私立了承学園第447話
「えれふぁんと・まん」
(作:阿黒)





 ザアアアアアアア……
「…おや?」
 お世辞にも広いとはとても言えない教員寮の浴室に、柳川の声が小さな響きを伴って零れ落ちた。もうもうと立ち込める湯気と間断なく降りかかるシャワーのお湯、そしてメガネを外しているため、少しぼんやりとした視界の中で、もう一度、ポンプ式のシャンプーの頭を押す。
 ごぼ、と景気の悪い音と共に、申し訳程度にやや粘り気のある白い液体をポンプは吐き出した。
「…おーい、マイン〜?シャンプーが切れてるぞー」
 浴室でシャワーを浴びながら、台所で洗い物をしている筈のメイドロボにも聞こえるように、やや大きめの声を柳川は上げた。
 少し間を置いて、
「ハーイ、ワカリマシター」
 こちらも常より少々大声で、返答しながらマインは蛇口を閉めた。手を拭きながら、急いで浴室に駆け込む。
「…シャンプーノ買イ置キハ…」
 メモリーからその情報を呼び出しながら、洗濯機と着替えを入れたカラーボックスで元から狭いスペースが更に狭められた脱衣所で、マインは洗面台の下に屈み込んだ。洗面台の下の戸棚を空け、詰め替え用のシャンプーを取り出す。床に膝をついたまま、マインはシャンプーの封を開けるとそれを片手に浴室の曇ガラス戸の取っ手に手を伸ばした。
 ガチャッ。
 マインの手が取っ手に届くより早く、中から扉が開かれた。途端に浴室内に満杯になっていた湯気がマインの方に押し寄せてくる。
 そして。
「ああ、すまんなマイン」
 濡れて額に張り付いた前髪に指を伸ばしながら、柳川がそこに立っていた。
 丁度、跪いた状態の、マインの顔の、正面に。

 ぼろん。

「……キ…!?」
 多少の湯気はあるものの、というかほこほことソレから湯気が立っていたが…ぼやける、というほど視界を霞ませることもなく。
 真正面から。
 至近距離で。

 ……こんにちわ。

「…キッ…キッ…き……」
 反射的な叫びは、セフティがかかったように外に漏れ出さなかった。

(キャ――――――ッ!!?キャ――――――ッ!!?キャ――――――ッ!!?)

 ……ただし、メイドロボの小さな胸中には、悲鳴が響き渡っていた。
「どした、マイン?」

 ぷらん。

(キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?
 キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!
 きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!?)

 真っ赤になって、ただ口元を僅かに震わせている以外、ピクリとも動かないマインに、まだ視界がすこし効かない柳川は首を傾げながらも、とにかくマインの手からシャンプーを取り上げた。
「…あ?」
 既に開いていた容器から、中身が少し零れていたのか。柳川の手が濡れていたこともあったかもしれない。とにかくツルリと手が滑り、――ぼん、と鈍い音を立ててマインの頭に当たって落ちた。
 白い粘着質の液体が、ドロリとマインの頭からふりかかる。

「柳川さーん?マインー?どしたの〜?」
 一番風呂の後、リビングで缶ビールを飲んでいた貴之が、何気なく洗面所を覗き込んできた。
「ああ、貴之…どうした?変な顔して」
「…………」
 こちらを見るなり黙り込んでしまった貴之に、柳川は訝しそうな顔になった。

 全裸の柳川。
 その足元に膝立ちになったマイン。
 貴之の視点では、マインの顔で柳川の股間は隠されていた。
 そして、貴之の方に振り返ってきたマインの髪と顔に付着し、ゆっくりと零れ落ちていく白い液体。

「………こほん。ご、ごめん、邪魔しちゃって」
「え?――お、おい、貴之?」
 少し顔を赤らめて、そそくさと立ち去る貴之に、柳川が声を上げた時。
 どたたたたたたたたっ!!!
「マ、マイン!?」
 貴之の脇をすり抜けて、いきなりその場から駆け出したマインは、呼び止める間もなくそのまま外に飛び出していってしまった。
「お、おい、マイン!?マイン―――!!?
 ……なんなんだ、あいつ?」
 慌ててバスタオルを腰に巻きつけながらも、流石にその格好で玄関から飛び出すわけにもいかず、柳川はまったくワケが分からないまま、とにかく脱衣所にとって帰って手早く服を着始めた。
 そんな柳川の横で、やや苦笑したような顔をした貴之が、やんわりと言う。
「あのさー柳川さん。…別に、マインとそういうことするの、構わないけどさ…もうちょっと、マインの気持ちとか考えてやったら?」
「え?…いや、まあ確かに俺は、いたらん所も多いだろうが…」
「至らない、どころじゃないでしょ?あいつ耳年増なトコはあるけど、根本的にウブでネンネで純情なんだからさ。仲良くするのは歓迎だけど、でも物事には順序ってものがあるでしょ?特に男女の関係では。いきなりは、良くないと思うんだよね」
「それはその通りだ。いや全く。…しかし、なんかイマイチ意味がよくわからないというか、あまり関係ないだろ?」
「…まあ、柳川さんってトロロぶっかけ御飯とか好きだからねぇ…」
「――さっきから一体何を言ってるんだ貴之?」
 まだ湿った身体にじったりとワイシャツが張り付いて不快だったが、そんなことはこの際は置いて、とにかく着の身着のままのラフな格好で、鈍感極まりない御主人様は、裸足に革靴をひっかけて外に飛び出していった。

 * * * * *

 がたぴしっ!
 どたどたどたどたどたどたどたっ!
 ばんっ!
 ごいんっ!
「きゃあああああああああああああぁぁぁぁ……」
「むっ!?」
 デュラル家の住まうボロアパートの一室で、赤鉛筆片手に競馬新聞を覗き込んでいたメイフィアは顔を上げた。
「まるでウチの立て付けの悪い玄関を強引に開けて階段を駆け上ってきた勢いでドアを開けて、たまたま近くにいたアレイが撥ね飛ばされて開いた窓から突き落とされたようなこの悲鳴はっ!?」
 がららっ!
「メイフィア様〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「な、なによなになんなのよ!!?」
 所々破れ目を繕った襖を一気に開いて自分にすがり付いてきたマインを正面から受け止めて、一瞬息が詰まる。
「メイフィア様メイフィア様メイフィア様メイフィア様〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「ええい、落ち着きなさい!一体どうしたってのよアンタらしくもない!」
 乏しい表情しか作れない顔に、精一杯の動揺と驚愕と恥じらいを浮かべて、涙を流せない瞳を潤ませるマインを抱き寄せて、とにかくメイフィアは相手を宥めようとする。
「ダッテダッテダッテダッテ!本デ見タのと違ウんでス!図鑑とカ!!?」
「え〜と…ごめん、よくわかんない」
「何だか思っテいたよリ大きイし!ゴツいし色モ濃クて大変デす!ぞ…象サンがっ!!!」
「……象さん?エレファント?なんなのよ一体?」
「シワシワでツヤツヤで固クテぷらんぷらんデス!大変デス象さん!!象さんが〜〜〜、象サンガ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「…な、なんだってのよ、一体…」
 全く全然ワケがわからないまま。
 マインが落ち着くようにそっと抱いて頭を撫でてやりながら、メイフィアはぼやいた。
「舞奈だったら一発殴ればそれで終わりなんだけどなー。どうしようかな、この娘…」
「…保護者さんを呼んだらどうです?」
 頭にモチのように膨らんだタンコブをこさえたアレイが、そんな二人にバッテン印のバンソウコウを張りながら呟いた。

 * * * * *

 こうして。
 この夜、半ばなし崩し的に、マインは一つ、大人になりました。


<終われ>





【後書き】
 思いつきだけのネタです。
 というか、まだ思考回路が煩悩色に染まってる?
 でもまあ、私にしては近来稀にみる短い話ですかね。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「え、えーっと……」( ̄▽ ̄;

セリオ:「あ、あはははは」( ̄▽ ̄;

綾香 :「な、なんと言ったらいいのか……」( ̄▽ ̄;

セリオ:「あ、あはははは」( ̄▽ ̄;

綾香 :「ひっじょーにコメントしづらいんだけど……」( ̄▽ ̄;

セリオ:「あ、あはははは」( ̄▽ ̄;

綾香 :「と、とにかく……
     マインがほんのちょっぴり世間の汚れを知ってしまいましたとさ。
     めでたしめでたし」( ̄▽ ̄;

セリオ:「あ、あはははは」( ̄▽ ̄;

綾香 :「……………………」( ̄▽ ̄;

セリオ:「あ、あはははは」( ̄▽ ̄;

綾香 :「……っていうか! この手の話にまともにコメントなんかできるかーーーっ!
     あたしだって花も恥じらう乙女なんだからーーーっ!」

セリオ:「…………。
     正確には、既に『乙女』ではないですけどね。
     ええ、それはもう、見事なまでに」(−o−)

綾香 :「…………。
     あんた、どうしてそういう部分にだけ無駄にツッコミを……」(ーー;

セリオ:「あ、あはははは」( ̄▽ ̄;;;

綾香 :「誤魔化すない」(ーー;




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