私立了承学園第433話

Shopping」

(作:阿黒)

 


土曜日の昼下がり。

柳川はノートパソコンの電源を落とすと机の上を片付けて立ち上がった。隣の、自分同様に帰る準備をしている貴之と、その後に控えているマインに、言う。

「俺は、今日はこれから少し用があるから、先に帰っていてくれ」

「へ?そーなの?飯は?」

「ああ…まあ、適当なところで食っていくから」

怪訝な顔をしながらも、それでも何となくこちらのあまり関って欲しくないという心情を察したのか、貴之は深く突っ込んではこなかった。

突っ込んできたのは、マインである。

「………モシカシテ、デート…デスカ?」

「…あー。お前、ひょっとして、『男が理由を話したがらずに出かけるのは女がらみだ』とでも教わったか?メイフィアあたりに?」

 ほんの少し躊躇って、こっくりと小さく頷くマインの、上目遣いの視線からなんとなく顔を背けて、柳川はノートを閉じた。

「…安心しろ。そのメイフィアと、ちょっと出かけてくるだけだ。夕方頃には帰ってくるから」

「だってさマイン。…でも、珍しいね、メイフィアさんと、何処かへお出かけなんだ?」

 少し考え込んで、貴之は少し悪戯っぽく笑って、続けた。

「男と女が連れ立って、食事して、どっか行く。なんか、ホントにデートっぽいよね〜?」

「ふざけてろよ貴之。…だから、そんなんじゃないって言ってるだろマイン!?」

 無言で俯くマインになんとなく弁解じみた気分でそう言うと、柳川はいつもよりほんの少し早い歩調で、職員室を出て行った。その後姿を見送って、それから貴之は傍らのマインに振り返った。

「まあ、メイフィアさん相手じゃ別の意味で心配しなきゃいけないけどね。…街中で騒動起したら大変だし」

「…ソウデスネ」

「でもまあ…黙って並んで立っていれば、そんなにおかしな取り合わせってわけでもないかな?実年齢はともかく、見かけは同年代くらいだし」

「…………」

沈黙を保っているマインが何か言うか少し待って、それから肩を竦めて貴之は立ち上がった。

 

* * * * * * * * * * * *

 

「でぇとぉ!?アタシとアンタが!?……カンベンしてよね、そーゆーの」

「全くだ。お前とそういう関係になるくらいなら、俺はワニと同衾する方を選ぶ」

「…なんか、そんな風に言われるのも癪にさわるけど…」

手近な所で目に付いた、男女のロマンス的ムードなどカケラも無い小さなラーメン屋のカウンターで炸醤麺(中華風ミートスパゲティ)を食べながら、メイフィアは『生ビールあります』という張り紙に熱い視線を向けた。

「…真昼間から飲む気か、お前」

レンゲを空になった天津飯の器に置きながら、柳川は鬱陶しそうに言う。

「…一応、今日はもう就業時間外だけど」

「飲みたかったら自分の金で飲め。…いくぞ」

 レジのアルバイト風の兄ちゃんに二人分の払いを済ませると、柳川はさっさと外に出た。そのまま歩いていると、さして間をおかず追いついてきたメイフィアが、少し恨みがましい口調でぼやいた。

「たく、ケチでしみったれなんだから。あたしはまだ食べ終わってないのに出る?普通!?これだから自分勝手な男って嫌なのよ。我侭で傲慢でデリカシー皆無で乱暴者だし。だから女に嫌われるのよね〜」

「胸糞悪いバカ女に、無理に好かれようとは思わん」

「…そーゆーこと公言してるからホモの女嫌いって言われるのよアンタ」

 はあ、とため息をついて、メイフィアは柳川の隣に並んだ。こちらのペースに合わせてくれたのか、柳川の歩調もややスピードを落としてくる。

「…でもまあ、マインの服を買ってあげようだなんて、どういう心境の変化?」

 つまりは、そういう事だった。流行や身なりにあまり関心のない柳川としては、14,5歳程度の女の子向けの服を選ぶ眼力など自分が持ち合わせていないことを十分承知していたのである。

メイフィアの質問に、柳川はすぐに答えなかった。ただ、別に答えたくない、というわけではなく、柳川がなんとなく疲れたような顔をしていることに、メイフィアは内心少し苦笑した。

「…あいつ、いつもお仕着せのメイド服ばかり着ているだろう」

「そりゃあ…あの娘は学園のメイドロボなんだし、あれが制服だから当然じゃない?」

「そうかもしれんが、クロゼットの中に同じ服ばかりズラッと並んでいる光景は、なんとなくあきれてくるぞ」

「えーと…」

「それに、何だか俺に甲斐性が無くて着たきり雀にさせてしまっているようで、精神衛生上非常に好ましくない」

「あ、それはあるかもしれない」

「それにな…あのバカ、今だにあのテーブルクロス、大事にしまってるんだぞ」

「はい?」

一瞬、何のことだかわからず目をパチクリとさせたものの、すぐにメイフィアは思い出した。以前学園の体育館で開かれたダンスパーティで、柳川は即席でマインにテーブルクロスの『ドレス』を着せてやったのだ。

「…次の日の朝、そのまんまの格好で台所に立ってるあいつの姿を見た時の精神的なダメージ…わかるか?」

「思わず後から抱きしめたくなった?」

「うむ…じゃなくて!あまりの気恥ずかしさに本気で爆死しかけたぞ俺は!

 …あ〜〜も〜〜〜、一時の気の迷いで早まった真似をしてしまったと、後からジワジワジワジワ効いてくるんだぞ…いっそ殺してくれって言いたいくらいに…!!」

「あたしゃー、あれはあんたにしては上出来だと思ったけど…」

はっきりと、苦笑を表に出しながら、メイフィアはともすればくすくすと笑い出しそうになる自分を抑えていた。

土曜日の午後ということで、商店街の人通りは多い。雑踏の中を二人で並んで歩きながら、ふと、柳川は道行く男性がかなりの割合で自分達に視線を向けてくることに気づいた。

柳川はごく無難なスーツ姿、メイフィアは白いタンクトップにジーンズという、ラフな格好である。さして目立つわけが…

「?どしたの?」

「いや、なんでもない」

(俺達、ではないな。こいつ1人に、だ)

内心で、そっと柳川は自らの見解に訂正を加えた。メイフィアは普段、大体7割程度は酒とタバコとパチンコに関心を向けている腐った保健医だが、欧州的な雰囲気を湛えた、美人と評していい容貌の持ち主である。スタイルだって悪くない。

(…見かけに騙されるとえらい目に合うけどな)

すれ違った中年がさり気なさそうに、しかし好色そうな視線をメイフィアの腰に注いでいることに僅かな苛立ちを感じ、その事に更に不愉快な気分になる。

「…どしたの?不機嫌な顔しちゃって」

「………なんでもない」

我ながらあまり説得力が無いことを自覚しつつ、そう応える柳川を、メイフィアは笑い混じりの目で見た。

「あれでしょ。なんかさっきから、あたし達、注目されてるのが不思議なんでしょ?」

「達、って…そうなのか?」

「またまたとぼけちゃって〜。クールに他人の視線なんて気にしないようでいて、実は結構気にしてるクセに〜」

何がおかしいのか、妙に身体をくねらせて、笑ってメイフィアは言った。

「やっぱアレよね。あたしたちって、インテリヤクザとその情婦って見られてるのかな?」

 ずがしゃっ!!

「柳川先生?」

「…なんだ?」

「天下の往来で、いきなり顔面から盛大にずっこけるのって、おもしろい?」

「別に楽しくは無いが…一瞬、自分でもお前の見解に納得してしまって、なんか色々と人生が嫌になってきた」

「うーん。ま、とりあえず他の通行人の邪魔だから起きなさいって」

 ノロノロと身を起してきた柳川に手を差し出しながら、メイフィアは心の底から愉快そうに、笑った。

 

* * * * * * * * * * * *

 

結局、無難に大手デパートに入った二人は、それなりに飾られた服の群の間を歩きながら吟味を始めた。実のところ、自分の服も貴之に見立ててもらっている柳川としては、色とりどりの色彩を見ているだけで、早々に自分で見立てる意志を放棄してしまっている。

「でもさ。あたしに見立てを頼むのはともかくとして…どうして本人を連れてこないわけ?」

手にした黄色のセーターに赤いスカートを着たマインを想像してみて、思わず『それじゃちび○る子やないかいっ!』と心の中だけでツッコミをいれながら、メイフィアは困ったような顔をしている柳川を見やった。

「…いや、今日は見立てだけでいい。明日は日曜だし、貴之とマインも連れて買いに来るから。…だが、あいつは、まず自分じゃ自分の服を選べないだろう」

 ため息をついて、柳川はぼやいた。

「あいつはロボットだ。良くも悪くも、な。

 ロボットというのは人間に絶対的に仕える存在であって、人間に何かをしてもらうっていうのは、想像外な事らしくてな。ましてあいつの性格じゃ、遠慮して何も選べないのは目に見えてる。

 ……まあ、普通のロボットは、そもそも服装のことを気に留めたりもしないだろうし、選べと言われたらとりあえず何か選ぶとは思うが、あいつはなあ…」

少し言い澱んで、柳川は首を僅かに傾げて、言った。

「あいつは…変わり者だし。

 ま、そういう訳だから、こっちでなるべく似合いそうな服を事前に見立てておく必要があるかな、と」

「ふーん。そーね、あたしも舞奈に何か買ってあげよっかな。あの娘、放っておくと通販で怪しいモノ買っちゃうから」

 …………。

「メイフィア…」

「なに?」

「…お前、そんな余裕があるのか…?」

「そんな憐れみの目で見るなっ!そりゃ確かにウチはもー経済的に逼迫してるけど、小物の一つや二つくらい買う余裕は…」

 少し逡巡して、メイフィアは、ちょっと自信無さげに言った。

「…パチンコで勝つから大丈夫!」

「自信無さげに断言するなっ!…あのなぁお前、俺は刑事時代にそんなこと言ってギャンブルで身を持ち崩した人間を何人も知ってるぞ?」

「人生いたるところギャンブルあり!てーか人生とはギャンブルそのもの!」

「…ま、お前が勝手に破滅するのは自業自得だが」

「柳川センセ、お金ちょーだい」

「ちょーだいかよ!貸してじゃなくて!しかもあっさりたかってるし!!」

「いーじゃん。別に」

「このアマ…」

「あら〜?そんな事言っちゃっていいのかしら〜〜?柳川先生、一人で女の子の服を見立てられる〜?後悔することになるわよぉ〜?」

「後悔なんかするかっ!いざとなったら…まあ、俺だってそれくらいはできる!…と思う」

 

三分後。

柳川は、後悔していた。

「やっぱりさー。下着だって新しくて可愛いやつを買ってあげなきゃねー。と、いうわけで柳川センセ、ごー!」

「…………………マジ?」

デパートの、婦人用下着売場の端で、立ち尽くす男の背中を、女は、景気よくバンバンと叩いた。

「できるんでしょ〜?いざとなったら簡単なんでしょ〜?小学生のパンチラ写真を盗撮するより容易いんでしょ〜?」

「言ってない!最後の喩えは絶対に言ってないっ!!」

「言い訳は聞きたくないわねぇ?あーら、偉そうなこと言っても結局アナタって口先だけの男ってわけねー。ははん?」

「……くっ…」

「はん?何か言いましたかしらチキン野郎?」

「………」

 いつ激発しても対応できるように内心身構えていたメイフィアは、いきなり柳川が踵を返して下着売場に向かって歩き出したのを、やや拍子抜けした気分で見送った。

売場の奥に足を踏み入れた柳川は、しばらく周囲を見回していたが、やがてこちらをジト目で監視しているデパートの店員の姿を目に留めて、そちらに足を向けた。

「あの…」

「は、はい?」

 瞬間的にファイティングポーズをとりかけて、慌てて営業スマイルを浮べた、いかにも古株といった感じの女店員に、柳川はひきつった笑みを浮べながら一枚のメモを差し出した。

「…中学生くらいの女の子向けの、下着、メーカーは何でもいいですから、このサイズで見繕っていただけませんか?」

メモを受け取り、そこに記されてあったマインのスリーサイズ(取扱い説明書からの丸写し)を見て、店員は少し考え込んだ。

「えーと、中学一年生くらい?ですか?娘さん?」

「俺がそんなでかい子供がいる年齢に…!――あ、えっと、その、メイ…い、妹、みたいなもんです」

「はあ…随分、歳の離れた妹さんみたいですねぇ」

「は、はあ…」

「…ウチにこのサイズのブラ、あったかしら…あ、でもスポーツブラだったら」

「あ、それでいいですから」

「え〜?でも、わざわざお兄さんに頼んだってことは、やっぱりもっとかわいいデザインの方が喜ばれるんじゃないでしょうか?ちょっと、探してみますけど、お時間の方はよろしいでしょうか?」

「…時間、かかりますか?」

「えーと、倉庫の方まで見てみますから…ご都合が悪いですか?」

 どこかぎこちなく、そして不自然な柳川の態度に、疑いの目を店員は向けていた。周囲の女性客も、なにやら不審そうにチラチラと視線を送ってきていた。それがわかってはいるが…反論は、できない。

 なるほど、針のむしろとは、こういうものか。

 絶望的な気分に陥りながら、柳川は、そう思った。

 こういう時に、人間は、冬の日本海に向かって、エンドレスでギターをかき鳴らしたい気持ちになるのだろうか。そうも思った。

「…少しくらい時間かかってもいいですよ。やっぱりきちんと身体にあった下着をつけてないと、線が崩れちゃうし」

 突然、メイフィアが横からそう言いながら店員の前に入ってきた。そのままにこやかに続ける。

「でも、その前にもうちょっと、飾ってある品を見せてもらってもいいですか?」

「え、あ、はい…?」

 一瞬、途惑ってしまった店員が不審を感じる前に、メイフィアは同じく途惑っている柳川に向かってまくし立てた。

「もー。あなたもあなたで何やってるのよー。そりゃ、約束の時間、2時間もすっぽかしちゃった私が悪いんだけどー、いくら仕事の合間を縫って買い物にきてるからって、男が一人で来る所じゃないでしょ?生真面目なのにも程があるわよ?見なさい、いい物笑いの種じゃない」

「おい、お前な…」

「はいはいわかってますって!でも感謝はしてるのよ〜?ちゃーんと頼んだ品は手に入れてくれてたみたいだし。…ごめんねー。

 忙しいんでしょ?悪いわね、無理言ってるのは私の方なのに、何だか余計な苦労までさせちゃって。ほんと、ごめん。この埋め合わせはあとでちゃんとするからねー。

 とりあえず、ここはあたしが引き受けるから、あなたもう帰ったら?そろそろ会社に戻らないとやばいんじゃない?っていうか帰んなさいって」

「いや、あの、お前…」

 反論しかけて、メイフィアの目が、さっさと帰れバカ野郎と語っているのに気が付き、柳川はじゃ、とか適当なことを言って、手を挙げた。そのままできるだけ足早にならないよう、その場から離れる。

 遠くから、メイフィアと店員が、談笑している声が聞こえてきた。

「どーもすいません、うちの主人って真面目すぎてちょっと融通がきかないところがありまして…」

 

 

 

 

 

 

『誰が主人かああああああああああああああああああっっ!!!?』

 

 

その場で全力で否定しながら誰彼かまわず殴り回したい気分ではあったが、しかし、なんとかその激発を柳川は押さえ込むと、ただもうひたすらに、前だけを見つめて歩き続けた。

 

* * * * * * * * * * * *

 

「やっほ☆待った〜〜?柳川センセ」

 デパート入口近くの、エスカレーターの下に設けられたベンチで。コーヒーの紙コップを手に、陰惨な目つきをしている柳川に向かって、お気楽にメイフィアは手を振って見せた。

「…………」

無言で、出入り口に向かう柳川の後を苦笑してメイフィアは追った。丁度デパートから出た所で横に並ぶ。そのまま仏頂面した柳川の手に、メイフィアは紙包みを押付けてくる。

「はい。とりあえず、下着だけは今日のうちに買っておいた方がいいと思って。安心して、探してみたら結構可愛いやつが見つかったから…領収書も入ってるからね〜後で支払ヨロシク」

「…誰が主人だって?」

「安心しなさい。あたしだって自分で言ってて吐きそうなくらい気分悪くなったんだから、お相子よ」

「ならそんな嘘つくなよ!?」

「あの場を誤魔化すにはリアリティある嘘じゃないと信用してもらえないでしょーが」

リアリティ。

その単語を、全力で否定したい気持ちで一杯になりながらも人目を気にし、柳川はなるべく語気を抑えて抗議した。

「…そもそもお前がちゃんと協力してくれたら、あんなこっぱずかしい思いしなくて済んだんだろうがっ!!!」

「いやー。だってー。おもしろくておもしろくて。――ちゃんとシャレにならない泥沼に陥る前にフォローは入れたんだから、そんな怒らないでよ」

 もうしばらく無言のまま一緒に歩いて、メイフィアは肩を竦めた。

「…悪かったわよ。ちょっと調子に乗りすぎたわ。私もホント、反省してるから。ごめん。だから、機嫌直してってば」

 心持ち、その口調には年上の女ならではの、年下の男をいなすようなものが含まれているようでもあった。

「お前、いつか後ろから刺されても文句は言えんぞ、その性格」

「あんたにだけは言われたくないけど?…そーね、別に刺されてもいいわよ?最近ご無沙汰してるし」

「それ…別の意味だろ…あのなお前、そーゆーこと、頼むからメイドロボ連中に教えるなよ?」

「ふっふ〜ん♪」

「うおいっ!?」

 思わず声を荒げかけた柳川の上着の袖を、くい、とメイフィアは掴んだ。長身の柳川の顔を少し見上げて、そして、少し抑えた声で、言った。

「丁度いい機会だし、あたしもあんたに言っておきたいことがあるんだ」

本気なのかからかっているのか、不明瞭な口調でそう言うメイフィアの顔を、柳川は静かに見下ろす。そして、無言でその先を促した。

「あんたさ。…正直マインのこと、どう思ってるの?」

「どう、とは…」

「なんで抱かないのさ?」

 その言葉に一瞬、柳川は大分赤味を増してきた空を見上げてしまった。

「お前な…ひょっとして、それが目的で、色々と、妙なことをマインに教え込んでいるのか?」

「質問してるのはこっちよ。なんで、抱かないの?…今更、道徳家ぶることないじゃない。あんたはそーゆー男なんだからさ。別に、ガキが嫌いってわけでもないんでしょ?マインだって、まあ、あれを恋心というんだったら、浩之君や和樹君あたりは100人単位で結婚しなきゃいけないだろうけど、でもま、一応本人も多分それを望んでるよ?

 ――男を見る目が、無いとは思うけどさ」

「お前な…ちょっと即物的すぎないか?おい」

「あんただってさ?」

 柳川の言葉を遮って、メイフィアは、言った。

「…あの娘のこと、割と気に入ってはいるんでしょ?」

 咄嗟に口を開きかけ、しかし、何も言えずに柳川は口を閉ざした。

「ま、嫌いじゃないと、好きとの間は、随分と距離があることくらい、十分わきまえちゃいるけどね。たださ…あんた、ことマインに関しちゃなんだか必要以上に節制しすぎてるように見えて。

 抱けとは、言わないけど。もっと、優しくしてあげても、いいじゃない?

 嫌いじゃないなら、もっと目に見える形で、それを表してやってよ。今日の買い物みたいにさ。

 あたしね。あの子が、あんなにあんたに気に入られようってするのは、自分が嫌われてるんじゃないかっていう不安の裏返しだと思う。…わかってる?その辺」

「…嫌ってるって…俺があいつをか?」

「そりゃあ、まあ、…あんたって、愛情表現ってやつ?そーゆーの、とことん苦手だってのはわかってるけどさー」

 更に言葉を続けようとして、メイフィアは、息をついた。他人に言われて、すぐにそれを実行できるようなことではないし、性でもない。ただ、時にそれでも、言わずにはいられない時が、ある。

 そして、引き際のいいところで引いた方が、良い時があることも。これ以上言い募っても、相手には負担にしかならない場合があることも。

「別に、信じてもらう必要はないんだけどね」

 そして、メイフィアは、言った。

「あたしは…あんたのこと、別に嫌っちゃいないよ。困った奴だと思ってるだけで」

「…そうなのか?」

「そうよ」

 つい、と一歩、距離を置いて、メイフィアは歩くのをやめた。柳川も、雑踏の中で立ち止まる。

「人間ってさ。時にははっきりとした形で、相手の気持ちを確認しないと不安になっちゃうもんだよ。

心ってさ。決して強くは無いんだよ。いや…むしろ繊細で、脆弱にできてるんだ。

あの娘は機械だけど…心と呼ぶにはあまりにも曖昧すぎるかもしれないけど…でも、確実に、機械には本来有り得ない、人間に近いモノを、持ってる」

「……」

 応えない、柳川に向かって詰るようにメイフィアは、言った。

「心を持つって事は…嬉しいことや、喜びを感じることができるけど、同時に苦しみや、悲しい思いを味わうこともできるようになるってことで…決して、良い事ばかりじゃない」

 一端視線を逸らして、大分傾いてきた陽の光を仰ぐと、メイフィアはため息をついた。じゃあこれで、と手を挙げると、そのまま踵を返す。

「なんでアンタなんだろうね?…なんでアンタみたいな難儀な奴を、あの娘は選んだんだか」

「…俺が知るか。というより、俺だって知りたい」

 柳川が、そう応えたのは、メイフィアが遠ざかりはじめた時だった。雑踏の中で、それが彼女に聞えたのかどうかは不分明ではあったが。

 手にした紙袋の中身に視線を落とし、今日、幾度目かのため息をつくと、少し情けなさそうな顔をして、柳川は家路についた。

 

* * * * * * * * * * * *

 

素直な感情になれていない。

裏も何もない、純粋な好意になれていない。

自身が、裏の裏の裏の裏まで勘繰ってしまうような奴だから、そんなまっすぐな思考には馴染めない。

だから、途惑ってしまう。

こんなふうに。

「…アノ…柳川様…」

メイフィアと別れて30メートルも歩かないうちに、安っぽい買い物篭を手にしたマインと遭遇してしまった柳川は、無言で、少し俯いている機械の少女を見下ろした。

とりあえず、言ってみる。

「お前。…つけてきたのか?」

「イエ、ソノ、買出シニ出タラ、偶然…」

「偶然ねえ…」

「偶然、雪音サンニオ会イシテ、サテライトサービスデ柳川様達ノ所在ヲ…」

「…とりあえず、友だちは選んだ方がいいと思うぞお前」

最近、志保と一緒にいることが時々あるというHM−13型の端整な顔に、心の中で蹴りを入れながら柳川は手の紙袋をマインに押付けた。

とりあえず、口を開く。

「…で?今日の夕飯は、何を食べさせてくれるつもりなんだ?」

「エッ…ト、――カレー風味ノ麻婆豆腐、トカ」

「うーむ。…昼が中華だったし、どうせ豆腐ならサッパリと湯豆腐でも食いたい」

「カシコマリマシタ」

 とりあえずいきつけのスーパーに足を向けて歩きながら、柳川は少し遅れてついてくる、自分の胸元にようやく達するかどうかという小柄なメイドロボに、そっと視線を向けた。

――まるで仔犬みたいだ。

そう思った時、ポロッと、柳川はごく自然に問い掛けていた。

「お前は、何を考えているんだ?」

「…?」

(…しまった)

 無言で、目で問い掛けてくるマインから顔を背け、柳川は自分に悪態をついた。これだからこんな相手は苦手だ。つい無防備に、隙を作ってしまう。

「…夕陽ガ綺麗デス」

「あ…?」

唐突に聞えてきたマインの声に、一度外した目線を再び柳川は戻した。その先で、少し考え込みながら、訥々とした口調で、マインは続けてくる。

「…夕焼ケガ、キレイデ。

周囲ガ賑ヤカデ活気ガアル。オイシイ御飯、作ロウ。

貴之様、待ッテイルカラ急ガナイト。

先程、メイフィア様ト何ヲ話シテイタノカ、少シ不安。

ソシテ、柳川様ト一緒ニ歩イテイテ、ソレガ少シ…楽シイ。

 私ハ、今、色々ナ事ヲ感ジテイテ…ソノ気持チ、全部ヒックルメテ…」

 少し迷う素振りを見せて、ポツリとマインは呟いた。

「…ウマク言エナイケド…コノ気持チ、ズット持ッテイタイト思イマス」

 しばらく立ち止まって、柳川はマインを見つめた。マインもまた歩みをとめて、少し不思議そうに見返す。そのまま僅かな時が流れた後、柳川は再び歩き始めた。マインも何も問わず、その後を当然のようについていく。

「……俺は心の狭い男だ」

「…………」

無言だが、マインが全身を耳にしている気配を感じ取って、柳川は苦笑した。ロボットが気配を感じさせるなんて、本当に、こいつは規格外れな奴だと思う。

「…浩之はクリアしている、2,3のつまらない事に、俺は足を捕られて抜け出せないでいる。だから俺はどうしてもお前に対して、一線を置いてしまう」

機械だということ。人ではないということ。異質なものであるということ。

この好意は、所詮ロボットが人間に対して持っている、プログラムされた忠誠心が過剰に表れているだけではないのか、とか。

そんなつまらない事。けれど、どうしても目を逸らせない事。

「ただ、…そこから、抜け出そうとは思ってはいる」

はあ、と息をついて、一つ柳川は頭を振った。

「…俺はお前が苦手だ。お前相手だと、どうも調子が狂ってしまう」

「…スミマセン…」

「すぐにあやまるな。…ロボットのお前には仕方ないかもしれないが、相手によってはすぐに謝るのは却って逆効果だ。口先だけで、誠意が感じられないと見られかねん」

「柳川様ハ…モウ少シ、謙虚ナ対応ヲ心ガケタ方ガ宜シイカト…」

「…お前、最近少し生意気になってきたんじゃないか?全く誰の影響を受けたんだか…?」

控え目に、だが即座にキッパリとこちらを指差してきたマインには気づかないふりをしつつ、柳川はあさってに目を向けた。

と、今度はマインの方から口を開いてくる。

「柳川様ハ、良イ人デハナイカモシレナイデスケド、デモ、優シイ方デス」

 そして、静かに付け加える。

「私ニハ、……ソレデ十分デス」

「…意味不明なことを言うな」

「ソウデスネ…申訳アリマセン」

 何となく、微笑んでいるような顔で黙り込むマインを少し振り返って、しかし何も言わず柳川は視線を前に向けた。そのまま思考も夕飯の買い物に向けかけて、ふと、今日の買い物のことを思い出す。

「あのなマイン、今日はメイフィアに頼んでお前の身の回りの…」

「エ?」

 その言葉に、手渡されたままになっていた買い物袋をガサガサとマインは開いた。そして中身を覗き込む。

 

 ピキイッ!!

 

「………マイン?」

 いきなり石になってしまったメイドロボの姿に眉を寄せかけ、柳川は、ハッと気づいた。

…その中身は、マイン用に見繕ってもらった下着類である。

「………………」

「えーと。あの。…マイン?」

何だか、人間でいうと冷汗を滝のように流しているような顔をしているマインに、らしくもなくおずおずと柳川は声をかけた。その呼びかけに、ピクッと僅かに肩を撥ねて、それからゆっくりと、マインは顔を上げてくる。

心もち、赤い顔をしていた。

「アノ…柳川様……」

「な、…………なんだ?」

 一旦視線を俯かせ、そしてそおっと上目遣いで柳川を見つめると、マインは消え入りそうな声で、囁いた。

「…柳川様…………………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………えっち……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずがっしゃああああああああああああああんんんんんんっ!!!

 

 

「アノ…柳川様?」

「……………………………………………………………なんだ?」

「ソンナ、顔面デアスファルトヲ砕くヨウナ勢イデ倒レ込ムノッテ、楽シイデスカ?」

「…うるさい。俺は死にたい。っていうか死ぬ。死なせて欲しい頼むから」

「倒置法デ言ワレテモ…」

 天下の往来で、完全に脱力して倒れ込んでいる主人と、その枕元に座り込んでオロオロとしているメイドロボの姿は、周囲の注目の的になっていた。うつ伏せになりながらもそれは容易に想像できたが、しかし、精神に致命的なダメージを被った柳川にとっては、もうそんな事はどうでもよかった。

いっそこのまま消えて無くなってしまいたい……。

「アレ?…柳川様」

「なんだ…?」

 マインは、買い物袋の中に入っていたメモを差し出した。柳川は僅かに顔を上げ、その文面に目を走らせる。

 

 

男が女にランジェリーを贈るのは、それを着て夜に忍んできてくれという謎かけなので、張り切って忍んでいくように。なお、オマケとして香水も一瓶つけておくから、ちょっぴり香りつけ程度につけておくとムード盛り上げに有効よん☆

では、健闘を祈る!

 

                    メイフィアおねーさんより愛をこめて

 

 

「あ・の・腐れ魔女〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「ソ…ソウイウ事ダッタンデスカ、柳川様ッ!!?」

「お前もあっさり信じるなあああああああああああああああああっっ!!」

 胸元で、両手の人差し指だけをつき合わせてもじもじしているマインに喚くと、柳川は立ち上がった。完全に据わった目つきをしている。

「あのアマ…今日という今日はもう絶対勘弁ならん!死なす!壊す!いわす!燃やす!ケツの穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたる!」

「ソレッテ…ア×○・フィ…」

「お前どこで覚えたそんな言葉っ!?」

「エット…舞奈サント雪音サンガ」

「ああああああああああああああ、四面楚歌っ!!?」

 とりあえず、御主人様が復活してきたことは喜ばしい。多分。きっとそう。

 マインはそう自分に言い聞かせながら、警察呼べとか病院の方がいいとか、何気に失礼な事をヒソヒソと相談している周囲の人垣から、苦悩する柳川の腕を引いて抜け出すことだけに集中することにした。

 

 

 

<終わらす>

 

 

 


【後書き】

柳川とメイフィア。何時の間にかセットになってしまった二人ですが(主に俺のせい)

最初の構想では二日酔いに悩まされながら目覚めると、一つのベッドの中で二人一緒に

朝を迎えているという状況で、何故こんなことになったのか、互いに記憶を手繰り寄せて

みると…といったお話でした。

 ちなみにやることはやった後、ということで(笑)

 犬猿の仲の二人を、くっつかざるをえない状況に追い込むというのは結構好きなパターン

です自分。(あくまでイタズラの種としてであって、本当にくっつけるかどうかは別問題)

 でもまあ、色々思うところがあって、ちょっと変更して、こうなりました。

 ……なんかマイン、だんだん耳年間になってるよーな気がする…(−−;;

 


 ☆ コメント ☆

綾香 :「あらあら」(^〜^)

セリオ:「まあまあ」(^〜^)

綾香 :「柳川さんとメイフィアさんって」(^〜^)

セリオ:「けっこう良い雰囲気じゃないですかぁ」(^〜^)

綾香 :「これは……もしかして、もしかすると……」(^^)

セリオ:「何時の日か、ナイスなカップルになっちゃったりして」(^0^)

綾香 :「ビジュアル的にはお似合いだし」(^^)

セリオ:「犬猿の仲から始まる恋愛というのも浪漫ですよね」(^0^)

綾香 :「うんうん」(^^)





 ドダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!

柳川 :「マインに変なことを吹き込むんじゃねーっ、この不良女がーーーーーーっ!」凸(ーーメ

メイフィア:「ちょっとした老婆心じゃないの。そんなに怒らないでよ♪」(^0^)

柳川 :「怒るに決まってるだろうが! 待てこら、逃げるな!!」凸(ーーメ

メイフィア:「きゃー、助けてー、犯されるーーーっ!」(^0^)

柳川 :「犯すかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」凸(ーーメ

 ドダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!





綾香 :「…………な、なに? 今、目の前を駆け抜けていった一陣の風は?」(@@;

セリオ:「あ、相変わらずはっちゃけてますねぇ」(@@;

綾香 :「犬猿の仲から始まる恋愛、かぁ。……ちょーっと難しいかも」(^ ^;

セリオ:「……同感」(;^_^A

綾香 :「ま、良いコンビであるのは間違いないけどね」(^ ^;

セリオ:「ですね。ト○&ジェ○ーみたいな」(;^_^A

綾香 :「そゆこと」(^ ^;






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