私立了承学園第438話

「エンジェルズ・バイトする」

(作:阿黒)

 

 


 日曜の朝。

 休日の朝というものはまず概ね遅いものだが、ここ城戸家では主の芳晴が朝の礼拝を欠かさぬため、休日に関係なく規則正しい朝を日々迎えている。まあ、正確には家族の一部だけだが。

 が、その日の朝は下手をすると昼過ぎまで起きてこないコリンも朝食のテーブルについていた。半分寝ぼけた顔で機械的にマグカップのコーンスープに口をつけているコリンに、芳晴はトーストにバターを塗る手を止めた。

「なあコリン。…やっぱり止めたほうがいいんじゃないか?健太郎さんと結花さんには、俺の方からお詫びをしておくから」

「ふあ〜?」

 半分以上理解していない顔つきで首を捻るコリンの横で、サラダのマッシュポテトをつついていた――本当につついているだけで量は減っていない――ユンナが、眉を寄せた。

「芳晴君。…正直言えば世界の平和のためにも私自身の意向としても、正直断ってしまいたいんだけど…でも、今回のバイトの話ってコリンと、それからものすっごく不本意だけど私の問題だし…そのことで、芳晴君に頭を下げさせるわけには、絶対にいかないから」

「…普通に考えれば、そう仰々しくて重苦しい話でもないのだがな」

 軽い口調でそう言いながら、エビルは芳晴からトーストを受け取った。

「そ〜そ〜。大丈夫なりよ?心配することないだぎゃあ」

「何語だそれっ!」

 ひらひらと軽薄そうに手をふるコリンはどこまでも太平楽で、芳晴は我知らず嘆息した。

 エビルの言う通り、本来なら難しいことではない。先日コリンと、そして何故かユンナが採用された喫茶店「HoneyBee」のバイトにこれから初めて赴く、というだけの話だ。

 ただし。

「もー。一体何が問題だってゆーのよー」

「黙れ元凶。あんたが信用できないからこんなに気を揉んでいるんでしょうが…」

 どうやら八割方は目が覚めてきた顔のコリンに、眼前のサラダに視線を固定したままのユンナが唸り声を上げる。先程から神経質にフォークでつつかれっぱなしのレタスは、既に原形を留めていない。

「なーによ。もともとあたしにバイトさせようってのはユンナ達が言い出したんじゃない。それを今になって反対するなんて、どういうつもり?」

「…あんたがそのバカっぷりを遺憾なく発揮してバカなことをバカバカしくバカなタイミングでバカっぽくバカな振る舞いをするのはバカのやることだしバカ勝手だけど、それでバカ迷惑かけて結花さんにバカとか言われて蹴られるのは目に見えてるでしょこのバカ」

「うわ、まるであたしが何にもわかってないバカのような物言い」

「ハッキリ馬鹿だって言ってるでしょーがバカ―――――!!」

「大丈夫よん☆そんな心配無用よんよん♪」

「どこがどう具体的に心配無用なのよ…?」

 グッフッフ、と悪人笑いすると、コリンは額に青筋を浮かべているユンナを余裕ありげに見た。

「ふっふーん。あたしだってたまには頭使うんだからね?」

「…自分で『たまには』なんて言うかね…」

 傍らで、何だか辛そうに芳晴がぼやくが聞こえない。

「ならばみんなにも見せてしんぜよ―――!前回から更にパワーアップを加え、一気に大躍進を遂げたカイザーコリン・すーぱーDXスペシャルトリニティ・ドリルビットカスタムEX!!!」

 

ばんんっ!!

 

 ユンナはコリンの襟首を掴むと、壁際のロープに放った。正面からロープにぶつかったコリンはその反動でこちらに跳ね返ってくる。それにタイミングを合わせ、ユンナは床で綺麗に回転し、その勢いを利用して――

「ロケットキック!」

 併せた両足の爪先がカウンターでコリンの顔面を捉え、コリンは強烈な勢いで半円を描き、後頭部から床に激突した。更にそのままユンナはコーナーポストに上ると、その上から転がっているコリン目掛けて跳ぶ!!

「ライトニングヘルダイバ―――――!!!」

「ぐはあああああああああああああぁつ!!?」

 無意味に派手な動きを空中で見せながら、ユンナのニードロップがコリンの腹部で炸裂!たまらずコリンは転がってリング下に逃れようとして――

「ってちょっと待て―――!?ロープとかコーナーポストって―――――!!!?」

「あ、ご苦労様」

 てきぱきと、手際よく『突っ込み用簡易リングセット』を片付けて、リビングに面したベランダから出て行く黒子衆に、エビルが手を振った。

「便利な世の中になったものだな」

「そっ…それだけで済ませないでくださいっ、江美さん!!」

「だけど、便利だし」

「便利だよねー」

「ああっ!?なんかみんなしてつつがなく納得してるしっ!?」

「ともかく。…全然進歩してないじゃないっ!!だから信用できないのよアンタはっ!!」

 芳晴、もはや無視である。

「えー。でも、一生懸命考えたんだけどなー」

「…もういい。考えるなしゃべるなアンタ。なんかもう、本当に殺しちゃいそう」

「…結花は…そんなに厳しいのか?」

「うーん。…別にそんなに、人並み外れて厳しい、ってことはないと思う」

 エビルの問いに、ユンナは少し考えてから答えた。

「基本的には親切だし、常識的だと思う。料理はおいしいし明るく元気な接客は、いい感じだしね。単なるつきあいやお情けじゃなくて、彼女なりに、コリンのことを考えて採用してくれたんだと思う。

 …ただ、キレると容赦なく即座にパーンチとかキーックとか飛んでくるだけで」

「なるほど普通だな」

「えーと…」

 訝しげに唸る芳晴の肩をコリンがたたいた。

「そんなのユンナと同じじゃない」

「…なるほど。そう考えると、この学園では割と穏健な方なのかな」

「よーく考えるとなんかヤな標準だけどね」

「……なんか色々言いたいことはたくさんあるけど、まあ黙っておくわね」

 微妙に口元をひくつかせて、ユンナ。

「でもね。結花さんのキックってのは冗談抜きで破壊力抜群なのはあんただって知ってるでしょ?下手にくらったら一生子供を産めない身体になってしまいかねないんだから!」

「むぅ。女の幸せを壊すキックなのだな…」

「江美さん…いや、もういいです」

「…とにかく。あんたが一人で勝手に不幸になるのは別にかまわないけど、私まで巻き込まないでちょうだい。忘れてるかもしれないけど、私も一緒にバイトに行くんだからね!あんたのとばっちり受けて子供を産めなくなったらどうするの!!」

「…なんだかんだいって結局それが本音ね、ユンナ」

「いや、だからそんな確定的に…結花さんに失礼すぎるでしょ」

「なにいってるの!そうなったら芳晴君だって困るでしょ!?」

「えっ…いや……そのぅ…」

「だいじょーぶ。芳晴の子供はあたしが産むから」

「えっと、だからそういう話じゃなくて…」

「芳晴」

 つつ、とエビルが芳晴の耳元に口を寄せてきた。そっと囁く。

「……私もおっけーだぞ」

「何いってるの二人とも!わ、私だって…芳晴君が望むなら、いつでも…」

「ち、ちっが――――う!!いや嬉しいけど、嬉しいんだけどでも今語るべき問題はそうじゃなくて、論点がズレてる!ズレてるんだ―――!」

 

* * * * * * * * * * * *

 

「……だーれが『女の幸せ壊すキック』十段よ」

「???どうしたんですか結花さん?」

 カウンターでグラスを磨いている結花に、テーブルを拭いているリアンは不思議そうに尋ねた。

「ん?うん、別になんでもないなんでもない」

「そうですか…」

 リアンは、一つだけ埋まっているテーブルを微妙に迂回してカウンターに戻った。今日からコリンとユンナの二人がバイトに来るということで、実を言うとリアンは昨日から少々緊張している。なにせ、一応二人にとっては自分は先輩、指導役である。その責任の重さと、そして指導しなければならない二人のことを思うと、つい現実逃避してしまいたくなるリアンであった。

 しかも。

「…どうして、今日はいきなりああいうお客がやってくるんでしょう…」

 思わず涙ぐむリアンに気づいた様子もなく、モーニングをとっている一団は無頓着にコーヒーを手に会話を続けている。

「…昨日、新設されるグラウンド用地の視察に行ったんだが」

 ブラックのアメリカンを一口含んで、柳川は口を噤んだ。対面に座る貴之とマインをチラリと見て、それから何故か隣に座っているメイフィアに視線を向ける。こちらも劣らず、そして珍しく困った顔をしたメイフィアが、その後を続けた。

「そしたら、ね?」

「そうしたら…?一体、どうしたっての?」

 不思議そうな貴之に肩を竦めてみせると、メイフィアはまだ半分程残ったダージリンのカップをテーブルに戻した。

「…あのさ。『柳川vs.メイフィア専用運動場建設予定地』って、どういう意味だと思う?」

「………は?」

「冗談にしては少々大掛かりすぎるし」

「柳川センセの無軌道な破壊活動に業を煮やした学園側の、限りなく婉曲で遠まわしな嫌がらせかなーとも思うんだけど、でもあの理事長のやることだから、ひょっとしたら別に他意もなく本気で必要だと思ってるだけなのかもしれないし」

「俺だけじゃないだろ?お前だって壊すだろが」

「アンタの呼吸するのと同じ感覚で暴発する脊髄反射暴力に比べりゃ微々たるもんよ」

「…えーと」

 意味のない呟きをもらして、貴之は困惑して天井を見上げた。とりあえず、おもいついたことを口にする。

「とりあえず、完成が待ち遠しいよね、専用運動場」

「……ど〜ゆ〜意味だ貴之〜?」

「いやあ。ははははは。…言わせないでヨ、柳川サン」

「………」

 微妙に視線を逸らせている貴之とマインを睨みつけて、柳川は一気にコーヒーを飲み干した。

「はいはい、拗ねない拗ねない」

「別にそんなわけじゃない。…だから、頭撫でるな腐れ魔女っ!」

 メイフィアの手を邪険に振り払うと、柳川は仏頂面で黙り込んだ。

「ううっ…なんだか順調に危険指数が上がってます…」

 どこかの工事現場から拾ってきたような黄色いドカヘルを被り、カウンターの影から柳川達の様子を窺っていたリアンは、既に目尻に溜まっていた涙をそっとエプロンの端で拭った。

「わかったわリアンちゃん!こんなこともあろうかと、食事に混ぜるガラス片をしこたま用意しておいたわ!」

 ばきゃっ!

 いつの間にかカウンターの下に屈んで、にこやかに腐れ外道なことをぬかすコリンを、ユンナははたき倒した。そのまま頭をグリグリと踏みつけながら、言う。

「…遅れてごめんなさい。ちょっと色々と、家族間での会議ってやつがあって…あ、このバカのたわ言は気にしないでね」

「は、はあ…」

「とりあえず、青酸カリなんか確実で後腐れなくていいわよね」

「おおっ!さすがは性悪女王の称号を欲しいままにする女!それならイチコロよねっ!」

「違うでしょあんたら――――――――!!」

 ずがぺきっ!

「ビッケ!」

 結花のフグ・トルネードニ連発を浴びて、鴨川つばめチックな悲鳴を上げてコリンとユンナは撃沈された。結花はそのまま二人の襟首を掴んで厨房へ引き摺っていく。

「…どうかしたのか?」

「あっ、あはっ、あはははは…な、なんでもないです〜〜…」

 不思議そうにこちらを見る柳川達に引き攣った愛想笑いを見せて、リアンは何とか誤魔化そうと絶望的な努力を試みていた。

「ふうん…?まあ、そちらにも色々あるだろうしね」

 誤魔化されるわけではないが、リアンの泣き笑いにそれ以上深く関わるのを遠慮して、メイフィアは追及を止めた。このあたりはリアンの人徳(?)というものだろう。

 それはともかく。

「あ・ん・た・ら・わああああっ!早速遅刻した上に客を毒殺してどーするっ!飲食店で食中毒とか異物とか、んなことやったら致命的でしょうがっ!」

「それ以前に毒殺という時点で立派な犯罪ですぅ…」

 どうやら息を吹き返してきたエンジェルズは、結花の剣幕に首を竦めた。

「あのね。別に新人のあんたらに、いきなりヤクザな客の応対を任せるつもりはないわ!…そっちの方はリアンに担当してもらうとして」

「ええっ!?」

 思わず絶望的な悲鳴を上げるリアンにかまわず、結花はかしこまっている二人を見据えると、少し苦笑した。

「とりあえず二人には接客だけお願いするわ。うちは小さな個人店だし、そんなに大げさに考えなくてもいいから。…ごく無難に、常識的に応対してくれればまず問題ないだろうし」

「…意外に緩やかですね、結花さん」

「…もっとこう、なんていうか重箱のスミをつつくようにこまっかい所まで細々と微にいり細にいり偏執的な指導があるかと思ってたんだけどー」

 結花は――何か悟りを開いた修験者のような顔で言った。

「…とりあえず、あなた達に多くを望んじゃいけないって、わかったから」

「あなたたち、って…」

 コリンと同レベルに扱われて、不服気にユンナが呟く。

「とにかく、笑顔を絶やさず、丁寧にお客様には接するよう心がけて。簡単なようだけど、心の有様ってものは気づかないうちに表に出るものだからね。言葉遣いは丁寧でも、人を見下した気分でいればわかっちゃうものなの。

 …くれぐれも失礼のないように。単に、一人だけの問題じゃないんだから。バイトといっても、貴方達はこの店の人間としてお客は認識しているの。貴方達の不始末は、この店全体の不始末になる、ということを忘れないでね。

 それが基本的な社会的常識ってものよ?」

「…はいっ」

「わ〜かってるわよー」

 ユンナは、無言で反省の色の無いコリンに蹴りを入れた。

「…口頭の説明だけではなかなか身につかないからね。気づいた点は、即時注意するからそのつもりで」

「わかりました。任せてください」

「…つまり基本的にいつもどおりってわけね…」

 ちょっぴり泣きながら、床に転がったコリンはぼやいた。

 

* * * * * * * * * * * *

 

 映画はデートコースの定番メニューの一つである。

 だからというわけでもないが、早朝から長瀬家は総出で商店街通りを歩いていた。少し早めに家を出て、映画の前にどこかで軽く朝食を摂っておこうという腹づもりである。実のところ、柳川達が「HoneyBee」にいたのも似たような事情であった。

 そしてやはり似たような思考の経路を辿り、一同は喫茶店でモーニングでも取ろう、という結論に達していた。

「えっへへー。喫茶店でモーニングって何となくおっしゃれ〜?な感じがしない?」

「なんだか余計な出費って気もするけど。…まあ、たまにはいいかな」

 朝からハイテンションな沙織に、少し冷めた口ぶりで香奈子が応じる。

「いいじゃない香奈子ちゃん。そんな大した出費でもないし、時には祐介さんにも楽させてあげなきゃ」

「ありがとう瑞穂ちゃん。でも、僕は別に家事が苦労とか、そんなには思ってないけど。まあ、僕の料理なんて、多分一般的な基準からみればどうにか及第点、ってとこだよ。神岸さんや梓さんに比べたら全然大したことないしね」

 屈託なくそう言いながら、遠くに目当ての店の小さな看板を見出し、祐介は心もち足を早めた。朝の大気は僅かに気温が低いせいもあって、冷たく清純な気がする。

「それに、こういう外食って、割と好きだよ。確かに楽だし、色々勉強になるし、それに何と言っても…ここはおいしくて値段も手ごろな店が多いからね」

 外食の楽しみはそれだけではないと思う。食べたいものが特に決まっていない時、外をぶらつきながら何処にいこうか、何を食べようか、そうやって考える時間が楽しい。一人で迷うのもいいが、一緒にいる人がいればそれだけ楽しみも増す。気心の知れた身内同士で、それぞれが食べたい料理を口にして、その料理の味を思い出し、あるいは想像してみて、ああでもないこうでもないと埒も無いことを言い合う、その時間の積み重ねもまた楽しい一時だと思う。

 そんなささやかな、無駄で効率的とはいえない時間の使い方が、しかし色鮮やかに目に映るのはどうしてだろう。

 つい、と左に気配を感じて、祐介は瑠璃子の横顔をそこに見出した。茫洋として視点の定まらぬ瞳で、別にこちらを向くことなく、瑠璃子は笑みを称えている。

「好きなのはいいことだよ」

「瑠璃子さんはそうなんだ?」

 瑠璃子が自分の心のうちをおぼろげにでも読み取ったのか、それとも無頓着に自分の思うがままのことを口にしているだけなのか、祐介には咄嗟に判断はつかなかった。

 だが、それは別にどうでもいいことなのだと、思う。

「長瀬ちゃんの味噌汁は、おいしいから好きだよ」

 前を見つめたまま、熱くもなく冷たくも無い口調で、瑠璃子はさらりと続ける。

「だから、おいしいのはいいことだから、それでいいと思う」

「…ごめん、僕にはよくわからないや」

「うん。でも、そのうちわかるよ」

「そうかな?」

「うん。わかるよ」

「そうか。わかっちゃうのか」

「…なんか、わかって良いのか悪いのか、微妙に境界線ギリギリなとこだよね、それ」

 少し引き攣った沙織の呟きに、こっそりと瑞穂と香奈子が頷く。

「長瀬ちゃんが一番風呂の時」

「また唐突に脈絡のないこと言い出すし、月島さんは」

「…お風呂のお湯で、インスタント味噌汁を作るの」

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 ……………。

「長瀬ちゃんのダシが、とれとれだよ」

「瑠璃子さ―――――――――――ん!!」

「長瀬ちゃんの味噌汁は、おいしいから好きだよ」

「そーゆー意味で言ってたの――――――――!!!?」

「くすくす。いけないいけない、驚かせちゃったよ」

「いや、あの、そーゆー問題じゃなくて」

「長瀬ちゃん」

 ふと、顔を向けると、瑠璃子は正面からじっと視線を向けてきた。焦点の定まらない瞳の奥で、しかし何かがピタリと固定されたような光が浮かぶ。

「私が冗談を言っていると思う…?」

「えっ……と…」

 ほんの僅かに、しかし更に顔を寄せて、瑠璃子は、言った。

「もちろん冗談だよ」

 

 ずらどらがっしゃああああんんんんっっ!!!

 

 盛大に、二回転半捻りでずっこけて、それからノロノロと祐介は起き上がった。

 ……オリバー・ツイストのような目をしていた。

「アメリカンジョーク」

「違うそれ違う絶対確実究極無敵にそれアメリカン違う」

 朝食前からぐったりと疲労しきった祐介は、微妙に楽しげな雰囲気になっている瑠璃子と並んで歩きながら、他のみんなの方を振り向いた。

「…ああっ…そんな変態チックにフェチっぽい行為に、でも心惹かれるのは何故…?」

「ゆ…祐介さんの湯…祐介さんの湯…略してゆー・湯ー…とかなんとかいっちゃったりなんかしたりしてー」

「はっ…逆バージョンでさおりんの湯ってことで祐くんをおもてなし…」

 

 めちめきめぽきけこっ。

 

 ヘンな音を立ててわななく指をおさえ、四割方妄想ドリーム入ってる妻達から視線を逸らし、しかしもはや何も言わず、うつむいて祐介は歩みを早めた。…2,3メートルほど一行から先行し、祐介は一番最初に目的地――『HoneyBee』の前に辿り付いた。

 カラン、カラン――

 ドアにぶら下がったベルが、軽やかな音を立てて鳴る。

「いらっしゃいませ〜〜〜〜〜」

 少し鼻にかかった甘い声。

 そして。

「ぶふうううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!?」

 奇声を上げて祐介はもんどり打って倒れた。

「ゆ、祐くんっ!?」

 店の玄関口でいきなりブッ倒れた祐介に、沙織等が慌てて駆け寄る。――うつ伏せに倒れて見えない祐介の顔の下から、赤い染みが、ゆっくりと広がりつつあった。

「あら?ちょっと刺激が強すぎたかしらん?」

「コリンさん?……って―――!!?いったいそれは――!!?」

 バタフライエプロン一枚のコリンは、トレイを片手にあっさり答えてくる。

「どうかした?」

「どうかした?――じゃないでしょ―――!?なんて格好してるんですかっ!」

「はっ…恥ずかしくないんですか!?」

「やん。ほら、よく見てよ、下はちゃんとスパッツ穿いてるでしょ?」

 沙織と瑞穂にコリンは少し腰を捻って、正面からはわからないエプロンの下のスパッツを見せた。

「あっははー。だまされた?」

「…で、でも…上は…トップレスじゃないですかっ!」

 実は意外に豊なふくらみを無造作に放り出しているコリンに、まともに視線をむけられずに香奈子が抗議するが、

「あ?だいじょうぶじょぶ、ホラホラ、ちゃーんとニプレス貼ってるし」

「乳首隠せばいいってもんじゃないでしょ!?」

「…基本的に恥知らずなのねぇ…」

 頭を抱える香奈子に、それを眺めていたメイフィアがぼそっと呟く。

「柳川様ー。何モ見エナイデス」

「いいんだ、お前は見なくて」

 マインを後ろから羽交い絞めにして目隠ししながら、柳川が表面上は割と冷静に諭す。

「まあいっか。いらっしゃいませー☆…何人様でしょうかぁ」

 ちらっと、接客用のアンチョコを見ながらコリンは長瀬家の一同を店内に招きいれようとした。

「…いや…なんかもう帰りたい気分なんですが…」

 鼻血をティッシュで拭きながら、沙織の肩を借りてどうにか立ち上がった祐介が呻く。

「えー。せっかくお客様に喜んでもらおうと思って、目一杯サービスしてるのにー」

 と、不満気なか声をコリンがあげた時。

「――方向性と常識が……根本から間違っとるわあああああああああっっ!!」

 光が翳った。

 コリンが振り向いた時には、既に視界一杯に宙を無意味に跳ねる結花っぽい物体が急接近して――

「フライングクロスチョーーーップ!!」

「ぷぎゃあああああああっっ!!?」

 メキシカンな空中殺法に、あっさりとコリンが吹っ飛ぶ。

「ウチはフーゾクじゃなああああああああああああああああいいいっっ!!」

「すいません!よく言ってきかせますから!よーく言ってきかせますからっ!!」

 結花と祐介たちにペコペコと頭を下げて、グルグル目でひっくり返っているコリンをユンナが奥に引き摺っていった。

 …………。

 それを何となく見送って、とりあえず声のでない祐介たちの前で、結花が振り返る。

「いらっしゃいませ☆5名様ですね?では、こちらのお席へどうぞ☆」

 ニッコリ。

 今までの出来事をきれいサッパリと無視した笑顔で、結花は店の窓際のテーブルに招く。

『…や…やっぱり思い切って、ノーパンにするべきだったかしら…』

『本気で一回死んできなさいあんたわあああああああああああっ!』

 かすかに聞こえてくる、怒鳴り声っぽい声と、何かを激しくどつき回すような物音に、ちょっぴり口元がヒクついたようにも見えたが、一見丁寧に、実は結構悲壮感すら滲ませて、結花は笑みを崩さず無言で祐介達に着席を求めていた。

 おねがい。見捨てないで。

 目が、そう訴えていた。

「…いらっさーい。こっちきなさいよ、日当たりよくて気持ちいいわよ」

「そうそう。せっかくだからちょっとくつろいでいきなよ」

 さすがに不憫に思ったか、メイフィアと貴之が助け舟を出す。

 一瞬視線を交わしあい、そして祐介は頷いてテーブルに歩み寄った。そうなれば当然、妻達もついていくわけで。

「い、いらっしゃいませ。先程は大変失礼いたしました」

 珍しくややミニなタイトスカートに鮮やかな白いシャツとネクタイ。その上からシンプルなデザインのエプロンというユンナが、おしぼりと水を持ってきた。

「あ、どうも」

「ご注文が決まりましたらお呼びください」

「へー。なんか、ユンナさんのスカート姿って初めて見たような気がする」

「この前のダンスパーティの時はドレス姿だったけど…普段着では、そうですね」

「あ。なんかカッコいいかも」

「そ、そうですか?」

「………」

 少し首を傾げていた瑠璃子が、下がろうとしたユンナの指先を軽く握った。

「えっ。なに…なんでしょう?」

「だめ。いけない」

「???」

 ゆっくりと頭をふる瑠璃子を、全員が不思議そうに見つめる。

「そんな他人行儀な言葉遣い、好きじゃない」

「えっ…」

 一瞬、戸惑って口を噤み、ユンナは苦笑とも微笑ともつかぬ笑いを浮かべた。

「ええと…いくら顔見知りでも、やっぱりこういう場合は公私のけじめってものをつけるべきじゃないかと思うし…」

「私は、そんなの、イヤ」

 シンプルに、それだけを言って口を尖らせる瑠璃子に、ユンナは何も言えなくなった。

「ユンナー。臨機応変よ。世の中にはケジメをちゃんとつけるべきだと考えるのもいればフレンドリー・スマイリーな方がいいってのもいるってだけの話。

 んな固く考えなさんなって」

 太平楽にヘラヘラとメイフィアは言って、ウインクして見せた。その横で、誰にともなく柳川が呟く。

「…あれだな。ユンナとコリンを足して、3で割れば丁度いい感じってところか?」

「2じゃなくて3なの、柳川さん?」

「……アクが強すぎるからな、こいつら」

「…つくづく他人のことはよくわかってるよね、柳川さんって。…あ、リアンちゃん、そろそろ会計いい?」

 何かいいたげな顔をしている柳川をタイミングよく無視してこちらを向いてきた貴之に、リアンはやや慌ててテーブルに駆け寄った。

「えーと。…お会計は別々で?」

「…一緒でいい」

 虫歯の痛みを堪えるような顔で、素っ気無く柳川が答える。あれ、という顔をするメイフィアに向かって、

「お前には色々借りがあるから。…これくらいは奢らせろ」

「あ、そーなの?だったらもっとたかっとけばよかったー」

 臆面もなくそう言うメイフィアに、そっとマインが囁きかけてきた。

(メイフィア様…アノ、ドウシテ今日ハメイフィア様、御一緒ナンデスカ?)

(ん?邪魔だった?)

(イエ…ソウイウワケデハ…)

(ふーん?…まあ、ぶっちゃけて言えば、朝御飯たかりにきただけなんだけど)

(…………)

(あ、怒った?)

(イエ…別ニ。……アキレタデケデ)

(他には貴之君の様子見と、柳川センセのガス抜きかな)

(……?)

(あたしはほら、御飯も食べるけど、実のところルミラ様と同じく時々他人のエナジーを吸収しなくちゃいけないわけよ。で、エルクゥってのは無駄に精力有り余ってるからねー)

(エ…)

(だから、まあ、本人に気づかれないようにちょとずつ、機会をつかんじゃエナジードレインしてるわけよ)

(メ…メイフィア様!)

(…だから…最近無いでしょ?本当の意味で柳川センセが力を制御できなくなることって。まあホントに余分な分の気を吸い取るだけで、こっちは大方満腹しちゃうんだけどね)

(……ア…)

「なにやってんだ、お前ら?」

「早くいこうよ二人とも」

「あーはいはい、今いくって」

 勘定を済ませてレジの前からこちらを呼ぶ男どもに返事をして、メイフィアはマインを促して立ち上がった。と、肩越しに振り向いてイタズラっぽく笑う。

「…と、メイフィア先生は一見非のうちどころのない言い訳をのたもうたのでありました。でも真実のところは誰にもわかりません。…にゃはははは」

「―――!!」

 踊るような足取りで逃げるメイフィアに何も言えず、リアンと長瀬家一同に目礼するとマインも足早に店を出て行った。それを見送って、リアンが安堵のため息をつく。

「ああ…よかった…今日は初っ端から最悪メンバーのお客が来て目の前真っ暗になったけど…何事もなくすんで…」

「いやー…あの…それはどうかな…」

 なんとなく霊感というものが働いて、ユンナが頬をかきながらそう呟いた時。

「ぐっどもーにんぐまいシスターズ!…今日から『HoneyBee』がコスプレ喫茶に改装したと聞いて不肖この九品仏大志、微力ながらも助勢に参上!

 …とりあえずリアン殿にネコ耳つけるのはもはやデフォ!メガネっ娘にネコ耳!!……くううううううううっ、ベタな組み合わせではあるが、しかしこれはもはや萌えの王道といっても過言ではあるまいっ!というわけでさささささっ、リアン殿、これをつけるがよかろう!!」

「きゃあああああああああああっっっ!!?」

 グ○コ一粒300メートル!のポーズをつけていきなり乱入してきた大志は、ネコ耳を片手にリアンににじり寄ってくる。必死に後ずさりながら、リアンは何とか、震えながらも声を上げた。

「こ、こすぷれって…ウチはそんな改装していませんよぅ…」

「むう?しかし先程柳川殿達がそのようなことを話していたぞ?コリン殿がトップレスでユンナ殿がウエイトレスの格好をしていたと」

「どーしてそれだけでそんな曲解ができるんですかあっ!!?」

「ふっふっふっ…こわくない、こわくないぞぉ。なぁに、イヤなのも最初だけ、慣れればそのうち身体のほうが求めてくるのだNew」

「ごっ、語尾のNewってなんなんですかぁ〜〜〜〜!!?」

「大人の事情というやつだNew。にゅっ、にゅっ、New〜〜〜〜」

 …そんなリアンのピンチを、コリンとユンナと結花は生暖かい目で見守っていた。

「よーし、こんな時にはラブリーエンジェル・コリンちゃんにおまかせ♪新兵器の二重反転ドリルスマッシャー装備のカイザーコリン・エクセレントゴールドに…」

 そこまで言いかけて、コリンは不意に口を噤んだ。やや間を置いて、不思議そうに二人に視線を送る。

「えーと。…そろそろツッコミが入るかな〜って、待ってるんですけど」

「いい。今回は許す。やんなさい」

 と、ユンナ。

「それは正しい応対だと思うわ、コリンちゃん」

 と、結花も頷く。

 そして二人は、コリンの両肩をそれぞれがっし!と掴んだ。

「店とリアンさんに被害が出ない程度にブチかましてきなさい、コリン」

「うん。店内に染みをつけない程度に血ヘドぶちまけてやんなさい」

「…なんか、おもいっきり無理な注文つけてません?」

「「いいからいってこんかああああああああああいいいいいいっっ!!」」

「うひいいいいいいいいっっ!!!?」

 結花&ユンナにカタパルト並の速度で射出され、カイザーコリン・なんたらはテイクオフした。滞空時間と呼べるほどのものを置くこともなく、僅かな距離を一瞬以下の時間で征服し…

 

「んきょわああああああああああああああっっっ!!!」

「おおっ、これはもしや宇宙鉄人キョー○インのグラ○ミサイ…」

 

 どっかあああああああああああああああんんんんんんっっ!!!

 

 大志の台詞は皆まで言えず轟音に掻き消された。

 

「…祐くん」

「なに?沙織ちゃん」

「…今日の映画…あきらめたほうがいいかな…?」

「その方がいいと思います…」

「とりあえず、生きて還ることを目標にしようか?」

「…そうだね」

 盾にしたテーブルの影で長瀬家一同は頷くと、粉塵と破片が飛び交う『HoneyBee』店内を、出口に向かって移動を始めた。

 

 

 

 

 とりあえず。

 これが、コリンとユンナのアルバイト初日となった。

 当分、結花とリアンと芳晴の眉間の皺は、なかなか消えることはなさそうではある。

 ご愁傷様。

 


【後書き】

 久しぶりってことで、ちょっと勘が鈍ってるよーな気がしないでもない今日この頃。

 それにしても一昔前のアイドルの写真集って、ビーチク隠してるけど際どいものがありましたが。

 いいの、コレ?って感じな。っていうかここまで見せるならズバッと見せてくれよってなもんで。

 見たいも〜の見たいっって思わず「ダッシュ勝平」のOP口ずさんで見たり。

 …こうして若者置いてきぼりなネタばかり使うのはいいかげん止めようと思いつつも使ってしまうあたり、いい年こいても人間とは成長しないものなんだなぁとシミジミ思うね、ウン。




 ☆ コメント ☆

綾香 :「…………」(^ ^;

セリオ:「…………」(;^_^A

綾香 :「何て言うか……」(^ ^;

セリオ:「ある意味、予想通りですね」(;^_^A

綾香 :「やっぱりあの二人……特にコリンにはまともにバイトするなんて無理なのよ。
     結花さんとリアン、これからも苦労するでしょうね」(^ ^;

セリオ:「同感です」(;^_^A

綾香 :「でもまあ、端から見ているぶんには面白いから、あたし的にはOKだけどね。
     下手なコントなんかよりよっぽど笑えるし」(^〜^)

セリオ:「……うわ、何気にオニ発言」(−−;

綾香 :「ところでさ……どっちが先かな?」

セリオ:「なにがです?」

綾香 :「結花さんとリアンが心労で倒れるのと、あの二人が全身打撲で医務室に担ぎ込まれるの」(^ ^;

セリオ:「…………。
     わたし、何となくですが、リアンさんの一人負けになる気がするんですけど……」(−−;

綾香 :「……そうかも。他の3人は結構タフだけどリアンは……」(−−;

セリオ:「わたし……リアンさんが倒れる前にお手伝いに行こうかな?」(−−;

綾香 :「そうね。それがいいかもね。それじゃ、あたしも……」

セリオ:「結構です。いらないです。却下です」(−o−)

綾香 :「な、なんでよぉ」(−−;

セリオ:「だって……ねぇ。
     綾香さんが来たら火に油を注ぐだけですし。
     トラブルメーカーという意味では、綾香さんはあの二人と同レベルなんですから」(−−;

綾香 :「…………」Σ( ̄□ ̄;




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