了承学園敷地内に於いて、『Piaキャロット』に並ぶ憩いの場となっている店がある。
 その店の名は『HoneyBee』。
 派手さは無いものの、味の確かさとあたたかい雰囲気で高い人気を獲得している。
 また、ファミレス独特のある意味オープンすぎる空気に馴染めない者も、この店を好んで利用していた。

 もっとも、

「美味い! 美味い! うーまーいーぞーっ! このホットケーキは絶品だぜーーーっ!」

「あーん。まーくんってば食べ過ぎだよーっ!」

「いい加減にしないとお腹壊しちゃいますよ」

「へいきへいき。ホットケーキの20枚や30枚。こんな程度じゃ喰った内に入らね−よ」

「「……………………」」

 双方に足繁く通っている者も多いのだが。


 閑話休題。


 とにもかくにも、この店は『Piaキャロ』に比べ、やや落ち着いた雰囲気を持っていた。

 ただし、時には、そんな空気が木っ端微塵に壊される時もある。

 本人たちにその気はなくても……。







 私立了承学園 第429話

 『少女たちの会話 HoneyBee編』(作:Hiro)




 神岸あかり,水瀬名雪,森川由綺。

 この三人が着いているテーブルは、今、店内で思いっ切り注目を集めていた。

 トップアイドルである由綺。そして、それに負けず劣らずの容姿を持っているあかりと名雪。
 そんな三人が同席しているのだから、視線の集中砲火を浴びても別段不思議ではない。本人たちは気付いていないが、現に今までも似たようなことは度々あった。
 しかし、今回は少し勝手が違っていた。なぜなら、周りが意識を囚われているのは、三人の外見ではなく、行われている会話の内容であるのだから。



「それでね……あのね……浩之ちゃんってば最近凄いんだよ。なんていうか……その……喜びに目覚めちゃったみたいで。それこそ、『貪るように』って勢いなの」

「へぇ、そうなんだ」

「それじゃ、あかりちゃんたちも大変なんじゃない?」

 困ったような、嬉しいような……そんな複雑な口調で話すあかりに、名雪と由綺が相槌を返す。

「うん、正直言えば大変だよ。でも……浩之ちゃんと一緒にするんだったら……わたし……イヤじゃないから」





「ねぇ、結花さん。凄いって、なにが凄いんでしょう?」

「そ、それは……やっぱり『アレ』じゃないかな」

 仕事をしながら、聞くとは為しに聞いていたリアンがキョトンとした顔で訊いてきた。
 その問いに、耳をダンボにして興味津々の様子で三人の会話を聞いていた結花が真っ赤な顔をして答える。

「『アレ』? ああ、なるほど」

 ポンと手を打って、納得顔でリアンがうなずく。

「おそらくね。だって、浩之といえば『アレ』だし。っていうか、それしか思い浮かばないし」

 結花も、妙に納得した表情でうなずき返す。それにしても、浩之、なにげに酷い言われようである。





「祐一もこの頃は頑張ってるよ。たぶん、浩之くんとかに影響を受けたんじゃないかな。祐一、意外と負けず嫌いなところもあるし」

「あは。確かにそんな感じがするね、祐一くんって」

「そうだね。同感」

 名雪の言葉に、由綺とあかりがウンウンと同意する。

「だけど……祐一が頑張れば頑張るほど……わたし……心苦しくなっちゃうんだ。わたしって……自分で言うのも何だけど……本当に弱いから……いつも最後まで付き合えないんだよ」





「そうかそうか。名雪ちゃんは『弱い』んだ。なるほどなるほど」

「? なにをそんなに納得してるんです?」

 腕を組んで何度も首を縦に振る結花に、不思議そうな顔をしてリアンが尋ねた。

「いや〜、だってさぁ。名雪ちゃんって、『ネコ』って感じがあるじゃない」

「……? ねこ? ねこって弱いんですか?」

 結花の言葉に、リアンがポカンとした顔になる。

「そうよ。少なくとも『タチ』よりは圧倒的に弱いわね」

「……たち?」

「まあ、相手が祐一だから、『ネコ』とか『タチ』って表現は本当は間違いなんだけどさ」

「? ? ?」





「そっか。浩之くんも祐一くんも……。ふぅ。冬弥くんにも少しは見習ってほしいなぁ。冬弥くんってば淡泊なんだもん。もう少し頑張ってほしいよ」

 ため息混じりに零す由綺。

「「あ、あはは」」

 そんな由綺に、あかりと名雪は苦笑を返すことしか出来なかった。





「へぇ〜。冬弥さんって淡泊なんだ。まあ、見るからにそんな感じがするよね。由綺さんたちも苦労するわ」

「苦労ですか?」

「うん。あ、でも……ある意味、冬弥さんは淡泊なくらいで丁度良いのかも」

「淡泊なくらいで丁度良い? なんでです?」

「だって、ほら。冬弥さんってどっちかっていうと『攻め』より『受け』のタイプじゃない」

「…………せめ? うけ?」

「受け側の人間があんまりガツガツしててもねぇ」

「? ? ?」

「うん。やっぱり冬弥さんは淡泊なくらいで丁度良いのよ。それでいいのよ」

「? ? ?」





「まあ、冬弥くんだけじゃなく、わたしも頑張らなきゃいけないんだけどね」

「わたしももっと努力しないといけないかな。……って、その前に、少しでも『弱い』のを克服しなきゃいけないんだけど」

「わたしも同じだよ。浩之ちゃんに負けないようにもっともっともーっと頑張らないと。だって、なんのかんの言っても……」



「「「『勉強』は学生の本分だもんね」」」





「……………………へ? べんきょー?」

 三人の綺麗にハモッた言葉を聞いて、結花が呆けた様な声を出した。

「あかりちゃんたち……いま……べんきょーっていった?」

「は、はい。言いました、間違いなく」

 気の抜けた声で聞いてくる結花に多少引き気味になりながらリアンが答える。

「……じゃあなに? あかりちゃんの言う『喜びに目覚めちゃった』云々っていうのは、もしかして成績の上がる喜びとか知識を得る喜びってやつ? 名雪ちゃんの『弱いから最後まで付き合えない』ってのは、単に夜に弱くて途中で寝ちゃうってこと? それじゃあ、冬弥さんの淡泊っていうのは……」

 激しい脱力感を感じながら、結花が零した。

「うがーーーっ! な、な、な、なんなのよ、それっ!? そんなのってありなの!? 散々期待させるようなことを言っておいて、そういうオチが許されるのっ!? つーか、まぎらわしい会話をするんじゃないわよーーーっ!」

 そして……思わず、結花絶叫。
 そんな彼女に、周りのお客たちは、強い同感の意のこもった視線を送るのであった。
 彼女の発した言葉は、店にいるお客たちの全員が感じている事でもあったから。

「あの……結花さん? まぎらわしい部分なんかありましたっけ? 誰が聞いても勉強のことを話しているんだと分かる内容だったと思うのですが」

 もとい。『ほぼ』全員であった。

「普通は分からないってば。と言うか、分かる方が不思議よ、あんな肝心なキーワードの抜けた会話で。……って、リアン? ひょっとして、あなたは分かってたの?」

「はい。比較的、最初の方から」

「……………………」

 結花は思った。
 どれだけ言葉が足らなくても、天然ボケの娘同士だったら意志疎通に何の不都合も生じないのかもしれない、と。

「結花さんの言った『アレ』という言葉も、わたしは勉強のことだと解釈しましたし。…………あら? どうしたんです?」

 そして、さらに思った。
 その会話を、なんの苦もなく理解してるリアンって……。

「結花さん?」

「つまり……あなたも同類だってことね」

「…………はい?」










 ――その頃、あかり,名雪,由綺はというと、

「あのねあのね。勉強に集中してる浩之ちゃんってかっこいいんだよ。思わず……見とれちゃうくらい

「浩之くんも? 祐一もなんだよ

「冬弥くんもね、やる気になった時はすっごく素敵なんだよ

 結花たちの様子に全く気付かずに、楽しく会話を続けていた。










 『HoneyBee』。この店は『Piaキャロ』に比べ、やや落ち着いた雰囲気を持っていた。

 ただし、時には、そんな空気が木っ端微塵に壊される時もある。

 本人たちにその気はなくても……。





 天然ボケ……恐るべし。









< おわり >




 ☆ あとがき ☆

 リアンが天然ボケキャラかどうかは賛否両論あるかと思いますが……

 いや、やっぱり天然ボケかな? 原作での、初登場の時の様子とかを見る限り(;^_^A





戻る