私立了承学園
after school:「西日本初夏の旬」

 

「えー、帰れないのー」

「仕方ないですね。地下鉄、使いましょうか?」

「いや、それも面倒だし、ちょっと待ってみようぜ。
結局、帰る時間はあんま変わんないだろうし。」


トレーニングを終えて自宅へと戻る途中で、綾香、葵、浩之の3人は
足止めされることとなった。

いつも利用している通学路には、黄色と黒のロープが張り渡されており、

『調整中につき、立ち入り禁止。ご迷惑をおかけしております』

と、ドカヘルを被ったラルヴァが頭を下げている看板が立っている。

ロープの内側にはうねうねと揺らめくカクテル光線を放つ、奇妙な壁ができていた。


「空間制御システムノトラブルデシテ。今、原因ヲ調査シナガラ、並行シテ
仮通路ノ設置モ急イデル所デスケド、ドウモモウ暫ク掛カリソウデシテ。」


言葉の合間に、「ゴメンナサイ」と「スミマセンケド」をそれぞれ10回ぐらい
散りばめながら、現状を警備員ラルヴァが伝えてきた。
トラブルの原因がわからないうちは、転送装置や転移魔法を使っても返って
変な場所に出てしまったりするらしい。学園の空間制御システムには何段階
にもなる厳重な安全装置が働いているので、危険という程の事はないのだが。

繁華街地区経由で大きく遠回りして帰るのも面倒だったので、
浩之達は通学路が復旧するまで、しばらく待つ事にした。


「ア、オ待チニナラレルノデシタラ、
アチラニ仮設待合所ヲ設ケマシタカラ・・・」


運動会などでおなじみの仮設テントが設置され、警備員や教職員達が集まっている。
もう放課後も遅い時間帯なので、学生や児童の姿はないようだ。
仮設待合所というより、現場対策本部といった趣である。


「やあなんだ、まだ帰ってなかったんだ。」

「あれ?健太郎さん、何してんすか?」


浩之達がテントに近づくと、意外な人物に声をかけられた。


「見てのとおり、復旧作業のボランティア。
ちょっと芳晴さんに頼まれて、届け物しに来たついででね。」


見るとテント横に仮設された炊事場で、健太郎と共にHM-12型や数名の女性職員達が、
せっせと炊出しのおにぎりを握り、警備員達に配っている。
これも、労働条件改善の一環なのだろう。


「それに、実はうちの店の前も、なんかおかしくなっちゃっててさ。
早く復旧してくれないと、商売になんないからな。」


ははは、と、あたりさわりのない笑いを漏らしてから、五月雨堂店主は炊事場で手を洗い、
傍らのカセットコンロに火をつけて、かけてある大鍋を暖めなおし始める。


「トレーニングしてたんなら、腹、減ってるだろ?まだしばらく掛かりそうだし、
軽くなんか食べてけよ。スパゲッティ、まだあるから。」

「はあ、どうも。んじゃ、お言葉に甘えて・・・」

「あ、健太郎さん、私もお手伝いします。」

「え?悪いね。」

「いえ、とんでもないです!」


元気よく炊事場に入っていく葵を見送ってから、
綾香がからかい半分の笑みを浮かべて浩之をつつく。


「やっぱ健太郎さんって、日常生活じゃ頼りになるわよね。料理もできるし気が利くし、
自己管理もしっかりしてるし。誰かさんにも見習って頂きたいもんだわ。」

「なんだよ、おまえだって喰う専門だろうが。俺だってスパゲッティぐらいは作れるぞ。
おまえの方こそ見習ったらどーだ。」

「なによう、私だっていくらなんでもそれぐらいは・・・」


反論しかけたところで、横から葵の声が聞こえてくる。


「わあ、これホントに健太郎さんが作ったんですか!?すごくおいしいですよこれ!!」

「ん?ああまあね。ほら、うちって泰久さんのツテで、結構いい材料が流れてくるし、
大食いもひとりいるし。ちょうど冷蔵庫のトマトピューレ整理しようと思って大量に
作ったのが余ってたんで、鍋ごと持ってきたんだよ。」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひょっとして、ミートソースから手作り?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・らしいな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・浩之、別に見習わなくていいからね。」


スパゲッティといえば、レトルトか缶詰のソースを使うものと決めてかかっていた
ふたりにとっては、ここまでされると逆にショックである。

葵の言うとおり、その後浩之達の前にでてきたミートソーススパゲッティは、
お世辞抜きに美味しかった。まあ、浩之個人の好みをいえば、やはりあかりの
料理に軍配が上がるのだが、少なくともスパゲッティがピザだかパスタだか煎餅だか判らない
ものになってしまう来栖川製汎用AI(試作型)の料理よりは、どうえこひいきしても上だろう。


「うぬぬ・・・なんとも、女の子のプライドにダメージを与える美味しさ・・・」

「・・・リンゴ剥くのが面倒で素手で割って食べる女が、なーにいっちょまえに
対抗心燃やしてんだよ・・・でもホント、うまいっすよ健太郎さん。」

「そらどーも。」


にこにこしながらも、てきぱきと警備員に料理を配る手を休めない健太郎。
やっぱり綾香が言ったとおり、見習うべき先輩だ、と浩之も思う。
別に、料理の特訓をしようという意味ではないが。

学生と五月雨堂の経営という二足の草鞋を履き、自分の夢を追いながらも、
こういうときには実に自然に、他人へ手を貸す余裕を見せる。
そんな健太郎の姿は浩之から見ても、無条件にかっこいい。

この不況下で、五月雨堂の年間総利益は4千万とも、6千万とも噂されている。
経営手腕だけでなく、気さくで優しい人柄から、商店街では大人から子供まで、
みんなに親しまれている健太郎。
掃除や整理整頓は仕事の一部であるからお手の物であるし、料理もそつなく無難にこなす。

五月雨堂にはグエンディーナの皇女様と将来有望な魔法使い女子高生がいつも常駐して
健太郎をサポートしているし、結花やリアンはHoneyBeeの欠かせないメインスタッフとして
元気に働いている。みどりも超一流大企業のOL、そして令嬢として働いており、
多忙であるが実に充実した毎日を過ごしている。

家族全員それぞれ多忙であるが、皆、仕事に振り回されるという事はない。
家族の時間、恋人同士のプライベートな時間にも、きちんと余裕を持てている。
それは、いつも必ず全員が揃い、笑いの絶えないにぎやかな食卓と、
上昇を続けるメイプルシロップの消費速度が証明している(?)。


(なんか、社会的には宮田家って、既に完璧なんじゃなかろーか?)


まさに、あと必要なのは元気でかわいい赤ちゃんだけ、という感じである。


(でもなー、俺って愛想ないし、料理とか掃除とかもついついサボっちまうし、まあ就職したら
努力はしようと思うけど、やっぱ健太郎さんと俺はキャラが違うよな、キャラが。)


スパゲッティを頬張りながら、あたりまえと言えばあたりまえの結論を出し、更に思考を進める。


(かといって、耕一さん並に尻に敷かれっぱなしってのも流石になー。
亭主関白とまでは行かなくとも、やっぱある程度は主導権持てた方が・・・・・・むう。
となるとやっぱ、和樹さんかな。和樹さんも、きちんと社会人学生やってるしな。
それに、日常でもちゃんといろいろ主導権握ってるし。努力家だしな。)


別にまねをしようというのではない。自分は自分だ。
だが、そう認識した上でなら、こうして身近にいる先輩から尊敬できる面を探し、
それを目標とする事は、とても有意義な事と言える。


(うん、決めた。とりあえず自分なりに、和樹さんみたいになるのを目標にしよ。)








「浩之!!」

「先輩!!」



「うおっ!!??び、びっくりした、なんだよふたりとも。」

「い、いえその・・・先輩今、なんだかものすごく危険な事考えていませんでしたか?」

「はあ?」

「な、なんか、すっごい邪な波動を感じたんだけど・・・」

「何いってんだよふたりとも・・・人が真面目に人生目標を考察してるっていうのに・・・」



女性格闘家ふたりの勘がさほど的外れでない事は、後日、証明される事となる。





☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆





さて、爽やかな若者が将来の目標を真面目に考察している一方で。


毎度の如く、警備部からの協力依頼を受けた城戸芳晴は、
警備員達の中心に立って、空間制御システムの復旧に努めていた。





「芳晴、これでこっちの下書きは全部終わったぞ。」

「あ、どうも江美さん。じゃ次、すみませんけどこれのバツ印つけたところに、
51番貼っといて貰えますか?」

「了解だ。」

「霊波軌道修整陣、ベタ入れ終わりました!」

「ご苦労様!んじゃ、これとこれに消しゴムかけて、45番貼っといて下さい!」

「すみません芳晴さん、第3小隊が限界です!!」

「今行きます!!あ、フランソワーズさんすみません、これの残りのペン入れ、
お願いできますか?」

「かしこまりました。」





もう一度、確認しよう。

彼らは今、「空間制御システムの復旧作業」を行っている。

具体的には何をしているのかと言うと、ひずみが起こった亜空間を修整し、
空間切断面を接合させるための、特殊な魔方陣を描いているのである。

その一方で、大半のラルヴァ達はこれ以上の空間破損の阻止と修復後の空間の安定化のため、
各小隊に分かれて芳晴が描いた魔方陣に霊波を送り込んでいる。
こちらは基本的に力作業のような物だが、ルミラや芳晴のような繊細な霊気のコントロールは
ラルヴァ達には難しいらしく、皆、苦戦しているようだ。

葵が炊出しを手伝っている間、自分達だけただ待っているのも気が引けるので、
浩之と綾香は芳晴達の作業を手伝おうと思って来たのだが・・・
目の前の意外な光景に、ふたりともちょっと面食らってしまう。


「えっと・・・あのすみません芳晴さん、なんか手伝える事ってありますか?」

「ああ、ありがとう!じゃ悪いけど、そっちのベタ塗りお願いできるかな?」

「は、はあ・・・」


とりあえず言われるままに手近な長机に座り、魔方陣の指定個所を墨汁で塗りつぶしていく。


「な、なんか想像してた作業と違うわね、浩之・・・・・・」

「ああ・・・なんつーか、こういうことならそれこそ和樹さん達が適任だと思うんだけど・・・」

「魔方陣は、綺麗に正確に描かれていればそれでよい、というものでもないのです。
描いた人の霊力が、しっかり反映されていないといけませんので。」


ふたりの疑問に、横で小気味よい音を立てて集中線をひいていたフランソワーズが答える。


「そうなの?魔方陣って言ったら、姉さんが魔術の実験って言って、
いろんなの描いてるの観た事あるけど?」

「成功なさいましたか?」

「ううん、目的通りの結果になった事はあまりないみたい。」

「そうだろうな。」


丁寧にスクリーントーンを擦りながら、エビルが話に加わる。


「何かの書物に載っている魔方陣を、霊力制御のいろはを知らぬ者が
そのまま書き写しても、大概は機能しない。魔方陣と言うのは単なる
呪文や紋様とは違う。霊的な環境を整えるための物なのだからな。」


ぴんとこない様子のふたりに、より噛み砕いてフランソワーズが説明する。


「例えば植物を育てるとき、どんな場所でもただ種を播いて水を与えれば花が咲く、
という訳ではありません。きちんとその植物の生理的・生態的特性に合わせて、
環境を整備してあげる必要があります。魔方陣を描く事もこれと同じでして、
霊的な環境を目的に合わせて整えるためには、描く場所の環境、描く日や時間帯に
合わせて様々な調整がいるのです。もちろん、描く人の霊的な属性や血筋等も影響しますから、
だれが描いてもよい、というわけではないのです。」

「へえ・・・でもそれじゃ、俺らが手伝っちまっていいのか?」

「確かに本来でしたら、全ての行程を芳晴さんお独りにお任せするのが理想なのですが、
それですと時間がかかり過ぎてしまいますので。健太郎さんにお願いしまして、
お店の在庫の中から、できるだけ旧い歴史を持った書の道具を届けていただきました。
芳晴さんご自身が、それに宿っている霊気を調整してくださいましたから、
ベタなどの簡単な部分でしたら不具合は生じないはずです。」

「ふーん・・・・・・いろいろ難しいのね。」


「それに、こんなアシスタント作業のためだけに、締め切り前の千堂家の方々を
御呼び立てする訳にも参りませんし・・・職員ではない芳晴さんに助力頂いている時点で、
既に筋違いなのですから。」


申し訳なさそうに呟くフランソワーズを慰めるように、
エビルがぽんぽんと軽く彼女の頭を叩く。


「今回の件については、仕方ないだろう。ルミラ様やメイフィアの描いた魔方陣では、
なぜかうまくいかなかったからな。おそらく、なにかこの島独自のイレギュラーが
空間制御システムに侵入した可能性が高い。今調べさせているが。」

「日本で魔方陣を描くなら日本人の方がいいとか、そういう事まである訳ですか?」

「流石に、そこまでタイトな理由は未だ私も聞いた事はないが、
魔族や神族より人間が描いた方がうまくいく、という事例はよく聞くな。」

「へえ〜〜」


帰ったら先輩にも聞いてみよう、と浩之が思ったとき。
警備主任の黒ラルヴァが、ばたばたと走ってやって来た。


「芳晴さん!仰るとおりでした、やはり制御用亜空間施設内に、何かが侵入した形跡があります!」

「ご苦労様!で、場所は!?」


作業の手を休めずに、芳晴が不具合の発生位置を尋ねる。

ラルヴァ達がひとつの魔方陣を、1小隊12鬼がかりで交代しながら制御しているのに対し、
芳晴は片手でひとつずつ、ひとりでふたつの特殊魔方陣を操作している。
こんな事ができる人間は、全世界探しても5人もいないだろう。


「そ、そのう・・・場所は、裏山の第6立ち入り禁止区域にある空間制御監視ブロック・・・」

「・・・・了解!今から調査します!」


短く応えて、そのまま原因究明作業に没頭する芳晴。
応えるとき、ぴくっとかすかに片眉が上がった気がした。


「・・・・・・・裏山ノ第6ポイントッテ・・・ソレ、主任ノ担当区域ジャア?」

「ウッ・・・・」


どこからか、ぽつりと鋭い指摘が入る。


「ソウイヤ昨夜、当直室ガ、ヤタラ騒ガシカッタヨナ?」

「特二、朝方ノ3:45カラ5:45グライナ。」

「フーン・・・ンデ、モウ一回確認スルケド、昨夜ノ当直当番ッテダレダッケェ?」

「黒イノダヨナ。」

「ウン、主任ダ、間違イナイ。」

「「「「「フーン・・・・・」」」」」

「オ、オマイラ言イタイ事ガ有ルナラハッキリイイヤガレ!?」


「サッカーの欧州選手権中継に気を盗られてて、見落としたたんだろ」とか。
そんな直接的な糾弾は誰もしようとはしないものの、ひそひそと、だがはっきり露骨に
周囲に聞こえるように交わされる、部下の陰湿いびり会話。

そして、そんな部下の充て付けに、逆切れする中間管理職。

どーも労働条件の改善には、まず本人達の意識改革が急務のような。
ガディムから生み出された分身同士の鉄の連帯とやらは、どこへいったのだろう?


『理事長が労働条件改善の一環として、警備部主任の交代を検討し始めている。
次期主任のポストには、学生である城戸芳晴が大抜擢されるかもしれない―』

そんな根も葉もないありえない噂が、ちょっぴり現実味を帯びてしまう光景である。


「・・・・・・事故原因の責任追及は後にしろ。私と芳晴で侵入者をトレースするから、
残りの者は魔方陣の制御・維持を継続してくれ。」


溜息混じりにエビルがそう言った時。
じっと魔方陣のひとつに向き合って、亜空間内に異質な霊気や妖気がないか
チェックしていた芳晴が、大きな声をあげた。


「みつけたっ!!江美さん、魔方陣おねがします、一撃で決めます!!」

「!!わかった!」


予想外の早期発見だったが、即座にエビルが芳晴の傍らに立ち、魔方陣の制御を受け継いだ。
フランソワーズも無言のままにエビルの背後に構えて、不測の事態に備える。
一方で、芳晴は既にスペルの詠唱を始めていた。



「――ひとり子を与え、迷いし我らに光とパンを与え賜うた父!
我が力に祈りを宿らせ賜え、我が力を永遠のものとなさしめ賜え!
其の者、異なる光を仰ぐ闇の迷い子ならば、彼を天へと導き賜え!
其の者、地を忘れ、空を想えぬ精霊ならば、彼に母の赦しを与え賜え!
其の者、使徒を拒み、葡萄畑を荒らす白昼の悪魔ならば、彼に恐怖の雷を与え賜え!!」




スペルの詠唱のたびに、中央の魔方陣が連続して強烈な光を放つ。
揺れている訳でもないのに、あまりの迫力で浩之は尻餅をつきそうになった。
綾香も緊張した面持ちで、ぎゅっと浩之に寄り添う。

そして、芳晴が詠唱を結ぶと同時に、目を開けていられないほどの閃光が煌き―

通学路全体を占拠していた球形の亜空間境界面が、ぶん、と大きく波打って、
急速に内部へと集束し始めた。亜空間境界面は直径1mほどの球になり、
バレーボール大になり、野球ボールぐらいになり・・・・・・遂に、消えた。


「・・・や、やった・・・の?」

「・・・・・・・・・んー、手ごたえは十分だったけど・・・最後に、逃げられたみたいだ。
ただ、とりあえず大きな空間のひずみは修復したから、最低限の仕事はこなした事になるかな。」


肩をすくめて、芳晴はいまいち事態が呑み込めていない浩之と綾香に説明する。


「たぶん、裏山の立ち入り禁止区域に棲み付いていた『何か』がシステムの内部に入り込んで、
精密な個所を狂わせたんだと思う。魔術的な部分に問題がでたのか、機械的な故障なのかは
これから調べてもらわないと解らないけど、侵入者の妖気が弱った事で空間が修復したところから
判断すると、たぶん前者だろうね。」

「ここの学園の空間制御システムってあれでしょ、なんたらドライバーってやつ。」

「らしいね。でも、いろいろ複合技術で応用して、独自システムに改良されてるみたいだから、
全部コンピューター制御って訳でもないみたいだよ。」


実は結構重要機密っぽい部分に触れる推測を簡単にさらっと口にしてから、
芳晴は彼の妻に視線を移す。


「残っている小さなひずみの修正とか点検作業は、警備の皆さんにお任せするとして・・・
江美さん、俺ちょっと中に確認に行って来ますね。また故障が起こるといけませんから。」

「まて芳晴、空間制御室内に入るつもりか?まだ人間が入るのは体に良くないぞ。」

「ですが、放っておく訳にもいきませんし・・・・・・」

「ワタシとエビルさんで行って参ります、芳晴さん。」


ふいに、黙っていたフランソワーズが進み出る。


「ワタシはオートマータですから、人間である芳晴さんより異界の妖気の影響を受けにくいですし、
死神であるエビルさんも、昔はお仕事で人界・魔界・天界を常に移動なさっていらっしゃいましたから、
異質な霊気や妖気が混濁している環境にも慣れていらっしゃいます。」

「そうだな。よし、私とフランソワーズで行こう。」

「でも・・・大丈夫ですか?確かに手傷は負わせましたけど、
例えば侵入したのがグレムリン(※)だったりしたら、
逆に自動人形のフランソワーズさんが行くのは・・・」

(※グレムリン:イングランドに伝わる精霊。
機械などに取り付いていたずらしたりする。)

「お心遣い、感謝いたします。でもご心配なく。
不肖ながら、ワタシもルミラ様に御仕えする身です。
そうそう不覚を取るつもりは御座いません。」


普段の無表情な顔に、微かにやさしい笑みを浮かべて、フランソワーズは言葉を続ける。


「それに、まだ不安定な制御システム内で、乱闘したりするような愚行は致しません。
まずは様子を見に行き、万が一、手に余るようでしたらいったん戻って参りますので。」

「んー、じゃあお願いします。でも、くれぐれも気をつけてくださいね。」


後半の言葉は、芳晴らしい老婆心といったところか。

実際のところ、フランソワーズがそこらの妖獣や邪精霊に、後れをとるはずもない。
中央警備室からHM-13が知らせてくる情報も、空間制御システムのトラブルが
ほぼ収束した事を示すものだった。
侵入した『何か』の消滅・死亡は確認できていないが、制御室内の隅でそれらしい影が
ふらふらしているだけなのを見ると、瀕死か、少なくとももう戦ったりする力はないようである。
後は、再び影響が出ないうちに、それをシステム外に運び出すだけだ。

芳晴は軽くぺこっとフランソワーズに頭を下げてから、浩之達に振り返る。


「ごめんね、待たせちゃって。でも、こっちの方もじきに終わるし、
一般通学路はもうそろそろ安定してるはずだから、帰っても大丈夫だよ。
どうもありがとう、手伝ってくれて。念のため、寮まで警備員さんに誘導してもらってね。」

「あ、いえ、そんな。まだ大変そうですし、もうちょっと待ってますよ。
あんまり役には立てないすけど、お邪魔でなければ何か手伝いたいですし。」

「わ、私もおにぎり握るぐらいはできるし・・・・・・」

「そう?まあ、全然邪魔なんて事はないし、すごく助かるけど・・・」

「「ぜひ!!」」


本来は警備の仕事なのだから、芳晴達だってこんなに付き合う義理はないはずなのだ。
そう考えると浩之も綾香も、「それじゃ、さよなら」、と帰宅する気には到底なれない。
結局ふたりとも、周囲のラルヴァ達に混じって荷物を運んだり、おにぎりを配ったりしながら、
芳晴達を待って一緒に帰ることにした。




「では芳晴さん、行ってまいります。
転送後はこちらを使って、逐一連絡致しますから。」


空間転移時に都合がいいように、人形サイズに戻ったフランソワーズが、
そう言って底に小さな魔方陣を張った紙コップを芳晴に手渡す。
紙コップの底からは、髪の毛に魔術を施して作った糸が伸びている。
つまりは糸電話なのだが、こういうトラブル時には何事もシンプルで原始的な
アイテムが役に立つものだ。


「他の地区に生じていた不具合も概ね回復しているようだし、特に厄介な事はなさそうだ。
心配は要らないから、ゆったりと待っていてくれ。」


努めて楽観的に振舞いながら、エビルはフランソワーズを抱き上げると、自分の肩に乗せる。
そして、今回のトラブルのせいで通常の入り口が使えなくなっている空間制御室に侵入するため、
簡易の空間転移魔法を詠唱する。










「GURUGURUPAPINTYOPAPEPPIPO,
HIYAHIYADOKITTYONO!!」






綺麗な声の呪文詠唱と、ぴったり息のあった起動モーションを披露して、
エビルとフランソワーズがいったんその場から消える。
二人が消えた後には、直径1mぐらいの小さな黒い穴が、空中に残されていた。


「あ、あんまり近づいたり、手入れたりしちゃダメだよ、浩之君。
時空の隙間に挟まれたら大変だから・・・あ、ども。」


健太郎からお茶とおにぎりを受け取りながら、芳晴が軽く注意する。


「・・・あの、この穴って、ひょっとしてワームホールとか言うやつっすか?」

「まさか。そんなの大気圏内に造ったら、逮捕されちゃうよ。」


果たして、逮捕されるのだろうか?されるとしたら何違反?
浩之がそんな事を考えた時、芳晴の手の中の紙コップから声が響く。


『芳晴、聞こえるか?』

「・・・・・ふーーーーっ」

きゃふ・・・・・・や、やめろもー!!切るぞ!』
『相変わらず耳は弱いのですね、エビルさん』

「聞こえてますよー。どんな状況ですか?」

『・・・・・・・・・・・侵入者を発見した。まだ生きてはいるが、大分弱っている。
既に捕獲したのだが、大きいので一緒に跳ぶのは難しそうだ。
そっちから呪縛ロープを投げ入れて、合図したら引っ張り出してくれ。』

「了解です。」


短く返答し、ニコニコしながら浩之と綾香に振り返る。


「二人とも、最後にちょっと力仕事頼めるかな・・・・・・何?」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・い、いえ、別に・・・」」

(芳晴さんも、あんな事するんだ―)

(エビルさんって、耳、弱いんだー)


そんな、どーでもいいといえばどーでもいー事がすっごく気になり、
思わず芳晴の顔を凝視してしまう、御年頃の二人である。


芳晴が調整した呪縛ロープを、転移魔法に使った穴に投げ込み、
ロープを葵、綾香、浩之、芳晴、健太郎で持つ。ほどなくしてロープが引っ張られるのを合図に、
未だ見ぬ謎の侵入者との、綱引きが始まった。


「う、うわ・・・け、結構、力強い、わね・・・・・・」

「あ、綾香さん、ファイトですっ!!」

「それっ!がんばれっ、オーエス!オーエス!!」


周りからも声援を受け、警備員ラルヴァ達も加勢して、奮闘する事約5分。



ズボッ!!



浩之達がいっせいに後ろにひっくり返り・・・

とうとう、カブは抜けました。

いや、もとい。

空中の真っ黒の穴から飛び出してきたのは、ロープに縛られた、巨大な・・・















「・・・・さかなあ!?」


そう、お魚であった。


「・・・・・・・・・・・・・浩之・・・・・・・・・・・・・・あの、魚、みたいの?あれ何、アレ?」

「知るかい・・・・・っていうか、魚、だよな、どー見ても・・・空、飛んでるけど・・・・」


浩之達の目の前に、体長2mほどもある、細身の魚が浮いている。

大きな胸鰭と尻尾を持った、銀色で目の大きい魚が、空中をくねくね泳いでいる。

呪縛ロープに繋がれたまま、力なくも最後の抵抗を試みようと、ゆあーん、ゆよーんと揺れている。


「「ただいまっと。」」

「あ、江美さん、フランソワーズさん、お疲れ様でした。」

「なに、芳晴の苦労に比べれば、どうと言う事はない。」

「制御室内部の各所を点検してきましたが、特に機械的な故障はないようです。」

「そりゃ良かった。」

「よ、芳晴さん、なん、なんですかあれ?」


すっかり落ち着いてくつろぎモードの芳晴達に、葵が訊ねる。


「裏山に棲み付いてる魚だね。偶然学園近くまで来て、迷い込んじゃったんじゃないかな。」

「魚ってでも、空飛んでますよほら!!」

「なんだ、知らないのか?『トビウオ』といって、空を飛ぶ魚もいるのだ。」

「いやそれは知ってますけど!でもあれは断じて絶対違います別の何かですよぅ〜〜!!」


マルチみたいな口調になりながら、頭を抱える葵である。


「うう・・・この学園でこの騒ぎだから、てっきりすんごいド迫力のステレオタイプモンスターが
登場するのかと思って、覚悟きめてりゃあこんなんかよぅ・・・・・・」

「トラックのマフラーにスズメが巣を作ったとか、工場の機械室に野良猫が入り込んで
機械が動いたとか、ローカルニュースでたまに聞くわよね・・・・」

「・・・・・・何を3人で疲れきっている?腹でも減ったのか?」

「あーたぶん、こういう事態に慣れてなくて、精神的に疲れたんだと思いますよ。
俺らみたいに、毎日魔法とかが日常の中にあるわけじゃないでしょうから。」


不思議そうに首を傾げるエビルに向かって、健太郎が肩をすくめて言う。


「いえ、うちにも超能力者とかいますし・・・慣れてはいるつもりだったんですけど、
今回は深読みしすぎたって言うか・・・・・・」


一応、そう言って見る浩之であるが、精神的に大いに疲れたのは事実なので、声は小さい。


「そうか・・・確かに考えてみれば、普通は疲れるものかも知れんな。
この学園に通っているとはいえ、適応能力には個人差があるものだし。」

「そうそう。人間が俺一人だけっていう我が家と、浩之君達を一緒にするのは、
流石に無理がありますよ。」

「誠様でしたらこんな日も、ちょっとしたハプニングの一日に過ぎないのですけれど。」

「いや、あのみなさん・・・・・・・」



「「うん、浩之君達って、やっぱりごく普通でまともな高校生なんだなぁ。」」



それは、他の誰かに言われれば、「あたりまえだろ」と軽く受け流すような言葉。

だが、そんな台詞をこの状況で。

学内の常識人ランキング、ベスト5に名を連ねる、芳晴と健太郎にしみじみと言われて。


何とも言えない複雑な心境になる、浩之達3人であった。



(おわり)










おまけ


「うりゅ〜〜、まんぷく〜〜、しやわせ〜〜〜」(もきゅもきゅ)

「なんだ浩之、もう喰わねーのか?
うまいぞ、フランの作ってくれたトビウオのゴマ衣揚げ。」

「いや、その・・・うん、確かにうまいよ、フラン。」

「ありがとうございます。」

「葵、こっちのピーマンとチーズと一緒に焼いたやつもおいしーよー」

「あ、ど、どうも、スフィーさん・・・・・・」

「ほら、綾香さんも遠慮してるとなくなっちまいますよ?」

「あ、あのさ、誠、スフィーさんも・・・さっきの空中戦・・・
もとい、調理風景見てもその・・・平気、なの?」

「?平気、とは?」

「フランソワーズ、御魚捌くの上手だなーって感心はしたけど?」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」



「「美味しけりゃ何でもいいじゃん。」」


(あとがき)
自分の認識だと男性陣の常識人ランキングには、まあ順位をどうするかは
微妙だけど、キャラ的に祐介君、芳晴君、健太郎君は必ずはいってきそうかな。
もちろんこれは性格とか人柄に関する事であって、精神電波能力とか、
彼女が死神とか奥さんが魔法使いとかっていう状況は常識的ではないけれども。

しかし、周辺状況が常識的でも現実的でもないのに常識人で居続けられるという事は、
やっぱり彼らも非常識なのか。となるとやはり、ゲーム設定にファンタジー面が存在しない、
藤井冬弥氏あたりがMr.Common Senceの称号を得るのか?

でも自分の感覚だと、「奥さんが魔法使い」の方が、
「奥さんがアイドル歌手」よりはまだ現実に起こりそうな気がするのだけれど。
我がダメコモンセンスに乾杯。

ところでShinshoはトビウオ料理というものを食べた事がありません。
生まれ育ったところは港町だったんですが、やっぱり南西日本で取れる
魚だからなあ。どんな味がするんだろ。やっぱりサンマに似てるの?
そいとも目をつむって食べても、はっきりわかるぐらい違うの?







 ☆ コメント ☆

コリン:「へぇ、こんな大騒ぎになってたんだ。あたし、全然知らなかった。
     みんな大変だったんだねぇ」

ユンナ:「何を他人事みたいに言ってるかな、この不良天使は」

コリン:「だって他人事だもん。あたし、呼ばれなかったし」

ユンナ:(そりゃそうよ。繊細さを要する作業にコリンを呼ぶわけないでしょ)

コリン:「しっかし、芳晴もみずくさいよねぇ。コリンちゃんを呼んでくれりゃ、
     この程度のトラブル、あっと言う間に解決しちゃったのに」

ユンナ:「あっと言う間に? どうやって?」

コリン:「かんたんかんたん。
     壊れた物を直す時は、斜め45度の角度で思いっきり魔力を叩き込む!
     これぞ古来より伝わる由緒正しき方法よ♪」

ユンナ:(……呼ばなくてよかった。このバカを呼ばなくて本当によかった)

コリン:「ん? なんか言いたげな顔ね?」

ユンナ:「……気の所為よ」

コリン:「そう? ならいいんだけど」

ユンナ:「……」

コリン:「あ、そうそう。そういえば、ユアンに一つ尋ねたい事があったのよ」

ユンナ:「尋ねたい事? なに?」

コリン:「あのさ……浩之たちって、ごく普通でまともな高校生なの?」

ユンナ:「……」

コリン:「……」

ユンナ:「……」

コリン:「?」

ユンナ:「……」(汗





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