私立了承学園第479話
「メガネガネ」
(作:阿黒)

※タイトルに深い意味はありません。





「ヘイ、ベッキー!」

 深夜の通販番組に出てくるアメリカ人(吹替え)みたいな呼びかけに、とりあえず芳晴は振り返って。

「死ねええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 そしてそれが視界に入った瞬間、芳晴は全力でスペルを叩き込んでいた。
 頭で考えるよりも早く。
 本能的な衝動に突き動かされて。
 言霊を組み合わせた正式な呪文ではないただの絶叫なので、それは構成としては単純なものではあったが、それだけに純粋なパワーレベルは高かった。文字としてロクに形も整っていないスペルは対象に重なった瞬間、音のない光の小爆発を起す。
 それはごく小さなものでしかなかったが。

 ズパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!!
「のおおおおおおおお―――――――――――――!!?」

 至近距離からの自動小銃の連射のような衝撃を受けて、ソレは圧され、転がった。

「――ハッ!?す、すいません、命の危険を感じたものでつい先制攻撃を!」
「芳晴。いきなり“死ね”はないと思う」
「いや突っ込むところはそれだけじゃなくて、エビル」

 自分の脊髄反射な行動に青くなる人の善い芳晴。
 一連の出来事に全く動じていないエビル。
 そして一見まともそうな対応だが、実はエビルと同程度に平然としているユンナ。
 そんな芳晴たちの前で、了承学園のチリ一つ落ちていない廊下を5メートル転がってプスプス白煙を上げていた肉塊が、ムクリと起き上がってくる。

「フッ…ナイスパンチ」
「いや、スペルだったんですが」
「HAHAHA!細かいことは気にするもんじゃないゼ!拳を交えた男同士に言葉は不要!!」
「いやまあそちらが気にしないなら…」

 いきなり攻撃されたにも関わらず、ガチャピン先生級に気さくでフレンドリーだった。
 もしかしたら、結構いい人なのかもしれない。
 ただ、エルクゥと較べても遜色のない、テカり輝く筋肉マッチョな肉体を申し訳程度の短衣に包み、胸筋を上下にピクピク煽動させながら微笑まれても、暑苦しくて仕方がなかったが。
 実際、この謎の筋肉マッチョの周囲だけ、体感温度で3度くらい上がっている気がする。
 いい人っぽいけど、あまりお近づきにはなりたくないのが正直な気持ち。
 どーでもいいが、頭に被ったキャップ帽の羽飾りが、天使っぽいというかアラレちゃんみたいだ。

「あら、トム」
「YAHA!ベッキー!」
「ってお前の知り合いかコリンっ!?」
「っていうかベッキーってナニ?」

 芳晴&ユンナの疑問をナチュラルにスルーしつつ、コリンはヨッ、と響鬼さんみたいに手を挙げて挨拶した。

「芳晴はともかくユンナは見たことない?天界放送の深夜枠とかでやってる通販番組で」
「え?……あ、いわれて見ればブル輪っかのCMしてるジョン!?」
「トムじゃないのか?」
「っていうか天界放送って…」

 まあ、なんとなく正体不明のこの人物の素性はおぼろげにはわかってきたが。
 嫌なことに気づいて、芳晴は思わず尋ねてしまった。

「あの…じゃあ、その…トム?ジョン?さんもやっぱり…天使…?」
「ふっ」

 不敵に笑うと、トム(?)は何やら踊りとも体操ともつかない、奇妙な動きで身体をくねらせた。

 1・2・3・4・ピッコピコ。
 2・2・3・4・ピッコピコ。

 各所の筋肉を蠕動させつつ、最後にピシリとポージングを決めて。

「――おわかりいただけましたかな?」
「全然わかりません!」
「なに!?むう……それではエンゼル体操第2を」
「やめて!なんとなくだけど第2はやめて!!」
「――♪電線に、スズメが三羽止まってたっ」
「それはデン○ンマン音頭でしょ――がっ!?」

 芳晴のツッコミに、ジョン(?)は少し顔を曇らせた。
 そのまま悲しげに、立ち去ってゆく。

「♪し〜らけど〜り〜飛んでゆ〜く、南の空〜へ ミジメ・ミジメ〜〜〜〜〜」
「去らないでください!いや本心ではこのまま去って欲しいですけど!」

 頭を抱える芳晴の斜め後ろで、ボソリとエビルは呟いた。

「……今回も若者放置ネタ満載です」
「YAHAHA!天国ギャグはこのくらいにして!」
「ひたすら寒いな、天国ギャグ」

 さりげなく向けられたエビルの冷たい視線を、ユンナは表面上はクールに受け流す。

「ね、ね、ジョニー!ひょっとして注文してたアイテム届けにきてくれたの?」
「もちろんさエレン!エンジェル通販はいつもニコニコ現金払いさ!」

 とりあえず頭にエンジェルとか天使とか天国とかつけておけば、全て許されると思っているフシだった。

「む?どうしたヤングメン!元気ないぞ!肉食えMEAT!!」
「……無駄に元気一杯なのもどうかと思いますけど。というか、どうか僕のことは放っておいてください」
「んん〜〜無関心は社会の荒廃への第一歩だぞヤングメン!
 おじさんだってここの門番の魔物から火炎攻撃と冷凍攻撃と真空波のトリプルミックス攻撃を喰らい、それをようやく振り切ったと思ったら目つきの悪いインテリヤクザに不審者とか因縁をつけられて、アバラを2本へし折られてるから実は死にそう……」
「ジェームズ!?しっかりして!!?」
「…柳川先生、珍しく真面目に仕事したみたいだな」
「人のアバラを折るのが仕事じゃないでしょう別に。というより、呼び名を固定してくださいお願いだから」

 演技ではなくわき腹を抱えて蹲る宅配人に、呆れるやら泣きたいやらでどうしていいかわからない芳晴である。
 その前で、宅配人はその巨体のせいでますます小さく見える腰のポーチから、何かを取り出した。
 それを、コリンに手渡しながらいう。

「それではキューピッド謎の三大神器の一つ、『赤い糸が見えるぞ天国メガネ』、御代は5千ゴット円になります」
「うむ、もはや捻る手間すら惜しんだ安直かつストレートなネーミング」
「というかゴッド円って何ですか?」
「1ゴッド円=約120円よ、芳晴君」

 少し考えて、芳晴は、ユンナに尋ねた。

「日本円で60万円相当って…コリンにそんな金、ありましたっけ?」
「……ああっ!!?コリン、あんたまさかソレ…!!」
「ち、ちがうわ!いつもみたいに芳晴の口座から勝手に預金下ろしたんじゃないわよっ!!」
「では…二人のバイト代を入れてある口座からか?」
「コリン…オマエヲ、コロス…」

 というか、いつも勝手に自分の口座から金を盗られているのか芳晴。
 ともかく、コリンは何やら不気味に指をワキワキさせているユンナに向かって、自信たっぷりに言い放った。

「そんなバイト代だなんて…結花のしみったれがくれる安給金で何が買えるっていうのよ?」
「あ、そーいえばそうね」
「……………貰えるだけマシ、というふうに考えなければ結花に失礼だ、二人とも。たしかにしみったれたバイト代だが」
「江美さんも十分失礼です……」

 血涙流しながら、心の中で結花に土下座するしかない芳晴であった。

「今回はユンナ名義でちょっとブラックな消費者金融からお金を融通してもらっただけ」
「やっぱりオマエDEATHか!!」

 ユンナの、視覚の外からから襲いかかる見えないハイキックが、あっさりとコリンの意識を刈り取った。

  * * * * *

 ある夜、一人夜更かしをしていたコリンちゃんはいつものように深夜のちょっとアヤシイ通販番組をだらりと眺めていました。
 その番組で紹介されていたのが、今回気まぐれだけで買ってしまったメガネです。
 『赤い糸が見えるぞ天国メガネ』とは、その名のとおり、人と人の縁を繋ぐ運命の赤い糸を見ることができるというシロモノです。

「…あたしだって子供の頃はキューピッドに憧れていたのよ!
 人と人を結びつける愛の天使…ステキじゃない!
 資格とるのメンドくさくてやめちゃったけど!!!」
「腐ったことを堂々と言ってるんじゃない。というか、キューピッドって資格要るんだ?」
「まーね。見習期間を経て、キューピッド初段とれば一人前かな」

 廊下にコリンを正座させているユンナが芳晴の疑問に答えてくれた。
 涙をたたえつつも恨みがましい目つきで睨んでくるコリンをクールに無視しながら、ユンナはんー、と唇に指をそえた。

「でもあっちの業界も大変みたい。この間、キューピッド2段の友人と久しぶりに会ったんだけど。
 その天使、事務所ではバリバリのやり手なんだけど、いま担当しているのが相当アレな男みたいで、中々縁談きめられないって散々グチ聞かされちゃった」
「ふむ。世の中不景気だからな」
「……俺……キューピッドとか天界とか、いろいろ憧れとかあったんですけど。
 そんな現実的な話きかされちゃうと夢もロマンも無くなっちゃいます…。
 というか、不景気関係あるんですか?」
「そりゃあるんじゃない?なんでもその担当してる男、二十代後半で無職でニートやってるらしいし」
「経済力は重要だぞ、芳晴」

 ウムウムとエビルも同意してくる。

「あと、オタクで真性のロリペド野郎だとか」
「ダメ人間の総天然色見本のような男だな、それは」

 思わず頷いてしまいそうになる芳晴である。
 が、横道に逸れかけたことに気付いて慌てて思考を本題に戻した。
 例の通信販売の宅配マッチョ天使は、芳晴たちが気付いた時には既に姿を消していた。
 早急にユンナは販売元に連絡を入れてクーリングオフしようとしたのだが、既にその番号は使われていなかった。
 なんでそんな怪しいところからモノ買うかなこのバカは―――!と、10分ほどユンナがコリンをタコ殴りする間に、エビルがルミラに連絡をとった。
 そのルミラから更にその手の裏情報に通じている購買ショップのおねーさんに話が伝わり、とりあえずこの件はそちらにお任せすることとして。

「……機能そのものには、偽りはないようだな」

 安っぽい白のセルフレームのマンガメガネをかけたエビルが、ごく普通に言ってくる。
 メガネをかけた彼女の視界では、自分の右手の小指から赤い線のようなものが伸びているのが確かに見えた。
 その線が続く先には芳晴がいる。
 そして彼の小指には更に2本、同じような赤い線が伸びているのが見てとれた。

「ちゃんと資格をとった天使なら器具なんか必要ないし。
 そもそもその程度の機能だけで5,000ゴッド円はぼりすぎよ。精々その100分の1くらいかな」
「射った相手を意中の相手に惚れさせる『惚れるん矢』と、どっちを買うか迷ったんだけどねー」
「少しは反省しなさいそのミジンコ以下の脳細胞を少しでもいいから働かせて!」

 ケラケラと、まるで悪びれずに笑うコリンに瞬間湯沸しのような勢いでユンナが血圧を上げている。

「……何年か前の戦隊ヒーローものであったような?そのアイテム」
「ちなみにその矢、確かに効能に偽りは無いけど立派に殺傷力あるから。
 ヘタに頭とか心臓とか射っちゃうと本当に死ぬから」
「詳しいですねユンナさん。実はよく見てるんですか?その手の番組」
「……コ、コリンにつきあわされることがあるから!たまによ?たま〜に!」

 たとえるなら『俺はルパンじゃな〜〜い!』と出張する銭形警部みたいに、結構必死なユンナだった。

「――あ、ホントだ。
 赤い糸って、本当にあるんだな」

 エビルからメガネを受け取った芳晴も、レンズ越しに見える赤い糸に少し感歎の声をあげる。
 視覚的にそれほどおもしろいものではないが、その細い糸が人と人との絆が具体的な形となったものだと思えば、それなりの感慨も湧いてくる。

「どうしたんだ城戸?なに、その昔のマンガに出てくるようなメガネ」
「あ、和樹…?」

 うっ、と思わず詰まった呼吸を整え深呼吸する芳晴を、通りすがりの和樹は怪訝そうに見遣った。その姿は、別にどうということもない。
 だがメガネをかけた芳晴には、和樹の身体全体にグルグルと赤い糸が巻きついているのが見えた。本人は別に窮屈そうではないが、見える分にはちょっと異様な姿である。

「なにやっとんねん和樹ー、はよいくでー」
「さっさと来なさいよねボチきー!」
「あー、いまいくから。じゃ、ちっと野暮用があるんでこれで〜」

 少し芳晴に視線を向けつつも、結局そのまま和樹は簡単に礼をして、階段方向に消える由宇たちを追っていった。
 芳晴の様子から彼が見たものに気付いて、ユンナが苦笑しながら説明してくる。

「あー。ほら、千堂家は人間が多いからね。それだけ関係が複雑になるから、絡まったりダマになったりもするわよ。
 多妻制前ではちょっと見られなかった光景ではあるけどね」
「はあ。
 あ、それと…気のせいかな。今、詠美ちゃんと由宇さんの糸が和樹に繋がってるのは当然として……二人の間にも、糸が直接繋がってるみたいに見えたんだけど…?」
「そう見えたのなら、そういうことではないのか?」

 あっさりと言い切るエビルにちょっと肩をコケさせかけて、芳晴の視線が凝固した。
 エビルの小指から、自分との糸とは別にもう一本、赤い糸が伸びているのが見えたのだ。
 芳晴の視線に気付いて、エビルはああ、と声をあげる。

「多分、もう一本はイビルの分だと思う」
「そ、そうなんですかっ!?」
「なにを驚く。私とイビルは切っても切れない深い絆で結ばれた仲だということは皆も知っていよう?」
「あー。いやまー。エビル的にはそーなんでしょうけどー」

 遠い目で百合ッキュアゆりっきゅあ、とどこかで聞いたような歌を口ずさむユンナだった。

「それによく見てみろ芳晴。ユンナとコリンの間にも、うっすらとではあるが、糸が繋がって」
「「即座に切り捨てるっ!!」」

 異口同音に二人は即座に言ってのけた。心底嫌そうに。

「……まあ、赤い糸はあくまで縁であって、絶対的なものじゃあないんだけどね」

 半ばは自分を落着かせるために、ユンナが説明してきた。本気で嫌そうに自分の小指を見つめつつ。

「私の領分は守護であって恋愛じゃないから詳しくは知らないけど。
 赤い糸っていうのは確かに生まれながらに運命で定められた人と人を繋いではいる。
 けど、それは最も有力な可能性の一つ程度のものだとも、聞いている。
 運命そのものからして、絶対ではないから。意志と、様々な要因によってはある程度の変更は効くゆとり、幅を持っているものだから」
「必ず赤い糸で繋がれた人と結ばれるなら、恋愛天使なんて必要ないもんねー」

 久しぶりにまともな発言ができたコリンが、目は全然笑っていない笑顔をユンナに向ける。

「…やっぱりケチらずに赤糸切断用シザース『ゴルディオンキャンサー』と瞬間接着剤『デスベノムエクステンデッド』も購入しておくべきだったか…」
「するな。というか、使用目的が限定されすぎてるそのアイテムで、何をするつもりだったわけあんた?」
「ふっふっふっふっふっ…」

 答えず、ただ不敵に笑い続けるコリン。

「言っとくけど資格も無しに…資格あったってダメだけど、人間の運命を勝手に改変することなんて重大な違反だからね!?天使長クラスでも首が飛ぶんだから!」
「ふっふっふっふっふっ…」
「あ、もしかして私と芳晴君の縁を切ろうとしていた?
 おあいにくさま、いくら糸を切っても即座にその人のことを嫌いになるわけじゃないのよ?
 ……多少は、愛情が目減りするけど」
「そういうものなんですか?」
「うーんー……そうね。
 たとえば、どんなにコリンが悪行を重ねても、最終的には許しちゃう芳晴君のその大らかさ、心の広さ。
 正直、私は甘すぎると思ってる。寛容と身内への甘さの区別はつけなさいよってどやしつけたくもなる。
 でも、同時に、その甘さが芳晴君らしいって思うし…そんな甘いところが、私は嫌いじゃない」
「……糸が切れたら?」
「なにしてんだこのヘナチョコ――――――!!って、ナックルアローを顎に叩き込んでるかも。容赦なく」

 サッパリと言い切ったユンナに、芳晴は引き攣った笑みを浮かべながら顎を撫でた。

「ふっふっふっふっふっ…」
「――だからねコリン。
 あんたのその猿以下の浅知恵で何を企んだか知らないけれど、そうそう思い通りにはいかないものよ?
 というか、芳晴君だからまだあんたを見捨てないけど、あんまりイタズラが過ぎるといつか見限られちゃうかも。
 あたしとしてはさっさと見切りつけて欲しいけど、ね」
「ふっふっふっふっふっ…」
「…あのさコリン。人の話、聞いてる?」
「ふっふっふっふっふっ…」
「………コリン。あなた、一体、何を考えてたわけ?」
「ふっふっふっふっふっ…」
「………………」

 あくまで態度を変えず不敵に笑い続けるコリンに、芳晴達は顔を見合わせた。
 一同そろってしばらく考え込んだ後、無言の連携で、芳晴が口を開いた。

「あのさコリン?」
「ふっふっふっふっふっ…」
「もしかして、何に使うかとかすらも……考えてなかった?」
「ふ、ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっ!」
「笑って誤魔化すなあああああああああああああああああああああああっっ!!」
「ぶぎゅるううぅぅぅぅうぅぅぅぅっッ!!!?」

 コリンへの、顔面へのヤクザキックから渾身の踏みつけに移行しているユンナをチラと眺めてから、エビルは少しだけ痛ましそうな目で、芳晴を見た。

「芳晴…私は、思うのだが」
「なんですか、江美さん?」
「……とりあえず、芳晴は悪くない。絶対、悪くない」
「よくわかりませんが、お心遣いはありがたく受け取っておきます…」

 ミシミシミシ…

 背後から聞こえる、骨が砕ける前の嫌な軋み音はなるべく聞こえないフリをして、芳晴はどこか空虚で漂白された気分のまま。

 底抜けって、本当にそんな表現が当てはまることもあるのだなあ。
 底抜けの馬鹿とか。

 ――ただ、そんな直接的なことを考えていた。

  * * * * *

「なんかさ、むかしさ、こんなの映画であったよね。SFで。
 なんてったっけホラ?地球人に化けてるエイリアンを見破るサングラスがさー」
「一瞬で復活してるし!!」

 顔面に靴型のアザをクッキリとつけたまま、植木等みたいにヘラヘラ笑っているコリンの姿を前に、胃痛を感じて顔を顰めるユンナであった。

「なんてったっけ?ほら、ゼイリブって宇宙人が出てくる映画でさー」
「コリン。それはThey live……意訳するなら『奴らはここにいる』というタイトルであって、決してゼイリブ星人とか出てくるわけじゃない」
「お。エビルにしては珍しく詳細なツッコミ」
「………予算が無かったんだ」
「あの、江美さん?ソレなんだかよくわからない…」

 困惑した様子の芳晴の声を聞き流しつつ、コリンはメガネをかけたままで廊下を行き交う教職員や生徒の姿を眺めていた。
 なにせここは了承学園、たさい学生専門の学び舎。
 ちょっと石を投げればバカップルかメイドか宇宙人に当たると言われる場所である。
 コリンの視界に映る人々の小指には、いずれも赤い糸が伸びていた。そしてそれは其々、何処かの、誰かの指に繋がっている。
 それは馴染みの友人たちの、新鮮な一面を知ることでもあった。

 たとえばコリンビジョンでは、長瀬家の女性陣の中で、実は一番一途なのは沙織であったり。(他の妻たちはいずれも2本、糸が繋がっているのがその理由)

 理奈と弥生、二人と一緒に歩いている冬弥には、二人の糸は指ではなく冬弥の首に繋がっていて、まるで犬の散歩のようだったり。

 ちょっと一言では言い表せない、複雑に交錯した人間関係である藤田家であったり。
 ただ、見た瞬間、♪百合っキュアゆりっきゅあ、とコリンは唄ってしまっていたが。
 それから…

「…げ」
「げ、ってなによげ、って。あんたも一応性別・女のカテゴリーには含まれてるんだから、もう少し言葉遣いとか」
「いいから見てみそ、ユンナ」
「うん?なによ、藤田家の人間関係なんてすごく複雑で入り組んでるのはわかってるわよ」
「いいから見てみる!特にあかりちゃん!」

 なによ一体、とブツブツいいながらメガネを受け取ったユンナは、一目見て。

「…うげ」
「ね?げーってなっちゃうでしょ?っていうかうげーっぽい?」

 なにやら意味不明なことを言っている二人に、少し不思議そうな視線を送りながらも藤田家一同が前を通り過ぎてゆく。
 その中心にいる浩之の、すぐ隣りにいるあかりの首には。

 もの凄くゴツい赤い首輪と鎖が伸びていた。飼い犬というか肉奴隷っぽい。
 そしてその一方の端には……

「あの二人さ。どっちがどっちの飼い主なのかな?」
「いや…もうちょっとマイルドな表現使いなさい、コリン」
「ん〜〜……じゃあ、エンゲージ・首輪?」
「それ、どういう意味だよコリン?」
「あ、あはは」「芳晴君は知らなくていいの、うん」

 不思議そうな顔をしている芳晴に、珍しく――と、思われるが、実は結構よくある――共同戦線を張って、誤魔化そうとする二人であった。
 そんな城戸家一同の背後を、何も知らぬまま藤田家の面々が通り過ぎてゆく。

「ふむ。……智子は夜は従順なタイプなのか?」
「は?何か言いましたか江美さん?」
「うむ。独り言だ、気にするな」

 いつの間にかユンナから掠めていたメガネを少しずらして、エビルは軽く言った。

「思っていたよりは面白いが……あまり趣味が良いとは言えないかもしれない。
 少しだけ、覗き見しているような気がしてくる」
「見えるものは何を今更、ってものばっかだけどね」

 少なからず同意であるのか、しかしまたエビルから取り戻したメガネをユンナはかけて。

「あら。あらら。あららら」
「あ?なんですか、ユンナさん?」

 藤田家の後を追うようにその場を通り過ぎようとしていた志保が、胡乱げな視線を向けてくる。

「んー。そっかそっか。なーんだ、やっぱそーなんだ。ウンウン」
「な、なんなんですか、一人でわかってますよ〜って顔して」
「志保ちゃんってさー。…結構ツンデレ?」
「ぶふうっ!?」

 思わず手にしていたファイルの束を取り落とし、散らばったレポート用紙や写真を慌てて拾い集める志保を尻目に、ちょっとドリーム入った様子でユンナは勝手に続けた。

「うんうん。がんばってね。おねーさん応援してるわっ!
 あ、でも油断は禁物よ?あくまでこれは可能性であって、必ずそうなるって確定したわけじゃないし。
 ――縁っていうのは、結ぶものなんだから」
「いやあの、なんか良いコト言ってるような気がしなくもないんだけど、ぶっちゃけ不気味ですからなんとかして芳晴さん!」

 年上なので一応敬意は払いつつも、ヒクヒク口元をひくつかせている志保である。
 知らずと固く握り締めている拳が、何かを雄弁に物語っていた。

「うふふふふふふふふふ……えいっ☆」
「あだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」

 上機嫌に含み笑いを漏らすユンナにいきなりお尻をつねられ、あられもない悲鳴を志保は上げた。

「なにすんのよおっ……ブ、ブッ飛ばずぞおおおおおぉぉ!!?」
「ごめんごめん。……でも長岡さん、キミいくつ?」
「ゴメンナサイ、この突発性発情勃発天使はあたしらが責任もってヤキ入れておきますんで」

 これは本当に珍しく、芳晴とコリンが二人でペコペコ頭を下げる。
 その横で、エビルが腕組みして、言った。

「うむ。すまなかったな。まあ気にするな」
「うわなんかスゲえムカツク!!」
「そうか?私は気にしないが」
「もしかしてケンカ売ってます!?この志保ちゃんはジャーナリズムへの不当な弾圧に対しては断固抵抗するわよ?
 こーゆー場合は相手コロシてもいいってガンジー・オセロも言ってるし!!」
「物騒な上にテキトーなこと言ってんじゃねぇ」

 膝かっくん。

「のおっ!?いきなり何するかヒロ!!」
「うるせ。ったくお前はちょっと目を離すとすーぐ人様ととらぶりやがって。
 ていうかガンジー・オセロって何よ?いや答えんなどーせくだらねえし」
「うわセルフQ&A!?しかもアンサーになってないし!!」
「あ、このタマネギ頭には後でよーく言って聞かせますので。泣いてワビいれるまで」
「ちょっと待って!?アタシ今回被害者よ!!?」
「あーわかった。お前はいつもそう言うんだ。…ま、話は署の方で聞いてやる」
「いま聞けええええええっっっ……!!」

 にこやかにあ、どーもと会釈しつつ、志保にヘッドロックかまして引き摺っていく浩之を、一同は生温かく見送った。

「…あー。なんか、ノリに圧されて口を挟めなかった」
「悪いことしちゃったなあ…」
「やーい。ユンナ悪いんだー」
「子供かアンタわっ!!」

 そう怒鳴り返しつつも、バツが悪そうな顔をするユンナである。
 そのユンナからメガネを受け取りつつ、芳晴はぼやいた。

「大体、さっきから何なんだよ?みんな一人だけわかった顔して…何が見えたの?」
「あら?平面カエルの出てくるマンガの中学生がかけてるメガネみたいですね、それ」
「秋子さん…?」

 なんで和樹よりも詳細な表現なんですか理事長。
 あ、でも直撃世代なのかな?年齢的に。

 ちょっと失礼なことを考えつつ、芳晴は振り返って。

「どうかしましたか?芳晴さん」
「え?い、いえ。その…」

 見た瞬間には、わからなかった。
 でも、すぐに、その意味は理解できて。

「………………」
「あの、どうかしました?」
「あ、いや…その…」
「え、やだ、もしかして私、なにかついてます?」
「えっと…糸が」
「糸くずですか?」
「いえ、そうじゃなくて…その…」

 慌てて自分の着衣をあらためる秋子に、不明瞭な返答ばかりを繰り返す芳晴。
 レンズ越しに見える秋子の指には、赤い糸が一本、結ばれている。
 小指から伸びた糸は、上へと………ただ空へと、続いていた。

「あの」
「はい、なんですか?」
「不躾な上に、失礼だとは自覚してます。してますけど……
 秋子さんの、ご主人って…どういった方だったんですか?」

 少しびっくりしたように、僅かに目を見開いたのは、ほんの一瞬。
 穏やかに、そしてちょっぴり恥かしそうに、秋子さんは答えてくれた。

「素敵な人ですよ」
「すてき、ですか」
「ええ。とっても素敵な人です」

 その一言で、ただそれだけで十分なのだと。
 なんとなく、それで納得できてしまう回答だった。
 と、横から遠慮がちに、エビルが自分の疑問をぶつけてくる。

「失礼ですが…素敵な人でした、ではないんですか?」

 たしかに失礼な質問だった。
 だがそれに気を悪くしたようではなく――むしろ照れたように、今にも悪戯っぽくちょっと舌など出しそうな感じで。

「だって私、あの人と、離婚したわけじゃありませんし」

 まるで、惚気るように。

「あー…そうなんですか」

 やっとコリンが、そう言うのが精一杯で。
 理事長が立ち去る時には、すこしだけかしこまって目礼までして。

 多分。
 色々と、凄い辛くて、悲しいこともあったと思うのだけど。
 今、こうして曇りなく笑えるのは。
 
 強いとか、そんなんじゃなくて。
 他人があれこれ考えることなんか、関係なくて。
 ただ、素敵なのだと思う。

 ちょっとだけ爽やかな気分で、芳晴は外したメガネに視線を落とした。
 アヤシイ通販のボッタクリ商品。センスの欠片も無い安っぽい品物。
 その事実に変わりはないが。
 コリンにメガネを返しながら、ふと思いついたことを芳晴は口にした。

「バカとハサミは使い様、って言うよな」
「あ〜そ〜よね〜」
「芳晴……今の発言は素だな?」
「……コリン。自らを鑑みて思うところはないわけ?」

 エビルとユンナが何やら痛ましそうな顔をしている理由がわからない二人であった。
 わからないまま、またメガネをコリンはかけて。

「あ、落ちましたよ?」

 目の前を通り過ぎた背の高い男子生徒のズボンからハンカチが落ちたのを見つけ、コリンはそれを拾い上げた。

「や、すいません。ありがとう」
「…あの、露骨に棒読みなのは気のせいかな、やじ…」
「HAHAHA!そんなことはないですヨ?
 それよりこの出会いの喜びと感謝の気持ちを形にしたいと思いますので、どうですちょっとPiaキャロットでパフェでも?俺、おごりますから」

 口調は爽やかだが、夫の目の前で妻をナンパするという配慮のカケラもない行動は、如何なものか。
 普段のコリンならば明るく笑ってすげなく断るか、「うぜえ」の一言で切り捨てるかするだろうが、今日は違った。
 少しだけ思い詰めたように――少しだけ目を潤ませて。

「……たとえどんなに女運が無さそうでも、全くこれっぽっちも完璧に、縁とか可能性皆無なんてことはない筈なんだけど…筈なんだけど……
 主よ、今、私の目の前に、その例外中の例外が存在します…」
「あはは、何をブツブツ呟いてるんですかコリンさん?
 気のせいかな、なんだか屠殺場へ送られる豚を見るような目、してません?」

 バスケ部ということで均整のとれた長身に、ちょっとツンツンした髪型のその男子生徒は、見栄えは悪くはなかった。
 いやむしろ、一般的な基準からすればイケている方だろう。
 多少軽そうな雰囲気はあるが、人間的には善良であることはわかっている。
 それなのに、彼の指から無数に伸びている糸は、例外なくブツギリ状態だった。
 ……むしろ素材が悪くないことが、余計に悲惨であるかもしれない。

「……あたしは、ヘタな哀れみは逆に相手を傷つけることになりかねないって、思うけど……
 思うけど……
 でも、ちょっとくらい、つきあうくらい……?」
「フ…オレに惚れると火傷じゃすまなくなるぜベイベ?」
「――じゃ、パフェ代だけちょうだい」

 世にも冷たい声でキッパリ言い捨てるコリンだった。
 図にのんなコンチキショウ風味満載で。

「ぐはあ………またしても……またしてもなのか……。
 うう、俺の運命の赤い糸で結ばれた人は、いずこに……」

 ベソベソと涙に濡れつつ彼の目にだけ見える妖精さんと戯れる矢島某を、芳晴はただ、黙って見送るしかなかった。
 かける言葉もないというのは、とても辛いものであった。
 いやだっていないし。運命の人。

「……でも、もしかしたらどこかの性格の悪い三人娘の一人と縁があるかもしれない」
「?何か言いましたか江美さん?」
「うむ。ひとりごとだ、気にするな芳晴」

 怪訝そうな芳晴に、ただ意味不明なおちつきを見せるエビルである。

「あ、こら!感謝の印のパフェ代はらっていけやゴルァ!!?」
「コリン……あんた、この上本気でパフェ代むしりとる気……?」

 コリンの情け容赦の無い冷血非情っぷりに、戦慄さえ覚えるユンナ(腹黒性悪天使)であった。

  * * * * *

 後日の話になるが。
 ルミラと購買ショップのおねーさんから無事、ボラれた分の金額を回収してもらった芳晴は、購買部のカウンターで、どこかで見覚えのある安っぽい白のセルフレームのメガネを、大量に見かけることになる。

「あたし、基本は薄利多売がモットーだからね。
 こんな一見ガラクタにしか見えないインチキ商品も、占いグッズとしてみればその辺の開運アクセサリーなんかよりは、よっぼど実用的さね?
 少なくとも効能は本物だし、結果的には卸元の救済にもなってるし」
「…売れてるんですか、コレ?」
「うん?まあ、そこそこ口コミでひろまってきてるよ、最近は」

 傍らの、年季の入った招き猫の頭をバシバシ叩きながら、あっけらかんとショップのねーちゃんは言い放った。

 世の中、何が起こるかわからない。
 商魂たくましいおねーさんの胆力と抜け目なさに、ただもう感心しておくことにする芳晴であった。

「まー、でも、開運アイテムじゃないんだから、たくさん買っても意味ないんだけどねー。
 何を勘違いしてるかな、さっき来たあのツンツン頭くんは。一人で100個も。
 溺れるものは藁をもつかみすぎー?」
「は、ははは…でも、買うのを止めはしなかったんですか?」
「んー、とりあえず目の前に女性がいたらくどくっていう積極性は、嫌いじゃないけどウザイからー」
「……くどかれたんですか」

 500円という値札がつけられたメガネを手にして、芳晴は、とりあえず呟いた。

「…5万円くらいなら、まあ、授業料で済むかなあ…」
「あ。なんか結構切実ね、芳晴くん」


(終われ)



【後書き】
 今回、チョイ役ですが了承を含めた自分の二次創作全般で、初めて扱うキャラが2名。
 彼は、やっぱ、こうでなきゃ彼らしくないっつーか。
 彼女は、本名なんてゆーんでしょーか。経歴だけならLeafゲーの中では古参なんですけど。

 ……秋子さんのところでやめておけば、なんかイイ話で終れるのになぁ。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「……こう言っちゃなんだけど、天界って結構俗っぽいのね」

セリオ:「ですねぇ。通販番組までやってるとは思いませんでした」

綾香 :「文字通り神秘的な世界を想像してたんだけど……。
     芳晴さん同様に、ちょっと憧れが崩れた感じ」

セリオ:「同感です。
     あ、でも……」

綾香 :「でも?」

セリオ:「コリンさんが生まれ育った世界だと思えば、神秘性の欠片も無いのも納得できるかも」

綾香 :「……う゛」

セリオ:「ユンナさんはともかく、コリンさんなんて正に『俗』って感じの方ですし」

綾香 :「確かに」(汗

セリオ:「思ったんですけど、もしかしたら天界って、コリンさんみたいな方が沢山いらっしゃるのでしょうか?」

綾香 :「さ、さすがにそれは無いんじゃない?
     彼女は規格外っぽい気がするし」

セリオ:「なるほど。なら、ユンナさんみたいな方がいっぱいいるのかも」

綾香 :「……まあ、まだそっちの方が可能性は高いんじゃないかしら。
     コリンよりは神々しい雰囲気も持ってるし。……腹黒い所も持ってるけど」

セリオ:「なるほど」

綾香 :「尤も、あたしの希望としては、秋子さんやひかりお義母さんみたいな人が沢山いる世界であって欲しいかな」

セリオ:「秋子さんやひかりお義母さんですか?」

綾香 :「うん。母性に溢れていて優しくて美人で。如何にも聖母って感じの女性だし。
     イメージ的にはぴったりじゃない?」

セリオ:「そうですね。
     けど……」

綾香 :「けど?」

セリオ:「秋子さんやひかりお義母さんばっかりの世界ってのも、それはそれで何気に怖い気がしませんか?」

綾香 :「…………」

セリオ:「…………」

綾香 :「…………」(汗

セリオ:「ね?」

綾香 :「の、ノーコメント!」(汗




戻る