(2)


「さて…今、この学園の置かれている状況は今更説明するまでもないでしょう?」
 相変わらずどうやって声を出してるのか不明のまま、杖を構えつつ大志は不敵に笑った。
「…腹話術だな」
「いやそんなご都合な柳川さん」
「じゃあ、どっか頭の後ろにでも九品仏第二口とかあるんだ。それで納得しろ浩之。俺はもうした」
「ウンウン。そうやって少年は大人になっていくんだねぇ」
「ナニ年上ぶったこと言ってやがんだこのヘボ天使」
「アタシは、どっか腹のあたりに人面俎でもあってそれが喋ってんじゃないかなーって思うんだけど」
「純粋にヤな話ですよねそれって」
「…フハハハハ。見事に人の話を聞いとらんなキミタチー?」

 怒ってるんだが笑ってるんだかよくわからないやや棒読み口調でそう言って、大志はやや後ろに下がって今までずっと事の推移を黙って見守っていた秋子に視線を向けた。
 ちなみに小野寺は保健室に居残って、マルチたちを看てやっている。

「…冗談にしては、少々過ぎるのではないでしょうか九品仏先生?
 中枢部を抑えながらも病院や発電所等、本当に『危ない』ところだけは手を触れずにいるというのはまだ良識を守られているようですけれど」
「暴力的な手段など、下の下ですよ理事長。無論、時として必要でもありまた実際的な手段であることは十分承知しておりますが…私個人としては、暴力で人を従わせるのは、結局は己に人を従わせるだけの才覚も器量もないことの証明だと考えております。そもそもエレガントではありませんな」
 一旦言葉を切って、複雑な顔をしている柳川やイビルを見た後、大志は再び秋子を見据えた。
「我輩の野望はあくまでマンガ・アニメ・ゲーム等、オタク文化を世界に広め浸透させることによる全人類オタク化計画!そしてそれによる精神的・合法的な世界征服!
 ハイルめがねっ娘!ハイル猫耳少女!ハイルメイドさん!
 全世界が萌えに走り、例えば妹萌えという共通項を持つことによって相互の和解を促進させる!
 無論、それでも人は争いに走るであろう。
 オタクの間でも派閥はできるし、主義主張の相違は時に激しい諍いが起こることもある。
 そもそも人は其々違うものであるし、他人を完全に理解しきれるわけもない。
 だがそれでも何か共有しあえるモノがあるならば…
 キッカケが必要なのですよ。何か小さなことでもいい。
 人と人が絆を育むための。
 我輩はそれをマンガに求め、その野望を実現するための朋友となる同志和樹と巡り会った。
 いや、巡り会えた、というべきか。
 そう。我輩たちの邂逅は必然であり宿命であったといえましょう…」
 とことん笛から口を離さないまま熱弁を振るう大志である。
 そんな彼を回りのメイドロボ達が熱で浮かされたようなように賞賛の声を上げる。
「ああ、偉大なる九品仏同志!百戦百勝の大将軍!」
「おお、敬愛する九品仏同志!我らの誇り、輝かしき英雄!」
「言ってることはわからなくもないんだけど、なんかスッゲー偏ってない!?」
「ていうか…あたしもちょっとウチのメイドロボについて、問い詰めたくなってきたわ…」
 頭を抱える浩之と綾香を置き去りにして、メイドロボ達は盛り上がっていくようだった。
「節制戦隊チョットマンの限定テレカをお与えになる九品仏将軍!」
「熱中戦隊ウォーレンジャーショー最前列席チケットを手配してくださる偉大なる同志!しかもレッドのサイン色紙付で!」
「イベント限定過疎レンジャー透明ストラップ!」

「あんたら物欲走りすぎ――――――――――!!」
「コリン…お前から見てもそう思えるのか…?」
「…まあ大体の事情はわかったが…」
 芳晴達の会話を右から左へと聞き流しながら、柳川は、メイフィアの方を向いた。
「俺、帰っちゃダメか?」
「帰んないでよアタシだってヤだよバカにつきあうの」
「バカが伝染しそうでイヤなんだが」

 相変わらず自分のこと棚に放り上げっぱなしというかとっくに手遅れっぽく。

「理事長…今回のことは単なる示威に過ぎません。ですが、我輩が現在どれだけの力を所有しているか……そのことは存分に理解していただけたことかと」
「私共に何を要求しようというのですか?」
 厳しくもなく、動揺も無く。
 ただ、少しだけ不思議そうな顔をしている秋子に、大志は少し微笑んだようだった。
「なに、難しく考えることはありません。我輩の邪魔さえしないで頂ければ、それでいいのですよ」
「邪魔って…一体、何をしようってんですか!?」
 横槍を入れてきた浩之に、やや斜めな視線を向けて大志は。
 フッ、と笑い。

「………………」

「いきなり煮詰まんないでくださいっ!てーか!何も考えて無かったんですかい!!?」
「そんなことはないっ!そんなことはないぞぉ!
 ………えーと、うむ、何せこの学園のメイドロボの総数は20万以上!この数だけでも単純に脅威だ!
 おお!これだけ人手があれば我輩自らサークル巡りをせずとも目当ての本を確実にゲットできるではないか!素晴らしい!」
「…待て綾香帰るな。気持ちはわかるが帰るんじゃない」
 げんなりした顔をして無言のまま踵を返しかけた綾香の袖を、自分も似たような顔をしていることを自覚しつつ浩之は掴んだ。
「いや。だってあたし関わりたくない。アレはなんかデンパの国の人だもの。
 ていうか特撮オタ軍団?48時間耐久ビデオ鑑賞に付き合わされるのはもうイヤよっ」
「そんなことやってたんかいセリオ…」
 ちょっぴり虚ろな目をしつつ子供のようにイヤイヤと首を振る綾香。なんかちょっとトラウマになってるっぽい。
「まあほらあれだ、ウン。
 とりあえず元凶を力いっぱい殴りボコれば当座のトラブルは解決するっていう法則というか歪んだお約束とかが」
「歪んでるんかいっ」
 とりあえず楽しそうにのたまうイビルに軽く突っ込むメイフィアである。

「それとあれだな、コピー本の製販も人海戦術であっという間に二十万部」
「コピー本で二十万部なんてコストがかかってたまらんわいっ!」(×200以上)

 その大志の発言には浩之達ばかりか操られている筈のメイドロボ達まで一斉にツッコミを入れた。

「…貴方は誰です?」
 一人、総ツッコミに参加していなかった秋子が、不思議そうに大志にそう言った。
「は、何をおっしゃいますか理事長。我輩は九品仏大志…」
「ええ。でも貴方は私の知っている九品仏先生ではありませんね。…誰です?」
 静かだが、その口調にはまったく容赦が無かった。
 厳しくもなく、むしろ穏やかに、しかし何か抗し難いものを感じさせる口調で、秋子は言った。
「私の知っている九品仏先生は、もっとバイタリティ溢れる方です。
 二十万のメイドロボを意のままにできるとあれば、新しい玩具を与えられたやんちゃな子供のように次から次へとトラブルを巻き起こし、全校生徒を巻き込んでハチャメチャにムチャクチャな事をしでかす。そんな人です」

 本気で容赦なかった。
 こっそり、柳川が小さく拍手するほどに。

「何よりも、九品仏先生は良かれ悪かれ、本当に、魂の真髄からの、本物の同人野郎ということです。
 こと同人に関する限り、あの方のやることには一分の隙もありません。
 だから、コピー本で二十万部発行とか泥縄なことを言いだすわけがないんです。
 少なくとも、雪音さんたちにいつまでもそのままの格好をさせておかず、コスプレくらいはさっさとさせちゃうような方なんです。ネコミミとかブルマーとか。
 …さあ、貴方は一体、誰なんです?」
 そのままヒタと見据える秋子に気圧され、大志は――これもまた大志には有りえないことだったが――口をつぐんだ。
「皆さん」
 答えない大志から視線を外さないまま、秋子は一同に呼びかけた。
「このようなことは私としても残念なことですが…実力を以って、九品仏先生を取り押さえていただけないでしょうか?」

 きゅっ、と僅かに秋子が、唇を噛むのが見えた。

 奇妙な静けさがあたりを包んだ。
 秋子は命令しているわけではない。
 それはどこまでもお願い――懇願であった。

 平和的な手段で、大志が矛を収めるわけがない。まして今の大志は(普段の大志をまともといってよいかどうかはともかく)普通ではない。
 メイドロボット達は、操られているだけである。
 だからこそ、手を出すのはためらわれた。後味の悪さを覚えずにはいられない。
 願うほうも、受けるほうも。
 でも、それでも。

「別にどうでもいいんだが」
 しゅっ、とネクタイを緩めながら柳川が一歩だけ、前に出た。
「ウチのメイドが、ヘタな笛のせいで苦しんでるんでな」
「そうね。あんな出来の悪い助手でも、一応助手だし」
 軽いため息をついて、メイフィアが肩を竦める。
「…マルチとセリオをあんな辛い目に合わせて…どんな事情があるか知らないが、それを見逃すなんて、俺にはできないな」
「セリオは…まあアレだけどね。右に同じ」
「やっぱ当事者を殴らんと終わらんお約束か〜」
 浩之と綾香とイビルが拳を握りながら前に出てくる。
「…ちょっと戦力不足という気もするけど…バランスはそれほど悪くないかな。ユンナさんや江美さんもいてくれたら心強いんだけど」
「あたしがいるじゃない。それにどーせなら柏木家の人たちとか祐介君とかいてくれたらもっと楽できるんだけどー」
 他の一同に祝福を与える芳晴と、やや口を尖らせながらもそのアシストをコリンが務める。

 自信満々というわけではない。
 雪音がいる以上、メイフィアやイビルの魔術、芳晴のスペルはそう簡単には通じないだろう。
 HM-12の運動能力は人並みではあるが、マリナのように戦闘データを読み込みリミッターを解除すればその戦闘力は侮れない。数こそ少ないが、HM-13は量産型とはいえ基本性能はセリオと同等。サテライトサービスを介してデータロードし、容易に綾香に匹敵する戦闘力を発揮することができるだろう。まして絶対数そのものが違いすぎる。
 一旦引いた方が戦術的には正しいのかもしれない。が、こちらが準備を整える時間を持つことは、相手にも時間を与えるということである。時間が経てば経つほど、状況は悪くなる一方だろう。
 それに、他の生徒や教職員もこの混乱の中、それぞれ事態収束のために学内のあちこちに散らばってしまっている。今、この場にこれだけのメンバーが集っていただけでも、僥倖かもしれなかった。

「なら――先手必勝!」
 そう言って、無謀にも正面へイビルが飛び出した。止める暇も有りはしない。
 ウダウダ考えるのは、イビルの性には合わなかった。
 だが単純猪突に見えて、実は無策というわけでもなかった。
 疾走と同時に、イビルの身体を包み込んで数重かの炎の輪が回転を始める。うかつにイビルに手を出せば、炎の守りによって手酷い火傷を負うことになるだろう。
 それを見て取ったマリナが、モップを片手にイビルの前に飛び出した。躊躇無く突きの構えを見せる。
 と同時に電光のような速さと鋭さで、炎の輪の隙間を貫くように棍がイビルに襲いかかる!

 タン!

「…!?」
 虚をつかれ、マリナは愕然と頭上を見上げた。
 背中の翼を広げ、紙一重で棍の一撃を交わして空中へ逃れると同時、イビルは炎を呼んでいた。
 最初からバカ正直に200体ものメイドロボの群に突っ込むつもりはない。
 ただ、そう思わせて意表を突き、チャンスを捉えることがイビルの最初からの狙いだった。何より、相手には飛び道具はない筈である。
 雪音の反応も僅かに遅れていた。

 いける。

「くたばんな!」
 先の一撃の数倍はあろうかという炎がイビルの手の先で膨れ上がる。
「甘イデスネ」
 硬い、明らかに男性的な声がした。

 キュドドドドドドドドドドドドッ!!

「のわあああああああああああああああああ!!?」
 周囲で連続する爆発でもみくちゃにされ、イビルはバランスを崩して失速した。墜落寸前でなんとか体勢を立て直し足から着地する。

 ドンドンドンッ!

「なっ、なんだってんだコリャ!?」
 炎の守りのお陰で直撃こそしていないものの、このまま長く保ちそうもない。
 連続する衝撃と爆音と爆風と爆煙に翻弄され、数瞬、イビルは自分の置かれた状況さえ満足に把握できなかった。

「止めなさい!」

 滅多に聞かないメイフィアの怒声と共に、彼女が放ったのであろう破壊衝撃波がイビルの視界から煙を払い飛ばした。

 かうんっっつ!!

 こもった、鈍い音。
 そしてイビルはようやく相手を見た。
 メイフィアの魔術の直撃を喰らいながら、さしてダメージなど負っていないのは明らかな、やや不恰好で無骨な、一応人型のロボットを。

「あ〜〜〜っ!?」
 思わず素っ頓狂な声をあげて相手を指差して。

「えっと…誰だったっけ?こう、あとちょっとで思い出せそうなんだけど」
「メカ英二デスッ!!!」

 何やらブライドが傷ついたらしい声を上げて、メカ英二が抗議の声を上げる。

「ソリャ、最近ハ出番モナクテ、用務員ノ仕事ニ追ワレテイマシタガ!ダカラッテ忘レルナンテアンマリデスヨ!?」
「すまん、俺もすっぱり忘れてた」
「だって出番ないしー」
「あんなのいたっけ?」
「私も…覚えがないんですけど」
「理事長…アナタがそれ言っちゃシャレになりませんって」

 しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく。

 何やらむせび泣いている(らしい)金属塊を見やって、メイフィアは頭をかいた。
「…でも、アンタいつの間に湧いたの?」
「最初カライマシタ!九品仏同志ノ輿ノ後ロニ!!」
「…嘘だろ?全然気づかんかった」

 ぷつっ。

 シミジミと、呟いた。柳川の呟きが止めとなった。
「37564モード発動ッ!!」
 手足のフィンガーミサイルから眼ビーム、鼻バルカン、口ファイヤー、膝ドリルミサイル、胸元のレトロなリングレーザー、そして股間の中華キャノン(仮)まで、メカ英二の全ての武装の封印が解かれた。
 昭和メカゴジラちっくにガイキングのフェイスオープン?

「往生シテクダサイ!!」
「うわわわわっ!?」
 瞬間、メカ英二本体が爆発したように炎と光が吹き上った。同時にメイフィアが何とか障壁を張る。

 ズドガアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッ!!!
 やけくそのような大量のミサイルと火炎と銃弾とビーム砲が、メイフィアの障壁を激しく叩く!

「キャ…!」
 その全力斉射を、辛うじてメイフィアは持ちこたえてはいた。
「あらら…メカ英二さんのミサイルって、普段は派手な煙と音だけで殺傷力は無いんですけど…かなり本気に殺る気満々ですね」
「呑気に講釈たれてる場合ですかっ!そう何度もこんなの持ちこたえられませんよあたしゃ!」
 かなり本気で泣きの入った悲鳴を上げるメイフィアである。
「秋子さん…何か、対抗策とか弱点とかないんですか?アレ?」
「弱点…」
 そう浩之に問われ、少し秋子は考え込んだ。
「…メカ英二さんは生徒間で揉め事が起こった時にそれを調停することも目的として製作いたしました。
 そのためどのような過激なツッコミを入れられても万全のように、セラミックと流体金属とスペースチタニウムの複合装甲に対ビーム用の鏡面処理を施し、アンチマジックスペルの呪紋処理もバッチリですから、単純な力押しだけでは耕一さんやティリアさんでも破壊することは不可能ですよ。バリアシステムだって持ってますし☆」
「………それって、もうどーしよーもなさげに聞こえるんですけど」
「はあ。それは困りましたね」
「うわー殴りてぇ」
 何とかメイフィアの障壁内まで逃げてきた、煤まみれのイビルが思わずうめく。

「あーっはっはっはっはっは〜〜〜!そんなこともあろうかと、らぶりーぷりちーエンジェル・コリンちゃんには必勝の策ありぃ!」

「ああっもうダメだ!」
 頭上から聞こえてきた脳天気な声に、即座に芳晴が頭を抱えた。
「むぅ。またしてもアタシをバカにして芳晴のやつぅ〜〜〜。まあいいわ、あとでキッチリ話つけてやるから」
「モガモガガ〜〜〜〜〜!!?」
 爆煙と舞い上がった土埃で、上空にいる筈のコリンの姿はすぐには見えなかった。
 だが、聞き覚えのあるくぐもった悲鳴だけで、メイフィアは気づいた。
 気づいてしまっちゃった。

「さあっ!アンタのかわいいスケ(死語)の命が惜しかったら、今すぐその神田川納涼花火大会なコトはやめてホールドアップしてくれなさいお願いします!」
「もご〜〜〜〜っ!もご〜〜〜〜〜〜〜!!」

 強気なんだが弱腰なんだかよくわからないコリンの脅迫に、保健室から拉致されてきた舞奈がボールギャグ嵌められたままで非難の声を上げる。
「アンタはそれでも天使か――――――――――――――――!!!?」
「あははははー、勝てばよかろうなのだー、なのだ♪」
「すいませんメイフィアさんすいませんあやまりますごめんなさい!!」
 思わず結界を解いて上空に向って怒鳴るメイフィアに、芳晴土下座しまくりである。
 そんな下界の様子など気にもせず、手足を拘束されたままの舞奈を楯に、空からコリンはふよふよと近づいていった。
「へっへっへっ、さ〜あコイツの命が惜しかったら…」

 ちゅど〜〜〜〜〜〜ん!

 一瞬の躊躇もなく、流れミサイルがコリン(&舞奈)を撃墜した。
「うあ。すっごい自業自得って感じ」
「メカ英二さん切れてたからねぇ…見境なしだわこりゃ」
 浩之と綾香は、黒焦げになってピクピク痙攣しながら転がっている二人に、手を合わせた。
「なむあみだぶつなむあみだぶつ」「なんみょーほーれんげーきょー」
「うう…せめてアーメンにして〜〜」
 でも、結構余裕ありそうなコリンであった。
 と、そのコリンの隣でもぞっ、とやはり黒焦げになった舞奈が身を起こした。
 今の爆発で自由になった手足の調子を確かめ、ボールギャグを外す。
 そして、レンズが吹き飛び縁だけになったメガネ越しに、冷え切った視線をメカ英二に向ける。
「…お・に・い・ちゃ・ん?」
「ひいいいっ!?」
 何やらメリケンサックのようなものを拳に装着しながら、なんというか、『殺ス笑み』を浮かべて舞奈はメカ英二ににじり寄った。反対に、一気に暴走状態の狂熱から覚めたメカ英二はズリズリと後退する。
「うふ。えふう。うふふふふ…」
「ア、アハ、アハハ…」
「うー、ふー、ふー、ふー、ふぅ〜〜〜」
「ア、アう、アバワウウウ…」
 笑って誤魔化そうとして、笑い声にならない引き攣った声を、メカ英二は上げた。
 ニッコリと、笑ってこちらを見ている舞奈と視線を合わせて。

「…アアッ、持病ノ癪ガッ!!」
「ダッタラ私が楽にしてアゲマス永久ニ!!!」

 ずぱああああああああああああああんんんっ!!!

 炸裂する滝ライダー・パンチ!!
 メリケンに仕込まれたショットガンの弾丸が程よい感じだ!!!

「…マインも、切れるとあそこまでやるのかな…?」
「マルチは…そんなことしないとは思うけど…思うけど…」

 更に舞奈が何処からか取り出した釘バットで、防御力には定評があるはずのメカ英二をボコボコにするのを見ながら、男二人はそれぞれ、何があってもアイツを怒らせないようにしようと、そっと心に決めたという。

 まあ、それはともかく。

「ええい者共、やってしまえぃ!」
「イ――――――――――――――――ッ!!」

 業を煮やした大志の号令の下、メイドロボ達が戦闘員チックに動き出した。もっとも先程のメカ英二の無差別乱射の流れ弾に巻き込まれ、半数近くが吹き飛ばされたり瓦礫の下敷きになったり黒焦げになってピクピク痙攣してたりするが。
 それでも、100体以上の数が残っている。
「一人20人近くのノルマってトコだな」
「あっさり言うわねイビル…あたし達はちょっと下がりましょ」
 自分同様、かなり魔力を消耗しているだろうに軽口を叩くイビルに、メイフィアは苦笑しながら下がるように言った。多少不満そうな顔をしながらも、やはり疲労を感じていたか、案外素直にイビルも指示に従う。
「…まあ確かにあたし達はこっち方面の専門家だけど…ちょっときついかな」
「でも、この状態だと逃げるのも簡単にはいかないだろうしな」
 自分たちを半包囲したまま、何故か距離を置いているHM−12・13の群れを見ながら、浩之と綾香は油断無く身構えた。
 と、二つの人影が二人の前に進み出てくる。
 やはりというか、それは雪音とマリナだった。
「…なんか…性格悪いよな。マルチとセリオの姉妹ってだけでも手を出しづらいのに。更に顔見知りだと、な」
「こーゆーとこが、やっぱり九品仏先生らしくないかな?」
「さて。これがヒーロー物の王道だ、って嬉々として企みそうな気もするが」
 雪音がすっ、と僅かに重心を落とし、片足を少し引いて軽く左手を前に構える。その構えともいえない軽い構えに僅かな既視感を覚えて、綾香はムッ、と下唇を軽く噛んだ。
 セリオとの組手の時、時々セリオが使う格闘データ。
 来栖川綾香自身のデータである。
「ほんっっと、性格悪い!」
 舌打ちしつつ――綾香は不意打ち気味に距離を詰めた。その勢いを殺さず牽制の左ジャブを打つ。
 かわされてもブロックされても構わない。その間にローキックで相手を止めて、上下に打ち分けて隙を作る。大まかにそんな組立を狙っていたのだが。

 すっ――

 牽制のジャブを肩口で滑らせ、雪音は自分から距離を詰め密着してきた。とん、と自分の脇腹に雪音の拳が触れる。

 ―――!!?

 本能的に危険を感じ、頭で考えるより先に綾香の身体は動いていた。

 スダンッ!
 雪音の足元で、激しい音が鳴った。

 強烈な踏み込み。
 作用と反作用。
 零距離での寸打――

 細切れの単語が綾香の脳裏で駆け巡る。

(この――!)
 かわした。
 完全ではなかったが、とにかくかわした。
 痛みを堪えて、脇腹から拳を滑らせ、逸らす。その動きはそのまま雪音の背後に回ることになった。
 相手の右肩の関節を捕らえ、左足の踝を踏み抜く。
 ガクン、と前のめりになる雪音の右手を取ったまま、そのまま捻りつつ体重をかける。
 このまま折ることもできるが、しかし――
 そこで綾香は躊躇した。
 そこまでしたことはない。公式にも、非公式にも。
 
 半瞬にも満たない空白。
 それで雪音には十分だった。

 ゴッ!

「ッ…!?」
 後頭部に蹴りが入り、その衝撃で綾香の手が緩んだ。その瞬間、スルリと雪音は腕を抜き綾香から距離を置く。
「…いくらロボットだからって、今のはちょっと関節に負担がかかりすぎるんじゃないの?」
 片足立ちで海老反りに、自分の肩に張り付いた綾香の頭部に蹴りを入れるという柔軟性は人間離れしている。いくらロボットでも人間を模したヒューマノイドタイプは、その関節の可動範囲は人間のそれと大差ない筈である。三原則に一つ、自己保全を無視した戦い方だった。
 もっとも不自然かつ無理な体勢での攻撃だったため、威力は今一つであったが。
「セリオ姉様は自分の機体を苛めるような戦い方はなさらないでしょうね」
 先程と同じ構えをとりながら、平然と雪音は言う。
「捨て身の強さは認めるけど?」
 同じ構えをとり、綾香は少し眉を寄せた。
「あたしはそーいうの、嫌いだな」
 雪音は返答せず、眉一つ動かさなかったが。
 僅かに苦笑したような気配を綾香は感じていた。
 綾香と雪音がそのまま膠着状態に陥っている一方で、浩之VS.マリナの方では激しい攻防が繰り広げられていた。
 正確には、マリナの攻撃を必死になって浩之が逃げまくっているという表現が正しいが。

 ビュビュッ!
「のおっ…!」
 機械的な、そして機械ならではの精密な突きの二連撃を避け、浩之は大きく距離を開いた。
「ったく…ホントにこいつ、マルチなのかよ?」
 肩で息をしながら、思わず愚痴を浩之は漏らした。そんな浩之を全く変化のない顔と瞳で見つめ、無言でマリナもモップを構える。
「…………」
「?」
 無言だが、微かにマリナの唇が動いているように見えて、浩之は何か不審なものを感じていた。
 が、その不審はすぐに当面の問題にとって代わられる。
 12型の基本性能はその試作機――HMX-12・マルチと同程度である。つまり、運動能力そのものは決して高くはない。マリナの攻撃にこれ程の冴えがあるのは、戦闘用各種データのロードと、安全設計上設けられたリミッターを外し、性能限界ギリギリまで機体を酷使していればこそである。
 そんな状態が、それほど長く続くわけがない。続けて良いわけがない。
 浩之は鈍く痛む腕をさすった。
 幾度かかわしきれずに腕でモップを受け止めたため、恐らく服の下は青痣になっているだろう。
 自分の方も、それほど余裕はない。

 ピュッ!

 足元を狙った右からの一閃を浩之は跳んでかわした。
 同時にモップの先を踏みつける。

 ガシッ!

「!!」
 モップを蹴飛ばされ、マリナは素手になった。慌てて腰に挿したハタキに手を伸ばすが、
「このっ!」
 ハタキを掴んだマリナの手首を浩之は掴んだ。もう片方の手も掴み、そのまま力ずくで押さえ込もうとする。当然マリナも全力でそれに抗い、両者はそのまま拮抗した。
(…やっぱ…やりにくいよな)
 浩之の動きには、最初からキレがない。
 頭ではわかっている。今、目の前にいるこの娘は、マルチではないのだと。
 この娘は自分の意志を失い、操られているのだと。
 マルチのためにも、この娘を救うためにも、大志の持つ笛を何とかしなければいけない。
 そのためには、操られて邪魔をするこの娘を倒さなければいけない。
 それがわかっていても、なお。
 浩之は、迷っていた。
「…………」
「えっ?」
 ほんのかすかにマリナの唇が動いて、なにか聞こえたような気がした。
 思い出してみれば、さっきからずっと、この娘は何かささやき続けていたようでもある。
「……イ……」
「……?」
 意外な膂力を見せるマリナに、少しでも気を抜けば掴んだ手を振り払われそうであった。
 それでも浩之は、無表情な顔で呟くマリナの声に耳を澄ませた。
「…サ……ゴ…」
「メ…サイ……」
「ン…ナサイ……サイ」
「ゴメ……サ…ゴ…ン…ナサ…」

 ゴメンナサイ。

 ほとんど聞き取れないほどか細い声で、その言葉をマリナは繰り返していた。
 それだけを、延々と繰り返していた。

 ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。
 ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。

 ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。

 ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。
 ゴメンナサイ。

 ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。

 ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。

 ごめんなさい。

「…こっ…」
 泣きたい気持ちになった。
 そしてそれ以上にこみ上げてくるものがあった。
 怒りがあった。
 
 初めて、今初めて、大志に怒りを覚えた。

 なんてことしやがる。
 なんてことしやがる…!

 どすっ。

「ぐ……!」
 マリナの膝蹴りが鳩尾に入り、思わず浩之は身体を屈めた。
 息が詰まる。
 自由になったマリナは素早くハタキを振り上げた。
 だがそれを浩之目掛けて振り下ろすより早く、手が伸びた。

 がしっ!

「……!?」
 地面に屈みこんだ浩之の頭越しに、柳川はマリナのメイド服の胸元を掴み、そのまま無造作に吊り上げた。マリナも必死に抵抗するが全く意に介さず、柳川は叫んだ。
「綾香、よけろよ!」
「えっ!?」

 反射的に振り返った綾香の視界一杯に、学園お仕着せのメイド服の青色が広がっていた。
「ひゃうっ!?」
「マリナさん!?」

 どすっ!

 思わず頭を抱えて伏せた綾香の上を越え、投げつけられたマリナを雪音は辛うじて受け止めた。だがその衝撃に抗しきれず、バランスを崩しよろめく。
 その時にはエルクゥならではの素早さで距離を詰めた柳川は、二人を己の射程距離内に納めていた。

 ズガッ!!

 一片の迷いも遠慮もなく、柳川は二人に回し蹴りを叩き込んだ。
 人間態のままでも乗用車のドアくらい平気でブチ抜くエルクゥの蹴りが、二人をボールかなにかのように軽やかに飛ばす。

 バサバサッ!!

 20メートル程離れた、本校舎沿いに設けられた植え込みに二人は一緒になって叩きつけられ、そしてそのまま地面に伏した。
 ――ピクリとも動かない。

「俺を誰だと思ってるんだ?」
 半包囲の輪を縮め、しかし明らかに動揺しているメイドロボ達を冷たく視線で一撫ですると、柳川はまるで何も障害物など無いような無造作な足取りで、大志の方へ歩き出した。
 ギリギリと、鬼化してゆく両手の爪が人間ではなく肉食獣のそれに変わってゆく。
「まさか、俺が善人だなどと思ってるんじゃないだろうな?」
 スッ、と一斉にしかける気配を見せるメイドロボ達を気にした様子もなく、柳川は言った。
「俺に敵対する奴は許さん」
 そして、強張った顔の大志を睨む。
「皆殺しだ」
「――かかれ!」
 大志の命令に従い、残ったメイドロボ達は四方八方から柳川一人に殺到する。いかにエルクゥといえど、一人でどうにかできるものではなかった。

「メイフィア!」
「風よ!」

 柳川が地面に伏せるのとメイフィアの応えは同時だった。
 彼女はいつの間にか最初の位置から右手の方へ移動している。
 柳川のところに集まったメイドロボ達をまとめて狙える位置へと。

 ゴッ――――――――――――――――――――――――!!!

「ガ―…」「ヒ―――」
 残りの魔力全てを振り絞って構成した横殴りの突風が、メイドロボ達を紙人形のように吹き飛ばし、あるいは地面に転がらせた。
 その暴風はほんの5秒ほどでピタリと止まる。だがその時には大志の身辺には3体のメイドロボしか残っていなかった。他の者は単に転がされただけにしろ、大志からは5、60メートル程は引き離されてしまっている。
 そして。

「…我が力を無敵のものとなさしめたまえ。我が力を永遠のものとなさしめたまえ」
「がはあっ!?」

 天空から降りてきた、涼やかな声に大志は苦悶を上げた。
「あ〜あ。悪魔のあたいが聖職者の手助けなんてねー」
 イビルに抱きかかえられて空中からスペルを唱えていた芳晴は、彼女のさして深刻でもないぼやきにほんの僅か口元に笑みを浮かべた。
 が、すぐにそれを引き締める。
「アドナイ、御身、とこしえに褒め称えられ、栄光に満ちる者の御力によりて。…アーメン!」
「オゴッ…!!」

 詠唱が大志を包み込むように幾重もの魔方陣を描き出した。
 そして光の文様は大志を中心として次々に収束してゆき、大志を…いや、大志にとり憑いたモノを縛り上げてゆく。。
 だが、弱りながらもなお、ソレは杖を手放さない。

「理事長の指摘通りなら、大志は何かに取り憑かれたんだろう。
 …なら、最後の切り札はエクソシストの芳晴に決まってる」
 地面に片膝をついて座り込み、土埃まみれでボサボサになった髪を指で簡単に梳きながら、少し疲れた声で柳川は呟いた。
「…何もかも計算どおり、ってわけですか?」
 パタパタとスカートの埃をはたきながらの綾香の問いかけに、柳川は首を横に振った。
「作戦考えるヒマなんてなかった。全部、いきあたりばったりさ。その割には皆、結構息が揃ったが」
 笛の音が乱れているためか、即座に反応はしてこないがそれでも立ち上がってこようとする何体かのメイドロボを視界に留めて、警戒しつつ柳川は立ち上がった。
 同様に周囲に気を配りながらも、綾香はやや含みを持たせていう。
「メイフィア先生のこと、結構信用してるんですね?」
「…あいつはこす狡いからな。俺があいつらを引き寄せたら、何か悪知恵めぐらすだろうことは容易に予測できる」
「ほほーお」
「そーいうわざとらしい相槌はうたんでいい」
 憮然とする柳川の横を、浩之が無言で通り過ぎていった。まだ芳晴のスペルに抵抗している大志の方へ走っていく。
「…浩之?」
 通り過ぎる横顔に、普段見られない何かがあったような気がして綾香が不安な声をあげる。
「まあ大勢はもう決してるが…もう一押しが要るかな?なら、あいつに任せてもいいか…?」
 大して気にもしていない様子の柳川の呟きを耳にしつつ、綾香は浩之の後姿を見やって。
 即座に自分もその後を追った。
 それを見送り、柳川はなんとなく溜息をついた。浩之の態度に、何か思いつめた雰囲気を感じないでもなかった。それが綾香にも漠然とした不安を感じさせたのだろうが…。
 柳川は校舎の方を見た。
 先程、自分が蹴り飛ばして機能停止させた雪音とマリナの様子を、秋子とメイフィアが看ていた。
 いや、二人だけではない。
 笛の音が乱れ呪縛が弱まったせいだろう。
 多少、おぼつかない足取りながらも校舎からマルチとセリオが秋子達の方へ歩み寄っていた。その後に小野寺が続く。
 そしてその中に、マインの姿もあった。
「……………」
 エルクゥの、卓越した視力はマインがどんな顔をしているか、見たくも無いのによくわかる。
 もう一度、溜息をついて、柳川は眼鏡を外した。
 それで、視界は少しぼやけてくれた。

 無論、手加減はした。蹴る方向も。蹴った先に、少しでも衝撃を緩和させるものがあることも。
 雪音とマリナは単にマインの友人というだけではなく、自身とも多少は関わりがあった。
 罪悪感とか。そういったものが皆無というわけではない。
 だが、それは簡単に無視できるほどの、ささやかなものにすぎなかった。
 たいしたものじゃない。
 ほんの僅かに歪んだ、あんな顔を見ることに較べれば。
 何故だろう。
 今、この時だって、やっぱりあの二人に強い罪悪感など感じはしない。なのに、あの、少しだけ、悲しそうな顔をさせてしまったことに。
 どうしようもなく。

 どうしようもなく。

「歪んでる。…わかってるのにな」
 苦く小さく呟いて、柳川は肩を竦めると歩き出した。
 とりあえず…叱られるために。


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