《2》


 裏庭…というか半ば植物園じみた森の中を、二人の子供は走っていた。
 理屈ではない。全ての生物が生まれ持って備えた危機感知の感覚が命じるまま、二人の少女…というより幼女は懸命に走っていた。
 だが木々が茂り足場も悪い森の中では、さほどスピードが出せるわけもない。
 それでも二人が今だ逃げていられるのは…それは、『追っ手』が自らの絶対的な優位を確信しているからであろう。
 だがその逃走劇も、もうすぐ終わる。
「――あっ…!」
 二人の内の一人、メガネにお下げ髪の子が足をとられ転びかける。隣の、こちらはショートカットで活発そうな子が慌てて手を伸ばしたが――転倒は免れたものの、今まで走ってきた勢いに持ちこたえることができず、結局は二人揃ってヨロヨロとへたり込んでしまった。
 一度止まってしまうと、それまで無視していた体の疲労と体力の限界が一気に押し寄せ、その二人の子供たち…双子の姉妹は立ち上がることはもう、できなかった。
「なるみ…」
「くるみ…」
 互いの名を呼び合い、しかし乱れた呼吸はそれ以上の言葉を紡ぎだすことは困難で、二人はただ、唯一自由に動かせる目だけで周囲を見回した。
 しん、と静まり返った森は、二人の荒い呼吸以外に音を立てるものはなく。
 清々しい、とさえ表現できそうな光景しか存在しない。
 だが。
「「上っ…!?」」
 光が翳った、と思うより早く、音も無く何かが二人めがけて――

「はっ…!」

 寸前、一気に十数メートルの距離を跳び、柳川の爪が空間を裂いた。
 だが『UNKNOWN』は物理法則を無視した動きで柳川の攻撃をかわし、同時に視界から消え失せる。
「大丈夫か?」
 そう声をかけつつ、柳川は獲物を追う狩猟者の目で周囲を見渡す。しかしその鋭敏な感覚を以てしても姿を消した相手を容易には発見でき――

「――なっ」
 全身の産毛が逆立つような感触とともに、柳川は身を縮めた。同時に音も無く黒い影が一瞬前まで彼の頭が占めていた空間を通過する。
 音もなく。
 気配も無く。
 目にも止まらず。
 それを辛うじてかわせたのは、エルクゥの勘としか言いようが無い。
「――!」
 身体を捻って躱すと同時・そのまま止まらず柳川は肘を繰り出した。
 それが何か、掠る。
(触れるのなら――)
 柳川は、まだ止まらない。
(倒せる!)
 右足が弧を描く。相手はようやく柳川の頭上を飛び越えた、その閃きの間の攻防はまだ終わらない。
 相手からすればやや上方から浴びせられた蹴りは、そこから更に軌道を変化させた。だが『UNKNOWN』は空中で停止し、浮遊したまま回転してそれを躱す。
「まだっ!!」
 地面についた右足を軸に左廻し蹴りが放たれた。大ぶりの攻撃の後は隙が出来る、という相手の予想を完全に裏切る、常識外の速度で。
 閃きが、終わる。

 ぼふっ!!

 軽い音と感触と共に、その黒い影は飛ばされた。木立の間に蹴り込まれ、その姿は再び消える。
 だが、相手に大したダメージを負わせることはできなかったと、柳川は完全に理解していた。
 今の蹴りはかなり本気だったが…その威力が何かに相殺される感触があった。
「…柳川様!?」
 たったっ、という軽い足音がして、ようやくマインが追いついて来た。ヘルメットのつもりか、頭に被った両手持ちの鍋がユーモラスではあるが、今はそれを笑い飛ばす余裕は無い。
 ふ…う。
 両肩を上げ、下ろす。呼吸を整える。余分な力を抜く。
 ただ、周囲に知覚の網を広げてゆく。
 冷静になれ。いや、なる。
 そしてゆっくりと、自らの内にいる、鬼を解放してゆく。
 冷酷に・残忍に・凶悪に。
 ただ、獲物を狩ることだけを考える。
 俺は、狩猟者なのだから。

「柳川様…コレヲ」
 双子を庇いながら、マインが差し出してきたものを何気なく柳川は受け取った。
 それは、バッファローの紋章が施された、緑色のカードデッキ。

「なんで俺が緑色の牛ライダーなんだっ!?」
 冷静さをあっさりほっぽりだして喚く主人に、マインはやや怯んだ様子を見せたが。
「デ、デハ金色ノ蟹ライダーカ、アト紫色ノ蛇ライダー…」
「そーいう問題じゃない!ってーかお前、何考えてる!?」
「今コソ変身ノ時!」

 まあ、今までの流れはライダー物によくありそうなシチュエーションではあるが。

「自信満々に断言するなこの特撮ヲタろぼ子!」
「アアッ!?デモココニハ鏡ガアリマセン!」
「いやだからそーいう問題ではなく!こんな玩具で何をしろと」
「デ…デハ、この黄色ト黒の携帯電話ヲ!!」
「……お前が悪ライダー好きだってのは良くわかった!だから、黙ってこいつら連れていけ頼むから!」
「おじちゃん…もしかして泣いてる?」
「なんか…辛いことがあったんだよ、きっと」
「柳川様…私、イツカきっと、立派なマグ○ギガに」
「ならんでいい!つーかなるな!それとお前等からみれば仕方ないかもしれんがおじさんって言うな!俺はまだ若いんだ!!」

 もはや、このやりどころのない怒りをよく分からない『UNKNOWN』にぶつけることだけを考えて、柳川は拳を握った。

「うーん。気持ちはすっごくわかるけど、そのくらいの子から見たら20代後半なんてリッパな『オジチャン』よ?気持ちはすっごくわかるけど」
「…………」
 自分が謎の影を蹴り飛ばした茂みから、少しだけ痛そうに左手を抑えたてガサゴソと出てきたルミラを、柳川はただ黙って見つめた。
「あー。それにしても柳川先生、さっきかなり本気で蹴ったでしょ?あたしくらいになると自然に纏ってる魔力だけでちょっとくらいの攻撃は緩和できるんだけど…ほら見てよココ、赤くなってるでしょ?あ、くるみちゃんなるみちゃん、やっほ♪」
「モ、申シ訳アリマセンルミラ様、御主人様ガマタ御迷惑ヲ」
「あれー?ルミラのおば…」
「おねーちゃん!おねーちゃんだよね、ね、くるみ!」
「…オ知リ合イ、デスカ?」
 にこやかな笑顔のまま一瞬目を紅く光らせたルミラと、まだ自分の後ろに隠れて出てこようとしない双子とを見比べて、マインは首をかしげた。
「うーん、まあね。その子たち、誠君の知り合いでね。ほら、誠君、ペド傾向あるから」
「…………ソウダッタンデスカ?」
「そうよ〜。さくらちゃんとかー、あかねちゃんとかー、エリアとかー、フランソワーズとかー、あとみーちゃんとか見ればわかるでしょ?見事に一つの傾向が示されてると思うんだけど」
「…アア…思ワズ納得シテシマイソウデス…」
 実はナチュラルに妻以外の名前も挙がっていたりするのだが、誰もそこには気づかなかった。
「お前たち…じゃあ、誠に会いに来たのか?」
 そういえば見学者二名とか言われていたなと思いつつ、柳川は尋ねる。
 その問いに、二人は同時にこくんと頷いた。
「お兄ちゃんたち、おうちも引っ越しちゃったから…」
「でも、すぐ近くだっていうから…まこ兄に会いに来たの」
「そっか…二人ともさびしかったのね」
 うんうん、と頷くルミラの頭を、やはり頷きながらガッシと柳川は掴んだ。
 そのまま、握りつぶしながら聞く。
「で?そこでなんでお前に襲われなきゃならんのだ!?」
「あっ、いた、へるぷっ、ってちょ、ちょっと本気で痛いわよ!?」
「…ったく侍女が侍女なら主も主だなお前等!?そーいうところ、メイフィアそっくりだよお前!っていうか感化したかもしかして!?」
「違うわよ!メイフィアは私のところに来る前からリッパにメイフィアだったわ!」
「…まあ似た者同士ということか…」
「出会ウベクシテ出会ッタンデスネェ…」
「こういうの…ウンメイのデアイ、っていうのかな…」
「お姉ちゃん…それ、かなりヤなウンメイだと思う」

 その言葉にうんうん、と柳川とマインは頷いた。

「頷くなー!てーか痛い、マジ痛い潰れる割れるもれる〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「痛くしてるんだから当然だな」
「横暴!残虐!鬼畜!メガネ!サド!目つき悪いぞヤクザ!放しなさいよスペ○マニアー!!」
「……グーで殴ってもいいか?」
「ごめん許してだから放して」
「…ったく」
 不満気に、しかしそれでも柳川はかなり本気で握り潰そうと力を込めていた指をルミラの頭蓋骨から外した。

「ロボットさん。すぺ○まにあーって、どーゆー意味?」
「…………申シ訳アリマセンガ、ソノ御質問ニハ御答エカネマス」
「えー?なんでー?」

 ――という背後からの会話は聞こえなかったふりをして、柳川は頭を抱えてフラフラしているルミラを半眼で見た。
「で?結局どういうことなんだ?」
「ううっ。――あたしだって、色々あるのよ。辛いのよ寂しいのよストレスたまるのよー!」
「だからって幼女襲うな」
「…………」
 少し真面目な顔をして、ルミラはやや芝居めいた仕草で腰に手を当てた。そのまま軽く柳川を睨んでくる。
「貴方にも少しは責任あるのよ?」
「――どういう意味だ?」
 はあ、と軽く息をついて――ルミラはその非のつけどころのない、端正な顔に疲労の影を見せた。
「私は…今更言うまでもないけど、デュラル家の当主よ。
 だから、当主だから、当然配下への責任もある。
 その責任を疎かにするつもりは毛頭ないし、私にとってあの娘達は部下であっても一つの…人間流の表現を使えば、家族の一員だって思ってる。お互いにね」
 つい、とルミラは視線を逸らした。
「私達はずっと…何百年も一緒に暮らしてきた。魔族にとっても、それは決して短い時間ではないわ。それぞれ一長一短あるし、色々と頭の痛い揉め事を起こしてくれることもあったけど…まあ私もいい当主であったか、なんて言われるとちょっとアレなとこもあるし。
 でも、そういったことも含めて……私達は、いい関係を築いてきたと思う。
 絆、ってヤツかな?ちょっと、自分のこととして使うと照れくさいっていうか大仰な気もするけど。
 けど…うん。やっぱり私はあの子達のことを、大事に思ってるし、面映いしこういうのって自分で言うことじゃないけれど、あの子達も同じ気持ちだと思う。普段ケンカばっかりしてるたまやイビルにしてもね。だから」
 不意に間を挟み、ルミラは黙って自分の言うことを聞いている柳川の、自分よりやや斜め上にある顔を見つめた。
「…あら?」
「どうした?」
「あ、いや…なんでもない。話、戻すわね」
 僅かに赤面しているようにも見えるルミラは話を再開した。
「だから、私は…あの子たちには幸せになってもらいたい。
 その結果として…デュラル家、から、そう………。
 そうね。それでデュラル家から『卒業』しても、それはかまわないと思う。――エビルみたいに」
 今は城戸家の妻の一人となっている、無口だが決して無情ではない死神の名を、ルミラは口にした。
「まあ、すむ所が一緒じゃなくなって多少縁遠くなっただけだし。別に離れ離れになったわけでもないし。『デュラル家』という枠組みに拘って、個の幸せをあきらめるなんて、そんなこと私は許さない。
 古臭いかもしれないけれど、好きな相手と結ばれて家庭を持つっていうなら万々歳よ?
 だから、私はかまわない。みんなもかまわない。
 みんなの中では一番まともなエビルが嫁いでいって。
 一番働き者なフランソワーズが半ばは誠君の専属メイドになっても。
 そして、ちょっとズボラかもしれないけれど、実は結構しっかり者で年長者ってことで私の相談役にもなれる…ある意味、私にとっては片腕ともいえるメイフィアが、貴方のところに通い妻してるっていうのも…それはそれで構わないと思う。思ってる。
 でも……でもね?」
「な…なんでしょうか?」
「エッ敬語使ッテル!?」
 恨みがましい目を向けるルミラ。それに思わず引いてしまう柳川。何故か驚いているマイン
「…なんでこう、使えるヤツから売れていくのよ!?あ、使えるから売れるの!?そーなの!?
 イビルは単細胞で考えるより先に殴るというか燃やすし!ボーボー燃やしまくりよあの娘!?
 たまは猫だし!イビルもだけど家事はダメダメだし!っていうか柱で爪研ぐのヤメテよ!ボロボロになるのよ柱!?元からボロいアパートなのに!!
 アレイはまあまともだし忠誠心だけなら一番だけど、いまだに世間慣れしてないところあるしちょっとドジっ娘属性あるしでイマイチ頼りないし!!
 フランソワーズとメイフィアが半分しか役に立たないってことは生活環境が半分レベルに落ち込んじゃうってことなのよ!?わかる!?その辺!!?」
「うむ…情けないがそれは凄くわかるぞルミラ…」
 マインが来る前までの自分の生活を思い出し、深く深く同感する柳川である。
「分かってくれる?
 ……そんなわけで、とにかくストレスがね。溜まってね。
 ストレスたまると、何だか熟睡できてないし、お肌にも悪いしね。
 新鮮な輸血パックどころかトマトジュースにも最近は事欠いてね……もう、とにかく生活に疲れちゃって…」
「ルミラ……」
「それでつい、目にかかったカワイイ幼女に性的虐待を」
「いやそれ犯罪だから!」
「なによっ!私はただなるみちゃんとくるみちゃんに『さあ!私のお乳をお吸い!』と迫っただけよ片乳放り出して!」
「それは客観的に見て痴女としか思えんぞお前!!?」
「こわかったよ…なんだかよくわかんないんだけど」
「うん。なんかすっごくカナシイオンナのサガなのよって感じで」
「……スイマセン、私ニハ、ソノヨウナ心理、良クワカリマセン」

 わかんなくていいです。

「…とりあえずルミラ、シめてしまってもかまわないと思う人手を挙げて」
「はーい」
「その…怖いし…賛成…」
「…仕方…無イデスヨネ…?」

 民主主義(数の暴力)マンセー。

「あーら。…私をシめられると思って?柳川先生?」
「楽に勝てるなんて思っちゃいない。しかし接近戦なら俺が勝つ。必ずな」
 いかなヴァンパイアといえど、身体的な能力では鬼に分がある。それは推測ではなく過去の実績に基づく事実である。
 ――その筈である。
「本当に?」
 不敵に微笑んだルミラの顔が、微妙にぼやけたような気がした。

 ごっ。

「なっ……!?」
 寸前で僅かに身を捩ったものの、いきなり背後から耳の後ろを殴られ、柳川はよろめいた。
 体勢を崩した柳川に、容赦なくルミラの爪が振り下ろされる。
 避けられない、と判断して柳川は咄嗟に腕でその攻撃を受け止めた。

 ずん!!

「ぐっ!!?」
 予想以上の過重に、柳川の足元が陥没した。腕の布地が各所で小さく破け、更に頬に数条、浅く皮膚が裂かれる。
 単なる腕力だけの攻撃ではない。
(魔力によるプレッシャー…!?)
 高位魔族だけのことはある。発するパワーのレベルが、メイフィア等とは桁が違う。
「――シッ!」
 受け止めた手を跳ね除け、貫手を突き出す。だがそれはあっさり避けられ虚しく空を切った。
(まただ。また、ルミラの姿がぼやけた?)
 貫手を繰り出した瞬間、先ほどと同じ奇妙な感覚を受け、そして攻撃は避けられた。いや、思えばまだ相手がルミラと確認していなかった時から、この奇妙な感覚は無かったか?
 見えているルミラの姿と、受ける攻撃の方向に、微妙なズレがある?
 二度、三度と攻撃を繰り出し、それを悉く避けられながら、一方で柳川の心は奇妙に落ち着きつつあった。
 ルミラは確かに身軽だが、俺が対応できない程の速度をもっているか?――NO。
 目の前にいるルミラにいきなり背後を取られるほど、俺は鈍いか?――NO。だが実際に俺は攻撃を躱しきれなかった。
 なら、なにかペテンがある。

 バッッ!

 柳川は足元を蹴り上げた。森に積もった落ち葉、枝、土塊が舞い上がり・飛び散った。
「目潰しのつもり!?」
 それらを無視してルミラの右手が振り下ろされる。光を歪ませ空気を震わせる陽炎、強大なプレッシャーを伴って。
 だが柳川は毛ほどの動揺もなく、ただ見ていた。

 ガシャン!!

 砕けたレンズが木々の間から差し込む光を受けて、輝きながら飛び散った。
 吹き飛び、フレームの歪んだ眼鏡が足元に転がって、初めてマインは声を上げた。
「柳川様ッ!?」
「騒ぐな」
 ルミラの両手首を掴み正対した柳川はそれだけ言って、ルミラを見下ろした。
「認識撹乱…って奴か?幻像を使った目晦ましと目的は同じだが…一度嵌ってしまうと、ソレとはなかなか分かりにくい」
「どうして分かったの?――ああ、成る程。さっきのアレね」
 質問しておいて、一人で勝手にルミラは頷いた。先ほど舞い上がった砂塵や小枝が…何も無い所で跳ね返ったり、あるいは自分の姿を突き抜けるなりしたのだろう。あの一瞬で、冷静にそれを見極めたというのは賞賛するが、頭が廻りすぎて腹立たしくもある。
「どうでもいい。とにかく…その、お前の心境は理解できなくも無いが…色んな意味でマズいだろ、やっぱそれ?」
「そうね…やっぱりメープルシロップをかけあう仲から始めるべきだったかしら?」
「いやだからそれ犯罪…」
「でも……そっか。メイフィアって、実は面食いだったのかしら?」
「あ?」

 なにか、ものごっつ危険なものを感じた時は、大抵手遅れである。
 そんな誰かの格言っぽい言葉が脳裏を掠めつつ、やっぱり遅かった。

「そっかー。考えてみれば柏木姉妹の親類だもんねー。血筋かなやっぱ?」
「いや。お前。…何を?」
「柳川先生ってこんな顔してたのねー。メガネかけてるとこしか見たことなかったし」
「……余計なお世話だ。っていうかさっきから一体、何の話を…」
「ん〜〜〜?ふっふふ〜〜〜♪」
 目を紅くしたルミラの顔が一言毎に急接近してくる。真っ赤な唇から、チロリと舌先が覗いた。
「年齢的にはちょっとアウトなんだけど……おいしそう」
「なっ…」
 柳川の頬の切り傷から滲む血を、ルミラはペロリと舐め上げた。

 ぷしゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!

「うきゃっ!?」
「うわ!?」
 横合いからいきなり割り込んできたスプレーを容赦なく吹き付けられ、ルミラは目を瞬かせた。はずみで柳川も捕まえた両手首を放してしまう。

 ぷしゅっ、ぷしゅっ、ぷしゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

「わっ、なに、ちょっとやめてよ、うぷっ」
 ケホケホと咳き込むルミラにメチャクチャにスプレーを噴きかけながら、マインは強引に二人の間に割って入り、引き離す。
「マイン、それ…なんだ?」
「現場ハ森ノ中トノコトデシタノデ…防虫スプレーヲ」

 げふげほぶほっ!!!

「こ、こ、こ、この…」
 涙をぽろぽろ零しながら――彼女には催涙スプレーと大差ない効果だったのか――ルミラは口をもごもごさせた。ハンカチを取り出して鼻と口を覆いながら。
「この。――ううっ、気が利くメイドじゃないの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 なんかもー捨て台詞ひとつ吐く余裕もなく、重力を無視した身軽な動きでルミラは宙を飛んだ。一瞬で背中から翼を広げ、あっという間に空の彼方へと飛び去っていく。

「柳川先生…」
 背後からの呼びかけに振り向くと、ようやく現場に到着したラルヴァ達がなるみとくるみの姉妹を保護しつつ、物言いたげな視線を向けてくる。
 そんな彼らに、柳川は、言った。
「……結局、何だったんだ?一体?」
「イヤ、ソレハ私達ガ訊キタイ事デ…」
 と、ラルヴァ達を物珍しげに見ていたなるみとくるみが、おずおずとこちらを見上げてきた。
「あ、ありがとう…ございます。何だかよくわかんないけど」
「おじちゃん…顔から血、でてるよ?大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だから気にするな」
 その微妙な間が何か葛藤があったことを示していたが、とりあえずそれは乗り越えたらしい柳川はなるべく平然とそう答えた。
「その子たち誠の知り合いだそうだから、送り届けてやってくれないか?」
「ワカリマシタ、御任セ下サイ。――サ、コッチヘ」
「うん。ありがとおじちゃん。バイバイー」
「バイバイおじちゃん〜」
 三体のラルヴァに促され、もう手を振りながら立ち去っていく姉妹を見送って、ふう、と柳川は息をついた。地面に転がった、壊れた眼鏡を拾い上げて、言う。
「…メイフィアなら直せるかな?レンズの破片も拾っておいた方がいいかな…ってそりゃ無理か」
 そこで一旦間を置いて、そして当然いつもならここで返ってくる返事がこないことに、柳川は眉を軽く寄せた。
「マイン?」

 とさ。

 聞こえてきた軽い音に振り向いて、柳川は、積もった落ち葉の上にうつ伏せに倒れている、小さな少女の姿を見出した。
 その身体は、ピクリとも動かない。
「マイン…?」
 呼びかけに反応しないメイドロボの身体を揺するが、やはり応えは無い。柳川にとってはほとんど無に等しいほど軽い身体を抱き起こし、瞼を閉じた顔を覗き込む。
「マイン?」
 頬に手を添え、そこから温みが徐々に無くなっていっていくことに、柳川はそれが明らかな、しかも重大な異常であることに気づいた。
 生き物でも。機械でも。活動するものは熱を発している。即ち、活動していないものは熱を持たないという、至極単純な、事実。
 生き物であれば、熱を伴わない活動停止は、『死』である。
「…………」
 柳川は口を噤んだ。黙ったまま、腕の中にすっぽりと収まってしまいそうな、小さな身体を抱え込んだ。
 自分の顔が青ざめているだろうな、と、そんなつまらない事を、心の片隅で考えながら。

  * * * * *

「お待たせ」
 自分の声にゆっくりと顔を上げる青年を、小野寺は冷静に見つめた。
 来栖川エレクトロニクス了承学園別室の、どこか病院を思わせる白い清潔な廊下に設えられた休憩用のソファーに座った柳川が手にしている紙コップの中身は、全く減っていない。
 その隣に座りながら、さてどのように話を切り出そうか?と小野寺は頭を悩ませていた。
 隣を見る。
 少し乱れた髪、頬に僅かに残る、ほとんど完治している傷痕。いつもかけている眼鏡が無いせいか、微妙な違和感を与える。
 しかし、少し顔色が悪いことを覗けばなかなか端正な顔立ちだな、と小野寺は思った。子供(と妻)がよく見ている、特撮番組の主役くらいは張れそうな。
「どちらかといえばライバル役かな?」
「は?」
「いやなんでもないなんでもない」
 手を振ってごまかしながら、多少気分を落ち着けて小野寺は本題に入ることにした。
「一つ質問するが…君はマインがどうなったと思っているかね?」
「……何か、重大な故障かと。いきなり倒れたものですから」
 手の中の紙コップを弄びつつ、柳川は微妙に視線を逸らせた。
「感情の昂ぶりでオーバーヒートした時とか、スリープモードの時に似てるかな、とも思ったが…そんな時でも、頬は、温かかった。テレビなんかと同じで…それが冷たい、ってことは、動力から何から、完全に機能停止しているんじゃないかって」
「まああながち間違った観察じゃないがね…」

 バシャッ!

 中身が入ったままの紙コップが壁に投げつけられ、派手に飛沫を撒き散らした。その一部が多少こちらにもふりかかり、小野寺は顔を顰める。
「もったいつけは沢山だ。さっさと結論を述べてもらいたい」
 掠れて乾いた声。
 コーヒー色に染められた壁を見つめて、柳川はただそう言ってきた。
「別にもったいつけたつもりは無かったんだが…」
 両手を挙げて『降参』のポーズをとりながら、小野寺は言われたとおりに結論を述べる事にする。
「一言で言えばバッテリーの消耗による緊急停止。人間で言えば過労、といったところかな?」
「………はい?」
 この、バカみたいに呆けた顔を見るためだけでも、ここまで引っ張った価値はあるかな。
 意地悪さを自覚しながら、小野寺は務めて事務的な口調で説明を続けた。
「彼女の今日の記録を見せてもらったんだが…午前中はずっと、警備部の方で働いてたみたいじゃないか。何時もの5割増しくらいのペースで。で、昼食…というか昼の充電もせずにその、なんていうかルミラ先生のよくわかんない行動につきあって。走ったりとかしてるし。そりゃバッテリーも燃料電池も消耗するよ?」
「…………」
「なんか、疲れた様子とか無かった?各部モーターやアクチュエーターにも結構負担きてるし」
「…………」
 言われてみれば、昼食後、少しぼんやりしているような様子はあった。
 今更ではあったが。
「なんていうか…がんばりすぎるのが、HM−12の短所といえば短所なのかもしれないな。まあこれはお姉さんから受け継いだ本能みたいなもんだし、それあればこそのHM-12なんだが。
 ――だからそういう所はユーザーが気をつけてやんなきゃいけないんじゃないかな?」
「……はあ」
 一気に気が抜けた風な柳川に苦笑しながら、ポケットティッシュで顔や白衣に点々と飛んだ茶色の飛沫を小野寺は拭く。
「柳川君は、勿論ロボット三原則は心得ているだろう?人に危害を加えないこと、人が被る危害を見過ごさないこと。人の命令には服従すること。前2条に抵触しない範囲で、自らの身も守ること。
 今回の場合は、この第3条の自己保全より第1条の人命尊重を優先させた結果なわけなんだけど」
 丸めたティッシュをソファー脇のゴミ箱に放り込む。
「勘違いしている人が多いがね。三原則を作ったSF作家のアイザック・アシモフはロボットを縛り付ける枷として発想したんじゃない。これはそのまま人間にも当てはまる、道徳や倫理として三原則を提唱したんだ。
 噛み砕いて言えば、人命尊重は当たり前として、命令遵守というのは社会的なルールを守るということ、そして個人の、自らの尊厳を持つこと。
 三原則というのは、そういうことだよ。人として当たり前のことだ。
 そもそもウチのメイドロボにとって、三原則は『後から付け加える』ものじゃない。わかるかな?」
 返答を待って、相手が無言で、しかし明確にわからない、と目線で答えてくるのを確認してから小野寺は言葉を継いだ。
「マルチを作る時だけど…人のような心を持ったロボットというコンセプトは、特殊なようでいて実はある意味最もスタンダードなものだった。
 セリオや量産型のような普通のロボットであっても、そのAIにまず必要なものは、人間の言うことを理解することができる、ということだ。でなければその意に添うこともできないのだからね。
 そのために必要とする思考経路を構築するために、人間が作り出せるものは、結局のところ人間のそれを模倣したものにならざるをえなかった。
 それは当然だ。人間が理解できない経路で、どうやって人間が望むことを理解することができるものかね?
 そういった次第で…人間の精神構造というものを考察してみるとだね。
 拠り所、基盤となるものが必要になってくるんだ。その土台に人間は積み重ね、構築し、自らを作ってゆく。
 ではその基盤とは何か。それは幼少から身近にいる他の人間…親兄弟、家族、もう少し輪を広げれば対人関係だけでなくその生活環境…故郷であったり、祖国であったりする。
 そういった環境の中で人は次第に成長し、ルーツというものを認識し、そこに自らの経験を重ね…長い時間をかけて構築していくものだが、ロボットの場合はそうはいかない。
 ロボットは起動した瞬間からユーザーのために働くことができなければいけない。無論、最初は経験のない真っ白な状態であるとしても、ある程度の精神構造は出来上がっていなくてはならない。
 だから、三原則というものが必要になってくる。先も言ったように、これは社会的な活動を行う上で当然の心得だからね。
 ロボットは三原則に照らし合わせて、ユーザーの意向を理解し、それに則する行動を取ることが出来る。もう一度いう。三原則は枷じゃない。基幹なんだよ。
 まあ細かい性格付けというのは、それを基としてそれぞれの経験から派生していくものだが…」
 そこで長講釈を止めて、考え深げに聞いていた柳川の顔をマジマジと小野寺は覗き込んだ。
「どうしてあの娘は良心的な性格に育ったのかなぁ…」
「そういう問いかけもいい加減慣れましたが、正直失礼ですよね」
「わははは。いやまあね、私も親の一人としてはね、こう…色々と思うところがあるわけで。
 例えていうなら年頃の娘に彼氏が出来た時の父親の心境というか」
「…あのですね」
「まあ半分は冗談だけどね。…半分は、真面目な話だし。だから、まあ、なんというか…。
 今回のその、臨時協力員?そういった人事が行われなきゃいけない理由とかも含めて。
 ――娘に、あまり心配をかけさせるようなことは控えて欲しいな、と」
「それは――まあ…」
「あと、中身の入った紙コップを壁に叩きつけるようなこととか」
「…………す、すいません」
 とりあえず紙コップは拾いながら、柳川はきまり悪げに頭を下げた。

  * * * * *

「あのさぁメイフィア…」
「なんでしょうルミラ様?」
 目薬か何か貰おうと思って保健室に直行したルミラは、保健医であり長年の配下兼友人の装いを半眼で見つめた。
 白ウサ耳の赤バニーガール。茶系のタイツに包まれた脚はルミラから見ても美しい。
 でも、保健医の格好ではない。……普通は。
「赤バニーさんって、お嫌いですか?」
「いやそうじゃなくて。……コスプレ?」
「そういうわけじゃないんですけど…俺は、やっぱ黒バニーさんが正統だと思いますけどね」
 柳川の影に隠れて目立たないが、同じく保健室の常連である貴之が、のほほんと言ってくる。
「やぱーしバニーさん言ったら網タイツでー、網タイツ言ったら黒でー、つまりやっぱり黒バニーさんしかありえないっていうか、胸の谷間にライター差しておくのは基本だよね」
「あー、一理あるけど黒耳より白耳がいいと思うしー、髪の色とか考えると私には赤バニーの方が似合うかなーと」
「いやだから人の話聞いてよ。ねぇ」
「ルミラ様だったらどっちも似合いそうですよね?」
「聞けや人の話!」
「アー。ツマリデスネ?」
「胸のないバニーさんってバニーさんじゃないよねやっぱ」

 ぴき。

 その貴之の一言で、珍しく大ショックを受けたのか、性悪メイドロボの誉れも高い舞奈は固まってしまった。やっぱり赤バニー姿で。
「いやだから。あたしが訊きたいのはなんでバニーガールやってんのあんたがって事だけだから」
「はぁ。実は今朝、理事長からですね。なんか、警備部の方から医療方面でも苦情が出てるから色々と改善策を考えてみてくれませんかーとか言われちゃって。
 で、まあ、親しみやすさと男のリビドーとか考えて」
「リビドーは考えなくてもいいと思うんだけど…」
「いやでも白衣だけってのもマンネリになっちゃいそうで。時にはバニーとかチャイナ服とかも考えてみようかなーとか」
「……それあんたの私生活の問題でしょ?」
「まあそういわないでくださいよルミラ様ー。結構楽しいですよ?
 …と。じゃ、目薬でしたっけ?今、準備しますからそこに座っててください」
「わかった。…やっぱイザって時は頼りになるわね、メイフィアは」
「――それはどうでしょうね?」
 思いっきり人の悪い声に思わず振り向くと、そこには、何故か封印のツボを向けて黒い笑みを浮かべる魔女の姿が。
「――え!?」

 しゅぽ〜〜〜〜〜〜〜ん!!

「油断大敵、ですわねールミラ様♪」
『ちょ、ちょっと!?なんなの!?なんなのよ一体!?』
 ツボの中から聞こえてくるルミラのか細い声に、少し申し訳なさそうな顔をしながらも目がちょっと怖いメイフィアは応えた。
「……警備部の方から話は聞きましたよ。何やってんですか一体!」
 げっ、という声が微かにツボからもれてきたようであった。
「まったく。…夜が寂しいなら、言ってくださればお相手ぐらい務めましたのに」
「えっルミラさんとメイフィアさんそーなのっ!?」
 傍で聞いていた貴之がなにやらガチョーン、っぽいポーズで驚きを表現してくる。
『あたしは美少年&美少女が一番好きなの〜〜〜〜〜〜〜〜!!』
「…それならイビルとアレイで我慢してくださいよ。あの娘達もルミラ様のためだったらそれくらい」
「ええっデュラル家のみんなってそーなのっ!!?」
『き、気持ちは嬉しいけどでもちょっとそれはね…っていうか貴之クンっ、変な誤解しちゃダメよ!ダメだからねっ!!?』
「まあそれはともかくとしてですね…ルミラ様?やっぱり、人の男に手を出すなんて、良くないと思うんですよー」
 封印のツボにとりあえず嵌めたコルク栓にブっとい注射器の針を刺しながら、メイフィアは、あくまでにこやかな笑顔は崩さなかった。
『アレ?アレ?…なんか…メイフィア?ちょっと…物凄く嫌な予感というか…オゾマシイ臭いがするんですけど…?』
「大体ですねぇ。…耕一君の時もそうでしたけど、エルクゥの血って生命素が高すぎて、それが逆に悪いってわかってるでしょう?」
『い、いやでも、ちょっとくらい嗜む程度には全然問題ないし…まさしくお酒、それも美酒というか…あ、あ、味見くらい、いいじゃないかなー?って思うんですのよ、メイフィア?』
「わかりました。反省の色なし、と。…じゃあ、こちらも遠慮なくいかせてもらいます」
『うわ!?うわうわうわ、反省してる!反省してますってば!!だからちょっと、やめ、やめ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?』

 ちにゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。

 情け容赦なく、メイフィアは注射器の中身――ニンニクの絞り汁を注入していった。

『いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!ニンニクいや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!目に染みる〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!臭いがこびりつく〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!ていうか、死ぬ!死ぬる!!』
「死にませんよー。ルミラ様は真祖なんですからこれくらいじゃ。ただ死ぬほど苦しいだけで」
『うわ〜〜〜〜〜!!このサド女!裏切り者!あんた根性ババ色よっ!アンタの○○○と同じくらいドス黒いわよこのガバマン〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
「舞奈ー、あと溶液3リッター追加♪」
「カシコマリマシタ」
『うわ〜〜〜〜〜〜〜!!?ごめんやめて助けて死ぬいやマジで死ぬ〜〜〜〜〜!!?』
「いっそ死んでくださいなルミラ様」
「メイフィアさん…なんか今の言葉、めちゃくちゃ素のまんまって感じだったんです…けど?」
 ちらりとこちらを一瞥したメイフィアの目を見て、何故かそのまま尻すぼみに貴之は口を閉ざした。

 世の中には、知らずに済めばいいこともあるものだという。
 後に、この場にいなかった二人に、貴之はそう語ったというがそれはまた別の物語となる。

  * * * * *

「申シ訳ゴザイマセン。私ノ自己管理ガナッテナイバカリニ、余計ナ手間ヲ…」
「気にするな。というより、寧ろ謝るのは俺の方だろう。監督不行届きということで」
 本校舎に向かう道を、柳川とマインは言葉少なに歩いていた。
 お互い無口な性格であり、休日一緒の部屋にいながら何時間も言葉を交さずとも構わない、気心の知れた相手ではある。
 しかし今は何か会話を交さねばならない気がして、柳川が話題を探して頭を悩ませていると。

「眼鏡…新調シナイトイケマセンネ」
 珍しくマインの方から話題を振ってきた。
「ああ、そうだったな。…遠くのものが少しぼやけるくらいだから、つい気づかなかったが」
 いつもよりほんの少し違って見える風景に、少し柳川は目を細めた。
「…これを機会に、いっそコンタクトにするかな?」
「えっ」
「……何をそんなに驚く?」
 最近感情が昂ぶると人間に近い反応を見せるマインに――一方で、姉のようなドジが微妙に増えてきたような気もするが――柳川は胡乱な視線を向けた。
「何お前。俺は眼鏡かけてた方がいいのか?」
「え……ソ、ソノ…」
 無表情なりに、深刻に考え込む様子を見せて、そしてマインはこっくりと、小さく頷いた。
「柳川様…眼鏡、良く似合いマスヨ?」
「そうかな。まあどうでもいいことなんだが…」
 ふと、思いついて、柳川は尋ねてみた。
「お前は眼鏡かけている方がいいんだよな?」
「ソウ…ですね」
「ふむ。何故だ?」
「何故って…」
 また少し考え込んで、マインは少し小さな声で答えた。
「ダッテ…減っちゃいますカラ」
「何が」
「柳川様ノ…身に付けているモノを外す、楽しみガ」


 ………………。
 ………………………………。
 ………………………………………………………………。

「……お前さ……」
「ハイ?」
「えっち」
「エッ!?」
「えっ、ってお前。そんな、オトコの着ているものを脱がす楽しみだなんて、…やらしい」
「エ…エ?エエッ!?ええええええええっ!!!?
 ち、違いマス!わ、私の言いたいコトは、その、ツマリ…」
「俺を裸にする過程の楽しみ?」
「ワッ、わわわわわわわわ、ち、違いマスっ!私は、眼鏡トカ、上着トカ、ネクタイとか、身の回りノ御世話ヲさせて頂くメイドとシテ…」
「汚れ」
「ワ―――――――――!?」
「そうか…俺の責任とはいえ…あの清く純情なマインは、もういないんだな…」
「シミジミ遠くヲ眺めないでクダサイッ!」
 はあ〜ヤレヤレ。
 わざとらしく肩を竦める柳川である。
「…お嫌いデスカ?」
「え?」
 無理矢理感情を押さえ込んだ静かな声に、柳川は慌てて振り向いた。
 視線の先では、メイドロボが、無表情に俯いていた。
「えっちな…メイドは…お嫌いデスか?」
「え…いや…」
 やりすぎたことを悟って、柳川はエプロンの前で拳を作っているマインの手を取った。
 それは小さく、震えている。
「いやその…冗談。冗談だから。わかるだろ?
 だから、気にするな。な?」
「…………」
 少し顔をあげ、マインは、上目遣いで軽く睨んできた。
 体の震えは、まだ止まっていない。
「…意地悪デス。柳川様、……イジワルです…」
「いや、その――ごめん」
「…………」
 無表情に見えて、その実少しの怒りと、遠慮と、羞恥と、そしてその他色々な感情が複雑に交じり合った目が、ただこちらを見上げてくる。
 拗ねているようで、長いこと留守にして置いてきぼりにされた仔犬が、寂しさに耐えかねて甘えてくるような、そんな目。

 やばい。
 なんか、すごいやばい。

 何時の間にかそろそろと、お互い顔を寄せていることに気づく。
 右手が、マインの頬を添えられて。
 逃がさない。逃げられない。
 そして、そのまま――――






 がっしゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!

「だから誤解だ!俺は無実だあああああああああああああっっっ!!!」

 全ての雰囲気を台無しにして、ガラスの破片と一緒に誠が飛び降りてきた。
 そのままル○ン走りで脇目も振らず逃げ去ってゆく。

「待ちなさいまーくんっ!」
「うにゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜!待つのだまーくん!!」
「待ってください誠さんっ!あんな小さい子たちに、すっ、すっ、すっ」
「すぺ○まにあ、というのは教育上よろしくないかと思います」

 見上げると、本校舎の7階の窓が割れていた。
 更にそこから次々とさくらとあかねとエリアとフランソワーズが飛び降りてくる。

 ……まあ、何がどうなったのか、大体の事情の予想はついたので。
 そして、全てをあきらめて、柳川とマインは、ただもうそのまま誠達の追いかけっこを、生温かく見送ることしかできなかったわけで。

「誠…まあ元からそうだったが…だんだん人間離れしてきたなぁ」
「慣れって、スゴイですネ」

 いや、慣れですむ問題ではないかとも思うのですが。

  * * * * *

 余談ではあるが。
 柳川の臨時協力員という名の警備部出向は、その日だけで取り消しとなった。
 到底自分たちが使いこなせる人材ではないというか、自分たちの職務に対する考え方や方法にそれなりに考え直してみる必要を感じたというか。ともかく黒ラルヴァ達も、それなりに前向きに向かい合う姿勢を見せている。
 いつまで続くかは、わからないが。

「…サラさんと雄蔵さんもそろそろ身を固めることも考えてみたほうがいいんじゃないかな、って思うんだけど」
「うんうん。デューク先生とティリア先生もね。…ああでも、ティリアさん達の世界の結婚様式ってどんなのかしら?ちょっと調べてみないと」
「祐一さんや名雪たちもそろそろ真面目に考えなきゃいけないと思うのよね。注意を喚起しておかないと、挙式ということを忘れがちになっちゃいそうなところあるから。特に祐一さん」
「女の子側の方は結構考えてるとは思うんだけどね。…でもあかりも、いつになったら孫を抱かしてくれるのやら。無理強いは良くないけど、ちょっとくらい急かしてみないと。
 浩之ちゃんも、なんだか腰が重そうだし」

 だがそれよりも。
 結婚プロデュースの面白さに最近ちょっと目覚めたっぽい遣り手婆…もとい、学園二大巨頭。
 とりあえず適齢期の教職員をまとめてみたい・仲人してみたいお年頃。かもしれない。
 目指すは縁談100組成就。

 ……そういうことに喜びを見出してしまうのが、オバサン属性というものなのかもしれない。




<終われ>














【後書き】
 スーパー弁護士・北岡秀一(30歳)は仮面ライダーゾルダである!
『黒を白に変える弁護士』『仕事の腕は確かだが人間は最低』という悪評を欲しいままにするこの悪徳弁護士は、今日も「俺は自分のためだけに戦う。他人のための犠牲は美しくない」「ほんと、青臭いネェ!」と他のライダーを嘲弄しつつ、“永遠の命”を得て際限なき欲望を満たすという自分の願いのために戦うのだ!具体的には遠距離から強力な火器で不意討ち!ナイス卑怯!!
 子供の頃から友達いなかった彼の唯一の理解者は秘書である由良悟郎ちゃん(25歳)!腐女子狙いとしか思えない濃い関係を日曜の朝から撒き散らす、困ったホモカップルだ!
 そんな彼だが実は不治の病で余命幾ばくもないという秘密を持っている!
 そして自分が永らえるために他人の命を犠牲にする道を選びながら、少女のために病気の母親の手術代を匿名で出してやるという、悪に徹しきれない甘さを残している!
 結果として彼はその甘さ故にライダーバトルを放棄し、自らの死を受け入れ残った余生を心静かに過ごそうとするが、彼が最後の最後に選んだのは恋ではなく仇敵との戦いの決着をつけることだった…。
(以上、中○○司調でお読み下さい)

 いやー。改めて概略をまとめてみると柳川と被る被る俺的には(笑)
 子供受けは絶対しない=玩具の売上には貢献しないキャラだと思いますが。
 別な年齢層には大うけしたみたいですけど。
 えー、つまり何がいいたいかというと。
“もしもこのキャラが○○だったら”的みたいなー。
 悪徳刑事ということで蟹ライダーも捨て難いのですが。

 なお、ゾルダに力を与える契約モンスター・マグナギガは一応牛の筈だが外見的にはゴワッパー5のゴーダムがテッカマン(旧)のペガスを思わせるシルエット。若人置いてきぼりな例えだが。
 生物的にはあまり見えないモンスターの中でも一際ロボットとしか思えないマグナギガ。だがそのファイナルベント・エンドオブワールド発動時には全身至るところから砲門とミサイルポッドを展開し、その問答無用の一斉射撃は付近一面焼け野原。(以上、龍騎を全く知らない方のための説明)
 いややっぱ燃えるわなこういうの。

 しかしこういうのになりたいかマイン?
 マグナギガの後ろからゾルダが挿入、というギミックはともかくとして(待て)







 ☆ コメント ☆

綾香 :「柳川さんとマインがどんどん良い雰囲気になっていってるわね」

セリオ:「良い雰囲気と言いますか……甘い雰囲気?」

綾香 :「あの二人、何気にサラッと恥ずかしい会話とかしてるし」

セリオ:「そのうち、人目も憚らずにイチャイチャしたりするかもしれませんね。
     しかも無自覚で」

綾香 :「……ま、そうなったらそうなったでいいけどね。
     仲睦まじいのは結構な事だし」(^^;

セリオ:「ですね。少々、柳川さんのキャラ的にギャップもありますが」(;^_^A

綾香 :「ところで、話は変わるけど……。
     メイフィアさん……意外と無茶苦茶思いっきりこれでもかとばかりに嫉妬深い?」

セリオ:「ルミラさん相手にも容赦なかったですからね、素で」

綾香 :「ニンニク搾り汁だもんねぇ。吸血鬼じゃなくても辛いわよ」

セリオ:「た、確かに」

綾香 :「こりゃ、さすがのルミラさんも堪えたんじゃないかな。
     二度と柳川さんにちょっかい出そうなんて気にならないんじゃない?」

セリオ:「そうでしょうか? ルミラさん、そんなにヤワじゃないと思いますけど」

綾香 :「……また、同じ様なこと、するかなぁ?」

セリオ:「……おそらく。だって、『あの』ルミラさんですし」(−−;

綾香 :「多分に失礼な言い方だけど……全く否定できなゐ」(−−;




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