了承学園4日目番外編 「いやー、すごいねぇー」 巨大なクレーンによって移動する剥き出しの駆動系を見送って、長瀬源五郎はどこ か間延びした声を漏らした。黄色いドカヘルに白衣という姿はチグハグだが、どこか 似合ってはいる。見かけはうらぶれた中年男だが、来栖川エレクトロニクスHM開発 課に勤務する、日本有数のロボット工学の技術者であり、マルチ開発チームの主任 だった男である。 ギラギラと鈍い光を放つ、いかにも強力そうな腕部駆動シリンダーから目を逸ら し、同じくドカヘルを被った秋子に長瀬は視線を転じた。 「いやいや。こういうのを見せられると、私らが普段やってるコトなんてなんなんだ ろう、って思っちゃいますねぇ」 ハンガーの中で、次々と開発が進むロボットバトル用の機体群をもう一度見やっ て、溜息を漏らす。白衣のポケットからタバコを取り出しかけて。 「…一応、火気厳禁でしょうなこういうところは」 少し残念そうにハイライトの箱を戻す長瀬に、秋子は微笑んだ。 「ところで…前からお願いしていた件なんですけれど、考えていただきましたか?」 「んー…」 とぼけたようにあさっての方を向く長瀬に、しかし秋子は答を急かそうとはしな かった。と、工具や機器が散乱する通路の向こうから、フランソワーズが書類挟みを 手に近寄ってくる。 「理事長、書類の決裁をいただきたいのですが、少々よろしいでしょうか?学食の食 材搬入の件なんですが…」 「ああ、はいはい…はい、これでいいかしら?」 「ありがとうございます。それでは」 素早く必要な項目だけに目を通し、不備がないことを確認すると秋子は書類に捺印 し、フランソワーズに返す。それを受け取ると、秋子と長瀬に一礼してフランソワー ズは離れていった。 その後ろ姿に興味深い視線を送りながら、半分独り言のように長瀬は問い掛けた。 「あの子は…自動人形(オートマタ)ですかな?」 「ええ。よくご存知ですね」 「昔、親類の店であの子のご同類を見かけたことがありましてね…まあ、あの子に比 べればほんの玩具程度の代物でしたが。私が今、メイドロボに携わっているのも、思 えばあの時の思い出からかもしれませんな」 魔法とロボット工学の違いはあるが、その根本にあるものは同じであろう。 一つ咳払いをすると、長瀬はゆっくりと秋子に顔を向けた。 「水瀬さんが私を高く買ってくださるのはうれしいですが…今更、私程度の技術者な んぞ、この学園には必要ないでしょう。それに…こちらには親父もお世話になってい るようですが、正直、煙たいんですわあの頑固親父」 ニタリ、と長瀬は笑った。 「まあ、確かにこちらの方が待遇は良いですよ。しかし、一応私にも愛社精神という ものはありますし、世の中には物分かりの悪い上司にたて突くという楽しみもありま してね。いつでも、あの傲慢な上司の面に辞表を叩き付けてやれると思えば、それも また楽しみでもありましてねぇ」 「…あなたがいらしてくれれば、マルチさんやセリオさん、それにここで働いても らっているHMシリーズにとって、とても良いことだと思うのですが…」 「マルチとセリオは、もう親離れしましたよ。子が親離れするように、親も子離れし なきゃね。それに…」 工場の各所で、作業員に飲み物を配っているHM−12型の姿を目に留めて、長瀬 は、複雑な表情をした。 「この学園のメイドロボは、大事に使ってもらってます。だから、心配はしてませ ん。ですが、全てのHMシリーズがそうであるとは限らないんですわ」 歩きながら、長瀬は話を続けた。 「HM−12は、妥協の産物です」 「長瀬さん…」 口篭もる秋子は見ず、ただ長瀬は前を向いて歩き続けた。 「HM−12は、その安さとそれに見合った性能で一大ヒットしました。会社として は、それで十分満足しています。だが、私は会社が望むような、工業製品を作りた かったわけじゃない。 しかし、それでも…やっぱり私たちの作り出した、子供たちには違いない。 出来の悪い、不憫な子供たちです。 だからこそ、親として、できるだけのことをしてやりたい。それが親ってもんで しょ?」 ひょい、と不器用に床のオイル溜りを飛び越えながら、相変わらず訥々とした口調 で、長瀬は問い掛けてきた。 「…お嬢さん…名雪さんは、今、お幾つでしたっけ?」 「17歳になります」 「そうですか。私も、娘がいるんですがね。名雪さんより一つ下になりますか。マル チは娘をモデルにしてましてねぇ…ああ、こりゃ関係ないか」 わはは、と長瀬はあまり意味の無い笑いをもらす。 「何の話でしたかな…そうそう、人間ってのは、まあ、社会的には二十歳で成年って ことになりますか…。20年っていう時間は…まあ、それなりに長い時間ですわな。 今から20年後。HM−12は、一体どれくらいの数が、稼動してますかね?」 「え…?」 「…ロボットは、人間と違って永遠の命を持つ。そう錯覚してしまいがちですが…実 際のところはどうでしょうね? 今から5年もすれば、HM−12にも、色々ガタがくるでしょう。その頃にはもう 新型が出ています。なまじ修理なんぞするより、それを機会に買い換えてしまう…よ くある話ですわ。 ま、大事に使ってくれる方は、故障が起る度に修理してくれるでしょう。それで も、10年以上も立てば、メーカーの方に部品が無くなってくる。15年も立てば、生産 中止になった製品の部品なんぞ、もうカケラも残っとらんでしょう。 今から20年後、肺ガンでくたばらなければ、わたしゃジジイにはなってるでしょう が、まだ生きてるでしょう。ですが、あの子たちは、その時まだ動ける機体がどれだ け残ってるでしょうかね」 「…長瀬さん」 「あの子らは、私よりも先に、寿命がきちまうんですよ。だから、私は、あの子らに は、一生懸命、生きて欲しい。少しでも長く、少しでも幸せに、生きて欲しい。それ が、あの子らを妥協の産物にしてしまった私のせめてもの願いです。そしてそのため にも、私は、なかなか今の仕事は辞められんなと思ってます。さっきの言葉とは矛盾 するようですが」 しばしの沈黙の後、かすかに秋子は呟いた。 「…親子…なんですね、あなた達は」 「?…何か、おっしゃいましたか」 「いえ、独り言です…気になさらずに」 「まあ、偉そうな事を言わせてもらえばね。ロボットってのは、人間のために働くの が幸せなんですよ。そして人間は、そんなロボットを大事にしてやらなきゃ。 それが、人間と機械の、いい関係ってやつですよ。いつかその関係が終わってしま うとしても、それは悲しいことだけど、その終わりにむけて、がんばんなきゃいけな いし、だからこそ、今のこの毎日は、貴重で、素敵なんです。 いつだったかなぁ…あれは、娘が4歳だか5歳だったか…ま、その辺はどうでもい いでしょ。 ヌイグルミを買ってやろうと思って、一緒にデパートに…デパートだったかオモ チャ屋だったか、どっちだったっけか?ま、それもどうでもいいか」 無責任なことを言って気楽に笑う長瀬の横顔は、しかし何か深いものがあるように 秋子には思われた。 「…こう、なんですか?ガラスケースに入ったいかにも高そうなフランス人形が飾っ てあったんですよ。金髪に青い目、ピラピラドレスでね。まあ、しかし、綺麗な品物 でしたよ。 でもね。娘が言うんですよ。あのお人形さんはかわいそうだね、って」 「かわいそう、ですか?」 「ええ。子どもってのは、純真なんですよね。 …クマさんのヌイグルミは、お友達がたくさん側にいて、みんなが遊んでくれるの に、あのお人形さんはガラスの箱の中に閉じ込められて、一人ぼっちだってね。 確かに、ケースの中の人形はきれいです。でも、それだけなんですな。 人形は、箱から出されて子どもの腕の中に入って、初めて子どもの友だちになれる んです。それで汚れてしまったり、服が破けてしまっても、子どもはきっと、自分の 友だちとしてその人形を覚えていてくれるでしょう。 ケースに収められて、飾られていればずっとその人形はきれいなままでいられるけ れど、でも、それは人形にとって幸せなことでしょうか? ロボットだって、同じです。大事に保存されて、永遠に形が残るより、人のために 働いて、一緒に生きていきたいんです。 …マインの奴は、そう思ったんじゃないんですかね?」 「長瀬…さん!?」 振り向いた長瀬の顔は、まるでいつもと変りがなかった。少し怪しい雰囲気を持っ た、馬面の中年男。 その口の端が、僅かに歪んだ。 「水瀬さん。…あの子の好きなようにさせてやってください。お願いします」 そして、深々と頭を下げた。二度ほど、微かに指先が震えるのが見えた。 ハンガー内の、熱気のある喧燥の中で。しかしその騒々しい活気のある音が妙に遠 く、虚ろに響いていた。 「長瀬さん、あなたは…」 そう言いかけて、秋子はそっと自分の胸に手を添えた。ゆっくりと、深呼吸をす る。 「…残念です。あなたのような方をこの学園に迎え入れることができないだなんて。 でも、確かに、あなたには、この学園以外の場所で、成さねばならない事があるよ うですね。 あなた方のお子さん達は、私共が責任を持ってお預かりいたします。…ご安心を」 「ありがとうございます」 長瀬はゆっくりと顔を上げる。その顔はやはり、いつもまるで変らない、捉えどこ ろの無い表情をごく自然に作っていた。 「あーっ、主任〜〜〜!」 「おう、マルチ」 ぱたぱたぱたぱた… ハンガー出入り口付近から、長瀬の姿を見出したマルチが笑いながら駆け寄ってく る。そのすぐ後ろに、いつマルチがコケても即座にフォローできるようにセリオが付 き従っていた。 「相変わらず無意味に元気だな、マルチ」 「はいっ!主任もお元気そうでなによりですぅ」 「お久しぶりです、長瀬主任」 「おう、セリオ。わざわざ会いにきてくれたのか、お前ら?」 「…特別分室のスタッフの方に、主任がおみえになったと聞きましたので」 「ひどいですぅ。先に連絡していただければ、お迎えに上がったのに」 「お前らがそうやって大袈裟に騒ぐと思ったから、言わなかったんだ。それに、すぐ 帰るしな」 「え〜?そうなんですか?」 「こちとら中間管理職なんでな。そうそう仕事さぼってるヒマなんかないの。…とこ ろで二人とも、この前教えた例のアレ…どうだった?藤田君、喜んでくれたかね?」 その言葉に、マルチとセリオは同時に顔を赤らめた。 「は、恥ずかしかったですぅ…で、でも…」 「…最初、ビックリなさってましたが…喜んでいただけました…」 「そーだろそーだろ。いや〜それが男って生き物のバカなところでなー。あれが心の 琴線にこない人類のオスってのはホモか赤ん坊ぐらいなもんだ。 よしよし、それじゃ今日は野郎をひっかける別な手管というものを教えてやろうか な〜?」 三人の、和気藹々とした姿を少し離れた場所から微笑ましく見詰めながら、秋子 は。 「長瀬さん…教師としても欲しい逸材ですね…本当に残念です…」 三人の会話を聞いていないようでしっかり耳に入れながら、長瀬の講釈を一言半句 も聞き逃さず、しっかりメモしていたのだった。 今回の教訓 「育てたように子は育つ」 「類は友を呼ぶ」 【後書き】 ロボットに携わる者は、人間を良く知らなければいけない。 本田技研だったか早稲田の教授だったかはっきりしないのですが、とにかくそう いった類の人の談話の一片が記憶に残っています。 人間の、生物的な機構に対する造詣にしても、人の心理に対する理解と深い経験に しても、人を模したロボットを作る人間は、人を良く知っているからこそ、素晴らし いロボットが作れるんじゃないかなってね。 あんなに優しいマルチを作った長瀬を筆頭とする開発スタッフ達は、やっぱり深い 慈しみと思いやりを持った人々だったと思います。マルチEDでの粋な計らいを見る とね。 最近、購入して5、6年になるテレビの調子が悪くなりまして。これくらいの年数 で壊れちゃうのか?と思いつつ、テレビが無いとゲームも出来ないのでどうにかせん といかんわけで。 テレビがチャンネルダイヤル付きの時代には、町の電気屋さんに頼めば気楽に修理 にきてくれるものだったのですが、最近は修理するより買い換えた方が良い、とか薦 められてしまう。実際、手元に部品が無いからすぐには修理できないんですね。メー カーも。で、場合によっては地元の店には技能を持つ人間がいないから、わざわざ別 の店からスタッフが出張してこなきゃいけない。部品そのものよりそういう人件費や 技術料の方が高くついてしまう。 テレビの横を斜め45度くらいの角度で叩けば映りがよくなった時代には考えられ ないことです(笑) 今回の話は、そういうネタですね。
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「そうなのよね。ロボットって、永遠の存在の様に感じるけど……」 セリオ:「はっきり言いまして……      通常のHMシリーズの寿命は人間の方より短いでしょう」 綾香 :「そう、ね」 セリオ:「そう、なんです」 綾香 :「……あのさ……それじゃあ……セリオとマルチはどうなの?」 セリオ:「わたしたちの耐用年数は、HM−12型,同13型に比べればはるかに長いと思います」 綾香 :「そうなの? どれくらい?」 セリオ:「軽く見積もって…………」 綾香 :「見積もって?」 セリオ:「300年くらいでしょうか」 綾香 :「そっか〜。300年かぁ〜。      ……って、こら。いくらなんでも、んなわけないでしょうが」(−−; セリオ:「…………本当なのに」 綾香 :「ええっ!? マジで!?」(@◇@) セリオ:「う・そ♪」(^^) 綾香 :「……(げしっ!!)」(ーーメ セリオ:「あうち!」(;;) 綾香 :「で? 本当は?」(ーーメ セリオ:「……120年くらいだと推測できます」 綾香 :「そうなんだ」 セリオ:「…………尤も、綾香さんのツッコミが無ければ、3割り増しくらいになるでしょうけどね」 綾香 :「うっ」(^ ^;;;;;



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