私立了承学園第457話
「教職員研修会をスクープせよ!(クリア条件)」

 (作:阿黒)








 ……ダダダダダダダダダ……

「…ヒ〜〜ロ〜〜〜…」

「む?」
 殺気――というほど剣呑なものではないが、しかしなにかものごっつ面倒でややこしくて厄介な上に鬱陶しくて、ついでにくだらない。そんな気配に浩之は振り返った。
 場所は男子トイレ前。当然というべきか、いつも誰かしら傍にいる妻たちは一人もいない。

 ズダダダダダダダダダダダ…!

「ヒ――ロ――――!!」

 消失点の見えない遠大な廊下の彼方から、何やら地響きと砂煙(?)を上げて暴れ馬よろしくこちらに駆け寄って来るタマネギ頭の物体に、浩之は、なんとなくため息をついた。
 思えば、こいつに悩まされるのは随分久しぶりのような気がする。
「さて、とりあえず逃げるか」
「めがとんめておくらああああああああっしゅ!!」
 次の瞬間、予想を越える速度で突進してきた志保の、劇場版オリジナル聖○士というか緑色の獣人ストリートファイターなローリング・アタックが炸裂し、浩之は成す術も無く宙を舞った。

  * * * * *

「…で、一体何の用なんだよこのパパラッチ女」
 多少、ボロけた雰囲気な浩之は、自分の腕を掴んで半ば強引に引き摺る志保に、半眼の視線を向けた。
「なーによその言い草は!このすぺさるばーちかるろーりんぐびゅーてぃ志保ちゃんが久しぶりにお誘いしてあげたってのに、何が不満かこの男」
「…いきなりワケのわからん縦回転しまくり攻撃を喰らった上に、なんか意味も無く散々背中でコサックダンスなんぞされたあげく拉致られて、どーして満足できると思えるかお前!?すげぇ痛かったんだぞ!!?」
「まあその辺は器用に忘れちゃってよ」
「できるかンな事っ!」
「そーいう隅までほじっても瑣末でどーしようもなさげにどーでもいいコトはさておいて。――特ダネなのよヒロ!もースペッシャルにグレェトにロンリーバズーカーって感じ」
「…とりあえずロンリーバズーカーって何だ?」
「それは…私の口からは言えないわ…」
「そうか。まあとにかく俺はちょっと用事ができたので帰る」
「帰んないでよっ!!」
 今まで愚痴をこぼしながらも惰性でつきあっていたが、忍耐の限度にあっさり至って踵を返しかけた浩之の袖を慌てて志保は掴んだ。
「なんで帰るのよどーして帰るのよすぐに帰るのよ理由を100字以内でまとめてみなさいよっ!」
「特ダネ?どうせガセだし」
「確定的――!!!なんてヒドいこと言うのよっ!繊細でナイーブで純情可憐なあたしが傷ついたらどうするの!?」
「傷つかないから困らない」
「ウキ〜〜〜〜!いわやまりょーざんぱ〜〜ッ!!」

 ぱしいっ!!

 襲い掛かった必殺の志保チョップ(縦)をあっさり片手で受け止め、浩之は半眼で睨んだ。
「あのな。不意打ちでもない限り、お前のよーなトーシロの攻撃をむざむざ喰らう俺だと思うな」
「むぅ…流石は綾香と松原さんの二人を鶯の谷渡り12連発で揉んで舐って弄ぶ男」
「メチャクチャ人聞き悪いこと言うなっ!っていうかこの際は関係ないし!」
「否定はしない、と」
「うおいっ!!」
「いーからつきあんなさいよ!あたしの無理矢理で強引で無茶で迷惑な取材につきあうなんていつものことじゃない!!」
「だからイヤなんだろうがっ!つーか、自覚してんなら止めろよ迷惑行為!」
「だってあたしの取材に無理矢理つきあわせなきゃあんたが困らないじゃない!それじゃあたしがおもしろくもなんともないじゃないのっ!!わかる?その辺」
「ああああああ、なんかもー衝動だけで人を殺してしまいてえええ…」
 半ば涙ぐんで、浩之は自分たち以外の人気が無い放課後の廊下に座り込んだ。
「まあ冗談はこれくらいにして」
「俺には限りなく本音トークにしか思えなかったが」
「いいじゃん。あたしの取材につきあうなんていつもの事じゃない」
「勝手な既成事実を作るな東スポ女。日本広告機構に訴えるぞ」
「往生際が悪いわねー。たまにはあたしのシュミにつきあったってバチは当たらないでしょ」
「つきあわされてる時点で立派にバチが当たっとるわい」
「なーによ!」
「なんだよ!」
 人気の無い放課後の廊下で、二人がくわっ!と牙を向いて睨み合った時である。
「…何やってんだお前ら?」
「あ…柳川さん」
 いつの間に近付いてきていたのか、麻のスーツにニットタイという無難な格好をした柳川が、二人に胡散臭そうな視線を眼鏡越しに向けてくる。
「…まあ、生徒同士仲が良いのは結構なことだが、用も無いのに遅くまで居残って教職員の仕事を増やすんじゃない」
 日頃無差別破壊を繰返し、周囲に迷惑かけまくっている柳川が言っても説得力の欠片もない発言ではあるが。
「…仲が良いって。誤解も甚だしいですよ柳川さん」
「先生と言え。一応、まだ就業時間内だからな」
 口調は傲慢としか表現できないが、別に柳川は偉ぶってそんな事を言っているわけではない。単に生真面目な程に公私のけじめをつけようとしているだけだが、別に誤解されても一向にかまわない、とも思っている。
 手にしたファイルを抱えなおすと、柳川は軽く言った。
「ま、適当な時間になったらさっさと帰れよ」
 そしてあっさりと足を廊下の奥に向ける。そんな柳川に、志保が声をかけた。
「柳川先生はまだ仕事あるわけ?」
「……これから職員研修会がある。まあこれも給料の内だしな」
 そう言って歩き去る柳川の背中を、二人は何となく見送った。
 と、志保が腕組みをして、なにやら頷きながら口を開く。
「ふっふ〜ん。職員研修会ねぇ…」
「何だよその悪人チックな含み笑いは?」
「気づいたヒロ?今の柳川先生の、返答前の微妙な間」
「え…?」
 訝しげな浩之の顔をやや優越感の混じった視線で一撫でして、志保は気取った仕草で指をピン!と一本立てた。
「ま〜トーシロはわかんなくても仕方ないけどね〜。あたしも伊達に情報屋やってんじゃないわよ。人の顔色や気配、口調や仕草の微妙な変化についてはちょっと自信あるんだから。
 …今の柳川先生、なんかわかんないけど、一瞬、躊躇したのよね。うん。嘘、ってわけじゃないかもしれないけど、でも、なんか隠し事してるような」
「そういう…もんなのか?でも柳川さん、別に俺らにこっちに来るなとか、特に強くは言ってはいないぞ」
「そんなことしたら逆にこっちの興味を引くようなもんじゃない?だから特別何でもなさそうなふりをしてたのよ。まあ、これくらいは初歩の初歩だけど」
「…ほんとかよそれ?」
「自信タップリに肯定してあげようじゃない。あたしはこれでも、人を見る目は養ってるつもりだし」
 しばらく浩之は考え込んだ。
 実のところ、志保の見解は頭から信用できるものではない、と既に判断は下している。志保の探り当てるニュースの半分がガセネタになる理由というのは、それが多分に自分の趣味や『真相はこうあって欲しい』という願望が入り、その結果勝手な思い込みや先走った推測が入り正しい判断が損なわれるからだ、と浩之は思っている。
 だが、少なくともニュースを探り当てる嗅覚と、その観察眼は公言するだけのことはあると思う。
 何より志保は、軽薄に掴んだネタをダダ洩らしにはしない。それが本当に公表して良いものかどうか、本質的にそれを区別するくらいの分別はある。今の柳川の態度に、何か微妙なものがあったという志保の観察は、多分間違いはないだろう。
「でも、面倒だから俺はパス」
「逃げるな」
 
 ぐわしっ!

 あっさり学生服の後ろ襟を捕まれて引きずられながら、浩之は、あきらめ気分のままそれでも一応言ってみた。
「…あのよ。いつも思うんだが、お前のネタ探しに俺がつきあわなきゃならん理由とか必然性とかは無いと思うんだが」
「理由?あるわよ色々と」
「例えば?」
「トカゲってさ。ピンチの時に自分のシッポを切って逃げるわよね?」
「やっぱり帰る」

 ぐわしっ!!

「なによっ!ちょっと辛いこと言われたくらいでへこたれるなんてアンタ根性無しにもホドがあるんじゃない!?」
「ちょっとじゃねーだろ!?…大体なあ、そもそもこれを第一に訊いてなきゃいけなかったんだが、今回のネタって一体どういう話なんだ?」
 しばらく志保は考え込んで、ポンと一つ、手を打った。
「ああ。そっか。なんかその場のノリと勢いだけでテキトーに見つけたヒロをつきあわせるのに力入って、その辺すっかり忘れてたわね〜〜」
「いや…もう今更なにも言わないけどな。お前相手に何を言っても仕方ないし」
 その、浩之の皮肉だか愚痴だかよくわからない呟きは器用に耳からシャットアウトして、志保は歩きながら説明を始めた。
「発端は、雪音が拾ってきたネタなんだけどね。あの倉庫番の量産セリオ。なんか最近、ひかりさんとか澤田編集長とかメイフィア先生とか、よーするに先生達に挙動不審な様子が見受けられるとかなんとかって」
「…挙動不審って、具体的には?」
「んー。時々、夜の9時過ぎくらいまで学校でなんかやってるって」
「………それだけかよ?柳川さんも言ってたけど、なんか会議とか研修とかやってるだけなんじゃないか?というか、一応先生らしいことやってたんだなウチの教師陣も」
「何気に失礼なこと言ってるわねー。まああたしも同感だけど。
 …でさ?正直、あたしも最初はそう思ったんだけど、せっかくご注進してくれたネタだし無下にはできないじゃないやっぱり?で、それとなーく自分でもウラをとってみたわけよ」
「それで?」
「ここのところ夜の会合が多いのは本当みたい。ここ数日、グラウンドで張り込みしてみたわけ。で、場所は一定してないけど本校舎の空き教室が、夜の9時過ぎくらいまで電気ついてるし。何かをやってるのは確かね」
 それを人気のない夜のグラウンドで、一人見張っている志保も相当なヒマ人だと浩之は思ったが、あえてそのことにはつっこまないでおく。
「そんでー、最近夜遅くまで学校に残ってるそうですけど忙しいんですかー?って、センセー達に何気な〜く訊いてみたのよね。答えはさっきも言ったとおり研修会だかグループワークだか何だか。先生同士で勉強会みたいなこともしてるとか」
「…真っ当じゃないか。複数の人間から同じ答が戻ってくるんなら、やっぱりそれ本当じゃねーの?」
「それはそうなんだけど。…でもさ、この学園の授業内容を考えてみてよ?ハッキリ言っていろんな『萌え』を追求した授業内容の数々を考えた上で、そーいう授業を行う先生たちの学習会とか研修会ってさ……一体どういう内容になるわけ?
 具体的な内容については、誰も教えてくれなかったし。ほんのちょっとも、よ?
 やってることが真っ当なら、少しくらい話してくれるもんじゃない。これは何かあるな、ってあたしは思ったわ」
 志保の指摘に浩之は考え込んだ。今まで自分が直接受けた、あるいは他のクラスたちから聞いた授業の内容を脳裏に描く。
 ぬいぐるみ作り。生け花。かるぴす。解剖。宝捜し。こすぷれ。雪合戦。メイドさん。バニーガール。おむつ。メガネ。膝枕。包帯巻き。キス。ソフトSM。コマ回し。etc……。
「うお…なんかこう、我ながらダメ人間境界線上を彷徨ってるような授業の数々…」
「思いっきりダメダメ領域に踏み込んでる場合もあるけど。
 もしかしてさ、ウチの先生たちって、そーいうことを事前に色々と試してたりするわけ?」
 秋子さんが三つ編みメガネ図書委員。
 ひかりさんが上ジャージブルマ。
 澤田編集長が女王様。
 立川(兄)がふんどし一丁。
「ぶほっ、ごほっ、げほおっ……!!!」
「ど、どしたのヒロっ!?」
「い、いや、ちょっと余計なものまで想像してしまって…」
「というわけで。どうよ、気になるネタだとは思わない?」
「う〜〜〜〜ん…」
 自分たちに、直接関わってくる(かもしれない)ネタであるかもしれない。そう考えれば興味もある。おもしろそうでもあり、同時にちょっとヤバイ予感も無きにしも非ず。
 怖いものみたさ、というところもあるが…。
「だがよ、本当に本当なのかそれ?」
「疑い深いわねー。まー緒方センセとかルミラさんとかは韜晦上手でなかなか尻尾を見せないけど、エリアとかデューク先生とか、比較的まともっぽくて腹芸の苦手そうなあたりは、カマかけてみたらなんか隠し事してるのバレバレでさー。絶対、これって何かあんまり生徒には知られたくないことやってるわよ」
「うーん…」
 半信半疑ながらも、だんだんと乗り気の方に胸中のパラメーターの針が傾くのを浩之は感じた。だが、ネタの信憑性が増すのに比例して、傍迷惑厄介事予想レベルも上昇している。
「…コンニチハ、浩之様」
「あれマイン…って…」
 何気にかけられた挨拶にきさくに応じかけ、そこで浩之の微笑は微妙なところで引き攣った。見なくても隣の志保が自分と似たような顔をしていることは、疑いも無い。
 志保が、微妙な間を置いて、珍しくおずおずとマインに声をかけた。
「えーっと…マイン、ちゃん?」
「ハイ」
「…ひょっとして、と思うんだけど、最近学園のメイドロボの間では、まるで捨て猫かなんかのようにダンボールに入れられて廊下に放って置かれる遊びとか流行ってるわけ?」
「イエ」
 やや大ぶりなダンボール箱の中で正座して縁に手をかけたマインは、上目遣いで二人を見た。
「柳川様ト、貴之様、研修中ハ外デ待機シテイルヨウニトイウ御命令デ」
「あー。それでどーしてこーなるわけ?」
「…私、除者ニサレテシマイマシタ。ダカラ、コウシテ待機シテマス」
 愛媛みかんと書かれたダンボール箱の中で、どうやら気落ちしているらしいマインを見ながら、浩之は志保に耳打ちした。
(……もしかして、仲間はずれにされたあてつけかなんかのつもりじゃねーか?いや、よくわかんねーけど)
(もしくは、またメイフィア先生に何か騙されてるとか)
(俺はあてつけに2000ペセタ)
(んじゃあたしはメイフィア先生に1000ガバス)
「……………」
 自分が賭け事(?)のタネにされていることを知っているのかいないのか、マインは無言で俯いている。
 と、縁にかけた指に顔を寄せ、捨てられた仔犬を思わせる悲しげな瞳で、マインはそっと浩之を見上げた。
「…浩之様…」

 ――――――――――ぷっつん。

「危ないヒロっ!!」

 ガスッ!!

「おおうっ!?」
 フラフラとマインの入ったみかん箱を抱え上げようとしていた浩之は、志保の廻し蹴りを喰らって横転した。そのまましばらくピクピクと痙攣していたが、ややあって頭を振りながら立ち上がってくる。
「…さ、さんきゅー志保。思わずこのまま持って帰ってしまうところだった」
「いやー。あたしも一瞬、飼ってあげたいとか思っちゃったからね〜〜」
「………………」
 とりあえず、一連の行動と会話を理解しきれず混乱しているらしいマインを見やって、志保は腕を組んだ。
「…とにかく。どっかこの辺の教室で研修会とやらが開かれてるのは確かなようね」
「あ、そこちょっと先じゃねーか?電気ついてるし」
 廊下の窓から差し込んでくる外の光は、そろそろ夕闇の帳に入りかけている。外から伺う限り、人の気配と僅かな音はしているが、騒々しさとはほど遠い雰囲気である。
「よーし」
「よーしってお前ごく自然にデジカメ構えてんじゃねーよ」
「静かになさいよ!バレたらどうすんの」
「いや…でもな」
「あーもう、この後に及んで二の足踏んでんじゃないわよ!いいヒロ、あんたここまで関わっといて、今更自分だけばっくれる気!?」
「いやもう滅茶苦茶ばっくれたいけど…な」
 そう言いつつも、好奇心を抑えきれなくもある。どちらともはっきりさせられず躊躇する浩之の内心を見透かしたように、志保はフン、と荒々しく鼻息を噴くと、もはや浩之を顧みらず一人で奥に踏み出した。
「お、おい待てって」
「止めてもきかないわよ。ついてくるつもりがないなら放っといてよね」
 志保の声に怒りを感じ、それに反発を感じつつもとにかくその潔さには感歎する。
 自分が一度こう、と定めたからには、くよくよと迷うことなくそれを実行しようとする強い意志。自分の信念に嘘をつかない…
「アアア、待ッテ下サイ止メテ下サイ生徒ノ皆サンハ入レナイヨウニッテ言ワレテルンデス〜〜〜〜〜」

 ずるずるずるずるずるずるずるずる。

 懇願しながら何とか引き止めようとして、セーラー服の袖を掴んで離さないマインを強引に引き摺ってのしのしと歩いていく志保の姿に、浩之は呟いた。
「まあ、実は単に自己中なだけなのかもしれんが」
「うっさいわよ!」
「まあまあ。…マイン?」
「ハイ?」
 志保の腕に取りすがったまま、首を巡らすマインの頭に、浩之は優しく手を乗せた。
「ほ〜ら、なでなでしてやろう」
「アッ!?アウウ…!」
「ほーらほらほら」
「…ッ!ク、クフゥ…ダ、ダメデスゥ、ソンナ事サレテモ、コノ先ニオ通シスルワケニハ…」
「よ〜しよしよし。こわくないこわくない」
「アゥ…ハア…イ、イクラ浩之様デモ…ひんっ!?」
「量産型って言っても、マルチと変わらないなぁ。こんなに感じやすくて…こうやって、頭を撫でられるのも好きなのかい?」
「……ダ、ダメデスゥ…ワ、私ニハ、御主人様ガ…」
「あごの下とか掻いてあげよう。うりうり」
「…!!…ふああぁぁ…」

 ぷしゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!

 センサーの継ぎ目から勢いよく煙を噴いて、マインはがくり、とその場に崩れ落ちかける。
 寸前、その小さな身体を浩之は抱き止めた。そのまま、壊れ物を扱うようにオーバーヒートしたマインを廊下の壁にもたれかけさせる。
「ごめんな、マイン。…さ、行くか。すぐに再起動してくるぞ」
「このロボッ娘たらし…」
 ジト目で軽くこちらを睨んでくる志保を促して、浩之は先に廊下の奥へ足を向けた。ちょっぴり、額に汗など浮かんでいるようでもあったが。
「まあ…毒食わば皿まで、と言うし」
「素直に志保様について行きたいんですとか言っちゃえばいいのにねー」
「それだけは絶対に無いと断言する」
「…さっきのこと、あかり達にバラしちゃおっかな〜」
「別にやましいことはしてないぞっ!…多分」
 流石に声は潜めてそんなことを喋繰りあいながら、そろそろと二人は明りの漏れている教室へ近付いていった。何とか扉前まで到達し、内の様子を窺う。
 喧騒、というほどではないがそれなりに聞き覚えのある声によるお喋りが聞こえてくる。
「いやー。なんかこう、やっぱ今、俺らがやってることって誉められたもんじゃないが…」
「…ドキドキするでしょ?」
 二人は、微苦笑を交わすと、細心の注意を払って扉をほんの僅か、開いた。
(どぉ?見える)
(まいったな…机が邪魔してよく見えん)
(んもう…もそっと広げて」
(しーっ!サラさんだの澤田編集長だの、やたら勘の鋭い人達がいることを忘れるなっ!慎重にいこう、慎重に)
(うーん…そうね)
 扉の隙間に張り付いた二人は、扉の縁にかけた指に僅かに力をいれた。じりじりと扉を開いてゆく。
(御二人トモ、ソレ以上ハ止メテ下サイ!)

 !!!!!

 いきなり後ろから誰かがしがみついてきて、二人は恐慌寸前で互いの口を抑えあい、辛うじて悲鳴を上げるのを堪えた。
(うわ、もう復活してきたのアンタっ!?)
(今ナラマダ間ニ合イマス!ドウカ早々ニオ立チ去リ下サイマセ!)
 意外に早く再起動を遂げたマインがその変化の乏しい顔に、それなりに必死な表情を作って二人を諌めようとしてきた。
 が。
(ええい…こーなったらアンタも一蓮托生よっ!呉越同舟よっ!)
(ハワワワワ…!?)
 ヘッドロック気味にマインの頭を腕で絞めつけ、志保は無理矢理マインに中を覗かせた。
(どう?なんか見える?あんたも内心興味あったんでしょ?さーこれでアンタも命令違反♪きょーはんしゃ、共犯者〜〜)
(ハウウウウウウウウ…)
(志保…今のお前の姿、どこからどー見ても極悪人にしか見えねーぞ…)
 やっぱり無理にでも止めておいた方がよかったか。
 遅まきながら後悔の念にかられ、浩之が頭を抱えた時である。

 ガラララッ!!

「「「のおっ!!?」」」
 いきなり扉が開かれ、三人はドサドサッ、と折り重なって教室の中になだれ込んだ。
「…あらあら浩之ちゃん!?それに志保ちゃんにマインちゃんまで…いけない子たちね、メッ!」
「ひ、ひかりさん…!?」
 床の上から顔を上げて、聞きなれた声に反射的に謝罪をしかけて浩之は。
「うぎゃあああああああああああああああああああ!!!}
「えっ、なに、どうしたの浩之ちゃん!?」
 娘のあかりと同じセーラー服を着込んだひかりは、床の上で七転八倒する将来の息子を不思議そうに見つめた。
「…緑ト白ノ縞パン…?」
「ひかりさん…そのセーラー服のスカートの短さ、もうちょっと自覚してよ…って突っ込むべきところはそこだけじゃないんだけど!」
 床から上を見上げる視点から何を見たのか。浩之にとっては目に焼きついた残像が、しばらくは消えそうもない衝撃的な光景ではあったが。
「ほらほら浩之さん。落ち着いて」
「…って―――!!秋子さんまでっ!!!」
 ひかりと二人、お揃いのセーラー服を着て並んだ学園両巨頭の姿は、どちらも高校生の娘がいるとは思えない若々しさである。
「…浩之ちゃん…この格好、似合わないかしら?」
「メチャクチャ似合ってますがなっ!」
「そう…良かった」
 ポッ。
「似合ってることが問題なんですよ――――!!!」
 がんがんがんがんがんがんっ!
 拳で床をドンガドンガと叩きながらむせび泣く浩之はとりあえず放って、志保は改めて周囲を見回した。
「あ〜あ。志保ちゃんが身辺をコソコソ探ってるのは知ってたから、ひょっとしてこうなるかなーとは思ってたんだけどね〜」
 メガネ(伊達)をかけた澤田編集長が、セーラー服姿で机に頬杖をついた。
「…いやー。勇気あるよな編集長」
「にゃにゃにゃ」
「編集長…あなたは戦士です、勇者ですっ!」
 実年齢はともかく見かけと精神年齢的には違和感なくセーラー服が似合っているイビル・たま・アレイが感嘆交じりの慨嘆を口にする。
「どーでもいいけどなんでアタシのスカートだけこんなに長いんだ雄蔵?」
「ふっ、愚問だなサラ殿。それは無論、雄蔵殿とペアで番長とスケ番の学園ヤンキーコンビを結成してもらうため」
 この中で唯一いつもと同じガクラン姿の雄蔵と、一昔前の学園ものに出てきそうなレディース姿のサラは、ともかく違和感はない。そしてその横で気取った仕草でポーズをつけている大志は、まあまだ1,2年前は高校生だったこともあって、トンボ学生服がそれなりに似合ってはいる。
「ね、ね、デューク?似合うかな、このカッコ?」
「エ…えっと…まあなんていうか、新鮮なんだけど…」
「なに?やっぱり似合わないかな…」
「そ、そんなことはない!そんなことはないぞティリア!いやしかしな…その…スカートが…短すぎるんじゃないかなとか…」
「えー?そお?」
 スカートの端をつまんでその場でくるりと回るティリア。髪を後ろで三つ編みにして一本にまとめているその姿は、年齢的にもごく普通の女子高校生にしか見えない。その隣で少し顔を赤くしているデュークはやや制服の寸が足りなかったのか、逞しい身体を合わない制服で窮屈そうに包んで微妙に視線を彷徨わせていた。
「ううっ…ま、誠さんにもこの格好は見せてあげてないのに…」
「……………」(コクコク)
 エリアとフランソワーズが、少し気落ちしたように頷き合っている。金髪少女達に、日本のセーラー服はややエキゾチックな彩りを与えているが、おおむね可愛らしい。
「いやー。しかし困ったもんだな青少年?一応、極秘なんだけどなこの会は」
「マイン…おとなしく待ってなさい、って言っただろう?」
 無精髭をピッ、と一本抜いて、困ったような顔をしている英二の隣で、同種の笑いを浮かべた貴之が茫然としているマインにやんわりと言う。
「あら?どしたの三人とも?なんか、燃え尽きて灰になってない?」
「口から砂を吐いてますねー」
 どう見ても妖艶な大人の色気とセーラー服がミスマッチしているルミラとメイフィア。澤田編集長と三人で並ばせればセーラー服コスプレバーのお水関係者にしか見えないだろう。
「あの…柳川先生?」
「………なんだ?」
 先程から頭が痛そうにソッポを向いていた学生服姿の柳川が、嫌々ながらも浩之に応じてきた。
「研修会…って?」
「だから、まあ、その…学生の立場に自らの身をおくことで、より学生に配慮した授業内容とか方針とか進め方とか研究してみよう、という…」
「だーからって、なんでみんなして年甲斐もなく高校生コスプレっ!?」
「大声出すな志保。…まあ、そう言われても一朝一夕にできることでもないから、まずは形から入ろうということで…」
「……………そ、そういうもんなの?」
「俺に聞くな。文句があるなら理事長と校長に言え」
 げんなりと顔を見合わせる浩之と志保に、おもしろくもなさそうに柳川は言った。
「ちなみに、俺の役どころは『クラスに一人はいるイヤミな秀才メガネ君』なんだと」
「…言っちゃなんですけどハマリ役っすね柳川さん」
「ほっとけ」
 憮然として椅子の背もたれに身体を預ける柳川の姿は、確かに黙っていれば生真面目そうな秀才タイプに見える。高校生、というには少々トウが立っているが。
 それっきりこちらを無視する柳川は、半ばは無言で自分を凝視しているマインの視線から逃れようとしているようでもあった。
「あー。ちなみに私はクラスに一人はいる生真面目なクラス委員長よ☆」
 絶対にセーラー服よりスーツの方が似合っている澤田編集長が臆面もなく言い放つ。それに続いてティリアが挙手してきた。
「あー、それじゃあたしはクラスに一人はいるお下げな保健委員〜」
「アタイは…クラスに一人はいる格闘少女、って奴かな…?」
「貧乳でショートなだけなら葵そっくりだにゃイビル」
「ふっ…実は私、クラスに一人はいるスケ番刑事なんですよーそれも二代目」
「…鉄仮面しか共通項ないでしょアレイ?」
「ルミラ様、多分もうそのネタは若者にはわからないんじゃないかなーって思うんですけど」
「いや〜〜も〜〜みんな何だかんだでノリノリだからね〜〜〜〜」
「な〜〜んも悩みが無さそうで良かったっすね貴之さん…」
 気力を振り絞って何とか声を上げる浩之だった。
「まあ、そう落ち込むな浩之。慣れればこれはこれで楽しいものだぞ」
「あたしはそーゆー意味で慣れたくないですガディム教頭…」
 上半身はサラシを巻いてボロボロの学生服をまとい、何故か「風林火山」と彫られた木刀を背負って笑うガディムに、志保がナゲヤリな平手ツッコミを入れる。
「まあ…折角だしね…」
 心もち、自らの選択を後悔しているようなゲンナリとした口ぶりで、志保はデジカメを周囲に向けて何枚か画像を記録した。

 がららっ。

「おーし、みんな席につけよー」
 どうやらこの『クラス』の担任役らしい、長瀬教師がまるきり普段のHRのように教室に入ってきた。そのまま出席名簿片手に教卓につく姿は、流石に正真正銘の本職だけあって堂に入っている。
 と、ひかりが二人にむかって悪戯っぽく片目を閉じて、言う。
「浩之ちゃん、志保ちゃん、折角だから『授業』を受けてみない?何事も経験よ」
「は、はあ…」
 一斉に席につく一同を見やり、浩之と志保は数瞬、視線だけで会話のやり取りを行い――頷いた。
 消極的ではあったが。
 そんな様子を知ってか知らずか、教卓の長瀬はポリポリと頭を掻きながら、一同を見回した。
「あー。今日は出席をとる前に転校生を紹介するー」
(…そういう設定なんだな、今日は)
(そういう設定なんでしょ、今日は)
 言葉には出さず、隣り合って座った浩之と志保はテレパシー(?)でやりとりを交わした。
 だが、なんとなくそれで、一応の心の準備はできたような気がして、二人は正面に顔を戻した。
 丁度、一旦閉じられた扉が開いて、件の『転校生』が中に入ってくる――。
「皆さんはじめまして。
 『賀茶ピン子』と申しますー。M78星雲から来ましたー。
 …皆さん、仲良くしてくださいねっ☆」
 無理矢理セーラー服にその体長2メートル余の巨体を押し込んだ緑色の地球外生命体は、三つ編みにした触手を揺らして、かわいく、そう言ってのけた。


 ……………。

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 ………数瞬の沈黙の後。

「「「あんた、女の子だったんかいいいいいいいいいいいっっっっ!!!???」」」

 ガチャピン以外の全員が、力の限り総ツッコミをいれた。

「はっはっはっはっはっ。無論、私は性ですが」
 爽やかにそんなことをいう賀茶ピン子(芸名)である。性って何だ?

「ダメだ…ダメダメだここの教師陣…」
「あたまが…あたまが痛くて死にそおよおおおお…」
 机に突っ伏して、さめざめと泣く二人をとりなすように、秋子はやんわりと声をかけた。
「えっと…あのね?二人とも、明日はもっと楽しい授業になるはずだから、良ければまたいらっしゃい。でも、みんなには内緒よ?」
「こんなこと、人にはとても言えませんヨォ…」
「……明日は……って、明日もこんな授業やるわけ〜?」
 志保の涙混じりの問いかけに、秋子はあっさりと頷いてみせた。
「明日は特別講師にPiaキャログループの木ノ下オーナーをお呼びして、ファミレスの接客指導をやるんですよ」
「Piaキャロット…?ファミレス…?」
「そうですよ。みんなでフローラルミントな制服とか着るんですよ♪」
「楽しそうでしょ?浩之ちゃん、志保ちゃん?」

 目の前の秋子理事長とひかり校長が、Piaキャロットの一歩間違えば風俗まがいな、しかし可愛さ満点の制服を身につけた姿を想像してみる。

 ……………。
 ……………。
 ……………。

「はっ…ひょっとするまでもなく激萌え!?」
 一瞬、喜色を取り戻しかけた浩之に、志保が冷たく言った。
「それって男性陣もですか?」


 ……………。
 ……………。
 ……………。

 がくっ。

「あ、死んだ」
 完全に脱力してピクリとも動かない浩之をシャーペンの先でつつきながら、自らも顔面蒼白になりつつも志保は呟いた。

  * * * * *

 結局。
 浩之と志保はその後二日程寝込んだあげく。
 お互い示し合わせたわけではないが、全てを忘れることにした。
「志保様、志保様」
「…なに?どったの?あたしになんか用」
「志保様…アノ、先日ノ御写真…アリマセンカ?」
「はあ?写真?なんの?」
「デスカラ…ソノ…柳川様ノ…学生服トカ…」
「お願いだから安らかに忘れさせて――――――――――――――――――!!!」

 <了>
























「オ願イシマス〜。柳川様、嫌ガッテ家デハ着テクレナインデス〜」
「だ――――――――――っ!!しつこいっ!あああああ、悪かったわよあたしが全て悪かったからお願いもう忘れさせて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 ちゃんちゃん。

 <今度こそ了>








【後書き】
 了承学園の授業及び教育方針を研究する・Part2って感じ?ですか?
 どうですかお母さん海は死にますか山はどうですか?
 割と思いつきだけで書き進めてみましたが、ちょびっと初期の了承っぽい?
 どうでしょ?
 
 ところで誰かPiaキャロ研修編、書きません?(爆)




 ☆ コメント ☆

綾香 :「事実は小説より奇なり、か」(;;)

セリオ:「……」(^^;

綾香 :「世の中には、知らなければ良かったと思う事ってあるよね」(;;)

セリオ:「そ、そうですね」(;^_^A

綾香 :「知らないままだったら幸せだったのにって思う事ってあるよね」(;;)

セリオ:「まったく同感です」(;^_^A

綾香 :「賀茶ピン子……賀茶ピン子……ううっ」(;;)

セリオ:「……」(^^;

綾香 :「今夜、夢に見ちゃうかも」(;;)

セリオ:「それは……ちょっと嫌過ぎですねぇ」(;^_^A

綾香 :「いやーっ! 触手三つ編はいやーっ! 緑色のセーラー服姿はいやーっ!」(;;)

セリオ:「完全にトラウマになってますね。気持ちは痛いほど分かりますけど」(;^_^A



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