私立了承学園

Perfect dessert」

作:阿黒


勇気とは何だろうか?

そう問われてわかりやすい例として、死を恐れずに巨大な敵に立ち向かうことを勇気だと言う人々は多い。己の命を顧みず、艱難辛苦に立ち向かうその姿は確かに勇壮であり見る人の心を動かすが、より細部を突き詰めて考察してみるとどうだろう?

ノミというチッポケな虫は、自分より遥かに巨大な生物にとりつき、その血を吸おうとする。この場合はその小ささと敏捷さ故に、たかられた方は中々ノミを駆除することは難しいが、かといってノミが圧倒的に優位というものではない。尤も、問題はそういう点ではないが。

問題とすべきは、このノミの行動は勇敢なものであるといえるかどうか?という点だ。…結論を言えば、ノミは単に本能によって行動しているに過ぎない。そもそも、恐怖とか勇気とか考える頭が無い。

これは勇気とは言えないだろう。恐怖を知り、怖れ慄きながらも尚それに立ち向かおうとする心。それが勇気というものだろう。

だが、必ずしも立ち向かうことだけが勇気であろうか?これもまた一概には言えないが、ただ無謀に立ち向かうのではなく、果たすべき目的のため一時退く英断を下すこともまた、時には必要である。物事には様々な側面があり、それに対して常に最高の判断を下せる人間がいるだろうか?そして、その判断基準とは本当に正しいものなのであろうか?いや、そもそも正誤という価値で断じてよいものであるかどうかすら、突き詰めて考えれば様々な論拠があるものなのだ。

理屈などというものは、その気になればどのようにでもつけられる。そして時に人間は、理屈ではなく感情を優先した判断を敢えて下す生物でもある。

複雑に絡み合った理を解きほぐすために、比較的簡単な理から手をつけるのは、無難だがまず正しい方法であると思われる。

…自分が今まで知りえなかったもの…「未知」に対して、それに対して接触を試みるか、しないか。

触れれば「未知」を知ることができる。しかしそれが自分にとってマイナス要因であった場合、触れなければデメリットを受けることはない。しかし、未知は未知のまま、残ってしまうだろう。

触れるか、触れないか。どちらを選ぶか?どちらを選んでも、それぞれに問題がある。どちらがより勇敢な選択であるかなどと、容易に判断などできはしない。

だが…単に危険の全てを排除しているだけでは、人間は文明というものを持ち得なかったことは事実である。未知に挑戦する者がおり、そしてそれは悲喜こもごもの結果を生み出してきたのだ。それらは全てが人間にとって幸福なことでは無かったが、そればかりではなかった事もまた、事実である。

だから…敢えて言いたい。人間に限らず、生命は全て、前に進むために生まれてきたのだと。

「…と、いうわけで」

 柳川はメニューから顔を上げると、何やら猛烈な勢いで冷汗を流しているウェイトレスの日ノ森美奈に注文を繰り返した。

「デラックストロピカルジャンボパフェ、一つ」

「…ホントに食べるの?柳川さん」

 こちらは無難にアップルパイのティーセットを頼んだ貴之が、額に脂汗を浮べて言った。同じような顔をしている美奈と貴之の顔を見比べて、柳川は軽く頷く。

「うむ。なんというか、今ここで頼んでおかないと、俺とデラックストロピカルジャンボパフェとは二度と人生において交錯することはないのではないだろーかと」

「…いや…何も無理して交錯する必要は無いんじゃないかと…っていうか人生まで持ち出しますか」

「人間、時には勇気を持って挑戦することも必要だぞ」

 ♪風の中のスバル〜。♪砂の中の銀河〜。

 聞こえてくるのは国営放送の某番組のOPである。(地上の星/中島みゆき)

「ううううううううう…まるで地上げヤクザの嫌がらせのような注文…」

 Piaキャロット了承支店早々、こんな嫌がらせを受けると思わなかった。美奈はまだ外見的にも精神的にも幼いところがあるが、それでも一応ウェイトレスとしての年季はそこそこ積んでいる。実を言えば姉のあずさよりも先輩なのだ。

「何をいう!ヤクザな嫌がらせの定番といったら生ゴミ動物の死体ゴキブリだろうがっ!そんなことはまだやってないだろ!?」

「…まだ?」

「いや…そういう単語を大声で喚かれるだけで十分迷惑なんですけど…」

 近くにいた一般部の生徒達が何やら俯いている姿を目の端に捉えながらうめく美奈に、腕組みをして柳川は呟いた。

「…とにかく、注文はしたからな。変更はせんぞ」

「あううううう…わ、わかりましたぁ…。

 ご確認いたします。アップルパイのセットお一つと、で、でらっくすとろぴかるじゃんぼぱふぇ、お一つでよろしいですね?そ、そ、それでは…」

 涙目でオーダーを確認してから厨房に戻る美奈の後姿は、何やら死刑囚のような哀愁というかなんかそんな感じのものに満ち溢れていた。そんな彼女の後姿を見送りながら、心底不思議そうに柳川は、先程から無言で隣に座っているマインに問いかけた。

「なあ。…俺は、そんな無理無体な注文をしているか?メニューに載っている品を、そのまま挙げただけじゃないか」

「……柳川様、甘イモノ、オ好キダッタノデスカ?」

 直接質問には答えず、逆にやや変化球な質問を返してきたマインに、柳川は少し考え込んだ。

「いや…別に大好物、というわけではないな。嫌いでもないが。しかし、他に適当なものもないし」

 柳川は別に菜食主義者というわけではないが、好き嫌いが激しく肉・魚は敬遠している。だからこの手のファミレスでは定番のハンバーグランチセットのようなメイン料理は選択外となるため、後はサラダかデザート、つまみの類しか食べるものが無いのだ。

「まさか勤務時間内にビールにフライドポテトというわけにもいかんし、サラダだけというのも見栄えがパッとしないし。どーせ外食するなら普段中々食べる機会のなくて、ちょっぴり豪勢なものを食してみようかと」

「だからって、なぜデラックスでトロピカルな上にジャンボなパフェ?」

「…いいじゃないか、俺がパフェ食べたって」

「イエ…イインデスケドネ…」

 何故か目を合わせようとしない貴之とマインを相手にそんなことを喋っていると、予想よりもずっと早く美奈が注文の品をトレイに乗せて持ってきた。相変わらず顔色は悪いが。

「お待たせいたしました。…ど、どうぞぉ〜」

「何故にそんな泣きそうな顔をするかな?」

 訝しげに美奈に問いかけながらも、柳川はスプーンを手にとった。と、ふと思い出したことを何気に口にする。

「パフェというのは色々なものが盛り付けてあって完璧なデザート、ということでパーフェクトが語源になっているんだぞ」

 その言葉に三人が揃って眉に唾をつけるのを気にせず、柳川は一口、膨大なバニラアイスの山から掬って口に運んだ。

 ひょい、パク。

 ひょい、パク。

 パクパクパクパクパクパクパクパクパクパク…。

「ああっ…美奈の可愛いデラックストロピカルジャンボパフェさんが、ヤクザな先生に蹂躙されてしまいます〜」

「あの…蹂躙って、それはなんぼなんでも失礼な言種じゃないかなぁ…」

「…………」

 とか言っている間に、誠には及ばないもののかなりの速さで大盛りパフェは平らげられてしまった。ふう、と一つ柳川は吐息をつく。

 そして、水を一口飲むと、言った。

「おかわり」

「実はパフェ好きなんじゃないの柳川さんっ!?」

「別にそんなことはないぞ」

「ほっぺにクリームつけて言ったって説得力ないですぅ〜〜〜〜〜!!!」

「………」

 無言で紙ナプキンをとって、柳川の頬を拭きながら、内心マインは高速推論を始めていた。

 

>柳川様は結構甘いものもOK

>おいしいデザートを作れるようになれば、喜んでいただける

>ワタルが死んじゃう。

 …ガガガッ…ザッ…ガ〜〜ピー…それは間違い。

>おいしいパフェを作れるようになろう

>喜んでもらえるパフェとはどんなものか?

…ザザッ…ピー…

 ガガッ!

 

 …事前に身体をよく冷やすため、冷水のシャワー浴びた後、水気をしっかり拭き取ってから何も身につけないままの姿でキッチンに入った。傍から見れば行儀悪いが、白いクロスのかかったテーブルの上に乗って、仰向けに寝そべる。

 誰も食べたことのないスペシャル・パフェ。

(ああっ…なんてはしたない格好…)

 膝は折ったまま、ゆっくりと両足を大きく広げる。少し震える手で、私は傍らに置いてあったアイスクリームの容器の蓋を開け、よく冷えたクリームを掬い取った。

 その白くて甘いクリームを、自分の身体にデコレートするのだ。

「…キャッ…!」

 開いた太腿の付根に少しクリームを乗せただけで、その冷たさに声が洩れる。それでも私は我慢して、新たな一匙を掬い取った。

 あの人の驚く顔が見たい。あの人が喜ぶ顔を見てみたい。

 あなただけに作ってあげる、スペシャルメニューなのだから。

「あっ…ひゃうぅ…」

 それでも、身体の中心にクリームを盛り付けた時は、一番敏感なところから痺れたような感覚が伝わってきた。

(しもやけになっちゃわないかな?)

 そんな、滑稽な心配をしながらも、私は手早く自分の身体にデコレートを施していった。他の人に手伝ってもらえば綺麗に仕上げられるだろうけど、でも、こんな恥かしいことは…

 …胸、お腹、太腿、そして……にたっぷりと白いクリームを盛り付ける。特におへその所はハートを模ってデコレートしてみる。少し歪んでしまったけど。

 次に、チョコクリームで更にメイクアップする。おへそのハートに「Love You」と書く。両方の胸の膨らみに塗りつけたクリームは既に少し溶け始めている。膨らみの上部から黒いチョコクリームを重ねて塗り、更に頂点にはイチゴを一つずつトッピングする。お腹や足にも薄切りにしたリンゴやメロンを飾りつける。

 そして、矢切にしたバナナを、…のクリームの上に乗せる。うまく安定しないので、クリームの中に先っぽだけ、少し埋めてみることにしよう。

「……ッツ!」

 いけない。ほんのちょっとだけ、入っちゃった。でも、それでバナナは安定した。もうすぐあの人が帰ってくる。それまでの我慢、我慢。

 そして、言うの。

「…さあ…召し上がれ」

 

 ぽむっ!!

 

「ワ、ワ、私一体何ヲ考エテルデスカ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

「な、なんだマイン!?」

 いきなりセンサーの継ぎ目から白煙を噴いて頭を抱え込んだメイドロボのただならぬ状態に、とりあえず柳川達は口論を中止した。

「チ、チ、チ、違ウンデス!私、コンナ事知ラナイデスゥ!電波ガ!変ナ毒電波ガ混信シタダケナンデス〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!キットソウデス〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「…あ〜。なんか、良くわからんが」

 何やら謎な独り言を呟くマインを抱きかかえ、柳川は貴之と顔を見合わせた。

「とりあえず、殴れば元に戻るか?」

「柳川さん、そんな精密機器にそんなことしちゃダメだよ」

「…普通に電気屋さんに診てもらえばいいんじゃないですか?」

 原因はわからないものの、とにかく慌てる一同の、丁度背後の席。観葉植物が衝立となって、そこに誰がいるのかお互い気づかずにいたのだが。

「…琴音ちゃんおいしよ…

やっ、ダメです藤田さん私恥かしい…

そんなこといったって…ほうら、イチゴの下からサクランボが出てきたよ…

い、言わないでください…ああっ…そんないじめないで…

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 とかいう展開になっちゃったりしてうにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜ん☆

 なんちゃってなんちゃってやんやんやん♪」

「…琴音ちゃん…お願い、戻ってきて…」

 トロピカルバナナサンデーを前に何やらトリップしている琴音からなるべく身を遠ざけながら、レモンスカッシュを手に葵は半分涙目で嘆願していた。

 もっとも、こんな状態の時には何を言ってもまず無駄だとわかってはいたが。

 

 

<終わる>

 

 

 


【後書き】

ここ最近、自分の書くものは最低でも30KB越えてましてので、とりあえず25KBくらいで収まる

ように短くてすぐ終わるような話を、ということで。(結局、26KBになっちゃってますが)

第二部になって、そろそろ授業ネタも書かなきゃな〜とか思いつつも、一回くらいPiaキャロも

使ってみようかと。で、こんな話です。

…エロエロ大王決定戦終了を見計らって投稿したというのは実は事実です(笑)



 ☆ コメント ☆ 綾香 :「ああっ。マインがーーーっ」(^ ^; セリオ:「どんどん壊れていきますねぇ」(;^_^A 綾香 :「了承学園に属するメイドロボの中では、数少ない良識派なのに」(^ ^; セリオ:「マインさんまでもが壊れ系の仲間入りを果たしてしまっては、残る良識派はわたしのみに      なってしまいますね」(;^_^A 綾香 :「……………………」(−−; セリオ:「なってしまいますね」(^^) 綾香 :「……………………」(−−; セリオ:「…………ね」(^^) 綾香 :「……………………」(−−; セリオ:「…………ね」(^^) 綾香 :「…………。      ごめん。用事を思い出したからこれで失礼するわ。……じゃ!」(−o−) セリオ:「むー。どうして何も言ってくれないんですかーっ? ぶーぶー」(−−)



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