「それでは、授業を始めましょう!!」
「おい、レミィ?」
「ん? なに? どうしたの? ヒロユキ」
「一つ、訊いていいか?」
「うん。いいヨ」
「なんで、お前が教壇に立っているんだ?」
「それはネ。アタシがこの時間のティーチャーだからだヨ」
「……………………は?」







『了承学園』

4日目3時限目 ToHeartサイド







『説明しよう!! この時間の藤田家アーンド志保ちゃんクラスの授業内容は『英語でことわざ』なの。従って、その両方が得意なレミィちゃんに臨時講師をお願いしたのよ。……以上、『謎の声』による解説でした。何か質問ある?』

 突如、教室中に響き渡る神岸ひか……もとい……『謎の声』。
 その『謎の声』の言葉を受けて、あかりが手を挙げた。

「はい。質問です」
『どうぞ、あか…………。こほん。神岸さん』
「この時間のお母さんの仕事は説明だけなの? 教室には来ないの?」
『なっ!? わ、わ、わたしは『謎の声』です。け、け、け、決して神岸ひかりではありません』

 あかりの言葉を力強く(?)否定する『謎の声』。
 どもりまくっているのは……愛嬌であろうか。

「はいはい。そういう事にしておくね。お母さん」
『だ、だから……わたしは『謎の声』で……』
「お母さんもいろいろと大変だね」
『…………お母さんじゃないもん。『謎の声』だもん』
「はいはい」

 ひか……『謎の声』の言葉をあっさりと切り捨てるあかり。意外と容赦が無い。

『……………………』
「……………………」
『ふえ〜〜〜ん。いじめっ子あかりんのいじわるぅ〜〜〜

 しばしの沈黙の後に響く声。
 その声がフェイドアウトしている事から判断すると、どうやら声の主はマイク(?)の前から離れたようである。
 ……泣き叫びながら。
 想像すると……ちょっとおマヌケな光景かもしれない。

「わたし、いじめっ子じゃないよぉ」

 そして、その声にしっかりとツッコミを入れるあかり。律儀な娘である。

 まあ、何はともあれ、これ以降『謎の声』が教室に聞こえてくる事は無かった。





 取り敢えずは……ひかりさん、声のみでしたが、お勤めご苦労様でした。

『ひかりじゃないもん。『謎の声』だもん』

 ……………………はいはい。





○   ○   ○





「え、えっと……授業を始めるネ」

 話の腰をこれでもかとばかりに折られ、思いっ切り調子を狂わされたレミィ。
 しかし、なんとか立ち直り、改めて授業の開始を宣言した。

「この時間は、ヒカリおかあさん……じゃなくて……『謎の声』が言った様に『英語でことわざ』なの。
 アタシが英文を言うから、それを日本語に訳してネ。
 例えば……『Time is money』と言ったら、『時は金なり』と答えればいいわけ。OK?
 それじゃあ……Start!」





『After a storm comes a calm』

「……嵐の後に……『calm』が来る。……『calm』って、どういう意味でしたっけ?」
「えっと……確か……『静かな』とか『穏やかな』とか……そういう意味だったような気がするけど……」

 葵の問い掛けに、自信なさげに理緒が答える。

「そうだヨ。まあ、『平穏』とか『凪』と訳せば分かりやすくなると思うヨ」
「う〜ん。だとすると……『嵐の後は凪になる』だよね。
 これをことわざに当てはめると…………嵐の後は平和になるんだから…………」
「分かった! 『雨降って地固まる』だ!! そうですよね、宮内先輩」
「大正解!!」





『Silence is more eloquent than words』

直訳すると『沈黙は言葉よりも雄弁である』になります。従って正解は『言わぬが花』です。
 『Speech is silver, silence is gold』も同意ですね。この場合は直訳すると『語るのは銀,黙するのは金』です

「…………アウ〜ッ。セリカの答え完璧すぎだヨ〜。アタシ、何にも言う事が無い」




『Industry is the parent of success』

「これって、そのままですね」

 琴音の言葉に『うんうん』とうなずく智子。

「簡単だった?」
「簡単すぎるわ。答えは『勤勉は成功の母』やろ。直訳やんか」
「ウウッ。もっと難しい問題を用意すれば良かった」





『Bad luck often brings good luck』

「『悪い運は…………幸運を…………』? あう〜〜〜。『often』と『brings』の意味が分からないですぅ〜」
「えっとね。『often』が『しばしば』で、『brings』は『持ってくる,連れてくる』って意味だよ」

 頭を抱えてしまったマルチに、優しくフォローするあかり。

「ということは……『悪い運はしばしば幸運を連れてくる』ですか?」
「直訳するとそうだね」
「悪いことが良いことを持ってきてくれるんですか? 悪くて良くて……悪いのが良い……。うにゅ?」

 再度、頭を抱えて考え込んでしまうマルチ。
 そんなマルチの様子に苦笑しながらあかりが答える。

「たぶん、『禍(わざわい)転じて福となす』じゃないかな?」
「ピンポンピンポーン! 正解ヨ、アカリ」






『alone be revered』

「綾香さんにピッタリの言葉ですね」
「…………喧嘩売ってるの? セリオ」
「いえいえ、滅相もない」

 にこやかなセリオにジト目の綾香。
 実に対照的な表情である。

「それでは……アヤカ、答えをどうぞ!」
「……………………『唯我独尊』よ」

 レミィの言葉を受けて、しぶしぶ答える綾香。

「さっすがアヤカ。正解ヨ」
「綾香さん、お見事です!」
「嬉しくない!! 第一、これって『ことわざ』じゃないじゃない。なんで、こんな問題が混ざってるのよ!?」
「「気にしない気にしない」」





『Great profits, great risks』

「自慢じゃないけど、志保ちゃんは英語が苦手なのよ! ぜんっぜん分かんないわ」

 無意味なまでに胸を張って志保がのたまう。

「それは……確かに自慢じゃないヨ、シホ」

 苦笑するしかないレミィ。頭には大きな汗の珠が張り付いていた。

「まったくだ。それに、お前の場合は『英語“が”苦手』なんじゃなくて『英語“も”苦手』なんだろ。英語どころか日本語の使い方すら間違ってるじゃねーか」
「うるっさいわね、ヒロ! あんただって似たようなもんでしょうが!!」
「お生憎様。俺はお前と違って、この程度の英文だったら軽いもんだぜ」

 浩之の言葉にムッとする志保。

「だったら訳してみなさいよ!!」
「いいぜ。えっとなになに……『大儲けをするには大冒険が必要である』か」
「えぇっ!?」

 サラサラっと訳してしまう浩之に、志保は驚愕の声をあげてしまう。
 顔には『ヒロの分際で生意気!!』と描かれていた。

「何でよ!? 何で、そんな簡単に訳しちゃうわけ!?」
「地獄のスパルタ教育の賜物だな」
「……は?」
「…………お前も受けてみるか? 委員長や綾香の超スパルタ教育を」

 何故か、遠い目になる浩之。その表情に翳りが見えるのは気のせいだろうか。

「……遠慮しておくわ。あたし……まだ死にたくないもの」
「賢明な判断だな」

 悟った様な顔で志保に笑いかける浩之。
 その笑顔に対して、思わず心の中で『ご愁傷様』と言ってしまう志保であった。

「まあ、それはさておき。さっきの問題だけど…………冒険しなければ富を得るのは不可能だって事だから……その意味のことわざを探せばいいんだよな」
「そうだヨ」
「ふ〜む。だとすると……」
「分かった!! 『虎穴に入らずんば虎児を得ず』でしょ!?」
「正解!! やるじゃない、シホ」
「とーぜん!! 決める時は決めるのが志保ちゃんよ!!」

 正解を導き出す事が出来て、得意満面の志保。

「こいつ……おいしいとこだけ持っていきやがって……」

 反対に、浩之は当然面白くない。
 だが、志保が余りにも嬉しそうな顔をするので、『ま、いっか』という結論に達してしまった。
 お得意の『しょーがねーなぁ』である。
 この辺が、志保の事を憎からず思っている事の証拠であろう。
 尤も……浩之自身はその事に気付いていないかもしれないが。





○   ○   ○





 その後も……みんなでわいわいがやがやと楽しく英語とことわざを学び、そして、滞りなく授業が終了した。

 ラブラブも無く……えっちも無く……バイオレンスも無い。

 実に健全な授業であった。実に平和であった。

 しかし…………

『物足りない!!』

 藤田家クラス一同、全員がそう思った。

 了承学園に身も心も染まってしまった事の証である。

 この状況を表現する言葉には次の様なものがある。

『He that handleth pitch shall foul his fingers』(松脂に触われば指が汚れる)

 これを日本語のことわざに直すと……
















『朱に交われば赤くなる』












<終わり>
















 ――― おまけ ―――


「『虎穴に入らずんば虎児を得ず』……か」

 休み時間。
 つい先程終了したばかりの授業を思い返して、彼女―長岡志保―は、ため息混じりに言葉を零した。

「冒険しなきゃ……欲しいものは手に入らない」

 彼女は気付いていた。これは、激励のメッセージであると。エールであると。

 宮内レミィから長岡志保への。

「まったく……お節介なんだから……」

 友人の心遣いが……鬱陶しくて……煩わしくて……でも、嬉しくて。

「ちょっとは冒険とやらをしてみてもいいかな。面白そうだし……暇つぶしくらいにはなるでしょ」

 だけど……

 友人の思惑通りに進んでいる様な気がするのが少し悔しい。
 自ら罠に飛び込んでいくみたいで……それが少し悔しい。
 ちょっとの冒険のつもりが『飛んで火に入る夏の虫』状態になってしまう気がして少し悔しい。

 一歩を踏み出したら……戻れなくなりそうで……少し……怖い。

 だけど……

 自分の心が騒ぐのが……心地良い。

 だけど……

「まっ、なる様になるでしょ」

 結局、辿り着いた答えが『それ』だった。
 実にあたしらしいと思う。
 志保は、自らの解答に満足した。
 あくまで楽しくライトに。それが長岡志保流だから。
 そうだと……思っているから。



 心の中にある秘密の部屋。

 触れないようにしてきた扉。

 外す事など絶対に無いと思っていた鍵。

 その鍵を…………扉を…………。





 あたしは……一歩を踏み出した。





 ……………………踏み出した。





< 了 >






 ☆ あとがき ☆

 ども! 最近、短編しか書けないHiroです(;^_^A

 えっと、今回の授業である『英語でことわざ』ですが、改めて読み返すと……

 あ、ありがちかもしれない(^ ^;;;

 まあ、元々が単純な発想でしたから、仕方がないのかもしれませんけど。

 『レミィはことわざが得意。英語も得意。だったら、両方をくっつけちゃえ!!』

 …………ほんと、単純(;^_^A

 もうちょっと捻るべきだったかも。

 う〜ん。もしかして、似たようなSSが既に大量に出回っていたらどうしよう。

 …………………………………………(^ ^;

 …………あ、あはは、あはははは(^ ^;;;

 もし、他で同じようなSSを見付けても笑って許して下さいね(^ ^;;;;;


 それからそれから。

 志保が浩之にラブラブになりそうな展開になっちゃいましたけど……結果はまだ???です。

 あくまでも第一歩ですからね。

 これからどうなるかは……志保のみぞ知るというところでしょうか。

 でも、ちょっとやりすぎちゃいましたね。

 他の作家さん、ごめんなさい m(_ _)m


 な、なんか、反省だけになってしまった(;^_^A

 まあいいや、いつものことだし(おい

 ではでは、また次の作品でお会いしましょう\(>w<)/




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