私立了承学園第456話
「一つのカタチ」
(作:阿黒)






 了承学園本校舎よりやや離れた区域を仕切り、新たに造営されたグラウンド。
 その名も「概ね柳川・メイフィア両先生私闘専用運動場」という、わかり易すぎる名称が記された貧相な横額が仕切りの金網に張られ、その前で学園の裏方を務める黒子衆、メイドロボ達、そして一部教職員が、何やら引き攣った顔をしている主賓の二人を囲んで、まばらな拍手を送っていた。
「アー。エット」
 警備主任である黒ラルヴァが、便所菊とその辺の雑草をまとめた花束(?)を二人に手渡しながら、言う。
「…折角ダカラ、喧嘩スル時ハナルベクココヲ使ッテネ」
 どーも、あんまり期待はしてなさそうな口調で、要請だか懇願だかしてくる。
「…やっぱさー。嫌がらせかな、この運動場って」
 空疎な笑みを口元に張り付かせてうめくメイフィアに、柳川は何も答えなかった。無言のまま、胡散臭そうに金網で仕切られているだけで何も無い、只のグラウンドを見つめる。
 と、その視線を周囲に転じ、そして同僚の一人に固定した。
「…アレイ。お前、いつもそんな重甲冑を着ていて、重くないのか?」
「えー?別にそんなことはないですよー。私にとってはこれが普段着みたいなものですし」
「そうか。頑丈そうだな」
「はいっ。なにせ先祖伝来の一品ですから」
「なるほど。…ところでここに500円硬貨があるんだが」
「はい、ありますっ。ああ、こんな大金久しぶりに見ましたよー。これで寿命が三年伸びましたー」
 両手を合わせて500円玉を拝むアレイをしばらく見つめ、柳川は、黙って隣のメイフィアに何か言いたげな顔をした。が、メイフィアは表情を消してそれを無視する。
「…よし。じゃあ、これをあげよう」
「ええっ!?」
 アレイは、篭手に包まれた両拳を丸めて面頬に添えた。そのまま目を見張って頭をふるふると振る。
「…そ、そんな…そんな大金を…!」
 柳川は、思わず痛そうな視線をメイフィアに向けるが、彼女は頑なにそれを無視する。
「あー。じゃ、アレイ、これやるから」
「はいっ!ああっ、私、柳川先生のことをドケチで陰険で陰惨で陰金で、狡猾で滑稽で恍惚に粗忽で、あまつさえロリでオタクなペド野郎だなんて思ってましたけど、ほんのちょっとだけ見直してあげてもいいかなんて幻想がチラっと頭を掠めないでもないですっ!」
「…忌憚のない意見をどうもありがとう」
 冷え冷えとした声を声帯から搾り出すと、柳川は、アレイの前にぶら下げていた500円硬貨を、グラウンドの奥に向かって放り投げた。
「ほ〜〜〜ら、とってこ―――――い!」
「わうわうわうっ!?」
 青空に一瞬の煌きを残して消えていく硬貨を追って、アレイは慌てて駆け出していった。重装備の割りに軽快に走り去ってゆく。

「あああああ、待ってください〜〜〜〜〜!!!」
 ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど……。

「待って待って待って待って、待って〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 すどどどどどどどどどどどどど……。

「よ〜〜〜し、きゃ〜っちです〜〜〜〜〜〜!!」
 ずどどどどどどどど……

 ………………。
 かちっ。

 ちゅどばああああああああああああああああああんんんんんんんっ!!!

「うきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 グラウンドの中央あたり、丁度硬貨をキャッチしかけたアレイの足元で地面が爆発した。アレイ(というか黒光りするプレートメイル)がクルクルと、軽々と、縦回転で空の彼方へ吹き飛んでいく。
「…なんかアヤシイと思ったら地雷原か。デコイを放っておいて良かったヨカッタ」
「ウチのもんに…なんてことしてくれるのよっ!!」

 きゅどっ!!

 メイフィア怒りのツッコミ圧縮空気弾(魔術)が脇の下で炸裂し、柳川の身体はあっさり吹き飛んだ。勢いを殺さないまま、水切りの石のように地面を2回、3回とバウンドし―――

 きゅどばばばばばばばばばばばんんんっ!!!

 連続して火柱が湧き立ち、大量の爆煙がグラウンドの大部分を覆い尽くす。
「いきなり何をしやがるこのくされ魔女っ!!」
「ほぺっ!!?」
 その爆煙の中からあっさり飛び出してきた柳川が、その勢いのままメイフィアの側頭部に飛び膝蹴りを放つ!

 ずどおおおおおっ!!

 何やら妙な方向に首を曲げて地面を転がり、メイフィアはしばらくピクピクと痙攣していた。そんな彼女の惨状を全く気にせず(いつものことだし)柳川はビシッ!と指を突きつけた。
「メイフィア!貴様、いきなり人を地雷原に突き飛ばすとはどういうつもりだっ!?幾らなんでも洒落にならんだろうがっ!俺が死んだらどうするつもりだっ!!大変だろ俺が!!!」
「そ、そーいう台詞は人並みに死んでから言えっ!その時は素直に謝ってやるから!!」
「謝ってすむ問題かっ!!?危ないだろ!!!」
「思いっきり爆発に巻き込まれておいてピンピンしてるアンタが言うなっ!見なさいっ、ラルヴァや黒子の皆さんをっ!みんな呆れてるでしょうがっ!!」
 全体的にズタボロになり、ドリフのコント風味に焼き焦げと煤まみれでうっすらと白煙をたなびかせてはいるが、ダメージそのものは軽微そうな柳川である。そんな彼の姿に、裏方スタッフ達の間で愚痴がこぼれる。

「ウウウウウ…火薬ノ量、加減ナンカシナカッタノニ…」
「まあこんなこっちゃないかとは思わないではなかったけど、ちょっとくらいダメージ食らってくれてもいいじゃないですかー?」
「折角残業までして仕掛けたのに…」

「ほら見なさいっ!かわいそうじゃないのっ!アンタが非常識に健康だから!!」
「かわいそうかなぁ…っていうかこれって計画殺人?」
 割と呑気そうに――額にちょっぴり汗など浮かんでいるようでもあったが――貴之が呟く。
「謀殺されかかってかわいそうもクソもあるかっ!…大体、ターゲットになってたのはお前も同様なんだぞ!?」
「大丈夫よっ!地雷はあたしのアイデアなんだからっ!他にも色々トラップ考案してアタシはそれ知ってるからアンタだけ引っかかってラッキーなんてちょっと願ったりしたくらいで!!」
「結局元凶はお前かあああああああああああああああああっ!!!」
 怒り狂って追いかける柳川から命がけの冗談で逃げ惑うメイフィアといういつもの構図が、今日も繰り返されようとしていた。
 いつもより、ちょっぴり多めのギャラリーを容赦なく巻き込んで。
「ラルヴァミサイル1号・2号・3号ッ!」
 手近にいたラルヴァの首根っこを引っ掴んでつるべ撃ち――ではなくつるべ投げる柳川。
「メイドロボシールド!!」

 ごがちんっ!ごきゃっ!!ごめきけりっ!!!

「ハウウウウウウウウ…」
「…………………………」(がくっ)
「な…なんで私達まで…」
「舞奈サンッ!?…マ、マリナサンニ雪音サンマデ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」
 首の付け根から煙など噴いて地べたに転がる姉妹達に、慌ててマインが取りすがる。
「ああっ…上司を庇って傷つき倒れる助手…舞奈その他2体、あなた達ってメイドロボのカガミだわ、なんかもうキラキラ輝いてるってばさー!」
「お前…本物の外道な…」
 流石にちょっぴりヒクついた顔をしている柳川に、メイフィアは半眼で応えた。
「うっさい。ラルヴァをミサイル代わりにするような鬼畜にとやかく言われる筋合いはないわ。アンタ人権って言葉知ってる?あん?」
「エット…アノ、メイフィア様、ドウシテ私ノ襟首掴ンデ離シテ下サラナイノデスカ?」
「え〜。そりゃあ、とりあえずシールドはあと一枚しかないから大事にしないと」
「おっ、お前そりゃ人質か――――――――――――!!!?」
「…柳川様」
 メイフィアに捕まった(?)マインが、何やら胸の前で指を組んで祈るようなポーズをとった。心なし潤んだような瞳で、自分のユーザーを見つめて、言う。
「…私ハメイドロボデスカラ、コノ場合ハ『ロボット質』トイウノデハ…」
「「「ンなことゆーとる場合かっ!!!」」」
 柳川と貴之とメイフィアが、声を揃えてつっこんだ。

  * * * * *

「あー。なんかこー、早々に存在意義を満たしてるわねこのグラウンド」
「ルミラ先生…とりあえず、今この場にいる中で柳川先生とメイフィア先生を抑えこめそうなのは、ルミラ先生ぐらいなんですけど?」
 騒動の輪から少し外れて傍観を決め込もうとしているらしいルミラに、同様に逃げてきた祐介が多少詰問するような口調で言う。
「少なくともメイフィアさんはデュラル家の方なんですし」
「いやまあ、手足が2、3本もげちゃって周囲に甚大な被害が出ちゃっても構わないとかいうんだったら、何とかならなくはないんだけど」
「あ、あのですね…」
「…正直、口で言うほどたやすくはないのよね、あの二人のケンカを止めるのって。今までだって、力づくで何とかなるならとっくにそうしてるし。まあメイフィアは身内だからまだしも、あっちのインテリヤクザの方がねー」
 破壊振動波や鎮圧音響、魔術で作られた気圧差によって二次的に爆発的な突風を発生させるメイフィアの、地味だが確実性の高い魔法攻撃。
 それと正面からやりあってジリジリと迫っている柳川。
 そしてその余波に巻き込まれてなぎ倒されたり吹き飛んだりたまーに楯にされてたりするギャラリーを見つめ、ルミラは唸った。
「…祐介君の電波は?メイフィアは魔力耐性とか高いから電波も少し効きにくいとは思うけど、柳川先生の方なら」
「…今の柳川先生というか、これは耕一さん達もですけど、戦闘時の柏木家の人たちって、何と言うのか、こう…パルスというか…そういうものを強く発信するんですよね。それ、ある程度ジャミング効果あるみたいで。
 それは、こっちも出力を上げれば鎮圧できるとは思うんですけど…ただ、それだとお互いにただじゃ済まなくなりますし」
「結局、手加減できないってことがネックかー」
 はあ、と溜息をついて、ルミラは目を閉じて眼前の、頭痛を起こすのには事欠かない風景をとりあえずシャットアウトした。
 そして、考え込む。
「…このまま二人で手に手をとって逃げちゃおっか地の果てまで」
「逃げちゃダメです」
「…それじゃあ。祐介君、アシストお願いできる?」
「――はい。僕に助力できる事があるなら」
 女性としては長身のルミラは、自分よりやや低い位置にある祐介の顔をしばらく見つめた。
 そして一つ頷く。
「わかった。じゃ、サポートお願い」
「はい。それで、僕はどうすれば?」
「そうね…とりあえず、そこの木立の中に紛れて身を隠しましょう。ついて来て」
 言うと同時にルミラは祐介の手を掴み、少し強引にすぐ傍の林の方へ歩き出した。
「え、えと、ルミラさん?そっちは反対方向…」
「いいから。とりあえず人目を避けられて暗がりで、あと、邪魔が入らないってことが重要だし」
「え、えっと…?」
「とにかく緊急だから急ぐわけだしよって可能な限り速やかに毎秒3メートルくらいのスピードで脇目もふらずツカツカとそこのいい感じに死角になってる暗がりが常闇パラダイス♪」
「な、なんかよくわかんないんですけど…そこはかとなく、危険な予感があるのは気のせい…?」
「気のせいよん☆」
「んなワケあるか―――――――――――――――!!!」

 ぼごおおおおおおおおおおおおおっっっ!!

「ほぷうっ…!」
 顔面に炎をまとったバレーボールの直撃を喰らい、ルミラはその勢いのまま半円を描いて頭から転倒した。

 ずだだだだだだだだだだだだだだ……!

「祐く――――ん!大丈夫ケガはない手篭めにされてない貞操は無事っ!!?」
「いやあの…沙織ちゃん…」
 暴走イノシシか暴れ馬のような勢いで、ついでに2,3人HM−12型か13型を撥ね飛ばして走ってきた沙織はやや茫然としている祐介の前でキッ!と小気味の良い音をさせて急停止した。
「よかった!汚されちゃってないよね祐クン!」
「いやあの…沙織ちゃん?なんか、激しい誤解してない?」
「えー?…今のはどう見てもルミラ先生が純真な祐君をペテンにかけて人気のない暗がりに連れ込んで、シュミと実益と煩悩の限りを尽くそうと企んでるようにしか見えないと思うんだけど?」
「沙織ちゃん…幾らなんでもそれはルミラ先生に失礼じゃないかな。そりゃ、ルミラ先生ってそういう前科はあるけど…時と場所はちゃんとわきまえる分別は」
「ばー、れー、たー、か〜〜〜〜〜〜」

 無かった。

「くぅ、折角その場のノリと勢いで問題なく祐介君を魅惑のパラダイスinルミラ先生フリーダムにご休憩できるとか思ったのに」
「うう…心の奥底までズシリと響く本音トーク…」
 ちょっぴり涙ぐむ祐介を庇うように前に出ると、沙織ははったとルミラを見据えた。
「とにかく!このさおりんが来たからには祐君の操は絶対守っちゃうんだからねっ!」
「いや…あたしはちょっと、新鮮なカワイイ系美少年の血液をちょっぴり頂けたらそれで良かったんだけど。そんな操とか貞操だとか手篭めだとか逆とか後ろの処女も〜らいとかそんなこと、ちょっとしか考えてなかったわよ!」
「結局考えてるんじゃないですかっ」
「…僕って一体…」
 ジリジリと間合いを計る二人の対決を前に、かなりブルーな気分に陥りかけている祐介だった。

  * * * * *

「たま〜に思うんだけどさ」
 本校舎の屋上から、遠くに見える爆発を眺めながらコリンは芳晴らに言った。
「この学園ってさー。なんでこの人たちが先生なの?って思う人が多いよね」
「はっきり言えばまともな教師の方が少ないわよ」
「ユンナさん…身も蓋もないですよそれ」
「ガチャピンとエリアと長瀬教師…それくらいか?比較的まともな人材というのは」
 身内であるデュラル家組の教師達を全く庇おうとしないあたり、エビルが一番容赦が無かった。
「しかし、まあ、反面教師としてこんなダメダメ人間になっては人生ドロップアウト的総天然色見本としては、非常に優秀と言って良いかもしれない」
「ほんっっっっっきで、容赦ないわねエビル――!」
 コリンが、冷汗を一筋垂らして呻く。それを一瞥して、エビルは少し肩を竦めた。
「しかし概ね事実だ。無論それだけではないが」
「そうね。…確かに個性的すぎる人材ばかりだけど、でもやるべき事と成すべき事のうち、その51%は確実にやってのける人たちかな、って気はする」
 半ば自分の言葉を確かめるように、ゆっくりとユンナは言った。
「あたしね。…最近、何となくだけど…秋子理事長がこういう人選をした理由って、わかるような気がするんだ」
「なに?それどういうことよ?」
 少し興味深げに尋ねてくるコリンに、うーん、と唸ってユンナは言った。
「じゃあ逆に尋ねるけど…組織や集団っていうのは、どういう形が理想的だと思う?」
「それは――」
 そう問われ、コリンはほんの少しだけ戸惑ったように口を噤み。
「…そりゃあ、まあ、理想的っていうなら、みんな仲良しこよしなのが一番なんじゃない?」
「うん。それはそうなんだけど…ちょっと漠然としすぎてるかな」
「えーと、えーっと、具体的には〜……人のお茶目でウィットに富んだなごみ系ドリルジョークにいちいち過敏かつ過激なツッコミを入れられることのない環境ってステキよね結花キ――ックとか性悪パ――ンチとかない平穏な生活?」
「なにが性悪パンチかっ!!?」

 すぱこ〜〜〜〜〜ん!!

 ユンナの腰の入った正拳突きに軽くすっ飛ばされるコリンである。
「うむ。流石は性悪パンチ」
「ナチュラルに納得してんじゃないわよエビル!」
 不思議そうな顔をして黙り込み、それからエビルはちょっとだけ首を傾げて、言った。
「…腹黒スマッシュ?」
「なんであたしが性悪で腹黒なのよ!?ひどいわよひどいでしょ、ね?芳晴君!?」
「えーと…」
「ああっ、やっぱり芳晴君は私の味方よね!そうよね、この私が性悪だなんていったいどこを押せばそんな誹謗が出てくるんだか!」
「…朱に染まったのか同じ穴のムジナだったのか…」
 なんとなく、ユンナの芸風(?)がコリンに似てきたように思えて仕方が無い芳晴だった。
「はーっはっはっはっはー、なんか何気に失礼なこと考えてなーい芳晴〜?」
 お気楽ご気楽太平楽に笑うコリンに肩をバンバン叩かれ、やや引き攣った笑みを浮かべながらも芳晴は話の軌道修正を試みた。
「で、何なんですユンナさん?その…秋子さんの人事についてでしたっけ?」
「うーん…」
 自分でも話が大幅に脱線したことに赤面しつつ、話と考えをもう一度頭の中で整理しなおして、ユンナは喋り始めた。
「理想を言えば、集団の構成員が価値観を共有し、同じ目標を掲げ、その実現のために邁進する。互いが互いの権利と立場を尊重しあい、集団の和を尊び、協力し助勢しあう。
 つまりはコリンの言うように、みんな仲良しっていうのが望ましいことなんじゃないかと思うんだけど」
 一同が軽く頷くのを見て、それからユンナは視線を相変わらず遠くで続いている騒動の方へ向けた。
「そうすると、ああいったトラブルメーカーの存在っていうのは、集団の和を乱すマイナス要因なわけよね?柳川先生なんて暴力沙汰以外にも、皮肉屋でやたらと人のやることにケチをつけるし、九品仏先生は何かと自分の野望だか何だかで人を引っ掻き回すし、その他の先生も細かいところでは割といーかげんで授業私物化してるような所も時々見受けられるし」
「んんん〜〜、それ言ったらそもそもこの学園のピンク授業がブッ飛んだ代物だけど」
「いやあの、ピンク授業ってなコリン」
 抗弁しかけて、しかし、気弱げに口をつぐんでしまう芳晴だった。
「しかし、表面上はそうであっても、実は色々と思惑があると…見るわけか?ユンナ」
 エビルの問いに答えないまま、ユンナはフェンスに寄りかかり、衰える気配も見せない騒乱を眺めた。組んだ指の上に顎を乗せて、軽く呟く。
「私の見る限り人間の集団っていうのは、その規模の大小に関わらず、必ず多数の主流派があって、そしてその中でも特に中心的な存在が見うけられるわね。そして概ね、比率では少数派の中核の意思が集団全体の意向になってる。それが大きな組織であっても、単なるチャット仲間のグループでも。
 少数の意見が、実は全体多数の行動を決定している」
「んー。でもそれってごく自然な流れでしょ?それなりの才なりある人が集団の中心になっていくのは。消極的で自分の意見のない人物がリーダーシップをとろうとするわけないし」
「そうだな」
 コリンとエビルに同意しつつ、ユンナは先程から沈黙を保っている芳晴を横目で見ながら言った。
「繰り返すけど、全体の和が良好に保たれてることが、集団としては理想的だと思う。
 でも、和を保つために生じる歪み、ってものもあるわよね?…表現は悪いけど」
「歪み…?」
 少し嫌そうな顔をするコリンに、同じような顔をしたユンナではなく、その代わりのようにエビルが口を出す。
「全体の和が保たれる、イコール、争いが無いということ。
 波風を立てないように多少の不満は不平は各々が我慢する。結果として異論が出ず、集団内では常に発言力のある者、主にリーダー格の意がさして制約も受けず通る。そんな状態にある組織というものは、排他的な傾向を強める危険性があるな。内部で活発な意見が交えられないということは自制と自省が足りなくなる。
 そうではないとしても、皆が大同小異な考えにあるとするならば、それは良好かもしれないが小さくまとまってしまう…つまり保守的で、硬直化してしまうという例は多い」
 ちらり、と、少し気兼ねするように芳晴を見て、エビルは言った。
「…宗教家が、全ての人間の魂が一つとなれば、全ての人間が同じように考え、同じように感じるようになれば完全なる公平の基、永遠の平和が訪れる…といった類のことを言うが。
 私には、それは単なる全体主義ではないのか?という風にしか思えない。
 死神としては、そんな魂は無数の魂の集合体ではなく、図体ばかり大きな一つの魂にすぎん」
 珍しくたくさん喋ったので少し疲れたか、エビルはふう、と吐息をついた。
 ユンナやエビルの言うことは、あくまで話として枝葉末節を省略し単純化したものである。物事というものはそうそう簡単に割り切れるものではない。そのことは、皆わかっている。
 何事も、度というものが過ぎれば、害が多くなるのだから。
 エビルに代わってユンナが話を続ける。
「秋子さんって人は…人類史上稀で、豊な天分を持った人だと思う。勿論、完全無欠にして万能、というわけではないし、時に失敗だってする。
 それでも、秋子さんのタレント(才能)というのは他の追随を寄せ付けないものだから、秋子さんの言うことにはまず間違いは無いから、その指示に従っていれば大抵のことは、うまくいく。
 でも、だからこそ、それでは良くないと秋子さんは思ったんじゃないかな。自主性が育たない、って」
「…わかるような気がする」
 コリンが、一つ頷いてそう言った。
「師に忠実すぎる弟子は師を越えることはできない、っていうし。
 よく、親が子供の将来を縛りつけて、本人の意思を無視して勝手な人生レールを走らせたがるとか学園ドラマなんかで腐るほどあるけーどー。
 じゃあ、本人の希望に沿ったレールなら、親が準備してもいいわけ?どっちも他人が自分の人生に口出ししてるわけだけど?」
 ふと、思いついて、コリンはふーむと腕を組んだ。
「…攪拌役、としては適当な人材かもね。集団全体が硬直しないための。柳川先生とか九品仏先生とか、あーいう自分勝手な人達って、別に意図的にそう振舞おうとしなくても、『野党』になっちゃうから。誰が相手でも、秋子さん相手でも自分であることをごく自然に貫いちゃう…まあ言葉を飾ればそうだけど、とことん自分勝手な人たちだから」
 以前、誠クラスの担任問題で秋子の決定にアレイが異を唱えたことがある。
 秋子は決して独裁的な人間でなく、その際の応対も普段どおり、特に厳格というわけでもなかった。それでも、アレイは秋子に対するために全身全霊を振り絞らなければならなかったのである。
 それは、正論に対抗する、ということであったから。
 だが、傍若無人なこの少数派は、相手が多数であろうが正しかろうが、物怖じなどしないだろう。無論、頭痛の種の原因でもあり続けるだろうが…
「どんなに我侭でも所詮、全体の意向を覆すには至らない小勢力だけど…一種の目安というかパラメーターのようなものか?自分達が、知らず知らず視野を狭めないための…」
「つまりトラブルメーカーというか少数派というか、とにかくそういったマイナス要因をうまく活用しているというか」
 無論、それは容易なことではない。アクの強い個性の持ち主達をやりすぎない程度に抑え、使いこなす。これはひとえに秋子等学園首脳部の手綱捌き次第である。
 だから、普通はこんな面倒な人事はだれも選択などしないだろう。マイナス要素は抑えるなり排除するなりした方が、ずっと楽で効率的なのだから。
「ねー。さっきからなーに一人で黙り込んじゃってるのよ芳晴?」
「いや…ちょっとね」
 あまり意味のない踊るような手つきをしながら明るくこちらを覗き込んでくるコリンに、苦笑いを芳晴は返した。
 それまで屋上に設置された簡素なベンチに腰を下ろしていた芳晴は、ついてもいない埃を払って立ち上がる。
「…俺さ。子供の頃、どうしてもわからなかったことがあるんだ」
「子供の作り方?」

 ごきゃす。

 即座にユンナの裏拳に打ち倒されるコリンに一瞬、口元をひくつかせ、しかしまあいつものことだしと芳晴は気を取り直した。
 実は結構殺伐とした日常ではあるが。
「世の中は、どうしてこんなに理不尽なんだろう、って」
「理不尽?」
 エビルに一度頷いて、芳晴はふう、と息をついた。
「…初めて出逢った頃はあんなに純真で素直だったコリンがだんだん図々しく図太くなっていくのを目の当たりにしたりとか、そーやって人のおやつや小遣いをあの手この手で掠めとることに罪悪感を感じていない天使って一体何なんだろうかとか」
「それは理不尽極まりないな」
「この女は…」
 二人分の冷たい視線が、揃ってコンクリートの床で気絶したふりをしているコリンに突き刺さる。
「まあコリンはともかくとして…今、飽食の時代とか言われてるけど、その一方で都会の片隅で、お年寄りが誰にも気づかれないまま餓死するなんて、そんなやり切れない事がある。
 世の中にはこんなにたくさん悲しい事や、不公平な事が溢れているのに、どうして、主はそれを放置しておくんだろう、って。
 どうして偉大なる主は、人間を正しく導いてくれないんだろう、って」
 ある意味涜神的な発言に、ユンナが無意識の内か、僅かに険しい顔になる。それに気づいて、芳晴は目でそれを否定した。
「…でも、そのうちわかってきた。
 人の世の、沢山の不幸は、みんな、人の内から生まれてくるものなんだって。
 だから、人間は自分の責任で、目の前の困難な事に立ち向かわなきゃいけないんだ、って。
 神様が助けてくれても、自分達が苦しみを生み出しているんだってことを自覚し、それを根絶させるよう努力しなければ、困難は無くなることはないんだって。
 だから人は安易に主を頼るべきじゃないし、主もなるべく、人を甘やかさないようにしてるんだ、って。
 自らを助くる者を天は助く。
 …自分も含めて、それを実践している人なんてそうそういるものじゃないけど、でも年を経る毎に、この言葉の意味を肌で実感できるようになってきた」
 はは、と笑って、芳晴は頬を指で掻いた。
「でも、そう考えると…この学園の、リベラルな、リベラルすぎる授業方針っていうのも、なんとなくわかるような気がする。
 ――人の理性をフッ飛ばすような、萌えな課題を与えられて、さて、それに対してどうするか?
 一般的なモラルの見地から言えば、ここは一時的な劣情に流されず耐えるのが正しいんだろうな、って思う。でもその一方で、相思相愛の関係にあって、また先方が望んでいるにも関わらずそれを拒絶するのは…それは夫婦間では正しいのかどうか?いやそれは自分の煩悩を正当化するための理由付けじゃないのか?とか…。
 色々、考えるわけだよね。
 我慢するのかしないのか、どちらが正しいのか?」
「まあ、我慢できたためしはないけどね…他のクラスも含めて」
 コリンの、ちょっと自虐的な言葉に思わず全員が苦笑しつつ頷いた。その笑いを収めつつ、芳晴は言った。
「…多分、どっちでもいいんだよ」
「はい?」
 どちらかといえば軽い感じでそう言った芳晴に、コリンは少し呆けたような顔になった。怪訝そうな顔をしているみんなに、芳晴は考え考え説明する。
「どちらでもいいんだよ。それは自分の意志と責任で選択した結果なんだから。
 無論、失敗という結果に終わることだってある。人間、いつだって正しい選択のみを選び取れるわけじゃない。
 だけど、よく言われることだけど、失敗から得るものは小さいなものじゃない。どうして失敗したのか、同じミスを犯さないようにするにはどうしたらよいか、それを防ぐための、克服するための知識と試みを成すことができる。
 そして、多分、これが一番大事なことなんだと思うけど…失敗したらどうなるか、ということを知ることができる」
 一旦言葉を切り、黙って自分を見つめているみんなの顔を見回して、芳晴は苦笑した。話の流れとはいえ、我ながらなんだか小難しい方向に話を進めてしまって、少々戸惑いがある。
「俺の家は、まあ職業柄…敬虔な生活スタイルが当たり前、みたいなところがあったから、小さい頃からなにかと『悪いことしちゃいけません』って言われてばかりで、今にして思えば子供には窮屈な環境だったんじゃないか、って思うんだ」
 ふっ、とコリンと目があって、つい芳晴は微笑んだ。
「だから、コリンに連れ出されて、初めてピアノのレッスンをサボって遊びに出た時は、そりゃあドキドキして、心配で、不安で、緊張したよ。後で親父にはこっぴどく叱られたし」
「芳晴…お前、ピアノ弾けるのか?」
「えーと、エビル、つっこむところはソコじゃないと思うんだけど」
 なに言い出すかなこいつはー、と言いたげなコリンには気づかないふりをしつつ、芳晴は続けた。
「でも、それが原因ではないとしても…俺は初めて、親に反抗するという気概を持つことができたんだと思う。そういった考えもあるんだ、ってことを知ったんだと思う。
 親に歯向かうなんて、それは『悪いこと』のはずだけど、でもたとえ親の言うことでも、それが間違っていると思ったらそれを指摘するだけの気概を持つのは、大事なことだと思う。
 ――そしてそれは、ただ言われたことに素直に、従順であるだけでは中々芽生えないものだろ?」
 その延長上に、今の芳晴があるのかもしれない。
 由緒正しいエクソシストとしての家系、一族の誇り。
 優秀な能力を持つ父や兄への密かな尊敬、しかしそれ故の劣等感と反発。
 芳晴はそういった内心の葛藤の類を滅多に表に出すことは無いし、実のところ本人は自覚していないが、いずれそれは人間としてより大きくなる原動力として昇華されていくだろう。
「人は誰しも最初は未熟極まりない、ひ弱な存在。長い時をかけて、たくさんの事を知って、学んで、出来上がっていくんだ。
 そうやって、自分を作り上げていく。
 たくさんの事――得る経験は、いいことばかりじゃないけれど、でも、辛いこと、哀しいこと、苦しいこと、憎たらしいこと、望まないことを嫌でも知って、そして、学んでいく。
 生きて、存在する限り、周りから、ありとあらゆるものを」
 何となく居心地悪そうに、行儀悪く胡座をかいて頭なぞ掻いているコリンに半ば向けて、芳晴は言った。
「良いことばかりを教えて、悪いことを遠ざけていれば立派な人間になれるという。
 でも、俺はそうは思わない。
 それは単に、悪とは如何なるものかを知らないだけのことであって、逆にいえば善悪の判断をつけられる能力が育たないということになりかねないんじゃないかな?」
「つまり」
 エビルが、ごく軽く、言ってのけた。
「コリンという悪とは言わんがダメ天使の見本がいたお陰で今のしっかり者で真面目な城戸芳晴という人間が形成されたということなのだな?」
「いや…あの…江美さん…俺、別にそこまでは考えていないんですけど…」
「あー、ほら、コリン、拗ねないで、捻くれないで、ね?エビルちょっと正直すぎるだけだから」
「ちっともフォローになってないわよ性悪ユンナ〜〜〜〜!!!」
 ふっ、と珍しく微かに笑って、エビルは言った。
「ちょっとした冗談だ。八割程本気なだけで」
「そ、それはちょっととは言わないのよっ!!むき〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 思わず暴れてしまうコリンである。
「――つまり、この学園は、文字通り自らが学ぶところであって、既にある答を教わるところではないということなのだろうな」
 コリンのメチャクチャな、そしてさして本気ではない攻撃をヒョイヒョイとかわしながらエビルは頷いた。
 教師といいながら、その実あくまでオブザーバーとしての範疇を守る教師陣。
 どこまでも、奔放すぎるほどに生徒の自主性にまかせた授業方針。
 自分の思うがままに、しかしどこまでも自己責任においてそれは成される。
 善き事も、悪き事も。
 様々な積み重ねを経て、其々が其々なりの自己と、家族を、人と人との繋がりを、その他たくさんの、人が生きていく上で大事な事を学び、考え、ものにしていく。
 其々が、各々の形で。
 自分の、自分たちの力で。
「それでも、ここには加護はある。道標は用意してある。学園という場所、教師陣という先達、そしてそこにいる生徒と全てをひっくるめた『みんな』…一つの大きな家族であり仲間である学園」
 詩か何かを朗読するような風に、小さくユンナはそう呟いた。
「そして、了承し了承される。互いに、互いを、そして自分を。
 ……そういうことなんじゃないかな?」
 静かにユンナは口を閉ざし、長いようで短い、微妙な間が置かれた。
 そんな奇妙な静謐の中で、芳晴は少し笑って、口を開きかけた。

「ぅおるららららららららららららららららららあああああっ!!!」
「ちょ、ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 下卑た雄たけびとすっとんきょうな悲鳴が、全ての雰囲気を台無しにして引き裂いた。

 どぐわしゃああああああああああああああああんん!!!

 更に、何の前触れもなく芳晴らの中心に『なにか』が激突し、床のコンクリートを砕きその破片を撒き散らす!
「のほっ!?」
 咄嗟にコリンの背後に回ってそれを避けたユンナは、もうもうと立ち込める粉塵の中でうごめく影を見出した。
「…って頭から流血してるあたしをちょっとは心配しなさいよっ!」
「そんな元気があるなら大丈夫だろう」
「コリン…とりあえず、頭のてっぺんに刺さった破片は抜けよ」
 時折ピュピュッ、と、なんだかケムール人みたく血を噴出させるコリンの肩に手を置きながら、うめく芳晴である。
「あつつつつ…ったくあの男、今回割りと本気かしらねー。あら芳晴くんこんにちは〜」
 少々ボロけた印象のメイフィアが、白衣の埃をはたきながら気さくに挨拶してくる。
「メ、メイフィア先生…」
「と、いうことは?」
「戦線拡大?」
「うわちゃー、対岸の火事と思って傍観決め込んでたのに?」
「…あんたら実は結構ヒドいでしょ」
 思わず本音が出ている城戸家の面々に、なんかこー、ちょっぴり複雑な心境になってたりするメイフィアだったりするが。

「うおらああああああああああああああああっ!!!」

 右斜め45度くらいの角度でいきなり飛び込んできた柳川の蹴りを、メイフィアは咄嗟に展開した障壁で何とか逸らした。

 がらごしゃごきゃきゃきゃきゃっ!
 こきん!

「あう、あう、あう……」
 結果として、更に周囲にその衝撃の余波を撒き散らし、そのとばっちりをくったコリンがグルグル目でよろけている。
 その頭には、モチのようなタンコブが膨れ上がっていた。
 無論、バッテン印のバンソウコウが貼られているのはお約束である。
「むう、コリン。傷は深いぞしっかりしろ」
「い、いや、もうしっかりしないとちょっと涅槃に至ってしまいそうな…」
 それぞれ余波に吹き飛ばされて転がっていた面々が、一番ダメージでかそうなコリンを保護しつつ下がろうと試みる。
「いい加減しつこいわねあんたもっ!ちょっとマインを人質にして破壊衝撃波と振動波と圧縮空気弾と真空波の連撃を喰らわせたくらいで根に持つなんて!!」
「いや…そんなことされたら柳川先生でなくても怒りまくりなんじゃないかなぁ…」
「別に壊衝撃波と振動波と圧縮空気弾と真空波くらいはどうでもいいんだが!人のメイドロボを盾にするその腐りきった根性が気に入らん!!舞奈たちと違ってマインの修理費は俺が出さなきゃいけないんだからな!!」
「…どうでもいいんですか…?」
「なんか、ビミョーに立派なよーなセコいよーな…」

 どがっ!ごすっ!きんっ!
 がすがすがすがすっ!!がつっ!!

 罵り合いを続けながら、メイフィアと柳川は攻撃の応酬を続けている。基本的には柳川の欧撃をメイフィアが周囲に発生させた風の障壁で受け流しつつ魔術で反撃、というパターンだ。
 もっとも、柳川がなにかやる度に徐々に破壊されていく屋上のコンクリが周囲に散弾のように飛び散り、それを受ける魔術の風が乱れて更に周囲の被害を拡大させていくため、芳晴達は万遍なく大迷惑であるが。
 そして、見たところ柳川の方がやや優勢、というところだった。互いに相手に有効な攻撃を与えてはいないが、メイフィアは柳川が5回攻撃する間にようやく一回反撃、という状況である。しかもそれだけ動いているにも関わらず一向に攻撃が衰える気配もない柳川に比べ、メイフィアの方は疲労の色が見え始めている。
「ちょ――ちょっとまちなさいってば!アンタ、もう少し周囲に気配りとかできないわけ!?見なさい、かわいそうにコリンちゃん、頭から出血してグルグル目じゃないっ!アンタのせいよアンタの!?」
「む?」

 がしんっ!

 ごまかしなのは見えみえだが、それでもメイフィアの障壁に手をかけて拮抗したまま、柳川は視線をコリンに向けた。
「…コリンのことだから、ダメージの半分以上は性悪パンチじゃないのか?」
「ああっ!?ひょっとしてあたしって性悪イメージ定着!!?」
「む。しかもそれほど的外れというわけでもない」
 少しだけ感心したように、エビル。
「と、いうわけでおおむね問題なしだなメイフィア…って、逃げるなこるあああ!!」
「うわ見つかったっ!!」
 コソコソと逃げようとしていたメイフィアの襟首を、すんでのところで柳川は捕まえた。気づかれないように障壁を消していたのが、メイフィアにとっては裏目にでてしまった。
「ふ〜っふっふっふっふ。つ〜か〜ま〜え〜た〜〜〜」
「あ、あの、センセ?そんな子供が聞いたら速攻で泣き出しそうなおどろ声出さないで欲しいんですけど…」
「ふっふっふ。ガラスのカケラを口の中に放り込んで口をガムテープで塞いでから思い切り頬をブン殴ってやる…」
「ああああああああ、本気だこの外道ぉ…」
 聞いてるだけで痛そうなことを、いっそ爽やかな顔で言ってのけると、襟首捕まえられてジタバタもがいているメイフィアに、柳川は拳を握った。
 固く、固く握り締める。

「火〜〜〜の〜〜た〜〜ま〜〜〜〜スパ――イクッ!!」
「ひょいっとな♪」

 瞬間、平成ガメラのプラスマ火球そっくりな炎の塊が尾を引いて飛んだ。

 どこむっ!
「…………っ!!?」

 そのスパイクを無防備な背中にまともに喰らい、柳川は流石に顔を顰めて振り返った。それでも執念深くメイフィアは離さなかったが…

「どいてどいたどきなさいどけ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「んなっ!?」

 顔は一応笑ってはいるが、汗を垂らして走ってきたルミラのヒールが、柳川をあっさり蹴倒された。そのまま屋上の端まで走っていくルミラを追って、背中にバレーボールを満載した篭を背負った沙織が猛牛のような勢いで走ってくる。
「…どいてくださいっ!」
 そう言われ、思わず飛びのく芳晴達には目もくれず沙織は走る!どかどかと走る!ひたすらに走る!大海嘯を起こした王蟲のごとく突っ走る!!
「い、今のはちょっと痛すぎだぞって…うわ!?」
「むぎゅっ!?」
 なにか教師っぽい物体を二人分踏みつけたよーな気もしたが、頭に血が上った沙織は次の瞬間にはそのことを頭から追い出した。背中の翼を広げ、今にも空へ逃げようとしているルミラに向けて――

「ハイパードライヴ火の玉スパーイクっ!!」

 沙織の左手が背中の篭から給球機のようにバレーボールを次々と送り出し、右手は目にも止まらぬ速さで火球の連射をルミラに浴びせかけた。
「あんたは少林サッカーかっ!?」
 ルミラは悲鳴を上げつつ身を捩り、4発目までは何とか避けた。だが、5・6発目と、2発ほぼ同時に飛来する。
 避けきれない!

「ッ!」

 瞬間、空に弧を描いた手刀から数枚の闇刃が伸び、音も無く炎の塊を分断した。斬る、というより喰われるという感じで、炎が消滅する。

 ズバ―――――――――――ン!!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 刃をかい潜った7発目がモロに顔面を直撃し、ルミラは鼻を抑えてうずくまった。
「ううううう…最初は祐介君狙いだったんだけど、ムキになって怒る沙織ちゃんもこれはこれで可愛いかなとか思って、ちょっとホッペにCHU!とかしただけでこんなに怒ることないじゃない…」

「そら当然やろ!!!?」(×7)

 その場にいた全員が、声を揃えてルミラに突っ込んだ。
「しかし…なあメイフィア。正直、火の玉スパイクよりも、その後の踏みつけの方が痛かったんだが…沙織の体重って」
「バ、バカ…!!」

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…

 何やら、周囲に黒い炎だかオーラかなんかを不気味っぽく放射している沙織に、メイフィアは『ひえぇぇぇぇ』と目と口で三つのOを作った。
「この阿呆者っ!女の子に体重はタブーなんてもはや常識でしょ!まして沙織ちゃんはちょっと着痩せするたちでじつはムネ以外も二の腕とかフトモモとか結構むっちりお肉が詰ま…」

 そこまでで、芳晴たちは同時に背を向け一目散に逃げ出したので、腐れ保健医やヤクザ教師がその後何を続けたか、全く知らない。
 ただ、不気味な静寂から脱出することのみに全力を出していたから。
「…あたし…秋子さんの人事の件、実は単なる考えすぎなんじゃないかなーって気がしてきた」
 ユンナの言葉を、芳晴たちは肯定はしなかった。
 否定もしなかったが。



  <了>












(余禄)

「あ。アレイさん、大丈夫でしたか?」
 爆発痕やら凶悪な杭やら正体不明な機械類の残骸が散乱する専用グラウンドで、唯一無傷だったベンチに座っていた祐介は、適当な杖に半ば身体を預けてヨロヨロと帰ってきたアレイに声をかけた。
 その呼びかけが糸を切ったように、アレイはその場でへたり込んで、両手を地面についた。
 そして、空を見上げ、呟いた。
「…生きてるって、ステキ」
 祐介をはじめ、傍にいたメイドロボ達やラルヴァ、黒子衆が、一斉に頷いた。






【後書き】
 了承学園の教師陣、及びそのピンク授業をいかに強引に正当化するかという試みは、果たして成功したでありましょうか?(苦笑)
 まあ、理屈なんてもんは大抵のモノにこの程度はつけられる、ということで。

 実際、最近の道徳の授業というのは、ただ友情や友愛を説いたところで今時の子供にはそれは薄い奇麗事にしか見えない、ということで、ダークな部分も提示するようにしておるそうな。
 人を裏切るとはどういうことか。裏切られた人間がどんなに辛く、苦しいか。
 だからこそ、人を裏切らないこと、友情というものがどれだけ貴いものであるか、ということを説くのだそうで。全てが全てこーいった手法ではないですが。

 今回、芳晴を配置したのは別にさして意味は無かったのですが(あえていうなら割とお気に入りで使いやすいキャラではあります)あ、この人たち宗教には関わり深いんだなぁ、と…
 そういうわけで、ちょっぴり、そっち方面に引き摺られたかも。

 あえて今回心残りを述べるなら、大志を出せなかったことですね。
 いや、こういう話にはむしろ出して当然なキャラなんですが、こいつ出すと多分今回の文章量の倍近くは増える畏れが(マジ)





 ☆ コメント ☆

セリオ:「なるほど。秋子さんの教師人事にはこういう意図があったのですね」(^^)

綾香 :「そ、そうなのかなぁ? 確かに筋は通ってるけど。
     単なる成り行き任せの様な気がしないでもないけど……」(^^;

セリオ:「……あう」(;^_^A

綾香 :「まあ、何にしても、確かに自主性を持たせ自立を促すことには成功してるけどね。
     あの人たちを見てると『こうなってはいけない』って思うもの」(^^;

セリオ:「ですねぇ」(;^_^A

綾香 :「反面教師としてはホント理想的な人材が揃ってるわよね。
     それを思うと、やっぱり秋子さんの意図が込められた人事なのかも」

セリオ:「反面教師という存在は何気に大切ですからね。
     わたしも……を反面教師としてますし」

綾香 :「え? なんだって? よく聞こえなかったわ」(・・?

セリオ:「ですから、わたしも綾香さんの暴力性を反面教師として『こうなってはいけない』と肝に銘じ……」

綾香 :「暴力性って何よ!?(げしっ!)」(ーーメ

セリオ:「あうちっ。ううう、まさにこういう部分ですぅ。
     今回もちゃんと反面教師にさせていただきますぅ」(×o×)

綾香 :「……まだ言うか(げしげしげしげしっ!)」(ーーメ

セリオ:「あうあうあうあうっ!」(×o×)



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