  浩之は呆れたように、呟いた。  あかりとマルチも自分達の常識概念をはるかにすっとばした話に、ただただ、茫然とするしかなかった。  しかし、いくら自分達の常識を超えているからと言って、それを無視するわけにはいかない、現に浩之達は あの広大な敷地を見ているわけである。  『この後、どれだけ仰天させられるやら・・・・・・・』  内心苦笑しながら、浩之達は秋子の話に聞き入っていた。  「今回、このディバイディングフィールドの空間固定用制御機器にトラブルが発生しまいまして、正門が別の 空間に消失してしまったんです。」  「それが、オレ達の家の前に現れて、その近くにいたオレ達といっしょにここに戻ってきたわけですね?」  「空間制御の不安定で、他の場所に入り口が現れるという事は、以前一回あったんですけど、あくまで この世界の話でした。だからすぐに迷い込んだ方を元の場所に返すことは、すぐ出来たんですけど、今回 はさすがに、私達も想定外の事で、あなた方を元の世界に送り届ける方法も、見つけるのに時間がかかって しまうと思います・・・・・、早くて2週間はかかると思います・・・・・、本当に申し訳ありません。」  「「「2週間・・・・・?」」」  秋子の言葉に3人は素っ頓狂な声をあげてしまった。  たった2週間で別世界への道を探し当てることができてしまうのか!?またも「常識」を超えた発言に 仰天してしまう3人であった。  『ひょっとしたら、もう2度と戻れないかもしれないと思ったのに・・・・』  3人は顔を見合わせて苦笑した。  「秋子さん、オレ達からすれば、2週間で戻れるかもしれないなんて、本当に奇跡みたいなもんですよ。」    「もっと、もっと時間がかかると思っていたんですから。」  「早く家に帰れそうで本当によかったです〜。」  「まあ問題は、親父やお袋、神岸の父さん、母さんにどうやって言い訳するかだな・・・・・。」  「ふふ、そうだね、でも・・・・、話せば信じてくれるかもしれないよ?」  「ま、まあ・・・・・、ひかり母さんはな・・・・」  「あまり、大騒ぎにならなければ良いですね。」    3人の言葉に秋子はまた深く頭を下げた。  「・・・・・・ありがとうございます・・・・・。できるだけ早く元の世界に返れるようにしますから、しばらくの間 お待ち下さい、それとあなた方がここにいる間中の生活に関しては私達におまかせ下さい、至急住居及び 生活必需品をご用意致します。」  「は、はい・・、お気使い無用と言いたい所なんですけど、状況が状況なだけに、お世話になります。」  「「お世話になります」」  「あ、あの・・・・・・・・」  頭を上げた秋子は、少しためらいながら口を開いた。浩之達は秋子の様子に疑問を抱きながらも次に 秋子が何を言うのかじっと耳をこらした。  秋子は意を決すると、浩之達をじっと見て話出した。  「もしよろしければ、ここにいる間『了承学園』に来ては頂けないでしょうか?」          第二話    終  後書き  さ、最初は浩之達が「了承」の浩之達に会いに行こうとするところまでやるつもりだったのに 、話が長くなりそうだから切りの良さそうなところで一先ず終らせました。浩之達が、お互いに 顔を合わせるのは、おそらく第4話になると思います。それまで読んでくれている方々、どうか お待ち下さい・・・・。  
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「いよいよ、了承学園での生活がスタートするのね」(^^) セリオ:「一緒に、騒動も始まると思いますけどね」(;^_^A 綾香 :「気にしない気にしない。そんなの、いつものことよ」(^0^) セリオ:「は、はあ」(;^_^A 綾香 :「あっちの浩之とこっちの浩之の対面。楽しみだわぁ」(^^) セリオ:「あっちの世界の浩之さんとこっちの世界の浩之の対面、ですか?」 綾香 :「そうよ」(^^) セリオ:「あっちとこっちの浩之さん……。      あっちの浩之さんはあっちの世界の人で……こっちの浩之さんはこっちの世界のひと。      うにゅ? ちょっとややこしいですね」 綾香 :「そうかなぁ? 別にややこしくはないでしょ?」(^ ^; セリオ:「……あっちの浩之さんと……こっちの浩之さん。      ……こっちの浩之さんと……あっちの浩之さん。      あっちがあっちでこっちがこっち。あっちがこっちでこっちがあっち。      こっちがそっちであっちがどっち。あっちがどっちでそっちがこっち。      …………はにゃ?」(・・? 綾香 :「あんたねぇ。どうして、無理矢理複雑にするのよ」(−−; セリオ:「ふえーん。頭の中がこんがらがっちゃいましたぁ〜〜〜」(;;) 綾香 :「……………………ばか」(−−;



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