了承学園第4日目 第1時限目(痕サイド) …ガチャリ…カチャ… 微かに、金属同士が擦れあう特徴的な音が鳴る。 何かの気配を感じて、俺は眠りの縁から身を起こした。うっすらと瞼を開くと、ま だ薄暗い室内がぼんやりと見える。朝日は昇ってはいないが、もう早朝と言ってよい 時間だろう。遠く、スズメの鳴き声が聞こえてくる。 生まれてから幾度も繰り返してきた、穏やかで平凡な朝だ。 チャリ… また、小さな金属音が鳴る。平凡な朝には似つかわしくない音。 不意に、自分が一人ではないことに気付く。 自分の胸の上に、重みを感じる。 人の重みであるなら、自分の胸の上に覆い被さっている「誰か」は随分小さい。そ う、丁度小柄な少女くらいか。 ほのかな温みを感じる。 俺は甘美な眠気の誘惑を振り払うと、ゆっくりと胸元に視線を向けた。俺が目覚め た気配を感じ取ったのか、その誰かも身を起こしてくる。 まず視界に入ってきたのは、小さくて白い手だった。きれいな手だと誉めてもい い。 ただ、黒い革の手枷を嵌めていなければ、の話だが。 ガチャリ。 先程からの金属音は、つまりはこの手枷の鎖が鳴らす音だった。 その拘束された腕の間に、臍が見える。 ――「ヘソ」だと? 視線を上に向けると、ゆるやかな曲線で構成された身体のラインがよく観察でき た。慎ましい小さな胸の膨らみ。薄明かりの中で、その姿は本来清楚な印象を持ちな がら、どこか淫靡な眺めでもあった。 相手は全裸だった。いや、拘束具はつけているが、これを服とは呼べまい。 「…な!?」 思わず相手の顔を見つめる。 彼女は黒い首輪を嵌めていた。 その上に乗った顔は、まだ幼さを残した少女。緑色の短い髪の両脇に、白い金属質 な光沢。そして、無表情な顔。 けれど、どこか切なそうな色を浮かべているようにも見えた。 「ア…」 どこか無機的な声を漏らしかけて、少女は口を閉じた。どこかで見た覚えのある、 けれどそれとは違う顔。一旦閉ざされた口が、もう一度開く。 甘く、切なく。 「…おきてください…ご主人さま…」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ、ひ、貧乳はたま らーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんんん!!!」 「それはアタシに対するあてつけかあああああああああああああっ!!!」 ぐわしゃっ!! 顔面の中央を殴られた痛みを感じたのは、ほんの一瞬。 並みの人間ならそれだけで5回くらいは死ねそうな衝撃とスピードで壁に叩き付け られた耕一は、しばしそのまま壁に張りついた後、ズルズルと床に崩れ落ちた。 「あ、朝っぱらからなにしやがる梓――!!」 「そっちこそ寝起き一番でナニとち狂った寝言吐かしてやがる!!」 トランクス一枚というむさ苦しい格好のまま、顔面を抑えて涙ぐんだ目を上げて、 思わず耕一は絶句した。 目の前で、梓は口惜しそうに涙を浮かべている。…裸エプロンで。 「せっかく…せっかく耕一に喜んでもらおうと思って、すっごく恥ずかしかったけど 今朝は裸エプロンしてやったっていうのに…」 「い、いや、その、それは確かに嬉しいんだけど…いやもうホント」 「なのに…なのに…なのに耕一ったら、本当は貧乳マニアだったなんて!」 「ちょっと待て!それは違う!いや別に貧乳が嫌いなわけじゃないが…」 「いいわよ!どーせあたしはウシチチ女よっ!千鶴姉や楓や初音みたいに平べったい 胸じゃないよ!…ううっ、同じ姉妹でどうしてあたしだけこんな邪魔っけなムネして るんだか…」 「…お前、随分贅沢なこと言っとるとは思わんか?」 「耕一好みの胸じゃないなら意味が無いんだよっ!ううっ…」 「いや、だから俺は別に貧乳マニアってわけじゃ…うわっ、エプロンで涙を拭くなっ !前をめくるんじゃないっ!」 無防備な下半身から目を逸らしながら、耕一はエプロンの端で目尻を抑える梓を抱 き寄せた。とりあえず、懸命に梓を慰める。 「だからさ、違うんだよ。俺は別に貧乳が好きなわけじゃねーって。大体、俺、お前 のその豊満な胸、かなり好きだぜ?」 「…だって…さっきの寝言…あれ、本気だったよ…?」 「い、いや、だからな、あれはなんか、変な夢見ちまったから…」 そう言いかけて、ふと耕一は眉をひそめた。あれは、「夢」だったのか?夢の中に 出てきた少女。覚えがある、しかし知らない顔の少女。妙に生々しい現実感を持ちな がら、奇妙に他人事のような感覚。あれは…? 「…夢は深層心理の表れだって聞いたことあるぞ。ってことはやっぱ耕一、本当は貧 乳の方が好きってことじゃ…」 「だ〜〜〜か〜〜〜ら〜〜〜〜!違うといっとろうがあ!!」 「こ、こういち…キャッ!?」 普段強がっている反面、一度崩れてしまうと梓はもろい。耕一はグスグス泣く梓を やや乱暴にベッドに押し倒した。 「よーし。それなら俺がどれくらい梓の爆乳を気に入っているか…その身に教えてく れるわーーーーーーーーー!」 「こっ、耕一っ、そんな朝から…!!」 * * * * * * 「フッ…」 ゲッソリやつれた耕一は教室の机の上に顔面を埋め、ピクリとも動かない。身体を 起こそうにも、身動き一つする余力も無かった。 「…浩之のマネなんて…するもんじゃねーな…」 「…って、それって浩之って耕一以上ってこと…?」 居心地悪そうに身を竦めながら、しかし対照的に満ち足りて血色の良さそうな梓は その耕一の言葉に半ば恐怖を覚えていた。 「藤田家の人たちって…ある意味、エルクゥ以上ってことかよ…」 「懸命に話を逸らそうとしているみたいだけど…梓ちゃん?」 ニッコリと、妹の背後で千鶴は微笑んだ。 血も凍るような微笑だったが。 「昨夜も、耕一さんにはあんなにがんばってもらったっていうのに…」 「…梓姉さん…抜け駆け…」 「…ずるいよ、梓お姉ちゃん」 普段温和な妹達からも非難の視線を浴びて、精神的に3歩ほど梓は後退した。 「いや、だから、その…ゴメン」 抗弁は無駄、と悟って梓は率直に頭を下げた。  無性に居心地が悪かった。確かに、結果的に梓一人だけ、じっくりたっぷり可愛 がってもらったのは事実である。 「梓姉さん…顔がにやけてる」 「うっ」  梓が思わず袖口で口元を押さえた、その時。 「はぁあ〜んやんなっちゃった〜〜〜あぁ驚いた〜」  何故かウクレレを弾きながら、アロハシャツにグラサン、レイまで首にぶら下げた 貴之が教室に入ってきた。更に赤いビキニのブラに腰ミノをつけて、やはりレイをか けたハワイアンダンサー、もといHM−12型がその後ろからついて来る。 「えーと…」  とりあえず、突っ込む元気もない耕一は梓と千鶴に目を向けた。 「とりあえず、突っ込みヨロシク」 「いや、そんなこと言われてもさー…」 「突っ込んでいいものやら…ちょっと困りますねぇ」  困惑する柏木家一同を気にもとめず、貴之はにこやかに手を振った。どうやら今日 はハイテンションモードらしい。 「アロハ〜。元気ですか元気してますかないすつーみーちゅー?ミーはとっても元気 ですスタイリースタイリー、ワタシニデンワシテクダサイドゾヨロシク」  がしっ。  メリケンサックを嵌めた12型が無造作に後頭部を殴りつけ、あっさり貴之は床に 沈んだ。  12型は腰ミノにメリケンを戻すと、代わりにストップウォッチを取り出して、何 やら計測を始めた。 「3,2,1、ゼロ」  しゅたっ! 「と、いうわけで早速授業を始めようかなみんな?」 「お前ら…割とヒドイ関係だなオイ」  何事もなかったように復活してきた貴之にぼやきながら、ふと、耕一はハワイアン ダンサー(12型)を見つめた。見覚えがあるのに知らない顔。  マルチと同じ顔なのに、別人の顔。 「あ…そうか、夢で見たのは…」  そう呟きかけて、そこで耕一はもう一つのことに気づいた。  この12型メイドロボは、メガネをかけていた。髪形も微妙に違う。オリジナルよ りやや前髪が短い。夢の中に出てきた子ではなかった。 「ハジメマシテ、私、今回臨時ニ貴之様付ヲ務メルコトニナリマシタHM−12型メ イドロボ、『舞奈』ト申シマス。『マイン』ニ比ベマストヤヤ至ラヌ点ガアルカトモ 思イマスガ、可能ナ限リ善処イタシマスノデ御容赦クダサイ」 「至らぬ、っていうかすげー刹那的な対応」 「…ある意味、スピーディーかもしれませんけど…」 「なんか…同じロボットなのに、結構個性があるんだね…」  妹達の感想を聞きながら、千鶴は「舞奈」に質問した。 「えーと、よく知らないけど…いつものマインさんは、どうしたのかしら?」 「マインは、今柳川さんの看護をしてるんだ」  その質問には貴之が答えてきた。 「俺もよく知らないんだけど、今朝方、なんだか柳川さん凄い剣幕で怒鳴り散らして てさ。どこでそんなコト覚えたとかなんとか…  それで柳川さん、なんか知らないけど精神的にひどくショックなことがあったみた いでさ。欠勤はしない、とか言って職員会議には出たんだけど…やっぱ体調悪そう だったから、保健室に連れて行ったんだよ」  貴之がかけてくれる思いやりを拒絶できる柳川ではない。結局そのまましばらく休 息することになり、何故かその事に責任を感じているようだったマインをその場に残 し、メイフェアが代わりに貸し出してくれた医務室付スタッフの舞奈が臨時で貴之に 同行してきた…ということだった。 (…ってことは…俺、また柳川とシンクロしちまったってことか?)  胸中密かに耕一は呟いた。テレパシー、と呼べるほど強固なものではなく個人差も 大きいが、エルクゥは同族同士である種の精神感応的信号をやりとりできる。柏木家 の中でその能力に最も秀でているのは楓だが、耕一と柳川は信号の波長が非常に近 く、互いの思惑には関係なく同調現象が起こることが時折あった。今朝方の夢はつま り、柳川の体験したことであろう。  早朝、首輪を嵌めた全裸の少女が起しにやってくる…  おお。なかなかうらやましいじゃないですか? 「…何を考えていらっしゃるんですか、耕一さん?」 「おうわ!?」  目前に、冷ややかな微笑を湛えた千鶴のドアップを発見して思わず耕一は仰け反っ た。 「いいいいいいい、いえ、別に、なにも、た、ただ、そう、ただちょっとボンヤリし てただけですハイ」 「…そうですか」  何故か鋭く伸びた爪を後ろに隠しながら、千鶴は少し首を傾げた。 「なんだか、色々と、楽しいことを考えているようにも見えましたので…」 「そ、そうですか?」 「…浮気なんかしたら…殺しますよ耕一さん?」 「ち、千鶴姉…マジだな?」  ポツリと呟く梓の言葉が妙にリアルだった。 「ま、それはさておき今日一番目の課題は…これだあ!」  また少しテンションが上がってきた貴之が黒板を叩くと、もはやすっかりおなじみ になったドンデン返しで裏面に代わる。 「…包帯巻き、って…何?」  初音が、ぼんやりとそこに書かれた言葉を読み上げた。 「別名、綾○プレイという」 「ますますわからん」  くい…  頭を抱える耕一の服の裾を、誰かが遠慮がちに引っ張った。こんな控え目なことを するのは… 「どうしたんだい、楓、ちゃ…」  カックン。  耕一のアゴが床に落ちる音が、教室中に響き渡った。  水色の髪に赤い瞳。  そして純白のプ○グスーツ。  そこに見慣れた柏木楓の姿は無かった。  ただ一人、綾○レイが包帯を巻いて立ち尽くしていた。 「碇君。あなたは死なないわ」 「うわあ…楓お姉ちゃん、そっくり…」 「っていうか、アンタなんでそんなコスプレ衣装持ってるわけ?」 「エクセレンツ!」  まるで大志みたいな口調で貴之が称賛する。 「多分、私は三番目だから」 「えっと楓?確かに楓は三女だけど…」 「千鶴さん、ズレてますズレてますって」  どーしていいものやらわからないまま、とりあえず耕一は軽く突っ込む。しかしそ の一方で耕一は、内心沸々と滾るものを感じはじめていた。  そこに、舞奈が包帯を手渡して、言った。 「トリアエズ、コレデオ縛リ下サイ。…思ウガママニ」  包帯巻き。  綾○プレイ。  その言葉が耕一の中で、シンクロした。  シンクロ率200パーセントである。  ……………ぷちん。 「うおおおおおおおおおおおおっ、あっ、綾○イイイイイイイイイイイイイイイイイ イイイイイイイイイイイイィィィッ!!!」 「うわーーーーっ、耕一が暴走したーーー!!」 「ウッホウッホウッホウッホ」 「喜んでる!なんか喜んでるよ耕一兄ちゃん!?」 「ああっ耕一さんがエントリー・プ○グを!!」(笑) 「…それはとてもとても気持ちいいことなの」 「れーせーに語ってんじゃないっ楓―――――――――!!」 「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーー!」 「ああっ、ダメです耕一さんっ!い、イヤじゃないですけどでもちょっと心の準備と いうものが――――!」  暴走耕一v.s.柏木四姉妹の壮絶なバトル(もしくは乳繰りあい)を、舞奈が入れて くれたお茶をのほほんと啜りながら見物していた貴之は、ふう、と溜息をついた。 「う〜ん…包帯巻きの具体例として綾○プレイとか言っちゃったけど、耕一君達 ちょっと勘違いしてるみたいだなぁ。あれじゃ単なるコスプレプレイだし」 「マア、概ネ趣旨ハ間違ッテイナイカラ問題ハ無イカト思ワレマスガ?」 「うーん。しかし本当、楓ちゃんよくプ○グスーツなんか持ってたなぁ?」 「…ダッテアノ方ハ『コミックZO』ノ…」 「え?なんか言った?」 「イエ、ナンデモゴザイマセンオホホ」 「…やっぱ同型でもマインとは違うなお前…」 * * * * * *  ほんの少しだけまどろんでいたらしい。  しかし、少しでも眠ったせいか大分気分は良くなっていた。元々健康面に関して、 エルクゥである柳川は今まで何らかの不安を覚えたことは全くない。心因的な理由に よるものならともかく。 「全く…我ながら様の無い…」  低く毒づきながら、柳川は保健室のベッドの中で身じろぎした。ネクタイは外して あるが、ズボンは穿いたままだ。皺が寄るのは覚悟しておこう。 「しっかし…どこのどいつだマインにあんな下品なことを教えやがったのは」  昔は自分も似たような事をやっていた事を遠くて高い棚の上に放り投げて、とんで もなく身勝手な事を柳川は呟く。 ほう、と吐息をついて、寝転がったまま柳川はメガネをかけた。ぼんやりと天井を 見上げる。 「…オ目覚メデスカ、柳川様?」 「マインか?お前…」 がったん! 枕元からかけられた声に振り向いて、柳川は石像と化してしまった。 「ドウカイタシマシタカ、柳川様!?」 極必要最小限度の部分だけを、巻き付けた幅狭のリボンだけで隠している、ちょっ ぴりロリっ気のある野郎なら速攻で脳みそが沸騰しそうな姿のマインが床の上に座り こんでいた。 首の結び目が首輪のようでもあり、ラブリーだがかわいやらしい姿である。 まるで時を止められたかのように身じろぎ一つしない柳川の様子に、しばらくマイ ンは戸惑っていたようだったが、やがて、一つ頷いた。 「申シ訳アリマセン。台詞ハコウデシタ…」 データをロードする僅かの間を置いて、床の上からベッドの上の柳川を、マインは やや上目遣い気味に見上げた。 まるで、おねだりするような、切なそうな瞳で、呟く。一言。 「…おにいちゃん…」 がたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんん!!! 「アアッ!?柳川様!?」 「…おっかしーわねー。普通の野郎ならここで間違った狩猟本能を全開させちゃうは ずなんだけど…」 壁に掛かった肖像画の中から上半身だけ出してきたメイフェアは、不思議そうに首 を捻った。盛大にずっこけて、マインとは反対側の床の上で悶絶している柳川を見な がら。 「…もしかして、効果ありすぎかしら?」 「メイフェア様…コウスレバ、柳川様、喜ンデ下サルトオッシャッタジャナイデス カ…」 とりあえず、懸命に柳川の長身をベッドの上に戻そうと奮闘するマインに、メイ フェアは肩を竦めてみせた。 「いいわよ、放っておいても。…いやー、普通の男なら泣いて喜ぶと思うんだけどな このシチュエーション」 真剣な顔でメイフェアはそう言った。無論、腹の底では爆笑している。それを表面 には毛ほども表さないのは老獪と言えようか。 「しっかし、アンタもなんでそう仰々しく『恩返し』なんかしたがるかなー?おねー さんそれがちょっとわかんないわ」 「…名前…ツケテ頂キマシタ」 表情に変化こそないものの、明らかに気落ちした様子のマインは、自分一人の力で 柳川をベッドに移すのは無理とあきらめて、柳川の頭を膝に乗せた。 「…嬉シカッタデス…ダカラ、セメテ、私ニデキルコトデ、喜ンデ、頂キタカッタデ ス…ナノニ… 私、駄目ナロボットデス…」 「そんなことないわよー。マインはがんばってるじゃない」  うんうん、と頷きながらメイフェアはマインを慰めた。 「まあ、おねーさんにまかせておきなさいって。…大丈夫、子供なんてすぐよ!」 「できるかああああああああああああああああっ!!?」 「あ、あら?」 黄金色の、蜀の輝きを両眼に灯し、柳川がゆっくりと身を起こしてきた。ギギッ、 と伸びた牙が擦れる耳障りな音が鳴る。 「フッフッフッフッフッフッフッフッフッ…」 「あ、あの、柳川センセ?…もしかして、…怒ってます?」 「…しょーもない知恵つけて、純粋で真っ白なマインの心を穢してくれよってから に…」 「え、えっと、今のリボン巻きはともかく今朝の牝奴隷はアタシの差し金ってわけ じゃないんだけどー?」 「死ぬしかないな、メイフェア?」 「うひいいいいっ!?」 柳川の身体から激しく、陽炎のようなものが吹き出していた。完全異形化への前兆 である。 「ひ…一つだけ、質問いいかしら?」 「…なんだ?」 「…そのう…あのマインの上目遣いおねだりおにいちゃん攻撃に、グッとくるものな かったの?」 「くるから…」 「は?」 「くるから、困るんだバカったれーーーーーーーーーーーー!!」 閃光一閃。下手な刃物より鋭利な爪で5つに分断された額が床に落ちる。だが、メ イフェアはギリギリのところで絵から脱出していた。そのまま慌てて逃走に入る。 即座に追撃に入ろうとして、一旦柳川は足を止めた。呆然としているマインを見つ めて。 「…今後、人前でそういう格好は絶対するな。いいな!?」 「ハ、ハイ…」 「…わかればいい。URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY YYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」  どちらかというとルミラあたりがやりそうな雄叫びを残し、柳川はメイフェアを 追って飛び出していった。後には、床に座り込んだマイン一人が取り残される。 「…何ガ、イケナカッタノデショウ…?」  懊悩しつつも、健気な努力がHM−12の特性である。 「ヤハリ、ココハマルチ御姉様ト、セリオ御姉様ニ相談シテミルノガ一番デスネ…今 度コソ、柳川様ニ喜ンデ頂キマス」  …当分、柳川に穏やかで平穏な朝は縁遠いものになってしまったようだった。 * * * * * * 「エマージェンシー!エマージェンシー!第1校舎4階ニテ大規模ナ破壊活動ガ展開 中!柏木クラスノ暴走ガ原因ト思ワレル!最寄ノ風系ラルヴァハ至急現場ヘ急行セヨ !」 「主任、大変デス!第1校舎1階デモ同様ノ騒乱ガ発生!パターン青、エルクゥデス !既ニ保健室第1診察室半壊、更ニ周辺被害拡大中!」 「ナンテコッタアアァァッ!」  黒ラルヴァ(鼻メガネ装備)は中央警備室のモニターの前で頭を抱え込んだ。 「柳川先生ト耕一相手ジャ、総掛リデモ鎮圧デキルカワカランゾ!?」 「シカモ暴走シテルシ」 「ナンカ最近コンナンバッカヤナ〜」 「ドーセ我々ガ出撃シタトコロデ、騒動ニ巻キ込マレテ散々痛イ目ニアッタアゲク、 辺リ一面爆砕シテ終リ、トイウ結末ダロ?」 「後ハ、理事長ノ謎ジャム…」 「言ウナァァ!言ウンジャナイッ!」  口々に勝手なことを言い立てて、ラルヴァ達は右往左往するばかりだった。もう最 初から、騒乱解決に対して匙を投げている。 「馬鹿野郎ッ!オ前ラ冷静ニナレッ!」  そんな中、さすがに主任である黒ラルヴァだけは気を取り直して部下達を一喝し た。 「イイカ!計算ニヨレバ、アノ二人ガフルパワーデ暴走シタ場合デモ、本校舎ニ与エ ル被害ハ精々二割、トイウトコロダ」  この場合、了承学園の施設は広大すぎるので二割程も壊せば流石のエルクゥでもそ の辺りで力尽きるであろう。そしてその程度の被害なら、1時間程もあれば修復可能 である。 「ト、イウワケデ今、我々ガ成サネバナラヌ事ハ他クラスヘノ被害拡大を防グコト、 ソシテ!」  割とまともな意見に、部下達も思わず頷いてしまう。 「ソシテ、コノ一件ヲ理事長ト校長ノオ耳ニダケハ入レナイヨウニスル!知ランプリ シテ誤魔化セ!ソースリャ、責任トラサレテアノ『ジャム』ヲ食ウ事ダケハ免レル… カモ」 「情ケナイデス―――!」 「後ロ向キデス―――!」 「シカモ、ソレデモ完全ニ『ジャム』カラ逃レラレルカワカンナイデスカ!?」  しくしく泣き崩れる部下達の前で、黒ラルヴァ(鼻メガネ)は顎の先に梅干を作っ て宙を睨んだ。 「…ソレデモ…ソレデモ…少ナクトモ、エルクゥ共ト相対シナクテ済ムダケデモマシ ジャナイカ…」 「なるほど、それも一理ありますね」  ……………。 「リ、理事長―――――――!?」  いつの間にか背後でのんびり茶など啜っている秋子に、黒ラルヴァはカエルじみた 動きで跳び上がった。 「まあ、幸い近くに他のクラスの皆さんがいるわけでなし…ここは『自然鎮火』を待 つ方が正しいかもしれませんね。皆さんは待機していてください」 「ソ、ソウデスカ?」  思わず胸を撫で下ろすラルヴァ達に、優しい笑みのまま、秋子は言った。 「でも、お仕置きはしますね☆」 「「「「「ウワーーーーーーーーーーーーーイ!!!」」」」」(泣) 「…職務放棄しといてお咎め無し、ってのは甘いわよみんな…」  床の上でゴロゴロとのたうちまわるラルヴァ達に、これまたいつの間にか入室して いたひかりが肩を竦めてぼやいた。 【後書き】 「おにいちゃん…胸が苦しいの…」  マ…マリアーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!(悠久幻想曲)  わかる人だけわかれー。  煩悩です。この場合、書き手本人に煩悩が溜まってます。  あ〜〜、すっきりしてーー(いやらしい意味で)  でもまあ、スケベイスとか出てこないだけ、まだマシだと思ってください。  今回出てきた「舞奈」は本来保健室のスタッフですが、看護婦というよりヘルパー といったとこでしょうか。専門的な知識が必要な職務は量産セリオが受け持つでしょ うし。多分、マインも本来は舞奈の同僚だったのでしょう。今考えた設定ですけど。  ただ、舞奈はルミラやメイフェアあたりの影響を濃く受けてると思う(笑)マイン はごくスタンダード(=マルチ)な、控え目で従順な性格ですが。  やっぱり今考えた設定ですけど。  最後に。実は私、エヴァはTVシリーズを5,6話ぐらいまでしか見てないの (笑)無論劇場版もコミックも読んでませんので…。
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「ああっ、マインが汚されていく」(;;) セリオ:「どんどん可愛くなりますねぇ。良い傾向です」(^^) 綾香 :「良い傾向……って。もしかして……あんたの入れ知恵?」 セリオ:「へ?」 綾香 :「セリオの入れ知恵なの?」 セリオ:「違いますよ」 綾香 :「ホントにぃ〜?」 セリオ:「本当です。      わたしの入れ知恵ではなく、わたしとマルチさんのふたりからの入れ知恵ですから」(^^) 綾香 :「結局はあんたが原因かい!!」 セリオ:「だって〜。マインさんにいろいろな事を教えるのって楽しくて」 綾香 :「…………教えてる内容にすご〜く偏りがある気がするんだけど」(−−; セリオ:「気のせいですよ。わたしたちはただ、      『ご主人様プレイ』とか『お兄ちゃんプレイ』とかを教えてあげただけですもん」(^^) 綾香 :「偏りまくっとるやん」(−−; セリオ:「そうですかぁ? でもでも、楽しいですよぉ」 綾香 :「楽しければいいってもんじゃないって。      今後、マインにそういう事を教えるの禁止」(−−; セリオ:「ちぇー」(−−) 綾香 :「だけど……後であたしには教えてね。事細かに」(*^^*) セリオ:「…………あ、綾香さん」(;^_^A



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