私立了承学園
a class in Biology:「生命の本質」

(筆者注:今回は7割方元ネタから引用なので、落ちが予測できちゃった方は読むの止めちゃってくださいな

「あたし、天井ね。」

「んー私は・・・黒板の裏かな?瑞穂は?」

「えっと・・・床?」

「あ、それちょっと新しいかも。祐君は?」

「うーん・・・・今日はなんとなく、窓からじゃないかと思うんだけど・・・・」


一週間で最もダレがちになる、木曜日の朝。
僕らはまだ頭にこびりついている眠気を追い払いつつ、雑談に花を咲かせる。


朝の話題というものは、他愛の無い物であるほど、眠気を払いやすいものだ。

たとえば、今朝の天気の事。
次の週末の事、次の連休の事。

たとえば、今朝の朝食の味付けの事。
今日の昼のお弁当の事、今晩の献立の事。

目玉焼きにかける、醤油派とソース派、それぞれの主張。
あんぱんの、つぶあん派とこしあん派の対決論争、等々。

そして今朝は、「1時間目の先生の出現ポイント予想」が、何を賭けるでも無しに
てらてらと交わされている。


他愛も無い、ごく普通の会話。
そんな会話をするのが、あたりまえになった。

誰もがやっていて、でも、少し前の僕には全く縁が無かった朝の風景。

ちょっと前までは、前に誰かと会話を交わしたのが何時だったか、忘れるぐらいの
僕だったのに。




キ―――――――キュルルルル・・・・・



「あ、来た来た。」

「え、どこどこ?」

「・・・窓の外、だよ。長瀬ちゃん、正解だね。」

果たして瑠璃子さんの指摘どおり。
窓の外には、なにやら高波長音を響かせながら、ふよんふよんとホバリングする
ホバークラフトに乗ったガチャピン先生がいた。

・・・・・ばすーん・・・ギュンギュギュ・・・・

ホバリングにあわせて軽快にゆらゆら体を揺らしながら(何か歌っているらしい)、
とんとん、と触手で窓をノックする。

「・・・香奈子ちゃん、窓、開けてあげて。」
「はいはい。」

一番窓のちかくの席に座っていた香奈子ちゃんが窓を開けると、さっきまで耳に
ついていた高い音が更に大きくなる。

・・・・-ロルロロやっつけるーんだズババババーン!っと、どもー。」

「わっ、わっ!ガチャピン先生、バイクごと乗り入れないでください!床が痛みますから!」

「大丈夫大丈夫。週末に改造して、前よりも格段に安定性が上がってますから、床を擦ったり
しませんよ。絨毯の上だって使えます。」

香奈子ちゃんの抗議の声にちょっと自慢げに答えながら、ガチャピン先生は窓から教室に
入ってきた。

「へー。これ、どんな原理なんですか?」

「ミノフスキーフライト機です。ちょっとうるさいのが難点ですけどね。」

「燃費も悪そうですね。」

「あー、それも課題ですねー。」


「男の子(※)って、みんなこういうの好きだよねー。」

(※:沙織ちゃんを始め、多くの生徒はまだ
ガチャピン先生を男性だと思っているのだ。)

ガチャピン先生と会話を交わしながらホバーバイクの各所を覗き込む僕を見て、
沙織ちゃんが苦笑する。まあ沙織ちゃんにしてみれば、ミノフスキーだろうが
アダムスキーだろうがあまり関心の無い事だから、こういう反応も仕方が無い。

僕がいまだにPiaキャロットとHoneyBeeのパフェの味を区別できないのと同じ事だ。



「さてさて、長瀬家の皆さんは中間考査も一段楽した事ですし、ちょっと先に進むのはやめて、
今一度、基本の基本を再確認してみる事に致しましょう。今日のお題はこちらです。」

教卓の横に折りたたんだホバーバイクを立てかけると、ガチャピン先生はカツコツと、チョークで
黒板に文字を書く。ただ2文字。


『生物』


それだけ書いて、ガチャピン先生は僕らの反応を一人一人確かめるように、教室を見渡した。

「「「「・・・・・・?」」」」

僕らが反応に困っていると、ガチャピン先生は改めて、その隣にもう2文字、漢字を書いた。


『生命』


「今日は皆さんに、これについて考えていただきます。講義の名称にもなっている通り、基本の基本。
私は仮にも生物教師ですから、当然皆さんに生物とはどういうものであるか、知ってもらわないと
お給料を貰えません。では最初に・・・はい、新城さん。生物とは、何でしょう?」

僕らの戸惑いを楽しみながら、ガチャピン先生はぴっ、と触手を指示棒のように伸ばして、
沙織ちゃんを指名した。

「え!?・・・・え、えーっとぉ・・・・生物、生物は・・・・・・・生きている物、って事ですよね?」

かなり壮大で漠然とした質問に、沙織ちゃんはうろたえながら、とりあえずそんな事を言ってみる。


「はい、世間一般の便宜的な意味では、それで正解です。・・・が、これで授業を終わりにして、
私が『今日は生物を教えました』と校長に伝えても、おそらくお給料は出ないでしょうね。
せっかくの授業ですから、もう少し、突っ込んで考えてみましょうか。」


ふよんふよんと左右に触手をしならせながら、ガチャピン先生は今度は瑞穂ちゃんの方を向いた。

「では、藍原さん。その生きている状態とは、どういう状態の事でしょう?」

「はい、ええと・・・生物は呼吸をし、それによって体内でエネルギー生産を行います・・・それから、
食物を食べたり、根から吸収したりして、代謝活動を行っています・・・」

ちょっと自信なさげだけど、瑞穂ちゃんは一言ずつ確認するように、ガチャピン先生の質問に答える。

「はい、大変結構です。呼吸と代謝。生物によってその方法に違いはありますが、この2つは皆さんが
知っているどの生物も行っている事です。つまり・・・」


満足そうにクンカクンカと上体を前後に揺らし(頷いているらしい)、ガチャピン先生は教卓の横にある
ホバーバイクに触手をかける。

「このバイクも、生物なのです。」


「「「「はぁ?」」」」


まともっぽく進んでいた論旨が一気に飛躍したので、瑠璃子さんを除く僕たち4人は、非礼ながら
思いっきり気の抜けた声をあげてしまった。


「・・・・あの・・・まさかそのバイク、ほんとに殻のある宇宙生物ってパターンじゃないでしょうね?」

「いいえ、このホバーバイクは全て無機物で組み立てられた物ですよ。
そういう意味では、普通の車やバイクと何ら変わりません。」

香奈子ちゃんの懐疑的な質問に、ガチャピン先生は楽しそうに答える。

「ですが、まずこのバイクの主な動力源は電気ですが、通常はこの車体側面とフロント部分につけてある
パネルで光エネルギーを受け取り、充電を行います。さほど精巧な物ではありませんがAIも搭載していまして、
バッテリー容量が足りない場合は、自動でプログラムされているガレージに戻って、ケーブル接続で充電します。
更に補助バッテリーとして、メイドロボットにも利用されている燃料電池による発電システムも搭載しています。」

ここまで聞いて、僕もだんだんガチャピン先生の言いたい事が解ってきた。

「どうですか?このバイクは酸素や光を吸収し、それをエネルギーに変換して動いています。
駆動系はもちろん、ナビシステムのデータ保存も、AIの書換えや成長もこのエネルギーを利用して行います。
このバイクは、呼吸をし、ご飯を食べ、成長し、代謝をしている。つまり、生物である。
そう考える事ができますよね?」

「「「「うーん・・・」」」」

絶対そんなはずは無いんだけど、こういう風に説明されると、ちょっと反論に困ってしまう。
僕が返答を思案していると、さっきから静かに隣に座っていた瑠璃子さんがすっと手を上げた。

「はい月島さん、何でしょう?」

ガチャピン先生に指名されて、瑠璃子さんは滑らかに、今日の授業初めての発言をする。


「赤ちゃんは、できないよ。」

「・・・・え?」
「あ、そうか。そうね。」

首をかしげる沙織ちゃんを他所に、香奈子ちゃんがぽむ、と手を打つ。

「生物は呼吸や食事や光合成なんかの代謝エネルギーを利用して、交配したり、分裂したり、
とにかく次世代を構築する事ができるわ。バイクにはそれは無理よね。」

「すばらしい!確かにそうでした。では、生物の条件にひとつ追加ですね。生物は、エネルギー代謝を
利用して、繁殖する事ができる・・・うん、確かにこれは、このバイクには無理です。」

つちゃつちゃと小刻みに触手を打ち合わせながら(拍手をしているらしい)、ガチャピン先生は
満足そうにそういうと、今度はバイクのシート部分を開いて、中に触手を差し入れた。

「ではそこで。もうひとつ、皆さんに見てもらいたい物があります・・・・よっ・・・と。」

通常、ヘルメットがひとつ入るぐらいしかない小さな空間から、ガチャピン先生は意外な物を
取り出して教卓の上に置く。

「生け花・・・ですか?」

「はい、見ての通り、生け花です。この間病院に行ったとき、片倉先生が作品展の練習用に
生けた物を頂いてきました。」

「へえっ、きれいだねー。いいなあ、こういう特技があるのって。」

沙織ちゃんが言うとおり、とても綺麗だ。特に派手ではないけれど、落ち着いた、
静かで趣のある雰囲気が伝わってくる。細かい種名はわからないけど、
アヤメ・ヤナギ・スイセンという取り合わせを見ると、春をテーマに構成しているようだ。

「それで祐介君、この生け花なんですが・・・・これ、生きているでしょうか?」

「え?そりゃ、生きている・・・でしょう?まだ葉っぱも花も生き生きとしてますし。」

ガチャピン先生の問いに一拍考えて、僕はそう答えた。でも・・・何か、質問に裏がありそうだ。

「でもですね、ここに生けてあるアヤメ科の植物は園芸用に交配させてできた種類でして、
花はつけても実も種もつけないんですよ。生まれつき不稔で、1代限りなんです。」

「う・・・・・・」

「アヤメ科の植物は、交配親和性が高く、種内交雑等によっていろいろな変種・亜種ができます。
ヒオウギアヤメというアヤメの仲間がありますけど、これは人為的に交配させなくとも、自然界に
たくさんの変種が存在しています。植物にはこういう変種は結構多いですし、植物以外にも、
雑種で1代限りの動物って、いろいろ存在しますね。」

ガチャピン先生がカチョカチョと教卓の下にあるスイッチを操作すると、黒板がスライドして
巨大な液晶画面が出現した。そこに、色とりどりの野生のアヤメの花の写真が映し出される。

「これが今行ったヒオウギアヤメの変種です。日本国内だけでも、いろんなのがありますね。
ちなみにこれ、全部、野生種です。」

生け花と画面を交互に見入る僕らを改めて見回してから、ガチャピン先生はてちっと手元の
スイッチを押す。画面上のアヤメの花の写真の横にパイクの写真がスライドしてきて、
その間に「=or≠」の記号が並ぶ。


「さあ、こんぐらかってきましたよ。呼吸をし、光合成をし、蒸散をし、春に芽を出して葉を伸ばし、
花を咲かせるこれらの植物は、生きているでしょうか?それとも、さっきのバイクと同じ理屈なら、
これらの変種は生物には含まれないのでしょうか?」

「うう、なんか揚げ足とられてるような・・・」

ノートに『雑種不稔』とメモしながら、沙織ちゃんががしょがしょと頭を掻く。

「はは、申し訳ないですが、さらに混乱させるような事を言いますよ。この生け花に使われている、柳の枝。
これは地面に刺しておくと、根っこが出てきて成長し、立派な木になります。その木はもちろん花をつけ、
交配もできます。クローン繁殖というやつで、これも自然界で普通に見られる繁殖法です。柳は枝を
積極的に落として個体を増やしていますし、枝以外にも根や地下茎などで増える植物はいっぱい
ありますね。」

楽しそうに説明しながら、ガチャピン先生は更に教卓のスイッチを操作する。
画面が切り替わって、いろいろなクローン繁殖の図が表示された。植物のほかに、牛や羊の
写真も写っている。カエルが表示されたときは、瑞穂ちゃんがぴくっとして僕に寄り添ってきた。

「クローン繁殖を考慮に入れると、状況さえ整えば細胞1個でも、呼吸をし、代謝し、繁殖できる事に
なります。先に上げられた生物の条件を、全て満たしている事になります。さきほど、生物は生きている物、
という意見が出されましたが・・・こうやって突詰めて行くと解るように、個体単位で我々が普段認識している
『生きている物』と、学問的に定義されるべき『生物』というものは、時々うまく一致しないんですね。」

ガチャピン先生はそこでいったん言葉を切ると、更にゆっくりと続けた。

「ちょっと、たとえ話をしましょうか。台所に、馬鈴薯が一個あります。土から掘り出されてはいますが、
ちゃんと芽が出始めていますから、まだ生きているといえるでしょう。その証拠に、この馬鈴薯を2つに切って、
畑に植えて肥料と水を与えると、ちゃんと2つの苗ができました。この苗も、クローンで増えた立派な生物で、
畑ですくすくと育って生きています。」

そこでまた言葉を切って、先生はたとえ話を続ける。

「さて昨日、不幸な事故があったとしましょう。交通事故です。飲酒運転の末に海岸沿いの道を爆走した車は、
ガードレールを突き破ってがけ下に転落。車は原型をとどめていません。しかもシートベルトをしていなかったので、
運転手は車外に放り出され、岩に叩きつけられながら、海中に消えていきました。
翌朝、海から上がったのは、無情にも彼の左腕一本だけ。ところが、現場に駆けつけたお医者さんがこういいました。
『この左手の細胞は、まだ腐敗せず、生きています。うちの病院の最新技術なら、クローン培養技術で彼を
復活させることができます。死亡届は、まだ出さないでください』―どうでしょう?理屈は、馬鈴薯と全く一緒です。
でも、彼は本当に生きているんでしょうか?植物と同じように、復活したと見なされるんでしょうか?」


「それは・・・やっぱり、植物と一緒って事にはならないんじゃないですか?例えそっくり同じ体が復元されても、
脳の細胞は全部別物になってるわけですから、それはもう別の人でしょう?」

「ですよね。アプトムみたいに、記憶も人格も全部復元されるならともかく・・・」

僕の返答に、瑞穂ちゃんが解り易い例をあげて同意してくれる。


「そう、そこですね。実際のところ私達は、普通、生物をそれぞれ個体単位で認識しています。
例え外見が全く同じ人間を複製する事ができても、脳が変わっていたら別人で、生き返ったとは見なしません。
このように、植物と動物の違いとか、またいろんなところで生死の境目の区別は変わってくるようです。

・・・・たくさん例をあげてきましたが、結局個体単位では、その生物が生きているのか、死んでいるのかという
区別は、非常にあいまいなんですね。脈が止まったときなのか、脳波が止まった時なのか、細胞全部が死滅した
ときなのか。そういえば、馬鈴薯は、いつ死んだとみなされるのか?畑から収穫した際?料理の前に芽を
全てくりぬいたとき?茹で上がった後?とてもあいまいです。」

一息に言って、液晶画面の表示を切り替えてから、ガチャピン先生は更に先を続ける。

「個体単位で見ていると、生きている状態と死んでいる状態、生物と無生物の区別ははっきりしません。
バイクは自転車より生物的ですし、ロボットはバイクより生物的です。そこで、生物を個体ごとに見るのではなく、
もっと小さな、細胞単位で見る人が出てきました。そして、細胞には必ず守られているひとつの決まりごとがあって、
それにしたがって動いている『機構』がすなわち生物である、と考えたんです。こうなると、『生命』、といった方が
よりしっくり来ますね。」

くりっと黒板の『生命』の文字をまるで囲んで、ガチャピン先生は表示が変わった液晶大画面に写っている
図を指し示した。

「これがその決まりごと、共通の原理を示した図です。遺伝子のDNA情報による、タンパク質の合成。
単細胞の微生物から植物、動物まで、全ての生命活動はこの機構に集約されます。この情報の流れは常に1方向で、
タンパク質からDNAが合成されたりする事はありません。つまり、生物とは情報伝達機関であり、情報が物質の構造
として維持、伝達される、というのが、現在の地球の生物学における共通認識なんです。」

「ふえぇ・・・・・」

沙織ちゃんが変な声を出す。僕はいまいちぴんと来なかったので、確認のために手を上げた。

「・・・・・えっと・・・・つまり、僕らは一人一人でひとつの生物ではなくて、無数の生命の集合体だって事ですか?」


「そういうことです。この、生命の本質となる原理の事を、中心原理―『セントラル・ドグマ』、と呼びます。」

カツカツと小気味良い音を立てながら、ガチャピン先生は黒板に大きく、中心原理、と書き出した。

「・・・・・・・・・・・あのー」
「はい、なんでしょう?新城さん。」

「その・・・・遺伝子の情報でタンパク質を合成する機構が生命としますと・・・その、別にタンパク質とか
塩基でなくても、例えばコンピューターの情報でどんどん自分の複製を作っていくロボットも、生命って
事になっちゃいませんか?」


びゅくるっ!!

酷くヤな音をたてて全身の触手を2.5倍ほど伸ばしきってから(驚いているらしい)、ガチャピン先生は
満面の笑顔で沙織ちゃんを称えた。

「すばらしいです、新城さん!!いや、非常に鋭い質問ですね、ありがとうございます。
そう、確かにそういう学説もあるんです。タンパク質のような有機体にこだわらずとも、
無機体にもそのような機構が成立しうるであろう、と。」

「へーえ、凄いですね。」

「タンパク質合成を学説の中心に据えている『セントラル・ドグマ』に対し―、この無機生命に言及した学説の
原理説を、『パシフィック・ドグマ』と呼びます。 ・・・最も、実はまだまだ主流ではないので、今日は省略しようか
と思ってたんですけどね。」

「主流ではない、というのは?」
「多様性ですよ。」

香奈子ちゃんの問いに、ガチャピン先生は簡潔に返答する。

「遺伝子情報とタンパク質の複製による、セントラル・ドグマが説明する有機生命は、情報伝達と合成の過程で
いろいろな多様性―更に言うと、進化を生み出します。遺伝子情報が偶然組替えられたり、合成にエラーが
起きたり、不安定で複雑なだけにいろいろな種に分岐し、絶滅、進化を繰り返して今日に至っています。
ところが、無機生命においてはこういった余地がありません。」

「そうね。金属とか鉱物って、ちょっとやそっとで変質したり、合成されたりしないものね。」

「例えばさっきロボットの例が出ましたけれども、例え原料から完璧に自己複製するロボット機構を作ったとしても、
この機構が進化や多様性を生む事は、まず無いと言われています。それゆえ、パシフィック・ドグマは支持が少なく、
ずっとマイナーな位置付けで今日まできています。結局、机上の空論だと。」

ちょっと残念そうに、ガチャピン先生は説明する。でも、理屈は良く分かった。
確かに、進化も多様性も無い複製だけで生命なら、ただのコピー機も生命になってしまう。

「ですが・・・・もっとエネルギーの収支が格段に大きくて、何千億年という長い長い時間があれば、
無機生命にも進化・多様性が組み込まれることもありうると考えている人たちもいるのです。」

「な、なんか壮大な話だね、祐君・・・。」
「うん、でも、無機生命の方にも、有利な点はあると思うよ。変質しにくいって事は、寿命が長いって事だし。」

「その通りです。変異や淘汰が起きない原因でもあるのですが、見方を変えれば無機生命の寿命や生命力は
有機生命の比ではありません。ですから、もし前述の進化と多様性の問題がクリアになれば・・・
無機生命・機械生命は、未来においてはるかに高い可能性を持っていると言えるのです!!」

「宇宙空間とかでも平気ですもんね。確かに時間スケールを大きくしてみれば、無機生命のほうが
はるかに優れているとも言えますね。」

「このような側面から学会では以前から、『人気のセ・実力のパ』と称され、毎年秋には双方の激しい対立論争が
繰り返されてきました・・・・・ですがここ数年は、どうも情勢が変わってきた感じもあります。」

「あ、なんか新聞で見た気がします。どっちも人気が無いって。」

「そうなんですよ・・・どうもねえ、ずーっと古参の派閥が幅を利かせて、みんなそこに頼りきってるもんですから、
すっかり狭い一部の競争になっちゃって、有能な人がどんどん他の学派に離れてしまってるんですよね。
それなのに、肝心の各学説の方には、対策としていろいろ変わろうと言う姿勢があんまり見受けられなくて
ですねぇ・・・なんか最近は、一部を除いてすっかり冷めちゃってるんですよ。」

「うーん、正直僕、あまり興味を持ってなかったんですけど・・・ちょっと寂しい気もしますね。」
「私も、昔はパを応援してたんですけどねぇ・・・・やる気が見えてこないんで、最近は新聞でチラッと
見るぐらいですね。」

「あ、あたしもなんかで読んだ気がする。もう一つにまとめちゃおうかって言った人もいるとか何とか。」

「でもそれだって、別に大した考えがあっていってるんじゃないみたいよ?」

「学説じゃない部分の争いに躍起になってる感がありますよね・・・・」

「現場で頑張ってる人が可哀想だな・・・」


きーんこーーんかーんこーんーーー・・・・


「私は、現場にも随分甘えが蔓延しているように思ってるんですよね・・・っと、そろそろ時間ですか。
では、今日はここまでと言うことで。あ、こちらの紙に、今日の授業の感想とか、もしくは現状の論争
解決について自分の思う事など、いろいろ自由に書いてください。簡単でいいですからね。」


ガチャピン先生はしばらく待ってからメモ用紙を回収し、今度は廊下から、ホバーバイクを小脇に抱えて
職員室に帰っていった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「あの・・・・・ガチャピン先生、ちょっとよろしいですか?」

「はい、なんでしょう校長?」

「今日の講義の報告書なんですけど・・・・内容は、生物、でしたよね?」

「ええ、そうですが。」

「この、備考欄に書いてあるのは?」

「ああ、それは講義の後に書いてもらった、各生徒のコメントですよ。」

「は、はあ。」

「?それが、どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもありません。ちょっと私、不勉強みたいですね。コメントの意味が分からなくて・・・
自分で、調べてみます。」

「そうですか?もし、興味がおありでしたら、私もいくらかお力添えできると思いますけど。」

「あ、はい。でも、いったんはちょっと自分で調べてみますね。」


生物の講義内容も、自分が習った頃と随分変わったようだ。
こんなコメントでいちいち専門教員に聞いてまわっていたのでは、校長として恥ずかしい。
学生が受けている講義の内容についてぐらい、ちゃんと自分で調べなくては。

そんな自戒を含めた考えを胸に抱きながら、神岸校長はちょっとの空き時間を利用して、
図書室に足を運ぶ事にした。

(指名打者制の廃止ってなんだろう?外国人枠の撤廃って?
下部リーグ降格枠の設定って言うのは?いまの高校生物って、随分専門用語が多いのね・・・・)


安易に人に聞かず、自分でまず調べる。
基本だが、とても重要な事を実践できる神岸ひかり校長は、職員にも生徒にも、皆に好かれている。



(あとがき)

ごめんなさい。(←とりあえず謝ると言うのはずるいと思います)

時々、やりたくなるんです。いろいろ煮詰まったりすると。
こういう、「全員ボケ、つっこみ無しSS」。
西国の方にはとくに読みにくいかも。

ホントは、もっと多妻部の授業っぽい案いろいろ考えたんですけど、
なんかどうも書いてて乗れなくって。
カンフル剤として書いたのが、こんなんなっちゃいました。

「このSSには、一部に真実が含まれている場合があります。」って落ちに
しようかと思ったのですが、それはそれであまりにもそのまんまなんで
ちょっとだけ申し訳程度に捻り。でも基本的にはやっぱりまんまです。
普通の授業で面白くするのは大変です。教師って大変な職業だと思いました。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「こ、今回のネタってあれ? あさ○よし○お?」(^^;

セリオ:「『DNAからRNAへと塩基配列が転写され、それからタンパク質へと翻訳される。
     この情報の流れは一方向で、生体内では逆になることはあり得ない』
     フランシス・クリックが1958年に提唱したこの一般原理を
     分子生物学の「セントラルドグマ」と言います。
     しかし、1970年に、ある特定のウイルスではRNAとDNAとの間に
     逆転写の現象が発生することがハワード・M・テミンらによって……」

綾香 :「――って、こらこら。ちょっと待ちなさい」

セリオ:「はい? なんですか?」

綾香 :「なんですか? じゃないでしょうが。
     なによ、いきなり小難しい講義を始めちゃって。
     一体何事?」

セリオ:「えっとですね、ガチャピン先生に対抗しまして、
     わたしもこの辺で少し知的な面を匂わせておこうかと思いまして。
     このままでは『ボケボケ』『お笑い担当』で定着してしまいそうでしたので」

綾香 :「いや、それはもう手遅れでしょ。
     例えどんなに知的を装ったとしても……ねぇ」

セリオ:「て、手遅れ!? わたし、もうギャグ系キャラで決まりなんですか!?」

綾香 :「そうだと思うわ。
     と言うよりは……」

セリオ:「言うよりは?」

綾香 :「何を今更。まだ自覚してなかったの?」

セリオ:「ガーン」

綾香 :「『ガーン』とか擬音を直接口に出してる時点で完璧に手遅れよね、うん。
     少なくとも、昔のセリオのようなイメージには戻れないと思う、間違いなく」

セリオ:「……うううううっ。えぐえぐしくしくえぐえぐしくしく」




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