私立了承学園第430話

「H2O」

(作:阿黒)

 


「一つ、提案したい事項があるのですが」

特に変わった議題が上ることもなく、無難に学校行事計画の確認や2,3の経理報告のみでその日の職員会議が閉会しようとした時。

左肘をキッチリ直角にした状態で挙手し、九品仏大志はおもむろに口を開いてきた。

「…どうしました?九品仏先生」

程度の差はあれ怪訝そうな顔をしている教職員の中で、どこまでも自然体で秋子はそう応じた。

「理事長は現在、この学園で稼動しているメイドロボットの数を御存知ですかな?」

「…確か、20万台は超えていたと記憶していますが」

 そう答えたのは、秋子ではなく横にいたひかりである。そちらにちらりと視線を向け、大志は頷いた。

「うむうむ。正確にはHM−12型が175,810体、13型が57,011体、計232,821体のHMシリーズが学園運営のため様々な分野でそれぞれの業務に従事しており、今後更に増員する計画もあるわけなのだが」

実をいうとこの数でもまだ不足気味というのが現状だった。今後、学園の発展に合わせて最終的に必要となるメイドロボは1000万の大台を突破するという見通しが既に立っている。

特に資料を用意しているわけでもなく、滑らかな口調を保ったまま大志は話を続けた。

「御一同には今更説明の必要も無いとは思うが、一般的なメイドロボの動力源はリチウムイオンバッテリー、そして補助動力として燃料電池を搭載しておる。

我輩は、この燃料電池から排出される水について少々提案したいことがあるのだな」

メイドロボは急激・瞬発的な機動のような、通常以上の動力を必要とされる際、また、長時間の稼動によりメインバッテリーの電力低下した際の補助電源として燃料電池を使用する。これは電池内の水素と空気中の酸素を反応させることで発電を行うものであり、排出されるのは水だけというクリーンな動力として、内燃機関に代わる動力の一つとして研究が進められている。

通常、メイドロボはこの水分を人間のようにトイレで処理しているわけだが。

「さて、仮に一体のメイドロボが一日に排出する水分を、仮に300mlとしよう。それで試算してみると、一日に我が学園のメイドロボが排出する水はざっと6万リットル。一年で約2190万トンの、そのまま飲めるような水資源が、無為に捨てられているだ。

…日本は古来より水豊かな国であり、故に日本人は生体が生きる上で必要不可欠な水の価値を知識としては理解しながらも実感はまるで伴わない人間が大多数を占めている。水とは、蛇口を開けば幾らでも出てくるものだと思っている。

だが、昨今では不味い不評な水道水でも、それを供給するために、どれだけの施設と人員と経費と時間がかかっているか?水は決して無料ではないのだよ!?」

「そりゃそうよ。最近また水道料金が値上がりしたし、バカになんないわ」

「ルミラ様…同感なんですけど何だか侘しいものがありますので黙っておきましょう…」

ぼやくルミラの袖を、少し引き攣った顔のアレイが引っ張る。まあ、それはともかく。

「単に飲料というだけでなく、農作用水としても工業用水としても、水とは真に多種多様な使い道のある有用なものです。我輩としては、社会的・経済的・環境的、そして教育的な面からみても、この膨大な水資源をリサイクルし有効活用する手段を確立すべきであると考える。

…理事長、いかがでしょう?」

くい、とメガネの角度を直して腕を組む大志の姿は不遜なものを漂わせてはいたが、居並ぶ教職員達は意外さを感じつつも、しかしその提言の内容には、概ね肯定的であった。

「…とても、いい提案だと思います」

「そうね。私も賛成」

「んー?まあ…そっかな」

エリアがおずおずと、しかし最初に同意を示した。それに合わせるようにティリアとサラも頷く。全体の、賛同するムードを見て、秋子は大志に問い掛けた。

「そうですね。具体的な仔細や技術的な問題については後日として、この学園の基本的な運営指針の一つとして採択しようと思います。皆さん、よろしいでしょうか?」

「…異議なし」

 大きくはないが、ずっしりと重い声で雄蔵が同意を示した。他の一同もほぼ、同意を示している。そんな中、無精髭を一本引き抜きながら、限りなくどーでもよさそーな口調で長瀬が言った。

「しかしなんだね。…キミ、意外と良識というものを持っていたんだね?」

「フハハハハハハハハ、なんだかまるで遠まわしに今まで我輩は良識知らずと認識されていたかのようにも思われるようなお言葉ですな、長瀬先生」

「遠まわし、かなあ…?」

「まあ、妥当な認識だとは思うけどな」

どうでもよさそうに、メイフィアとイビルが呟いた。

「ふむ。何せ我輩は良識と常識と正面画の描き方の難しさにおいてはこの学園でも随一とご町内でも評判なグレイテスト・ザ・ナンバーワンナイスガイとして各方面から大絶賛な引く手あまたな究極グレイテスト・ザ・ナンバーワンナイスガイ!!」

「後半なにいってんだかわかんないし二回も言ってるけどとりあえず正面画の件は賛成」

「っていうかどういう髪形だ、それ?」

「と、左様のように皆々様のご同意も得られたところで」

「勝手な拡大解釈するなっ!?」

 背後で突っ込むイビルを無視し、ついでに重力を無視した後斜め45度の角度で傾斜しながらビシリ!と大志は指を一本、立てて見せた。

「…とりあえず、即座に手軽に手間いらずでそれなりに有効な上利益も上がる簡易リサイクルがあるのですよミセス・ジャム」

 ……………。

 ……………。

 ……………。

「……秋子。呼んでるわよ?」

「私、ミセス・ジャム?日本語で言うとジャム夫人?なの?ひかり!?」

「あなた以外の誰がジャム夫人だというのよ」

「ああっ、なんかみんなして頷いてるしっ!?」

 一人、その呼称に納得していない秋子であったが、周囲に味方は誰も居なかった。それでも、少なくとも表面上はさして動揺したようには見えず、あっさりと秋子は大志に話の先を促した。

「…まあいいです。それで九品仏先生、その手軽にできるリサイクルというのは?」

「うむ。何と言うか、簡単に言えば飲料水として用いるのです。…例えば、これもリサイクルの一環ですが」

そう言って、大志は500mlサイズのペットボトルを懐から取り出した。

「このような容器をメイドロボに携帯させ、燃料電池の排水は全てそれに保存しておくのです」

「あの…それをそのまま飲料水に用いるのは、化学的に清潔な、ただの水だと理屈ではわかるのですが…心情的に、その…ねえ?」

 ほんの僅かに頬を染めて、言葉を濁らせるひかりにフッ、と大志は軽い笑いを漏らした。

「ひかり校長。…そのお気持ちはわからないでもないですが、しかし、物事には常に多面的な思考を以ってあたるのが良いと思いますぞ。

 …そう!私は別の角度からこの問題に光を当ててみて、ある事実に気づいたのです!」

「…事実…?」

 ほんの僅かに眉を顰めた秋子に薄ら笑いすら湛えて応じる大志は、胸を張り、自身タップリに言った。言ってのけた。

「そう…我輩は気づいてしまったのですよ!

 この飲料水は、とある特殊な分野の嗜好の持ち主に対しては莫大な利益を生む甘露であるということをっ!!」

「そりゃス×○ロだろうがああああああああああああああっ!!」

 

ずぎゃっ!!

 

「ぐはああああああああああっ!!?」

半瞬の間すら置かず、青い残像を残して殺到した柳川に容赦なくこめかみを肘で抉られ、大志は顔面から職員室の床に叩きつけられた。

「むう。いきなり突発的暴力に訴えるのは教育者として何だかなあと思うぞ柳川先生!」

「どやかましいわこの真性変態症尿マニア!!っていうかお前、首がちょっとプラプラしてるし!?」

「フフッ。そのような些細なことはどうでもよいのだよ」

「いやあ…些細じゃないとは思うけど…まあ、大志だしねぇ…」

 保健医として何やら葛藤するものはあったのだが、結局そのまま一応納得してしまうメイフィアだった。

「まあ聞きたまえ。…我輩の試算によれば、100ml缶で販売しても一本五千円は下らないかと」

「貴様…」

「……む」

 元々無愛想な顔だが、更に表情を無くした柳川に流石にシャレにならないものを感じて、大志は大志なりに緊張していた。人間、本気で激怒すると悪態を口にするゆとりも無くなってしまうものである。それに較べれば、即座に行動に出るような怒りなど、所詮一過性の底の浅いものにすぎない。

 しばしの黙考の後、大志は、慎重に口を開いた。

「…柳川先生」

「なんだ?」

……………。

また、しばらく間を置き、少し乾いた唇を舌で湿すと、大志は、言った。

「…写真付だと、更に3割増に…」

 ぷちっ。(0.05秒)

「ブルセラかああああああああああ!!?」

「何故、そんなにムキになるううううううううううううううっ!?」

 最早、ここが職員室で理事長・校長の二大巨頭の前であるということすら省みず、周囲を破壊の渦に巻き込みながら逃げ出した大志を追って飛び出していった柳川を見送って。

 秋子とあかりは、なんとなく顔を見合わせた。期せずして、同時にため息をつく。

「…えーと。なんとなく、この案は完全に却下しないと、柳川先生止まらないんじゃないかなー、って思うんですけど」

「うん…そうだね」

 火を点けないタバコを咥えたメイフィアが、二人に向かって肩を竦めて言った。何時の間にかその隣にいた貴之が、引き攣った笑いと一緒に頷く。

「…まあ、仕方ないですね」

 苦笑しながら、秋子は頷いた。似たような顔をしたひかりが、傍らのガディムを仰ぎ見て、言う。

「申訳ありませんけど、あの二人、取り押さえていただけません?」

「はあ…仕方ありませんな」

 どう見ても乗気とは見えないが、それでも嫌々ながら腰を上げたガディムの背中にメイフィアが声をかけた。

「あ、今の柳川センセっていつもの5割増しくらいで傍迷惑な存在になってるからねー。気をつけてね教頭―」

「ううっ…」

 肩を落とし、警備ラルヴァを招集しながら職員室を出て行ったガディムを見送り、メイフィアはそっと呟いた。

「いやー。アタシも似たようなことマインに教えようって考えてたからなー。…実行に移す前で良かった♪」

「あのですねメイフィアさん…」

 珍しく、疲れたように秋子はそう呟いたが、結局一つ頭を振ると、それ以上続けようとはしなかった。ただ、一言だけ、囁く。

「そうですか…このネタで授業は駄目ですか…」

「………………あ・き・こ?」

 こめかみをひくつかせながら、ひかりは拳を固く固く固く握り締めた。

 

 

 


【後書き】

ミセス・ジャム。

現在俺的にリバイバル・マイブームな呼称です。

それはさておき。

わたしは。

そーゆー趣味はもってません。

 

 

ほんとだぞ。

 

 

 


 ☆ コメント ☆ 綾香 :「ねぇ、セリオ?」(^^) セリオ:「イヤです。絶対にイヤです。お断りします」(ーーメ 綾香 :「まだ何も言ってないでしょうが」(−−; セリオ:「言わなくても分かります。どうせ、わたしから出た水を売れと言うんでしょ?」(ーーメ 綾香 :「あら、バレバレ?」(^ ^; セリオ:「冗談じゃないですよ、まったく」(ーーメ 綾香 :「ちぇ、残念。せっかく小遣い稼ぎが出来ると思ったのに……」(^ ^; セリオ:「小遣い稼ぎって……。ふぅ、この人は本当に大財閥のお嬢様なんでしょうか?」(−−; 綾香 :「ほっとけ」(−−; セリオ:「とにかく! わたしはイヤですからね! 分かりましたね!」(ーーメ 綾香 :「分かったわよ〜。ごめん。もう言わないから機嫌直して、ねっ」(^ ^; セリオ:「ホントにもう。わたしから出てくる水は浩之さん専用なんです。      見ず知らずの人になど、絶対にダメです!」 綾香 :「……せ、専用って……。あんたら……まさか……」(−−; セリオ:「(ぽっ)」(*・・*) 綾香 :「…………をい、ちょっと待てぃ」(−−;;;



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