私立了承学園
「その一つ一つが」

作成者:ERR


 お昼休みのウキウキ Watching!! も終わって、程よく怠惰な昼下がりのこと。 ジャンクフードの定番、ハンバーガーを片手に月島拓也は一人、大通りを歩いていた。 いつものようにバイトを探すためである。しかし、目に飛び込んでくる現実はなかなか お寒いものであった。  「女性パートタイマー募集・勤務時間相談に乗ります」  「ウエイトレス急募! 連絡先は…」  「受付嬢募集 細目は面接にて」  女性向けの募集要項はそこそこに多かったが、男性向けの情報は多くはなかった。 正社員の募集については男性向けのものも多く出ているのだが。  よく晴れた空の下、一つため息。  実際のところ、えり好みしなければバイト程度ならなんとかなるだろう。しかしな んというか、収入が必要なのは確かではあるものの、現金以外の何か─技術など─が 手に入るような、そんな仕事が欲しかった。  …不景気なこのご時世、贅沢な望みであることは自覚していたが。  そうして20分程歩いていると、目の前に大きな建物が見えた。門のところに出て いる表示を見ると、それが図書館であることが解る。バイト探しに行き詰まっていた 彼は、元来の読書好きも相まって、この施設でちょっと息抜きをしていくことにした。  中は綺麗にまとめられており、蔵書の量も普通の図書館にしてはかなり充実してい るといえた。  とりあえず手近な哲学書を手に取ろうと思ったが、息抜きで来たことを思い出し苦 笑すると、そのままぶらりと本棚を眺めて歩くことにした。  しばらく歩き回り、小説の棚を抜けると窓際に出た。  そこは十分な広さが確保された読書スペースとなっていた。邪魔にならないように 配置された観葉植物が安息をもたらしてくれる。壁にはお決まりの「図書館ではお静 かに」という注意書きも見てとれた。  その読書スペースの片隅に、拓也は知った顔を見つけた。 一瞬躊躇したが、なんとなく声をかけようと思い、その人物の方へと歩を進める。 「こんにちは、鹿沼さん」  そこにいたのはつい先日知り合った、足元まで届かんばかりの長く綺麗な髪と落ち ついた物腰が印象的な、鹿沼葉子という女性だった。 「…こんにちは」  葉子はゆっくりと顔を上げると、口許に僅かな笑みを浮かべて応えた。  拓也はふと、葉子の読んでいた本に目を向ける。無意識に、小説等の文学書であろ うと予想していたが、その彼の予想は大きく外れることとなる。  『数学T』  彼女の読んでいた本のタイトルである。  小説や学問書などに知識の広い拓也は、彼女の本から話題を広げていこうと思って いただけに、次の言葉に大きく詰まってしまう。  そんな拓也の様子を察してか、葉子の方から口を開いた。 「…実は私、少々訳がありまして…学校をほとんどでていないのです。 郁未さんは小学校より先の勉強などあまり意味が無いとおっしゃっていましたが… なんとなく、自分だけそういう経験がないというのは悔しいものがありますから、こ うして暇を見つけては勉強しているんです」  それにこうして勉強するのは嫌いではありませんし、と付け加え、微笑む。  葉子の言葉に、自分の中学・高校時代に思いをめぐらす拓也。  彼も勉強は嫌いな訳ではなかった。  勉強をして、生徒会の仕事にも精を出し、優等生の鏡となること。  そうすることで瑠璃子にとって「自慢の兄」になることができたから。  しかし、「それ」が。  たった一人の妹のために、「自慢の兄」であり続けようと躍起になっていたことが。  彼自身が気づかないうちに、「それ」は重圧となって彼の心を潰していた。もちろ ん彼の心を攻撃していたのはそれだけではない。しかし、そのことが彼を追い詰める 重圧の一つであったことは確かだ。  思い出したくも無いことを思い出して渋い顔をする拓也。 「…すみません、一言余計だったようです」  葉子の謝罪の言葉で回想から現実へと意識が戻ってくる。 「あ、いえ、お気になさらずに」  何について謝られているのか解らなかったが、とりあえずそう返しておいた。 「…それで、拓也さん」 「はい、なんですか?」 「こうして会ったのも何かの縁と言うことで…伺いたいことがあるのですが…」 「なんでしょう? 僕に答えられることならいいんですけど…」 「はい、実はここなんですが…」  教科書の1ページを指差す葉子。  懐かしい数式がそこに書かれていた。 「今日はすみませんでした」 「いえ、どうせ暇人ですから」  結局夕方まで、拓也は葉子の勉強に付きあわされた。申し訳なさそうに頭を下げる 葉子に、苦笑で返す。 「おかげで今日は随分はかどりました。宜しければ夕食くらい奢らせてください」 「いえ、気になさらないでください。僕としても有意義な時間でしたから」  実際彼にとってもそれは、なんとなく充実した時間だった。これだけの時間を誰か と過ごし、これだけ話をしたのは久しぶり、そう思えた。 「…そういえば拓也さんは今日何か用があってここへいらしたのではないのですか?」 「いえ…バイト探しに煮詰まって、ちょっと息抜きに」  今更といえば今更な葉子の質問に、本日何度目かの苦笑で答える。 「バイト…ですか」  つぶやいて、何かを考え込む葉子。  10秒ほどの沈黙の後、彼女は口を開いた。 「私の行き付けのお店で男性のアルバイトを探しているのですが…もしよろしければ 今から少しお付き合いいただけますか?」 「ええ、構いませんよ。僕としても助かりますし」  まだそれほど遅い時間でもないし、この際一つでも多くのバイトを見ておきたいと 思っていたので、拓也は素直に頷いた。 「…行き付けのお店って…ここですか?」 「ええ、そうですが…何か?」 「い、いえ…」  けたたましく鳴り響く電子音。  葉子に連れられ拓也がやってきたその場所は、ゲームセンターであった。  不思議そうな表情の葉子にぎこちなく答える拓也。その心中では、つくづく見た目 と行動のギャップが激しい人、と葉子の印象が改められていた。  それにしても。  通い慣れている人間であればそれほど気にはならないが、こういう場所に慣れてい ない拓也にとって、店内を埋め尽くすその音は、まさしく騒音であった。 「あの、鹿沼さん…」  折角ですが、ここは…と続けようとした拓也だったが、残念ながらそれはできなか った。 「とりあえず、こちらへ」 「あ、まっ、待ってくださいっ」  騒音にかき消されたのか、拓也の声が届く前に、葉子はさっさと奥へと歩いていっ てしまう。慌ててその背中を追いかける。 「鹿沼さんっ…」「こんばんは、晴香さん」  今一度、自分の意思を告げようとした拓也と同時に、葉子が口を開く。目の前で ゲーム中の女性への挨拶のようだった。またしても拓也の意思は届かなかった。 「あら、葉子さん。お晩ー」  晴香と呼ばれた女性は、ゲームの手を休めることなく、顔を向ける。 「ふふ、また売上に貢献にきました」 「ま、私にはほとんど関係無いんだけどね。一応ありがとうって言っておくわ」  キャンディでも舐めているのか、晴香はもごもごと口を動かしながら答える。口元 にちょんとのぞいた棒が、頬の動きに合わせてぴこぴこと揺れる。  と、彼女の視線が葉子の背後…拓也のほうへと向けられ、固定される。 「…誰、それ?」 「バイトを探してる青年です」 「ふーん?」  葉子の答えを聞くと、晴香は大して未練もなさそうにゲームのプレイを放棄すると、 拓也を値踏みするように眺める。 「あ、あのー…僕は…」  拓也は文字通り3度目の正直とばかりに、自分の意思を伝えるために口を開く。  が、またしても。 「うん、なかなかいい体してるわね。ごついってほどでもないけど」  実にいい、いや、拓也にとっては実に悪いタイミングで晴香が口を開いた。そのま ま言いたいことを早口に言い終えてしまう。 「気に入ったわ、明日からでも手伝ってもらえるかしら?」  しかも何やら勝手に話がまとまってしまっている。  さすがの拓也も強い口調で口を開こうとするが。 「…大丈夫ですよ。必ず得るものがあるはずですから」  小声で、拓也のすぐ傍で囁かれる言葉。  騒音にかき消されることなく、驚くほど鮮明に、葉子の言葉は拓也に届いた。 「えっ…?」  はっとして、振り返る拓也。 「…大丈夫ですよ」  葉子はただ微笑してもう一度だけつぶやくと、その場を去った。 「正直助かったわ、男手どころか人手が足りてなかったから」 「はぁ…」  結局、葉子の一言で完全に勢いをそがれてしまい、このゲームセンターでのバイト が決定してしまった。  カウンターで飲み物を片手に、自己紹介を簡単に済ませながら、勤務時間や内容な どを話し合う。 「まぁ私もただのバイトなんだけど…店長が案外適当だから、結構色々任されてるの よね…そんなわけだから、なんかあったらとりあえず私に言ってね」 「はい」 「ま、そんなに肩肘はる必要ないから。やり過ぎない程度ならさっきの私みたいに遊 んでてもいいし、飲み物も飲み放題だしね」  言って、晴香は肩をすくめてみせた。 「はぁ…」 「何よ、気の無い返事ねぇ……そんなんじゃ…っと、ちょうどいいというか、悪いと いうか…」  晴香はやれやれといった様子で立ちあがると、カウンターにまだ中身の入っている 缶を置いた。 「あんまり気が抜けてると、あーいう連中に舐められちゃっていらない面倒が起きる わよ?」  そう言って、店内の一方を指差す。  そこでは、一人の少年がガタイのいい男二人に絡まれていた。 「ちょっと注意してくるわね」  見るからにガラの悪そうな男たちの方へなんの躊躇も無く駆けていく晴香。 「あ、ちょっと! ……わっ!?」 「ひゃっ!!」  拓也も慌てて続こうとするが、タイミング悪くカウンターにメダルを預けに来た客 とぶつかってしまう。大きな音を立てて床に散らばるたくさんのメダル。 「すっすみませんっ!!」 「い、いえっ、こちらこそ…」  お互いに頭を下げながらメダルを拾い集めてゆく。  幸い相手の方も温厚な青年だったようでこちらは大事にはいたらなかったが、そう こうしている間にも晴香は揉め事の中心へと向かっていた。 「今のハメだよなぁ? あぁ?」 「そっそんなっ、いいがかりですっ!」 「なぁ、オレたちゃビンボーなわけよ、解る? キチョーな100円だったわけよ、 解る? ん?」 「はぁ、そ、そうなんですか…」 「そうなんですかじゃねんだよボケッ!!」 「ひぇっ!?」  周りの人間の行動にはいくつかの種類があった。  遠巻きに野次馬根性丸だしで覗いているもの。  巻き込まれるのを恐れて手を出さないもの。  無視しているもの。  そもそも気がついていないもの。  いずれにせよ、絡まれている少年を助けるという行動に出るものはいなかった。 「はいはい、お客さん。店内での揉め事はご遠慮くださいねー」  そんな状況の中、晴香はさも面倒くさそうに仲裁に入る。 「うるせぇっ……お?」 「おぉっ!」  声のした方へ殴りかからんばかりの勢いで振り返った二人組だったが、そこで感嘆 の声と共に動きを止めた。無理も無い、晴香はかなりの美女だから。  絡まれていた少年はしばし唖然としていたが、晴香が目で「行きなさい」と合図を 送ると、軽く会釈し、慌てて逃げていった。それを見送ると晴香は営業スマイルを浮 かべる。 「はい、揉め事するなら外でお願いしますねー」  晴香は人を小ばかにするような口調で言葉を並べる。その嘲笑めいたニュアンスが 通じないほどこの二人もバカではないだろうが、それ以上に、相手が細腕の女性だと いうことで怒ることもなく、下卑た顔つきで、 「へへ、おねーちゃんがちょっと付き合ってくれたらもう揉め事はおこさねーよ」 「そうそう、なんか揉んじゃうかもしれねーけど!! ギャハハ!!」  実に低俗な言葉を発する。  笑いかたにも品性があるとはいえなかった。  晴香はため息一つつき、苦笑した後、はっきりと言った。 「ごめんなさいね、あんたら見たいな頭悪そうなのは強烈に願い下げなのよ☆」  満面の笑顔でさらりと痛烈な一言。  男たちもさすがに今度は頭に来たようである。  顔が怒りで見る見る真っ赤になっていく。 「このアマぁ!!」 「調子こいてんじゃねぇぞ!!」  一人が晴香に掴みかかろうとし、もう一人は腕を振り上げる。 「巳間さんっ!!」  ようやくメダルを片付けた拓也が駆けつける。  が、その時にはもう男の手は晴香を捉えようとしているところだった。  ─しかし、次の瞬間。  ゴゥッ  空気がわずかに鈍い音を立てたかと思うと、男たちの体は宙を舞い、その場で綺麗 に一回転すると、床にしたたかに叩きつけられていた。 「えっ…?」  拓也には晴香が何をしたのか見えなかった。  晴香の美しい髪が風に舞った思った次の瞬間、事は終わっていた。 「はい♪ 揉め事は警察の前ででもお願いしますね♪ それと、か弱い女性に手をあ げたりしちゃダメですよ♪」  不自然なまでに軽快な言葉で─それが逆に怖いのだが─床に倒れている男たちに言 い聞かせる晴香。  彼らもまた拓也と同様、自分たちに何が起きたか解らずただ唖然としていたが、晴 香の目だけが笑っていない笑顔に気がつくと、慌てて起きあがり何やら悲鳴のような ものをあげながら走り去っていった。 「…とまぁ、こういうことはしょっちゅうじゃないにせよ、盛り場ってのは結構物騒 だからね…女性じゃ不安なわけよ」 「は、はぁ…」  確かに晴香の言うことに間違いはないのだが。  「大の男二人を軽くあしらってしまう晴香」という絵は、「女性には危険」という 事を語るには少々説得力が足りなかった。 「それじゃ明日からよろしくね」 「はい」  カウンターのところで軽く手を振る晴香に会釈すると、拓也はゲームセンターを後 にした。明日から、ここで働くことになる。  すっかり暗くなっていた夜空を見上げ、一つため息を吐く。 (なんだか今日はすごい1日だったな…)  明日からはどうなるのだろうか。  想像も出来なかった。 『必ず得るものがあるはずですから』  何が得られるのか。  知らなかった世界。騒音で埋め尽くされた場所。  知らぬ場所に行けば、当然何か得るものはある。それが良いものであれ、悪いもの であれ。 『大丈夫ですよ』  彼女には何が見えているというのか。何が大丈夫だというのか。  裏付けは全く無い。無いはずの言葉だった。  だが、彼女がそう言ったこと。それが既に裏付けであるかのような、説得力に満ち た言葉のように、拓也には感じられていた。  だからこそ、あのゲームセンターで働くのも悪くないと思えたのだから。  そう思うと、明日からの日常におのずと不安と期待があふれてきた。 (とりあえず、働くからにはしっかりやらなくちゃな)  何時の間にか自分の口元に浮かんでいた小さな苦笑に、拓也は気づいていなかった。  気づかずに、何時の間にとりだしていたのか、キューブを適当に弄くっていた。 <終わり>
 勤労のよろこびっ!! …ふぅっ(爆)  ということで、こういう内容です。  晴香…というかMOON.…了承中もっとも印象の薄いヤツの一人でしょうね(w まぁ、当たり前でしょうけどね(TーT)  なんかいろんな事にゴメンナサイ。
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「やっぱり、盛り場での仕事ってのは女性にはちょっと怖いわよね」 セリオ:「ですね」 綾香 :「どんなトラブルが起こるか分からないもの」 セリオ:「まったくです」 綾香 :「……尤も」 セリオ:「尤も?」(・・? 綾香 :「中には例外もいるけどね。      例えば、あたしだったら盛り場でも問題なく働けるわ。      トラブルなんか怖くないもの」(^0^) セリオ:「え? 綾香さんが盛り場で?      そうですかぁ? わたしはトラブルが怖いですよ」(−−; 綾香 :「大丈夫だって。心配いらないわ」(^^) セリオ:「心配ですってば! もしも綾香さんが働いたりしたらどんなトラブルを巻き起こすか!      それを思うと怖くてたまりませんよ!      しかも、尻拭いするのはどうせわたしなんですし……」(−−; 綾香 :「……………………あんたねぇ」(ーーメ



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