私立了承学園第469話
「舌先の魔術師」
(作:阿黒)





 チャイムが鳴って短くない時が流れていたが、教師はなかなか姿を見せなかった。
 普通の学校であればそんなことはあまり無いのだが、毎日の時間割すら定まってはいないここ了承学園では、教師が遅刻するくらいのことはさして珍しくもない。
 そもそもここの教師はまともに授業を行うどころか、テーマだけを告げて後は生徒側に任せてさっさと帰ってしまう、というのが主な行動パターンである。最近は一応終了時刻まではお目付け役として残ることも多いが。
 ともあれ、柏木家の一同は多少のヒマは持て余しつつも、一向に現れない教師に対して特に不平不満を述べることもなく適当にダベっていた。
 のではあるが。

 カラッ。
 無造作に扉を少し開き、メガネをかけたメイドロボ――保健室付スタッフである舞奈が無造作に顔を見せてきた。
「あ、悪の魔女の手下」
「ソレ止メテ下サイ」
 表情こそ変えないものの、打てば響くように拒絶を舞奈は返してくる。
「だってわかりやすいし。なあ?」
 軽く同意を求めてくる梓に、他の姉妹達もそれぞれの表情で頷く。
「…何か?」
 何やら傷ついたような目をしている舞奈に、あっさりと楓が疑問を向ける。
「…柳川先生ヲ、見カケマセンデシタカ?」
「いや、今日は見てないけど。…っていうか、なんでそんなこと聞くかな」
 耕一は苦笑まじりにそう応えた。
 一同と血縁上では叔父にあたるこの教師は、現在のところ特に不仲というわけではないとしても、親しいとはとても言えない。
 だがそれでも自分達のところに居るよりは、授業でなければ大抵は職員室か保健室のどちらかにいることは知っている。
 その保健室関係者にそのようなことを問われるのは、少々心外とも言える。
 千鶴が、一応顔は笑ってはいるものの少し困ったように問うた。
「もしかして…この時間の担当って」
「ア、イエ。
 皆様ノコノ時間ノ担当ハ、ウチノ親父趣味デ根性腐リノ垂目上司デス」
「メイフィアさんが?」
「ハイ。実ハ、ウチノ存在スルダケ酸素ノ無駄ナ不燃物クシャマン淫猥垂目大毒婦ガ、男ニ逃ゲラレマシテ」
「んー。この時間のアシスト頼んだんだけどねー。
 バカ言うな、って捨て台詞残してどっか消えちゃって」
 いつの間にか舞奈の背後に立っているメイフィアが、白衣のポケットに両手を突っ込んだまま器用に肩を竦める。
「素直に出てこなきゃマインに何かするぞー、って脅迫しようかとも思ったけど、貴之君と二人でいーとー巻き巻き、って遊んでる姿が微笑ましくって…」
「いい話ですねー。まず人質取って脅迫という発想が既に腐ってますけど」
「はっはっはー。誉められたと思っておくね」
 微妙に視線を逸らせて応える耕一を別に気にした風でもなく、しかしさり気なくその場から逃走を試みていた舞奈の襟首はしっかり掴んで、メイフィアは頷いた。
「アンタ今月末は千堂家のアシスタントに逝くこと」
「………………」

 かくん。

 その一言であっさりブレーカーが落ち、舞奈は擱座してへたり込んだ。
「うわ。一撃かよっ!?」
「はっはっはっ。…いやこの前、ちょっと千堂家が大変そうだったんでヘルプに行かせたんだけどさー、なんか、とっても大変だったみたいねー。
 ――帰ってきてから部屋の隅に蹲って『背景はもうイヤです』とか何とかうわ言を半日くらい呟いてたし」
「おうわ」
「あの時は流石にちょっとだけ罪悪感とか何とかそんな感じっぽいものをおぼろげに感じたような感じなかったよーな」
「結局感じてないのかよ」
「とにかく。授業にしよっか」
 一応気絶している舞奈は空いている椅子に座らせてから、メイフィアは教壇に立った。
 教卓に手をつき柏木家一同を見渡し――表情を崩す。
「いやー。考えて見るとあたしって授業するの初めてだから。
 何から話せばいいやら、ちょっと迷うねー」
「普通に話せばよろしいんじゃないでしょうか?別に畏まることなどないでしょうし」
「だよね。っていうかホント…今更だし」
 千鶴にそう返すと、何を気負うわけでもなく気楽に、いつものとおりにメイフィアは言った。

「あんたら避妊してる?」

 ずがらしゃしゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!

「…お約束とおりなコケっぷり、ありがとう」
「いや…なんかこーゆーノリも随分久しぶりっていうか…」
「お姉ちゃん!?楓お姉ちゃん―――!!!?」
 垂直上昇コケして天井に突き刺さり、首吊り死体のようにプラプラ揺れている楓と、それを引き抜こうと悪戦苦闘している初音はとりあえず放置しておくことにして。
 メイフィアはヤレヤレだせーとばかりに肩を竦めた。
「ウブなネンネじゃあるまいし…」
「そーいう言い方が凄くおっさんくさいと思いますけど……結局、何なんですか?」
「あれ、わかりにくかった?じゃあ建前とか装飾抜きで単刀直入に。
 ――つまりあんたら生で突き刺して無頓着に中でドプドプ出しまくって溢れて垂れてフキフキしてるかってことなんだけど?」
「……別に分りにくくはないですから建前も混ぜて下さい」
「あっそう?
 んじゃまあ建前的には多妻制の施行目的の一つは少子化の歯止めってことになってるから、イケイケGOGO子宝祈願ってのが学園の方針だからむしろ推奨どんどんおやんなさいもっと腰を振れいっ♪てなもんなんだけど」
「……もう少し建前入りませんか?」
「でもだからって無計画に子供を作ると家族の将来設計とかに色々負担がかかるわよね?
 まあ耕一君と千鶴女史はともかく大半の学生はまだ未成年で自分達で生活基盤を確立させているわけでもないし。
 ぶっちゃけ、彼方達はまだガキで親としては未熟もいいところだし。
 だから夜の夫婦生活がお盛んなのは結構だけどその辺の管理はしっかりしないとね、と遅ればせながら養護職員であるあたしにお声がかかったという事情?」
「よくわかりましたけど…なんで疑問形?」
 その、少し疲れたような耕一の質問未満の言葉はスルーして、メイフィアは前髪を手で軽く払った。
 そして、言う。
「で。避妊してるの貴方たち?」
「……………」
 頬を赤くして、微妙にバツの悪そうな顔を柏木家の面々は見詰め合った。
 確かに今更という気はするが、しかしこれは確かに重要な事柄ではある。
「耕一さんは中に出さなければ気がすまない性質ですから」
「うわ楓直球っ!?」
「楓お姉ちゃん…良かった、気がついたよ」
「初音……初音はとっても姉妹思いの優しい子だけど、お姉ちゃんここはもっと突っ込むところがあると思うの…」
 色々な意味でちょっと涙目になっている長姉を尻目に、三姉は表情も変えずに言ってくる。
 僅かに、頬に朱が入ってはいたが。
「耕一さんは…その、フキフキが好きですから」
「それじゃ仕方ないわね」
「仕方ないんですくわ!?」
「精液カクテルの浣腸プレイよりは仕方ないかな」
「それは一体どういう基準でどういう評価に拠るんですか!?っていうかせめて伏字を使ってください!!」

 いちおー年齢制限無しなんですから。多分。

「………は〜。
 まあ状況はわかったけど、そんな杜撰っていうか爛れた生活でよく今まで誰もおめでたいことにならなかったもんねー。
 ――もしかして耕一君、何か男として問題があるんじゃない?」
「俺は健康ですっっっ!!!」
「あーはいはい分ってるって。ソレいったらこの学園の男共は軒並み種無しってことになるじゃない。最近環境ホルモンやら何やらであまり冗談になってないのが怖いんだけど」
 何気なくタバコを取り出しかけて、流石に場所柄をわきまえてそれをポケットに戻すと、メイフィアは、とある『ゴム製品』を取り出した。

「そんなわけで今回はコンドームの正しい使用法について――」
「ちょっとまて――――――――い!!」
 たまらず叫ぶ耕一とは対照的に、冷めた目をメイフィアは向ける。
「別にこれくらいどーってことないでしょ?避妊具については一般の中学校でも講習する時代なんだし」
「そっ…そりゃそうかもしれませんけど!」
「なんていうかその…今更というか、だからこそ余計なお世話っていうか…なあ、耕一?」
 珍しく梓がやや苦しげではあるが耕一を援護してくる。
 が、メイフィアは全く無頓着だった。
「ちゃんとやってるならそれこそこんなお節介、わざわざ焼いたりしないわよ」
「……まったくその通りでございます」

 真正面から正攻法だけで粉砕されてしまいました。

「…私は、どちらかというと経口避妊薬に興味があるんですが」
 控え目に挙手してきた千鶴の発言に、メイフィアは少し困ったような顔をした。
「んー…そっちの講話もそのうち持とうとは思うけどね。個人的にはあまりお薦めできないかな」
「どうしてですが?」
「基本的に、生理が周期的にちゃんとくるのが本来の有様だから。一見副作用や害が表れていないようでも、それは必ず体の何処かに負担をかけてるもの。私はあんまり好きじゃないな。
 それに避妊薬じゃ感染症の類は予防できないし。
 っと……それじゃ耕一君、ちょっとこっち来てくれる?」
「はい?」
 メイフィアの手招きに応じて、多少の戸惑いはあるが素直に耕一は彼女の隣りに立った。
「んー…ちょっと待ってね」
 メイフィアは包みを破くと、小さなゴムを取り出した。
 それを無造作に自分の口に放り込む。
「へっ?」
 口内でなにやらモゴモゴやっているメイフィアの顔を、耕一は理解不能の白さに頭の回線の一部を浸されながら、ただ呆然と見遣った。
 その間、せいぜい2,3秒。
 それだけあれば、この魔女には充分な時間だった。

「見よ!0.01秒の掴み技!」
「へっ!?」

 メイフィアの右手が電光のごとく股間に伸びた!
 あっさりズボンのジッパーが引き降ろされる!
 更に痴漢じみた手つきで耕一のモノを引きずり出し――5指が蜘蛛の足のように怪しく蠢く!

「こっ…これわあああああっっっ!!?」

 瞬時に雄々しく屹立したモノにメイフィアは唇を寄せ――

 カポッ!ずるじゅるるっ!ぴちぱっちん!!
 ちゅぽっ!!

「ぷぅ」

 顔を上げると、メイフィアは晴れやかな笑顔で柏木四姉妹に向けた。

「と、避妊具はこのよーに装着します☆」
「ウソつけええええええええええええええええぇぇぇぇっっっッ!!!」

 ドゴガグシャッ!

 梓のカモシカのような足が鞭のようにしなり、メイフィアを教室の壁画に変えた。
「……いやあんたらの叔父さんのお陰でこーいう強烈なツッコミには慣れてるけど……すごい痛いわよ梓ちゃん」
「痛いで済んで良かったと思いな!
 こ、耕一のあ、あ、アレにむしゃぶりついてっ!ナンテェことしやがるんだアンタは!!」
「だって最初に模範見せなきゃ指導になんないでしょ?…よっと」
 多少よろけながらも壁にめり込んだ体を何とか引き剥がし、床に足をつける。
「ふっふっふ。人呼んで『早抜きメイフィアさん』の異名は伊達ではないわ」
「誰がいつ呼んだそんなこと!?」
「主にあたしとか」
「それは自称って言うんだ―――――――――ッ!!!」
「もう全然わけわかんないよ…」
 天井に向って絶叫する梓の背後で、初音が頭を抱え込む。
「くっ…しかし…今の指使い……それにあの舌の動きはっ…!!」
「耕一さん……いい加減、しまってくださいませんか?」
「はっ、はいっ!!」
 千鶴の冷え切った視線に一撫でされて、余韻だけでまだ奮い立っていた耕一(一部)が治まってきた(というか萎えた)のを幸いに、そそくさと耕一は衣服を整えた。
 それを横目に、僅かな口惜しさを滲ませて千鶴はメイフィアを睨みつけた。
「メイフィア先生。…意図していることはわからなくはないですが、人の伴侶に無遠慮にそのような行為をするのは幾らなんでも失礼すぎるんじゃないんですか!?」
「いやー。あたしもそう思わないでも無かったから柳川先生に助手を頼もうと思ってたわけなのよ。でも最初に言ったとおりにフラレちゃったんだけどね」

 叔父さん。あなたのその判断は当然ですし、正しいと思います。
 でも、この腐れ魔女を当分人様の迷惑にならないよう、重りをつけて海に沈めるとかしていてくれたら、もっと正しかったと思いますの?

「千鶴姉さんがまた素知らぬ顔で酷いことを考えてる…」(モゴモゴ)
「楓お姉ちゃん…どうして口をモゴモゴさせてるの?もしかして練習?」(もごもご)
「二人とも…もしかして既に状況に適応してきてる?」
 口元をヒクヒク痙攣させながら、梓は一人うめいた。
「ああ…千鶴姉は相変わらず偽善者だし楓は何だかミステリィだし初音は素直すぎて素のまんま周りに流されてるし耕一はアホでスケベでグータラだし。
 ううっ、結局あたしがしっかりしないとダメかぁ…」
「いっそバカになれたら楽なのにね♪」
「原因がそゆこと言うな原因がっ!!!」
「まーまー落着いて落着いて。――モノは考えようよ?」
「何が」
 陰惨な目をしている梓に全くかまわず、メイフィアは、あっさりと言ってのけた。
「あたしと柳川先生がまかり間違って落着いちゃったらいちおーあたしはあんた達にとって義理の叔母さんになるわけだし。
 叔母と甥は親類なんだから、咥えるくらい良いよね?」
「良いわけあるかああああああああああああああああああっっっっっ!!!」

 めらごきゃっ!!!!

 あっさり怒りの沸点に達した梓のケンカパンチが、490km/hでメイフィアをすっ飛ばした。
 が、そんなことは既に梓の頭からは消え失せていた。
「……これ以上妙な親戚ができる前に、やっぱ柳川の奴の抹殺を本気で検討してみるか…?」
「梓ちゃんは素でこわいこと考えるのよね」(もこもきゅ)
「うわ千鶴姉まで練習してるし!」
「やっぱり口だけで全てをこなすって、難しい…」(モゴモゴ)
「サクランボの枝を舌で蝶々結びできるくらいじゃないとダメなのかな?」(もごもご)
「こ、こら〜〜〜〜!あんた達、あたしだけ置き去りにして練習してるんじゃないーっ!」(もぐもぐ)

 結局、例外なく朱に交わって赤くなった次第。
 多分今夜は練習相手を務めることになるんだろうなぁとか達観しつつ俺の意向って一体…?とかちょっと高尚っぽく哲学的な瞑想に耽ってしまう、柏木耕一(20歳・学生)であった。

  * * * * *

 なお、舞奈は夜の巡回をしていた警備ラルヴァに発見されるまで完全に忘れ去られて放置されていた模様。
 彼女の性格がまた少し荒んだようだ、と友人M(HM−12)は後に語っている。

メイフィア:「で、ここで喉の奥まで一気にズポッとゴムを」
柳 川  :「だからなんでメイドロボにそーゆーことを教えるかなお前はっ!!?」
マイン  :「…イエ…確カニ私自身ニハ必要無イカモシレマセンガ…勉強ニナリマス」(もふもふ)
貴 之  :「そうだね」(もぎゅもぎゅ)


















 ――チョット待てお前ら特に貴之。


<終わる>



【後書き】
 コンドーさんネタはかなり前からぼんやりと考えてはいたんですが。
 まあこんな感じで。
 事前にこっそり針を刺しとくのが二人の仲を親密にする秘訣です。(えー






 ☆ コメント ☆

セリオ:「た、貴之さん?」(−−;

綾香 :「何と言うか……そこは敢えて気にしないということで。
     あまり深入りしたくない世界だし」(^^;

セリオ:「……はい」

綾香 :「まあ、それはさておき。
     やっぱり避妊は必要よね。
     なんのかんの言っても、あたしたちはまだ若すぎるから」

セリオ:「ですね。子供を作るには、まだ些か早いかと思われます」

綾香 :「だから、あたしたちもしっかりと練習しましょ」(もきゅもきゅ)

セリオ:「ラジャーです。
     ……ゴムの装着以外にも『いろいろと』役に立つかもしれませんしね」(もくもく)

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ひかり:「ねえ、秋子。浩之くんのクラスでも例の避妊についての授業をするの?」

秋子 :「ええ、そのつもりよ」

ひかり:「だったら、それはわたしが受け持……」(^^)

秋子 :「不承」(−−)

ひかり:「……せ、せめて最後まで言わせてくれても。
     っていうか、なんでダメなのよ?」

秋子 :「その件に関してだけはいまいち信用できないもの、ひかりは」

ひかり:「だ、大丈夫よぉ。『30代で孫を抱く』のが夢だったりするけど。
     野望実現の為にいろいろと画策してたりするけどぉ。
     あかりたちに渡すゴム製品にちょっぴり細工をしてたりするけど!
     でも、大丈夫よ♪」

秋子 :「……絶対にダメ」(−−;

ひかり:「ぷぅ。秋子のけちぃ」

秋子 :「可愛らしく頬を膨らませてもダメ」(−−;




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