私立了承学園
a class in marine biology:「竜宮(UMI)にて」


「う〜ん、いい天気!!」

「日に焼けちゃうわね〜」

「祐君祐君、ほら!イルカだよイルカ!!」

「ぇ、どこ?・・・・・・・あ、沙織ちゃん、あれイルカじゃないよ。オフタルモサウルスっていうんだよ。」

「ふーん・・・・祐君、そういう知識ってどこから学んでるの?」

「ん〜、Newtonの別冊とか、NHKの特集とか。」

 

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学園内の海岸(?)から、小型船で沖へ約10分。

真っ青な海と空の境界線が緩やかに湾曲して広がり、様々な海鳥や翼竜が優雅に飛び交っている。

僕らは甲板に出て双眼鏡を覗いたり、船底の強化ガラス窓から海の中を見たりと、他では見られない珍しい

景色を堪能していた。

 

「今回の授業では海洋調査の実習を行う。各自海に潜ってもらい、後日に簡単なレポートを提出してもらうから

そのつもりでいてくれ。」

 

雄蔵先生はそう言って、簡単な装備を船に積み込むと、悠然と船を出港させた。

岩礁を巧みに避けて船を操りつつ、頭上を飛ぶ鳥の名前やスキューバダイビングに関する基礎知識などを教えて

くれる雄蔵先生の姿は、なんだか全然似合わないようでいて、不思議と絵になっていた。

 

「・・・・・・・雄蔵先生、船舶免許持ってたんですね。」

「いや・・・・実は今日のために新たに取得した。いい機会だと思ったのでな。」

「・・・・・船舶免許って、そんな思い立ったからってすぐに取れるもんなんですか?」

「そうだな、想像以上に資金が必要だったので焼き鳥屋台でバイトをした。」

 

・・・・・・・・いや、そういうことではなくて(汗)

 

「・・・・・・・頼めば、必要経費で落とせると思うよ。」

話の焦点をずらしたまま、瑠璃子さんが会話を続ける。

 

「免許の取得は、半ば趣味のようなものだ。本来、学園には授業用の全自動制御艇がある。」

「・・・・私も、人が運転するほうが面白そうだと思うよ。」

 

まあ、雄蔵先生の船に関する技術と知識は本物のようだったので、僕も特に突っ込むのはやめにすることにした。

だいたいこの場所で何を運転しても、法律面でとやかく言われることなんてないんだろうし。

 

「雄蔵先生って、意外なシーンで博識だよね〜」

 

教わった鳥の名前をメモしながら、沙織ちゃんが言う。

 

「うん・・・・でも、すごく楽しそうだよ。海、好きなのかな?」

「楽しそう?」

「なんとなく・・・そんな感じがしない?」

「私に、は・・・普段と、あまり、変わらないように、見えるけどぉ?」

 

ダイビングスーツと格闘しながら、香奈子ちゃんが感想を述べる。変な所でつっかえているのは、

どうやら船に弱いらしく、ちょっとだけ酔ってしまっているからだ。

 

「うーん、どこがどうって訳じゃないんだけど・・・なんとなくそんな気がするよ?」

「祐君が言うなら、きっとそうなんだよ。祐君も瑠璃子さんも、そういうの鋭いもんね。」

「え、そうかな?」

「そうだよ。」

 

くすっと笑って、沙織ちゃんが言う。

確かに、瑠璃子さんはそうなのかな・・・でも、なんか不思議だなあ。

どっちかって言うと僕も瑠璃子さんも、お互いが出逢う前は他人との付き合いなんか全然なかったのに。

 

「でも・・・・私も言われてみると、なんだかそんな気がします。」

 

船を操る雄蔵先生の横顔を眺めてみてから、瑞穂ちゃんが同意してくれた。

 

「船の免許をわざわざ取るぐらいですから、やっぱり海が好きなんでしょうね。」

「だよね。それに、なんとなく似合ってる気もするし。」

「ふふっ、担当教師の欄に、思わず『雄三先生』って書いちゃいそうですね。」

言いながら、ノートに漢字を示す。

「あははっ!『雄蔵先生』は、若大将とはまたちょっとイメージが違うんじゃない?」

「ふふっ、そうですね。」

 

座布団2枚分のネタだったのに、沙織ちゃんと香奈子ちゃんには意味が通じなかった。

 

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「では、ダイビングに入るが・・・ちょっと待っていろ。」

 

そう言うと、雄蔵先生はくるりと振り向いて・・・信じられないくらい軽い動作で、海に飛び込んだ。

・・・・・・・・・・・・って、ちょっと!!

 

「うわ―、はやいはやい!!」

 

力強いフォームで泳ぐ雄蔵先生に思わず沙織ちゃんが歓声を上げる。いや、確かに泳ぎが上手なのは

解かるけど・・・。

雄蔵先生はそのままぐるりと船の周囲を一周すると、いったん深く潜り、しばらくしてまた船に戻ってきた。

 

「よし、特に危険な海洋生物は近くにはいないようだ。しかし海中では常に危険が付きまとう。全員、決して

油断はするなよ。」

「危険ならもういっぱいありましたよ!!」

 

非礼だとは思ったけど、思わず声を高めてしまう。

 

「準備運動もせずにいきなり飛び込むなんて、何考えているんですか!?」

「案ずるな。前の時間までに十分に体はほぐしてある。」

「あ・・・そうだったんですか?」

「うむ。しかし、一言言うべきだったな。心配をかけた、すまん。」

 

律儀に頭を下げる雄蔵先生。なあんだ、僕の早とちりか。よかった。

 

「・・・・・・・私としては、水着もライフジャケットもつけずに、そんな重い鎖付きの学生服のまま海に飛び込む事

自体が危険行為だと思うんだけどぉ・・・・」

 

なぜか隅にうつむいてしゃがみながら呟く香奈子ちゃん。

そんな香奈子ちゃんに、僕は諭すつもりで話しかける。

 

「香奈子ちゃん。」

「な、何?」

「男の人のポリシーや信条って言うのはね、時に危険にも換え難い物なんだよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ・・・・(汗)」

 

うん、今の一言は我ながらきまった!

香奈子ちゃんも納得してくれたみたいだ。うるうると赤く潤んだ瞳で、僕を見つめ返してくる。

 

「長瀬君・・・・」

「ん?」

「長瀬君のポリシーって・・・何?」

「家内安全」

「・・・・・・・・・あ、そう。」

 

・・・・・・・・・・地味だったかな?

こういう時、浩之あたりならもっとかっこいいこと言いそうな気がするけど。

 

そんな事を話しながら、僕らは説明どおりに海に入る準備をしていく。ガチャピン先生開発の超小型酸素ボンベを

内蔵したマスクを装着し、各自超小型水中ビデオカメラを持つ。これは海中での生物の様子を撮影するためだ。

 

「あれ?瑞穂ちゃんは潜らないの?」

僕はふと、一人だけ着替えずに測定器具の説明を聞いている瑞穂ちゃんに声をかけた。

 

「あ、私は今日はやめておきます。残念ですけど。」

「・・・・・体調、悪いの?」

「いえ・・・その・・・・うさぎさんが来まして・・・・」

「あ、ああ、そ、そなんだ。」

 

顔を赤らめて言う瑞穂ちゃんからちょっと視線をずらして、僕は頬のあたりを指でかいた。

「うさぎさん」とはつまり、「月のもの」の事だ。

 

「船の上からでも様々な調査は出来る。今回は記録係を担当して、また後日に潜りに来ればよかろう。」

「あ、はい!そうですね!」

残念そうにしている瑞穂ちゃんに雄蔵先生がフォローを入れてくれた。瑞穂ちゃんも元気に頷いて、熱心に

海洋調査に使う機械のマニュアルを読み始める。

 

「じゃあ、僕達も行こうか!」

「了解(ラジャー)!!」

元気よく沙織ちゃんがビシッと敬礼をする。それを合図に、瑞穂ちゃんと雄蔵先生を残して、僕達4人は

海へと潜っていった。

 

見上げれば、陽光にきらめく水面。

ひとつの大きな生物のように見える、無数の小魚の群れ。

その横を悠然と泳ぐジンベイザメ。

そのおなかの下にいるコバンザメ。

大きなムナビレをもったクラドセラケ。

巨大な口のディニクティス。

お腹に刺があるクリマティウス・・・・

 

どう考えても一般的とは思えない生物相を撮影しながら、僕らはゆっくりと船の周りを周った。なんだか宇宙に

いるみたいな、不思議な感じがする。

 

(・・・・・・・くすくす・・・・・・・)

 

特別製の超小型無線機を通してなのか、それとも電波を使ってなのか・・・ぼんやりと景色に圧倒されていた

僕に、瑠璃子さんの笑い声が聞こえてきた。

 

(どうしたの?)

 

(海の中って、気持ちいいね)

 

(・・・・・うん・・・・それに、なんだか安心するよ)

 

(なんだか、くすぐったい電波でいっぱいだよ)

 

(・・・・・・そうだね・・・・・・・・・)

目の前をピコピコ泳いでいるオパビニアをつついていたずらしながら、僕はしばし、海水とそれにたっぷりと

溶けた海の電波に身を委ねてみた。

 

 

 

(・・・・・・・・胎児って、こんな感じなのかなあ・・・・)

 

 

 

 

 

「祐君!!」

「うわっ!!」

 

無線機から沙織ちゃんの大きな声が聞こえきて、びっくりして僕は目を開く。向こうから、慌てた様子で

沙織ちゃんが泳いできた。

 

「た、大変!!たいへんなのっ!!!」

「沙織ちゃん落ち着いて。どうしたの?」

「さ、ささ、さ・・・・・」

「さ?」

ごくっと、唾を飲み込む音が無線を通して聞こえる。

 

「さ、3時方向から、第六の使徒が!!」

「使徒?」

 

意味がわからなかったけど、とりあえず船の前方からみて右側を眼で追ってみて・・・・

 

「うわあっ!!」

 

僕も、大声を上げてしまった。

僕も見た。

ものすごいスピードで接近してくる。

 

魚竜の群れを。

 

「このままだと、船底にぶつかるわ!!」

声は慌てていたが、香奈子ちゃんの指摘は的確だった。

 

「オフタルモの方じゃないね。イクチオサウルスだよ。」

声は冷静だったが、瑠璃子さんの指摘は非的確だった。

 

(連絡してたんじゃ間に合わないっ!!)

 

とっさの判断。通じるかどうか分からなかったが、僕は必死でイクチオサウルス御一行に電波を送った。

 

(前方に障害物あり!!緊急回避!!)

 

ものすごい速度で接近してきた魚竜の群れは・・・寸前で真ん中からさっと二つに割れると、船と僕達を

回避し、また合流して泳ぎ去っていった。

 

「「「はあ〜〜〜〜」」」

 

酸素ボンベと一体になった水中マスク(というか、イメージ的には宇宙服のヘルメット)が曇るくらいに、

僕らは溜息を吐いた。

 

「ゆ、祐君・・・電波、通じたの?」

「わかんないや・・・最初から避けるつもりだったのかもしれないし・・・・」

「でも、どうしてあんなに急に泳いで来たのかしら?まるで何かから逃げるみたいに・・・・」

 

(あれ、じゃないかな。)

 

なぜか、電波で語りかけてきた瑠璃子さんが指し示したのは、今さっき魚竜の群れがやってきた方向だった。

その方向に、何かの影が浮かんでいる。影は、どんどん大きくなって・・・・・

 

(今度のはきっと、プレシオだね)

 

「「いやああああああああっ!!」」

 

急接近するクビナガリュウを前にして、沙織ちゃんと香奈子ちゃんが悲鳴をあげる。僕も危うく悲鳴をあげ

かけたが、何とかそれを飲み込んで、再度クビナガリュウに電波を送る準備を整えた。なんとしても、

プレシオサウルスを止めなくてはならない。

今度のは、魚竜の群れよりはるかに大きい。あの勢いでこれ以上近づかれたら、船にぶつからないまでも、

横波で船が転覆してしまう。そうなったら、泳ぎが苦手な瑞穂ちゃんは波にもまれて・・・・

ああ。

きっと、中耳炎になってしまうだろう(泣)。

 

(届いてくれ・・・・・・・・!!)

僕が、祈るような気持ちで電波を送ろうとした時・・・思いがけない事が起こった。

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!)

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・?)

 

信じられなかったけど、とにかく信じる他はない。僕は急いで、プレシオサウルスの方に向かって泳ぎだした。

 

「ゆ、祐君!!た、食べられちゃうよ!!」

「大丈夫!!あの子、助けを求めてるんだ!!」

「・・・・あの子?」

 

本当に、信じられなかった。プレシオサウルス君は、僕が電波を送るより先に、向こうから電波を送ってきたのだ。

 

「ちょ、ちょっと長瀬君、どういうこと!?」

「咽喉が痛いんだって!!」

「ノド?」

「あ〜ん、全然わかんないよ〜〜!!!」

沙織ちゃんたちが困惑していたけど、とにかく僕と瑠璃子さんは、クビナガリュウ君を落ち着かせるために丁寧に

電波での応答を繰り返した・・・・

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「よーし、とれたぞ。災難だったな。」

瑠璃子さんになだめられ、甲板に大きな口を差し出したクビナガリュウに臆する事もなく、雄蔵先生は

クビナガリュウの口に頭を突っ込むと、咽喉の奥に刺さっていた釣り針を取り外した。

 

「そっかぁ、それが痛くて暴れてたんだね〜ごめんね〜〜。」

 

すっかり安心した沙織ちゃんが、申し訳なさそうに加山さん(瑞穂ちゃん命名)の鼻先を撫でる。

きっと沙織ちゃんは世界で唯一、プレシオサウルスに「はい、あーんして。」と語りかけた女子高生として、

後世に語り継がれるに違いない。

 

「お互いとんだハプニングだったが、これで万事解決だな。では、そろそろ港に戻る事にしよう。」

「はい。雄蔵先生、ありがとうございました!!」

「長瀬ちゃんもお疲れ様。」

「あ〜あ、とんだスキューバ初体験だったわ・・・」

「でも結局、すごく楽しかったですよね!」

「加山さん、またね〜〜!!元気でね〜〜〜!!!」

 

嬉しそうに首を振る加山さんに見送られて、僕達はちょっと名残惜しく思いながら港へと帰っていった・・・

 

 


 

「・・・・・あれ?耕一さん、そんなにたくさんお魚抱えて、どうしたんですか?」

「いや・・・・・ちょっと、お詫びにな・・・・・・」

「?」

 


 

雄蔵先生の台詞に「らしさ」を持たせるのが難しかったです。

自分は北国育ちでして、とても海で泳いだりする環境にいなかったものですから・・・

スキューバダイビングはもとより、マリンスポーツ全般の知識が乏しいんです。

無茶な設定がありましたら、ご指摘いただければ幸いです。

でも「海洋生物の生息域に間違いがある」っていうのは大目に見てね(^^;;



 ☆ コメント ☆ 綾香 :「海かぁ。いいわねぇ」(^^) セリオ:「そうですね。気持ちよさそうです」(^^) 綾香 :「あーん。あたしも潜りた〜い」(^0^) セリオ:「同感です。とっても綺麗だと思いますし」(^^) 綾香 :「綺麗? そうね。まあ、それもあるけど……」 セリオ:「はい? それもあるけど?」(・・? 綾香 :「あたしには、もっと大きな目的があるのよ」(^^) セリオ:「なんですか?」 綾香 :「あたしね、是非ともプレシオサウルスの加山さんと……」(^0^) セリオ:「ダメです!」(ーーメ 綾香 :「は? な、なんで?」(・・; セリオ:「絶対にダメです。プレシオサウルスと闘いたいだなんて。      そんなこと認められません! 危険です!」(ーーメ 綾香 :「あ、あのねぇ。あたしは、加山さんと一緒に泳ぎたいなぁって思っただけなんだけど」 セリオ:「……あれ? そうなんですか?」(;^_^A 綾香 :「まったくもう。人の事を何だと思ってるのよ。      でもまあ、あたしの事を心配してくれたセリオの気遣いは嬉しいわ。ありが……」(^^) セリオ:「よかったぁ〜。加山さんの命が危険にさらされるかと思ってドキドキしちゃいました。      ふぅ。一安心です」(^0^) 綾香 :「……………………おひ」(ーーメ



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