私立了承学園第446話
「保健室繁盛記〜メイフィアたまには仕事する」
(作:阿黒)


 メイフィア・ピクチャー。
 了承学園保健医である彼女は一部職員・生徒からは「腐れ魔女」「グータラ保健医」「オヤジ趣味の遊び人」等々、まるで本来の職務は可能な限り手を抜いてギャンブルと酒とタバコをこよなく愛する不真面目極まりない印象を持たれているが、概ね、その評価の通りの人物である。
 そんな彼女ではあるが、一方で世話好きの姉御肌な面も持っており、悩み多き思春期の青少年達の相談に乗ることも多い。いわゆるメンタル・ケアというやつである。
 もっとも、それで問題が解決するかどうかは、微妙なところではあるが。

  * * * * *

「…栄養剤?」
 こっくりと頷く瑞希を前に、しばらくメイフィアは沈黙した。そんな上司を保健室付のメイドロボである舞奈がやはり無言で見つめる。
 保健室に沈滞したその静寂を振り払うように、瑞希は説明を続けてきた。
「えっと、だからその…和樹、夜更かし多いし睡眠は足りてないし生活も不規則だし…だから、まあ、その、…健康面で不安があるっていうか…えっとつまり…」
「要するに、アレね。…千堂クン、早いんだ?」

 ずんだらがっしゃあああああああああああああんんんっ!!!

「いやー。こうまで見事にコケてくれるとこっちも気持ちいいわねぇ」
「ギャグキャラノ鏡デス」
「……誰がギャグキャラよっ、誰がっ!」
 無駄な抵抗を続けながらそれでも椅子に座りなおしてきた瑞希に、メイフィアは不思議そうに問い掛けた。
「でも、問題はそこでしょ?千堂君は、そりゃあマニアックな事に関しては浩之君すら一歩リードする煩悩魔人だけど、スタミナそのものは人並みよりちょっとマシ、なくらいだもんね。まあ、千堂君が性欲魔人並に底無しだったら…こりゃたまんないわよねぇ、色々な意味で」
「は、はあ…」
 引き攣りながらもなんとか笑み、らしきものを浮かべている瑞希に、ふとメイフィアは眉を顰めて言った。
「…でも、浩之君が煩悩魔人並に濃くなる可能性ってのは十分あるわよねぇ…壊れないかしら、藤田家のみんな…」
「まったく…って、そうじゃなくて!」
「ハイハイ。だから千堂君が早いって話だったわねぇ」
「和樹は早くなんかありませんっ!」
「……え〜〜〜〜?そ〜〜〜〜ぉ〜〜〜〜?」
 いかにも疑わしげなメイフィアに、和樹の名誉のためと信じ、瑞希は顔を真っ赤にして抗弁した。
「本当ですっ!…昨日だって和樹、あたしを絵のモデルにしてデッサンの練習するって言い出して、それでその、…水着で。身体の線とか筋肉とかわかった方がいいからって、別にヌードモデルってわけじゃないんだからいいだろって、それで、あたしもついその、オッケーして。
 そっ、そしたらっ、なんか最初はフツーだったんだけど、絵的におもしろくないって色々なポーズとらされて、そしたら段々変なポーズとらされちゃってて…四つんばいになって腰を高く上げたりとか…あ、あたしは和樹のデッサンのため、って思って真面目にやってるのに、和樹ったら、
『ん〜?瑞希、ひょっとして感じてるのか?エッチな奴』
 なんて失礼なこと言って、
『そんなエッチな娘にはオシオキが必要だよな』
 ってそんなコト言いながら洗濯紐でバラしたイーゼルにあたしを縛り付けて…あたし、抵抗しようと思いつつも、何故か身体が痺れたように力が入らなくって……。身動きできずに、はしたなく開かれたあたしの前で、和樹は、パレットに絵の具を搾り出して、筆で混ぜながら…
『よーし、たまには三次元のサイケな前衛芸術って奴に挑戦してみっかな〜?』
 って、言って…。
 あたし、その後4時間も、執拗に、焦らされつつねっとりと、身体の隅から隅まで、たっぷりと…何回も…芸術…されちゃって………って、あ、あたしナニ言ってるのよ―――――!!!?」
「う〜ん。…ちょっとうらやましいかな」
「ア、ウラヤマシイデスカ…ソウデスカ…」
 実は魂を移した自分の肖像画が本体であるメイフィアとしては、筆プレイというのは結構馴染みがあるのかもしれない。
「…で?筆プレイ&縛りに目覚めかけで初体験が野外の瑞希ちゃんとしては一体ナニが不満なのかな?」
「うっわ――――――――!!?」
 壮絶な自爆をかましてゴロゴロと床の上でのたうっている瑞希が落ち着くのを、メイフィアと舞奈はしばらく待たなければならなかった。
 ……小10分程して、瞼がピクピクと小刻みな痙攣を繰り返しながらもどうにか再び立ち直ってきた瑞希に、メイフィアは少々憐憫を込めた視線を向けた。
「…とにかく…そういうわけですから…何も聞かないで対処法とかアドバイスしてくれると嬉しいんですけど」
「……基本だけど、ゴムを二枚重ねにすると感覚は鈍くなるけどその分長持ちするわよ?外側にイボイボつきの代物とか嵌めておけば…」
「だから問題はそこじゃないし和樹は早くなんかないわよ――――!!」
「あーはいはい。…でもねぇ。正直、あんまりお勧めはできないのよね、強壮剤の類って」
 怪訝な顔をする瑞希に、ゆっくりとメイフィアは語りかけた。
「人間って、つきつめると化学反応で動いてるわけだけどさ。だから投薬とかで一時的に身体能力上げたり著しい衰弱から回復させたりもできるわけだけど。
 でもそれって長期的に見れば、やっぱり身体に負担かけてるのよねー。ドリンク剤飲んで一時的に復活したように見えても、衰弱した身体に無理矢理活を入れてるわけだし。
 規則正しい生活とバランスの取れた食事、それに伴う自然な回復。それに勝る健康法なんて無いわよ?」
「…そう…ですよね、やっぱり…」
「まー、漫画家なんて不健康極まる環境だから仕方ないけどさ」
「わかってます。わかってるんですけど…」
「本人がわかってないし、わかってても…やっぱり無理しちゃうんだろうね、やっぱり」
 はあ、と二人は期せずして同時にため息をついた。
「アドバイス…としては、まあ疲労度によるけど、彼の方から求めてきても3回に1回くらいは断固として拒否しなさい。流されずに。それくらいならさほど欲求不満ってわけでもないでしょ、お互いに」
「…………」
 真っ赤になりっぱなしの瑞希の顔を見つめて、メイフィアは苦笑した。
「ま、若いんだからしょうがないか。…一応、回復ポーションも出しておくから。自慢じゃないけど、市販のドリンクよりはずっと効果あって、身体にも優しいわよ?でも、過信は禁物。なるべくなら使わずに済むにこしたことはないけど、でも本当にヤバそうだったら躊躇しちゃダメ。その辺りの見極めは…みんなでちゃんと見てあげてね」
 透明な液体の入った小壜を3本、メイフィアは戸棚から出して瑞希に手渡した。これは簡易エリクサー程ではないが服用者の体力を6割以上回復させる効力をもつ高位生命力付与剤――俗にハイポーション、ハイポーと呼ばれる類の代物である。
「ちなみに原材料は飲んだ人の精神衛生上のため秘密ね☆」
「そ…そういうクスリなんですね…」
 一応感謝しつつも、なるべくこれは使用しないようにしようと、心に誓う瑞希だった。

  * * * * *

「失礼します…」
 瑞希が保健室を辞去してから数分後、人目をはばかるように扉を開けて滑り込んできた人物に、メイフィアと舞奈は一瞬だけ視線を交わした。
「…どしたの?郁美ちゃん」
 千堂家の最年少、立川郁美はペコリと頭を下げると、少し上目遣いの視線を向けてきた。
「あの…実は、ちょっとご相談したいことが…」
「なに?今、瑞希ちゃんが来てたところなんだけど。千堂君の健康上のことで」
「あ…そんな話だったんですか…そうですね、和樹さん、最近ちょっとお疲れ気味のようですし」
 郁美に丸椅子に座るよう勧めながら、彼女の少し言いにくそうな気配を感じ取って、メイフィアは急かさず待つことにした。何と言っても郁美は思春期の真っ盛りの年代である。同世代の中ではしっかりしている方だが、それでも年齢を考えれば当然の未熟さはある。それだけに繊細だし、抱えた悩みが複雑化することもあろう。
「あの…ですね」
 しばらくの間を置いた後、郁美はやや俯いて口を開いた。
「実は…その。ちょっと、見かけちゃったんですよね。昨日。和樹さんと瑞希さんの…その…芸術してるところ」
「あ、そ、そお…」
 思わず頬に一筋の冷や汗が伝うのを感じつつ、メイフィアは相槌を打った。
「惜しいことに私がそれに気づいたのは終盤間際で、位置も悪かったんですが…」
「…惜しいの?」
「位置ッテ…?」
「そんなことはどうでもいいんですが…」
 どうでもよくはないが、そんな数々の疑問を置き去りにして、郁美は再び黙り込んだ。が、それほどその沈黙は長くはなかった。
「和樹さん…本当に私のこと、好きなのかな…」
「郁美ちゃん!?ちょっと、何言い出すのっ!!」
「だって…だって…」
 郁美の大きな瞳に、ジワッと涙が滲んだ。今にも溢れ出しそうな滴が、零れ落ちる寸前まで丸く膨らむ。
「確かに…私、まだ子供です…でも…だからって…私だって和樹さんの奥さんです…私だって…瑞希さんや…他の…皆さんと同じ…私だって…私だって、和樹さんのこと、好きだって気持ちはみんなと同じ…」
「郁美様…」
 必死になって涙を堪えている郁美に、無感情ながらも心配そうな声を舞奈が上げる。
「私だって…私、だって…。
 わたし…わたし…わた…
 ……。
 私はっ……!!」
 ぽたっ。
 ぽたたっ。
 堤に亀裂が入り、大河の奔流の僅かな先触れが転び出る。
「私は…私は…。
 わ…私だって………私、だって!!
 私だって、…和樹さんに芸術されたいのに―――――!!!」

 ちゅどば――――――ん!

「ズルイですズルイですズルイです瑞希さん!あんなに和樹さんに芸術されちゃうなんてっ!ああん、和樹さん、郁美も芸術してくださいっ光の速さで速攻でたちどころに今すぐ瞬く間に即座に素早く一瞬のきらめきのごとくっ!!!」

 ちゅどどどばば―――――――んん!!

「だーからっ!千堂君を犯罪者にしたくないなら、もーちょっと我慢しなさい郁美ちゃん!!」
「愛さえあれば法律なんてっ!!」
「ドキッパリと無法なこと言ってんじゃないわよ!」
「法律ってなんなんですかっ!一体どういう根拠があるっていうんですかっ!生物学的に私はもう子供が産める身体だし、昔は私くらいの年齢は既に適齢期でした!実質的にはもはや何の問題もありませんっ!むしろ忌むべきは明治以降の欧米文化の流入により浸透したキリスト教的結婚観と貞節の価値観に囚われ硬直形骸化した現代社会の思想的病巣からくる自立・自己啓発の欠如です!多妻制度とはそういった儀礼化した社会通念を打破し、停滞した文明社会に新たな息吹を求めるものではないでしょうか!?」
「ああああ、これだから知識ばかり発達して経験を伴わない理論先行型は…なんだか小難しいっぽいことをポンポンと…」
「実ハツイテイケナイダケデショ、メイフィア様」
 ごがすっ!
 とりあえず舞奈に裏拳を入れると、メイフィアは唸った。
「…マア、難シイ事言ッテテモ、要約スレバ『お兄ちゃん、私をお兄ちゃんのモノにして』ッテコトニスギナイノデスガ…」
 鼻血…もとい、鼻オイルをポケットティッシュで拭っている舞奈に内心同意しながら、メイフィアはあさっての方角を向いた。
「…現代人として社会生活を送る上でー、最低限ー、守るべき良識と常識にーよるー決まりごとを守れないガキだからー、年齢による制限をー設けているのよー。根拠はあるわー」
「メイフィアさん…なんか露骨に棒読み口調なんですけど」
「自分ニ無イ物ヲ他人ニ求メチャイケマセン。良識トカ」
「…………」
 しばし沈黙した後。こほん、と軽く咳払いなどしつつ、メイフィアは形ばかりの笑みを浮かべて振り向いてきた。
「ま、まあとにかくそういうわけで大いなる大宇宙の意思とか守護霊の導きとかでもいいからチャチャっと器用に納得してくれない、郁美ちゃん?」
「ますます納得できませんけど、それ」
「…あっそ」
 ぽわぽわっ……。
 かざしたメイフィアの手から、呪文と共に僅かな風というか、大気が揺らめきが生じた。何が起こったのか、郁美が気づきもしない、ほんの僅かな時間に。
「…あ…」
 こくん、と眠りに落ちた郁美をメイフィアは支えた。そのまま傍らの助手に言う。
「…もー。話の途中で寝込んじゃうなんて、やっぱり子供よね〜」
「…誤魔化シノタメノ実力行使トシカ思エナイノデスガ」
「そんなことないわ!だってそんなことないものきっとそう!私は信じてる!」
「御一人デ信ジルノハ、ソレハ勝手デスケド」
「……とにかくそういうわけで適当に後始末しておいてね、舞奈ちゃん♪」
「…腐レ外道…」
「…なんか言った?舞奈?」

  * * * * *

 コンコン。
「どーぞ?開いてるわよー」
 短いが律動的なノックに、とりあえずメイフィアはそう応じた。舞奈がまとめた薬品在庫のリストを脇に置いて椅子を回転させる。それと同時に扉を開いてノックの主が入室してきた。
「こんにちは、メイフィア様」
「雪音?…舞奈なら今、ちょっと用事に出ていていないけど?」
「そうなのですか?…まあ今日はメイフィア様にご相談したいことがあって来たので、特に支障はありませんが」
 一見有能でまともそうに見えるが…実際、有能ではあるのだが…舞奈とはまた別の意味で変な趣味の保持者であるHM−13型メイドロボは簡素に礼をした。
「相談…?」
 メイフィアは、げんなりとした表情を隠しもせずにうめいた。
「あんたの相談って、どーせロクでもないことに決まってるんだけどね」
「そのような一方的な断定は一般的に浅慮としか分類できないかと思いますが」
 全く無表情な雪音の端整な顔を、うろんな目つきで撫でるとメイフィアは頬杖をついた。
「…じゃあ、まあ、とりあえず言うてみ?」
「実はマリナさんとの性交渉の件なのですが」
「ほれみろくだんない」
「全く全然完璧にこれっぽっちも下らないなんてことはありません。だって下らなくないですから。私はそう信じてます」
 どこかで聞いたような物言いにじんわりと冷や汗など浮かべながら――とりあえずメイフィアは尋ねてみた。
「一応それはさておいて。なに?最近うまくいってないの夜の生活?」
「いえ、別に夜に限定せずとも隙と機会さえあれば昼夜問わず」
「…爛れた関係ねぇ…マリナ、可哀想に…こんな性獣が傍にいるんじゃ気が休まる間もないのか…」
「露骨に失礼な物言いですね。立ちと受けは平等に一日交代です」
「…えっと…」
 マイン以上に無口でおとなしいマリナが自分より背が高く大人びた雪音にそーゆーことをやっている図、というものを想像してみようとして、どうしてもできないメイフィアであった。
「…おっしゃりたいことはわかっています。仮にも女性型同士でのそのようなコミュニケーションは特異で不毛で非生産的だということは」
「まあ…大体そんなとこかな。ツッコミどころは他にも色々あるけど」
「…様々な偏見や障害があることは心得ておりますが、しかしそれはもう…私達、納得していますから…」
 僅かに、感情の断片らしきものを見せる雪音を、静かにメイフィアは観察した。確かに性格は多少突飛かもしれないが、その「突飛さ」は、本来量産型には有りえない人間らしい感情に起因するものである。少々歪んでいるし単純であるとしても、それは創造主に与えられたものではなく、自らが育んだモノだった。
「それでですねメイフィア様?現実的な話なのですが…お互い納得づくとはいえ、やはり少々不備なものが存在するのは確かなことです」
「まあね。当然というか。…で、何が足りないっていうの?」
 コクン、と一つ頷くと、雪音はメイフィアの耳元に顔を寄せてきた。メイフィアの方も思わず耳を傾ける。
「実は、メイフィア様を見込んでお願いしたいのですが」
「なによ」
「あの…実はですね…」
「実は、はもういいから。とにかく言ってみ?」
「はあ。その。つまり、私達には足りないものがあるわけで。
 …だから……。
 私に、おちんちんつけていただけません?」

 ドバキッ!!!

「せめて伏字を使わんかいっ!!」
 脊髄反射で傍らの分厚い医学書を雪音の顔面に叩きつけ、メイフィアは更に丸椅子を振り上げた。
「本来あたしゃメイドロボは専門外だっ!オートマタならともかく!!そーゆー話は来栖川の分室とかチーフの小野ピーに言えっ!!!」
「いや…私もそうしたんですけど…言下に拒否されまして」
「当たり前でしょがっ!!」
 丸椅子を構えるメイフィアから少しでも遠ざかろうと、床にへたりこんだままジリジリと後退しつつ雪音は懐に手を入れた。
「でも、代わりにこれで我慢しなさいとこーいったアイテムを…」
「そんな黒くてゴツくて凶悪極太にイボイボなシロモノ、取り出すな―――――!!!」
 何かを出しかけた雪音に、メイフィアは思わず全力で魔術を展開した。

  * * * * *

「エ〜〜〜ト…」
 一応ガラスの破片は片付けられているものの、素晴らしく風通しのよくなった…ハッキリ言えば暴風を通り越して破壊衝撃波となった魔術が窓枠ごと窓そのものを撃ち抜いた、といった感の保健室を、舞奈は見渡した。
「トリアエズ、郁美様ハ適当ニ縛ッテ外灯ニ吊ルシテオキマシタ。『私は敗北主義者です』ト書イタ帽子付デ」
「…どーしてこんな風に育っちゃったかな〜〜〜。アンタといい雪音といい…」
 舞奈が黙ってこちらを指差しているのは綺麗に無視して、メイフィアはぼやいた。雪音、の一言であらかた事情は察したらしい舞奈は、部屋の惨状についてはそれ以上追及してはこなかったが。
「…なんや、取り込み中?出直してこよか?」
「あら?智やん?」
「…勝手に名称つけんといてください、メイフィア先生」
 舞奈に伴われてきた智子は部屋をキョロキョロと見回すのを止めて、軽く睨んできた。普段あまり縁のない珍しい客に、多少気が紛れたメイフィアは興味深そうな顔になる。
「じゃあ、まあ、保科さんでいい?…珍しいわねー、ひょっとして保健室で会うのは初めてかしら?」
「せやな?たまにメイフィア先生と会う時は、盛り場かゲーセンの前かのどっちかやし。あと、日曜に開店前のパチンコ屋前の行列の中に、見かけることもあるけど」
「…ちっともウソがないわ、保科さん…」
 微妙に視線をずらしているメイフィアである。
「まあ、何か取り込み中みたいやし。手早く話を済まそっか?」
 とりあえず相談だけはしてみる、という態で智子は頭をかいた。
「私としても薬物に頼るのは良くない思うけど…トランキライザーとか、とにかく藤田君の旺盛すぎるその…衝動を、抑えるというか…」
「言うなれば精力減衰剤…とかいったモノがお望みってこと?千堂家とは逆ねぇ」
「え?」
「ああいや、こっちの話。……そうねぇ…確かにそういったモノがないと、相手をする方は大変よねぇ…」
「いや…なんかそんなシミジミ言われると、少し複雑な気分になってくるけど…」
 まあ多すぎる血の気を多少抑える、くらいに留まればよいのだが、その辺りの匙加減が難しい。本来(本人にとっては)正常な健康状態にあるものに手を加えるのである。言わば、それは毒薬のようなものだ。もっとも、薬品というものは基本的に使用法を誤れば皆毒物であるが。だからといって、いやそれ故に、薬物とその使用法に対しては慎重を極め考察すべきだとメイフィアは思う。面白半分に手を出して良いものではないはずだ。
「…あたしとしては、安易に薬に頼るのは感心しないけどね。一応名目だけの建前で本流からは外れた傍流の更に外れの隅っこの風上にひっそり目立たず仮にとはいえ医に携わるものとしては」
「なんか色々ツッコミたいとこはあるけど……やっぱり、そうやね。煩わせてすみません」
「うーん、でもそっちも確かに大変そうだしねぇ…頭が痛いわ、こりゃ」
 やや視線を落として、メガネを抑える智子の顔をややバツが悪そうに見やって――メイフィアは少しだけ眉を顰めた。
「あれ?なに、その手首の。痣?」

 ババッ!!!

 反応は速やかだった。セーラー服の袖を抑え、慌てて両手とも後に回した智子に、メイフィアは胡乱な視線を送る。…が、それは陽動だった。
「…縄ノ痕…?」
「なっ…!?」
 無言の連携で智子の背後に忍び寄っていた舞奈が、僅かな隙間からとはいえ件の痣を至近距離で確認していた。
「……………………」
「ちっ…ちがうっ!誤解やっ!そ、そんなんとちゃう!ちゃうんや!」
 妙な静けさを湛え、ただただ無言でこちらを見つめるメイフィアと舞奈に、智子は顔を真っ赤にして抗弁した。
「だっ、だから、私はこんなん嫌やけど、藤田君が悪いんや!ふ、藤田君がその…私は違うで!違うんや!そんな、縛らるるとますます燃えるなんて、私はそんなシュミ持っとらんし!」
「……………………」
「ホンマや!ホンマやって!そ、それに元をただせば千堂さんが悪いんや!千堂さんがいらんこと藤田君に吹き込むから!乳まくらとか!!」
「……………………」
「二人ともなんで黙ってんねん!うちらはそんなマニアックやない!縛るいうても手首だけ!手首を、こう、軽くベッドの柵に結わえる程度のソフトなもんや!そんな胸を絞り上げるようなことしたり、足を閉じられないようにモップに足首固定されて放置されたり、テーブルの仰向けで寝せられて手足を脚に縛られたり、あまつさえ天井から吊るされたりなんか絶対にしとらん!ホンマや!吊るされたら三日は痕が消えんしな!絶対拒否や!」
「……………………まあ、別にそこまで考えちゃいなかったんだけどさ。多分、実際、試されたことはないとは思うんだけど…」
「ナンカ…徐々ニ染マッチャッテマスネ…」
「うわああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
「まあ、普段真面目な人ほど一度火がつくと普段抑圧されているものが一気にはじけちゃうからねぇ。考えようによってはそれは無理も無いことだと思うな」
「だから違う!違うんや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」
 頭を抱えている智子をしばらく眺め、メイフィアは軽く息をついた。彼女としては割と真面目な顔で、智子の肩にそっと手を置いて、耳元で囁く。
「えっと…とりあえずね。
 荷造り用の、幅広のナイロンテープってあるでしょ?あれで縛れば、結構強めでも痕はつきにくいから。まあ、風情はないけどね」
「だ・か・ら!そういう問題じゃ、ないんやあああああああああああああっっっ!!!」
「トイウカ…ナンデソンナ事マデ詳シイデスカ、メイフィア様…」

  * * * * *

 小一時間程で窓枠の修理が終わった頃。
「ほら、瑞穂」
「あ…う、うん…」
 香奈子に伴われておずおずと入室してきた瑞穂に、舞奈を相手にヒマつぶしの五目並べをやっていたメイフィアは顔を向けた。
「ん?どったの?…と、4−3ときましたか。それじゃここに○」
「アアッ?チョット待ッテ下サイ!」
「ダーメ、待たない♪」
「…あのですね、メイフィア先生」
 香奈子の少し強い口調の呼びかけに、たるそうにメイフィアは身体ごと向き直った。
「なに?今、ちょっと忙しいんだけど」
 香奈子は、無言で消火器を構えた。
「暴力反対」
 祈りのポーズをとるメイフィアの横で、舞奈が拍子木を打った。
「一日一善」
「笹○会長ですか、あなたは」
「もはや若い人にはわからないネタですよ、それ。しかも意味が無いし」
「…それがわかっちゃうあんたらは一体何なのよ?」
「「ゲフンゲフン!!」」
 誤魔化すように咳払いした後、香奈子は瑞穂をメイフィアの方へ押し出した。
「えっとですね。…ほら、瑞穂」
「うう…」
 反射的に逃げ出しそうな素振りを見せたものの、更に香奈子に促されて瑞穂はおどおどと前に出てきた。それでもまだ少しグズグズしていたが、一つ大きく深呼吸をすると、きっぱりと顔を上げる。
「実はその。…胸の大きさのことなんですけど…私の」
 それだけで全てを理解した顔つきで、瑞穂のを頭から爪先までザッと見るとメイフィアは頷いた。
「まーねー。17歳の平均女子計測値を大幅に下回ってるしね〜。しかも総合的に。胸はまな板でくびれは無くて上から下まで起伏に乏しい典型的な幼児体形でおまけにチミっこいからショートヘアの髪と相まってほとんど小学生って感じだし。ランドセルがハチャメチャ似合いそうよね☆」
「ううううううううう…」
「ああっ瑞穂!?瑞穂〜〜〜〜〜〜!!」
 いきなり部屋の隅で蹲って泣いてしまった瑞穂に慌てて香奈子が寄り添うが、瑞穂は保健室の壁のシミに哲学的な意味を見出そうかというように虚ろな視線を固定してしまっていた。
「な〜によ?ちょっと本当のことをありのままに正直に容赦なく言っただけじゃない」
「容赦はしてくださいよ!!」
「んなこと言ったってー。言葉飾ったってこのお子様体形がくびれたりボインボインになったりするわけでもあるまいし」
「ボインボインって…今時そんな死語…」
 他にもツッコミどころはあったのだが、とりあえず頭痛を感じてそれ以上は何も言えない香奈子だった。
「まあいたいけな思春期をおちょくるのはさておいて」
「おちょくらないでさておかないでー!」
「要するに、アレよね?も少しこー、なんてゆーかムネが欲しいと。そーゆーことでしょ?多いのよね〜この手の相談」
「アカリ様・葵様・琴音様・理緒様・千鶴様・楓様・初音様・マナ様・由宇様・リアン様・結花様・イビル様・エリア様・栞様・真琴様……」
「あー。きりが無いから止めなさいって」
 指折り数える助手を牽制すると、メイフィアはようやく立ち直ってきた瑞穂に、言った。
「ムネ大きくしたけりゃ豊胸手術でも受けたら?」
「あううううううううううううう…」
「ああっ瑞穂っ!瑞穂――――!!?そんないきなり壁の隅で『ここんとこが好き』とかしてないで!!?」
「もー。しょうがないわねー」
 頭の後ろをかきつつ、メイフィアは部屋の隅っこで壁を向いて、見えない何かとお話をしている瑞穂に歩み寄った。軽くその肩に手を置く。
「あはは…妖精さん…妖精さんは何処からきたの?え?ボスニア?」
「……なんか何気にヤバいこと言ってるわね…」
 ちょっぴり引きかけたものの、あっさり気を取り直してメイフィアは瑞穂の耳元にそっと囁きかけた。
「何事も考えようよ。もっと前向きな気持ちでいかなくちゃ。ほら、こんな格言もあるじゃない」
 ちょっと記憶を探ってから、メイフィアは明るい笑みと一緒に言った。
「下には下がある」
「いや、それ思いっきり後ろ向きだし」
 香奈子が義務的なツッコミを入れるがそんなものは通じない。
「まあともかく。瑞穂ちゃんはまだ17歳だし、まだほんの少し、気休め程度とはいえ未来への可能性はあるわっ!でも!結花さんとかイビルなんてあの歳であの体形ってこりゃもう絶望的な暗黒の未来よ?気休めの希望すらない!二十歳過ぎた立派な成人女性でありながら、ブラを付け始めた小中学生と同じサイズの下着を求める運命!!このこっぱずかしさがわかる!?あたしはわかんないけど!!」
「思イッキリ他人事デスネ、メイフィア様」
「だって他人事だし」
「こ・の・くされ保健医&看護婦ロボ〜〜〜〜〜!!!」
 血管を2、3ダースまとめてブチ切れた感じで、両手ダブルで消火器を構える香奈子から距離を保って何時でも逃げ出せる態勢を整えつつ、メイフィアは笑った。
「あははは。つまりこういうことでしょ?二次性徴を迎えて変わっていく自分の身体に戸惑い、友達より発育の未成熟なことに焦りを感じる。自分の美観に無関心でいられる女の子なんていないしね。更には好きな異性ができればますますそのコンプレックスは大きくなる。自分に振り向いてくれないのは自分に魅力がないから?と、まあそんなとこ?」
「え、えっと…まあ、概ね…?」
「んでもって、美容とかダイエットとか豊胸方法とか無駄な努力をするためにはやっぱり保健医のアドバイスがなんとなく有効かなとりあえず無料だし、とか思って相談にきたワケだコレが」
「無駄って…」
「香奈子ちゃん」
 なにやら汗を浮かべている香奈子の肩をぽん、と叩くと、メイフィアは遠い目をしてみせた。
「…香奈子ちゃんもスタイルいいし、所詮女の友情なんて避妊具のゴムより薄くて破れやすいのよ」
「人の信頼関係壊すようなことを堂々とのたまわないで―――――!!」
 切れた香奈子は思わず黄金鎚を叩き込む勇者王の如く、消火器を力いっぱい隣に立つ人物目掛けてブチ込んだ!

 ぐわっき〜〜〜〜〜〜〜〜んんんっ!!

「☆♪■◎*¥#△…!?」
「むぅ…あ、危ないトコだったわ…」
 咄嗟に盾にした舞奈の影から出ると、メイフィアは額に滲んでいた冷たい汗を拭った。その足元に、ポテッと舞奈が崩れ落ちる。
 うっすらと、一筋の煙などたなびかせながら、ピクピクと痙攣していた。
「って、うわあああああああああああっ、舞奈ちゃん!!?」
「メイフィア先生、なんてことするんですかー!?人としての情けとか無いんですか!!」
 二人の非難を浴びて、メイフィアは、目をパチクリとさせた。
「魔族に情けなんてあるわけないじゃん?」
「何ガジャン、デスカッ!」

 めこっ!!!

 一挙動で復活した舞奈が、チタンナックルの一撃をメイフィアの顎に叩き込んだ!だがあっさり吹っ飛び2、3秒程意識を失ったものの、メイフィアもこれまた速攻で復活してくる。
「…アレ?今、何かあったっけ?ちょっと記憶が飛んでるんだけど…」
「気ノセイジャナイデスカ?」
「んー。そっかなぁ。ところでなんか、ロボット三原則に抵触するようなトンデモないことがあったよーな気がするんだけど…?」
「気ノセイデス」
「あんたら…一体どういう関係なのよ…?」
「どういうって…見たまんまな関係じゃないかな、香奈子ちゃん…」
 ヒクヒクと口元を痙攣させている――笑っているわけではない、念のため――香奈子の横で、ぼんやりと瑞穂が応じた。なんというか、応じてしまった、といった感じがあったが。
「まあ互いの背後にナイフが見え隠れする信頼関係というか」
「自覚してんですかっ!」
「どこに信頼があるんですかその関係!」
「信頼?あるわよね舞奈?」
「エエ。絶対ニ油断シテハイケナイトイウ信頼ガ」
「ヤな信頼…」
 げんなりと呟くと、すっかり肩を落とした二人はそのまま回れ右して保健室を立ち去りかけた。
「ちょっと待ちなさいって、瑞穂ちゃん」
 そんな二人に、椅子に座りなおしたメイフィアが少し意味ありげに声をかけた。だが、何かを悟ってしまった――まあこの人は信用できないという事実を再確認しただけかもしれないが――香奈子は、素直に立ち止まりかけた瑞穂の手をとって引こうとする。
「あのさ。祐介君は何か言ってたわけ?瑞穂ちゃんの胸はちっちゃいから魅力がないとか」
「えっ…?」
「な、長瀬君は…そんなこと言わないけど…」
「でしょ?っていうかこの学園では数少ない純情派のあの子が、そんな胸の大小なんてつまんないことで女の子を論評なんてするわけないし」
 振り返ってきた二人を試すように見つめて、僅かにメイフィアは舞奈に向けて顎をしゃくった。その仕草だけで、舞奈は黙って一礼してから急須と湯呑を乗せた盆を抱えて隣室に引き込む。
「ま、瑠璃子ちゃんは平均的、香奈子ちゃんは上々としても…沙織ちゃんがねぇ。あーいう娘が傍にいると、コンプレックス刺激されちゃうのも仕方ないし、それを気にするなっていっても無理よね。なら、とにかく気休めでもいいから、スタイルUPのために最善を尽くすのは、まあ無駄だけど無駄だからって端からあきらめるよりは、ずっと建設的だとは思うわよ。少なくとも健全だし。無駄と知りつつも努力するその姿は無駄だから美しい。無駄だけど」
「…究極的にはやっぱりムダって思ってるわけですね、メイフィアさん」
 巨乳と表現するにはやや物足りないが、それでも十分に豊かな胸を逸らせて、メイフィアは続けた。
「まーなんてーかさ。自分に自信がないのよね、瑞穂ちゃん。そういった事を気にしちゃうのは仕方ないし当然だと思う。で、その当然は、他のみんなにも当てはまるのよ。
 そんな、よっぽどのナルシストでもない限り、自分に何か自信がないところを持っているのは当然。気にして当然。そしてそれは皆同じさね。
 でもさ…考え方を少しかえてみたらどう?例えば…祐介君は、まあかわいい系の男の子だけど、でも希少価値を出張するほどの美貌の持ち主?
 腕っ節はどうにか人並み。背だって普通。肩幅も狭くて、あんまりたくましくは見えないわよねぇ。実際、どちらかというとひ弱な方だし。
 でも、瑞穂ちゃんにとっては、最高の男性なわけよね?」
 こっくりと、小さく頷く瑞穂にメイフィアは笑った。
「逆に言えば、祐介君も同じってことじゃないの?それなのに、肝心の瑞穂ちゃんが自分を卑下するようなこと考えてちゃ…可哀想じゃない?どちらにとっても」
 メイフィアからすれば、瑞穂はちっちゃくて、とってもチャーミングだと思う。そいういう魅力は例えば沙織や瑠璃子とは違う、瑞穂の魅力であって、それは女としては大きな武器だと思う。ただ、他人が持っていて自分にないものが眩く見えるが故に、自分の放つ光にはなかなか気づけないのが人間の多数派ではある。残念ながら、人は己の抱える劣等感から容易に脱却できる程、物分りが良くは出来ていない。そうであればそもそもコンプレックスなど抱かないだろう。
「さっきも言ったけど…人間、気の持ちようで結構楽になれるもんよ?視点を変えると色々な点に気づくこともあるし。例えば…さっきの話でいうと、つまり祐介君は…」
 一旦、間を置いてメイフィアは。
「祐介君は、ナイチチの幼児体形好みでロリータ属性の気があるってことよ!」
 どげらごけしっ!!
「つまり!そっち方面でガンガン責めれば瑞穂ちゃん安泰!郁美ちゃんとちがって年齢制限も、まあ一応結婚可能な歳であることだしなんとなく大丈夫っぽいし!余計なプライドなんてほっぽいといた方が人生気楽にエンジョイできるってもんよ!
 …ところでなんで涙目になってんの、瑞穂ちゃん?」
「あ〜〜な〜〜た〜〜と〜〜い〜〜う〜〜ひ〜〜と〜〜は〜〜〜〜!!!」
 顔面からコケてしまったものの、何とか立ち直ってきた香奈子が顔面どころか全身を引き攣らせながら、にじり寄ってきた。
「…気のもちようだけで解決するなら何もしなくていいから楽なんだけどな、あたしが」
「どーしてそう、真面目に真剣に正面から生徒に接してあげられないんですかっ!!」
「アル意味、トテモメイフィア様ラシイ真正面ナ対処デスケド」
 舞奈が、限りなくどうでもよさそうな口調で独白する。それはともかく、ぐったりと披露しきった香奈子と瑞穂を見やると、メイフィアは白衣の袖を捲り上げた。
「じゃあまあ、所詮気休めだけどマッサージとかしてみる?ほら、民間療法で揉まれると大きくなるっていうでしょ?」
「民間療法という表現にすら当てはまらない俗信のよーな気がしますが…」
「まーねー。でも、乳腺を刺激してやることでホルモンの分泌を活性化させて乳房の発育を促進させる、っていう効果は確かにあるわよ?著しい成長は望めないにしても」
 そう言いつつ、いつの間にかごく自然に瑞穂の背後に回りこんだメイフィアは、そのままスルリと瑞穂のセーラー服の中に両手を潜り込ませた。
「ひゃうっ!?」
 何の抵抗もなく小さな起伏とそれを包み込む下着の間に細い指が侵入してきて、そのヒンヤリとした感触に思わず瑞穂は小さな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっとメイフィア先生!」
「黙って見てなさい、香奈子ちゃん。場合によってはあなたもちゃんと手順を覚えて、彼女の美容に協力してあげなさいよ?」
 そう言いながらもメイフィアの十指は、それぞれ僅かな起伏の麓を包み込むように抑えた。小さいながらもしっかりとした弾力が、その指を包み込む。
「…ん…」
「んー、この反応が可愛くていいなぁ。あたし的にはこれくらいの大きさが良いんだけど」
 結構まんざらでもなさそうな口ぶりで、メイフィアはゆっくりと『マッサージ』とやらを始めた。
「力は強からず弱からず、少し押してみて、やや弾き返されるのを押さえ込むくらいが適当かな?全体的に外周を包囲するように置いた指先を、その程度の指圧を加えながら徐々に外側から中央に向けて狭めていく。基本はその繰返しね」
 くっ、くっ、くっ。
 ふに、ふに、ふに。
「う…」
 くっ、くにっ、くにゅ。
 ふに、ふにゃ、ふにゅっ。
「やぅ、な、なんかくすぐったい…」
 くにゅ、くにゅにゅっ、くにゃくにゃっ。ふにゃっ、ふにゅっ、ふにゅにゅっ。
「……………あ…?………ひゃ……」
「んん〜〜〜、鋭敏ねぇ〜〜〜〜、なんかこっちも調子出てきちゃったかなー」
 ふにふにくにゅくにゅふにゅふにゃくにふみゃふみゅくぬくぬくみゅふわふわふにゅるほみほみぽわぽわくぬくにょふわっ。
「は、はうぅ、ふわわわ、はっ、あ、あ、あう、あっ、ああっ?…ひぃ、ひ…やっ、だ、だめ、だめです、そんな、あっ、あああっ?くうっ……う、う、……ハァ…ハァ…ア………アアアッ!?」
「ふむ。まあこんなとこかな?」
 上気し、少し息が荒くなった瑞穂は、弱々しく、しかし背後から自分の身体を抱きすくめているメイフィアの手を振り解こうと手をかけるが…。
「かぁーいーなー、も〜〜。あたしが男だったら絶対放っておかないんだけド」
「……え?」
 不思議そうにこちらを見上げる瑞穂にちょっと笑ってみせて、それからメイフィアは事態についてゆけず石になっていた香奈子に視線を向けた。
「ところで香奈子ちゃん。…ちょっと?」
「…香奈子ちゃん?」
 ピクリ。
 瑞穂の呼びかけに、ようやく立像と化していた香奈子は息を吹き返したように僅かに身じろぎした。
「……な…なっ、なに?」
「一応感じくらいはわかった?手順」
「て、手順?」
「だから、マッサージの」
「ま、まっさあじぃ!?」
「最初に言ったでしょ?場合によっては協力してあげなさい、って。美容ってのは毎日の地道な積み重ねで維持されてることくらい、女としては当然の心得でしょ?」
「はあ…それは、まあ…」
「だ〜から、…協力してあげてよ?瑞穂ちゃんも、まあ香奈子ちゃんだったらさして抵抗はないでしょ?一人でやるのも結構大変だし」
「えっと…まあ…香奈子ちゃんだったら………いいかな?」
 ちょっと頬を赤らめ、瑞穂も一応小さく頷く。
「というわけで本人も了承ということで…オッケー?香奈ちゃん?」
 そう言われた方は…最初、全く反応が無かった。
 だがそれでもやがて…指先が、小さく震え始める。指先から始まった震えは、やがて手から腕へ、そして肩へ、更に全身に広がっていった。
 そして。
「い・い・か・げ・ん・に…しなさいよねこのハレンチ保健医――――――――――!!?」
「ああっ!?ちょっと待ってその力いっぱい振り上げられた真っ赤な消火器が何かを雄弁に物語るっっ!!?」
 香奈子は、もう、容赦なんかしなかった。

  * * * * *

「…というわけで逝ってよし風味な大乱闘スマッシュブラザーズという感じだったわ」
「いや…そりゃ当然だろ」
 やや遅めのアフタヌーン・ティー。マインと舞奈が焼きたてのスコーンを並べるのを見ながら、柳川はメイフィアが煎れてくれた紅茶を一口、含んだ。
「相変わらずおいしいですね、メイフィアさんの紅茶」
「誉めるな貴之。こいつは誉めるとすぐ図に乗るからな」
「あはは。柳川さんが誉めてあげないから、代わりに誉めてるんだよ」
 マインから受け取ったスコーンにタップリとジャムをつけながら、屈託無く笑う貴之である。
「柳川様?」
 ティーポットを片手に、マインが声をかけてくる。
「ん…もらおうか」
 柳川が差し出した空のカップに、7分目まで熱い紅茶をマインが注ぐ。ミルクも何も入れないストレート・ティーである。
(ね、貴之君…この二人、なんか微妙に空気が違うんだけど…何かあったの?)
(えーと…まあそんなとこみたいです、はい)
(何かっていうと…何かな?)
(それは、やっぱり何なんじゃないですか?)
(何だと?)
(何ですね)
(そっかー。つまり、あの何ね?)
(その何です)
「お前ら…実はグルになって楽しんでるだろ、俺をからかって」
 一応声を潜めてはいるが、これ見よがしに目の前で内緒話をしているメイフィアと貴之に、柳川は唸り声を上げる。
「まったく…この極楽ポンチの太平天国教徒が無駄に長生きしやがって。…ある意味そこまでバカだと悩みも無くていっそうらやましいかもしれんな、俺は御免だが」
「しっつれいねー。あたしにだって悩み事はあるわよ」
「あーそーですか。どーせお前の悩みなんて賭け事と酒・煙草と、あれだ、奮発して14歳未満の児童との性交渉はやっぱり犯罪かなとかそーいった限りなく下品で下らないものだろうが」
「…………」
「…って否定しろよおい特に最後のヤツとか!?」
「…まーそれはさておいてね」
「いや、さておかれても」
 思わずちょっと不安そうに手を挙げて呼び止めている柳川である。が、そんな柳川を無視してメイフィアはほう、と、深いため息をついた。
「ま、今日という日を振り返ってみて、しみじみ思ったよ、あたしゃ」
 そこでミルクティーで唇を湿し、もう一度、メイフィアは大きなため息をついた。
「ここは保健室であって……『性の悩み相談室』じゃないんだけどなぁ…」
 …………。
 …………。
 …………。
 …………。
「……え?…なに?それボケ?」
「いや、そんな、素でマジで本気で不思議そうな疑問符浮かべられてもあたしの立つ瀬がないんだけど」
「メイフィア様…私、ドコデツッコミ入レレバイイノデショウ?」
「入れんでいい!」

  * * * * *

 メイフィア・ピクチャー。
 了承学園保健医である彼女は一部職員・生徒からは「腐れ魔女」「グータラ保健医」「オヤジ趣味の遊び人」等々、まるで本来の職務は可能な限り手を抜いてギャンブルと酒とタバコをこよなく愛する不真面目極まりない印象を持たれているが、概ね、その評価の通りの人物である。
 実は根元のところはかなりまともな常識人ではあるのだが、普段が普段であるために、たまにまともなことを言ってもあまり本気に受け取ってもらえないあたりが、少しホロ苦いかもしれない。



 <了>




【後書き】
「ところで柳川先生は筆責めって好き?」
「…何デスカ、ソレ?」
「おのれという女は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 以下、いつもの展開(ドタバタ)。

 というオチも考えたのですが、ありきたりかなと思いましたのでこうなりました。どっちもどっちという感じではありますが、今回、割と舞奈の活躍度が上昇してますので良しとしましょう。
 それとは関係なく煩悩度と悪ノリ度も上昇しているのはナイショです。
 しかし、「芸術」…日本語って、便利だよなぁ(笑)





 ☆ コメント ☆

綾香 :「メイフィア先生って……基本的にはいい人なんだと思うけど……」(^ ^;

セリオ:「普段の言動が『アレ』ですからねぇ」(;^_^A

綾香 :「『アレ』だからねぇ」(^ ^;

セリオ:「どうしても『アレ』な評価を受けちゃいますよね」(;^_^A

綾香 :「そうそう。『アレ』になっちゃうわけよ」(^ ^;

セリオ:「……不憫です」(;^_^A

綾香 :「まったく」(^ ^;

セリオ:「でもまあ、仕方ないですね」(;^_^A

綾香 :「まあね。だって、メイフィア先生って……『アレ』だし」(^ ^;

セリオ:「『アレ』ですからねぇ」(;^_^A

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メイフィア:「だーーーっ! 『アレ』って言うなーーーっ!」(ーーメ

舞奈 :「デモ、『アレ』デスシ」(−o−)

メイフィア:「待てこら、あんたまで言うか」(ーーメ

舞奈 :「ダッテ、『アレ』デスシ」(−o−)

メイフィア:「……………………」(ーーメ




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